本文へジャンプ

廊下を磨く

写真は水戸偕楽園・好文亭のひとこま。
日本建築の美は、日常のメンテナンスの積み重なりも大きい。
西洋のように石造りの場合には、そこまで違いがないだろうけれど、
木造建築の場合には、日常の手入れがかなりの違いを生む。
日本の建築は重厚な屋根の建築であって
萱であったり、瓦であったりするけれど、
どちらも庇や軒がしっかりと室内をガードするようにデザインされる。
とくに日射取得をかなり制御してきた伝統建築では
かえって、数少ない日射をどうやって室内に取り込むか
相当の知恵が費やされたのではないかと推測できる。
そういう知恵の大きな部分が「廊下のメンテナンス」だと思う。
一度導入された光は、室内の木の床からバウンドして
再度、室内の天井をほのかに照らし出す工夫が為されていた。
いい家では、かならず米糠も使って廊下を磨き上げてきたのだ。
わたしは1952年の生まれなので、
戦後の高度経済成長時代が始まって、
このような木造建築へのメンテナンス努力の継承よりも
どんどん建て替えて、新しい建築に代替させることのほうが
合理的だというような刷り込みの中にいたと思う。
そういった風潮の中で、日本人が失った
多くのライフスタイルや習慣があった。
このような廊下のメンテナンスなどはその最たるものだった。

しかし、これから時代は大きく転換せざるを得ない。
住宅はこれからも建てられ続けては行くだろうけれど、
これまでのようには、量産はされない時代になる。
そういう時代になって、はたして「家のメンテナンス」というように
日本人の習慣が甦ってくるのかどうか。
一度失われると、なかなか再生できていかないのが
技術と言われるけれど、
こういったライフスタイル、習慣はいったいどうなのか?
それに、そもそもいまの家は愛着を持った住宅になっているのかどうか?
興味深いと同時に、やはり不安の念を感じざるを得ない。

日本は対米「自立」を選択できるのか

最近になって、孫崎亮さんという
外務省国際状局長だった人が
日米関係、というよりも超覇権国家・アメリカの国家戦略を通しての
戦後国内や世界の動向の見方を
いろいろな書籍で発表されるようになって来た。
これまでもわたしが感じ続けてきたような見方を
具体的な対米交渉を肌で感じ続けてきたひとが発表されると言うことで、
その具体的な様子がわかってきている。
ある意味で、占領国家アメリカが日本社会に対して
どのような「制度的仕掛け」を施してきたのか
ということについては、アンタッチャブルな世界だったと思う。
東京地検特捜部の成り立ちから、その組織的骨格について
明確にアメリカの対日戦略実行部隊であると指摘までしている。
もっとも基軸的な日本社会の規定要素であるのに
それを正面から論ずることは、危険視され続けてきた。
まずマスコミは、アメリカの戦略の走狗の役割を果たしている、
という明解な指摘をされています。
氏が書かれている本は、小学館などの大手から出版されている。
小学館からは「アメリカに潰された政治家たち」という
刺激的そのもののタイトルの本まで出版されている。
興味を持たれるみなさんは読まれるといいと思います。
現場的な書かれ方の説得力によって、
これまでのアメリカ迎合的な論客たちのいいかげんな論説に
いかに惑わされ続けてきたのかが明らかになります。

それとはちょっと別なことなのですが、
では、どうしていままで外務省関係者から出てこなかった見方が
なぜいま、この時点から大きく露出するようになって来たか、
という問題です。
氏の出版活動自体は2009年まで外務省、あるいは
防衛大学校教授を退隠されて以降の執筆ですから
たぶん、それ以降に活発化してきているのだと思います。
なので、そのこと自体は自然であると思うのですが、
このような見方が日本の社会の中で一定の
市民権を得てきているという意味も含めてきわめて興味深い。
氏がテレビのようなメディアに露出してくるようになるのかどうか、
日本の国家民族的利害を貫徹しようと考える自立派に対して、
いまの日本社会を規定しているアメリカ追従派が
どこまでその主張開示を許してくるのかが、まだ見えない。
たぶん、いまもっともホットな論点はここになるのではないかと思われます。
日本自立派、という概念は対立するふたり、石原慎太郎や小沢一郎が
これまでも断片的には言い続けてきた。
政治スケジュール的には小沢一郎への執拗な東京地検特捜部の追求が
この11月12日にも最終的に結審する。
そしてそれ以降、いわば「日本自立派」という勢力が結集できるのか、
そういうことを「半」占領国家アメリカは、
日本に対して許すのかどうか、
戦後から続いてきた大きな底流としての日本の政治の流れが
局面転換していくのかどうか、
この間の状況を見ているとそんな思いがしてきています。

