
さてきのうは、今回の出張の大きなテーマである
表題の取材に行って参りました。
とはいっても、別にそういう宗教関係のメディアではないので、
特段取材許可云々というようなことはしておりません。
むしろ、民俗的な視点と、建築文化的な視点から、一度は確認したかったのです。
スケジュール的に日曜日は避けたかったのですが・・・、
やはり大失敗だったようです(笑)。
北海道にいると、伊勢神宮の式年遷宮と言っても誰も話題にしません(笑)。
わたしはそういう中では、特異的にその価値観を認識していたつもりですが、
しかし何分、イマイチ現実感はない。
どれほどの「注目度」があるのか、というような実感はまったく持っておりませんでした。
第一、伊勢、という土地の場所すら、
なんとなく名古屋の近くで、まぁひと足だろう、くらいにしか考えていなかった。
で、きのうは大雨をついて、途中何度か
「こりゃぁ、遭難の危険まであるかも」と、心配しながら、
恐る恐る「伊勢道」を走って参りました。
本当に地面を叩き付けるような土砂降りの箇所もあって、
運転の疲労も極限まで達したりもしておりました。
なんとか、伊勢の外宮近辺の駐車場に到着しましたが、
土砂降りの雨は一向に止む気配もない。
まぁやむなく、旅行用の小さな傘を差して、土砂降りの中を10分以上参詣。
身も心も(?)清らかな雨に打たれて無常の心根に達した頃(笑)、
ようやく、お社に到着。
まぁ、その人数の多さにたまげました。
土砂降りの中、全国から奉仕ボランティアなのか、
許可されて新しいお社境内に参詣を許されたみなさんの長い行列と、
一般参詣客のみなさんの蝟集ぶりはすさまじい。
でも土砂降りなので、きっと普段の日曜日の人出は、こんなものではないのでしょう。
やっとの思いで正宮にたどり着きまして、お参りさせていただき、
内部も垣間見させていただきました。
その後、「せんぐう館」という今回の式年遷宮を記念して建てられた記念館を見学。
実物大の模型も見学し、その説明も聞かせていただきました。
神明造り、総檜造であること、デザインの隅々まで
「コメの神聖王」である天照大神のコンセプトが貫かれていることなど
大いに「取材」させていただけた次第。
説明員の方に、いくつか、そのヒノキについて質問もさせていただけました。
荘厳な雰囲気が漂っていた「外宮」に比較して
「内宮」のほうは、至って開放的というか、
まことに日本的な「門前町」の賑わいを通り抜けての「参詣観光文化」の博覧会。
天候もすっかり回復して、空腹も名物のうどんでのどかに癒されました。
こちらのほうこそ、日本文化そのものである気が致しますね。
外宮の方では、厳重に写真撮影が禁止されていましたが、
こちら内宮では、新社のほうも写真のように明瞭にかいま見えていて
しっかり見えていて撮影も可能になっている。
ということで、写真もいろいろに撮影できて
また、情報もたくさん得ることが出来て有意義な取材が完了致しました。
しかし、この式年遷宮、
まさに全国から参集されているようで
名古屋までの帰りには、高速道路で9km走るのに1時間ほどかかるという渋滞も発生。
クルマのナンバープレートもまさに全国各地からでした。
名古屋までに引き続き,関東までの高速でも渋滞が発生とか、
関東からも関西からも、すごい参詣客の幅の広さを実感させられました。
とりあえず、ありがたく参詣も出来た次第です。 合掌。
Posted on 8月 26th, 2013 by 三木 奎吾
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店舗って、そのエントランスのたたずまいで
一瞬のうちに「すべてをメッセージ」する必要がある。
建築のなかでも、とくにそういった面が必要とされるものですね。
わたしたちは日本人なので、日本的な訴求ということには
オーナーと建築人対ユーザーという長い対峙関係の経験値をひとりひとりが持っている。
いま、網野善彦さんの「日本の歴史を読み直す」を読みつづけています。
そのなかで、「交易」と「市場」という経験の積み重なりについて
いろいろな研究を読み進めています。
このテーマ、本当に奥行きが深く広くて、ドツボっぽいのですが(笑)
しかし、死ぬまで楽しんで思索し続けて行くには格好。
たぶん、というか、当たり前ですが、
結論なんて出るわけもないし、移ろいゆくものでしょう。
とくに貨幣というものが、わたしたちのこの列島社会に根付いたのは
ようやく14-15世紀と言われています。
しかし、それより前から「交易」ということは行われてきたわけで、
その交易のなにかの発展が、貨幣の必要性を生み出したのだと言えるのでしょう。
日本社会は、米作を社会単位として請け負う
「ムラ」が基本だということは間違いがない。
そのムラは、庄屋などの支配的管理者が存在し、かれらが
支配階級への「租税収入」を現地で請け負って納税してきた。
かれら階層は識字率も高く、非常に「自治能力」もきわめて高かった。
そして経済活動がどんどん活発になってくると、
自分たちの生産物の「交易」による収益の高度化を図りたくなってくる。
ただ単に、基本生産物であるコメの納品だけでは、もったいないとなっていく。
そのコメなりを「交易」を通してより付加価値を高めて貨幣価値に換算して、
少しでも自分たちに有利なようにしたい、という欲求が高まったのだろう。
だから、単純なモノとモノとの交換である「交易」ではなく、
ビジネス的に頭を使って、貨幣での「納税」をした方がはるかに有利だったのだろう。
江戸期の、こうした庄屋階層と武士階級との関係をつぶさに見れば、
こうした社会の様相がくっきりと浮かび上がってくる。
「貨幣」をこの列島社会にきわめて目的的に導入してきたのは
平清盛を中心とした平氏政権と、その政策を基本的に支えた「金の産出」を
請け負っていた平泉独立政権だったのだと思います。
12世紀のこの変化がどんどん社会に浸透していって
爆発的に社会を転換したのが、14-15世紀だったのではないか。
交易と貨幣経済こそが、
基本的にこの列島社会の進化の基本因子を構成してきたのではないか。
そんな思いが、こうした店舗デザインを見ていて、
強く感じさせてくれるのです。
きのうから、取材で本州中部地区・飛騨高山などを巡っていますが、
そのいっとき、ふと足が止まってしまった店舗のたたずまいに
そんな妄想を抱かせられていた次第であります。
Posted on 8月 25th, 2013 by 三木 奎吾
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北海道神宮にはいくつかの「末社」があります。
「開拓神社」の方は,先日このブログでも紹介しましたが、
ほかにもありまして、今日ご紹介するのは、穂多木神社であります。
ほたぎ、というように発音するのだそうですが、
かつて北海道にあった「都銀」で破綻した「北海道拓殖銀行」が建てた神社のようです。
Wikipediaによると、
昭和25年(1950)拓銀法廃止により特殊銀行としての使命を終え、
民間の普通銀行として再スタートした時に、この地に遷座されました。
変わった社名の由来は、
一説によると、北海道の頭文字の発音「ほ」、
拓殖の頭文字の発音「た」、
銀行の頭文字の発音「ぎ(き)」に、
漢字を当てはめたものと言われていますが、真偽の程は不明です。
御祭神:北海道拓殖銀行物故役職員の御霊
祭礼日:合祀祭(三年毎)
由緒:穂多木神社は、北海道拓殖銀行に永年勤務功労のあった物故役職員の御霊を
お祀りするため昭和13年(1938)同行本店に建立されました。
北海道拓殖銀行は明治33年(1900)北海道の拓殖事業に資本を供給する特殊銀行として
設立されその後北海道経済の発展にともない、昭和25年(1950)には普通銀行へ転換しました。
同年、穂多木神社も札幌神社(現北海道神宮)境内のこの地に御遷座され、
現在に至っております。
合祀祭(三年毎)には、新たに物故せられた方々を奉祀するほか、
例祭も関係役職員およびご遺族の参列の下、厳かに執り行われています。
まぁ、北海道開拓は国を挙げての大事業だったので、
その民間資金を確保し、開拓の実を上げるには銀行は欠かせなかったとは言え、
だからといって、一銀行のために
神社が建てられている、というのは、日本人と神社の関係をよく物語っている。
いま、全国に建っている「八幡」社というのも、
武家政権時代の「大企業」とも言える「源氏」が成立に関わっていると言われるし、
王朝時代の藤原氏と春日神社などの例もある。
「一族」の繁栄を願って、このような祭神を奉っていくというのが、日本的なのでしょう。
しかし、明治以降の近代社会の中で
北海道拓殖銀行という一企業がこのような扱いを受けたというのもすごい。
その「奇観」にいつも不思議な気持ちが湧いてきます。
Posted on 8月 24th, 2013 by 三木 奎吾
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さて、お待ちかねの(笑)、ハチの巣続報です。
今週水曜日に早朝、待望の駆除屋さんにお願いしました。
アシナガバチですね、という開口一番のご託宣。
どうやら、スズメバチの仲間なんだそうで、
スズメバチまでどう猛ではないけれど、
やはり差されると、かなりヤバいんだそうです。
特定すると、以下のようなヤツなんだそうです。
キアシナガバチ(黄脚長蜂、学名:Polistes rothneyi)
体長20-26mmで、セグロアシナガバチと並ぶ大型種。日本全国に分布する。黒の地に黄色が目立つ。攻撃性はアシナガバチとしては強い方である。(以上Wikipedia)
巣の作り方が乱雑な感じで
どうしてこんな場所に営巣するのか、わけわかんないブロック塀などに
好んで営巣するのだそうです。
当社社屋の木製サッシと外壁の合間にフックを作って
そこから営々と住宅を作り上げていたわけです。

で、そんなには大きくない巣なんですが、
やはり完全に武装して、巣を壁から撤去し、すぐにビニール復路に入れ、
そこに殺虫スプレーを噴射いたしました。
残骸になったハチの巣を観察すると
多くの羽化寸前の幼虫が見られたそうで、
これから放って置いたら、かなり大型のコロニーに育ったことが確実なのだそう。
とりあえず、この局地戦では、
人類が、このハチの巣コロニーに対しては,無事、平穏に勝利致しました。
やれやれ。
Posted on 8月 23rd, 2013 by 三木 奎吾
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いやぁ、痛いですね〜〜。
こりゃぁ困った。
わが北海道日本ハムファイターズ、今シーズンはここまで
なかなか波に乗れないきびしい戦いの毎日ですが、
そのなかでも唯一と言っていいくらいのドンピカの活躍を見せてくれていた
4番打者・中田翔クンが昨日の試合で手指に死球を食らって
病院で検査の結果、亀裂骨折となってしまいました。
野球は1人の力だけでは勝てないでしょうが、
しかし、ことしの中田クンの進境は素晴らしいものがあった。
現在2位の同僚・アブレイユ選手に2本差の28本塁打を放って
パリーグ本塁打王。
かれの一振りで決まった試合も多く、かれの打席を見ることが、
下位に低迷するチーム状況の中、ファンの唯一の楽しみでもあったのですが・・・。
まことに残念でなりません。
野球の成績はやはり打者よりも、堅実な投手を中心にした
守りの総合力が大きいと思います。
その守りでも、かれの守るレフトからの返球で走者を刺す,捕殺率も高く、
大きな見せ場要素を試合にプラスしていた。
たいへん魅力的な選手に育ってくれて
いまや、プロ野球界の大きな宝物に近づいてきていた。
ことし、タイトルを取ることは、かれの今後にとって大きな意味を持つと
ファンの多くがそのように思っていたに違いありませんでした。
そういう意味でも残念ですが、
しかし、起きてしまったことはしょうがない。
相手投手も、3戦連続本塁打の打者に、甘い球も投げられない。
この悔しさをふたたびバネにして、大きく飛躍して欲しいものです。
さて、中田クンを欠くことになったわがチームの戦い。
栗山監督と首脳陣、どのように打開していくのか、いけないのか。
ひとつの希望的観測としては、残ったメンバーが大奮起して
一致団結の精神的な強さを発揮する、というパターンがある。
首脳陣も、ここで中田という飛車に相当する大駒を失って
いい意味での「開き直り」を見せてくるかも知れない。
こうなったら、やれることは全部やってみる、くらいの勝負を仕掛ける可能性が高い。
手負いのヒグマになって他チームに襲いかかる、
というような展開を夢見たいと思います。
中田クン、無念だろうけれど、将来は長い、骨折をじっくり治せ!
