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囲炉裏内蔵の食卓テーブル

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きのうは十勝幕別から地元建築士会のみなさんが
札幌の建築家住宅見学会に見えられて、ご案内役をやっておりました。
最近、札幌地区の建築家の活動ぶりについて関心が高まっていると思います。
2〜3年前から、こういう見学会を主に建築のプロのみなさん向けに
ときどき行っていますが、こういう住宅って、
実際に目にする機会というのはなかなかないので、
みなさん、いろいろな意味で刺激になるようです。
建築のディテールで気に付いたポイントなどをきっかけに
いろいろな面白い情報や考え方が浮き上がってきて、楽しいものです。
わたし自身、全国各地の住宅建築を目にする機会が増えていますが、
いっぽうで、この札幌地区の建築家のみなさんの住宅デザインのレベルの高さ、
それは、性能をわきまえながら、果敢に新しい空間性に挑戦している
という部分が強く感じられ、フロンティアスピリットみたいな部分でも
北海道らしさを実感できる、ということなのかも知れないと思っています。
いまは、どんどんと新しい個性が、新たな住宅を生み出し続けています。
という前置きは、まぁ、別の機会にまた・・・、
で、写真なんですが、ヒココニシさんという建築家の自邸にある食卓テーブル。
卵を半分に切ったようなかたちで、上部には換気扇。
テーブル面には炉が切ってあって、右側写真のようにコンロが仕込まれている。
さてこういうの、なんていったらいいのでしょうか?
機能としては昔の「いろり」そのものですね。
まぁ、自在鉤は付いていないけれど、付けようと考えればすぐできそう。
室内置きのバーベキューコンロ。
遠赤外線の炭火で、お肉を網焼きするとか、魚の串焼きなんかも楽しそうです。
そして、その焼き加減を楽しみながら、円形のテーブルで
会話も楽しく盛り上がりそうですね。
椅子も長時間座っていても楽なインターナショナルデザインなもの。
そのうえ、このコンロ、よっこいしょと移動させることも出来るので、
外に出て使うことも出来ます。まぁ、排煙の換気扇は持って行けませんけど(笑)。
なんでも、ヒココニシさんのおとうさんは金物職人さんだそうで、
卵形の部分はおとうさんの手作り作品なんだそうです。
この食卓テーブルで、住宅希望の施主さんと打ち合わせると、
「これいい!」というリクエストをしてくれる人も多いのだとか。
わかりますよね、その気持ち。
機能性とデザイン性、たいへん調和も取れていて、
とても楽しい生活装置、仕掛けだなぁと思います。 いかがでしょうか?

オホーツクの森

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他の人が運転してくれているというのは、いいですね。
車を走らせているなかでも、こんな風景の写真を納められます。
石北峠を抜けると、左右になだらかな山地が広がる光景。
なんども取材などで行っている風景ですが、
北海道内、いろんな土地土地で、その風景に思い入れがあります。
ちょうど今の時期だと、山にはカラマツ(落葉松とも書く)の色づきが広がります。
以前、網走近郊の山のなかに暮らしている
絵描きさんの家を取材したことがあります。
ご主人は画を描かれるのですが、
奥さんも、植物細密画を書かれる方。
衛星テレビの電波も届かないほどの緑豊かな森の中に住んでいるワケなんですが、
どうしてこの森に家を建てられたのですか、
と聞いたら、このオホーツクの自然林は北半球でも最高に
植生の種類が豊富な森なんですよ、と教えられたものです。
落葉する、ほぼ北限に使い広葉樹たちと、
常緑の緑をたたえる針葉樹たち、そのどちらもが
豊かに息づいていて、奇跡的な「混淆林」を形成しているのです。
毎朝、森を散歩していると、その豊かな植物たちの
百花繚乱が広がって、本当にその豊かさに圧倒されるのだそうです。
奥さんの描かれた細密画は、実にさまざまな植物たちが描かれていて
その繊細さと、力強い自然力に感銘を覚えたものでした。
一方で、この写真のようになぜ、落葉松の風景が広がったのか、
それは、戦前の国策の結果、落葉松が大量に植林されたものなのだ、
ということも聞きました。
多くは鉄道の枕木などに使われ、有用資源とされたそうなのですね。
ほうっておけば豊かな混淆林が広がっていたものを
北海道の大地をそのように人為的に変えてきたのが、この開拓だったのですね。
しかし、今となってはこういう落葉松の森もどうすべきなのか、
樹種としては建築材料にそう使われないものなので、
そうなれば勢い、営林という観点からは困ったことになっています。
林業としての経済性が破綻しているので、
必要な手入れも行われないまま、森が荒れていく結果になるわけです。
そんな背景のなかにある風景ですが、
個人的にも、亡くなった叔父はこの地で林業経営を夢見ていて、
いろいろな活動をしていたと、聞いています。
開拓期以来、北海道にも積層された人間の思いや営みが積み重なってきて
いろいろな想念が浮かんでは消えていきます。
と、なにか詠嘆的なブログですね、(笑)
3連休と言うことですが、きょうは十勝からお客様が
札幌の住宅を見学に見えられます。わたしも見ていない住宅があり、楽しみにして、
きょうは頑張って仕事ということですね。

