
わたし自身は、写真表現にはスキルはないし、
そのスキルを獲得しようという意志はいまのところありません。
それでもミラーレスとはいえ、一眼レフを扱い始めて、
<仕事からリタイヤしたら、あり得るかも>
というような妄想は抱くことがありますけれど・・・。
なんですが、
もし、自分がカメラのスキルを持っていたら、
ぜひ挑戦したいなと思っているのが、札幌の冬の除排雪のときに
いろいろに出現する自然と人間の格闘記録とでもいえる
雪の断面の表情を集めた写真集という試みであります。
ご存知のように、札幌の街は人口が200万人にもなる大都市でありながら、
冬期間の積雪量が6mを越すという世界的に見ても稀有な存在。
「雪まつり」というのは、そういう地域特性を活かした
大きなイベントであり、その発想は悪くはないと思います。
ただし、あまりにも即物的でアートを生み出す起動力として
すでに賞味期限は切れている。
一方で、除排雪費用というのは年間で150億円も計上される
札幌市の恒常的な大出費。
この費用が何らかの形で、残っていけるようなものを
「生み出せる」としたら、ひとつの作戦として、
これをアートにしてしまって、街の芸術家たちにその表現活動を推奨する
という試みをやってみたらどうだろうかと、妄想している次第なのです。
とくに最近は、Twitterや、ブログなど、
ソーシャルコミュニケーションが盛り上がってきているので、
そうしたツールを使って、集大成的な「除排雪アート」HPを作れば、
時間経過による変化も全国に情報発信できるメリットがある。
札幌市民の多くのみなさんが、わが家の周りの除排雪状況を
リアルタイムで写真投稿し、その「面白さ」を
見られた視聴者数でランキングを取ることは可能なのではないか。
そうすると、除排雪費用という形を残さない出費が
あらたな「表現ジャンル」のための環境を形成する資産形成費用として
再生されてくるのではないか。
たぶん、雪の恩恵のない地域の人々のこころに対して、
大いに札幌の街のエキゾチズムを育んでくれるのではないか。
いや、ひとり札幌だけがその情報広場である必要はなく、
ひろく世界の多雪都市全体で、こうした偶然性アートを共有させられないか。
そんな妄想が繰り返し、わたしのなかに芽生えてきて仕方がないのです。
自分でも、冬にクルマを走らせていて、
ビックリするような偶然の造形美を発見することは多いけれど、
それを残しておくことはほぼ不可能。
しかし、最近のデジカメの「位置情報」データまで勘案すれば、
大いに札幌や多雪都市のビッグデータが得られるのではないか。
多額の費用を傾けての除排雪の様子を窓の外に見ながら、
そんな妄想が膨らんでおりました。
いやはや、うんざりゴッチャリ大雪の札幌なう、であります(笑)。
Posted on 3月 5th, 2013 by replanmin
Filed under: 「都市の快適」研究 | No Comments »

友人から、札幌市東区の「モエレ沼公園」のガラスのピラミッドで
音楽会をやるから聞きに来い、という案内を受けた。
この友人というのは高校時代からずっと交友のあるヤツで
頭はいいことは折り紙付きだった。
学園紛争華やかな時期の友人たちなので、
そういったスネに傷は受け続けてきているのだけれど、
バリケード封鎖の中から試験を受けに行って
北大にトップで合格した学業以外にも、音楽的にも天才の誉れ高いヤツで
誰にも理解不能(笑)な「音楽」を継続してきているようなのだ。
高校生時代から、そうした音楽活動を始めて
北大でも、継続的にやっていたようだけれど、
その時期はわたしは東京暮らしだったので、接点はない。
で星霜を経て、いまは臨床医を経て高齢医療に取り組む一方、
最近、この音楽活動への思い、もだしがたく、
再度、知人たちを巻き込んで音楽的な挑戦を開始し始めたようなのだ。
高校の時に聞いた音楽は、「分離Ⅳ」という作品で、
そのあまりのわからなさが大受けして、当時吉本隆明の著作以上に
母校では心酔する連中が続出していたのだ。
ただし、その音楽について正面から質問しようと考えるヤツはだれもいなくて、
一度、北海道の音楽界では名の知られた当時の高校の音楽の先生が
「Yくんのあの作品は●▲が、△○したものなのだね?」
という呪文を発した以外、誰も論評することをはばかられていたのだ。
ちなみにその先生の言葉に対して
「まぁ、そんなところです(笑)」と答えていたというから、
なかなかに人への暖かみは感じられるヤツなのだ(笑)。

今回のガラスのピラミッドでの音楽会、というのは、
プログラムに書かれたテキストを読んでみると、
かれが北大時代に行った「アクエリアスの春」という現代音楽の再演が
大きな動機になっているということだそうだ。
たまたま訪れたガラスのピラミッドに強く音楽活動再演の刺激を受け、
この巨大な「残響空間」にふさわしい音楽として、
アポロ13号の宇宙遭難事故で母船として、
奇跡的な飛行士たちの地球帰還のために働き、その任務を終えて
大気圏に燃え尽きたコールサインネーム「アクエリアス」への鎮魂音楽を
この場所で再演したいと思ったのだという。
ガラスのピラミッドは、残響がすさまじい空間で
たとえば拍手すると、鳴り終わってから数秒してから
そのさっきの音が耳に帰ってくるという恐ろしい空間。
でもだからこそ、単音で勝負するような楽曲には
まさに宇宙的な広がりを感じさせてもくれる。
「アクエリアスの春」は、
解題テキストを合わせて読んでみて、確かにこれは、
地球と宇宙船との間で交わされていた交信音に着想したに違いない
ある種の「音楽」であることは間違いないと理解出来ました。
この会場でこそ、この曲はふさわしいと思わされました。
確かに、かれの直感は正しい。
高校時代とは違って、
こういう難解な音楽に、わかりやすい宮崎駿さんの映画音楽などを
たっぷりと食前酒として配したり、
また仲間作りも、人間的な円熟さで包み込むように組織していたりしていて
ほほえましく音楽鑑賞させていただきました。
終演後、アンコールを申し入れたら、
「ない」と笑って返されてしまいました。
ふむふむ、しょがないか(笑)。
Posted on 3月 4th, 2013 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

きのうは北海道地方全体、地吹雪もようの天候で
クルマの運転でもなかなかの危険を感じるような1日でありました。
就寝前には猛吹雪状況。
やれやれ、これは明日の朝にはどうなっているか、と
パジャマに着替えて就寝しようとしたら、
戸外が明るいし、なにか騒がしい。
どうしたんだろうと思っていたら、
家のすぐ近くのお宅の玄関前で立ち往生しているクルマがありました。
どうも吹きだまりの箇所では雪の深さが深いようで
ハンドル操作もミスを連発して、急発進ばかりさせているようで
どんどん自分からタイヤを空回りするように焦ってばかり居る感じ。
そこに救助にきていたクルマを見たら、これかよの、軽自動車。
立ち往生しているのも、1000ccクラスのクルマのようでしたが、
やれやれ、といったところ。
こっちも眠る寸前で、明日の雪かきを考えたら、助太刀はちょっと勘弁して欲しい。
なんですが、ほどなくして大袈裟な除雪を済ませて、
救助にきたみなさん大人数5人懸かりくらいで
クルマを押して,脱出しておりました。
別にそこまでしなくても脱出は出来たと思うのですが、ご苦労さんでした。
で、駐車した目的場所を見てみたら、すぐ近くですが、
最初あった方向とはまったくの反対方向。
いったいハンドル操作の顛末はどんなものだったのか、意味不明でした。
どうもそこまでしなくても
クルマをうまく発進させれば問題は大きくならないようでしたが、
雪に慣れていない人は、ハンドルを急角度にしたり、
ゆっくり雪を噛むように、という運転が出来ていないようです。
着ている外套も、わたしたちのようなダウンではなく、
どうも羽毛も入っていないのではないかと思われるような薄手のもの。
除雪具もオモチャのようなスコップでやっていて、おいおい、というところ。
靴も長靴ではなく、どうも雪への対応が考えられていないスタイル。
しかも、あちこちに掻いた雪が散らかされていて
翌朝、わたしたち周辺の居住者がその後処理をしなければならない。
まぁやむなく、朝早くから雪かきして残雪の整理整頓もしておきましたが、
今年の札幌は、例年にない大雪なので、排雪の場所にはみんな気も使っている。
まぁ、お互い様とはいうものの、
なんだかなぁ、という気分もいたしますね。