残されたメンバーでの全力の戦い、意地を見せる戦いを期待します。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!
Posted on 8月 22nd, 2013 by 三木 奎吾
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ことしは明確な「梅雨明け」は、東北北部であったのかどうか、
盛夏を過ぎてもなお、暴れ回るような天候が各地で続いていますね。
北海道で本格的な入道雲、それもくっきりとした男性的なお姿を見ることは
あんまりないのですが、雨の合間に
西日も受けた神々しいお姿を一瞬、目にさせていただきました。
「風たちぬ」という宮崎駿さんの最新作が話題です。
不勉強でわたしはまだ観ていないのですが、
内田樹さんのブログを読んでいたら、その感想文が掲載されていて、
その内容に痛く、同感させられました。
戦前までの日本社会がゆったりと持っていた自然との共感の時空間について
それを「映画としてしか表現できない世界」として
宮崎さんは描きたかったに違いない、という論旨でした。
このこと、宮崎さんの作品には一貫して描かれていることで
内語として同意していた部分だったのです。
それをくっきりと内田さんは言葉にしたと思いました。
現代がなくしたものは数多いと思いますが、
風土、という言葉が表現する、風の質感、空気の手触りのようなもの、
そういうかけがえのないものを愛でるこころが、
わたしたちの日常生活から激しく脱落していっている実感はすごく共感する。
農薬を使わず、人手をかけて美しく管理され続けてきた田畑の生み出す清浄感。
その土から、豊かな水分が強い陽射しの中、空気に吸い込まれていって
そこに重いけれど、軽さもある風が吹き渡っていく。
それを敏感な感受性でみんなが受け止めて、共有認識としていた。
そんな豊穣な世界観を、わたしたちは確実に失ってしまったのだと思うのです。
網野善彦さんの著作を読むと
日本人は過去、いくつかの精神世界の大転換を経験しているそうです。
とくに大きな転換は、中世から近世、戦国初期からの転換のようです。
そこでは、大きな要素として貨幣が日常生活レベルで使われはじめての意識転換が
大きい要素として語られていました。
それまでの「交易」から「商売」に大転換した,ということなのかも知れません。
人間の暮らしを貨幣ですべて表現することに同意した、みたいな。
14〜15世紀にかけて、
「日本人は変わった」という歴史認識を網野さんは指摘しているのです。
その大転換以上の大きな変化が起きているのが、いちばん直近の戦後以降のようです。
どうも、はじめに書いたようなことがその実質であるとすると、
なんと巨大な欠落をわたしたちは経験することになるのか、
深く、思いを致さざるを得ないと思います。
しかしまだ、こんな写真のような「機縁」は存在するのではないか。
人間世界はどんどんバーチャル化・「頭の中だけ化」が進行しているけれど、
自然は、なにかを垣間見せてくれているのではないでしょうか?
Posted on 8月 21st, 2013 by 三木 奎吾
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やはり年齢と共に、いろいろカラダにガタがきております(泣)。
以前から、耳に滲出性の水分発生が認められたのですが、
その旨、ある耳鼻科で申し立てても、満足のいく回答がなく、
炎症を抑える点耳薬を1本、処方されただけだった。
たくさん病院にかかっていると、それがどこだったのかも忘れるのですが、
しかしその後も、どうも耳の中が炎症を起こし続けている。
「耳の中に水がたまる」
「そんなことは聞いたことがない」
なんか、おかしなことを言うヤツだ、というような表情をされたのですね。
そう言われると患者側としては、やっぱり俺がおかしいのかなぁと思う。
仕方ないから、泣き寝入りじゃないけれど、
まぁこんなこともあるのかなぁと、諦めているしかない。
そんな経過をたどっておりました。
で、ここのところ、その状況がどうもよくない。
また水がたまるように思われるので、綿棒を使ってしまう。
どうもそれもあって、耳の中が炎症を起こしてしまっているようだ。
そういうことでやむなく、最近家族が看てもらった病院へ。
で、くだんの話をしたら、
ビックリされて、「それはどこの病院ですか?」とまで言われてしまった。
やはり立派な病気のようで、
治療方針を指示されて、1週間の経過後、再診しますということになりました。
自分の体のことは、ある程度は自分で調べて見なければなりませんね。
そういうときにインターネット、Wikipediaは役立つ。
完全に正確かどうかはわかりませんが、おおよその方向感覚はわかる。
調べてみたら、「滲出性中耳炎」というような病気は見つけることが出来た。
「耳の中に水がたまる」
っていう症状は、ちゃんと存在しているのですね。
患者が申し立てているのに、それをきちんと聞かないというのは、
明らかな誤診とも思えますが、
しかし、そんなことを言い立ててもトクはしない。
これから、信頼できると思われる医者と話し合いながら、
この病気と付き合って、治していきたいと考えております。
しかしまぁ、年ですねぇ・・・。
Posted on 8月 20th, 2013 by 三木 奎吾
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わたしの関係する住宅マーケットでは、
ほかの日本の産業分野すべてで進行した「寡占化・集中化」という
資本主義競争・企業間格差の進行が一定のところでストップした。
住宅というのは、抜けがたくその「土地」に「根付いて」建てられることから
その地域の気候風土や慣習、ひとびとの在地意識が大きな要素になっている。
ほかの産業マーケットでは、おしなべてスケールメリットがすべてを凌駕して進行した。
大きいことはいいことで、大メーカーはそうなるに足る理由があって
大きな支持を市場から集めたのだという認識が広がっていたと思う。
町の小さな小売店舗が瞬く間にコンビニに姿を変えて
その「系列」化旋風が吹き荒れていった。
ごく少数のチェーン店に集中化していって、
個人商店という存在はほとんど市場から退場させられていった。
そこに全国集中した方が合理的だという判断が存在する限り、
寡占化は、どうしても進行する性質を持っているのだと思う。
今の時代は、その寡占化が世界的な規模で進行していて
一握りのグローバル企業が、零細な企業の存続を駆逐していっているのだろう。
スマホ市場からのシェア下位企業の相次ぐ撤退など
このような資本主義の鉄則は無慈悲に貫徹されていっている。
そのようであるのに、なぜか、
住宅というマーケットは、製造業ではあるけれど、
さりとて工場出荷製品だけでは、すべてが置換出来ない要素をたくさん持っている。
ほかのどこでもない、その土地、その場所に住まいは建てられる。
その土地は、あるいは冬にたくさん雪が降るかも知れないし、
火山噴火の降灰が日常的であるかも知れない。
自然風土の諸条件にフィットさせる
さらにその上、そこに住むことをより楽しいものにしたい建て主がいて
それぞれに希望条件を持っている。
そういった,常に「特殊解」であろうとする条件が存在している。
いくつかの条件では、共通化は可能だけれど、
柔軟に条件にフィットさせる工夫も求められている。
そんなマーケットなのだと思うのですね。
そんな意味で、そのマーケットでの事業者のことを、よく「地域工務店」と呼ぶ。
なんだけれど、どうもこの呼び方では、ニュアンスが違うように思われてならない。
折から、「あまちゃん」では、天才シナリオライターの宮藤官九郎クンが
「GMT〜地元のもじり」という地元アイドルという概念に火を点けようとしている。
地域、と書いてきて、どうも違和感を否めなかった(笑)。
そういう違和感が「地元」、あるいはGMTという造語にすると違う言語感覚を放つ。
GMT工務店みたいな言葉の大転換が、起こって欲しい。
そんな妄想を最近抱きつつ、毎朝、手に汗しながらテレビを楽しんでおります(笑)。
どうかなぁ、誰か、言い出さないかなぁ・・・。
でもやっぱり、便乗感は否めないかなぁ、そうだよなぁ・・・。
Posted on 8月 19th, 2013 by 三木 奎吾
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ここんところ、北海道神宮に昼間に行くと
ごらんの写真のような光景によく出くわします。
中国人、まぁ、本土か台湾かはよくわかりませんが、大声の中国語のやり取りで
会話し合っている団体がたくさん来られています。
ヒットしたテレビドラマの影響で北海道の観光は、あちらの方で
人気になっているのだそうで、
一時の反日デモの影響も少しずつ薄れてきているのでしょうか、観光客が増えている。
で、北海道の観光スポットを掘り起こすウチに
神道のスポットである北海道神宮なんかにも、押し寄せるようになって来たようです。
日本の神社というのは、その位置づけがなかなかに難しい存在だと思います。
そもそも、神道というのは日本列島地域に根付いていた「多神教」の残滓でしょう。
ただ、それが明治以来、国家神道というように管理された存在になり
天皇制と結びつきを強めてきた経緯がある。
その時代の為政者層の都合で、そのような側面が強調された。
しかし、一方で全国に約85,000の神社があって、
その境内は、その地域の「公共」空間として長く生活文化と結びついてきた。
そのような自然発生性においては、縄文以来というような土着性がある。
天皇制と完全に一体なのかと言えば、
たとえば出雲大社などは皇室にも本殿内には立ち入れないなど、
そうとも言えないし、各地に存在する「八幡社」は源氏の氏神であるように
各氏族がそれぞれの神社を持っているので、
ほぼそういうことは言えない。
ただ、明治期から戦前までの限られた一時期だけ、「国家神道」的に崇められたに過ぎない。
それは、「帝国主義国家戦争」の象徴としてその時期の為政者が
利用してきた結果に過ぎない。
そういう意味で、存在そのものが玉虫色というものだと思います。
今日の社会に於いては、
そのような国家神道色は完全に後退している。
今日では靖国神社にすら中国人観光客が来たりしている。
まぁ、民衆レベルでは、このような平和な光景が当たり前であって、
そういった「普通さ」が大いに拡張していって欲しいものだと思います。
Posted on 8月 18th, 2013 by 三木 奎吾
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きのうはお盆休暇と土日の狭間での出社日。
3日間、時折出入りはしていましたが、
スタッフは休日だった会社事務所ですが、
朝、出社してみて、また異常を発見。
昨年も出来ていたのですが、ふたたびハチが巣を作っていたのです。
当社事務所には東南側道路に面してのカーテンウォール、
大きな開口部がありますが、そこは同じ大きさの木製サッシを4×4枚
連続させているのですが、
そこに営巣していたのです。昨年と同じ場所であります。
最初発見したときは、「なんだろう」とつい近寄ってしまったのですが、
ハチの巣と認識してからはさっと身を翻したつもり。
周辺には、ただならぬ殺気が満ちておりまして、
なぜかいろいろな大きさのハチたちが、終結している。
大型のヤツは、クマンバチのようでした。
そのほか、小ぶりのがたくさんいまして、どうやらその連中が巣作りしている。
どうもクマンバチは、いろいろと騒ぎが起きているのでやってきた
野次馬、ならぬ野次ハチのようであります。
あんまり近寄って確認するとハチを刺激するので
写真は室内側、窓ガラス越しに観察しながら撮影しました。
ガラス越しなので,万一ハチさんたちと目が合っても
襲われる心配はない(笑)。
このあたり、どう猛な連中は動物種を問わず、危険であります(笑)。
こういうの、昨年も駆除屋さんにお願いしたのですが、
ちょうどお盆休みのようで、電話も繋がらない。
やむを得ず、状況の推移を見守っている次第であります。
それにしても、たった3日しか経っていないのに
よくもまぁ、一生懸命に巣を作るものです。
まぁこうして見ていると憎々しげには見えるわけですが、
でもまぁ、必死に種の維持のために戦っている神々しい姿でもあるわけです。
しかし、こちらも建物の維持管理上、戦わざるを得ない。
休み明けには、言葉は通じないけれど撤去を申し入れ(笑)、
その後、すぐに強制排除の強制力を発揮しようと毅然として考えております。
妥協の余地はない。
降ってくる火の粉は払わなければならないのが生存の掟であります。
無慈悲に鉄槌を下す所存であります。
・・・とまぁ、勇ましく考えているのですが、
それまでのいっとき、こうしてガラス越しにかれらコロニーの様子を
スタッフ全員、物珍しげに観察させていただいている次第。
生命活動の実相をいろいろに垣間見させてもいただいているところです・・・。
Posted on 8月 17th, 2013 by 三木 奎吾
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