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2020年に向けて工務店は?

1924

きのうはジャパンホームショーの見学・取材。
毎年この時期に開かれるのですが、
ユーザー視点のわたしどもの住宅雑誌としては
どっちかというとプロダクト側に寄った視点にすこし距離感もあって、
今回がはじめての取材でした。
とはいっても、住宅雑誌ですのできちんと会場側の承認を受けて
報道・プレスとして見させていただきました。
会場内で一番活気を感じたのは、工務店向けの専門新聞・出版社である
新建新聞社の三浦祐成社長兼編集長さんによる講演。
会場では立ち見も出るほどでした。
三浦さんの講演は何回か聞く機会もあって、今回も貴重なお話しでしたが、
それ以上に、たぶん大部分であろう工務店さんの受取り方・熱気に驚くほど。
たしかにムリもありません。2020年に省エネ基準の「義務化」や、
着工頭数のほぼ確実な落ち込みという業界を取り巻く環境の中で
どのように生き残っていくのか、まさに真剣なまなざしを感じます。
講演の中でも、2020年には新築着工が60万戸くらいまで落ち込むと予測され
一方で工務店は自然廃業も含めてほぼ1/3程度まで
総数が減少していくと予測されていました。
全国を取材で歩かれるなかで、そういう事業環境の中、
さまざまな動きをそこに見出されて、事例としても発表されていました。
工務店経営には、案外横の連絡ということがなく
大手事業者であれば、企業内でさまざまな事業予測をする部分が、
工務店としては、こうした機会で得ようとされるのだと思う次第。
一方で、北海道など北方圏では
主に高断熱高気密という技術指標によってグループ化が進行していて
そういった情報共有環境を通して
すでに工務店の優勝劣敗が明瞭になって来ている部分がある。
行政機構側や大学研究者、設計事業者などとの連携もスムーズで
作り手の事業環境が他の全国のものとかなりの違いがある。
そのうえでの住宅マーケティングになっていると思います。
寒冷地では住宅性能技術は、ほぼ「人権」に等しいのに、
温暖地では、どうしても「差別化」視点のマーケティング要素になる。
本州地域では、そのあたりが明確になっていないままなので、
どうしても目先的な手法に走る部分を感じる次第。
住宅技術、高断熱高気密について、本州から学ぶことが出来なかった
北海道の事業者としては、実感として、
市場動向把握にもやや差異性も感じるのではないかと思います。

しかし、現実に住宅において市場縮小は起こりつつあり、
そこからどのように生き残っていくべきなのか、
問題は等しくやってくることは確実。
企業としての生き残りに対しての真剣さ、必死さは
皆一様に持っているところです。
ユーザー視点とプロダクト視点、そのせめぎ合いの中で
どのあたりが共感を持って受け入れられていくのか、
探求していくことがきわめて重要になってくると思います。
少子化・高齢社会化の進展のなかで、
日本のドメスティック企業・業界が等しく克服を迫られているテーマですね。

