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【ハウスメーカー住宅は古民家になるか?】

最近、再生型住宅活用、そのマーケット創成について考えることが多い。
自分でもそういう再生活用を実際にやってみて、
実体験を持ったことで、興味が深まってきている。
というか「ポスト新築」の時代という目前に迫った住宅業界のトレンドを考えれば、
こういう市場性に興味が向かっていくのは自然だろうと思います。

で、そんな興味を日常的に持っているところに、
東京渋谷区広尾でふとこんな「店舗」を見掛けた。
そこそこ通行量の多い立地の地域ですが、
周辺にはそれほど多くの店舗があるわけではないけれど、
いわゆる「わざわざ」系のショップはそこそこにある、
広尾という地域柄が感じられるポイントでした。
でも、再利用されている建物は見た感じ、ハウスメーカーのごく初期量産型。
外壁には一部に苔や黒ずみなどもみられて、
それなりの「オールド」感は漂わせている。
ただ、これまでの常識的感覚からすると、いわゆる「古民家再生型」とは
どこかしらイメージにギャップを感じさせられる。
そうですね、量産型のパネル工法的住宅、その素性が見えるような建物は、
これまであんまり古民家再生型のリノベデザインを施されていない。
そういうある意味、意表を突いた挑戦が行われていた。
カフェショップのようでしたが、残念ながら、営業していなかった。
それがどういうことからなのか、聞き取りすることもできなかった。
ただ、外観的には企画量産型住宅に対して、やや古色の古材でエントランスデッキを
回したり、大きな開口部を開いたりして店舗へのチェンジを表装していた。
木造の住宅であれば古びた建物にはある「さび」があって、
郷愁に連なるようなビジュアルを想起させるパターンはあるけれど、
こういった量産型の「よくある」パターンの住宅は、
どのような雰囲気にチェンジしていったら店舗的成功が可能なのか、
そういうテーマを訴えかけてきたように思いました。

4月の始めに訪れた大阪では、
ある古民家再生を得意とする工務店さんが、Dハウスの最初期の工業化住宅を
事務所として再生利用していた。
その事務所を、現在のハウスメーカー関係者が研究もあって足繁く訪れるという
面白い現象とも遭遇した。
いわゆる古民家好きの工務店が工業化住宅をどう料理するのか。
いわゆる量産系のハウスメーカーとしては、こういう「古民家」は、
どんどん廃棄されて最新のものに置換されていくのが望ましいだろうなと
そんなふうに考えましたが、数十年住み続けたユーザーにして見ると
愛着もあり得るだろうし、再生リノベで初期立地を活かして住宅から店舗へと
機能を変更するという需要もありえる。
こういった需要へのビジネスモデル、デザインパターンなどの
事業開発は、まだあまりなされてはいない。
さて、量産型ハウスメーカー住宅はどう再生利用できるのか、
面白いテーマかなぁと気付かされた次第です。

【玄関ドアPOPデザイン・社内コンペ】

当社にはデザイン制作スタッフが合計で6名おります。
雑誌誌面の制作総ページ数が、年間で2500ページを超えているし、
札幌は制作会社の集積が首都圏などとは違って十分ではないので、
地方雑誌としてどうしても「自社制作」の部分が不可欠になってくる。
そして加速するようにWEB制作が飛躍的に増えてきているので、
スタッフは育成していかなければならないのですね。

