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Macの「移行アシスタント」

さて、昨日の作業の続きであります。
零細出版社である当社にしてみると、制作環境は
最大の資源環境であります。
東京でやっている出版社は、経営資産の膨大な蓄積があり、
制作を自社で行うようなことをせずに
ひたすらコンテンツの「企画と切り口」で勝負すればいいのでしょうが、
地方では、そうした環境を支える制作会社が存在しない。
勢い、ゆりかごから墓場まで、
自社で制作し、最終形まで仕上げなければならない。
そういう意味で、制作全工程をコントロールできるMac環境は必要資源です。
もうDTP(言葉も古いなぁ)は必然なわけで、
すでに13年くらいは、こういう作業環境でやってきている。
地方でやっている出版企業って、
広告代理店的な仕事を、一方で一生懸命にしながら、
同時に全国大手出版社の企画力とも
一般ユーザー対応では書店店頭で勝負しなければならず、
しかも制作の最終データまで、自社制作せざるを得ない。
当初は、東京の出版社の2倍の仕事かなぁ、と思って始めた仕事ですが、
いま考えると、3倍だったなぁと、しみじみ思わされる次第です。
それなのに、似た業態企業もない中で、自分で試行錯誤せざるを得ず、
どうやってもコストは見合わないようになっているものなのかも知れません。

って、グチみたいになってきていますね(笑)。
まぁ、要するにMacは必需品で、
必然的に詳しくならざるを得ないのが、宿命なわけであります。
で、不安定なシステム7時代からのユーザーでして、
OSがUNIXベースに変わって、すっかりテイクオフして
さまざまなデバイスへの進出が可能になり、
Microsoftがもたもたもたもた、もたもた、し続けている間に、
あっという間に、時価総額で追い越し、大きく引き離してしまっている。
瀕死の状態の時代も知っている身にしてみると、
まさに隔世の感、しきりであります。
で、そのOSの進化と機器の変化が、長年使い続けてきているユーザーに
してみると、資産を維持しながら、変化についていくのは大変。
そういうユーザーへの対応、Macは良心的かも知れません。
仮想化技術を導入したり、
今回お世話になった「移行アシスタント」という便利なソフトを開発したりして
ユーザーの負担軽減を図ってきています。

なんですが、
今回はさすがに参った。
結局、Appleのサポートもかなりの上級の方にサポートしていただいて、
ようやく、移行が可能になった次第です。
長年ユーザーであるのですが、はじめてサポートに電話しました。
本当に窓口の人たちには、親切に対応していただけました。
感謝したいと思います。
まぁ、結論としては、「移行アシスタント」ソフト自体も
どんどん変わる環境のすべてに対応できていない、ということ。
いくつかのバグが明確なのだと思います。
その「こんなはずでは」というところで、
いろいろ、試行錯誤しながらあれこれやっておりました。
で結局は、あるやり方でチャレンジして、見かけ上はフリーズしたけれど、
データ自体はある程度、移行できた、ということになりました。
さすがに疲労困憊、っていうような作業を強いられましたが、
なんとか、新たな環境に移行させられました。
しかし、こういうの、これからもやらされるのかと思うと、
ほかのひとは、どうなんでしょうか。
パソコンを使うことで、人間社会は便利になったのでしょうか、本当に?
っていう気分になっております(笑)。あぁ〜〜、疲れた。

Macの引越し作業

きのう夜から、
スタッフの使用しているMacを入れ替えるべく、
作業を行っておりました。
まぁ何度かやっているので、
設定の最初の段階で若干、手間取ったのですが、
なんとか、クリアできて
「4時間以上かかります」というアナウンスが出ていたので、
家に戻って、睡眠後、真夜中に再び会社に出てみると、
片方のレガシーなほうがフリーズしている。
「まいったなぁ」っていうところですが、
やむをえない、ということで、
いろいろなことを再度チェック。

って書いていたら、地震であります。
石狩地方南部か、中部を震源とするのだそうで、
北海道では珍しい震源です。
震度は3っていうことですが、
札幌市内を震源としているようですね。
だいたい、北海道内で感じるのは日高とか、道東とかが多いので、
今回の震源域は大変珍しいように思うのですが、
さてどうなんでしょうか?

っていうことで、
Macも地震も、なかなかこちらの思うようにはいかない(笑)。
でもまぁ、Macのほうは困ったものであります。
スタッフが休みの日に、移行を完了させておきたいと考えて
はじめた作業だったのですが、
いろいろチェックしてみても、どうも原因がハッキリしない。
コンピュータとつきあい始めて13年くらいですが、
変化が激しいのか、どうにもわからないことが増えてきた。
きっと単純なことなのでしょうが、
その糸口が、摩耗してきている気がする。
第一、HDがマウントされていないことに気がついて
「あれ、なんじゃこりゃー」
って思って、OSのDVDから起動させてディスクをチェックしたら
けっこうHDが問題だらけで、修復を致しました。
で再起動してもマウントされない。
おかしい、ということで、はじめてFinderメニューを開いてみたら、
最近のMacは初期状態では、HDが非表示になっているのですね(驚)。
まぁ、その点は問題解消。
あれこれあれこれ、山ほどどっさり、
試みておりますが、なにが違うのか、あるいは機器に問題があるのか、
まだまだ、問題は解決しそうにありません・・・。
むむむ、困った。

グラスウール断熱材の欠品状況

最近、よくグラスウールの入手が遅れていると聞きます。
住宅エコポイントの影響からか、
とにかく断熱材を入れなければ、
という機運が本州市場で高まっている。
工場は本州地域に多くあるので、
北海道にはなかなか入ってこない、とまで言われている。
以下は、メーカーHP、旭ファイバーグラスからのお知らせ要旨。

一部製品の納期遅れに関するお詫びと品不足対応のための品種統合等に関するご報告
2010年7月28日

 誠に遺憾ながら昨今、一部の製品において納期遅延及び欠品が発生し、お客様並びに関係先の皆様に大変ご迷惑をお掛けしておりますこと、深くお詫び申し上げます。
 現在、住宅エコポイント制度の開始に伴う建材市況の回復に加え、断熱材市場では「次世代省エネ基準」への移行が急速に進んでいます。このため先月後半からも見込を上回る出荷が続いており、この傾向は当面継続するものと思われます。今後も増産体制を継続いたしますが、秋の需要期を迎えるにあたり、生産効率を上げるため一部製品の仕様変更や品種統合を行うことに決定しましたので、ご報告いたします。

っていうような状況のようです。
しかし、一方でこれは構造的な問題かも、
っていうような論議も出てきています。
というのは、グラスウールはリサイクル商品であり、
これまでの社会で多く出回り、回収されていた
ガラス瓶製品が、ペットボトルの普及で急速に減少しつつあり、
今後ともその趨勢は変わりがないのではないかというのです。
たしかにわたしたちの生活上でも、
瓶製品は、その絶対量が少なくなってきていると思います。

そういったなか、
まだまだ高価格という問題点をはらみながら、
「木質断熱材」にチャレンジする企業が出てきています。
苫小牧の大きな工場を建てて、いま、営業展開をしているようです。
木質断熱材は、ドイツなどでは主流であり、
森林管理の過程で必ず出てくる間伐材の
利用用途として、非常に有用性が高い。
日本でも、森林管理、木材産業への注目が高まっており、
大きなチャンスが到来しているのかも知れません。
製品の使用難度というのは、グラスウールと比較しても
特段の違いはないといわれるので、
まぁ、基本的には需給バランスでの製品価格の問題。
そうであれば、この時期は伸ばしていくチャンスではあると思います。

ここにきて住宅業界も活気が出てきていますが、
現場では、グラスウールが来ないので
作業工程に支障が出ているという声も出ています。
そのうえ、長期優良住宅物件などでは
完成納期にゆとりがない、という状況。
さて、どのようになっていくものか、目が離せないです。
<写真は、木質断熱材を使用した模型>

