
息子が神奈川に住むようになったので
利便性も考え、ここのところ東京出張すると横浜・鶴見に宿泊が増えています。
鶴見だと、東京までだいたい30分だし、雰囲気が庶民的。
交通など通常的な利便性では問題がないし、ということなんですが、
そうすると朝の散歩には、総持寺参詣がいちばんいいということになります。
年寄りなので、そっちのほうがウェートは高くなってくる。
朝5時からおおむね1時間ほど、曹洞宗大本山としての朝の勤行が行われるので
早起きのわたしには、たいへんありがたい催事が毎日ある、という次第。
100円のお布施で束になったお線香をいただき、炎に炙って火を入れ
お参りした後、僧侶のみなさんが集団読経されている様子を拝観できる。
朝の楽しみとして、歳を取ってくると、こういうのがなかなかいい。
ということで、この境内入り口の門をくぐっていくのですが、
この写真は、境内に入って見返したところ。
以下、インターネットで収集したこの門についての情報・抜粋であります。
総持寺三松関〜總持寺の総門。
門前に立って、まず目に飛び込んでくるのが
「三樹松関(さんじゅしょうかん)」と書かれた扁額(へんがく)です。
總持寺中興(ちゅうこう)の祖といわれる石川素童(そどう)禅師が
揮毫(きごう)されたもので、總持寺の祖院がある能登には、
みごとな龍の形をした三本の松樹があったことに由来しています。
この総門は、禅宗寺院の第一門としては珍しく、
特異な高麗門(こうらいもん)の様式で建てられています。
「高麗門」は、文禄・慶長の役が行われた1592年ころから造られ始めた門。
鏡柱と控柱を一つの大きな屋根に収める構造の薬医門を簡略化したもので、
屋根を小ぶりにして守備側の死角を減らす工夫が施された。
柱の構造は、鏡柱2本と内側の控柱2本から構成されている。
4本の柱は直立しており、2本の鏡柱上に冠木を渡して小さな切妻屋根を被せ、
鏡柱と内側の控え柱の間にも小さな切妻屋根を被せる。
<情報抜粋ここまで>
ということであります。
なぜこういうシンメトリーな配置で小さな切妻屋根を載せるのか、
その「用途」がまったく想像できにくいのですが、
まぁなるほどと、了解するしかない。
見ていて、なんか楽しいからいいか、っていうところであります。
だんだんよくなる法華の太鼓じゃありませんが、曹洞宗も考えているなぁ。
寺の本来の「山門」は、この門のさらに200mほど先にある。
俗世との最初の結界であります。
というか、こういう方向から見ると言うことは、動線的には帰り道であり、
俗世に参詣者を送り出す、というような意味合いが強いのかなぁ。
でもふと気付いてからは、この変わった門の容姿を見ていると
だんだんと愛着も感じさせられるから不思議。
宗教建築としての意味って、そういうことなのでしょうかねぇ。
Posted on 10月 4th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

写真は、本日歩いてきた北海道札幌
北海道神宮境内から円山の自然歩道にかけてです。
この自然歩道には途中500m近くにわたる林道が含まれていて
そのなかを気持ちよく歩くのに、この「木道」が渡されています。
ここを歩くのは最大の楽しみに近い。
なんといっても、杉を中心にした針葉樹林で、下草類も適度に繁茂していて
空気の清浄感がハンパないくらい気持ちいい。
今の時期ですと、外気温13度でしたが、
ピリッとしたなかにも、穏やかさのある空気感がたっぷりと味わえる。
森林のフェトンチッドが、全身で浴びられるのですね。
きのう東京・神奈川から帰還してきて、
こういう空気を浴びると、平安な気分に浸ることが出来ます。
なんですが、標識のようなことであります。
なかなか、こういう外部木工事の耐久性には難しさがある。
風雨にさらされている中で、屋根も架けずに外部露出させて
しかも歩く人の自然とふれあうここちよさと利用便利性・安全性を担保するのは
たいへんに難しいだろうと思います。
それも個人の自己責任で行う造作であればまだしも、
このような「公共事業」として行う場合には、
公共としての責任が押しつけられてこざるを得ない。
万が一、この木道で一般人が事故に遭った場合には、
公共の責任が追及される、あるいはそれを覚悟せねばならない。
そういった事情は、誰の目にも明らかであります。
しかし、わたしのような利用者側からすると、なんとか維持させて欲しい。
たぶんそういったせめぎ合いの中で、この木道は現在存続しているのだろうと
そんなふうに想像しております。
何年もこの木道を利用していますが、毎年のようにメンテナンスが繰り返されている。
しかしさりとて、この木質の雰囲気が、金属製に置き換わることは
利用者としては、なんとかやめて欲しい。
また、それが耐久性を担保できるかどうかもわからない。
そんな二律背反的な反芻が、このような光景に出くわすたびに
繰り返し、自問自答させられる次第であります。
それと、管理者としてはこのように大袈裟に注意喚起せざるを得ないでしょうが、
もうちょっと穏便な注意喚起の方法もないものか、
そんなことも考えさせられる次第。
しかし、担当されている工事事業者さん、管理責任の担当の方たちの
現場的な苦労も、痛いほどに感じられます。
どのような維持管理が適切であるのか、いつも思い悩むのであります。
ってまぁ、一札幌市民ですので、なんともならない悩み事ではあるのですが・・・。
Posted on 10月 3rd, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

ご案内が遅れました。
本誌の最新号発売開始であります。
今回は、「平屋」への強い情報要望にお応えしての特集です。
ただ、敷地利用でどうしたらシアワセで楽しい家が建てられるのか、
というポイントで取材を進め、結果としては
「平屋VS高屋」という特集内容になりました。
ぜひ、ご覧ください。
2014年9月29日発売・2014年秋冬号・A4版
本体価格463円(税込:500円)
【特集】敷地のことも考えて 平屋VS高屋
最近人気の「平屋」と、上へ上へと面積を広げた「3階建て=高屋」。
建物の高さがまったく異なる2タイプですが、敷地の特徴を丹念に読み解き、
魅力的な部分は最大限に生かす一方で、
一般的に弱点とされることについては、それを感じさせない
工夫や、逆手に取ったアイデアがあります。
低くすることで叶うこともあれば、高くすることで叶うこともある。
諦めていたことが実現する可能性を大いに感じさせてくれるでしょう。
○case1.街なかの平屋
○case2.高台の平屋
○case3.スキップフロア
○case4.3階建て
Contents
●巻頭特集/ 敷地のことも考えて 平屋VS高屋
●十勝特集/十勝で建てるなら、ココ!
厳選7社の実例とこだわりは必見
●もっと自由に! ガレージハウス
●未来につながる住まいづくり/第1回 YKK AP株式会社
●これからはリフォームに注目!
●連載 いごこちの科学〈東京大学準教授・前 真之〉
●New Building Report 〈新築実例集〉
●連載・ STORY OF ARCHITECTURE
vol.7 函館 蔦屋書店
●北の建築家
「木々と共にくらす家」 照井 康穂
「NORTHERN NAUTILUS」 玉上 貴人
なお、今号から
「事前予約販売」を実施しましたが、
予想以上の反響で、全国各地からの予約購入をいただきました。
北海道の雑誌ですが、全国で「高断熱高気密」住宅性能への関心は
いまや、ナンバーワンの情報ニーズのようです。
高性能な家の実際の雰囲気、デザインはどんななのだろうかと
そのポイントに大きくこだわった当誌への感心があるようです。
直販もありますので、どうぞよろしく。
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b1hok/h106/index.php
Posted on 10月 2nd, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

ことし2月に経産省の肝煎りで住宅エネルギーの極小化に挑む
「エネマネ」が東京で行われた。
世界的には「ソーラーデカスロン」という各国代表による学生たちの
住宅コンクールが行われている、その日本版というのが位置づけでした。
で、東大・慶応・早稲田・芝浦工大・千葉大の5校による
実際に建てられたモデル住宅での省エネルギー競争で
コンペティションが実施され、東大チームがダントツで優勝した。
エネルギー使用実績で他大学チームに対して
ダブルスコアでの圧倒的な勝利でした。
この大会の模様については、その当時も触れていますが、
その後の推移も含めて、旧知のPVソーラーハウス協会全国大会にて
発表があると言うことで、取材してきました。
東大チームは前真之准教授のチームが中心的に関わり、
基本的には、断熱の徹底〜Q値1.3レベルの住宅性能の実現。
日射取得の徹底的活用。
さらに、潜熱蓄熱材を利用した熱のコントロールなどの
大きく3つの要素技術に着眼して、
さらにそれの制御手法をマネジメントして成果を収めました。
要約すれば、「断熱・日射取得・蓄熱」という基本要素を
徹底的に解析して、いわば「どパッシブ」な手法で勝利したといえます。
その詳細なプロセス、検討過程からシュミレーション、
制御方法の検討、実施に至るまでの報告がされた次第です。
午前中は直接がんばっていた学生さんたちによる発表。
引き続いて午後には指導した前真之准教授の講演がありました。
こうした住宅エネルギーの制御技術については
Replan誌面で前真之准教授に、連載で書いていただいているので
その詳細についての開示が聞けて、大変有益でした。
このエネマネもきっかけとなって、
「蓄熱研究会」が定期的に東大で開催されるようになって来て
また、全国的にもさまざまな動きが始まってきています。
いずれ内容をまとめて、紙面などを通じて発表していきたいと考えています。
前先生の発表は何回も聞いていますが、
今回、とくに気になったのが現状の日本の製造業技術について
総括的に触れられた部分でした。
東大工学部というのは、日本を作るという目的意識を持っている
そういった存在なのですが、
現状の日本のものづくりのスタンスが、あまりにもガラパゴス化していて
目先の日本市場での優劣のみに明け暮れるような構造になっていて
フラットな視点を持てず、世界市場の中で大きく停滞している
というような見方を披露されていました。
端的には「ウチワの論理」が、すべての組織に蔓延していて
ちょうどローマ帝国がゲルマン人に暴力的に滅ぼされるまで
ウチワだけの目先競争に明け暮れていて滅亡してしまった故事に
きわめて近似していると語られていた。
日本の大企業、官僚組織などに深く触れる機会が多いだろう先生から
そのような警句が発せられていることは、重く感じさせていただいた次第。
やはり多くの局面で見聞きする実態からも見えますが、
今日のニッポンが抱えている大問題は、そのあたりなのでしょうね。
「8〜9割は、もうニッポンはダメになるでしょうが」
という語り口には、しかし、戦闘的なパトスも感じたところです。
Posted on 10月 1st, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

きのうから東京に来ています。
って、あ、泊まっているのは神奈川県ですが(汗)。
夕食は坊主と、その友人に栄養補給をさせられました。
で、神奈川・横浜といえば、ということで中華街の予定だったのですが、
なんと、焼き肉を食いたいという強い希望。
中華なら、わたしもなんとかシェアできるのですが、
焼き肉では、なかなかいっしょにバクバクとはいかない。
5箸、6箸くらいで油分がハラに来る感じであります。
仕上げにビビンバや冷麺がちょうどいいくらい。
なので、その後は若いふたりの食欲をニコニコしながら
感嘆しておりました。
それにしても、まぁ、よく肉をたくさん食べること、食べること。
親のゴチだからか、食べられるときにいっぱい詰め込む感、ハンパない(笑)。
しょがないですね。若いことは良いことだ。
で一方、写真は中高年夫婦手作りでの、きのう朝の食卓であります。
それも朝早く、6時頃にできあがった食卓。
思い立って突然写真に撮ったので、申し訳ありません、食べかけです。
夕食の余り物の挽肉とナスの中華風炒め和え。
カミさん好物のトマト鶏肉煮込みスープ、
ほうれん草と油揚げの和風和え物、
青物入りの玉子焼き、
そして、白米・黒米・黒豆・玄米・ムギの5穀米です。
やはり年代の差、ということでしょうね。
こういう彩り豊かな食事に、無上の楽しさを感じております。
最近はこのバランスの5穀米に依存症気味(笑)。
ふつうの白米にはない、歯触り、食感の多様性が大好きです。
こういう主食があると、少量でも豊かさを感じられる。
それと汁物1品、プラスおかず1〜2品というのが、わが家の定番。
っていうか、最近のわたしの食事の基本であります。
帰省中には、坊主にもこの5穀米を食べさせて、
それなりにいいとは言っていましたが、
やっぱり、白米ばっかりの「腹にどっさり入れる」感覚のほうが、
しっくりと来るようであります。
まぁ、年代の違いでしょうかね。
でも、自炊生活、それなりにきちんと作って食べているようで
「今日は300円、きのうは500円」とかと、切り詰め生活で
毎日、食材を買い物して、考えて食事を作っているようです。
食べ物を、食事の満足感と経済コストとのバランスで考えながら、
日々、興味を持って料理に取り組むというのは、
「生活力」の基本ではないかと思っています。
がんばっていって欲しいなと
少し軽くなった財布を抱えながら、若いふたりを見送っておりました(笑)。
Posted on 9月 30th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: おとこの料理&食 | No Comments »

香港はアヘン戦争によってイギリスが租借した都市。
先年、100年にわたったその租借期間が終わって
中国に返還されて以降、1国2制度というような方針で
中国国内とは違う統治形態で比較的に自由な社会が容認されてきた。
それが、徐々に中国共産党の締め付けが強められて、
ついには、首長の選挙に
共産党の意に添わない人物は立候補できないことになった。
そうした流れに反発する民衆の大規模な反抗が巻き起こってきた。
きのう行われた民衆デモには催涙ガスが使われたと言われ、
反発を強めた民衆は、きょう、香港のビジネス街でのデモを予告している。
13億6500万人という巨大人口を抱える国家にして
中国共産党独裁という「人治」という政治形態が今後も機能するのかどうか、
この現代史の最大の疑問符について
ふたたび大きな結節点が訪れそうな予感がしてきます。
折しも、中国が突っ走ってきた改革開放路線による経済成長に
大きくブレーキが掛かり、都市部での異常な不動産価格上昇がストップし、
どうやら、日本の経験したバブル崩壊が、
あの国家規模で起こりそうな状況が差し迫ってきている。
中国という社会が、大きな転換点に差し掛かりそうな気がしています。
未確認だけれど、インターネットでは中国人民解放軍が
香港周辺に部隊移動をはじめているというようなきな臭い噂もある。
少年期に「アルジェの戦い」というドキュメント的な映画を観たことがある。
以下DVD紹介文より抜粋
民族の激しい怒りと憎しみと執念に殺気立つアルジェリアの独立運動を
生々しい迫力でとらえる、ニュース映像のように
緊迫したドキュメンタリー・タッチで見るものの感情と感覚を奮い立たせる。
1950年、フランス政府は北アフリカのアルジェリアで沸きあがった
独立運動を阻止するために、大軍を投入した。
民衆は怒りに燃え上がり、テロ活動に火がついて首都アルジェは騒然、
双方が目には目、歯には歯で復讐する憎しみの非人道的テロをくり返し、
多くの血が流れた。フランス側はテロの巣カスバ地区を包囲して
住民に残酷な拷問を加えた末に殺し、家を爆破した。
独立運動の指導者アリ・ラ・ポワンは若い生涯を閉じ、
テロは根絶されたと見えた。
1960年2月、突如、アルジェの街は群衆に埋めつくされた。
もはや独立の火を消すことはできない。
出演者の大部分は現地の素人、実際に独立運動に加わった者も少なくない。
主導者はフランスの暗殺者の手で消されてしまうのだけれど、
その絶望の場面のあと、壮大などんでん返しで
一転してスクリーンにあふれる圧倒的な民衆蜂起がアルジェの街を埋め尽くす。
そのシーンの感動は、あの時代の多くの若者の心を虜にしたと思う。
邦題の「アルジェの戦い」は、まさにその本質を伝えていた。
中国がどうなっていくのか、現代世界は固唾をのんで見つめている。
Posted on 9月 29th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

先日、ちょっと出来た時間で参詣してきた鹽竈神社であります。
現在では仙台市から、多賀城を経て塩釜までは
市街地がひとつながりになっています。
戦国の収束とともに、陸奥国を領した伊達家は、
それまでの伝統的な陸奥国の中心地、多賀城ではなく、
おもに防衛的な観点から、現在の仙台市の中心の青葉山に仙台城を築いた。
で、仙台で神社といえば、大崎八幡宮も知られていて
こっちは社殿建物が「国宝」指定を受けているので
社格も高いように思われているけれど、
本来的な意味で陸奥国の中心的神社は、一宮とされるこの鹽竈神社。
でも、なにか腑に落ちないものがある。
Wikipediaの記述でも(以下、要旨抜粋)
鹽竈神社は、武甕槌命・経津主神が東北を平定した際に
両神を先導した塩土老翁神がこの地に留まり、
現地の人々に製塩を教えたことに始まると伝えられる。
弘仁11年(820年)に撰進された『弘仁式』の『主税式』では
「鹽竈神を祭る料壹萬束」と記載され、祭祀料10,000束を
国家から受けており、これが正史における鹽竈神社の初見と言われている。
さらに延長5年(927年)の『延喜式』の『主税式』においても
祭祀料10,000束を国家正税から受けている。
『延喜主税式』によれば当時の陸奥国の税収は603,000束、
鹽竈神社の他に国家から祭祀料を受けていた3社の祭祀料は、それぞれ
伊豆国三島社2,000束、
出羽国月山大物忌社2,000束、
淡路国大和大国魂社800束であった。
これらと比較しても国家から特別の扱いを受けていたのは明白であるが、
同式の神名帳に鹽竈神社の記載は無い。
また、近世に至るまで神階昇叙の記録も無く、
式外社となったことと併せて朝廷が
一見矛盾するような扱いをなぜしたのか、その理由はわかっていない。
<抜粋ここまで>
同様のことは、熱田神宮についてもあって、
かの神社も国家から「一宮」の扱いを受けていない。
神道は、王朝以来の国家施設管理機構であり、
その内部的な扱いには、それなりの理由があるのだろうけれど、
いま、詳らかにはなっていない。
歴史過程との対比で考えると、立地的に見て、
王朝国家の遠の朝廷〜とおのみかど〜としての多賀城国府と
一体的に運営されていただろうことは見て取れる。
よくわからない経緯があるのでしょうね。
けれど、創建の説話の「塩の作り方を当地に伝えた」というのは、
その当時、相当に大きな事態であったのは間違いないことだと思う。
塩を作るというのは、海産物の交易にとって基本的な産業革命だっただろうし、
たぶん、それの「大量生産」技術のようなものを
この地にもたらして、三陸の海産物を輸出商品とさせたのではないか。
そんな妄想をいだいています。
現在の社殿は、見て明らかなように安土桃山様式の大好きな
伊達家の気風をそのまま表したような金と赤と黒という
極彩色キッチュデザインであります。
単純に、わかりやすくて、楽しいですね。
Posted on 9月 28th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

「百姓から見た戦国大名」という歴史書を読んでおります。
戦国時代というと主に武士の親玉、戦争に勝利した人間を主人公にした
偉人伝記的な認識が刷り込まれやすいけれど、
そんなバカげたことはないだろうと思う次第。
歴史小説家の典型でいえば、山岡荘八などが当たるでしょうね。
あのようなアプローチでは、
たとえば現代での政治家ですら、みんな立派な人間で
社会正義を実現するために立ち向かっている、というような
どう考えても合理性に乏しい歴史判断になってしまう。
まぁ歴代のNHK大河ドラマも、五十歩百歩。
たぶん、みんなそういった醒めた視点は持っているでしょうが、
そういう醒めた視点からの体系的な
歴史分析アプローチ研究には出会ったことがなかった。
そんななか、網野善彦さんの電子本を1冊、読み終わったところ、
Kindleから「こんな本もありますよ」というオススメがあって、
素直に電子本を購入したうちの1冊がこの本であります。
著者は、黒田基樹(くろだ もとき、1965年4月〜)さん。
日本の歴史学者、駿河台大学法学部教授。
専門は日本の戦国時代・織豊時代史で、
相模後北条氏や甲斐武田氏に関する研究を展開する。
というお方であります。
不勉強で、名前もまったく存じ上げませんでした。
『戦国期の債務と徳政』校倉書房(歴史科学叢書)2009
というような著作もある方で、戦国期の社会実態の様子が
その経済的な側面、社会発展的なとらえ方で把握され展開している。
この「百姓から見た戦国大名」という本も、そうした把握が見える本です。
なぜこんな本に惹かれたのかと言えば、
やはり最近の「戦時の状況」をめぐっての国際的な対立ということが大きい。
現代の倫理意識に基づいて過去を断罪するなどと言う
バカげたことがまかり通っている現状が隣国にある。
過去に学んで未来を考えるのは当たり前だけれど、しかし
その実態について、もっと冷静に捉える必要がある。
これまでの歴史において戦争時、どのようなことが起こっていたか?
もっと冷静な歴史の発掘が必要だと思ったのが契機でしょうか。
この本では、といってもまだざっとしか読んでいませんが、
戦国時代の為政者、戦国大名とその地域の民衆が、
どのようにして戦争に駆り立てられ、
あるいは主体的動機を持って向かっていったか、が解明されている。
そこでは、基本的な「飢饉」状況から、他国への侵略戦争によって
「百姓」たちが、「好景気」を謳歌していた実態が解明されている。
武田信玄という他への侵略を旨とした武将は、
つねに甲斐国外に戦場を展開し、それに従う「軍勢」という名の百姓たちには
「乱取り」という略奪行為を、むしろ奨励していたのだという。
この略奪行為には基本的な食料から家財などはもちろん、
当然のように人身売買も含まれ、
戦争後、勝利者側の陣営では戦利品としての
人身売買、女性や奴隷的に使役される子どもなどの
取引が行われていたのだという。その単価も、
現代貨幣換算で2000円とかの数字まで解明されている。
このような略奪経済が、甲斐国内的には好景気を誘発し、
百姓たちに、「いい時代」という意識も生んでいた。
百姓はけっして武家権力側から搾取されていただけの
かわいらしく、いたいけな存在ではなく、
ふてぶてしくどう猛でもある存在として活写されている。
秀吉の海外派兵も、国内では「平和」が実現してしまって
そのような白昼公然たる略奪経済機会を
百姓たちに提供できなくなったことを明示しているのだと。
「一歩でも国の外に踏み出して戦え」というように武田信玄は
遺言したとされていますが、その本意とはそのような「兵の実態」を
証しているということができるのでしょう。
いやはや、読む進むほどに、恐ろしい実態であります。
しかし、まぁ、きれい事ではなく、そうだったんでしょうね。
Posted on 9月 27th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

Facebookで、こんな写真がアップされていた。
添えられていた文章。
「朝日の集金、社長のお詫びのしるしとか、
なんか違うのでは、
産経にしたいが札幌は日配がないので。」
ということ。
なんとも、言いようのない虚脱感を感じざるを得ない。
朝日は今回の一連の「誤報」についてのお詫びを
こういうことで決着させる気なのだろうか?
期を同じくして、ベネッセから500円の「お詫び」の知らせが来ていたけれど、
まさか報道メディアが、こんな対応をするのか?
信じて読み続けてきた人間の尊厳に対して、失礼ではないのか?
メディアとしての姿勢に照らしてみて
自分自身、こういうことで本当にいいと思っているのだろうか?
朝日は、誤報自体については謝ったけれど
いわば「主張」については間違っていませんでした、
という姿勢を維持しようとしている。
しかし、その主張の根拠が薄弱になったことについての
批判に対しては答えようとはしていない。
朝日が紙面できちんと答えていない間に、
その空隙についてすら、朝日以外のメディアが解明してきている。
韓国側の反日団体が慰安婦聞き取り調査の様子の動画を公開したそうだ。
それについては読売新聞が、詳細に問題点を解明している。
朝日新聞は、その事実報道だけしか行っていない。
もし朝日が「主張を貫く」とするのであれば、
こうした反日告発慰安婦の声を、肯定的に、その主張を補強するような
事実の解明を行わなければならないのではないか。
いまの朝日新聞の姿勢に沿えば、このような報道姿勢が、
まだしも、まっとうな対応だと思われる。
朝日新聞を購読しているわけではないので、不勉強で
どこか紙面の果てで書かれているのかも知れないが、
インターネットという、いろいろな報道機関のニュースが並列的に
見られるような今日のメディアが置かれた環境条件の中では
朝日からそのような情報発信があった事実は確認されない。
そういうなかで、この「お詫び」。
・・・虚脱感にも襲われる。
まぁ、こうした販売店の動きからすれば、進行している事態はなんであるのかが
正直に見て取れるとも言えるのだけれど、
こんなことでお茶を濁そうとするくらいなら、
きちんと真正面から答えた方が良いのではないか。
受け取る購読者は、朝日の論旨を信じて購入してきた人たちが多い。
別にモノに吊られて朝日を読み続けている人ではないだろう。
であれば、紙面で起こした事態に対して、もっと誠意を持って対処すべきだろう。
いやはや、情けない。
Posted on 9月 26th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

きのうは、朝自宅を早くに出て
千歳までクルマ移動で、スタッフと合流後、飛行機で仙台へ移動。
飛行場でレンタカーを借りて、仙台のオフィスに立ち寄って
若干の連絡事務を済ませたあと、
岩手県北上まで往復。クルマで約300km。
営業要件の打合せで約2時間。
まっすぐ仙台まで帰還で、往復時間はおおむね4時間。
で、事務所で仙台のスタッフとミーティング後、食事会でした。
どうも、結局移動距離の長さに疲労はパラレルのようであります(笑)。
広域で動き回るのが常態になっていて
こういったスケジュールでもなんとも思わなかったのですが、
さすがに加齢してくると、最近、ややきつい。
たぶんきのうの移動距離は1000kmは超えている。
でも北海道で住宅取材を続けてきているので
効率も考えると、移動距離の常態はどうしても長くなってしまう。
東北で出版を始めた頃、仙台で午前中に打ち合わせしていて、
「午後はどちらにいかれますか?」
と問われて、普通に「八戸に移動して夕方アポがあります」
と答えたら、それこそ仰天されてしまった。
北海道の感覚では、移動が300kmと言っても
そうは感じなくなってしまっている次第。
ただ、そういう「常識」は、世間になかなか通用しないということも飲み込めた。
ただ、こういった出張移動というのは
近年の日本の仕事環境では増えてきていると思います。
航空路線の整備、高速道路網の拡充などなど
交通機関の時間短縮が顕著になってきて
各企業の支店などの統廃合がさかんに行われるようになった。
その状況を活用して急成長したのが東横インのような業態企業。
日本の企業は、これまでの支店拠点を廃止する代わりに
出張で片付けるようになっていったのですね。
そういった動きがまた、交通機関の競争もさらに刺激して
JR以外は、価格競争が本当に激しくなってきている。
ビジネスの環境、これからももっと変化していくでしょうが、
やはり避けられない趨勢なのでしょうね。
さてさて、負けずに体力を涵養しながら、がんばるぞ、っと。
Posted on 9月 25th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »