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突発事故対応

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本日朝に岩手県盛岡市内で当社のスタッフ2名が乗車したクルマが
信号停止中に、後方から来たクルマが玉突き事故。
間にあった1台を含めて合計3台のクルマによる事故でした。
こういった事態になると、本社機構として現地スタッフへの情報支援活動が必要。
まずは、身体状況の把握。
運転中のスタッフも、助手席のスタッフも打撲がある様子。
しかし、即座に救急搬送が必要という状況ではないようでひと安心。
とはいえ、どのような後遺症状が出るかも知れないので
入念な病院でのチェックを指示。
現場では、加害車両の運転手が「自宅がすぐ近くなので・・・」と言って
現場を離れたという知らせ。
「おい、逃亡したのか?」であります。
被害車両と被害者を現場に置いたまま、現場を離れるとは疑問。
警察に知らせて現場検証も始まっているのに
肝心の「加害者」がいないようで、警察も問題だと発言しているとか・・・。
当社側としては、訪問先への連絡や対応方針の相談などを指示。
そうこうしている間にようやく加害者が現場に復帰して、
警察による現場検証が行われ始めた様子。
それが終わってから、訪問先の「取材現場」にスタッフが向かい、仕事終了。
で、その後、すぐに病院での受診に向かわせました。
診断の結果はふたりとも「全治1週間」の頭部打撲傷とのこと。
しかし、健康面は大きな影響はなく、クルマも自走可能とのこと。
ただ、アポイントの日程はすべてキャンセルせざるを得ず、
その後の青森県出張予定はすべてキャンセルして仙台へ帰還ということに。
仙台に着いてから、車両の物損箇所の修理、
代車の手配などの対応を確認し、なお、明日に再度病院での診察確認を指示。

ということなのですが、
しかし、本社側としては
スタッフからの電話での聞き取り調査に踏まえた
仕事の予定キャンセルにともなっての対応をまとめてスタッフに指示。
その後、加害者側の保険代理店との対応業務。
まぁ100ゼロのケースなので
対応自体は常識的な線で進行しています。
しかし、それにしても広域的な移動範囲での対応になってくるので
報告連絡相談が欠かせなくなる。
スタッフの健康第1に、いろいろやらねばならないことが一気に来るもの。
そんなことでしたので、ブログ更新が異常に遅れた次第です。
どうぞよろしく。

雑誌は時代を表現していた・・・

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先日、ある展覧会を見ていて
時代を表現するのに、当時の代表的な雑誌がピンナップされていた。
わたしが少年期から青年期に至る時期に創刊された平凡パンチが
そこにあって、まったく微動だにできなくなってしまった(笑)。
週刊「平凡パンチ」創刊号。昭和39(1964)年5月11日号です。
秋には東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された年。
なので、わたしは12歳だったことになる。
ちょうど中学1年生になっていたのだと、計算してみてはじめてわかる。
長兄が24歳になっていたはずで、かれが購入したものだったと思う。
マセた少年は、垂涎の思いで眺めていた記憶がある(笑)。

その後、日本人が好んだスタンス、
やや「進歩的」で風俗に対して開放的で、反権威的な時代の空気感。
そういうものが、瞬時に立ち上ってきた。
出版の側から見てみれば、アメリカという圧倒的な強者の文化と
敗戦した国の民族的性倫理観のはざまを見ての
その隙間を埋めるような行為であって
それほどの出版的使命感などは持っていないことは明らか。
アメリカでは平然と流通している性風俗に日本の国家権力が
正面切って異を唱えない確信はもっていたに違いない。
ただ、民衆の側は、へぇ〜、こういう時代になったんだ、と
力道山のプロレスとも共鳴対応するような時代の変化表現を
わかりやすく受け取っていたのだと思う。
いまでは信じられないようなことだけれど、
この雑誌は一時期、100万部以上を売っていたのだ。
いい時代だったとも言える。
いま、インターネットの時代になって、
雑誌がこのようなインパクトを社会に対して持つということは
きわめてレアなことになってきている。というか、
たぶん、そういうことは今後とも起こりそうもない。
そういうことが、そのまま「社会の成熟」ということでもあるのだろうと思う。

しかし、こういう雑誌のことも
やがて「歴史」になっていくのだという深い感慨は持たざるを得ないですね。

「伝統木造住宅と省エネ」公開フォーラム

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写真は左側から南雄三さん、真ん中に鈴木大隆さん、右に前真之さんです。
Replan誌面で執筆いただいている、またこれから発表いただくひとたち。
日本中、世界中をあちこち飛び歩いているみなさんなので、
こうしていっぺんに会合できるのは稀有。
日本の住宅の温熱環境系発言者のなかでもパワーのあるみなさんばかり。
まことにコストパフォーマンスがいい(笑)。

きのうは省エネ基準の改定で2020年で省エネ基準が義務化されるのを捉えた
「伝統木造住宅と省エネ」という公開フォーラムが開かれました。
日本建築士会、日本建築家協会、日本建築学会、東京建築士会、
木の建築フォーラムという5団体主催による大がかりな催しです。
結局、日本の住宅性能を考えていくのに
最後はこうした「対話」の機会が欠かせないのだろうと思っていたのですが
そのような会合ということで、参加してきた次第です。
会場では、旧知のみなさんがそれこそたくさんいて、
そういった意味でも、情報交換など副産物もたくさんありました。
まぁどちらを向いても見知った顔ばかりで、あいさつの機会としても貴重。
また、伝統木造系のみなさんとは、数人の方を除いて
はじめて接触できたみなさんも多く、有意義でした。
フォーラムでは多くの知見が得られたのですが
データ類なども大量なので、それを整理整頓して徐々に
このテーマでの情報発信の元にしていきたいと考えています。

フォーラム全体の印象としては
やはり論議自体は噛み合ってはいない部分が多いと感じられました。
わたしは北海道東北の寒冷地で住宅出版活動をしている立場なので、
きのうは伝統木造のみなさんからの矢面にほぼひとりで立っていた
鈴木大隆さんに心情的に応援しつつ聞いていたのですが
鈴木さんは同時に国の基準改定で中心的役割も担っていたので
そういった伝統木造の立場のひとからは
主要ターゲットにされていたのだと思います。
まぁそういう役回りになることはなかば承知の上で参加されていたのでしょうから
その心意気に、大いにエールを送りたいと考えていたのですね(笑)。
鈴木さんも言っていましたが
わたしも伝統木造住宅の持つすばらしさはよく理解しているつもりです。
幾人かの伝統木造推進者のみなさんと懇親の場で話しましたが
「そういう家を建てたいと思っているんです」と話しておりました。
日本人が育んできた住宅文化を踏まえた上で
それをどうやったら発展させられるのかが最大の論点だと思うのです。
北海道東北で家づくりを考えていると
自分たちが日本人であり、その住文化資産をどのように
寒冷気候の中で快適解として実現していくのかと格闘しているのだと思うのです。
司会の安藤邦博先生が
「吉田兼好以来の日本人の住宅意識の更新だ」と話されていましたが
そう話された先生の意味するところとは別に、同じような意識は持てました。

伝統木造・気候変動・断熱

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さて、年度末になって来て
あちこちから、年度が変わってからの予定が出てくるようになって来ました。
まぁ、年度末で各種の数字が出そろってきて
あれこれと予測を立てたり整理したりという作業が多くなります。
国の住宅施策も大きく変動してきそうなのですが
そのなかでも、省エネ基準が2020年には「義務化」されることが確定し、
それを前進させるために、いわゆる土壁の家、伝統木造構法の
革新が進展しなければならない、ということから
本日、東大構内の一条ホールで大きな催しが行われます。
今回のこうした動きは。
日本の住宅建築の世界ではたいへん大きな結節点であることは疑いなく
この動きをきちんと取材したいということで、東京におります。
国交省の方などに伺うと、伝統工法のみなさんの抵抗は頑強で、
岩盤のようなその固さに向かって、
どうやら、北海道や東北の専門家、研究者が矢面にな立つようです。
ある意味では、日本の住宅技術の分水嶺であるかと思います。
住宅メディアとして取材を申し込んだところ、
主催の建築士会さんからは好意的に対応していただいております。

というところなんですが、
札幌を出て東京に来ても、
なんか、まだまだ寒さが残っております。
前回2月の末に来ていたころと比較しても、どうもいまの方が寒い。
きのうの予想気温は東京、最高で14度というものでしたが、
体感的には10度くらいに感じました。
ことしは東京、2度も大雪に見舞われて
各地の公共施設で華奢な造りの屋根が雪の重みで破断している。
北海道から来て東京の建築を見ていて
こんなんでもいいんだ、とあきれさせられることが多いのですが
やっぱりダメなものはダメなんだと確認させられる。
最近、温暖化ではなくむしろ寒冷化に向かっているという
情報が強まってきていますが、
だからといってCO2の増大による問題は平行しているのでしょうから
寒冷化の中でもCO2増大が関係して
ひょっとすると、気候の寒暑の極端化が進行しているのかも知れません。
そのような認識を持てば、やはり断熱の強化は待ったなし。
首都での動き、日本全体の動向をしっかり確認したいと思います。

雪処理の問題

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写真は北海道の住宅の歴史を概観するときの資料として使われるもの。
いわゆる「変形屋根」といわれる建物の特徴が良く出ている。
建物にどうして氷柱ができるのか、
よくそのプロセスが解明されていなかった時代に
ひたすら建物の屋根のかたちで、氷柱ができないようにできないか、
考えた結果、こういった屋根の形状に至った、という記録写真です。
今日では、天井や屋根の「断熱不良」が基本原因であると
解明されたので、こういう屋根形状への涙ぐましい努力はなくなった。
どういう因果関係で屋根の氷柱や、すがもれは起こるかというと
断熱不良の屋根では、小屋裏に建物内部での暖房熱が逃げていき
屋根にたまっている雪を融かす。
それが融雪水となって流れていく場所があればその場所で
流れていき、それが寒暖の繰り返しの中で徐々に成長していくのですね。
すがもれは、その融雪水が屋根上の氷で水路をふさがれて、
それが室内側に漏れ出てくる「雨漏り」ということ。
北国では、こういう雪の問題がつい20年前くらいまで
なかなか解決されずにきていたのですね。
この問題が断熱の強化で解決されたことで
フラットルーフという水平に近い、もしくは水平の屋根が作られるようになった。
この結果、屋根に雪を載っけたまんま、という屋根の形状が増えていった。

というようなことなんですが、
どうしても、人間のすることなので、
工事の不良などが原因のトラブルも出てくる。
なかなか悩ましく、イタチごっこの側面もある悩み事であります。

たまる名刺・・・

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さて、ことしは比較的、札幌に腰を落ち着けていられるなと
思ってはいるのですが、それでもあちこちと出張機会は多く、
ちょっと油断していると、さっそく名刺がたまり始める。
FujitsuのScansnapを導入して、
Macの「連絡先」と同期する設定にしているので
ちょっとした時間の間にやれればいいのですが、
どうしても人間の行動管理力には限界がある。

気がつくと、えいやと覚悟を決めないとならないくらいにたまってしまう。
いまは大体、2〜3カ月で200〜300枚くらいでしょうか
机の上で、「おい、いつになったら片付けるのよ」という顔をして
こっちを無言で威圧している。
まぁそれでも、1箇所に固めているので
散逸したりはしていない。問題はありません。
名刺管理システムでは、わたしの場合、1200人くらいの連絡先が
iPhoneでいつでも数秒で取りだし可能。
寄る年波でとっさに顔見知りの人の名前が思い出せないことが
頻発していますが、そんなとき、
こういうソリューションが何度となく危機を救ってくれました(笑)。
やや時間を稼いでから、iPhoneで相手の方の名前を確認し、
数秒後、何食わぬ顔でしっかりと名前を呼べる快感は
経験したものでなければわからないもの。
それには、この名刺管理が基本なのであります。
しかし、一方で時間的精神的なゆとりというのもなかなかにして難しい。
ゆったりとした余裕が、長いビジネス局面で大きいというのは
よくわかっていても、ついつい、目先のあれこれに対応せざるを得ない。
しかし、目先に時間を奪われているようでは
それもまた、効率がきわめて悪い。
というようなことをくだくだと書いているよりも、
やはり早く取り組むことに致します(笑)。

いごこちとデザイン

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写真は、先週日曜日に行ったガラスのピラミッドにあるレストラン
「フレンチレストラン ランファン・キ・レーヴ」の待合室の暖炉。
たいへんセンスのいいデザインで、大好きです。
こちらに伺うといつもこのそばの席に座りたくなるのですが、
今回は早く着いたこともあって、
お店の方が、気を利かせて薪に火を入れてくれました。
見ていると、薪も立派な広葉樹を使っているようです。
針葉樹だったり、場合によっては建築廃材というケースもあるわけですが
その辺にもこだわっているようで、
きちんとリクエストして、樹種を選んでいるのだとか。
燃えるときに発生する香りが樹種で違いがあり、
そういった部分でも「味わう」楽しみが募ってくる。

