
さて、本日は東北フォーラムなどの呼びかけによる見学会が行われます。
全国各地から人数にして100人超の規模、ほぼすべて住宅研究者、工務店・設計者など
業界関係者と言うことですので、ちょっと驚くような盛況ぶりです。
住宅性能の先進地域としての北海道がいま、どんな家づくりをしているのか、
とくにこの企画については地域行政機構がそれを先導し、
また、主体者が地域工務店プラス地元の建築家というペアリング。
こういったいかにも北海道らしい家づくりのメインカレントをお知らせする機会ですね。
ということですので、地元住宅雑誌として協力させていただいております。
日本建築学会前会長の吉野博先生も多忙なスケジュールの合間を縫って
この団体見学とは別日程で見学される予定ですので
アテンド役として、わたしも同行させていただくことになっております。
住宅の価値というのは、いま気候変動が顕著になってきた時代においては、
その内部での「微気候」コントロール力とでもいえるようなものが、
より大きなテーマとして浮かび上がってくると思います。
最新の人類史研究などの成果に触れるにつれ
いま現代住宅で取り組まれてきている性能進化の努力というのは、
かなり最先端的な試みであるというように思われてきます。
それは人間の生存においてかなり革新的な「進化」に相当するということ。
大きくは環境に適合させるパッシブの志向を持って、ディテールに於いては
その環境要因をコントロールする、まるで右脳と左脳の合一的な志向性でしょう。
北海道では寒冷地という気候条件のなかで、
その外気候に依存しにくい断熱技術を地域総体レベルで磨き上げてきた。
国が定める住宅基準の地域総体としての達成レベルは飛び抜けて高い。
そのレベルはごく一部の事業者だけが実現しているのではなく
それこそ地域の作り手全体の、いわば地域技術資産として形成されている。
そういった「草の根」的な家づくりの実態をご覧いただければと思います。
ということで、早朝から準備その他がありますので、
本日はこれにて失礼いたします。ではでは。
Posted on 7月 19th, 2018 by 三木 奎吾
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きのうの「人類誕生第3回、サピエンスついに日本へ」の続きです。
NHKというのは公共メディア。こういった番組制作では相当の制作予算があるに
相違ないと思われますが、取材の幅の広がりにも驚かされた。
この番組の取材協力先には国立科学博物館の名が挙げられていましたが、
そうした取材先から、最新知見に基づいた取材先選定が行われたものでしょう。
この番組では、人類が寒冷気候を克服するのに「縫い針」を発明する過程が
追跡的に解析されていた。
その解析結果を工程ごとに映像化して、被験者に繰り返し視聴させることで、
いったい人間の脳の中でどの部位がもっとも刺激を受けるかについて
実証実験を繰り返したその結果を伝えてくれていた。
アメリカ・エモリー大学のディートリッヒ・スタウト博士という方が実験された。
門外漢なので、そういった映像を繰り返し見せて、
反応する脳の部位が、そのことに深く関係しているという判断が
妥当なのかどうか、それすらもわからなかった次第ですが、
こうした番組制作上の取材プロセスを想像してみれば、了解可能なのでしょう。
で、この番組の白眉と思われる結果情報として、
人間の脳内領域で「道具」と「言語」は同じ部位で思考されていると。
この情報知見は、たぶん人類進化の最大のキーポイントであるに違いない。
この世界で生き抜いていく、進化していくのに、
人類は石器から始まって、つねに道具とともに歩み続けてきた。
その進化プロセスの推進力が、コトバを司る領域と共有されている。
そういった知見が得られたことが、素晴らしいと思いました。
そして、その機縁が寒冷気候への対応が最大の動機であったことも、
事実としてあるということが、まことに示唆的だと。
わたしは主に、ニッポンの寒冷気候・北海道などでの住宅のあり方という
仕事領域で考えて、情報を編集企画してきた人間ですが、
「住宅の起源」という領域では、こういう研究志向性は乏しかったのではと思います。
いや、ほとんど住宅領域の研究というのはいきなりカタチを考えてきたのでは。
そもそも住宅というと、竪穴からスタートするのが一般的。
しかし、その動機になっただろう「定住」ということはそもそもなぜなのか、
そういった解明もそれほどなされてはいないと思っています。
目的があきらかにされずに、結果としてのカタチが先に存在するような理不尽さ。
そういう意味では以前、「人類史の定住革命」を読んだことが想起されます。
人類進化の過程では住宅を得る、使うというのは
ほんの最後のワンシーンにしか過ぎないのでしょう。
そういった意味では相当に新しい人類的体験領域ということができる。
そして住宅というのは、人類進化のなかでも相当に大きな「道具」。
人間がいごこちよく過ごす工夫が具体的にカタチになったのが住宅でしょう。
これをより良くして行くには、どのような解析があるべきなのか、
そういった興味に対して、今回ある明瞭なヒントが得られたような気がしています。
やはり寒冷などの気候に立ち向かうことで、知見は革新されていくのでしょうか。
Posted on 7月 18th, 2018 by 三木 奎吾
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インターネットの発展によって飛躍的に解明が進んでいる領域に
考古人類史とでもいえる領域があるのだと思う。
わたし自身も、ここ数年、この分野の著作とか研究成果に驚き続けています。
とくにイスラエルの歴史学者さんが著した「サピエンス全史」などの
約8万年とされる現世人類史という通期理解がまことに興味深い。
たぶん、あの著作に刺激を受けた動きというのがさまざまな波動をみせている。
わたしたちの住宅領域でも、東大・前真之先生の講演などで
基礎に関わる部分では、こうした人類史の解明進展の成果が
反映してきていると強く感じられます。
いつもその件では、先生の講演により注意深く聞き入っている瞬間があります。
ふだんニュースや朝のNHK連続小説、BSの番組群以外は
ほとんどテレビを見ないわたしですが、こういうことに関する番組は興味を持つ。
NHK総合で一昨日放送された「人類誕生」は全3回シリーズの第3回で
「ついに日本列島へ」と題されていました。
この番組自体、東京の科学博物館での展示をみて初めて知った次第。
イケメン高橋一生くんのナビゲーターぶりもあって
カミさんも興味を持って視聴していた(笑)。
石垣島の新空港建設工事にからんで貴重な考古資料として
人骨出土が2000年代初頭から発見され、日本列島最初のサピエンスの足跡が
たどられ始めているとされていた。
現代ではコンピュータ解析とCG技術、DNA解析などの技術の進展が目覚ましく、
この発見を起点として、約8万年前から世界中に進出したサピエンスが
どのように「海洋進出」したのか、日本列島にどうたどりついたのか、
というきわめて身近で直接的な歴史解明が行われてきた。
番組では推論であるのか、学術的正統性が確認された説であるのかは
語られていなかったけれど、ひとつのあり得る説として
約3万年以前頃、人類史上の巨大文化繁栄圏・スンダランド北方端、
当時大陸と地続きであった台湾東海岸から、
サピエンスの一部族社会から選抜された「フロンティア」たちが
日本列島最西端・石垣島へ出航する様子が再現されていた。
出航に当たっては、草船や竹船では早い潮流の黒潮を乗り切ることは出来ず、
このフロンティア進出に当たって、その当時の社会が相当の集団的労働を結集して
丸木舟を加工生産したであろうという説が採用されていた。
これは実際に当時人類が持っていた技術と材料・道具を使って実験航海することで
導き出された推論だという。
さらに丸木舟を生産するためには「斧」の発明も不可欠だったとされていた。
斧は考古的に確実に同時代のものとして遺跡から発見確認されている。
この斧を使って大型丸木舟を生産するには切り出しから製材加工まで、
どの程度の労働集約が必要だったかについてもきちんと積算され、
また新世界フロンティアへ出航しその地で人類が社会発展させるには
最低5組の健康な青年男女ペアが必要だとして、社会的に選抜された。
このような事業をすべて考え合わせていくと、当時の社会に於いて
このフロンティア事業はその社会を挙げた巨大プロジェクトだった。
番組ではこの出航に当たって社会全体での成功祈願が行われたに違いないと
写真のような儀式的光景までが想像再現されていた。
こういった男女によって、たぶん浦島太郎などのスンダランドの口述伝承が
わたしたち日本社会に「伝播」してきたのだろうなと、
そんな具体的な想像力も沸き立ってきた次第です。
いやぁ、こういう知の発見に至った時代に生きていて本当に面白い!
