
きのうは札幌に全国から210人の方々が集結。
このブログでもよく取り上げている「新住協」の総会参加のみなさんです。
前夜祭からすでに大変な盛り上がりで、
座る場所がないというような状況です。
本日9時半から総会が始まるのですが、当日地元から参加される方たちも
合流してくると、会場がすし詰めになるのではないかと
前夜祭の会場でもあいさつのなかで危惧する声が聞かれました。
わが社では、「エコ住宅Q1.0」の発行などを通して
全国のメンバーのみなさんと顔見知りの方が多く、
会場のあちこちで、旧交を温めさせていただきました。
昨年ことしと、新住協の活動がベースになった高性能住宅技術が
国の長期優良モデル事業のまさに骨格部分を形成している
ものとして、クローズアップされてきていると思います。
そういうなかでQ1.0住宅を建てられる技術を持ったビルダーが
さまざまな場所で大きな役割を発揮しています。
きのうはまぁ、北海道にようこそ、
というようなブレークダウンのミーティング(笑)。
屈託のない交流で、楽しい時間を過ごさせていただきました。
本日の総会参加での体調が
あんまりひどくならないように(笑)、セーブしながら
でも結局、12時過ぎまで帰宅がずれ込んでおりました。
会場で座る場所を確保できるかどうか、
早めに出かけたいのですが、
全国から来られるみなさんに、札幌のいちばんいい季節を満喫していただいて
またしっかり、高性能住宅の最新情報を交流していただきたいですね。
ということで、本日も頑張っていきたいと思います。
本日は総会・懇親会で、
あすは一般市民にも公開される「市民セミナー」も開催。
詳しくはリプランHPにもバナー掲載されています。
ぜひ多くのみなさんの参加を期待しています。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 6月 5th, 2009 by replanmin
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きのうは札幌市内中心部で、
合計3つの会議が集中いたしまいした。
午前中が「北海道R住宅」の事業者協議会。
午後からは新築の方の「北方型ECO」のほうの2件の会議です。
いずれも長期優良住宅先導的モデル事業の採択を受けてのもの。
とくに「北海道R住宅」のほうは、わたしもメンバーとして
いろいろ、事業者幹事さんの人選とか関与が大きくなっていますので
次第の進行に関与しております。
この事業は、はじめ北海道の諮問委員会的なものが
3年間の論議を行ってきたものが
その後、国交省の支援を受けて全額国費補助を受けて1年間引き継がれてきたもの。
今年度、国の先導的モデル事業に事業採択され、
なんと、事業総枠が申請通り満額回答されたというものです。
「性能向上」型のリフォームというものが
なかなか社会的に認識が深まらず、マーケットの構築が見えてこない中で、
まさに「先導的」なかたちで、社会にそういう事業を広めようという壮大な企画。
こういう事業に対して、国の補助金が認められた意義は大きいし、
また、こういった指向に賛同を示してくれた各事業者さんの
たくさんの(70社)参加を得られたことはまことに心強い。
まぁ、しかし、なにせ世間にそう大きく需要が転がっているという
そういうビジネス分野ではないだけに、
みんなで創造していく、というタイプの事業領域になっていくものでしょう。
この国の補助金という大きなバックアップを活かして、
「性能向上リフォーム」という概念を世間に訴求していきたいと考えています。
まずは各事業者さんからの要望戸数を確認して
それに割り振って、現状ではまだあまりがある。
今後、それをどのように配分して、実を上げていくか、
なんとか、総枠185戸分相当、国費2億4000万円あまりを有効に使って
北海道から住宅の高寿命化、高性能化の
先鞭を付けるような事業構築を実現させていきたいものと考えています。
なんですが、論議し、方向を生み出していかなければならない事柄も
まことに多く、これからも難題は山積しています。
ひとつひとつ解決させていくように頑張っていかなければなりません。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 6月 4th, 2009 by replanmin
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長期優良住宅先導的モデル事業、って、
何回書いても、見ても、どうも食欲のそそる言語ではない(笑)。
まぁ、国の政策方針のことですから、
やむを得ないのですが、意味の正確さだけで概念を確定させる
いかにも、役所的な言語感覚で辛いものがある。
そうかと思えば突然「見える化」する、なんていう概念も登場したりする。
そういえば、何LDKという概念も日本発の概念だそうですが、
これもお役所仕事の産物だと聞きました。
その後の日本の住宅表記で、ここまで普及したのですから、
やはり、日本は役人の権力をありがたがる国民性なのか、
それと同時に公務員さんがきわめて優秀なのか。
さて、未曾有の大不況という状況から、
政策的な投資がたいへん大きくなってきている昨今、
住宅の関係でも、政府の「補助金」がいろいろに交付されています。
「長期優良先導的モデル事業」という施策が行われているわけですが、
それにようやく対応できるかどうかの段階になって、
さらにこれとは別に、より簡易な認定で
1戸あたり100万円までの補助金の出る施策も実施されることになっています。
モデル事業(便宜上、このように呼びます)への対応でも
実にさまざまな役所的制約があるわけなんですが、
それにヘトヘトになって、更にこの上、っていうところ。
第3者的に政治や行政に批判をしていればいいのなら、気楽ですが(笑)
なかなかそうはさせてくれない。
役所が想定しているような手続きをきちんとこなすというのは、
かなりの労力や、根気を込めた忍耐力が必要になってくる。
法治社会、という体制ではやむを得ない部分があるのですが、
こういう部分に対応することが、本来的な意味での仕事とは言えないわけで、
どうにもやりきれないと感じる部分があります。
一方で、グラフのようなエネルギー問題は
霞ヶ関や国会などの舞台ではかなり認識が低下してきているようです。
最近になって、こういった風潮への反省やら、警鐘も
一部の世論には出てきているようですが、
「百年に一度の大不況」という大きな波に飲み込まれていますね、完全に。
どうにも、例のインフルエンザ問題といい、
この国の「集中豪雨」的なやりかたというのは、どんどん拡大しているのではないか、
そんな危惧の念を持たざるを得ない。
なんですが、本日は長期優良住宅モデル事業についての
説明会・会合が相次いで開かれることになっています。
頑張らねば、というところであります。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 6月 3rd, 2009 by replanmin
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北海道の中世史って、
わたしたちの年代ではまったく解明された事実がない状態でしたが、
近年、盛んに考古発掘が相次いできていて、
いろいろな様子がわかってきています。
写真は、史跡上之国館跡 勝山館跡(国指定史跡)のジオラマの様子です。
推定されている年代は15世紀後半から16世紀一杯ということですから、
ちょうど日本史の側では戦国期に相当する時代。
下克上の風潮に乗って、伝統的な支配者である
安東氏に代わって、蠣崎氏〜のちの松前氏が勃興していたころ。
北海道に和人地を築いて、北方との交易を主な生業とした勢力は
たぶん、北東北に勢力を築いた「安倍氏」の末裔が主流だったと思います。
平泉藤原氏の滅亡後、すぐに鎌倉政権側と外交的に手打ちを行って
北条家の代理人として十三湊に現地支配権を確立した安東氏は
安倍氏の嫡子を始祖とする家系伝説を持っている。
その安東氏が、八戸周辺に勢力を築いた南部氏に勢力を奪われて
本州地域での支配地を失って北海道に渡ったもの。
その家臣であった蠣崎氏が、実力でアイヌの蜂起をかろうじて撃退したことで
主家から禅譲される形で支配権を確立した。
そんな時期に、作られた城郭都市がこの遺跡です。
当時の勢力分布からすれば、この城郭が対アイヌとの境界地域。
夷王山という天然の要害中腹にこの城郭は位置しています。
その位置から眼下には北方の日本海が遠望でき、
日常的には交易の船舶をチェックできたでしょうし、
戦時には、敵対する軍勢の攻撃を予見することが出来ただろうと思います。
アイヌや、より北方の勢力が攻撃してくる場合、
多くは海上を通って攻めてきたものと推測できます。
安倍氏の東北での支配時代でも、蝦夷同士の敵対関係を利用していた節がありますが、
この城郭には、基本的には敵対関係にあると思われるアイヌのひとたちの
生活痕跡もたくさん出てくるのだとか。
たぶん、アイヌ勢力の中に蠣崎氏に取り込まれた勢力もあって
同盟的な関係を持っていたものと推定できます。
この写真はジオラマですが、
海面からはかなり高台に、見張りの望楼も設けたり
あるいはから堀や柵を厳重にしたりと、
かなりの軍事的緊張を感じさせる造作になっています。
でありながら、柵の中には中央に通りを設けて
日常的な「生活感」も見ることができます。
こぢんまりとはしているけれど「中世都市」という感もある遺構です。
いろいろと具体的な交易の関係性であるとか、
位置関係的にも、きわめて興味深い想像が盛り上がってきますね。
さてさて、どんな光景が展開されていたものか?
北のくらしデザインセンター
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Posted on 6月 2nd, 2009 by replanmin
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写真は、道南・上ノ国の笹浪家住宅外壁。
表面に扱われている素材は何かなぁ、と見ていたらボランティアの方が
「ヒバの樹皮です。断熱効果を期待していたそうです」
という説明をしてくれました。
北海道日本海側地域は、
北前交易など、伝統的に日本海側地方からの移民が多く、
この住宅も「能登屋笹浪家」という出自をそのまま屋号にしたもの。
一般的に家の次男三男といった存在が
「一旗」組として北海道に可能性を夢見て
初めは労働者として移住し、
徐々に船を持ったりして、自立を図ったのでしょう。
そういった事例は、山形県酒田から来た「青山家」など、
たくさんの事例があります。
この笹浪家もそういった家系出自をもった家。
享保年間に能登から、この地にやってきたということですから、
約300年前くらいのこと。
この建物は、何回か改築されてきたもので、
江戸末期から明治初年に建てられたものと言うことです。
寒冷地住宅として、この地に住んで百数十年経過した家系なので、
なんとか、寒冷条件を克服できないかと
考えている痕跡がこの「ヒバの樹皮」貼りの外壁。
日本家屋の伝統技術には寒冷地用の技術は大変乏しいので、
この樹皮を貼る、という考え方はたぶん、蝦夷地アイヌの
住宅などからヒントを得てのことだったのではないかと思われます。
樹皮は油分が多く含有されているので、
たとえば平安期北海道の原住民の住宅では、
防水・防腐の効果を期待したような使い方が復元住宅などで行われています。
漁労労働力として、あるいは交易の相手として、
アイヌとふれあう中で、
そういった知識、「技術」などを見聞きしていた可能性はある。
で、そういった知識を膨らませて、
原木のヒバの樹皮をていねいに剥いで、
住宅の外壁に貼り込むという知恵の飛躍を試みたのでしょう。
この住宅の屋根には柾目板が使われていますので、
木材を薄物として利用するような大工技量を持った棟梁が
このような工夫を考えついたものでしょうか。
残念ながら、現在は保存建物で住んではいない建物ですので、
冬期間の暮らしようはどうなのか、
証言は得られませんでしたが、どうなんでしょうか。
まぁ、その後、樹皮の建物外皮が普及したという話も聞いたことがないので、
いわゆる「暖かさ」という点では、
期待したほどの効果は出なかったのではないか、と思われます。
しかし、きわめて風の強い地方ですので、
面で風を受け流す、という意味では「防風」的な効果は
あり得たものかも知れません。
日本建築として、ギリギリの防寒的試みとして、
ちょっと興味を抱いた外壁でした。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 6月 1st, 2009 by replanmin
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写真は北海道南部・江差の隣町、上ノ国の漁家に残された円空仏。
円空さんは、ご存知、江戸初期のひとですが、
美濃の出身で、全国を造仏行脚して歩いた、変わった人生を歩んだひと。
北海道内でも伊達市などでもかれの活動が残っていたりします。
上ノ国は、江差にも近い道南松前氏の拠点。
和人地の北限にも近い地域。
ちょうど王朝人が仙台周辺、宮城野のあたりを北限地域と考えて
王朝文学の中の宮城野テーマを紡ぎ出していったように、
かれ、円空さんも「北への憧れ」という
日本民族に強い意識に駆られてこの地を巡り歩いたものでしょうか。
この仏像がどのようにしてこの地に残されていたのかは、
わかるわけもありませんが、普通に考えれば、
円空さんの生きた時代、この地の誰かが
円空さんに仏像彫刻を依頼し、その見返りにかれに幾ばくかの謝金と
何日間かの旅宿を提供したものでしょうね。
一生の間に12万体の仏像彫刻を作った、ということですから、
創作期間が50年間にわたったとしても、1日6体くらいは作ったことになり、
高さ40cm程度のこの写真の仏像などは、
ほんの1時間程度で作り上げてしまったことでしょう。
かれの生き方は、目当てを大体決めて
その地に逗留し、その間、地域社会の口コミネットワークで紹介を受け、
依頼を受け付けて、一気に作業を進めていったことでしょう。
人間の活動としてはまことに自由人的であり、
わたしなども、憧憬してやまない存在なのですが、
旅の中では、たとえば津軽・弘前では追われるように出国させられたとかいうような
いろいろな事情も発生はしたことでしょうね。
また、純粋に造形作家という形での世渡りではなく、
宗教者という肩書きや、仮の姿も便利に使っていた気がします。
しかしそれにしても、
今日のぎすぎすした社会に比較して、
かれの生きた時代の社会の包容力に羨望の念も持ちます。
こんな仏像を作り続けることで、社会に一定の位置を見いだし得ていた、
そういうことに、寛容な社会システムって、
素晴らしいのではないかと思えてなりません。
今日社会では、中高年男性の自殺率が異常に高い社会。
なにか、ひとの生き方を考えさせられる仏像の笑顔だと思います。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
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Posted on 5月 31st, 2009 by replanmin
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いやぁ、いろいろ調査研究って進むものですね。
日本古代史上最大の謎であった、卑弥呼の所在地がどうやら
畿内地域、奈良県の箸墓古墳が彼女の埋葬施設である公算が非常に高いと
歴史民族博物館から発表されましたね。
炭素年代測定の結果なども使われた科学的根拠の高いものだそうです。
となると、ヤマト政権は、邪馬台国との連関性が俄然高くなる。
魏志倭人伝の記述からすれば、大王権力の成り立ちも
記載されているわけで、この国に中央権力が発生したころの
政治的な思惑とか、経緯とかが筋道が通って来る。
また、まったく違う遺跡ですが、
八戸の「林の前遺跡」からは、金を精錬した「るつぼ」が発見されたとか。
平安期の、まだ王朝国家に服属していない地域での
金生産技術の存在を示すものだそうで、
この列島社会の歴史に大きな示唆を与えるものと思われます。
やはり古人の暮らしのありようから
教えられることはまことに大きいものがあるので、
このような発見、文字記録のない時代の痕跡発見が
歴史記述と相似してくる瞬間というのは興奮します。
そんな歴史の発掘の進展ニュースを見ていて、
また「歴史民族博物館」での展示の写真に見入っております。
この写真は、戦国期京都の街の様子を、
「洛中洛外図」という独特の日本的絵画ジャンルの中の一枚から
復元させたジオラマ模型です。
通りの様子では、小さな水路に目が行きますね。
一種の運河として、荷物の運搬に使用したものでしょうか。
運搬手段としての牛馬の水場としても使用されたのでしょうね。
現在に連なる「町家」形式の街並みからは
活発な京都の商業活動の様子が見て取れますね。
こういう想像力から、思い至るのは
やはり、人間はそれほど本質的に変わりなく、
どの時代でも同じような考えを持ち、希望を持ち、
暮らしを営んできたと言うこと。
そういう歴史発掘の中から、古人と対話し、
その連綿とした知恵の部分を、知りたいと考えるものです。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
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Posted on 5月 30th, 2009 by replanmin
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きのう、国交省から長期優良住宅モデル事業の
事業採択決定通知が送付され、
北海道が関与する2事業の補助金総額が決定しました。
北方型ECO事業の方は、昨年の倍増近い210戸分が認められました。
さらに、北海道R住宅のほうは申請枠にたいしてなんと、満額の回答。
今年度、185戸の申請だったのですが、
すべて認められました。
若干の経緯はあったのですが、それにしても
予算申請が満額回答されるというのはきわめて異例。
国の方針が、既存住宅の性能向上、
中古住宅の流通マーケットの活性化、という方向であり、
その基本方針に照らして、この提案がいかに適格性を持っているかを
明確に表しているものと思います。
こういう通知を受け取って、
さて、これからが正念場とも思えます。
実際にこのモデル事業の補助金総枠を実行して、
あるべき中古住宅流通、住宅リフォームの先進的な社会的仕組みを
北海道地域で作り出すことが出来るのか、
まさに、北海道の住宅産業全体に大きなテーマが与えられたと言うことでしょう。
このチャンスを生かして、北海道の住宅の先進性を示すことは
地域経済の側面から考えても、大変大きな部分。
手を挙げてくれた71事業者のメンバーを中核にして、
さらに北海道建築業界全体の総力を挙げて取り組みたいと思う次第。
考えてみると、住宅リフォームというマーケットには
これまで明確な方向性というものがなかった。
そういうなかに、この北海道R住宅というものが、
理念としても明確な方向性を打ち出すことは、
日本全体の既存住宅の性能向上をリードすることにつながる。
そういった着地点意識を持って取り組んでいきたいと考えます。
そうなると、時間のない中で
どういった手を打っていくことが出来るか、
いろいろとなすべきことは多く、仕事の量は大きそうです(笑)。
<写真は日光にて>
北のくらしデザインセンター
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 5月 29th, 2009 by replanmin