で、しばし暖炉の炎に癒される時間。
こういうゆらぎの感じられる空間の癒やし力はすばらしい。
なにか、根源的なパワーをもらえる気がします。
目を落とすと、薪をくべる場所の手前側は
手斧で削いだような風合いの自然石が使われている。
人類のDNAはこのようななかで長い時間を過ごしてきたような
そんな炭素年代的な悠久のときを感じさせられる。
石器時代、大型動物の肉を求めて
はるかなジャーニーを続けてた人類にとって
夜になって、炎を燃やして休む時間は
単純で根源的なやさしさを生み出してくれたに違いない。
欧米でも暖炉を囲んでもてなすというのが
最上のもてなしであると聞きます。
日本でも、いろりの炎は、ながく「家族」の一体性を象徴してきた。
やはり人類が持つ、DNA的な部分に訴求してくる文化なのでしょうね。

住宅マンガ第3弾発刊

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当社では青森地区限定で
「青森のいい家大研究」と題した「高性能高気密住宅」マンガを発刊しています。
これは、北海道並みにきびしい気候条件でありながら、
住宅性能面においての啓蒙活動が従来あまり活発でなかったということから
実験的に取り組んでみた企画です。
これまで2冊刊行してきており、今回は第3弾として
「青森は家があったか、ひともあったか」と題したマンガを上梓しました。
住宅関係企業を中心に県内各所で無料で頒布されています。
今回は全36ページの構成でして、
なかなかにストーリー展開が多様性に富んでいる(笑)。
結局、こういうものは人間がドラマの中心にあって、
けっして技術だけの内容にはなりえません。
5W1Hのすべてにわたって、人間的な視点が不可欠だと再確認させられます。

で、実は、もなにも(笑)
わたしがシナリオライター、プロデューサーをやっております(笑)。
小学校・中学校時代を通じてマンガ少年であったのですが、
その素志を、こういうかたちで実現できた次第。
マンガ作画については、古い交友関係の中からの人脈をたどって
西澤大さんという作家さんにお願いしております。
ということで、わたしは自分の領域、住宅関係の基本的な知識と
ドラマシナリオの構成、企画としてのプロデュース作業などを担当して
共同作品として、制作しているものです。
ちょうど「美味しんぼ」の制作体制と似た感じと言えるでしょうか。
しっかりとそのように制作著作も明記して、
佐村河内さんのようなゴースト騒ぎは起こしておりません(笑)。
通常の「編集者」という立場を超えて、
自分自身でもこのような制作者の立場になってみると
著作権ということの意味合いが理解出来る次第。
確かに、この著作権制度というものは、人類が生み出した大きな知恵だと思います。
先般の佐村河内さんの記者会見は
そのような制作者・表現者の立場から考えていくと
その内的な、心理の部分で、やはり理解出来ないものが大きい。
まぁ音楽のことはよくはわからないのですが、
表現者というのは、基本的に表現においては
「自由」でなければならないと思うのです。
その自由の前提には、正直さや率直さというようなものが不可欠。
ものごとを作っていく、考えていくときに
多くの人に通じるのは、この正直さや率直さが成せる業なのだと思うのです。
映画などで、細かい文字で字幕に制作に携わったすべての人間の名前を並べるのは
このような人間の「自由」に対する、あらねばならない「配慮」なのだと思う。
あのひとは、そういった部分でやや踏み違えているように思います。
あ、やや脱線してしまった(笑)。

ということで、マンガ作家の端くれなのであります(笑)。
わたしの人生で生きているウチに、この念願が叶ったということで、
人間、希望を持っているということはいかに大切か
思い知らされている次第です(笑)。