アイヌ食文化を体験

日曜日に、面白い公開講座が開かれる情報をキャッチ。
北海道駒澤大学で、表題のようなセミナーが開かれていたのです。
場所も不案内だったので、やや早めに到着したら、
なんと、試食会もあって、
写真のような昼食が振る舞われていました。
どういったものを食べていたのか、
っていうのは、その文化を知るもっとも根源的な部分だと思うのですが、
そういうようなアプローチはなかなかみられない。
写真左側が、メインの食事で、オハウというもの。
この日は、シャケの大ぶりな切り身が主役で、それにジャガイモ、
大根、ニンジン、ネギなどの「汁もの」です。
右上は、丸いのが芋モチのようなペネコショイモ。
その右側の和え物のような食べ物が、
コウシラタシケプ。(シとプは小文字)
これは、ブルーベリーのような木の実を澱粉質の食材で和えたもの。
甘みがあっておいしいのですが、
その木の実のなかにタネがあって、それを噛みつぶすと苦みが広がる。
右下は、クッキーでして、
シケレペという木の実が中に入っていました。
こういった試食メニューだったのですが、
このほかに、穀類をおかゆ状にして食べる「サヨ」というものも
大きなウェートを占めるのだそうです。
主食の汁物は、どう見ても、食べても「三平汁」。
食味もまったく同じように思いました。
この主食は、中のメイン具材が他の魚になったり、
動物の肉になったりという変化があるけれど、
基本食のようです。
和え物も、まず欠かせない食物ということ。
ペネコショイモというのは保存食として食べ続けられてきたようです。
農耕が行われていなかった、というのは誤解で
コメは、寒冷な気候もあって栽培されなかったけれど、
野菜は畑で生産していたようだし、採集の野草類、木の実などは
どこの場所に行けば入手できるということを
暮らしの知恵として保持してきていた。
コメは日本社会との交易の結果で入手していたし、
それ以外の、寒さに強い穀類、ヒエやアワは畑で作っていた。
脱穀のための水車利用の臼も、二風谷では見ることもできます。
調味料は、塩と、魚のタラから採取するタラ油が基本。
タラ油というのは、魚醬というような意味合いなのかと思いました。
食味としては、淡い甘み付けにもなるということ。
疑問として、食材はほぼ自給が想像できるけれど、
塩はどのように生産したのか、あるいは交易で入手したのか、
そのあたりが、セミナー後、質問もしたのですが、
大坂の国立民族学博物館の佐々木先生も、明確にはわからない、
というお答えでした。
人間には塩分は基本的に必要なものであり、
それがどのようなネットワークで入手されていたのか、
また大きなテーマが浮かび上がってきました。
世界的には、岩塩というのが主流のようですが、
日本列島ではそうでなく、
海水から鹹水をつくり、それから製塩するというのが伝統的。
しかし、そのためには高温条件が必要ではないかと思われ、
北海道島で、そうした営為が行われていたという記録はない。
であれば、貴重な交易入手品であった可能性が高いけれど、
そういう交易記録もほぼないのだそうです。
想像すると、コンブとか海草類を乾燥させて食材に利用するけれど、
それに付着した塩分が、かれらのいのちを支えてきたのか、
それとも、海水を甕に入れて天日乾燥で濃縮されたものをソースのように
利用して調理していたものか、
なかなか、明快な結論には至らない。
文字記録のない社会の分析って、大変ですね。実感する次第です。
あ、全部、むちゃくちゃおいしかったです!
企画に深く感謝申し上げます。
作ってくれた先生と学生のみなさん、ごちそうさまでした(笑)。

一番早く、いちばん遅く…

札幌の街、一晩でまっしろ世界であります。
雪が降り積もると、
ふしぎに朝、静かさが漂う。
で、底が白くなる。
その雪明かりが、家の中になんとなく反映して
寝ていて目覚めて見る天井にほのかな明るさを感じる。
そして、静寂感につつまれている・・・。
「あ、・・・」
と気付いて、起き上がり窓の外を見る。
けっして歓迎しているわけではないけれど、
やっぱりきたのか、っていうような
諦めなのか、
それとも、すごく親しいけれど、
すっかりご無沙汰していた古くからの友人に出会ったような
そんな、ないまぜの感情とともに
この状況を受け入れる。

そんな思いが、北国人には
みんなあると思います。
まぁ、仕方ないのですね。
やるしかないし、生きていくしかない(笑)。
季節が一番早くやってくるし、
反対に、季節が一番遅れてやってくる。
その間、この風景と仲良くし続けていくしかない。
たぶん、この雪が根雪になるかどうかは
ちょっと疑問ではありますが、
でもけっこうな降りようであります。
3時間くらいは降り続けているので、
その前の降雪を考えても、けっこうな量のようであります。
場合によっては、今シーズン初の雪かきもありえる?

きのうは、往復で180kmくらいの遠出もしたので、
やや、カラダがあちこち、痛め。
どうも情けない体調なのですが、
やらなきゃならないかも知れませんね。
なんとか、もうちょっと先延ばしできれば、
と、こい希う次第ではありますが、
冬将軍様、ご機嫌はいかがなのでしょうか?