で、今回の移転を機に、
そうしたスタッフのための「表現力の向上」をテーマに
いろいろな自社デザイン案件についても、各人からプレゼンしてもらって
アイデアと表現、さらに「説得力」意識を高め合っている次第。
写真は玄関ドアのカッティングシート「看板」案件であります。
作品はスタッフの脇坂君のデザインによるものです。
玄関ドアは今回、たいへんガラス面の大きなものを設計者から提示された。
設計の丸田絢子さんは、よく店舗デザインを手掛けているので、
そういった感覚での選択でしたが、
当社の事務所は住宅レベルよりパブリックな性格が強いので、
こういった親しみやすさを優先してみたのです。
そうすると自然な流れで大きなガラス面をアピールの画面にしたくなる。
ならば、スタッフ各人からプレゼンしてもらって他のスタッフの多数決で
決定作を選んでいこうというミニ企画が実現したのです。
今回プレゼンでみんなの注目を集めたのは、当社の業務内容を
マーク化したビジュアル表現。
当社の周辺環境は住宅街ではありますが、
中学校のグランドに面していて、見晴らし開放感がある。
また約100mほどの距離を挟んで「山の手図書館」と相対している。
そういう意味ではパブリックな要素も比較的高い立地条件。
住宅街道路だけれど、図書館立地もあってクルマの通行量も多い。
そういう場なので、中学生たちにもわかるような「業務ビジュアル」をイメージした。
編集、出版、企画、デザイン、WEBという業務に即して
こういったビジュアルと欧文文字デザインを配置したのですね。
まぁ、一発で即わかるか、と言われれば評価を待つしかない(笑)、
なんですが、その辺は
「これいったいなんだろう」というスフィンクスの謎かけでもいいかと(笑)。

自分たち自身のプレゼンという機縁、
たまたま、こういうオフィスリノベーションという機会で端緒が開かれたのですが、
発想をもっと開放させていくのには、いい機会だと認識させられた。
今後とも企業姿勢として全員でチャレンジしていきたいと思います。

【日本が生んだ「用の美」琳派への憧憬】


琳派という存在は日本画の一統とされる。
尾形光琳という京都の大店の息子に産まれて放蕩の限りを尽くし
ついには家業を潰してしまったという男が
再生を期して一念奮起、画業で身を立てようとして始めたのが、
この流れの創始とされている。
そのときに高名な先生に師事するのではなく、すでに死んでから
100年近く経っていた俵屋宗達さんにはるかに私淑して
そのなかでも「風神雷神図屏風」を丹念に模写するという仕業を企てた。
俵屋宗達と尾形光琳のその絵には微妙な違いはあるけれど、
その「感じ方」とか、呼吸の仕方のようなものを
尾形光琳は全身で受け止めたかったのだろうと思う。
こうして風神雷神図屏風は大きな評価を獲得して、光琳は苦境を脱した。
模写した風神雷神図屏風はむしろ尾形光琳オリジナルとされていたという。
このふたりとも、京都の経済界をバックボーンとした絵師・作家。
そのことは抜けがたく、職人的なというか、町衆的なというか、
ベースのところに商マインド、空間装飾としての要素がある。
キリスト教的世界や仏教美術での神仏に奉仕する美術、といったような
そのような傾きから相当に自由な表現世界。
そういった体質を琳派芸術の基本として刷り込んでいったと思う。
そんな琳派が、大好きであります。

で、きのうも書いた山種美術館でありますが、
上の写真はその山種美術館正面壁面を飾る陶板美術です。
以前から、来る度に見ほれていたのです。
今回の訪問した展示で、この作家、加山又造さんという名を知った。
陶板は総数120枚だそうで、構成する画面寸法は2.5m×4.16mが2面。
山種美術館のために創作したものだそうで、
画題取材で鹿児島を訪れ、彼の地で海面の波濤と
一斉に飛び立った鶴たちの集団群舞が、その音響のすさまじさとともに
強く創作意欲を掻き立てて、このような現実にはありえない、
鳥瞰的画面構成にまとめあげている。
琳派という美術の流儀には、デザイン性要素が色濃い。
様式化というか、デフォルメであったりする表現性が強いと思うけれど、
この作品には、壁面を飾るという建築装飾目的への昇華がある。
用のデザインとも言うべきなのでしょうか。
スタッフのみなさんに聞いたら、この壁面は写真OKということでしたので、
たいへんうれしく、撮影させていただきました。
背景は石材が貼られた壁面であり、陶板はまことに似合っている。
その目的に照らして、作品性と空間装飾性をみごとに調和させている。
琳派らしい表現ではないかといつも思っていた次第です。

【香りで彩る テイカカズラと建築空間】


わたしは東京にいくと時間を見て
ちょこちょこと美術館巡りをするのを楽しみにしております。
とくに恵比寿駅を出て広尾の閑静な住宅街にある山種美術館はお気に入り。
琳派コレクションが特徴の美術館で、年に5−6回の展示会でも
ハズレがきわめて少ない美術館だと思っています。
今回も俵屋宗達から田中一光へ、と題した展示会。
伝・俵屋宗達の「槇楓図」、尾形光琳「白楽天図」、鈴木其一「四季花鳥図」
などの大作と並んで、というか、それらを引っ張るような展示作品として
昭和の時代のデザイナー・田中一光のグラフィックアートを展示していた。
こういう展示構成の一本のスジはこの美術館ならでは。
さらに、以前からすばらしいなと思っていた1階壁面を飾る鶴の飛翔と濤の図、
たぶん1コ30cm角の陶板多数に描かれたそれが、
加山又造さんの作品であることも今回知った。
やはり見れば見るほどに、琳派という日本美術の奔流に強く惹かれる。

という余韻にひたりながら、屋外に出て渋谷・國學院大学方面に
脚を向けようとしたら、なにやら強く引き留めさせられる芳香。
すばらしい絵画を見てややアップビートになった心象に
その香りは強烈なマハラジャ感で迫ってきた(笑)。
香りの源は、すぐに知れました。ごらんの「テイカカズラ」であります。
その馥郁たる香りに、名を問いたくて美術館に引き返して聞いた。
スタッフの方が即座にこの名を聞かせてくれた。
そしてその説明プリントを1枚くれた。
「山種美術館のエントランスにある葛垣の植物はテイカカズラです。
テイカカズラは林内に生育する常緑つる植物で、茎は長く伸びて
不着根を出して樹や岩を這い上ります。
5月頃に白い花を咲かせ、香りを放ちます。
花ははじめ白色で後に淡黄色になります。
和名は、歌人の藤原定家に由来すると言われています。」
と書かれていました。たぶん問う人が多いのでしょうね。
最後の件はWikipediaに「式子内親王を愛した藤原定家が、
死後も彼女を忘れられず、ついに定家葛(テイカカズラ)に生まれ変わって
彼女の墓にからみついたという伝説(能『定家』)に基づく。」という。
そういわれてみると、恋愛感情の強烈な麝香感に通じる香りかも。
そういった由来の事は置くとして、
わたしにはやはり建築としてこういう香り領域も取り込んでいる、
美術館建築の奥行きが深く感じられた次第。
たしかに五感の感受性が刺激されると、こういう香りの領域も
より鋭敏に迫ってくる気がします。
現代の住宅建築ではこういう植栽との暮らしの中での協同、
相互関係というのはなかなか意図されることはないと
気付かされた次第であります。
こういう雅びた王朝風の名付けが文化として遺されてきたということは、
先人の日本人は、こういうところにも気付き、演出すべき対象として
考えてきたことに間違いはないのでしょう。
さて寒冷地、高断熱高気密住宅は、文化としてこういうものを生み出せるのか、
錘を自分の中に深く降ろしてみたいなと思いました。

【オフィスの「働きやすさ」とランチおにぎり】

今回、オフィスの移転で食事を作ることが出来る環境に復帰しました。
わたしはどっちかというと、カミさん以上に食べ物を作るのが好き。
小学校ではじめて「家庭科」の授業があって、
料理を教えてもらえたことが強烈にうれしかったという
ちょっと変わった性格の男であります(笑)。
そのときに授業で教えてもらったのは「野菜サラダ」でした。
それが本当にうれしくって、家に帰ってすぐに夕飯のためにサラダを作った。
まぁ、末っ子の男の子が作るサラダ、家族は迷惑だったかも知れませんが、
そこはおくびにも出さず、「おいしい」とお世辞を言ってくれた。
それがまたチョーうれしくて、家庭科は一番お気に入り科目になった(笑)。

・・・という刷り込み的体験があって、
いまに至るも、家での食事作りはカミさんと比べてわたしの方が多いかも。
そうすると買い物なども夫婦で行って食事づくりの傾向と対策も
わたしの好みが強くなっていきます。
以前、職住一体だった当時にもときどきスタッフに食事をつくっていたけれど、
ふたたびそういう環境ができて、作って見ようかと。
なんですが、いまは常時スタッフが15-16人。
この人数分をまともに作るのはなかなかキビシイ。
たぶん全員ではなく、半数ごと交代で作ることになると思います。
ただ、初回はなんとか全員で食べたいと思って
今回はお昼用におにぎりを作って見た。それでも1コ足りなかった(笑)。
通常は1人2コを目安にするのですが、移転後はじめてなので、
1人1コでもいいという声があったので、それで準備しました。
でも人数分はできなかった(泣)。足りない分は
付け合わせのポテトサラダとカミさんがバーガーみたいなのを作ってくれた。
あ、この具だくさんポテトサラダもかなり大量生産でした(笑)。
炊飯器は5合炊きが限度なので、この分量になったのですね。
もう1台あるので1升炊けるのですが、おにぎり30コだと
たぶん腱鞘炎の心配が出てくる気がします(笑)。
おかげさまで無理矢理ふるまい食なので、みんな「おいしい」と
言ってくれておりました、まぁ、そうとしか言えないか(笑)。

現代の企業環境、いろんな働き方があると思うのですが、
ランチなどの食事についての環境というのも、重要だろうと思います。
幸いにしてそういう環境もあることを活かして、
ときどきはチャレンジしていきたいなぁと思っています。
さて次回はどういうメニューでいこうかなぁ・・・。

【住宅の価値感 「快適」からその先へ】

先日、東大・前真之先生の最新の講演を受講して感じていたのですが、
住環境の探究において、数値的把握だけでは限界があるということ。
よくUa値が指標として出やすいのですが、
あれって、あるレベルまで行くとかかるコストとそこから先の「効果」に
関連性が薄くなってしまう傾向が見られる。
もちろん断熱レベルとして、一定の指標になることは間違いがないけれど、
効用のコスパを人間の感受性が把握しにくい領域に行ってしまう。
大して感じないメリットにお金ばかりが掛かってしまう。
そうすると、そういった数字で語ってもあんまり意味がなくなる。
顧客視点に立てば、自分が望まない部分に異常にコストをかけられても
どうも了解しにくくなっていくのではないかということ。
また北海道的な住宅性能の現実を見ていると、
地域全体としての技術レベルとしては
「北海道で暮らしていても冬場にまったく寒さを感じない」
というユーザー目的の核心はコスパ的にみてほぼ実現している。
それはすでに「特定の作り手が先進的に実現している」ものではなく、
いわば地域の常識化している部分なのだと思うのです。
そういう「地域マーケティング」を考えると、また少し違う探究が必要。
そんな意味を込めて「人間のくらし発想の」というフレーズを考えてみた次第。

きのう仙台市内で開かれた「住まいと環境 東北フォーラム」総会。
慶応大学の伊香賀教授とともに「住宅と健康」について先端的に研究されている
近畿大学の岩前篤先生の最新講演があって、受講してきました。
きのうの講演では用意されていた印刷のレジュメとは違うお話し。
あれれ、と思っていましたが、まことに興味深い内容。
先生は健康と住宅という領域からのアプローチを継続的に探究され
「医学」との連携も機会が非常に増えてきているという。
図で示されているのは、医療というものがたどりつつある探究段階論。
中世以前の「錬金術」にルーツを持つ
いわば「魔法」として医療というものは始まり、
やがて経験知の積み重ねが「治療」領域として確立していった。
そしてルネッサンスと時期を同じくして始まった「科学」の時代、
それが現代を覆いつくしているけれど、
その「限界」もまた、露呈してきているとされていた。
最新学説が発表されても、1年以内にそれを否定する数多い反対説も出され、
そうした論争が決着しない時代になってしまったとされる。
その結果、施術とか治療行為として実施することが事実上できず、
進歩がむしろ科学検証によって滞っている現実があるとされていた。
先述の「Ua値」競争しか残らないみたいな住宅建築の現実と
非常に似たような状況が医療の現実でも起こっているとのだと。
この図で対照して言えば、「個々の状況に応じた治療」という次世代的型は、
「科学的証拠」であるUa値競争を超えて人間にとって有益ではという提起。
まだ、未分明な部分が多い考え方ではありますが、
いま、住宅性能論議のなかで起こってきていることの
どうも核心に近い提起であるように感じられました。
そのほかにも、非常の気付きの多い講演でした。
今後、その内容について折に触れて分析してみたいと思います。

【油断大敵 引っ越しとMacバックアップ】

ようやく仕事環境としても慣れてきたと言うことか、
配置などでまだまだ確定していない状況ですが、
仕事は待ったなしで進行してきて、活発に動きが出てきています。
・・・という状況の中、突然スタッフの1台のMacが起動しなくなった。
起動音はして、一定のスタート画面表示はあるが、結局立ち上がらない。
どうやら推定はOSの不調のようで、ハード物理的問題の可能性はなさそう。
で、レスキュー担当からも久しぶりなのでいろいろ環境の変化での
「あれ、どうだったっけ」というような戸惑いも見られた。
とりあえずOSの「上書きインストール」をやったが改善しない。
であれば、HD初期化して新規インストールが次のステップ。
ところがそこで発覚したのは、引っ越しのドタバタ期間中、
外付けHDへのデータバックアップしていない!という衝撃の事実。
なんとも、おいおいでありますが他の一部スタッフでもしていないという。
まことに困ったものですが、データ復旧しなければ仕事に差し支える。
なんとかデータを取りだし保存しなければならない。ところが今度は、
「レスキューのためにMac同士を繋ぐケーブルがない」
みたいな相談がレスキュー担当から舞い込んできた。
アップルって、接続形式でサンダーなんとかとか炎のなんとかとか、
独自仕様みたいなものにしつこくこだわってきた。
で、そのいちいちに付き合ったら、役に立たないケーブルの山になる。
実際引っ越しに際してほとんどのケーブル類はほぼ不用で消却した。
そのなかのどれかが、これに使えたはずだ、みたいな思い込みが
担当スタッフにあったのか? 仕方なく探してみたけれど、ない。
なにせ久しぶりなのでわたしも失念して、どうであったか思い出せない。
仕方なくパソコンショップに買いに行ったけれど、
当方のもの忘れからなのか、そういうケーブルは見当たらない。
やむなく、解決方法を別ルートにチェンジ。
「あのさ、バックアップ取るだけだから、HDを取りだして外付けにして、
それからMacのソフト、移行アシスタント使えばいいんじゃね?」
「Mac本体は物理的には問題なさそうだからHD交換・OS新規インストール、
そのクリーン環境に外付けにした元内蔵HDからデータ移行する」
という方針に転換することに。
まぁ、急がば(多少は)回れというようなことであります。
どうせ、OSの新規インストールには4-5時間くらいトータルでかかるし、
その手間が30分くらい余計にかかる程度の違いなのですね。
ケーブル問題にこだわって時間を浪費するよりマシ。
MacやPCの管理は、こういう方針の確定がいちばん大事ですね。
で、その方針がうまくいって、写真のようにMacbook13インチは無事復活。

このドタバタで今後の対応方針が明確にもなって来た。
引っ越しのドタバタでMacのTimemachineバックアップ用の「外付けHD」を
どこにしまったか、わからなくなっているスタッフが若干いること。
バックアップさえしっかり取っていれば、こういう緊急避難は不用。
まことに油断大敵と、戒めになった次第であります。

【70kg超×3の札幌軟石を玄関前に敷き込み】



当社事務所建築リノベ改修、続篇です。
札幌軟石(石山軟石)を先日、切りだしている山に行って購入・運搬してきた。
この山は表面に積層している土壌、植生を一枚めくれば
山そのものが支笏湖カルデラからの「火砕流」本体が石化したと一目瞭然。
そしてその山を代々受け継いで所有している辻石材さんが
計画的に切りだして、石山軟石・札幌軟石として出荷している。
以前、一度雑誌の取材で掲載した経緯もあって、
たのしくご説明いただき、購入させていただけました。
この札幌軟石、出荷単位で100mm厚みで、長辺930mm短辺420mm程度。
重さは、推定ですが50-60kgは優に超えた感じで
70-80kgくらいはある感じです。
これを4コ用意していただいたのですが、カミさんといっしょの買い出しで
即座に「1コでいいっしょ!」というキビシイ断定口調。
おいおいでありますが、わたし自身も
「これ4コだといったい、なんぼの重さなんだ?」と尻込みするところもあり、
彼女の顔も立て、お願いして4コのところ3コにしていただいた。
しかし乗っていったクルマは普通乗用車、HONDA・VEZEL。
なんとか荷台スペースを拡大して重機で積み込んでいただいたけれど、
今度は家に戻ってからは、下ろさなければならない。
さらに玄関前の想定場所への「敷き込み」もやらなければならない。
一応、カミさんと娘が生温かく(笑)見守り、手伝ってもくれるけれど、
主体は唯一の男のわたしひとり。
で、辻石材さんから下ろし方も教授いただき、運び方も教えていただいた。
下ろすのは段ボールなどでクルマに傷つけないように保護しながら、
同時にその段ボール面に軟石を「滑らせながら」慎重におろす。
ただし下ろす時は短辺を下にすること。
そこでいったん安定を得てから「立てた」まま、左右にずらしながら
移動させれば重量がカラダに全部かかってくることはない、ハズ。
が、そううまくいくかどうか不安いっぱいだったのですが、
なんとか、土曜日には敷き込みは完了していました。
おかげさまで完全に腰に来て体力終了。マッサージさんのお世話に(笑)。
で、前日の東大・前先生などの訪問を終わらせたきのう朝、
スタッフの男性3名の協力を得て、据え付けの想定位置まで修正設置。
さすがに3人の力で動かせば、容易に動かすことはできました。

写真で敷き込み前、敷き込み後は確認できますが、
こんなふうに印象が変化し、また、動線的な上下差が解消して、
玄関出入りがスムーズになっております。
美観的には位置、質感ともわたしのイメージ通り。
で、土曜日ー日曜日には雨も降ったと言うことで、
敷石上に雨だれ跡が残されていたのですが、
この風合い、表情はまことにすばらしい自然のデザインが感じらます。
こういう表情の変異がそのまま楽しめるすばらしい素材。
さて、これから、微妙ながたつきの修正のためにDIY的工夫、
いろいろと考えて施工していきたいと思っています。
ふ〜〜、やれやれ。

【人間のくらし発想のエネルギー論へ】


昨日は仙台市内のホテルで目が覚めたら
朝一番で新潟のオーガニックスタジオ・相模さんからメッセージ着信。
なんでも前日から札幌入りしてYKKAPさんの講演会に参加するけれど、
ちょうどホテルがいっしょの前真之・東大准教授が
「今朝、Replanの三木さんの新事務所に行きます」と話していたようで
「わたしも飛び入りしたい」という申し出でした。
「もちろん結構ですよ」と即、返事しましたが、いきなり用件万来であります。
わたしはきのうは朝一番の飛行機で新千歳に戻って、
そこからすぐに東大・前真之准教授を札幌市内のホテルからピックアップ。
前先生と事務所で「さよなら蓄暖プロジェクト」(仮称)の打合せを予定していた。
講演ではよくわたしと「蓄暖」がイメージが重ねられて紹介され、
北海道でのエネルギーについての守旧派、右筆頭として
「トランプ三木」というたいへん身に余る称号もいただいています。
そういう流れから、わたしは蓄暖の帝王(笑)のようなイメージ付けを
前先生からされてきたわけですが、
ようやく今回のリノベで蓄暖を廃棄することになって、
喜色満面の前先生とその「供養」をいっしょに相談させていただく手はず。
そこにまたさらに相模さんの来襲ということで、頭痛のタネ倍増(笑)。
「おいおいまだ、事務所レイアウトも落ち着いていない(泣)」であります。
なので、ご案内も手狭になってしまっている状況のなか。
というやや疲労困憊の1日でありました。
で、やはり案の上、前先生のYKKAPの講演会ではこの蓄暖の件が
あいかわらずの「悪の帝王」的扱いで今回もテーマで登場しておりました。
まぁしかし、ようやく悪の帝王も前真之スーパーマンにやっつけられて、
前非を悔いつつある、みたいな紹介になっていたので、
最悪期からは脱出しつつあるものと、冷や汗ながらやや人心地ついていた(笑)。

前先生の講演では、住宅エネルギーを考える未来形として
より地域を深くとらえて、いわば人間のくらしからの発想で
その「最適解」を探っていく方向性が示されていました。
わが事務所での会合時に、設計をお願いした丸田絢子さんが、
この建物のエネルギー事情について話されていた、
建物を常時利用する人数が一気に増え、さらに常時発熱体である
印刷機械装置などが増えた結果、その人体排熱などを計算していくと
非常にローレベルに建築エネルギー消費が抑制されると話されていましたが、
やはり単に住宅建築単体だけではない、そこで暮らす人間からの発想での
省エネルギーの最適解もある、という気付きがありました。
Ua値などの数値競争へのいましめという意味でも、
こういった志向性が今後、大いに広がっていって欲しいと思います。
相模さんと車中などで話していた興味深いテーマもあったのですが、
それはまた、稿を改めたいと思います。
(あ、写真上は相模さんのfacebookからの借用。相模さんあしからず。)

【北海道食文化・ラムロール肉ジンギスカン】


きのうは下の写真の「ラムロール肉」を北海道から持参して
仙台市内某所にてジンギスカンパーティでした。
あ、けっして仕事と無関係ではないのです、ってイイワケっぽい(笑)。
まぁどうでもいいのですが、
北海道出身の方が仙台市内で住宅を購入され、ワケあってこういう展開に。
たまたま前回お目にかかったときに、北海道のバーベキューと言えば、
という話題展開になって、話し合っていた3人とも北海道出身で
「そりゃぁジンギスカンだべさ(笑)」ということになったのですね。
で、わたしが北海道在住なので、その肉と鍋の調達役になった。
ということで、きのう飛行機手荷物で持参したのであります。

わたし的に「寄せ肉」というように表現していたのですが、 一般的には
「ラムロール肉」というように言った方が正確なようです。
北海道にいれば一般的に馴染みのあるのは、このタイプの肉。
スーパーなどで普通に売られているのですが、
仙台のスタッフに聞いたら、こういうの見たことない、という。
食文化、こんなに違いがあるって、どういうことなんでしょう。
北海道ってやはり日本らしくないのか、
150数年も歴史が積層すれば、独自の食文化が形成されるのか、
こういった違いに呆然とする部分がありますね。
建て主さんご主人は函館出身ですが、奥さんは福島県出身。
で、なんと奥さんは成長過程でこういうラムロール肉を食べていたという。
っていうことは、宮城とその他でもまた食文化には違いがあるということか?
そういう食文化の話題でまたまた盛り上がっておりました。
大体、このラムロール肉は羊肉生産世界一といわれるニュージーランド産。
そこから北海道に「輸出」されていることは明らかなのですが、
それではかの国はずっと北海道の食文化のためだけに
その小さなマーケットのためだけにこの肉を生産し続けてきたのか、まさか。
そうではないとすればニュージーランドではどのように食べているのか?
誰にも情報がない。「仕方ない、ニュージーランド取材ですね」
という思いもしない話題展開まであった(笑)。

という次第でしたが、やはりこの写真のような肉の焼け方、
冷凍されたラムロールが丸い形状から徐々にほどけていく様子に
北海道ネイティブの人間はある郷愁が起こってくる。
そして鍋の駆体に刻まれた線刻を伝って落ちた肉汁をたっぷり吸った
野菜たちの甘味と肉を独特のたれ(地元社製ベルやソラチ)で頬ばる。
これが北海道さ、という醍醐味が広がっていくのですね。
東北南部の「芋煮」もたまりませんが、
北海道のジンギスカン鍋も、ぜひ根付いて欲しいと思いますね(笑)。
で、ご夫妻に、持参したジンギスカン鍋、ガスコンロ、さらに
北海道のブランド味付け肉「カネヒロ」1kgも贈呈してきました。
たのしい取材だったことをご報告いたします(笑)。