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当社で行っている、建築家との家づくり
「北のくらしデザインセンター」の建築家住宅バス見学会、
6月20日(土)開催で、案内を開始してから10日ほどだったのですが、
早くも、予定人員の2倍に達しましたので、
バスを増発して2台にするにしてももうこれ以上は無理なので、
残念ですが、募集を締め切らせていただきました。
若干、キャンセルが今後あるかも知れませんので、
引き続き、電話での「キャンセル待ち」受付は継続いたします。
っていうことなのですが、
まぁ、ちょっとびっくりするほどの反響ぶりです。
やはり、家づくりの需要そのものは景気に左右されず存在する。
注文住宅のコアな部分の掘り起こしを念願して
こういうイベントを継続してきているのですが、
告知や口コミが浸透してきたのか、
日増しにユーザーからの反響が盛り上がってきているのを感じます。
雑誌の役割をちょっと超えるような、
直接ユーザーとの対話を企画して来て、手応えが強くなってきています。
基本は住宅雑誌であることは当然なのですが、
やはりユーザーのみなさんのナマのご意見や声に触れられるのは、
大変多くの点で参考になります。
雑誌も「コミュニケーション」の一手段であり、
他のメディアと比較しても、ホットな読者との関係という意味では
一番、強みを持っているのではないかと考えています。
とくに地域住宅雑誌という点では、
より親近感を持っていただける可能性がある。
そういう部分をもっと強めていくことで、雑誌という存在の
社会的な意味合いをもっと高めていきたい、というのが企画の狙い。
さて、こういう次第ですので、
今回のバス見学会はこれ以上は参加いただけないことになりましたが、
6月13・14日の土日には、建築家セミナー相談会を
実施します。今回からはセミナーテーマを決めて行います。
両日とも同テーマで、「外観と燃費」。
また、土曜日には特別テーマで「ペット」も取り上げる予定。
参加建築家は日によって違いますので、両日参加でも参考になると思います。
また、今回から参加建築家の人数を4人とすることにしています。
セミナー的なプレゼンテーションと相談時間の両方を考えたら、
人数的にはこのへんが一番わかりやすい、という次第。
下の「北のくらしデザインセンター」リンクから、
申込みできますので、ぜひご参加下さい。
バス見学会については、今後もたくさん実施できるように
いろいろに努力していきたいと考えています。
ぜひ当社WEBサイトで確認のうえ、
みなさんのご参加をお持ちいたしています。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 5月 28th, 2009 by replanmin
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写真は日光東照宮への表参道の様子。
現代でこそ、「日光道」という有料道路を走り抜ければ
宇都宮から小1時間という距離ですが、
江戸期の交通を考えれば1日の旅程。
その末に、ようやくこういった空間にたどりつく。
緑に包まれた自然そのものの山中に、忽然と大鳥居が出現する。
厭離穢土欣求浄土、という旗印を掲げていたという
徳川家康。
この言葉の意味は、穢土(えど)〜よごれきった現世を遠く離れ
美しく清らかで心安らかな浄土を、よろこんで求めたい、
そのために戦うんだ、というスローガンだそうです。
ひどく線香くさいというか、厭世的とも思える。
同時代の、たとえば石田三成のスローガンが、
「大一、大万、大吉」というにぎやかで現世利益的な響きであるのに対して、
なんとも哲学的な、死生観を感じさせるような表現。
武将として戦争を行うのが宿命であり、
そのためには、将士に死の覚悟を持ってもらわねばならない。
そのときには、人間としての尊厳も満たした部分を持たねば、
いわば、「大義名分」とは少し違うけれど、
ひとが、やむを得ない、このことのために
自分の死を差し出そうという雰囲気を演出しなければならない。
人の死の担保者としての武将には、
そういった心得が必要になってくる。
日本の宗教には、このような無数の死をどのように止揚するかの
歴史的経験値がたくさん凝縮されているのでしょう。
たぶん、史上未曾有の死が折り重なった戦国を超え、
ようやくたどりついた平和な時代、
最終的勝利者として、宗教的施設を造営するときに
かれとしては、というか、徳川政権としては、
このような鎮魂の空間を演出したと言うこと。
支配者に対して傅く、というふうに考えるか、
それともこういった空間の先に、大量死の光景を思い浮かべるか、
考え方は別れるところですが、
日本人は、死生の堺を超える空間性というものを考えるとき、
この写真のような空間性にその表現を見いだしてきた。
そんなような思いが感じられます。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 5月 27th, 2009 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »