
仕事で、いろいろな住宅を巡り歩くウチに
当たり前ですが、
そこにはそれぞれの生き方があって、人間が暮らしている、
っていうことが、みえてくるようになるものです。
そして、個性的に生きたいというような住宅を見ていて、
より「人間」的な部分を、住まいから想像するようになります。
そうすると、時間を超えて、
古民家などに、「取材」的な態度で接するようになってくる。
よく見ていくと、こういうことは、
細部に明瞭に現れたりしてくるようになる。
そういった発見が、面白くなってきて、
古い人間痕跡に、興味が募っていくようになる。
まぁ、そんなことから、写真のような復元住居も好きになっていったのですね。
これは、天塩にあった檫文時代(日本の平安期にほぼ相当)の
竪穴式住居です。
周辺は、日本最北の大河・天塩川河口であり、
漁業的資源には事欠かなかった場所。
そして、カヌーのような丸木船や、外洋航行も可能な船も操っていた
かれらにしてみると、生活の拠点としては
まことに好立地なのですね。
この時代には、すごい大きな集落が営まれていたのではないかと、
想定されています。
ちょうどいまの時代にわれわれがクルマを操るように
かれらは、自由自在に船を操っていた。
そして「交易活動」は、狩猟採集と並んでかれらの基本的営為だった。
日本史の記述でも、
秋田地方や、宮城県地方などに、
この時代の北海道人が来襲したとする記述が見られる。
交易活動には、トラブルも付きものだろうし、
そういった利害関係を清算する意味合いの戦いも多かったと思われる。
かれらは文字を持たず、歴史を記述する意志を持たなかった。
アジアの歴史の中では、中国に発祥した文字記録の世界・社会が
北方「蛮族」と対峙しつづけて来たのが基本的な流れだったと思われるけれど、
日本史においても、その要素はあったと思う。
ただ、元や清のように中華に王朝を樹立するような動きではなかった。
そういうものは、かろうじて、
平泉藤原氏が、そうなる可能性を持っていたけれど、
日本においては、そのようなダイナミックな動きはなかった。
けれども、北方との関係は常に日本史の中で、
ある一定のレベルの影響をもたらしてもいた。
そういう部分が、これまでの日本歴史記述の中に十分に反映されているとは言えない。
そんな思いで、
ひたすら、北方の世界の発掘にこころが向かっている次第です。
さて、本日は帯広で講演を頼まれまして、
これから、クルマを駆って出掛けます。
きのうは、季節外れの雷、雨という天気でしたが、
まだ、北海道、ことしは雪の訪れが遅いようです。
でもまぁ、慎重運転で行ってきたいと思います。
Posted on 11月 23rd, 2010 by replanmin
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金曜日、朝、直行だったのですが、
いつものようにパソコンを肩掛けのバッグに入れて
わが家の階段を下りたところで、
なんと、肩掛けのひもの接続プラスチック部分がはずれて、
あややという間に約1m落下して、階段踏み板に衝突いたしました。
その瞬間の衝撃部位としては、パソコンの短辺部分の目視結果。
時間が迫っている、けれど、これはまずい。
ということで、時間をやや遅らせても、
チェックしなければと思いまして、
事務所にいったん向かって、そこでパソコンを取り出して
起動させてみました。
ラッチを開けるのに、ひっかりがあって、
焦っていたので、そのときは気付かなかったのですが、
どうも、その部分は物理的変形がわずかにあったようです。
遅い、どうも起動に時間が掛かり気味であります。
普段の3倍くらい掛かっている。
そのうえ、一瞬ですが、起動画面に恐怖の画面が・・・。
白黒で、なにやら、表組みのような模様が現れました。
が、ほんの一瞬で、その後、
なんとか、デスクトップが表示され、
通常通り、立ち上がりました。
ブラウザーとメールと、若干ソフトを立ち上げてみましたが、
特段の問題はなさそう。
ということを確認してから、何度か、再起動・PRAMクリアなどを
施して、おおむねの無事を確認いたしました。
で、所用先に向かい、帰ってきてから、再度起動させても問題が出ない。
そういうことで、夜、自宅に戻って再度チェック。
こんどは、落ち着いていたので、
まず、ラッチ部分に物理的変形圧力が加わって
開閉に問題が発生していることを確認。
それはなんとか開けることが出来て、
その後、OSのDVDから起動させて、HDのチェックを掛けてみました。
その結果は、問題がないというご託宣。
HDには問題がなければ、データはすべて問題はない。
ほっとひと安心であります。
起動も、何回か行っているウチに通常的な時間に復帰している。
衝撃はあったけれど、機能不全になるようなものではなく、
一時的なショック症状と、見られる。
まぁ、長期的に見れば、死期はいくらか早まったのは
間違いがないだろうけれど、短期的には影響は少ない。
っていうように結論づけることが出来ました。
であれば、あとは、物理的変形の問題であります。
向かって、左手前角付近にわずかな、2〜3mmの浮きが発見できました。
それが、開閉部分の金具に微妙に影響を与えて
開閉不良の原因になっている、という推定ができました。
いま現在も、このパソコンで作業しているわけですが、
まったく問題はありません。
ただし、これからラッチを閉じて、バッグに入れて移動して
っていうようにするときには、開閉時の問題が発生する。
また、変形部分のわずかな浮き場所から、
パソコン内部にゴミとかの侵入は避けられない。
土日に掛かったので、パソコンレスキュー屋さんは休み。
本日連絡してみて、可能であれば、物理的な修復を試みたいのですが、
まぁ、仕事の進行もあり、
日程の調整が可能かどうか、影響はありますね。
いまや、パソコンはあらゆる仕事のベースなので、
不都合があると、大変ですね。
バッグは、これを機会に替えて、より安全な保護機能のものに
変更したいと思います。
まぁしかし、大事に至らなくて本当に良かった、でした。
Posted on 11月 22nd, 2010 by replanmin
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アース21という地域工務店のグループでは、
年に1回、独自の雑誌を作成して発刊しています。
その編集作業に、参加しております。
まぁ、出版自体は当社が代行・サポートしているわけですが、
あくまでも、編集作業はアース21メンバーの責任作業であります。
長い期間、関わらざるを得ないので、メンバーのみなさんの労力は大変です。
編集の作業って言うのは、
企画のアイデア出しから、進行管理、連絡、
取材の交渉、スタッフ構成、段取り仕事、
写真・テキストの進行管理、レイアウトデザイン、
印刷工程管理、全体予算管理などなどがあります。
このほかにきわめて重要な仕事として、広告予算監理がありますが、
まぁ、こっちは「広告」セクションの領域。
これだけでも、ゆりかごから墓場まで、さまざまな作業が出てくるモノなので、
一回関わると、家を建てるのと同様の作業手間に
みなさん、びっくりされるものと思います。
で、そういったプロセスを経て
出版にいたるものなので、
そのぶん達成感があり、独特の高揚感を得られるものです。
やはり、「ものづくり」という部分なのですね。
ことしの雑誌では、はじめて参議院の国会議員さんたちとの
「懇談会」まで仕掛けて、その模様も収録しました。
参加する、ということもかなりの労力になっていたわけで、
そういう意味では、みなさん、
「やったなぁ」という表情がさわやかであります(笑)。
人に見ていただくと言うことで、
自社の建てた住宅についての写真表現も、
ずいぶん、気を使われるようになって、
格段に、ビジュアル的な部分も向上していくものです。
やはり、いいものををつくっているのなら
その表現にも、大いに気を使って、
それを美しく伝えていく努力も大切だと思います。
それがものづくりの大切な、「コミュニケーション」の部分。
だんだんと、表現のディテールにまで気遣いが見られるようになってきて、
面白みも感じてこられている様子です。
まぁ、そういった総体が、世の中に対するアピールなのであり、
出版と言うことの意味なんだと思います。
生まれ出るのが楽しみだ、という気持ちが持てるのはすばらしい。
Posted on 11月 21st, 2010 by replanmin
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忙しさにかまけて、
わが家には、うるおいというものが不足しているのでは?