米韓軍事演習

さて、本日から12月1日までの日程で
米韓軍事演習が黄海で行われる予定。
先週の韓国軍による北朝鮮近海での演習と、北朝鮮による砲撃、
それによる韓国領土での民間人の死傷者発生。
こういった緊迫した情勢の中で
人員6000人を載せたアメリカの原子力空母ジョージ・ワシントンを
主軸に、実戦さながらの演習になると思われる。
この演習期間中、日本の閣僚は関東圏内での禁足令が出され、
情勢変化に随時対応する予定だと言うこと。
中国から韓国に、アジア問題の最高責任者が急遽訪問して
外務大臣と会談するなど、緊迫したやりとりが見られる。

アメリカの真意は、さてどこにあるのか?
軍事的な意志は、当然、深く秘されるものだろうから、
どうしようと考えているのかは、闇の中。
場合によっては、交戦状態に突入することを
狙っているのかも知れない。
軍指令者にそのことを許可している可能性がある。
経済的危機、先の中間選挙での与党の敗北などの
きわどい状況に置かれ「激怒」したと伝えられている
アメリカ最高司令官は、どういった決断を下すのか
危機を突破する手段として、
戦争というのは、きわめて持ち込みやすい論理だ。
どうも、きなくさい匂いが漂う気がする。
北朝鮮に対する国際的な世論誘導も、即座に出てきている。
3代続けての世襲による権力委譲に対して、
軍内部で不満が極限まで高まっている、という真意定かならぬ情報の流布。
沖縄米軍基地問題での日本政府のジグザグ。
さらに、そういう日米関係を見越しての、
最近の中国・ロシアの領土問題での日本への露骨な干渉。
そういう情勢へのアメリカとしての意思表示はどうあるのか。
アメリカの軍事的世界戦略として、
ここで、単なる示威行為として穏当にことを納めるか、それとも。
米中のやりとりでも、
アメリカの威信を傷つけるような発言が中国側からあった、と
伝えられている。
「アメリカが北朝鮮と対話しないからこんなことが起こった」
と、中国側アジア問題責任者からの発言があったといわれている。
このような状況を総合すると、
どうも、なにが起こるかわからない一歩手前。
北朝鮮側にしてみると、
目の前で敵主力が軍事演習を行ってきているわけで、
国内的な問題を抱え続けてきて、自制的に行動できるのかどうか、
権力の基盤の強弱も含めて、不明点が多すぎる。

どうもこの週末は、このことから
目が離せないと思われてなりません。

師走直前

札幌の大通公園では、12月にはいると
「ホワイトイルミネーション」という電飾飾り付けが行われます。
公園の植栽に電球を取り付けるので
自然の形状と電気の明かりがコントラストを見せる。
住んでいる人間からすると、
ようやく、季節感に結びつきはじめたかなぁ、というところ。
この間新年が始まったと思うまもなく
師走の到来であります。
雑誌という業態が大きな曲がり角に立っている中、
年々、きびしい状況にさらされていると感じます。
インターネットというものや、パソコンというもの、
それと90年代以降の世界のフラット化の進展が同時進行して、
これまでの社会を大きく地殻変動させているのでしょうね。
避けることのできない大きな変化の中で、
先の見えにくい状況が深まっていると感じます。
メディアというのは、いろいろな役割があると思いますが、
こんな状況の中でも、
あらたな出版にチャレンジはしてきています。
どっちかといえば、メディアの役割の中で、
わたしどものような住宅雑誌の役割って、
切り口や、テーマ性で、コミュニケーションを発見し、
それを拡大させると言うことが、一番大きいのではないかと
そのように思っています。
いまは北海道版の追い込み作業の真っ盛りで、
同時に、まだまだ企画が目白押しで
年末から新年に掛けて、それこそ団子状態。
なかなか、年を越せるかどうか、ですね(笑)。

それにしても、
いまの社会の変化ぶりはすごい。
人間が変わるというよりも
世界が変わってきている、ということでしょうか。
先日も「ファスト風土」という言葉を聞きまして、
てっきり、マクドナルドや吉野家のことだろうと思っていたら、
ちょっとニュアンスが違う。
確認したら、上記のような書き方だそうで、
そういわれてみて、その表現力の秀逸さに驚いたり。
変化もすごいけれど、
一方で、こういった時代に対して人間の抵抗値も
かなりのアジャストをみせていると感じました。
テクノロジーの進化スピードが巨大で
コンピュータというものが、人間生活に深く入り込んで
人間自身の側でもきわめて深く自己分析が進んでいるようです。
ちょっと前まで、草食系とかいう言葉がはやりましたが、その先を行くように、初音ミクなる、バーチャルキャラへの思いを通して、
恋愛の変化をも語っている若い年代の知性も
出てきているように思います。
まことに、オヤジさんたちには、理解を超えそうな領域に
人間の感覚は立ち至っていると思います。
でも読んでいると、まだ理解できそうな部分はあるし、
そこにギリギリの領域で人間的な葛藤も見えている。
さて、この先、息子たちの年代はどのような航路を刻んでいくのか?
興味もあり、ハラハラでもありますね。

道産家~どさんこ~2×4推進協議会

一昨日は、帯広出張から帰ってきて
そのまま、札幌市内で行われていた道産家~どさんこ~2×4推進協議会
設立の催事に出席、その後、いったん会社に戻って
ふたたびUターンして、また、懇親会に出席しておりました。
会場で、仕掛け人で旧知の高倉さんに声を掛けられて
懇親会まで出させていただきました。

高倉さんは、やむを得ない事情で
起こされていた事業の継続を断念されたのですが、
日本のツーバイフォーの産みの親みたいな方です。
寒冷地北海道の住宅性能としては、
北米の気密性・防火性にすぐれたツーバイフォーが似合うと確信され、
この工法の国からの認定に東奔西走されたのです。
当時、ツーバイフォーは一般工法というよりは
そのころハウスメーカーとして、特定の会社が独占する工法として
許可されそうな状況になったのですが、
高倉さんたち、北海道の工務店ががんばって、
北米では誰でもが建てられるオープン工法であると力説して、
日本でも、在来工法に次ぐ一般的な工法として
当時の建設省に働きかけて、今日のようなオープン工法としての地位を
確立させたのです。
その高倉さんが、ふたたび情熱を傾けて取り組んでいるのが
この道産家~どさんこ~2×4です。
単純には、北米からの輸入一辺倒のツーバイフォー材を
北海道地域の木材で生産していこうという取り組み。
現状では、海外に工業製品を輸出しての産業育成を国策としてきた
戦後日本の産業政策が反映した「円高」によって、
日本の国内産木材は、価格が高いという問題に直面しています。
しかし、より長期的に見れば、
日本は、世界有数の「森林大国」になれる気候条件に恵まれています。
インド大陸がユーラシア大陸に衝突することで生成された
ヒマラヤ山脈が存在することで
日本には長期安定的な降雨条件があり、
それを反映して豊かな樹種の森林が存在し、旺盛な世代更新が行われています。
中国はあれほど広大な国土を有しながら、
木材が常に不足する。
そういうなかで、日本はきちんと取り組めば、
人類にとって最大の「資源」である、木材の供給大国になれる可能性が高い。
そのうえ、木を生かす文化は世界のお手本になれるだけのものを持っている。
このように考えていけば、
国家戦略として、木材を戦略的に生かしていく必要がある。
現状の内外価格差が、流通段階では約2倍だとしても、
なんとか、知恵と工夫でその差を乗り越えて、
大きな産業育成に繋げていくべきだ。
そのうえ、木が増えていくことで、
地球規模でのCO2削減に大きく貢献できる。

具体的な歩みは困難に満ちているだろうと思いますが、
このような志向性は、大いに共感できる動きだと思います。
今後の活動に大いに注目し、盛り上がってほしいと祈念しています。

十勝について

きのう、十勝から帰還いたしました。
1泊2日での移動ですが、
行くたびに、ほかの地域と十勝との違いを痛感いたします。
先住民族としてアイヌの方たちもいるわけですが、
北海道は、主に本州地域からの移民によって構成されています。
で、その移民ですが、
いくつかの流れがあると思います。
函館を中心にする道南地域は、江戸期からすでに
多くの自主的な移民が多かったのに対して
それ以外の地域では、基本的に明治以降に植民が進んだ。
で、札幌や旭川を中心として地域では、
開墾を、囚人労働力で行った地域も多く、
そのあと、あらかたの伐採作業が終わった地域を
本州地域から、農業経験の豊富なひとびとを優先的に入植させた。
比較的に、「管理された」開拓が行われたと思います。
それに対して、道東地域・十勝では
依田勉三さんという民間人が、晩成社という開拓団を組織して
独自に開拓を行ってきた歴史がある。
不思議なもので、北海道開拓の基本構想はケプロンさんの建白書ですが、
そこでは米作は不向きなので畑作中心に行え、
とされていたのに、管理された開拓地域ではそれが実践されず、
米作を中心にしていくようになる。
たぶん、米作農家の入植が多く、かれらは日本人として
米作への希求を捨てきれなかったのでしょうね。
一方で、十勝地方では、管理もされていなかったのに、
畑作中心の、ケプロンさんの建白書どおりの開拓が行われ、
いまや、農家所得が他地域と比べて格段に高い、農業王国が実現した。
そして、こういった地域体験が、
独特の「十勝モンロー主義」とでも言えるような
気概や、人間性を生み出していると感じます。

住宅建築でも、
それ以外の地域が、日本的住宅デザインへの郷愁を色濃く持っているのに対して
十勝では、北米的2×4住宅デザインが
多くの人々から自然に受け入れられている。
日本的感受性を超えて、むしろ合理精神が鍛えられていると思います。
このあたり、まだ、意識的にそのような分析なりアプローチはない。
十勝に、建築系の大学がないせいか、
そういった北海道内での地域的デザインの違いについて
研究しようという動きは育っていないと思います。
しかし、確実に、このような変化は十勝で起こっている。

まぁ、しかし、十勝は広い。
写真は、帰り道、芽室の「円山」という場所から一望したもの。
西側は日高山脈、北側は東大雪の山並みに大きく区切られた
台地状地形に、広大な十勝平野が広がっている。
平野を潤す河川も太く長い。
帯広を中心にして、おおむね人口規模は36万人。
独立的な文化を育むのにもほぼ適したサイズなのではないかと思います。
ただ、いま政府が進めている農業自由化、国際競争の激化、
という方針への転換によって、
この地域がどのような変化を遂げていくのか、
不透明な状況になっていくのでしょうか?

ガラスの建築

写真はきのう、講演を依頼されて行った
帯広の「とかちプラザ」です。
ちょうど、駅南口側は、再開発されていまして、
とはいっても主に、長崎屋の商業施設と、
市の図書館、ホテル、信金の社屋、この建物などで構成されている街区。
たっぷりとした敷地が確保されて、
これから帯広の街の雰囲気を代表する景観になっていくのでしょうか。
信金社屋と図書館は、ガラスとレンガでイメージが統一されていて、
そのようなデザイン要素に帯広を染め上げる意図が感じられる。
悪くはないけれど、さて受け入れられるのかどうか。

で、この建物は、イメージはほぼガラスと鉄骨。
なんですが、外観の印象とは別に、
このガラスと鉄骨は大きな吹き抜け空間を構成するのが主用途。
内部にはいると、がらんとした大空間が展開しています。
むしろ、アトリウムですね。
建築空間は奥の方に一般的RC建築が立ち上がっています。
こういったコンセプトの建物は、
たぶん、全国で建てられているのでしょうね。
わたしの知りうる範囲でも、仙台メディアテーク、
盛岡駅前のアイーナなど、東京ではそれこそ、こういうのは多い。
日本の建築文化のなかで、ガラスを多用した建築は
いま、ずいぶんたくさん建てられている。
ひとつのプロトタイプがあって、
それを繰り返し採用することで、面としての文化になる。
たぶん、公共的建築の設計採用基準というもの、
だれかの主導的意見で、現代の美が統合される方向に動いていく。
十勝は冬場の日照が飛び抜けていいので、
寒さへの防御性よりも
光の取り入れの方に大きなメリットがある、ということなのでしょうか。
そういったことを、このデザインは表しているのか。
それとも「公共建築」というイメージから、
「透明性」ということが設計表現上、大きなテーマになるものなのか。
まぁいろいろに考えられるところですが、
さて、冬場の暖房用光熱費はどれほどになっているのか、
すこし、興味を持たざるを得ないところ。
日射取得することきはたぶん、少なくて済むと推測できますが、
曇天時から、雪の時など、
どれほど掛かっているものか。
それと、そういったことを含めて設計コンペの
判断基準ってどんなものだったのか、
知りたい欲求に駆られます。
まぁ、こういうアトリウム空間は北国の生活者としては
憧れの気持ちを持つものであり、
建築体験としてはすばらしい。
よく東京にある、壁面全部がガラスというような建築で
日射時は、ことごとくブラインドで遮蔽しているのが多い。
っていうか、日射時が強烈すぎるので、
常時、ブラインド遮蔽している。
それで、エアコンで強制的に温度を下げている。
街中、ガラス面からの反射で、どんどん高温化する、
っていうような光景が展開しているので、
このようなデザインの建物って、
いったい、どうなっていくものか、不安でもあるのです。
みなさん、どう思われるのでしょうか?