Posted on 7月 17th, 2018 by 三木 奎吾
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ことし大きなリノベ工事を行ったわが家ですが、
「まぁこれはいいや」と思っていた照明で不具合が出ていました。
上の写真の様子なのですが、1階の居住部分のダウンライト照明のふたつで
蛍光管が切れてしまった。
で、取り替えようとしたのですが、1コを取り替えようとしたら、
なかなかソケットが外せなくなっていた。
最初の1コでは、なんと蛍光管に力を入れすぎたのか、
蛍光管そのものを破砕させてしまった(汗)。
蛍光管の着脱が嵌合させるタイプのようで、どのように揺すっても
ビクとも動かなかったのです。
で、やむなくちょっと強めに握って外そうとしたら、破砕した。
その後、ダウンライトの反射鉄板部分も外せたので
その嵌合部位を確認しましたが、長期に使用(15年以上)だったので、
細かなホコリ、湿気でなかば接着みたいになっていた。
そのダウンライト1コのときには「まぁ1コくらいなくてもいいか」と放置したのですが、
こういう寿命はほぼ連続して発生してくる(泣)。
で、もう1コの方も寿命が来た。今度は慎重に思ったけれど、
こちらも素人がなんとかできるレベルは超えていた。
どうも、外さなければならない器具に対して扱える作業領域が狭すぎなのです。
どうしても専門的扱い方を熟知していなければアタッチできない。
ほかの照明は蛍光管でも一般的な円形であったり、棒状の長い普通タイプで、
このダウンライト型は、今回がはじめての交換修理機会だったのです。
ほかには電球タイプでネジ状にまわしていく一般タイプなので、
これらは素人のわたしでもまったく問題なくここ27年間は問題なくメンテできていた。
ということで照明器具交換の容易さを考えて、クルクル回すタイプに変更をお願いした。
まぁ、わたしの拙いDIY力量では範囲以上と思われたのですが、
よく考えたら、電気関係の配線などの工事は業者さんに基本は依頼している。
許認可を得ている資格者が扱うということが法でも定められている。
アメリカなどでもファンダメンタル オブ エンジニアリング(FE)
プロフェッショナル エンジニア(PE)といった資格者が工事するようにとなっている。
電気配線はヘタをすれば火災発生原因になったりするので仕方ない。
きのうの土曜日、この工事を集中してやってもらいました。
結局あれもこれも、ということになって、完了させられたのでひと安心であります。
とくに現代住宅は「設備」の分野がどんどんと拡張してきている。
パソコンでもLAN配線などで複雑な経路確保の必要があって、
家中、下の写真のような露出配線がやむなくなっている。
新築時には壁の中で処理することも可能でしょうが、
そのように壁の中に収めてしまうとそれはそれでメンテがしにくくなる。
わが家の今回のリノベでは、過去数回の大型リフォームがあって、
電気配線工事がチョー複雑になっていて、
工事側にして見たら基本的に安全側で見積もりしていったらたいへん大きな金額。
建築工事の方は目に見える見積もりであるのに対して、
こういう設備系工事の見積もりはたいへん難解だと思わされました。
こういった傾向は今後とも増大して行く気がします。
ブラックボックスにならないような行政的対応が必要だと思います。
基本的には、高度資本主義社会では規制緩和しか経済成長要因はありえない。
Posted on 7月 15th, 2018 by 三木 奎吾
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町家を所有して住んでいたのは、基本的には都市商工民たち。
日本の基本的な経済は、こうした人々によって担われてきた。
150年前の明治維新でも、大阪の大商人たちが巨額の革命資金を提供して
はじめて政権の転覆が達成したとされている。
日本的な合理主義とか、計数管理というような基本的経済運営思想は、
こうした階層の知恵によってもたらされたものだったのでしょう。
明治の革命は、そういった階層が政治に介在しうる根拠を与えた。
商ビジネスというものは、古くから、というか人間が社会的存在であることと
不即不離の関係性を持って存在し続けてきたもの。
歴史の中で、そのようなありようの痕跡の断片が見えると、
一気に人間的な匂いがそこに漂ってくる瞬間があります。
日本に本格的な中央政権が奈良に樹立されて最初に行われたのが
「交通網」の整備、道路の建設であったという事実からは、そこを通る荷物、
具体的にはコメなどの税・貢納品というような想像力が湧いてくる。
そしてそれを「運ぶ」というビジネスのありようも立ち上ってくる。
手形、という価値の流動化の歴史はかなり古いというようなことからも、
そういった税・貢納品の物流を巡って人々が生きてきた実質が見えてくる。
そういった日本の商、という仕事に携わってきた人々の
生活感・倫理観、道徳観というようなものが、
写真のような「町家」空間には、空気感として遺されていると思います。
江戸期権力からの強制だといわれる街並みの1.5階ぶり。
その強制はむしろ一種のデザインコードとして、豊かな精神文化を生んだ可能性が高い。
また間口の広さを税の収奪根拠としたことから、
それへの対応として間口が狭く奥行きの長い間取り文化が形成された。
そういう都市住宅文化は、緑の希少性を高め、
中庭、坪庭との対話という日本人の基本的精神性にも与った。
茶の湯文化の初期は、この写真のような坪庭に対して
簡易な造作の「茶室」を建てて遊んでいたのだといわれる。
こういった町家のたたずまい、ありようから
精神文化性を抽出させるというのは、科学的には難しいかも知れないけれど、
現代日本のなにごとかの「揺りかご」になったのは間違いないのでは。
Posted on 7月 14th, 2018 by 三木 奎吾
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住宅を取材して帰ってくると、不思議と好ましい写真に出会います。
この写真は福岡・博多の祇園山笠でおなじみの櫛田神社近くの町家。
ちょっとした飛行機待ちの空き時間、
ホテル周辺で散策していたときのワンカットであります。
わたしもいまは、「職住一体」という暮らし方に変化しています。
こういう暮らしようって、昭和中期までは日本人にとって
どっちかというと多数派のライフスタイルだったと思います。
都市での暮らし方では、武家以外の庶民はこういう空間で過ごすケースが多かった。
主人一家は当然、こういう空間での職住一体生活空間であり、
使用人たちは、こういう「商家」が仕事ですごす主要な空間。
かれらの日常の暮らしは「長屋」のような賃貸住宅が一般的だった。
こういう「町家」では、間口が税金の単位になっていたとされ、
間口が狭く奥行きが長い、という形式が合理的間取り選択になっていた。
必然的に真ん中に土間通路が移動動線として確保され、
その左右に、あるときは接客的な空間、商売のための空間、
またあるときは一家団欒の空間と、役割が多様に展開していた。
こういった多様な用途に対応した空間に対して、壁面には
さまざまな収納装置が仕込まれていて、場面転換が仕掛けられていた。
また、土間という空間はまことにあいまいな多目的空間で、
それは往来の延長であって、来客も遠慮なく内部奥深くまで
導き入れる融通無碍な空間がまっすぐに奥まで貫通していた。
こういう空間性が持っていた人間行動規則、倫理観というようなもの、
たぶん意識下の世界で日本人に相当刷り込まれている部分が大きい。
ちょうど自分自身も、いま、こういう空間性を追体験しているので、
いろいろなイマジネーションを刺激される部分がある。
ただし、北海道なのでこういう融通無碍でありながら、
高断熱高気密であるという機能的与条件が加わる。
これから、日本は人口減少社会を受け入れて行かざるを得ない。
ヨーロッパ諸国などのように、急激な移民政策にまでは踏み込めないだろう。
そういうときに、住宅はコンパクトで多様性に対応できることが、
大きな価値感を持つのではないかと想像しています。
町家には、そんな想像力を豊かに掻き立ててくれる、
日本人の空間の知恵が凝集されている気がしてなりません。
<本日は更新が大幅遅れました。ご容赦を>
Posted on 7月 13th, 2018 by 三木 奎吾
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一昨日も散歩路でのオシドリの生態観察を動画でお知らせしましたが、
いっときの大雨続きをようやく脱して、札幌も
夏のいのちの躍動があちこちで確認できるようになって来ました。
で、アイヌのひとたちのソウルフードとされるオオウバユリであります。
この植物の球根を掘り出して、粉を取りだして料理するそうです。
やや湿気の多い林の中で、すっくと立ち上がっているオオウバユリたちの姿は
なんとなく森の精霊のような雰囲気を漂わせます。
ことしはここしばらく半月ほど、散歩に行けない日が続き、
このオオウバユリたちの姿を見失っていたのですが、
ようやく天候が戻って来て、森の中の散歩路で再会できた。
そう、再会というコトバがいちばんピッタリくる。
いまは成長の早い個体で上のような開花段階で、
下の写真のようなさまざまな表情が見られている。
こういう植物たちとの対面というのも、なかなか楽しいものがある。
かれらの球根部分を粉砕してから水にさらして精製するというのですが、
そういったアイヌの人々の連綿とした暮らしの知恵にも思いが募る。
やはり栽培植物ではない、ある尊厳を持った野生の存在と感じさせられる。
食させていただく、それこそ「いのちをいただく」感じが伝わってくる。
この北海道ではほんの200年も前くらいまでは、
そうした人間と自然との対話があり続けていたことが想起されます。
この時期、札幌での散歩の無上の楽しみの一つです。
Posted on 7月 12th, 2018 by 三木 奎吾
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一昨日も散歩路でのオシドリの生態観察を動画でお知らせしましたが、
いっときの大雨続きをようやく脱して、札幌も
夏のいのちの躍動があちこちで確認できるようになって来ました。
で、アイヌのひとたちのソウルフードとされるオオウバユリであります。
この植物の球根を掘り出して、粉を取りだして料理するそうです。
やや湿気の多い林の中で、すっくと立ち上がっているオオウバユリたちの姿は
なんとなく森の精霊のような雰囲気を漂わせます。
ことしはここしばらく半月ほど、散歩に行けない日が続き、
このオオウバユリたちの姿を見失っていたのですが、
ようやく天候が戻って来て、森の中の散歩路で再会できた。
そう、再会というコトバがいちばんピッタリくる。
いまは成長の早い個体で上のような開花段階で、
下の写真のようなさまざまな表情が見られている。
こういう植物たちとの対面というのも、なかなか楽しいものがある。
かれらの球根部分を粉砕してから水にさらして精製するというのですが、
そういったアイヌの人々の連綿とした暮らしの知恵にも思いが募る。
やはり栽培植物ではない、ある尊厳を持った野生の存在と感じさせられる。
食させていただく、それこそ「いのちをいただく」感じが伝わってくる。
この北海道ではほんの200年も前くらいまでは、
そうした人間と自然との対話があり続けていたことが想起されます。
この時期、札幌での散歩の無上の楽しみの一つです。
Posted on 7月 12th, 2018 by 三木 奎吾
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さてかねてから情報をお知らせしていた南幌見学会・新住協版が
事務局から正式にアナウンスされました。案内文は以下の通り。
堀部安嗣氏セミナー+見学会 ご案内
〜(一社)新住協札幌支部長 武部英治
北海道在住理事 須藤芳巳 阿部利典
発信:事務局 白井康永〜
●東京在住の建築家・堀部安嗣氏セミナー+見学会を8月1,2日に開催します。
両日とも鎌田先生が参加されます。8月1日のセミナーは会員外も参加OK、
その後の懇親会と翌2日の見学会は新住協会員限定です。
2日目の見学が終わったあと、みんなでご飯を食べながら
見学物件について質疑応答をしたいと思います。
-記-
1.セミナー(セミナーのみ参加オープン)
◇日 時:8月1日(水) 13時30分~16時40分
◇会 場:北海道建設会館9階大ホール(札幌市中央区北4条西3丁目1)
◇参加費:新住協会員は無料
2.懇親会:札幌駅近くで17時30分から.5,000円程度の会費
3.南幌見学会
◇日 時:8月2日(木) 10時30分~14時10分ころまで
◇会 場:みどり野きた住まいるヴィレッジ(南幌町美園)
地図はこちら
◇参加費:2,000円(昼食代)
申込み〆切:7月28日(土)
問い合わせについては、写真画像を参照してください。
という次第になっています。セミナーについてはオープン形式なので、
ぜひ多くのみなさんの参加を期待します。
ただ、翌日の「南幌見学会」の方がもっと面白そうです(笑)。
堀部さんは住宅作家として、本州地域でたいへん評価が高い設計者ですが、
残念ながら北海道での建築実績はないということ。
積雪寒冷をはじめとする北海道の自然風土と格闘した結果、
獲得された「高断熱高気密」という技術基盤の意味合いを体感してもらうには
本当はそういった経験も期待したいと思っています。
いまは高断熱高気密に真剣に取り組まれていると、良く語られています。
その堀部さんが北海道の住宅の作り手とどのような対話になるか、
他地域とはすこし違って、鎌田紀彦先生にも率直な意見交換をする
北海道の作り手のみなさんがどう突っ込んでいくのか、興味津々(笑)。
今回の南幌での地域工務店+北海道建築家のコラボを
北海道庁がその住宅施策の表現としてバックアップしているという、
こういう北海道住宅のありよう全体が、伝わって欲しいと念願します。
Posted on 7月 11th, 2018 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅マーケティング | No Comments »
さて、これでうまくいくのかなぁ? 状態であります(笑)。
わたしは毎日情報発信というキメを守りたいとブログ書き続けていますが、
その表現で動画なども配信できたら、幅が広がるなぁと思ってきました。
ただ、いくつかクリアしなければならないこともありそう。
ということでとりあえず、手近な動画素材として
久しぶりに出掛けられた散歩路での「オシドリ」母子に登場願った。
ここ数年、札幌円山公園の池周辺に生息しているかれらを生態観察中。
オシドリ夫婦が春先に仲良くデートすると、一定期間後、
こういった光景が見られるようになる(笑)。
デートのランデブーぶりまで遭遇したこともあるし、
なんと期せずして「新婚旅行」まで散歩中に遭遇させられた。
まぁ、ほほえましい自然界の子孫繁栄のにぎやかぶりであります。
で、その後のオシドリ母さんの子育て教育奮闘記も毎度の光景。
ちょうどきのうは、小鳥さんたちの成長通過儀礼としての
高所からの低所水面へのジャンプの場面に遭遇した。
母さんオシドリが、小鳥たちを誘導して「ハイハイ、飛ぶのよ」
って、せかしつづけている。
一方、小鳥たちはあちこちと動き回って激しい動揺を隠せない。
しかたないと、まるでずり落ちるように落下してみると
水面がショックを和らげてくれて、カラダを受け止めてくれる。
「なんだ、やってみたら大したことないな」
みたいなボディアクションで羽根の水をハラって、誇らしげ。
その兄弟の様子を見ても、まだ上から飛べないヤツもいる。
その気持ち、末っ子のわたし、よ〜〜くわかります(笑)。
「どうしよう、どうしよう」と逃げ惑う。
母さんはさらにせかしてくる。「こう降りるのよ」と教えるように飛ぶ。
最後に残った2羽も、どうやら落下した。
下の水面で親子たちがめでたく合流、という一幕であります。
さて、この一幕芝居動画、うまく再生いただけますでしょうか?
成功したら、いろいろ今後は動画も交えた情報発信に
挑戦していきたいと思います。ReplanWEBとも連携して
情報ソースの拡張に取り組みますので、今後ともよろしくお願いします。
Posted on 7月 10th, 2018 by 三木 奎吾
Filed under: こちら発行人です | No Comments »