ガラスのピラミッドで食事会

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きのうは、昨年この時期に札幌市東区のモエレ沼公園にある
「ガラスのピラミッド」で、現代音楽の演奏会をやった友人の
なんと、1年ぶりの「打ち上げ会」(笑)。
おいおい、でありますが、メンバーでもないわたしにも「招待状」をいただいて、
ありがたく食事会に行って参りました。
ここにあるレストランには何回か来ていて、
真狩にあるフランス料理レストラン「マッカリーナ」の姉妹店なのです。
たいへん料理が美味で、しかもインテリア、
建築的にもすばらしい景観を窓の外に楽しむことができる。
緑の季節ももちろんいいけれど、
冬場の黄昏時、空気が青くなっていく中に雪の白さがコントラストになる
この時期の窓からの眺めがほんとうに息をのむほどに美しい。
さらに、レストランにはWELCOMEコーナーがあって、
そこには美しいデザインの暖炉がしつらえられている。
ちょっと早めに着いて待っていたら、さっそく暖炉に火を入れていただきました。
炎のゆらぎがこころをゆったりと癒してくれるのは
北国に居て暮らしているものには何物にも代えがたい格別のごちそう。
そんな空間演出が美食への期待を高めてもくれる。
ということで、カミさんが大喜びでふたりで行ってきました。

すいません、食べるのに夢中で
料理の写真はほとんど撮影しませんでした(笑)
かろうじて、残っていた料理を。
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その後、打ち上げらしくみなさんの演奏を楽しませていただきました。
やさしい楽器の音色がゆったりとした料理の余韻に心地よい。
そして大団円では、
友人の現代声楽音楽の再演であります。
事前に、「きょうはわかりやすいように解題を話すから・・・」
と言っていたので、期待していましたが
それは曲の「形式」への説明であって、
テーマへの説明にはなっていない、
ふたたび三度、迷宮に入り込むような名作の世界であります(笑)。
しかしまぁ、それが定番なのでノリは感じられる。
そう、現代音楽のノリって、こういうことなのでしょうか?
ということで、おいしいお酒も回って、
気付いたら、「おまえは招待だから、祝儀を置いていけ」という
酔いもいっぺんに醒める無常の宣告(笑)。
胴上げされてたたき落とされたような、楽しい友人の一発芸炸裂。
案の定、帰り道には雪がしんしんと降ってきていて
今朝起きたら、30cm以上の大雪。
さてさて、一炊の夢、醒めて知る現実の札幌の冬であります。

健康・省エネ住宅を推進する国民会議

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きのうは午後から、表題の会合セミナーに参加していました。
正確には北海道地域支部の発足記念のセミナーです。
この会議の動きについては、注目しているのですが
先般東京で開かれた総会では
あまりにも参加者が多すぎて会場も満杯になってしまって
懇談会すらまともには開かれないような状態で、
理事長の上野さんとも、じっくり話すことが出来なかった。
今回、そういうこともあって、セミナーから懇親会と
わざわざ大阪から参加された上野さんともじっくりとお話しをうかがえて
収穫はたっぷりとあった次第であります。

高齢化社会の本格的なとば口に立って
日本の医療という先端分野、世界に冠たる長寿命社会を実現した
その元になるわけですが、
それでも解決しなければならない問題が
医療費負担など、昂進し続ける「福祉費用」の問題。
医療は福祉という考え方から、このような現実に結果しているわけですが
逆に産業の可能性という点で見直していけば
そこにはさまざまな可能性が眠っていると考えられる。
要介護になる前の段階で
住宅や住環境がその医療費の削減に関わりを持つことができる。
ある考えでは、医療機器を家電化するように構造改革をすれば
日本の電気機器メーカーはその実力を遺憾なく発揮できるとしている。
いま、日本の医療費は38.5兆円規模だそうです。
もちろん、倫理の問題など、解決していくべき問題は多いけれど
現状が進んでいけば、この総額は簡単に倍増していくのだそうです。
そしてこの増え続ける医療費が福祉という分野で固定されていることで
日本では、高齢化ということばがそのまま、
ペシミスティックな響きで語られ続けてきている。
それほどの「負担」に耐えられるわけがない、とされているのです。
しかし、制度が時代に合わなくなって矛盾が吹きだしているのに
制度だからと墨守し続けていくのはバカげている。
その循環論議から脱却することをみんなで考えなければならない。
そのひとつが、住宅を高断熱高気密に改変することで
国民の総医療費を削減できるのではないかというアプローチです。
そしてその根拠になる科学的知見、データを積み上げて
制度を時代に合うように改変していこう、という
ある意味、壮大なテーマがこの会議の目的なのです。

きのうは準備不足の中、
それでも90人以上の参加者が集まったと言うこと。
このテーマ、今後の住宅の動向にかなり決定的なものになっていく
可能性があるのではないかと思います。
大いに注目していきたいと考えています。