埼玉の家づくりグループと情報交換会

1920

さて、きのうは無事に飛行機が約束時間に遅れて(笑)
東京に着いてから大急ぎで、モノレールー京浜東北線ー高崎線と
乗り継いで、14:00約束のところが、14:05ころに会場到着。
大宮でしたが、以前にも取材で来ていた場所なので土地勘もあり、
まっすぐに会場到着できました。
で、開始時間も若干遅れていたので、無事全会合日程に参加できました。
わたしは工務店グループ・アース21の賛助会員として参加。
でありますが、会の発刊する雑誌の仕事でもあるので
この様子も写真撮影や、音声録音など、取材であります。
ということで、会場を見渡したら、
正面側に見知ったお顔も発見。
Facebookでやり取りもしている埼玉在住の工務店経営・佐藤喜夫さんです。
本州地域でいい家づくりを考えている方は、
おのずと高断熱高気密という志向性が高くなり、
そういうことで知り合う機会も増えていくのでしょう。
「埼玉家づくりネットワーク」という地域の作り手の会の
中心的メンバーとして活動されているということ。
以前アース21のメンバーでもあり、事務局活動もがんばっていただいていた
松谷啓佑さんがこの会合の仕掛け人のようで、
まことに感謝であります。
楽しみの事例発表では、埼玉側の会の会長さん、榊住建・千代岡社長から
さいたま市内での事例が紹介されましたが、
そのなかには、自分の敷地内の平地林からケヤキを伐りだして
それを使って新築するというような事例が語られていました。
山林というのならわかるけれど、平地林というのは驚く。
急速な首都圏の人口膨張の中で、大地主層というものが形成された
埼玉県の事情が反映されている実感を持てました。
こういう事例がごくふつうにあり得るという部分が
私たち北海道人には、まことに別世界の印象であります。
その後、今度は佐藤さんの事例発表では、
北海道の住宅建設事業者とまったく変わらないスタンスでの
「性能向上リフォーム」のリアルな状況を情報共有することが出来ました。
北海道には「北海道R住宅」というリフォームの基準がありますが、
こちらで行われている内容は、基本的に同様の手法。
またコスト面でも了解可能というか、妥当な範囲に収められていて
そういう面でも目を見張る思いでした。
なお、このリフォーム事例は自社所有物件として賃貸住宅で活用され
それも事業性範囲の金額設定で運用できているそうです。
「築40年超」物件のリノベーションですが、
課題としては、北海道R住宅のような社会的支援がないなかで、
流通事業者にこの住宅性能的価値観を
どうユーザーに伝えさせるか、というのが最大ポイントでしょうか。

ということで、
ブレークタイムでは、みなさんと活発に意見交換できて
まことに有意義に過ごすことが出来ました。
会合後、都内の宿泊先に迷わずたどりつけました(笑)。
お酒飲んだ後、電車に乗って時間を忘れず、眠らず、という体験も
東京サラリーマン時代の昔を思い出させてくれます(笑)。

日本海の絶景 シュマ・ムイ

1918

先週土曜日、ふらりと日本海海岸沿いの日帰り温泉へ。
「しゃこたん温泉」というところでして、
札幌からまっすぐに行けば約1時間半ほど。
泉質がなかなかいいのと、眺め、それも裸で
たっぷりと日本海の風景を堪能できるポイントで
温泉の露天風呂からは、こんなような海岸風景が展開しています。
で、写真はそのさらに先の「島武意海岸」。
日本の渚100選ということなのですが、
北海道でそういう存在があることに気付く人もほとんどいません(笑)。
以下、地名の解題。

島武意海岸
地名はアイヌ語の「シュマ・ムイ」(岩の入り江)に由来する。
積丹岬の突端から1kmほど東側に位置し、
断崖絶壁に囲まれながらわずかな浜辺を有する。
展望台までは歩行者が通行可能なトンネルを経由する。
展望台からは階段で浜辺まで降りる。
カモメやオオワシなどの鳥類のほか、冬季にはアザラシも観察できる。
多くの奇岩と海の透明度の高さで知られ、日本の渚百選にも選出されている。

さすがにこの時期になると
それほど多くの方は来ていませんで、なんとトンネルも閉鎖(泣)。
やむなく急勾配の坂道を300mほど上がって、
展望台にたどりついて撮影したものです。
300mとはいえ、急勾配の坂道はまことにきつく、
なんどか、心臓を鎮めるべく休みながら・・・。
積丹半島のいちばんの突端部分で、
風が強く岩礁地帯なので、アイヌの人々にとって
この海を乗り越えて小さな船を回すのはかなり危険な場所だったそうです。
江戸期までの和船などでの航海は、常に海岸線を確認しながら
という航路だったそうなので
こういった岩場の多い場所は、遭難する確率も高かったでしょう。
この時期、海岸に打ち寄せる波も荒くなっていて
最北端の北回り船は命がけの航路だったと思います。
美しさと荒々しさがふたつながら、迫ってくる光景でした。

現代美術家・川俣正、部数限定カタログ発刊

1919

北海道が生んだ世界的な美術家・川俣正さん。
プロフィルをご紹介すると
1953年生まれ。
28歳の若さでヴェネツィア・ビエンナーレの参加アーティストに選ばれ、
その後もドクメンタなど、欧米を中心に高い評価を獲得し続け、
2005年には、アーティストでありながら
横浜トリエンナーレの総合ディレクターとして、
大規模な国際展の企画を任されている。
また、東京藝術大学が革新的な試みとして設置した
「先端芸術表現科」の立ち上げに主任教授として着任し、
既存の美術表現の枠組みを超えていく試みを実践してきた。
現在はフランス、パリ国立高等芸術学院の教授であり
海外でもっともよく知られている日本人アーティストである。
彼の仕事が関わっていく分野は、建築や都市計画、歴史学や
社会学、日常のコミュニケーション、あるいは医療にまで及ぶ。

1984年 東京藝術大学博士課程満期退学。
1977年より発表活動をはじめ、第40回ヴェネツィア・ビエンナーレ(1982)、
ドクメンタ8(1987)、第19回サンパウロ国際ビエンナーレ(1987)、
ドクメンタ9(1992)、第2回リヨン現代美術ビエンナーレ(1993)、
第3回ミュンスター彫刻プロジェクト(1997)、
第11回シドニー・ビエンナーレ(1998)、
越後妻有アートトリエンナーレ(2000~)、
第4回上海ビエンナーレ(2002)、釜山ビエンナーレ(2002)、
ヴァレンシア・ビエンナーレ(2003)など
国内外で多数のプロジェクトや展覧会に参加・発表を行っている。
1994年4月~2005年3月 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授を経て、
現在、パリ国立高等芸術学院教授。

という方なのですが、
知人の武部建設・武部英治専務の高校同級生ということで、
北海道三笠市の廃校を使って、
「北海道インプログレス・三笠プロジェクト」という美術活動を
3年間にわたって継続してきました。
写真は、その完成したオブジェです。
今回、その集大成事業として、「部数限定カタログ」を刊行するということ。
この「三笠プロジェクト」の全プロセスを記録し、
さらに川俣正さんの直筆サイン入りのオリジナルケースもついている。
部数限定発行でエディションナンバー入りということ。
1部、10,000円で刊行は2015年春発送予定とのこと。
A4版フルカラー約100ページです。
この三笠プロジェクトを、まったくの民間ボランティアで推進した
武部さんが中心である「三笠フレンズ」会員向けの記念事業なのですが、
こうした機会なので、会員外のみなさんにも特別に頒布する計画。
コラボ活動を通して川俣さんは建築関係でも世界的に著名ということで、
その活動を記憶しておくことは有意義だと思います。
わたしは普通の会員ですが、実際に作品を見て
そのすばらしさを実感して、ボランティアで広報しております。
「本物は、やはり本物」の輝きを持っております。
ブログ読者のみなさんにも、オススメいたします。
が、あくまでも美術作品ですので、判断は自己責任と言うことで(笑)。
申込みは以下に直接どうぞ。
<リンク先から「004.カタログ予約申し込み」をクリック>

http://hokkaidoinprogress.jimdo.com/

朝日に赤く燃える山

1915

すっかり日の出も遅くなってきて
散歩道も様相が変化してきますが、
この時期には、周辺の山に朝日がみごとに照り映えて
天気のよい日には、ごらんのような「赤富士」現象が見られます。
葛飾北斎の「赤富士」に、
こんな光景が本当にあり得るのか、と思っていたのですが、
あれがリアリズムであることを、はじめて知った次第(笑)。
いや、人間死ぬまで新しく知ることが多いのですね。
日本の建築工学を代表されて天皇陛下にご進講される立場の
日本学士院会員としての東大名誉教授・内田祥哉先生から
「建築の世界でも、まだまだ、わからないことばかりなんですよ」
と言われ、その率直な姿勢に驚かされたことがあります。
その後、日本建築学会の発表会を
一会員として聴講されている先生の姿を発見して
なるほどと思い知らされたことがあります。
顧みて凡百の身には、齢60を超えても、それこそ日々新たな知見ばかり。
まことに、不勉強・不明を恥じらされる次第ですが
こんな身の回りにすらも、生まれてはじめて知る美しさがある。
前回、ふと気付いて「山が燃えている」と思ったのは
全山が紅葉して、そこに朝日の照り返しが見えたのですが、
それから半月ほど経って、
ほぼ山の木々から葉が落ちても、
こんなふうに、むしろ深い赤みが照り返してくるのですね。

この時期まで散歩を続けられるようになって
ちょうど朝日にこの周辺の山が照らし出される時間に
ちょうど眺望が利く場所を外歩きしている結果、
こんな光景を見ることができるようになった次第であります。
まことに神々しく、ありがたい。
先日知人の方が、北極圏地域でオーロラに出会った感動を
お知らせいただきましたが、
こんなごく当たり前の身近な自然現象ですら、美は不変に存在する。
この星の世界が見せてくれる美しさを、可能な限り謙虚に
受け止めて生きていきたいものだと思います。

日中首脳会談合意

1916

日中首脳会談が正式に発表された。
特段の前提条件はつかなかった実質では、日本側の粘り勝ちだけれど、
4項目の文書が開示され、尖閣問題が表記されたという意味では
中国側でも、一定の名は取れたという決着でしょう。
外交交渉なんて、そういったもの。実が取れたことは大きい。

アメリカ中間選挙で共和党が勝利して
また、きょう発表されていたアメリカの世論調査で
アジアにおける「重要なパートナーは?」という問いへの答で
前年とは一変して、日本が中国よりも
ダブルスコアに近い逆転の結果が出るなどの米国内世論があった。
これまでの流れから米中関係のきしみが大きくなって来て
中国側から、対日関係改善の動きが出てきたということ。
東アジアの政治情勢は、アメリカというプレゼンスを抜きにしては
語ることができないのだという現実が見える。
そのアメリカでのオバマ政権の完全なレームダックが明瞭になって来て
次を展望した動きが出てくるのは必然。
中国はオバマ政権を組みしやすしと見て、さまざまな仕掛けをしてきたが、
ここはいったん、矛を収めるしかないという判断だと思います。
会談では、ここまでの線の枠内でしか進展はないでしょう。
安倍政権は、次のアメリカの政権が、たとえクリントンになったとしても
より共和党の影響力が強まることを見越して
いわばかつてのレーガンのようなスタンスを対中韓政策の面で
日本の外交姿勢として取ってきた。
先の安倍訪米時に、クリントンが安倍と対談し、
女性の社会進出を共同アピールするなど、
先方も安倍政権を利用したくなるほどに、国際的評価はあるのでしょう。

1906

一方で、韓国の朴槿恵政権は、
民主党の枝野幹事長の一行の表敬訪問をすらはねつけた。
枝野さん、革マルとの関係指摘されて微妙な立ち位置だけれど、
この局面で産経元支局長の軟禁的状況について
まっとうな政治家的態度を示したのは、なかなかな政治センスとも言える。
このへんは革マルの冷徹な姿勢にも通じるのだろうか(笑)。
あ、ちょっと脱線。
で、朴槿恵さん、国際的にやや窮地だと思うのですが、どうするのか。
たぶんアメリカとしては、
日韓関係で韓国の肩を持って、いいことはさほどない。
中国はアメリカの動向をにらんで、さっさと路線修正した。
さてどうするつもりなのか?
この局面では、対日関係改善に動くしかカードはないと思うのですが
そのように冷静に対応できるのかどうか、注目です。

<写真は、深まる秋の紅葉、表示順と時間経過は逆転しています。>

神様も冬時間

1913

11月の声を聞いて、いよいよ昼間の時間が短くなってきました。
例年だとそろそろ散歩は休止するのですが、
ことしはまだまだ散歩を続けています。
まぁやはり気候が暖かめで推移しているからなのでしょうか。
なんですが、朝の日の出は遅くなってきている。
で、わたしの散歩道の北海道神宮。
朝6時には、神職さんが門のそばにある太鼓を連打してくれるのですが、
11月からどうも、なかなか出てこられない。
で、気付いたら開門時間も5時半だったのが6時半に。
太鼓を打つ時間も1時間遅らせて7時に変更されているのであります。

そうなんですね、
時間的にはそのような日の出時間になってきている。
これからしばらく日の出時間が冬至までそうは変わらない。
神様の冬時間です。
これまで散歩を休止せざるを得なかったのは
この日の出時間が遅くなることが大きかったのであります。
坊主も家にいたので、かれの朝食つくりもやって、
散歩もして、ブログも書いて(笑)というと、
圧倒的に時間が足りなかったのです。
でも今年からは、坊主は家を離れているので
作らねばならない朝ご飯は夫婦自分たちの分だけ。
そのうえ、カミさんはダイエット中なので
ほぼメニューは自分で考えて、自分で作っている。
だからわたし自分の食べる分だけ、考えれば良いわけです。
独身者がふたり、家をシェアしている感覚に近い。
こういうの、元気で働けるウチは悪くないですね。
もうちょっと、雪が本格化する直前まで、なんとか散歩、
継続させたいと思っております。

家の快適から「街での癒やし」へ

1914

青森の街をいろいろに「ロケハン」してきた。
ある要件があって、その「取材活動」なんですが、
どうも無意識のうちに、「街の癒やし」を探そうとする自分がいる。
日本全国どこでも同じような店舗群が、それこそ資本主義の鉄則に沿って
コンビニであるとか、チェーン店舗であるとか
「共通であることの安心感」の提供装置群で、いまの日本社会は構成されている。
それもそれで、いわゆる地方生活者にとっては
ある種の「文化的共通性」の担保として、好意的に受け取られる。
「スタバのない県」というような自虐を生み出すほどに
こういった共通性は根強くありつづけている。
わたしの推測では、奈良の都以来、こういった「文化の同一性」を
日本社会は広く受け入れ続けてきたのだろうと思う次第です。
しかし、そういう種類の安心感って、
それが全部になってしまうことには釈然としない。
そこには地方が都に「ついていく」という迎合感が強くあるのではないだろうか。
そうした安心感と、「街の癒やし・うるおい」は少し違うのではないか。

たぶん、そんな考え方が想定しているのは、
フーテンの寅さんがふっと現れてくるような、
あるいはマンガの「滝田ゆう」作品のような、
まるでそういった劇的空間の舞台背景になるような街のイメージ。
もういまではなかなか見つからない
庶民のための日常感が匂い立ってくるようなたたずまい。
街の魅力、というのは本来そういった部分ではないのか。
各自の住む家がどんなに立派になっても
それだけでは人間生活に情緒的な部分の充足感が不足する。
街の装置としての店舗や食事の場所が、独自性をもった「癒やし」を
提供しなければ、街の魅力は成り立たないのではないか。
どうもそんな思いが強くなってきている。
そんな思いを持ち続けながら、
ふとクルマで走り始めた街路に、突然インスピレーションを感じ始めた。
そう、なにか、昭和の時代感がふんだんに醸し出されているような
あまりにも馴染んだ空気、癒される信号がこころに届いてくる。
そんな空気感のありかを、「どこなんだろうか」と戻ってみて探索したら、
写真のような風情の庶民的な食事店に目線が向かった。
失礼ながら、とくに特徴的とも思えない。
けれど、なにか、正直さを感じる。
そして年月の経過が伝わってくる。
それは、この変哲のない店舗外観でありながら、人々の支持を
長い時間にわたって得てきたということを証している気がするのです。
「きっと、そういう味がするのではないか」
という推測をこちら側にさせる、雰囲気的な力を持っている。

相棒とふたり、食べてみた。
ごくふつうの定食の心遣い、ふつうのしょうゆラーメンの正直さ、
どちらも、癒されるだけのものを持っていた。
古びているけれど、正直に生きている。
そういったたたずまい、味わいに、「癒される」実質を見た気がしました。
まぁたぶん、旅人としての思い込みではあるでしょうが(笑)。

自然採光の明と暗

1911

写真は先般ブログで触れた「伊達市総合体育館」であります。
ことしの「北海道建築賞・奨励賞」を受けた建物です。
連休初日にカミさんと見学して来ました。
設計者・海藤さんによるプレゼンでもポイントとされていた
ハイサイドライト的な屋根部分横の採光を実際に見てみたくて
ドライブがてら行ってきた次第であります。
上部から下部に向かって引き絞られたような屋根形状で
鋭角的な部分にポリカーボネートの開口部が取られている。
断熱的な配慮もされて、しかも自然な採光が室内に取り入れられるということで
省エネ的にも、照明費用の削減にも繋がるデザイン的手法と思える。
ただ、プレゼンでも、室内での競技時には
この開口部にカーテンを閉めて照明を点灯していると話されていた。
まぁ理由は推測できるのですが、やや残念とも思っていた。
で、実際に見てみたくなったのですね。
省エネ的工夫としては、地元で採れる森林木材資源から作られる
ペレットによる暖房なども施されていて、配慮されている。
で、くだんの開口部採光であります。
ちょうどバレーボールの大会が行われていて、
案の定、カーテンが閉められて煌々とした照明が点灯していた。
まぁ、常識的に見て、スポーツ競技施設としては
有利不利がそれによって発生しないように、自然採光だけに頼るのは難しい。
競技中の上部空間が、明度の異なる視界環境になっていれば
「一瞬、ボールを見失う」というようなこともありえる。
そういう条件設定を避けるためには、均一性が担保出来やすい
照明に依存せざるを得ない、というのも了解可能。
まぁしかし、そうだとしてもそれ以外の利用用途の時もあるわけだから
自然採光がダメだとも言えない。
結果としてカーテンによる採光条件のコントロールもやむを得ない。
やはり現実と対話しながらの建築である以上、折り合いということも
不可欠なことになってくる。そんな印象を持ちました。
しかし地域のランドマーク性としての建築として見たとき、
この建物、やっぱりユニークな存在感で迫ってくる。
ながく伊達のシンボル的な存在として親しまれていって欲しいと念願します。

さて、きのうは青森での打合せで往復。
青森市内での「取材」もあったので、一昨日出発で
クルマで行って青函間をフェリーに乗る予定が
思わぬ暴風・高波ということでフェリーを避けて函館ー青森は汽車で往復。
青森ではレンタカーであちこち取材となりました。
遠距離の往復でしたが、運転は交代しながらだったので、助かりました。
しかしやや疲労気味ではあります。
連休明けの仕事段取り、年末に向かって大車輪が続いていきます。
ゆっくりと、しかしスピード感を持ってがんばっていきたいです。

和のインテリアと開閉窓

1910

北海道では木製3重ガラス窓が比較的多く普及している。
アルミは劣悪な断熱性能からほぼ駆逐され、樹脂のペアガラスが基本で
いまはそれでも3重ガラスの製品が増えてきている。
性能的にはそれで木製とほぼ同等までなってきたけれど、
しかしデザイン的には枠が木製の方が
いかにも「額縁」的で、周囲の風景切り取り効果・演出性が高い。
で、そのような性能を重視した窓では開閉方法が、
日本人に親しまれてきた「引き違い」ではなく、
より密閉性の高い外開きや内開きドレーキップの開閉窓が一般的。
断熱性重視で選択していくとそれが自然なのですが、
ただそうなると、和風のデザインで仕上げたいときに
使い勝手と、デザインの両面からせめぎ合いが出てくる。

写真は、北海道内での和風住宅の様子。
全体に和を意識した空間で、紙の障子越しのやわらかい採光と
さらに床面からの「バウンド光」を取り入れる地窓が開けられている。
操作は下のハンドル部分を回転させて、押し開く木製窓。
こういったデザインの時に地窓で開け閉めできる窓としては
左右に引き違い出来る方が、使いやすそうに感じるのだけれど、
なかなかに悩ましいところだなと感じる次第。
使い勝手としては、引き違い窓が左右の窓の交差部分の
金物を操作して開閉させ、そのあと左右にスライドさせるのに、
こちらでは、下のハンドルを回転させて押し開くことになる。
その「押し開く」ときに、
やや体動作の自由範囲が制約を受ける可能性がある。
引き違いであれば、ワンタッチ操作であろうところが、
やや制約的な動きに限定される可能性がある。
この辺のことが性能と使い勝手のトレードオフにならざるを得ない。
あと、デザイン的には窓ガラス面積が、アルミが一番大きくとれて、
樹脂や木製では、枠面積が比較すると大きめである、
っていうようなこともある。
そしてもうひとつ大きいのは、
和風の建具、障子などは基本的に引き違いなのに、
最後の窓だけが違う体動作になる、という部分も大きいかも知れない。
左右と前後という意識変化を強いられるのは、
それなりに心理ストレスをもたらすかも知れない。

寒冷地では、このような生活上の選択ポイントで
性能面を優位に考えるのは、ユーザー側も当然と考えるけれど、
和風を考えていくときには、
もう一歩、寒地住宅として工夫があっても良いかもしれない。
ただそのときにも、性能的な不利を受け入れないようにしたい。
このテーマ、けっこう長く続いていると思います。