都市中心部の木造建築

都市中心部の崩れていく寸前のような
木造建築のたたずまいが、嫌いではありません。

建築というのは、使われてなんぼのものですが、
こういう都市中心部の建物は、建てられた当時の用途や
その建て主までどんどん変化が加わっていく。
時代の移り変わりを体現しながら、街のそのときの表層の気分を表現する。
そういう建物を情報から見下ろすと、
その素性がいろいろに窺われて、興味が尽きない。
木造だから、大体が傾斜屋根で覆われているけれど、
いわゆる「看板建築」のように高く「パラペット」が回されて
一見するとコンクリート建築のように見せている場合が多い。
しかし、上方から見ると、
その種明かしがすべて丸見えになってしまう。
で、苦労を重ねて屋根が複雑な形状で掛けられている。
さらに雪の問題も係わるから、雪国ではそういう配慮も必要になる。
増築やリフォームはそれこそ毎年のように繰り返される。
建物と建物がくっついたり離れたりを繰り返す。
雨や雪による建物劣化は、容赦なく襲ってくる・・・。
そういったいわば「履歴書」を見るような思いで見る次第。
交易、というものの交換機能って、人間に本然的な部分であり、
その集中的な場としての都市というものが成立する。
そこで建築は、そういう空間を作り続けていくことになる。
必然的に、都市の雰囲気というものが生み出されていく。

写真は青森市中心部の様子なのですが、
コンクリート建築よりも木造が優勢な街では、
このような光景が一般的でしょう。
なにをどう感じるかは、人それぞれでしょうが、
わたしの場合、こういった光景、きらいではなく、
ついつい、見入ってしまうことの方が多い。
コンクリート建築よりも、ひとに懐かしい雰囲気やたたずまいを
そこに感じてしまうのですが、みなさんはどう感じますか?

来年は巳年ですね

写真は、10月はじめの気仙地域訪問時の古民家でのひとこま。
ヘビって、こういう彫り物としては造形化しにくい素材。
そういうなかでは、この彫り物、バランスは悪くない。
ただ、造形的にどうしても真ん中あたりに重量感を持って来たくなるので
そうすると結び目ができてしまう。
本当のヘビって、こんなふうにはなるわけがないのではないか(笑)。
これじぁ、コンブ巻きのようなヘビになって
外敵から格好の餌食にされてしまうのは必定。
このあたり、難しさがあるように思いますが、
案外、ヘビってこのような体躯の巻き込み方をするのでしょうか?
あんまり好きな動物ではないので
注意して見つめ続けるようなことはしたことがありませんので、
定かではない。
とぐろを巻いて、いまにも飛びつきそうな体勢をとっているヤツでは
床の間に飾るのには、すこしおどろおどろしすぎる。
そういったことで、多少ユーモラスに動けなさそうな体勢にしたのか。
あるいは、制作の都合で、素材になった木の素性が
このような体勢を選択させたものか。
それと、へびを造形化するときに次のテーマになるのが色合いでしょうね。
白いヘビというのは、民話や伝承などで
なかなか好意的に描かれることが多い。
それ以外では大蛇というように、どちらかといえば悪役が多い。
そのなかでは、白蛇は瑞夢の象徴とされるので
このような置物にしても、見るひとに悦ばしく思われやすい。
いまにも噛みつきそうな毒蛇では、置物にしても気味が悪い(笑)。

ことしは辰年で、もう11月。
いかにも早い展開で、あわただしさだけが感じられるようになってきました。
若い時って、もっともっと時間がゆっくりと過ぎていった気がする。
味わいがもう少し感じられたのではないか。
ことしは暑い日が続きましたが、いまでも札幌、初雪がみられない。
昨年は15日に初雪で観測史上3番目に遅かったと言うことですが、
どうもことしは、寒さの実感が迫ってこない。
いまの様子では東京での11月のような季節感だなぁと感じています。
さて、仕事の追い込み、なんとか間に合うかどうか。ふ〜〜〜。

旭川・扇松園の食事

体調が優れなかったので
きのうから2日間の日程で開かれている会合は
キャンセル。
無理をして体調が回復させられなかった場合、いろいろに影響が出る。
なので、予防的な意味から遠慮させてもらった次第。
なんですが、会場に充てられていた 旭川・扇松園さんは
この夏の還暦修学旅行でもお世話になった旅館。
写真のようなお弁当をいただいたのですが、
この他になんと、そばを無心するヤツもおりまして、
ほどなくもりそばまで振る舞っていただいたのです。
そばも手打ちらしく、実に味わい深くおいしい。
この食事の楽しみは格別でして、
ついつい残念だなぁと、写真を引っ張り出して眺めている次第。
食いしん坊だなぁと、あきれますね(笑)。

さて、本日はアメリカの大統領選挙投開票。
日本の政治選択はどうも霞の中のような状況で
アメリカの選択待ち、といったところなのでしょうか?
解散は「近いうちにやります」と約束して増税案件だけは通した首相が
その後、素知らぬ顔で長期に居座ろうとしているのか、
いまの政権にはあまり政治的正統性はなくなっているように
国民誰もが思っていると思われます。
アメリカの選挙の結果と、中国の指導層の交代を受けて
そういった情勢の変化を受動的に感じながら
日本も政権が変わっていくのだろうと思うのですが、
今は、本当に出口が見えない闇の中のような政治状況。
こういう状況では、威勢だけはよさげなネオ保守のような政治家が
表側に出てきやすいのでしょう。
ただ、国民がどういった選択を今回の選挙で見せるのか、
これまでの選挙とはだいぶイメージが違うように思います。
来年に向けて、追い込みの時期ですが、
なかなか方向性が明確になってこない状況が続きますね。

潔さの建築

きのうはようやく健康を復活させて
室蘭へと往復しておりました。
スタッフと同行でしたので、運転は任せきりでしたので
これもよかったのか、無事要件を果たすことができてひと安心。
で、帰ってからはひたすら寝ていて、休養に努めております。
やはり金曜土曜と無休のような2日間はちとこたえた。
しかし、この2日間交わされた論議は
今後の住宅性能論議にとっても意味が大きかったように思います。

なんですが、2日間、久しぶりに見た
小室雅伸さんの建築について、
本州地区のみなさんから、「いさぎよさのある建築」という
まことに正鵠を穿った意見が寄せられて、
そういう意味でもうれしい思いをしております。
小室さんの建築はいろいろ見てきていますが、
性能をまずは絶対的に優先させて、そこにこだわり、
そこから、デザインを出来るだけシンプルに絞り込んで組み立てていく建築。
いうならば「暮らしの素器」とでも呼べるような
単純化された装置に還元していくように思われる。
それが、テーマの明解さに繋がって、使う人間にここちよさの実感が迫ってくる。
そんな建築のような気がします。
だから奇をてらうようなことは一切しない。
立地環境とテーマを読み解くと、
そこにすべてをシンプルに収斂させる。
東西に細長い郊外の敷地の建物で、
南北方向に目一杯に細長い建物を建てて、
一日の日の光の入りようをデザインした住宅がありました。
「ダルビッシュが冬の間、投球練習できるような家」という
笑いを取ったネーミングを付けていましたが
そういう単純化にまことに潔く集中していくデザインなんですね。

会場になった保育園の園舎は
ごらんのような建築と一体となった庭を持っていました。
RCの平屋屋上部分を緑化し、
そこに向かってスロープを降ろすように緑化をデザイン。
こどもたちの遊び心を誘発するような建築的な装置を仕掛けている。
この単純化によって得られる大らかさのようなものがあって、
建てられる建築に、使うシーンがオーバーラップしてくる。
聞いてはいませんが、きっとこの緑の芝生傾斜には
その強度とか、植生の丈夫さとか、
相当な計算が為されていることが推測されます。
こういう建築の姿勢に、いつも癒される部分を感じる次第です。

生き物の環境性能を考える

さて、2日のセミナーでは
北海道建築工房の小室さんや建材事業者さんの発表の後、
札幌市立大学の斉藤雅也先生と
東京都市大学の宿谷昌則先生による講演が行われました。
斉藤先生は、宿谷先生のお弟子さんということを
このときに初めて知りました。
宿谷先生のお話は、これで3度目くらいなので、
大体のあらすじは分かっているのですが、肝心のエクセルギーのところが
概念としてはなんとなく分かるのですが、
どうも明瞭には把握できない。
わたしだけが勉強が足りなくて理解できないのかと思っていたら
主催の小室さんも同じように「わからない」と言っていました(笑)。
正直な人は(笑)、なかなかわからないのか。
なんですが、総体としては非常に理解できる。
なにやら不思議な理解の仕方ですが、まぁそういう感じであります。
一方の斉藤先生のお話は、札幌市の動物園の活性化のために
私立大学の先生たちに課題が与えられ、
先生はオランウータンの活性化を担当されたそうです。
で、オランウータン獣舎の温熱環境の改善に取り組まれたそうです。
「本人に様子を取材するのが一番なんですが、聞けない・・・」
という話で笑いをとったあと、
緑化と断熱、ホットポイントとクールポイントの設定などを
環境設計した様子をお聞かせいただきました。
エクセルギーの実践として、たいへんわかりやすかった(笑)。
どうもエクセルギーって、微気候とか、
エネルギーの変位のようなことでここちよさに迫っていく手法開発のようです。
オランウータンは、全体として熱帯の環境を再現する必要があるけれど
これまでは、空気環境、温度や湿度程度の環境解析しかなくて
それで事足れりとしていたのに対して
そうではなく、いろいろ複合的な環境設計が不可欠なのだ
ということを表していると思われるのです。
結果としてオランウータンは、
元気いっぱいに園舎の中を移動しまくっていて
まことに大らかな大自然の勇者としての姿を札幌で再現している。
住宅の環境設計においても、たいへん多くの示唆に富んでいると
実感させられた次第であります。

さて、本日より日程どおり健康状態も復活。
無理せず、頑張っていきたいと思います。

身体で感じる建築性能セミナー

さて、金曜日午後から土曜日いっぱいまで
JIA北海道支部性能デザイン委員会主催のセミナーが開かれました。
主催者の小室雅伸さんの設計したQ値0.9のRC外断熱の建物を実感しながら、
全国から来られた住宅技術専門家のみなさんが
大いに交流を深められました。
わたしは、小室さんの趣旨に賛同して情報拡散に務めておりましたので、
会場にはたくさんの知己が参集されました。
北海道内に限らず、むしろわたしの担当は道外のみなさんということで、
ほんとうにみなさん、遠くから駆けつけてくださり、まことに感謝。
そういった経緯でしたので、論議は活発に交わされ、
それこそ、会場各所で夜遅くまで徹底的な話し合いが持たれておりました。
わたしも、道内の方と道外の方との話し合いを取り持ちながら
随所で、話に花を咲かせ、関係を取り持ったりしておりました。
北海道の研究者は、前北大工学部教授の荒谷先生、北総研福島さん、
札幌市立大学の斉藤雅也先生、北大の菊田弘樹先生などが参加。
一方、道外からは東京都市大学の宿谷昌則先生、東大准教授の前真之先生など。
これだけの「住環境」の研究者が参集する機会というのも珍しい。
それも道外道内を問わない参加者だったので、
たいへんお互いに新鮮なミーティングになったと思います。
そのほかの住宅関連事業者、設計事務所などはそれこそ多士済々。
それこそ伝統木工法のスペシャリストまで参加されているので、
作り手のみなさんはそれこそ千差万別。
しかし、そうしたみなさんも、高断熱高気密の真髄に触れて、
大いに認識を一新されていたようです。

ということなのですが、
わたしは、さすがに多忙だったので、
本日は体調を崩してしまい、休日診療の病院にご厄介になったりしておりました。
週明けにもスケジュールが詰まっていたので、
親戚関係の会合はやむなくキャンセル。
ということで、本日のブログ更新も遅れておりました。
無事ですので、ご安心ください(笑)。ではでは。

全国の住宅性能研究者が集結

さて2日(金)には、JIA北海道支部建築デザインセミナーが開かれました。
っていうか、今現在も開かれています。
事前の参加者予想では、120名を超えるのだそうで、
まさに住宅性能の話としては、画期的だと思います。
それも本州地域からの参加が30名近いと言うことだそうです。
わたしも主催の小室雅伸さんと親しいので
なかばは主催のヘルプのようなことをしております。
全国からわたしのご案内で来られる方も多い。
そうしたみなさんにご挨拶は欠かせませんので、
場合によっては、ブログの更新が出来ないかも知れない。
ということで、「予約機能」を使って、前日のうちに書いています(笑)。
過去から未来を見据えて、たぶんこうなるだろう、という視点で見ている次第(笑)。

いきなり種明かしですね。
まぁ、仕方ありません、ご理解ください。
でも、場合によっては時間があって、更新できるかも知れません。
いろいろなみなさんが来られる予定なので、
あちこちと行ったり来たりを繰り返しているものと思われます。
東京で、あるいは東北で出会った多くのみなさんであります。
しかし、住宅性能の技術についてのセミナー、
それも専門家を集めてのものって、こんなに集客力があるのですね。
道庁さんや北総研さんは、ひとつの貴重な「地域資産」として
こういう「集客力」も評価するべきですね。
それもみなさん、手弁当で来られるのですから
すごい。
しかも徹底討論は、深夜まで酒を酌み交わしながら、
という小室さんの無謀な計画であります。
そのあたりの収拾については、小室さんの力量にお任せするしかないのですが、
さてどうなっていくのか、先は読めませんね。
ということで、落ち着いていたら、
写真などを更新したいと思います。
また、詳細については、5日以降のブログで紹介して参ります。
ではでは、ふ〜〜〜。

新刊! 北海道のくらしの演出家18

さて本日は、この秋に出版した新企画のご紹介です。
注文住宅の作り手のみなさんたちを紹介するには、その建てられた住宅が
一般的にはいちばんわかりやすいだろうと思います。
ただ、わたしたちのように建て主と作り手の中間にいる人間からすると
双方の「相互理解」というのが一番大切な部分だといつも思わされます。
いい家って、結局はその雰囲気に人間らしさが醸し出されているのですね。
そこには、双方の人間性がいい関係として表現されている。
いつも、そんな思いを抱かされています。
そうであるならば、建て主さんのほうは住宅の取材で掘り下げられるけれど、
あまり取り上げようのなかった、
「黒子」としての作り手のひとたちの存在を表現してみたい。
家づくり、それも注文住宅では、
こういった部分がきわめて大切で、よい関係づくりに役立つのではないか。
そんな思いを1冊の本にまとめてみた次第です。
そうすると、キャラクターが実に多彩に際だってきた。
取材に伺うと、勢いよく身の丈までありそうな草藪に飛び込んでいって
自然そのままの川釣りスポットに無心で溶け込んでいくようなひとも出てくる。
あぁ、こういう人なんだ、と深く納得できるのです。
そんな、普段はその建てた住宅だけを表現しているひとたちを
クローズアップした住宅の人間情報です。その人間性ドキュメント、
ぜひ、手にとってご覧ください。
家はひとが作っている、そのことが実感できると思います。

北海道のくらしの演出家たち 18
2012年10月25日発売
A4版・平綴じ/オールカラー128p(表紙共) 定価780円(税込)
北海道の書店、amazon、Replanホームページにて発売!

豊かさに満ちた住まいを実現するとき、大きな力になるのは
暮らしを演出するプロたちと建て主の
相性や、協同してものをつくっていく「共感力」。
建て主と演出家の関係は本来、そんな深みを持っています。
いいものをつくりだしていくのは、究極的には、人と人との結びつき。
そう考えReplan本誌企画「くらしの演出家たち」では、
北海道を代表するような「暮らしを演出するプロ」の、人となりを紹介してきました。
総集編としての今回の出版に際して今までご紹介した方はもちろん、
多くの新たな演出家たちや作品集もたくさん加えました。
個性あふれる演出家たちの時間、空間、瞬間。
そこから、共感できる部分が見えてくるかも知れません。
そしてそのことが、あなたの家づくりに決定的なきっかけを与えてくれるかも知れません。

Contents

[道央エリア]
石出 和博 ハウジングオペレーションアーキテクツ HOP
菊澤 里志 キクザワ
小西 永高 小西建築工房
小松 幸雄 小松建設
齋藤 保雄 勇和建設
坂本 博文 北デザイン建築工房
白石 典子 アクト工房
須藤 芳巳 SUDOホーム
髙橋 正樹 エディア.デザイン.ガーデン
田中 寿広 三五工務店
名古屋 志津子 久末弘信建設
藤本 忠宏 ケント・ハウス
横沢 陽子 SAWAI建築工房

[道北エリア]
芦野 和範 芦野組
澤田 和宏 アクト建築工房
華輪 茂  シーゲル

[道東エリア]
後藤 薫 とかち工房
丹羽 豊文 丹羽設計企画

ReplanWebサイトでは、特別コンテンツも公開中!
http://web.replan.ne.jp/content/producer/