Posted on 3月 3rd, 2013 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

わが家は、外壁に煉瓦を使っています。
構造をコンクリートブロックで作り、その外側には
断熱材を施工する「外断熱」を行って、
その断熱材を保護するように、もう1層の「外皮」が必要になる。
断熱的に言えば、それは断熱材を保護する意味合いが強く、
どんな外壁層でもいいということで、
じゃぁ、なんにしようか、と話していって、
設計者と意気投合したのが、煉瓦で外装するということだった。
北海道で建てる家であれば、その地域らしさということは
無意識であっても,当然考える。
そんな思いを表現するとすれば、素材はやはり煉瓦になる。
でも、施工費用はどうしても高くなる。
本当に使えるのか、なんとかなるでしょう、ということで踏み切った。
ただ、全面はやはり費用的に無理だし、
デザイン的にも,もう少し軽い素材とのコンビネーションで考えた方が
面白い効果が出るのではないかと考え、
当時きわめて珍しかったガルバリウム鋼板と、木張りの3種類の
合わせ技とすることにした。
で、「本煉瓦一丁積み」という手法で家の一部を包み込んだ。
建物正面側ばかりでなく、裏側にもしっかり積み上げることにした。
ふだん、人目につくことはないけれど、
そういう部分こそ、本物を使おうということになった。
いま考えてみると、そのあとの人生の過ごし方で、
その新築の時に決めたようなことって、
示唆的であったのかも知れないと気付くことがある。
きっと「こうしよう」と決めたことって、
その内容は、その人間の正直な気持ちに内発しているということなのでしょう。
いまでも、この煉瓦外壁には深く愛着を持っている。
そんな機縁だったのですが、
建ててから22年のことしも、ごらんのような白華が出ている。
気付いてみていただければいいのですが、
北海道庁旧庁舎、通称赤煉瓦庁舎でも、建築後130年近いと思うのですが、
いまでもこの白華が見られます。Wikipediaで見ると
白華(はっか)とは、コンクリートやモルタルの表面部分に浮き出る白い生成物のことである。これが浮き上がる現象を白華現象(エフロレッセンス[英]efflorescence)という。
コンクリート内部(表層部)に侵入した水分が、蒸発する際に石灰分などの可溶成分とともに表面に染み出し固まる(一次白華)、もしくは空気中の二酸化炭素と反応して固まる(二次白華)ことによる。
白華現象は、コンクリートが固化する際の水分量、骨材、混和剤など多様な原因が関与して発生するものと考えられている。
ということであります。
人によっては、嫌がったりされる方もいるようですが、
煉瓦という素材が本物である証明のような気がして、
わたしはむしろ好きです。
毎年、いろいろな部位に出てきて、まぁ、楽しい。
「えくぼ」のようなもの。
結局、素材は呼吸するように生きているのでしょう。
それを全的に支配しようと考えるのではなく、
対話しながら、その暴れん坊な個性を愛でる、というようなことでしょうか。
連日に渡った大雪かきの合間に、
ふと見上げて、ことしもこんなふうに出ている白華を
ニコニコと、眺めております。
Posted on 3月 2nd, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

なかなか春の訪れの感じられない札幌ですが、
きのうは夕方くらいまでは、気温も上昇し雪解けも進んだ感じであります。
さすがに、もう雪は勘弁して欲しいという願いが
ようやく神さまに届いたものか、と
思って見ていたら、3時過ぎくらいから一時は激しい降雪。
むむむ、というところであります。
なんですが、
気温が上昇していた昼過ぎには
ふと気付くと事務所のわたしのデスクの目の前の「ヤマボウシ」の木に、
2羽のつがいの野鳥さんがやってきてくれました。
キーキーという鳴き声が、おおお、と懐かしい。
それが2羽、なかよく樹上でなにやらついばんでいるかのようです。
ヤマボウシは、樹液が甘いのできっとそのような残滓をついばんだものか。
しばし、隣のブースにいるカミさんを呼んでふたりで見とれていた次第。
「春告げ鳥」というのはウグイスのことというのが、
北海道を含んでいなかった歴史時間での日本の「花鳥風月」季語ですが、
北海道では、やはり季節感は大きく違い、
ウグイスにそのような季節感を感じることはない。
わたしは、自分で家を建てた21年前までは
ビジネス街に事務所を構えていたので、いまの札幌市西区山の手のような
ときおり野鳥が訪れてくれるような環境には居ませんでした。
で、やはり拠点を移して以降、
季節感がカラダで感じる部分で甦ってきてくれるようになった。
そうなってくると、毎年この時期に巡り来たる野鳥に、
ほのかな春の季節感を感じるようになってくる。
それがこの写真の名の知らない野鳥さんなのであります。
「キーキー」とやや興ざめなうるさいようなさえずりなので、
たぶん、あんまりポピュラーな存在ではないのでしょうね。
しかし、わたしにはこの土地に似つかわしい、
そして春がもうすぐそこまで来ているよ、と告げてくれる鳥なのです。
なんとか名前を知りたいと思うのですが、
なにせ野鳥のこととて、じっと人に問うように目の前にいてくれることがない。
写真なども撮れた試しはなかったのですが、
きのうはほんの1mほどの窓の外に居続けたので、
首から下げていたiPhoneで近接写真も撮ってみたのです。
どなたか、この鳥さんの名前をご存知の方、お知らせいただけるとうれしいです(笑)。
頭の先から尻尾まで、おおむね20cm以上。
スズメの3倍くらいはある感じでしょうか。
つがいでまことにかわいらしい仕草をたっぷり披露してくれました。
春遠からじ、なのかなぁ・・・。
Posted on 3月 1st, 2013 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

写真は宮城県内の武家の古住宅建築。
門のフレームで区切られた先に、均整の取れたプロポーションが端座する。
屋根の架かり方が、なんともその量感といい、
質感といい、そして姿形といい、なかなかに見事。
入り口の開け方もいいですね。
おもわず、釣り込まれるようになかに入っていってしまった。
建材も決して豊富ではない時代にあって、
それでもそこそこにいい建材を使えていた、いい建築が
残り続けることで、顧みるよすがが保存されていく。
考えてみると日本の現代って、こういう古建築に対して
たいへん配慮するようになっている。
西洋近代の工業化、合理化を受け入れた結果の経済的繁栄による富の一部であれ
こういった過去の保存に費やし始めているのは、いい。
こういう積み重ねが、やがて大きな文化資産になっていくと思います。
さて、今年もあっという間に2月末。
バタバタと過ぎる時間もあり、またなかなか進行しない案件もある。
しかしそれにしてもあっという間に時間は過ぎて参ります。
ことしは、当社の発行するReplan北海道が創刊25周年で
通算での発行号数が100号に、この3月で到達いたします。
その進行が大車輪ですが、3月23日には札幌大通り地下歩行空間で
ささやかなイベントも行う準備を進めております。
時期が迫ってきたら、ご案内させていただきますが、
まぁなんとかやってこられた、というのが実感であります。
そういった準備もこれから追い込み時期。
時間は、本当に早く過ぎていくばかり、であります。
Posted on 2月 28th, 2013 by replanmin
Filed under: 古民家シリーズ | No Comments »

先日見学取材してきた、大崎市古川の家です。
茶を楽しまれている方で、
寒冷なこの地でも、そういった住宅を希望され実現した住まい。
茶室という文化は、
建築の様式にまで昇華した日本建築の面白い領域です。
日本人ではあるけれど、やや断絶感のある北海道の人間からすると
どうもそのままでは受け入れにくいものがある。
「簡素さ」「侘びサビ」というイデオロギーを優先させた建築になれば、
どうしても北国的な環境では問題が出やすくなる。
「にじり口」などは、どう考えても熱環境的には実現不可能。
形式化し、様式化した、硬直的なデザイン優先志向は寒冷地建築とは合わない。
どうしても実現させるとなると、
そこの「断熱欠損」を飲み込んで、全体でどのようにマイナスを少なくしていくか、
と考えて行かざるを得ない。
そういった簡素デザイン志向と寒冷地建築との境界線が
古来、宮城県地域だった歴史時間が日本にはあるのではないか。
そんなふうに思っています。
しかし最近、東日本大震災での応急仮設住宅を木造で建てた
筑波大学の安藤邦廣先生と知遇を得て、
その研究事跡を知って、著作も読ませていただいて、
目の覚めるような思いをさせられております。
先生の研究では、利休を頂点とする「数寄屋建築デザイン」とは、
それまでの日本建築に対して革新的な潮流であり、
戦国からの「復興期」にあたっての「応急仮設」的な建築手法であり、
きわめて合理精神に根ざしたものだったとされているのです。
繰り返された戦争の世紀がようやく終結しそうになって来たころ、
京都の街の建築の復興に当たって、
決定的に「木材建材」が不足していた。
それを解消するために「京都北山」で、生育の早いスギ材を大量に植林を始めたけれど、
それでも大きな径の木材資源にまで育成するためには
30年はかかり、そのうえ、間引きなどの手間を掛けていかなければならない。
そういった時代背景において、
経済の主体でもあった京都の町衆たちの指導層である利休は、
この間引きされた細いスギ材も建築材料に利用することを考えた。
待庵などの建築で使われたスギ材の細さはそういう結果だった。
そして応急仮設的な住宅空間の「広さ」も、合理性に基づいて再検証すれば、
4畳半という規格サイズに収斂できると考えた。
天才たる利休は、さらに面積を削っていって、
極小空間でも、最低限の人間動作が可能だと突き詰めていった。
さらに壁も、木材に代わる材料として豊富にありながら、
それまでの建築概念からは想像されなかった、竹で「木舞」という下地を作り、
その上から、ほぼ無尽蔵にある「土」を塗り固めて造作した。
資源はないけれど、人的労働力は豊富にあった時代環境に即して
合理的に考えられていった建築手法総体が総動員された結果の建築スタイルが
「数寄屋建築」の本質なのだと解明されているのです。
土壁の手法において、土内部の空気をできるだけ極小化させるために
「叩き付ける」ように施工するプロセスなど、
その時代の建材状況の中で、「気密化」を追求した結果だというのです。
合理的な「性能追求」の姿勢がその技術の中核において行われている。
こうした知見を得て、
そうであれば、その時代精神はむしろ今日で言えば、
高断熱高気密住宅の方が、
利休の創造した世界観に近い建築運動になると思わされたのです。
まぁまさにコペルニクス的な転回とでもいえるでしょうか。
長くなってきました、今日はこの辺で。
このテーマ、ときどき、触れてみたいなと思っています。
Posted on 2月 27th, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

いやはや、猛烈であります(笑)。
きのうはついに、朝はもちろん、その前の日深夜にも徹底的な雪かき。
朝は、その整理のような状況でしたが、軽く整備的な雪かき。
まぁこれでさすがに峠は越えたに違いないと
思っていたら、午後、夕刻から窓の外が見えないような
「ホワイトアウト」の超大雪の到来・・・(泣)。
少し大雪が収まらないと雪かきに立ち向かうにしてもどうしようもない。
自宅に帰る時間、午後8時頃になってもどうしようもない状況なので、
やむなく通路部分と、駐車場のクルマ周辺だけを除雪して
家に戻って,軽く腹ごしらえ。
といっても、家でもあらかたの雪かきを済ませなければ
玄関にも入られない。なんとか、応急的にやってから夕食を済ませ、
本格的除雪モードに着替え、まずは自宅部分を粗ごなしに片付け。
それから、まだ残っているスタッフのクルマの位置を入れ替え、入れ替えしながら、
事務所駐車場と通路部分の全面雪かきであります。
さすがにめげて、つい独り言ながら愚痴も出てしまいました。
しかし、カミさんは、こちらは冷静に雪かきしようという心強い対応。
大いに反省させられて、えんやこら、であります。
で、カミさんはまだ仕事が残っているので、会社に残って残業。
わたしは、さすがにどっぷり疲れて爆睡。
でも、午前2時過ぎに起きたら再びの積雪状況(泣)。
事務仕事をパソコンで片付けて、
再度、朝5時から自宅周辺の徹底的な除雪。
さらに事務所駐車場の除雪を行って参りました。
いま、午前6時でありますが、本日の営業は終了したい心境であります(笑)。
日曜日を挟んだここ数日は、
天気予報でも、この冬最強の寒波到来、とは言っていましたが、
しかし、ここまでの積雪もかなり異常なペースだったので、
「もうそろそろ、神さまも許してくれるのでは・・・」と、
淡い期待も掛けてはいたのですが、
無慈悲にも、徹底的な鉄槌を神さまから下されたような札幌の街であります。
昨年、災害救助法の適用まで受けた岩見沢のことを可哀想に、と
言っていたのでありますが、
まことに身に染みる積雪の過酷さでありますね。
まずはこの積雪状況を克服することから。
ひたすら、お日様のお力を願いたいものであります。
春を待つ北国人の思い、切なるものがある次第。
まぁ、こういう辛さがあって、
なおいっそうの春の実感が深まるものなのでしょうね。
そういえば、きのうは青森の方から電話連絡を受けておりました。
彼の地、酸ヶ湯では積雪が5m以上という新記録樹立とか。
もう、お互いに笑い飛ばすくらいしかない心境になりますね。
北国人同士、力を合わせて、っていっても合わせようはありませんが(笑)
エールを送り合いながら、冬を乗り越えたいですね。
ふ〜〜〜〜、がんばるぞ。
Posted on 2月 26th, 2013 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

最近、北海道から本州地域へと活動領域が拡大して
感受性の部分でも、いろいろに邂逅を感じるようなことが多い。
写真は宮城県の登米で取材した住宅の室内風景。
古民家を探訪して歩く無意識の目的のなかに
「日本人的な感受性」の再構築・再確認があると思い至ります。
北海道美瑛で創作活動されている日本画家・後藤純男さんの作品には、
日本的感受性である「花鳥風月」というものが、
日本人が明治以降開拓した北海道という北の大地でどのように変遷するのか、
というようなテーマが迫ってきます。
そういう日本が出会った北の寒冷気候の厳しさという考え方・見方というのが
現代日本ではまだまだ多数派的な受け止め方だと思うのですが、
わたしのような北海道に生まれた日本人であって、
すでに日本的な「夏を旨とした」家づくりを一度否定した後の
住宅環境を基本とした見方を持っている、そういう種類の人間からすると、
今度はその先に、もう一度「温故知新」的に「日本的なるもの」を
再発見したいと思っている自分があります。
たぶん北海道から本州以南地域日本への、民族的な「恩返し」に似た思い。
あまりそれとして強く自覚しているわけではありませんが、
どうも、自分自身をふり返ってみて、そんな軌跡が想起されます。
もちろん、そうではなく、
高断熱高気密の家づくりの先の「生活文化性」でも、
むしろ「インターナショナル」な方向に向かう、というのもアリとも思うし、
現実に進んでいる流れではないかとも思うのですが・・・。
でもやはり、日本人であると言うことを再発見する方が、自然なのではないかと
そんなふうにも考えている次第です。
で、なにげなく写真のような光景に出会う。
建築年代は江戸中期にさかのぼるような武家住宅内部の「座敷」から、
広縁を介した先の庭園の冬日を,障子越しに明暗シルエットでみる、
というような民族的な「経験記憶」が想起される。
ここが宮城県であり、季節は2月の中旬であるという外的条件から考えると
きわめて過酷な室内での「寒冷」感を覚悟した上で、
それでもなお、こうした空間の美しさもあるのだと思わされます。
障子という文化は、日本人のこころに染みわたるように、ある感受性を
残してきた文化なのだろうと思います。
それは、ガラス越しの明瞭な外部把握とはひと味違った対自然認識観を
日本人のこころにもたらせたに相違ないと思うのです。
それはちょうど墨絵の表現力にも似た、ある特異な感受力かもしれない。
寒いけれど、その直射の下に居れば、陽光が貯まり来るような冬の日の下
寒錆びたような庭木が、ある「侘びサビ」を伝えてくる。
室内で、じっと採暖のための火鉢を抱え込んだり、
炬燵にくるまったりしながら、春を待ちわびている太平洋側ニッポンの冬。
こんな室内風景に、歴史的な暮らしのありようが見えてくる気がする。
こういう光景の中で、日本人の感受性はどう反応したのだろうか、
そういう想像力も掻き立てられる。
ひるがえって、こういう空間美は
北海道の住宅では、どのように民族的連続性を持てるのか、
とも考えてしまったりする(笑)。
一方でたぶんそんな感受性の伝承はありえないと、醒めきって思ってもいる。
2013年の冬2月、あちらこちらと巡り歩きつつ、
そんななかで感じていることのひとつであります。
Posted on 2月 25th, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

きのう夜に仙台から札幌に帰って参りました。
中小零細企業の経営者というのは、いろいろなことをしなければなりませんが、
やはり働いているスタッフの環境をあれこれと考えるのは大きな仕事。
最近、増え続ける「名刺」管理・活用に一筋の光明が見えまして、
わたしは、自分のMacとiPhoneの間で、
「連絡先」の同期が完成した環境で仕事しております。
たぶん1200〜1300名以上くらいのみなさんの名刺とその情報を
常に更新しながら、いろいろなフォルダ分けに基づいて整理整頓できています。
Macでは写真のアイコンの「連絡先」という機能があります。
これは電話帳であったり、住所録であったりするのですが、
これとスキャナーのOCRソフトが連携できるようになっていて、
その取り込まれたデータが、iCloudというAppleの無料のサービスで
iPhoneにもそのまま、なにもせずに同期されていくのです。
スキャナーはきっとなんでもいいのでしょうが、
Mac用の同梱ソフトとして富士通のScansnapがいい、という評価を聞いていたので
それを採用してみました。
使ってみると大変使いやすく、しかもOCRの精度が格段に向上している。
はじめは、これまでの同様ソフトの使用実感から
評価をあまり信用していなかったのですが、
それでもやっぱり使ってみたい、ということで始めたら、
予測を遙かに超えていたのですね。
あ、わたし、富士通から広告料はいただいていません,念のため(笑)。
しかもMacのソフトとして使い勝手はたいへんいい。
なんと言っても、「連絡先」ソフトとの連携が即座に実行されるので、
使っていて、その使用実感は堪えられません。
しかし、所属企業先の読み込みでは、当然ながら「会社」がデフォルトなので、
公務員さんの所属先は追加入力する必要がある。
それと、個人名でだけのソートは使用する側から言うとあんまり意味はない。
個人の友人関係名簿であればそれでもいいのかも知れませんが、
そういった使い方が必要なほどの数の個人関係って
「友だち5000人」とか自慢するFacebookの金儲け目的利用者くらいでは(笑)。
ということなので、わたしは個人名の頭に会社名をつけて登録している。
だいたいが、個人名で記憶している人よりも
「○○会社の○○さん」というように記憶している人の方がはるかに多い。
まぁそのようなひと手間が必要ではありますが、
わたしの場合は、年末年始の「節句働き」で
粗ごなしに1000人以上データを読み取り、
その後、時間を見ながら少しずつデータ修正に取り組んでいる。
こうしたデータ修正はMac上で行えるので作業効率は非常にいい。
それが異動先でのiPhoneにすべてデータが「電話帳」として格納されている。
「すべての連絡先」のほかに任意の振り分けフォルダが登録できるので
こちら側の必要に応じて、「関係」を整理整頓しておける。
どんな関係先の方でも数秒で電話連絡先・メールあて先にアクセスできる。
仕事の効率化・スピード化に、格段の威力を発揮してくれている。
という自分の環境での実施体験を踏まえて、
これは他のスタッフにもその環境を構築して、
「営業活動の効率化」を進めていきたいと考えたのであります。
が、が、ががが・・・(笑)、
他のスタッフの環境って、驚くほど千差万別であります(泣)。
「おいおい、なによこれ」という状態(笑)。
むむむ、中小零細企業でのIT活用、
なかなかに道は遠いものがあると実感させられております。
う〜〜〜ん、どうしよう・・・。
Posted on 2月 24th, 2013 by replanmin
Filed under: Mac.PC&DTP | No Comments »