っていうことで、先日、ふと再発見していたのが
ごらんのシーサー置物。
沖縄で娘の身の回りのこととかを心配していたころに
買い求めていたもので、
かわいいなあと、買ったのはいいけれど、それ以来4年くらい、
まったく置き場所を得ていなかった。
わが家は、もともとはしっかりデザインされていた建物だったのですが、
職住一体の建物で、仕事の方が予測よりも大所帯になって
増築したりしたので、しわ寄せで玄関は結局、狭くなってしまっておりました。
その後、仕事場の方は結局、別の場所、ほんの5百メートル距離に
新築移転したので、その残骸がちょっと広すぎる自宅として残ったもの。
そのうえ、仕事が忙しくて、家のことを考える時間とゆとりが持てないまま・・・
っていう、よくあるパターンなんですね(笑)。
前振りが長すぎですが、
ようするに、ようやくにして、シーサーたち、
わが家の玄関先に置かれた次第です。
シーサーですから、やはり門とか、入り口とかにいるのが正しい。
で、考えた末に、階段の衝立的な部分の上に置いたのです。
でもそうなると、スペースは狭くやや不安定でもあるので、
足下前後に、枠のようにした小木材を木工ボンドで造作してみました。
万が一、荷物移動の時などでも、
シーサーを移動できるし、また、玄関ドアの開閉時の振動などで
ずれていくようなのも押さえられるのではないか、
そんな工夫をしてみた次第であります。
で、家に帰ってくるとにっこりシーサーが迎えてくれる。
家を出るときには、
「いってらっしゃい、ヘンなヤツが来たら噛みついてやるから、安心しな」
みたいな表情で送ってくれております。
家をことを考えるというのは、
好きなんです、本当は。雑誌を創っているくらいなんで(笑)。
でも、忙しくて、自分の家のことはあんまり考えられない。
パラドックスであります。
こうやって、ほんの小さなことを考えることが出来て、
ややバランスを取り戻したような気がいたします。
前にはよく、仕事の空間でDIY的に作業環境を自作したりしておりました。
そういうことを考えている時間は、本当に大切ですね。
最近は、日本全体がこういう種類のゆとりを失っているのではないか。
景気とか、経済とか、政治とか、
どうしてもそういうことで、不満や不安が襲ってくるのですが、
少しでも心がけて、身近な整理整頓を考えていきたい。
しあわせは、結局、身の回りの小さいことから、でしょうね(笑)。
Posted on 11月 20th, 2010 by replanmin
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きのう夕方、当社2階のオープンルームで
表題の会合が行われました。
このプロジェクトは、GW相当で壁厚300mm断熱の住宅を建てる
という画期的な取り組みを行っているグループ。
中心的には、建築家の山本亜耕さんがまとめ役になっているプロジェクトです。
壁の断熱では、通常のGWを軸間に100mm充填し、
その外側に、新開発の90mm厚の発泡断熱材を付加断熱するもの。
性能的に、壁300mm断熱レベルに達するのです。
でもまぁ、実際に90mmの断熱材を付加するというのは、
在来木造構法住宅としては、施工的には実質的に初めての試みになるので、
試行錯誤を重ねながら、技術標準の開発をしながら出来たものです。
山本さんの言葉で言えば、
1年以前に取り組んだ高性能住宅が、
どうしてもコストアップせざるを得なかったことをスタートに、
どうすれば、コストを上げずに性能の劇的向上を図れるのか、
そういう志でのプロジェクトなのです。
木造建築の工務店から、温熱環境熱計算の専門家、
資材の生産者、暖房器具の生産者などなど、
今日の北海道住宅技術の最先端のみなさんの結集体。
北海道では、いまや、こういった技術要素を組み合わせて
住宅が考えられていく必要があるのだ、ということが実感できる。
まずは、基本的な「駆体」の性能をどう担保するのか、
ということが大前提。
住宅は、永く存続していくべきものであり、
もっとも変化しないベースを作り出す必要性がある。
その上で、出来上がったエネルギーを充分コントロールできる環境に
似合った、ベストマッチの設備機器を検討していかなければならない。
より小さいエネルギー出力、具体的には
微少燃焼という暖房設備というのは、
逆になかなか難しい技術なのだと言うことも見て取れます。
そして、こういった各分野についての
建て主さんの理解力も必要になってくる。
日本では、注文住宅が基本であり、
基本的なデザインや、間取り、仕上げなど、
個別のオリジナリティを求めるユーザーが多いのが現実。
そういうなかで、ユーザー側でも、
こういった技術の組み合わせに対する価値判断力のようなものが
徐々に育ちつつあるのだと、感じられます。
注文住宅とはいっても、その表層的意匠性にだけ目が行っていたのが
これまでのユーザー心理であったのが、
そういうレベルだけではなく、
技術要素に対しても、「作り出す」という意味合いが強まってきている。
住宅の色合いを選択するのと同じように、
室内空間の温熱的な空気質や「体感」までも、判断する感受性が育っている。
また、そのような選択が重要になってきている、とも言えますね。
そういう意味では、
ほんとうに北海道の住宅はレベルが高くなってきている。
そういうことを実感させられた会合でした。
Posted on 11月 19th, 2010 by replanmin
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先日書いた、「築90年の食事処」の名前を
同席していた金田さんからお知らせいただきました。
「お茶の間」というのだそうです。
なんか、まんま、っていう気もしてしまって、むむむですが・・・。
ありがとうございました。
さてライフワークの物語、最近も徐々に進んでおります。
とはいっても、頭の整理整頓が難しく、
遅々とした歩みではありますが・・・。
で、参考にさせていただけそうな考古的学術資料・知見が、
芋づる式に手に入ってきております。
そういうなかで、最近わかってきたのが、
平泉の「黄金文化」についての情報であります。
どうも、平泉の黄金って、その生産地が
奥州ばかりとは限らないのではないかというのです。
思わず、目が点になってしまいましたね。
さらに、奥州藤原氏に繋がっている安倍氏は、
その出自が、渤海国の王族に連なっているという説もあるそうなんです。
金の産出については、
749年に、百済王敬福という
そのまんまの出自の人間が、その配下の人々を手配して
陸奥守の副官としての官位を得て、赴任し、
現地の涌谷の地で発見し、発掘して、
天皇に献上した、という記録が残されています。
その後、かれは官位が7階級特進して、
陸奥守も拝命し、最終的には都で栄華を勝ち得たということだそうです。
金はその後も産出が続いていたことでしょうが、
その年代から、藤原氏の中尊寺金色堂までは、約400年くらいの年月がある。
金の発掘というのは、支配権力側にしてみると
大変貴重な資源であることは明白で、
この時代の金生産では、世界的にも最大の地域にはすぐになったことでしょう。
その後の「日宋貿易」では、中国側から強く金を交換品として
要求されたことは明らかです。
この時代、巨大な商業国家・宋では、
ヨーロッパ世界とのビジネスも盛んであり、
その決済手段として、金の需要が非常に大きかったという。
マルコポーロが、黄金の国ジパングと書いたのは
こういった経緯からのものであったそうですから、
いかに、平泉の金が大きい生産量を持っていたか、を表している。
そういう絶対量をまかなうには、
奥州からだけ、というのでは説明がつきにくい、ということ。
そして、現代の技術で金の生産地をあきらかにできるかも知れない、
っていう可能性が出てきたというのです。
まことに面白い説が出てきたと思います。
わたしにしてみると、まことにうれしい状況になってきたというところです。
大いにこういう動きに期待したいところです。
<写真は、アイヌの丸太船>
Posted on 11月 18th, 2010 by replanmin
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ことしも、臨時増刊にいくつかチャレンジしていますが、
11月18日発売の雑誌として、
「人の住まい 創るこころ」
と題した一冊を刊行いたします。
これは、東北・秋田の「地域一番」ビルダーと言って過言でない
五蔵舎の住宅作品を中心とした特集号です。
同社は、リプラン東北版発行以来、
ずっと紙上で住宅を発表し続けていただいてきました。
その創られる住宅は、まさに地域の作り手らしい
こまやかな感受性に満ちあふれていて
すみずみまで「ていねいに」創られている様子が伝わってくる家。
大手ハウスメーカーと地域の作り手の違いを
よく「地域を知り尽くした」という表現を使いますが、
そういった言い方が、どちらかといえば、
住宅のハード面の性能要件に近いものを感じさせるのに対して
同社の家では、その地域に暮らすひと、に大きくフォーカスしていると感じます。
角館の屋敷群にも通じるような
湿度のある、秋田の人間風土を表現しているかのようなのです。
そうした、五蔵舎の住宅作品代表作を特集した一冊です。
で、同社代表の岩野社長と話し合っている中で
尊敬する作家・倉本聰さんとの対談企画というのが
大きな希望としてあげられたのです。
まったく想定外のことだったのですが、
「北の国から」「風のガーデン」などの氏の代表作品には
北の地で、生きる拠点としての住宅建築への深い思いが
伝わってくる部分があり、
企画として進行させたところ、倉本さんの了解も得られたのです。
今回の「人の住まい 創るこころ」では、
巻頭特別対談として、倉本聰さんの住宅対談が掲載されています。
北の国からでご存知の、「石の家」や、「拾ってきた家」など、
ドラマを飾ってきた住宅について、独自の視点から、
倉本さんの「住宅論」が語られています。
お願いしたとき、二つ返事で引き受けてくれたのですが、
「いいよ、俺、建築、好きだから」
ということなのだそうです。
その言葉通り、セルフビルドの経験の数々は、
凛とした実体験の重みがあり、
聞く者のこころに響いてくる熱さがありました。
「人間の言葉を聞く」という思いを強く印象した対談でした。
その模様をまとめていますが、
氏の住宅論は、いわゆる住宅雑誌としては
ひょっとすると稀有なものであるかも知れません。
地域の気候風土に根付いてそこで暮らし続けてきた、生活者の目線で語られる、
いわば「北の地からの住宅論」としての意味合いも大きいと思っています。
東北と関東の有名書店で販売いたしますが、
それ以外の地域のみなさんには、
下の当社WEBサイトにて販売いたします。定価780円。
当社直販コーナー
一般のみなさんももちろん、とくに住宅専門家のみなさんにも
オススメの一冊です。どうぞ、ご一読いただければ幸いです。
Posted on 11月 17th, 2010 by replanmin
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最近、「細部にこそ神が宿る」というフレーズが
どういうワケか、頭のなかでリフレインしております。
たぶん、先日、1週間前に見学していた室蘭での住宅事例での
竹の紐組みの様子を見て以来、なんだと思います。
なんでもない、組みなんですが、
それが手でしか、手作りでしか実現しないのだ、
ということを理解してから、
どうしても、このフレーズが頭に宿ってしまった(笑)。
古くからの人間の手業の痕跡は、
明瞭にその時代に生きた人間のことを伝えてくれている。
木を削った痕跡であるとか、
石を砕いた様子であるとか、そういうものが
実はいちばん伝わってくるパワーを持っている。
日曜日にも、刺身のツマに出てきた大根が
おばあちゃんの包丁と手で刻み込まれている、と
看破した方がいまして、建築家の丸谷博男さんですが、
やはりそういうものかなぁと、思い至った次第であります。
建築って言うのは、結局「どう作るのか」ということなのでしょうが、
それには、「計画」的な部分から、
細部の職人さんの手仕事まで、
さまざまな領域があって、まことに複層的な評価基準が存在する。
ただ、正直に作られたモノ、
丹念に作り上げられたモノには、自然と
ある、美しさが伴っていくものなのではないか。
そういうものにおいて、その計画者の考えが、
どのように貫徹しているか、が細部を見ればわかる、ということなのか。
そんなような思いが、頭のなかにわき起こっている。
っていうようなことで、
まず、小さなことにしっかり神経を集中し、
丹念に自らを省みて、事に当たる必要を感じている次第。
そこで、本日朝、大根の手刻みに心を配ってみた次第であります(笑)。
なかなか、難しいですよね。
初めと中程は問題ないけれど、終わる頃には、
どうしても押さえるのが難しくなって大切りにならざるをえない。
神はとても宿りそうにない。
でもまぁ、ちょっと混ぜれば、それほど目立たないか、
っていうように、多少のいいかげんさが顔を覗かせる次第。
毎日毎日は、そうやって過ぎていくしかないのかも・・・必然でしょうね。
しかし、家族の健康を守り、
規則正しい生活リズムを作り出すためにも、
こういったなんでもないことこそが、大事なんでしょうね。
まだまだ、道の遠きを思わざるを得ません。
ってなんのことか、大袈裟すぎましたです(笑)。
いつか最後まで美しく、大根、刻んでみたい。
Posted on 11月 16th, 2010 by replanmin
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きのうブログで書いたら、
さっそく建築家・丸谷博男さんからメールをいただきました。
午後3時からふたたび会合があり、
それも札幌の建築家・金田博道さんのご自宅の見学会へのお誘い。
面白そうということで、参加して参りました。
住宅はまことに素晴らしい住宅で、
目の保養を楽しませていただいた次第であります。
で、その後、会食予定であるということで、
早々に帰る予定だったのですが、
日曜日でもあり、参加させていただくことに致しました。
っていうのは、会場が築90年の木造住宅の店舗だというのです。
どうも建築の好きなひとたちというのは
そのへんのツボが共通しているので、
ついつい刺激されてしまうわけなのです。
札幌市東区北7東4ということなのですが、
店の名前を聞き忘れた(笑)。
まぁ、そういうのはそのうちわかるだろうということで、無頓着なんです。
なんともやさしそうなおばあちゃんがいまして、
おいしいごちそうをたっぷり食べさせていただきました。
写真が、北海道の風雪に百年近く耐えてきた住宅を店舗にしている内部の様子。
寒いんだけれど、
気密性にとぼしく、構造材の乾燥度合いは極限的な感じです。
手を掛けて住み続けてきたたたずまいが偲ばれて、
まことに微笑ましい住宅であります。
思うのですが、
「長期優良住宅」という国の施策で
愛着に関する研究とか、長期に亘って維持される人間的側面って、
ほとんど顧慮されることがない。
ひたすら、住宅の性能要件がどうであるとか、
国産木材を利用するというような
いわば「モノ」としての耐久性ばかりを問題としている。
でも、日本の場合、住宅が長きに亘って維持されてきた実際の動機は
「家の存続」という先祖観の部分だったと思うのです。
まずは仏壇があって、神棚もあるという
神聖空間が装置されていることが、
無言のプレッシャーになって、いま生きている人間に
「次の世代に受け継がせていかなければ」という使命感を与えていた。
常識的に考えれば、生活レベルの発想では
そういった部分であったと思うのです。
ところが、現代の「縦割り」官僚の世界では、
みごとに「モノ」だけにこのことを矮小化して、それも深遠に論議する。
こころを論議せず、モノだけ論議する、っていうような
パラドックスが存在していると思います。
現実に北海道で90年建ち続けてきた住宅は
ごらんのような家内部の空間性があって、はじめて可能になってきた。
そんな気がしてなりません。
いちばん初めに論議しなければならないのは、
どうもこういう日本的家意識から、なにを学び取るか、
ということなのではないでしょうか?
そういう論議がないと、結局、日本人の心に染みこんでいかないと思うのです。
Posted on 11月 15th, 2010 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | 1 Comment »

きのうは、建築家・丸谷博男さんを囲む会に参加。
ポルトガルの建築家・シザさんの建築探訪スライドショーに行って参りました。
たいへん楽しい写真の数々を堪能させていただきましたが、
さらに、集まったみなさん同士での交流会も
氏のお人柄を反映して、和気あいあいの楽しいものでした。
で、そのなかにアメリカ東部の出身の方がいまして、
アメリカ人なのですが、奥さんと北海道での暮らしが長く、
しかも、教師として教えているのが
美術史であり、中心的な研究領域は本地垂釈について、ということ。
まぁ、目が点になるようなお話しで、
そもそも「本地垂釈」ということを知っている日本人、
きのうの会でも、ほとんど誰もいないというのに、であります。
で、そこから丸谷さん、すっかり本領を刺激されたと見えて
<氏は、東京芸術大学卒の建築家として、和の空間デザインが本分>
「和」のデザインについてのスライドショーが急遽行われるという展開。
聞けば、アメリカ人を相手に日本人的な「間」のデザインについて
講演した内容というものでした。
大変、お得な講演会をふたつも体験できた次第(笑)。
そこから、北海道の住宅美学論に話が及んで、
百家争鳴状態に突入してしまったのであります。
丸谷さんとしては、意図的な挑発だったのかなぁ?
で、そうなると、
日頃、北海道で暮らしている日本人としては、
やはりいろいろな意見が、みんなある。
和、というくくりで、北海道も無条件で同じ範疇に入れる
というのが、東京中心の発想だと思うのですが、
わたしは、むしろ、中国から漢字を導入してからの変化と同じくらいの
大きな日本社会の転換が、明治の開国であり、
その後、北海道がたどってきた住宅についての変化の歩みは
日本の住宅文化にとって、
始まって以来くらいのインパクトのあることだったのではないかと思っています。
文化のベースになる漢字の導入も
たぶん、数百年を掛けて日本化の努力が傾けられた結果を
われわれは知っているのであり、
それ以前の日本とは、質的に大きな変化を起こしたことなのだと思うのです。
住宅も、日本人的DNAが、積雪寒冷という条件と格闘する中で、
ようやくにして、技術的に克服する過程にあり、
そこから先にはじめて、日本的感受性との調和プロセスがあるのではないか。
単純に、冬場の猛吹雪を暖かい室内から、
気密にすぐれた3重ガラス入り木製窓を通してながめ、
それを感受する楽しみ、なんていう日本人としてはまったく新しい体験を
わたしたち北海道人は、いま、DNAに蓄積しつつある。
また、写真のような「日本人」とは言い切れないこの島の先住民のみなさんの
こういった空間体験も、わたしたちには、
場所の記憶性、とでもいうようなものとして
持っているのかも知れない(写真は檫文期の竪穴住居内部)。
どうしても、この部分では、
簡単には同意しにくい乖離が存在しているのかも知れませんね。
それが、ヨーロッパでの「北欧デザイン」的なものとして
北海道から発信できるようになるのかどうか
ポイントは、どうもそのあたりのような気がしています。
Posted on 11月 14th, 2010 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »