
選挙の結果、「いまの日本の民意」は明瞭に示された。
投票率は大変低い結果になったけれど、
それも含めて民意なのだと思うし、
決まった結果に対して、それでどうこうは言えないと思う。
あんまり語られなかったけれど、
今回の民意の底流に、朝日新聞の問題があったように思う。
日本に、国民に、仇を為してしまったリベラルというイメージ。
安倍政権への反対概念=「リベラル勢力」とは必ずしもくくりきれないが
しかし現状でいちばんわかりやすい概念として「リベラル」があると思う。
その勢力側が、もっと自身の問題として
あのことの本質を、深刻に受け止めなければならなかったのに
それをネグレクトしてしまったことが実はたいへん大きいと思う。
きちんと真正面からあの問題を受け止めようとはしなかった。
朝日新聞の単なる「誤報」として、いわば「ちょっとした間違い」のように
スルーさせようとしたことに対して、
日本国民の底流意識として、リベラル勢力に対して
「あなたたちは、日本が本当に嫌いなのですか?」
という素朴な感情を持たせてしまったことが大きいと思う。
その国民的受け止め方に対して、きちんと正対する反論を聞いたことがない。
もちろん、いまでも朝日新聞を購読されている方も多いだろうし
「全体として」朝日の論調に正義を見ているひとも多いだろうと思う。
けれど、朝日新聞が取った行動は、けっして公明正大なものではなかった。
それこそ少なくとも、2/3以上の国民はそう思ったに違いない。
野党側は、朝日新聞を擁護して正面からこれが正しいとも言えず、
しかし現政権には反対だ、というような
国民から見たら「中途半端」なスタンスと見えていたのではないか。
結局、野党が上げられた「声」は、
国民への、現政権に対する「告げ口」くらいしかなかった。
そんな姿勢の「野党」に投票するのなら、むしろ共産党が一番スッキリする。
「批判だけする」のであれば、筋の通った批判主体を選んだ、ということ。
やはり低投票率も含めて、民意は絶妙に表現されるのだと思う。
さて、しかし民主主義には健全な野党が必要であることは論を待たない。
そうでなければ、日本国民は不幸だと思う。
思えば、民主党政権が大敗し、政権が現政権側に移行して以来、
「次の日本の政権はどのようであるべきか」について
建設的な進路は、野党側からまったく示されていなかった。
ここを明確にしていく努力を、日本の民主主義のためにも
野党勢力は、ただちに取り組んでいかなければならない。
本来その「旗」になるべき野党最大勢力の民主党の党首までが落選した。
危機は深いけれど、いや、だからこそ根源的に
次の政権はどうあるべきか、真摯に向き合っていく必要がある。
日本国民は自然権として、そういう民主的な選択肢を持つ権利がある。
民主主義発展のためには野党の役割はきわめて大きい。
現政権側が危機感を持つような「政治的正統性」を訴える必要がある。
なるほど、次はこうあるべきだというビジョン。
わたしとしては、そのとき野党側は少なくとも
「この国と民を愛しています」という強いメッセージを伝える必要があると思う。
別にいわゆる「愛国的・右翼的」になれというのではない、
リベラリズムとしての「正義と公正」という価値観とともに
「深く国を愛している」と、そのようなメッセージが必要なのだと思う。
たぶん、いまの日本社会は過去何回もあったに違いない
海外の価値観のストレートな「受容期」から、
この列島社会のオリジナリティへの「復元期」に相当しているのだと思う。
稲作を受け入れ、「国家」を受け入れ、漢字を受け入れ、
鉄砲文化を受け入れ、開国し、帝国主義競争に参加し、敗戦し、
というような揺れ動きが一段落して、
そのあとこの社会では常に、本来回帰するような民族社会を復元してきた。
そういった洞察に踏まえた、次の選択肢を野党に期待したいと思う。
Posted on 12月 15th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »


先日友人のFacebookを見ていたら、
さりげなく北海道での演奏ツアーのことが書かれていた。
しばらくかれの生演奏を聴いていないし、
とても聴きたくなって仕方なかった。
友人の名前は、笹島明夫くん。
高校の同期生で、Jazzギタリストとして活躍している。
主な活動はアメリカだけれど、ときどき日本に里帰りしてくれる。
年末のシーズン、札幌で数カ所、ライブをやっている。
きのう、ようやく用事がない週末の時間ができて
聴いてくることが出来た、シアワセです。
今回のツアーでは、NYのJazzシーンで活躍する2人の
Jazzメンも帯同してきてくれた。
きのうのメンバーは
笹島明夫(ギター)
David Berkman(ピアノ)
Gene Jackson(ドラム)
重松忠男(ベース)
MIZUHO(vo)
という構成でした。
重松さんと、MIZUHOさんは地元からの参加でしたが、
David BerkmanさんとGene Jacksonさんはアメリカから。
わたしは音楽はもっぱら聴くだけなので、
解説的なことはできませんが、そういう素人でも
この2人の素晴らしさは、了解できた。
しかも、このふたりとも笹島君の軽妙な語り口と
スピーチやボディランゲージでもスウィングしてくれて
日本人のような「謙遜」のしぐさを披露してくれていた(笑)。
勝手に名付けると笹島も含めて「”Kenson” Brother’s」かなぁと。
趣向もいろいろで楽しく、終わってしまうのがさみしく感じたけれど、
力一杯の演奏を聴かせてくれて本当に感謝であります。
笹島も言っていたけれど、
たぶん、NYでのJazzLiveもこんな雰囲気なんだろうなと、
想像を巡らせられました。
白く雪が降り積もった札幌の夜景の帰り道、
クルマを走らせながら、
ある幸福感に満たされていました。
わたしたち高校同期も還暦を過ぎてきたけれど、
きのうまで続けてきて今日を生きていることに、
明日もまた、普通に前を向いて立ち向かって行く。
そういうことが、いちばんシアワセなんだと、
Jazzの一本道を歩き続けている友人に、
音楽という形の、メッセージをもらったように思いました。
Posted on 12月 14th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

きのうは住宅関係団体の忘年会。
ここんところ、やはり忘年会は多くなっている。
なんですが、きのうは札幌の中心からクルマでも30分かかる
住宅地の中の商業施設内の居酒屋さんが会場。
会員の方が、経営するお店なのですね。
なので、中心部からのバス送迎付きであります(笑)。
さすがに年なので、行く道では居眠りし、
帰りもすっかり車外の光景に見とれておりました。
まぁ忘年会で、バスツアーというのも乙であります。
帰りには札幌の駅を通りました。
わたしは札幌育ちで、3歳からですからもう60年近く
この札幌駅とは馴染んで暮らしてきていますが
いまの札幌駅に夜に来るというのは、初めてくらいかも。
幼い頃の札幌駅の記憶とはまったくの別物になってしまっていて
ノスタルジーが湧くということはない。
バスで見続けた夜の札幌の光景も、馴染みを感じない。
街の記憶、というようなもの、
廃れていく町について語られることが多いけれど、
いつか、倉本龍彦さんも言っていましたが、
氏の故郷である東京世田谷方面でも、
どんどんと記憶のよすがが消滅してしまって
記憶と現実の街に整合性が見いだせなくなっていくようです。
人間の寿命が延びて、街の変化スピードと
人間記憶が相関関係を維持できなくなってきたのでしょうか?
そんな2014年的な現実の歳末を
ゆったりと感じながら、家路についた次第です。
Posted on 12月 13th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: こちら発行人です | No Comments »


また、きのうからの続きです。
っていうか、「復興提案住宅」って、いまの一般のユーザー心理に
けっこうフィットしていると思うのです。
復興住宅は基本的に「コンパクト」に作らねばならない。
これは、家事労働の時間節約型住宅への志向性の高まりという
広く待望されてきている流れとも共鳴している。
北海道で取材していて、平屋志向であるとか、
コンパクト住宅志向であるとか、
そういった、いわば生活合理主義が高まってきていると感じます。
とにかく、現代の家族はみな一様に「忙しい」。
主婦である女性はそのなかでももっとも時間が足りない。
とくに被災地の場合、若年労働力も不足していて
共働き率が高いように感じます。
子育てしながら、フルタイムで働くというのは、
非常にしんどいんだけれど、みんな明るくそんな状況に立ち向かっている。
夫もフルに家事労働をシェアしてがんばるのはもちろん、
その上でも、徹底的に家事労働時間を節約したい。
そういった生々しい現実の中で、自らもそうした立場であるという
女性建築家の栗本直美さんの提案にこころが動かされた。
コンセプトは明解、「片付けしやすい家」。
まったくそうです、その通り。
実はわたし自身も、共働きで家事をシェアしながら、
子育てと仕事、両方に立ち向かってきた思いが強いので
そんな提案を聞いたとき、無性に応援したくなってきた次第であります。
でもそれは、今の時代のひとたちの、とくに子育て世代の
共通する思いであることも明白なのです。
本来日本の家、家族のライフスタイルとしては
嫁というのは貴重な労働力であって、子育て労働は
老親がかなりの部分をシェアしてきたのに対して、現代では
個人主義が行き着くところまでいって、
核家族という生活スタイルはたぶん、維持する方向に行く可能性の方が高い。
そうなると、当面は「家事労働時間削減型」の家づくりが
大きなテーマになって行くのではないか。
みんなで考えていかなければならないテーマだと思う次第です。
Posted on 12月 12th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

さて、きのうの続きであります。
東日本大震災からの住宅復興は、いよいよステージが住宅建設段階。
津波被害の甚大さから、建築用地の整備が遅れ続けてきた。
ようやく、その状況にメドがついてきて、
仮設住宅から、そろそろ新築したり、災害公営住宅への移行を
本格的に考えはじめたところなのです。
もちろん、これまでにも自力で用地を確保し、自力再建された方も多いのですが
多くのみなさんは、公的な用地整備の進捗を待ってきた。
そういった段階で、さて、建築設計のプロたちは、
どのようにこうしたユーザーニーズに「寄り添った」提案ができるのか、
そういったことが問われていると言えるのでしょう。
より具体的な、「シアワセな暮らしのかたち」が求められているということ。
そんなテーマ意識の中で
JIA東北支部・宮城のメンバーの提案のなかから、
いくつかの設計プランに目が向かっていました。
「よく建売住宅のプランを相談される」という吉田裕一さんの
提案が、これです。コンセプトは
「住まい手の視点を重視したプラン設計。デザイン性にこだわらず、
限られた規模でも不便を感じることなく
使いやすさを追求した「住まう」ことのできる家」。




サブタイトルに「住まうという現実に寄り添った家」とあるけれど、
まさにそういった考え方に貫かれている。
それぞれはごく当たり前の生活上の使い勝手のことだけれど、
それらを透徹して見つめて、
限られたスペースの中に、上手に過不足なく落とし込むというのは
かんたんなプランニング作業とは絶対に言えない。
いわば生活合理性を突き詰めて、コンパクトに実現する、
そんな意識を感じさせてくれる、説得力のあるプランだと思いました。
そして震災以降のひとびとの欲求の根源に
こういった意識が芽生え、そしていま、
それが大きな流れになって来ているようにも感じています。
目を驚かすのがデザインではない。
ひとびとの暮らしの背景装置として、要所を押さえたプロとしての配慮。
そういったものこそが、真のデザインではないのだろうか
そんなふうな思いをしながら、この提案を見つめていました。
Posted on 12月 11th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

震災から3年半も過ぎ、ようやく沿岸の被災地では
住宅再建の用地が整備されてきて
本格的な住宅建築計画が進んできています。
地域の深甚な被害の現実に遭遇して
自らの職業的な倫理観から行動し続けてきたJIA東北支部のみなさん。
今回、JIA市民講座4
「JIA BOOK Miyagi 建築家が考える復興のための住まい集」発表会
というイベントが開かれ、
コメンテーターとして、招かれまして参加してきました。
当方も「東北の住まい再生」というボランティア情報誌を発刊してきた経緯もあり、
そういった流れからお呼びが掛かった次第。
被災地の集団移転地造成が進みようやく住宅が建ち始めている現在、
JIA宮城地域会では、自力で住宅などの再建をする人達のために、
会員が「自立再建者の住まい」をテーマとした住宅等の提案冊子
「JIA BOOK Miyagi.01」を出版しました。
そこで、市民の方々に
この冊子を有効に活用して頂くことを目的に発表会を行います。
という趣旨であります。
本のことについては、また追って触れていきたいと思いますが、
久しぶりに宮城地域会のみなさんとお会いして
活発に情報交換をさせていただきました。
やはり各地の生の情報を聴くことが出来て
有益な情報交換が出来ました。
発表会後には、またまた忘年会になだれ込んで、
久しぶりに夜中の1時過ぎまでの活発なお話し合い(笑)。
ということで、やや体調整備に時間を取られそうであります。
「JIA BOOK Miyagi.01」について、明日以降、
少し詳しく触れたいと思います。
Posted on 12月 10th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

冬になると、見てみたくなる光景があります。
札幌から約1時間ほど、道央道を北上すると
安田侃さんの彫刻が置かれている野外展示空間・アルテピアッツァです。
美唄の高速インターから3分ほどなので、
運良く好天に恵まれれば、ごらんのような静かな雪景色と遭遇できる。
このアルテピアッツァは、廃校になった小学校の跡地を
この地でで少年期を過ごした彫刻家・安田侃さんが
ノスタルジーを込めて、空間構成している場所であります。
以下、HPからの紹介文。
ここは、1人の彫刻家・安田侃(かん)が今なお創り続ける、
大自然と彫刻とが相響する野外彫刻公園である。
美唄市は、かつて北海道有数の炭鉱都市として栄えた。
1973年に最後の炭鉱の灯が消え、炭鉱住宅はひっそりと静かになり、
子どものいなくなった学校は閉校した。
それから時が過ぎ、イタリアで創作活動を続ける美唄出身の安田が、
日本でアトリエを探していた際、1981年に閉校した旧栄小学校に出合う。
その朽ちかけた木造校舎には、
子どもたちの懐かしい記憶がそのままに残っていた。
そして、校舎の一部に併設されていた小さな幼稚園に通う子どもの姿が、
彼の心をとらえた。時代に翻弄された歴史を知らず、
無邪気に遊ぶ園児たちを見て、彼は思う。
「この子どもたちが、心をひろげられる広場をつくろう」。
それがアルテピアッツァ美唄誕生のきっかけとなった。
構想のスタートは、1991年からとなっています。
写真は、そのカフェスペースから周辺の針葉樹の森を見たところ。
このカフェは現在の北海道の標準的な断熱空間であり、
薪ストーブが、訪れるひとを迎えてくれる。
そうした居心地にくるまれた空間から、白く基本彩色された外部を
あくことなく、見続けられる。
この周囲の針葉樹はエゾマツのようであり、
濃緑の樹影に白く雪化粧が施されている様は、
北の自然の典型を垣間見せてくれる。
こんな美しさの中に、自分たちは包み込まれて生かされているのだと
今さらながらに、思いが至る。
暖かいコーヒーを飲んでいれば、なにもいらない。
ときどき、ふっと思い起こして訪れる、わたしの大好きな場所です。
Posted on 12月 9th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

きのう、ブログを書いた後、
降雪が激しくなったのですが、「出かけます」と書いた以上
やっぱり、ということで雪中散歩に行ってきて、無事帰還できました(笑)。
本当は、こりゃヤバいかも、と思ったのですが、
宣言したことで背中を押された次第。
さて、きのうのブログで札幌の気候的な地域区分について
内陸型の日本海側、という混合型に近いのではないかと書いて
そんなことから思惟を巡らすことがありました。
そこで写真のような光景についてのことであります。
このカメラ位置は札幌から石狩湾北部・石狩川河口方面を見たところ。
マクロで言うと、日本海に北西風が吹いて
海上の水分が北海道陸地西岸方面に降雪をもたらすのですが、
そのときに大量に、湿度が高く低温の重たい雲が発生します。
それが、写真画面の林のはるか奥に、黒っぽい雲として見える。
で、この黒雲が、さまざまな異形の形態を見せてくれる。
わたしは、札幌植物園に東北面した家で幼年期を過ごしていましたが、
ちょうど寝室のあった2階から見える光景では、植物園の木々の上を
この時期、こんな異形の雲たちが、行進していた。
だいたいが、ゴジラの横姿に思えたのです(笑)。
このこと、あんまり人に言ったこともなければ、
そういった質問を、教育を受けていたとき先生に投げかけたこともなかった。
でも子ども心に、この不思議な雲の造形を楽しんでいたのですね。
雲の形には、たぶん、いろいろな地形条件・気候条件が
そこに投影されているに違いないのですが、
そういった分析的な解剖は、あんまり聞いたことがない。
こんなふうな視覚記憶って、
その人間のある根源的な体験になっているに違いないけれど、
そして地域の共通言語に近いけれど、
共通認識には至っていないような気がします。
上に書いたような「科学的分析」も、今のところわたしだけの思い込み(笑)。
でも、そういえば「石狩湾低気圧」というような気象分析名詞すら、
ここ十数年くらいで根付いてきたコトバのような気もしますから
「地域気象学」みたいなものは、
まだ新しい概念の分野であるのかも知れませんね。
でも、とくに荒天時など、
この「ゴジラの暴れ回る様」は、まことにすさまじい迫力で
わたしの幼いこころに深く刻みつけられていたのであります。
長じてからは、しかし、この黒雲のことが無性にたのしく、
たまに再発見する度に、「やぁ、ひさしぶりだな」みたいな
いろんな思いを想起させてくれるのです。
こんな気持ち、ヘンかなぁ・・・。
さて、それではきのうの散歩道の雪景色から
2点ほど、写真を載っけておきます。


Posted on 12月 8th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

いよいよ寒さが厳しくなって参りましたが、
それでもまだ札幌、積雪はほとんどないので、足下は軽快。
ということで、きのうも散歩に出かけられました。
なんですが、ちょうど夜明け時点での気温は最低なので、
きのうの場合で零下5度ほど。
それは比較的にコンクリートジャングル化が指摘されている
札幌気象台の場所でのものなので、
北海道神宮のある中央区宮ヶ丘周辺では、もうちょっと低そう。
散歩の終わりに北海道神宮に参拝してくるのですが、
その手洗い場の様子が写真であります。
まぁ、気合いを思いっきり入れて手を洗ったのですが、
「心頭を滅却」する必要がありますね(笑)。
さすがにこの時期、散歩される方は数が大きく減ってきています。
わたしも、いつまで続けられるか、というところですが、
ことしからは、子どもの世話に手を割かれることがないので、
がんばって、続けられるまで出かけようと思っています。
そのうち、早朝の神宮境内で
中高年男性の行き倒れのニュースが流れるかも知れません(笑)。
まぁ、そうまでならないように適当にがんばろうと思います。

上の写真は、札幌の街から見えるジャンプ台、
宮の森シャンツェの様子です。
こういう雪のない寒さの状況に遭遇すると
札幌の街の位置関係、気候的な把握の仕方で、
一般的には「日本海側」という思い込みが強いのですが、
どうも少し違うかなぁとも思います。
というのは、ここのところ、函館から小樽など海岸地域から
空知地方などに雪が降っているのですが
札幌はやや拍子抜けするほどに積雪がないワケです。
さりとて、太平洋側と言うことでもありませんが、
やや「内陸型」的な気候区分を、日本海側という大枠に加える必要がある。
雪の降り方が、ニセコ方面や石狩北部・空知・上川ほどには
強烈ではなく、やや少ない内陸型なのかも知れませんね。
写真からの余談ですが、
そういえば札幌って、街中からジャンプ場が見える稀有な街です。
札幌の街のシンボルに、今後はジャンプ台も加えたら良いと思います。
本州から人が来たら、ジャンプ台に連れて行くことがありますが、
みなさん、そういえば非常に面白がります。
大型車両による除雪風景などといっしょに、大きな観光資源になるかも。
さて、そんなことを書いていたら、
やや降雪が強くなってきました。
でも、散歩、決行したいと思います。よっこらしょっと・・・・。
ではでは。
Posted on 12月 7th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

出版とか広告とか編集とかの仕事って
男女による偏差とかあんまりない職種に属すると思います。
どっちかというと、女性的な視点の方が有効な場合が多いかも知れません。
とくに扱っているのが住宅のことなので
生活のウツワという視点、ものの価値観の判断で女性の方が
感受性において、より細やかに感受できる部分があると思います。
そんなことで、わが社の場合には、
こういう仕事をスキな人と思って募集し続けてきた結果、
現在17名のスタッフのうち、男女比で言うと
男7人、女10人という構成になっています。
で、たぶん国策にもからんで、女性の活躍に注目が集まる中、
札幌商工会議所で、「札幌なでしこ表彰」という制度がスタート。
上の北海道新聞紙面画面ショットの通りなんですが、
そこにわが社が選ばれて表彰されたのです。
わたしは男性であり(笑)、ちょうど出張中だったので
わが社の女性スタッフ代表が表彰式で表彰楯を受け取って参りました。
なんか、うれしい(笑)。
表彰式は4日で、新聞などに発表されたのがきのう5日でした。
ほかに日本経済新聞でも記事が掲載されていました。

別にそういうことを狙ってきたわけではなく
普通の判断を積み重ねてきた結果なので、
こういうふうに受け取られることもあるのだなと、面映ゆい。
でもまぁ、教育には男女の性差はあんまりなくなってきているのですから、
本来的には日本の優秀な働き手として、
女性の果たすべき役割は大きくなって来ている。
北欧などでは、女性もフルタイムで働くことが当たり前化しつつある。
人口減少で、しかし社会の経済活力も活性化させたいと考えれば
ごく自然な流れなのだと思います。
で、この報道があってから、
なんと、銀行さん2行から「お祝い」をいただいてしまった。
こっちの方が、ちょっとしたサプライズでありました。
どうやって「お返し」をできるものか、
まったく不明でありますが・・・、う〜〜む。
でもまぁ、とりあえず、お祝いいただいて大変感謝しております。
ありがとうございました。
Posted on 12月 6th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »