
わたしは1952年の生まれです。
この年の4月には日本はサンフランシスコ講和条約が発効して
一応は国際法上は、7年間の占領期間を経て日本は独立した。
戦争に負けたのだから、仕方がないのだけれど、
その後の日本って、アメリカの傘の元で生き延びてきた国家であることが
世界の中での基本的な位置関係。
イヤだけれど、アメリカの属国的存在であるという認識からしかスタートのしようはない。
それが冷厳な現実なんだけれど、
国内だけの動向で見ていれば、どうもその視点を忘れがちになる。
アメリカによる占領支配の痕跡は、いったいどんなところにあるのか、
今日では、そういった視点すらなかなか見えにくい。
けれど、ある国が多くの犠牲を払ってある国をコントロール下に置いてから
その「コントロール権」を簡単に、平和的に手放したりするだろうか?
歴史の必然で言えば、そういったことはありえないだろう。
国内でいがみ合う前に、こういう冷静な分析に踏まえてから論議した方がいい。
ただ透明な言論のなかで、そういうことが可能なのかどうかはわからないけれど。
世代論で言えば、わたしたち世代は、真空的なこういう空気の中で
しかしアメリカ的な「民主主義」の仮構的自由の世界を生きてきた。
日本という歴史時間は確かにあるけれど、
その民族としてのアイデンティティ・正統性に対して
懐疑的であることをあらかじめ押しつけられる社会。
無意識のうちに、日本人的であることを否定的に考えてきた空気感の中にいた。
与えられた「自由」は、本然的な意味の「自由」ではない。
あらかじめアメリカの世界支配体制の中での、
その範囲を決して超えてはならないなかでの「自由」だった。
戦争に負けた国民がふたたび立ち直るとき、
普通であれば、「なぜ負けたのか」という自問自答からスタートすると思うけれど、
アメリカは、そういった基本視点をも簡単には許してこなかったと思う。
事実、戦後の論壇や政治の場面でこういう論議はほとんど聞かれなかった。
このように形作ってきたアメリカの日本社会に対する戦略の骨格部分は、
現在の日本社会のすべての「既得権益層」に、その痕跡はあるのだろうと思う。
そのなかでもマスコミというのは、世論を形成するという意味で
こういった支配体制の中で、もっとも有用な存在であることは明白。
わたしたち日本人は一見自由に見えるけれど、しかし、
真綿のような「支配体制」の中でしか、世論も持てないし民主主義も行使できないのだ。
で、こういうような現実を、わたしたち世代は
無自覚なまま、次世代に「引き継いで」いかなければならないのだろうか。
どうしていけばいいのだろう?
たぶん独立的な、「普通の国」的な志向はつぶされ続けるだろう社会、世論支配の中で
本当の意味での「日本の道」を考えて行くには、どうすればいいのか?
軍事的にはスーパーパワーとしてのアメリカの支配体制のなかでしか
わたしたちの生きていく方向性はない。
たまたま、軍事的な徹底的敗北を喫したこと自体は、
世界史的に見て、そう恥じることはないのだろうと思う。
一方、冷静になって、アメリカの世界戦略はどうなっていくのか、ということを
踏まえていく必要性は高いだろうと思う。
そしてアメリカの戦略的方向と、対極的な国家運営は日本は現実的にできない。
なんといっても、わたしたちの国には駐留米軍が存在しているのだ。
あれは日本を守るというのは建前で、いつでも「占領を回復する」装置なのだ。
アメリカから見たら、対中融和的な、日中基軸的な方向性に
田中角栄が、そう見えるような動きを示した途端に
一気につぶされてきたのが、現代日本にとってのかなり大きな歴史の教訓とも言える。
そこからアメリカもその植民地的国家社会に推奨(?)している
「権力腐敗」の告発、という価値観を主にマスコミを使って発動され、
「政治と金」というタブーの極大化を強制され、
その末に今日の官僚中心的な、日本の権力構造がある。
また、今日の「嫌中・嫌韓」的な世論というのは、やはりアメリカにとって
そうであったほうが、かれらの世界戦略からして有用性が高いと判断しているのだろう。
アジアは、分断的にしておきたいのだろうと思う。
まぁ、考えてみれば幕末・明治以来、私たちの日本という国民国家社会は
常に、こうした「欧米的価値観」と向き合いながら、
薄氷を踏むように、世界のなかでの生き延びる道を考え続けてきたとは言える。
そういう視点を、わたしたちはふと数十年間、忘れていただけなのかも知れない・・・。
Posted on 8月 1st, 2012 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

仙台は戦争で空襲を受け、
市の中心部が焼け野原になってしまった。
東京の代替都市としての計画があったことで、
アメリカの空襲計画の重点的なターゲットにされた。
そこから都市計画をやり直して、中心街に大きな通りを確保し、
その通りにケヤキの並木を植え続けてきた。
司馬遼太郎さんが仙台について書いた文章の中に、
仙台市の地域計画に与る行政担当者が、
伊達家以来の「残すべき伝統・地域性」について悩んでいるという記述があったけれど、
いま、この夏の暑い時期に仙台を訪れると、
「杜の街」という素朴なコンセプトが実現していて、
都市空間として、なかなか秀逸ではないかと思える。
そんな街の雰囲気がほんのちょっとした小空間にも及んでいて
写真のようなちょっと古めのビルなんですが、
街路樹を工夫して2階のベランダまで一体化したような緑が覆っている。

そこには、こんな小径が実現していて
緑の高さも、人間が行き交うギリギリに設定されているので
光合成が生み出す生物的呼吸感が、歩くひとにも迫ってくる感じがする。
ビルの1階は店舗群で、ときおり打ち水も心がけているようで、
そういったここちよさを売り物と心得ているかのようです。
ひるがえって札幌の街ですが・・・。
残念ですが、ふさわしい写真はありません(笑)。
札幌は街を離れれば、ゆたかな緑の環境が自然に近い感じであるのですが、
そういうことにアグラをかいて、都市緑化については
どうもあんまり熱心ではなかったように思う。
確かに冬の除雪のことを考えれば、並木は「邪魔者」という考えも
わからなくはないけれど、
その対応は、文化的とはとても言えないのではないか。
札幌市の中心街では、「並木道」というような奥ゆかしさの感じられる道が存在しない。
北大構内の「ポプラ並木」も、先年の風台風で無残な姿になってしまった。
大通公園もほかの日本の大都市の公園の杜の景観とは比ぶべくもない寂しさ。
雪祭りイベント会場としての使いやすさ優先で、
この夏の時期のカンカン照りに、ひたすらさらされる広場空間になっている。
こういう潤いの無さでは、
独自な精神的文化は育つことがないのではないかと
そんなさみしい思いをずっと感じ続けています。
Posted on 7月 31st, 2012 by replanmin
Filed under: 「都市の快適」研究 | No Comments »

暑い日が続いていますね。
人間は生きている時間の中で
ほぼ人工的環境の中におおむねいるんだそうですが、
高断熱高気密な住環境の中で安定的な居住環境を獲得している人間は
まったく新たな経験を積み重ねてきているのかも知れません。
そういう環境の中にいて
新鮮な外部のみどりのなかを毎朝散歩しています。
写真は、毎朝見ている北海道神宮周辺の緑道の様子であります。
この周辺は「円山自然林」として保全されていて、
開拓以前の北海道の自然環境がそのまま生かされている一角。
針葉樹と広葉樹が混淆している自然林。
こういったみどりの中にいる時間は、本然的にここちよい。
なにより視線的にみどりの生み出すグラデーションや、
小鳥たちのさえずりの気持ちよさ、
風が渡っていく爽快感。
みどりの中というのは、高等霊長類にとって、
まさにDNAが全部で感受するここちよさを持っているのでしょうね。
一方で、
わが家は1〜2階がコンクリートブロック造ですが、
とくに1階では昼でも夜でもおおむね24度の室内気温を維持しております。
しかし、冷房運転などはしておりません。
新築してから21年目なのですが、断熱がしっかりして
なおかつ、蓄熱、夏には床壁天井とも「蓄冷」しているので、
1年を通して室内気温は一定で、まことに過ごしやすく、ここちよい。
日射取得熱はほぼ遮られ、断熱がしっかりしているのです。
外気がきびしい暑さに見舞われるこの時期になると、
住宅の性能と言うことが、まさに実感できる。
どんなに暑い時期になっても、わが家の1階・2階にいれば忘れて過ごすことが出来る。
このような外部と室内の環境を行ったり来たりしています。
まさに夏の北海道は、天国に一番近い島であるのかも知れません。
ふつうの暮らしがいちばん楽しくここちよい。
そんな小さな幸せを感じている昨今です。
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Posted on 7月 30th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

きょうはちょっと政治的なテーマです。悪しからず。
ここんところの日本のシステムの停滞を見るに付け、
どうも日本って、独立国家とは言いにくいのではないかと思えてなりません。
アメリカによる占領という戦後史の基底的な出発があって、
外交的独自性のある動きは大きく制約を受けているのが実態。
対中国交樹立に動いたニクソンショックを受けて
田中角栄が、独自ルートで中国との国交回復を実現して
その直後に大々的に金権批判が起こり、ロッキード事件で失脚させられた。
あのとき、あの異常な「金権批判報道」とは一体何だったのか、
あれ以来、対米追従を再度徹底することが基本的な日本権力のスタンスになった。
鳩山さんはたいへんマスコミの評判が悪いけれど、それなりの抵抗は示したと思うけれど・・・。
日米関係が日本外交の基軸だ、という言い方は
要するにアメリカの言うことには、少なくとも国際関係ではなんでも従うということ。
こういった国のありようでは、非常にゆがんだ政治システムにならざるを得ない。
日本のシステムでの「官僚優位」って、
こうした権力構造にその淵源があると思われます。
政治システムは一見、民主主義的に運営されているように見えて
その遙か上位に、アメリカの世界戦略があって、
それに従属することが大前提になっている。
であれば、官僚システムを政治がコントロールするなどというのは、
政府支出の出先についての口利きくらいしかありえないだろう。
アメリカの支配体制の衛星的国家群では繰り返し「腐敗」が問題とされてきたけれど、
日本の政治権力というのは、戦後、おおむねこのように運営されてきた。
独立的権力行使や、国家関係の中できわめて「国家戦略的に」判断するということが
あらかじめ失われている権力は、必然的に腐敗くらいしかすることがない。
そんなことを漠然と思い始めていて、
そのように見切ってしまえば、これは出口なしとしか思えなくなる。
欧米国家間の独立的な外交関係を国際関係のひとつの理想と考える思考があるけれど、
そしてそれを対岸の理想として、わが国を卑下するマスコミ論調というのがあったけれど、
なにをかいわんや、だと思う。
そういう独立的な国家戦略など、アメリカは日本に対して認めていない。
そして日本のマスコミは、むしろこうしたアメリカ権力迎合一辺倒で来たのではないか。
こうした閉塞感から、日本独自な権力の志向を考えてみたくなって
靖国神社に初めて行ってみた次第。
どんな論理構築をしているのかと、確認してみたくなったのです。
国家のために殉じた命を奉っていくこと自体は、当たり前のことだと思う。
しかし、展示を見終わって残った感想は、短絡的な国粋主義としか感じられなかった。
案外中国からの観光客が多かったのが印象的というくらいでしょうか。
やはり圧倒的なアメリカの影響力の中で、
もっと冷静な日本の国際戦略を考えてみるべきではないのか。
ただエネルギー政策でも、日本は独自に動くことを禁じられていると思う。
原発がなかなか動かなくなって以来、
日本のエネルギーは完全にアメリカの戦略に制圧されているという声がある。
ある大学教授によれば、国際相場から見て大変高いコストを支払わされているという説。
・・・なんとも暗澹たる気分になってしまう。
しかし現代の国家安全保障とは、間違いなくエネルギー戦略そのものであることは
きわめて明白ですよね。
結局、靖国が戦争終結から思考が止まり続けているように、
戦後の日本政治システムは、一歩も独自には歩んでいないのではないでしょうか。
Posted on 7月 29th, 2012 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

さて、ことし1月の定期健康診断で、
「糖尿病予備軍」というように認定されて以来、
一向に改善しない血液検査の定期検査を続けて参りましたが、
昨日、ここ1カ月ほど取り組んできた早朝散歩が効果を発揮し始めたのか、
ついにおおむねの数値で劇的に改善が見られ、
お医者さんから、無事、無罪放免の許可が出ました。
前日には、多くの知人のみなさんとのバーベキューパーティも欠席し、
万全の体制で早朝の血液検査に臨んだ次第ですが、
そういった詰めの努力も実ったようであります。
でも、ほんとうは一昨日も暑かったし、
く〜〜〜っと、ビールで喉を潤したかったのですが(笑)・・・。
まぁまことに個人的なことがらであって、
ブログに書くべきかどうか、という話題ですが、
やはり率直にうれしい。
薬の服用で下げたのではなく、運動を心がけて改善したのが
たいへん誇らしく、清々しい思いが致します。
さぁ、お祝いにぐ〜〜〜っとビールで乾杯したいところですが、
来週火曜日、会社の駐車場で行うビアパーティまで我慢していようと思います。
今回の数値改善の歩みは
まことに遅々としておりました。
途中、風邪の症状がなかなか改善しないというようなこともあって
集中的に取り組めない状況も続いていたのです。
で、散歩の習慣はズルズルと先延ばしになればなるほど
ついつい、おっくうになっていっておりました。
人間、自分のだらしなさと正面から向き合うと言うことはなかなか厳しい。
でも、まわりのみなさんの励まし・協力もあって、
ようやく散歩を復活させられた。
良く前から感じていたのですが、散歩って、
その途中で「考える」ことが多い。
で、散歩中の考え方って、「前向き」であったり、前進的であったりする。
人間は動物なので、こういうカラダで考えるというのは
非常に影響力が大きいものなのだと思います。
カラダが自然に前に向かっていけば、考え方もそれと同期していく。
最近、そういったことが強く実感されてきています。
さてよかった、これからあんまりお医者さんにお手数をかけないように
自分で出来る努力を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。 ほっ・・・。
Posted on 7月 28th, 2012 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

わが家の改装計画もそろそろ大詰めになってきております。
ようやく最後の居間のブラインド、ハニカムサーモスクリーンの見積もりも上がってきました。
さてようやく、というところなんですが、
カミさんと意見が合わずに、そのまま「じゃぁ、しょがない」と妥協していた
70cmに設定したテーブルの高さ、やはり気になります。
わたしは当初から、65cmを主張していたのですが・・・、
こういうのは夫婦でしっかり話し合うしかないのですが、これがなかなか難しいですね。
きのうも、建築の専門家・武部建設さんと話していて、
施主さん夫婦と建築側との関わり方、っていうような話になりまして、
最後は人間性の問題になってくるというのが結論だった(笑)。
考えてみれば、夫婦と言っても違う人間が、同じ住環境を共有するのに
どういった「会話のプロセス」を経て結論を出していくのか、
それ自体は、やはり夫婦関係に依存するしかない。
ことはたかが5cmのことなんですが、
そこから惹起する夫婦の考えのバトルを想像すると、
つい、「まぁいいや」と手を打っていくしかない、と思わされるのですね。
でも、そうすればそうするほど、かえって気になってくるから不思議。
どこに行っても、見ても、テーブルの高さに目が行ってしまう。
そんなときにふと訪れたそば屋さんのテーブルが上の写真。

で、こちらがわが家のテーブル。
あんまり高さを強調しないアングルの写真ではあります(笑)。
同じように無垢材利用なんですね。
で、上の写真の店では、お店にお願いして高さを測らせて貰った(笑)。
もちろん、そんなメジャーはなかったので、
お店の人に頼んでメジャーまで探して持ってきて貰ったのです・・・。
なぜそうしたかというと、この椅子とテーブル面の高さバランスが
イメージにピッタリだったからなのです。
膝がテーブル下面につくくらいなんですが
それは思うほどには、まったく気にはならなかった。
第一、このテーブルの厚みは20cmくらいあって、わが家の無垢板の倍はあります。
やはり案の定、測ってみたら65cmぴったりであります。
わたしの身長と、座高高さその他の身体条件には、
どうやらこういった寸法が親しく感じられるのだなぁ、と再認識した次第。
なんですが、さて、
こういうのをどうやってカミさんと争論にならずに納得させられるか、
息の長い戦いが必要だなぁと、ため息をついております(笑)。
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Posted on 7月 27th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

仙台のオフィスの今回のリニューアル、一段落しました。
「仕事の環境」って、
その職種によって、企業の個性によって、
まったく違うものだと思います。
当社の場合には、活動範囲が東北一円から場合によっては
関東にも出掛けるようなことも多く、
まずは、クルマの駐車のことがあります。
現状の事務所は、仙台駅、それもクルマでのアクセスのしやすい東口側まで
クルマで約5分程度、徒歩では約15分くらいでしょうか。
電車利用だと、「仙石線」榴ヶ岡駅から徒歩5分。
駐車場は野立ての路面駐車でアクセスがきわめて容易。
また高速ICまでは、仙台東が直近ですが、おおむねクルマで10分程度。
っていうような立地条件にあります。
昨年の震災以降、環境構築については現地スタッフに任せきりで
まぁ、「応急仮設」的な状況で推移してきていました。
そういった状況、今回のリニューアルで少しでも改善したかった次第。
まぁ小さい事務所ですが、それなりに居住性が向上いたしました。

で、きのうは仙台空港周辺の
わたしや、札幌からの出張スタッフが東北での移動に利用する
車両の駐車場契約も済ませてきました。
以前にも周辺の駐車場、月極で利用していたのですが、
津波被害以降、駐車場自体がなかなか営業開始しておりませんでした。
ようやく、そういった活動を受け入れている駐車場と契約出来た次第。
場所は仙台の空港の国際便の側から徒歩でも5分ほどの立地。
なのですが、まだ周辺はがれきがようやく撤去された、というような状況の場所。
津波被害以前から営業していた事業者さんなのですが、
全部、津波で流されて、今現在もまだ電気が来ていないし、
固定電話も引くことが出来ないのだそうです。
しかし、お話をしていると人間的には信頼できそうなタイプ。
その経緯を聞いていると、よくぞここまで立ち直ってきたなと思えました。
まぁもう一度津波が来たら、預けるクルマは諦めざるを得ない立地ですが、
動産であるクルマの保管としては、許容しうる範囲内と判断した次第。
今回の震災を経て、リスクのマネジメントということが、
現実的な計算に反映されてきていることを実感しますね。

そういえば、事務所の間仕切り壁などでも、
要所には耐震性の確保を心がけていますが、
そのリスクとのトレードでの利便性とのバランスシートが
かなり明確なポイントで見えてきていると思いますね。
そんなことですが、
まずとりあえず、最近増えてきた直接雑誌の購入希望の方にも
対応できる程度の環境は確保できたと思います。
小さい事務所ですが、
機能性はそこそこ使いやすくなってきましたので、
これからさらに稼働性を高めていきたいものと思っております。
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Posted on 7月 26th, 2012 by replanmin
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

クルマの入れ替えに伴って、
カーナビの装備について、検討いたしました。
10年前くらいまでは、北海道内だけの移動のスタッフ車両については、
特段必要ないのではないかと考え、装備していませんでした。
一方で、10年ほど前に新規開設した「仙台事務所」では、
より広域な営業展開・取材活動が予想されたので、
始めからカーナビは装備しておりました。
まぁ、必要性を考えての「設備投資」ですから、当然であります。
ただし、最近は北海道内でも地方への出張機会が格段に増えておりまして
ここのところ購入した車両にはすべて装備しています。
で、地方出張では、車両をやり繰りしながら使用してきていた。
というようなことから、更新時期である今回はカーナビを2台とも装備することに。
なんですが、当然ながらなるべく出費は抑えたい。
ビジネス用なので、まぁカーナビの標準的な案内機能がしっかりあればそれでいい。
テレビが見られるとか、オーディオが充実しているとかは不必要です。
しかし、メーカーの売っている「純正品」のカーナビはたいへん高価。
ついでにメーカー品って、冬用のタイヤもなんとも割高であります。
なので、今回はそういった装備類は別途発注形式にさせていただきました。
そこで、思い浮かんだのはカー用品専門ショップ。
本社事務所からそう遠くないお店に行って、品定め。
で、そこそこの価格で、またカーナビとしての機能性を販売員さんに確認して
購入いたしまして、新車納入と同時に設置作業をお願いしました。
ところがいざ取り付けて確認してみると、
このカーナビ、道路の標示がかぼそい線画表示なのであります。
見にくいことこの上ない。こんな見にくいカーナビ表示は初めて見ました。
「これ、普通のに表示の変更してくれませんか」
と、マニュアルを見るのも面倒なので、最初だからと販売員さんにお願いしたのです。
ところが、かれらが複数で一生懸命、どうやってもまともな表示にはならない。
おかしい。
店頭での販売促進用のPOP表示画面には、かれらがどうやってもならない(!)。
「え、なに? 販売用のPOP写真のような画面表示にならない?」
なにそれ、であります。
さすがにちょっと、納得できない展開であります。
このお店はそこそこ大手のカー用品専門ショップなんですが、
販売員の商品知識レベルはまったく驚くほど低い。
第一、商品説明の店頭案内書きに表示している画面状態にならない、って詐欺では・・・。
そこからメーカーに確認の電話をして、
なんと、この「カーナビ」では、その画面表示になるのは
東京の一部地域だけなんだそうです(!)。
おいおい、であります。
ここは札幌だ。ここで売るなら確認しろよ、であります。
あとでインターネットで確認したら、この商品はカーナビと言うよりはどうも
車載用のAV機器というのが実態に近い商品のようです。いわばカーナビ機能は「おまけ」。
それはメーカーの仕様だから、いいとしても、それを販売側が知らずに
買う人間に誤解させる店頭表示をしているのは一体どうなるのか?
その店では、カーナビの実際画面を確認は出来ないのですね。
ですから、買う側としては店頭説明書きが唯一の確認手段。
それがまったく詐欺のような手法で表示されているのであれば・・・。
っていうような、やれやれという事態に遭遇してしまった。
やむを得ず、その商品をキャンセルして、返金処理は受けたのですが、
時間もなく、「じゃぁ、まともにカーナビとして表示できる商品はどれなのか」
連絡をくれ、というように言って連絡を待っていた。
しかし、翌日になってもなんの連絡もない。
で、自分で時間を縫ってインターネット通販サイトで商品と価格を確認したうえで、
再度ショップにこちらから連絡。
調べた範囲では、「取り付けサービス」もインターネットで発注も出来る。
で、単体の価格について確認したら、インターネット通販での価格と1個に付き
32800円ほど高い。合計で65000円以上です。
そのうえ、商品は現在品切れで、来週以降にならないと入荷しないということ。
どうも最近は価格はインターネットで調べてからでなければ安心できませんね。
ただし、そういったことを調べるのに時間はどうしても掛かる。
今回はやむなく、こちらでインターネット通販サイトで購入して、
そのショップに「交換」をしてもらおうと考えている次第。
返金はして貰ったのですが、使い物にならない「カーナビ」はいまもついたままなのです。
それを外して貰わないとこちらも困るし、先方も困る。
まぁ、信頼関係は失われているのですが、そう大騒ぎしてもしょうがない。
というような顛末であります。
ただし、インターネット通販から商品が届くのを確認してから
連絡することになるので、さてどうなるかはもう少し時間が掛かるかも。
思い起こすほどに、やれやれというため息の出る次第であります。
・・・むむむ。
Posted on 7月 25th, 2012 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

本日は、仙台に出張時の脚になってもらうべきクルマを
札幌からフェリーに乗せて、出帆いたしております。
とはいっても、まさか帆掛け船ではありませんが・・・。
最近の仕事とわが家の環境整備、こういうことにまで及んでいる。
社用のクルマって、全部で7台あったのですが、
スタッフの増員に伴って、1台を追加。
それにあたって、クルマのセールスさんから
「いまなら、エコカー補助金が付いていますよ・・・」
というささやきについほだされて(笑)、ってこういうのに弱い。
まぁ、10年乗ったクルマが2台あって、なにやら1台はリースの更新が出来ない。
やむなく、それを新車に入れ替えざるを得ない。
だったら、補助金のあるウチに、もう1台の方もとなった次第です。
なんですが、10年とはいっても、乗っているとまったくエンジンも調子いい。
もったいないので廃車にはせず、仙台で出張時に使おうと考えたのです。
ということで、わたしが別件の出張もあったので、
フェリーで、車を運ぶ→そのまま出張となったのですね。
以前も仙台空港周辺に1台、駐車場を借りて預けていたのですが、
その駐車場屋さんは、大震災の津波で駐車場奥にあった社長さんの家も流された。
安否を知るすべもなく、不明な状態です。
最近、ようやく空港周辺の駐車場、ふたたび活発に営業しているようで、
ある駐車場に連絡したら、月極もやっているということ。
ただし、どうも話を聞いていると、契約書も交わすのかどうか、という
やや不安のあるビジネス相手であります。
なので、そういった状況を確認しながら、決めてこなければならない。
さてどういうふうになるか、ハラハラの感じもあります。
写真は、先日の仙台出張時に散歩の道すがら見かけた
「大日如来」を奉っているという「神社」。
どうも、おかしいですよね。
だって、大日如来って仏教の聖者の概念ですよね。
それがどうしてか、神社形式で奉られているのでしょうか。
いつも通る旅に、その不可解さに足が止まってしまう。
江戸期に神仏習合は盛んだったとは言え、
こうまで踏み込んだ概念もなかなかないのではないか。
ありがたく、お参りするにしても、
さて参詣の方法、手は打った方がいいのか悪いのか、
たいへん迷わせる神さまか、仏様です。
Posted on 7月 24th, 2012 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

最近の30代以下世代では、新聞はまったく講読されていないと
先日聞いた瀬戸内寂聴さんの講演で話されていました。
若い世代向けに書かれたマスメディア新聞の夕刊小説が
掲載されている間には全然若い世代から反響がなく、
掲載が終わって単行本になって書店で売られ始めたらようやく、
瀬戸内さんが想定していた若い年代の女性たちからの反響が
顕著に出てきたのだそうです。
新聞という情報独占体に、市民からの愛想づかしが始まっているのでしょうか。
新聞の講読率の低下は当初、ちょっとした景気低迷によっての
経済的要因と見なされていましたが、どうもその様相は根源的になってきている。
既存大手マスコミ新聞メディアは、記者クラブ制度によって、
あたかも当然のように「報道の自由」の「権利主体」として社会的に固定化され、
権力側からのサービスをも独占的に受け続けてきている。
わたしのような零細出版社では、
国からの住宅行政についての「報道許可」を得るのに
なんども固いお役所とやり取りをしなければならないのが実態ですが、
大手メディアというのは、容易にオフィシャルで高度な情報を得ていく実態がある。
さらに一方、最近よく話題にされているのが、
電波の「放送免許」についての改革が「報道の自由」の壁に遮られて
まったく棚上げされ、国民の資産たる電波枠が
どのような正統性を持って既存テレビ局に「払い下げられた」か不透明なまま、
既存の情報ビジネス独占体制が、維持され続けていること。
あれって、まぁほとんどタダのような原価費用負担で
巨額のビジネスとして成立し続けているのですね。
このように権力による既得権益大手マスメディアへの利益供与は、
まさに目に余るようなものがあると思います。
さて、こういった既存メディアを顕著な例とする「既得権益構造」総体が、
若い世代のインターネット利用、その発展をきっかけにして、
徐々に体制的なきしみが生じてきて、
そのゆがみがどんどんあぶり出されていく傾向にあるのではないかと思います。
大津のいじめ自殺事件へのインターネット掲示板などでの
若い世代のホンネの声を見ていると、
鬱積した社会システム・既得権益構造に対する怒りが
いまやかなり巨大化しているのではないかという印象がしてきます。
そこで展開されているプライバシーの暴露なども含んだ
勇み足も多い情報の拡散ぶりに対して、「報道の自由」を謳うマスコミは
依然として、既存体制維持的な抑制を働かせている。
新興インターネット世論に対して、
後追いするのかどうするのか、いまや焦燥感にも駆られているのではないか。
インターネットで無料で大量に流れる「情報」に慣れ親しんでいる若い世代は、
既存の価値観に対して、旺盛に非難の言葉を浴びせている。
若い世代は、安定的な現在の社会から疎外されていると感じ続けていると思います。
住宅の業界で見ていても、
これから30代、20代がどれだけ住宅を建築できるのか、
そういった懸念を抱かせるような実質所得の低下、就業の不安定化が進んでいる。
そういうなかで、今回の自殺事件が起きて
当事者としての責任能力に疑問を感じざるを得ず、
ひたすら情報隠蔽に向かおうとする「既得権益層」の
露わな実態が見えてくる。それに対して若い世代の底流にあるマグマが着火する。
東日本大震災以降、否応なく、既得権益構造の
いろいろな部分と接触をするようになって、わたし自身も
遅々とした復興の歩みに、社会制度としてのきしみを実感させられています。
こういったきしみが
どうも、だんだんと若い世代からの既得権益層総体への異議申し立てに
昇華していく可能性が出てきたのではないかと思わされています。
さてみなさん、どのように感じられているでしょうか?
<写真はまったく無関係。住宅街で「図書室」に再利用されている古電車車体>
Posted on 7月 23rd, 2012 by replanmin
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