北見へ日帰り往復

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取材日程が過密になってきまして、きのうは
片道350kmの北見へ日帰り出張して参りました。
スタッフ4人での移動なので、車で運転を交代しながら。
ということで、わたしはめでたく運転を免除していただきまして、
ひたすら車窓からの眺めに感嘆いたしておりました。
普段、自分で車を運転していたら、絶対カメラは向けられませんが、
誰かが運転してくれるってのは、ほんとうにありがたいことです。
以前だと、高速のネットワークが整っていなかったので、
北海道内で取材移動するって、宿泊が当たり前でしたが、
各方面ともアクセスが本当に良くなって、便利になってきています。
札幌周辺から空知平野まではまだ紅葉も楽しめる状態ですが、
って、ことしは赤い葉っぱが見事だと思います、どうなんでしょう?
上川盆地に入る山地くらいから、
ほぼ、冬色の森林風景一色になります。
高速は現在、旭川を超えて、上川くらいまで伸びているので、
ほぼ、北見までノンストップ。
もっとも標高の高い層雲峡、石北峠では道端に雪も見られました。
北見市内に近づいて昼食後、取材が2件。
インタビュアー役で、いろいろなお話を聞いたり、突っ込みを入れたり
最近は、それの様子を自分でまとめるのではなく、
ライターさんがまとめてくれるので、気が楽。
ちょうど次号では、オホーツク地区の特集を企画しているので、
当地の先進的なビルダーさんや技術研究開発の大学の先生など、
たいへん興味深いお話をたくさんうかがうことが出来ました。
みなさん、大変ありがとうございました。
ということで、早めに夕食後、帰り道に付いたのが夕方、
とは言ってもとっぷり日の暮れた6時前。
やっぱり帰り道は、経験的に行きよりも早く帰れるもので、
22時には札幌の事務所に帰還いたしました。
時間にして、朝8時前からですから、14時間ほど。
年末、11月の時期はこれから追い込みで、また日がどんどん短くなるので、
スケジュールがけっこう厳しくなってきます。
体力勝負になっても来るのですが、がんばりどころです。
写真は、高速パーキング、岩見沢にある階段を上るお馬さんの像。
そういえば、往復路でキツネやシカ、リスなど、
野生動物とも数多く出会いました。
かれらも、冬を前に準備に忙しい時期なんでしょうね。
人間様も、ふ〜、がんばるぞ、ということで。

8ヶ月繋がらないインターネット

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あんまり悪口は言いたくはないんですけど・・・。
娘が沖縄に住んでおりまして、3月から賃貸MSを借りています。
地元ではいちばん大手といわれる建築会社がやっている賃貸MSです。
遠距離になるので、ぜひテレビ電話などのインフラを作っておきたいと考えて
その会社が運営しているというインターネット常時接続サービスを頼みました。
レオパレスなどでもそういうサービスがあるので、検討時間も取れないし、
直接、接続のNTTなどと契約するよりもスムーズに行くだろうと考えたのです。
当初の3月時点でのお話では、NTTの工事がまだで、開通していないが、
6月ころまでには大丈夫でしょうという話でした。
札幌や仙台での経験からすると、ずいぶん時間がかかるな、とは思ったのですが・・・。
ちなみに、仙台ではBフレッツMSタイプで、建物側に対応がされていれば、
この間1月と8月の経験では、待たされる時間は最大2週間程度でした。
それも、こちらの移転日にあわせて工事をやっていただけました。
きちんとお願いすればその程度には対応してくれます。
まぁ、沖縄でのことなので、現地の状況は、NTTの対応も悪いのかなぁ、
と、娘との家族のコミュニケーション用で、仕事のように急ぐ、
というものでもないし、しょうがないかなぁと思っておりました。
ところが、これがその後、さっぱり進まない。
約束の6月にも、全然連絡もない。
夏休み帰省時期には当然、家を空けるので、
その間の工事の心配をしていたくらいなのですが、
連絡はそこでも、なしのつぶて。
とうとう、きのう、娘から連絡があって、
さすがにしびれを切らしてわたしに連絡してきたという次第。
で、わたしが、先方の建築&不動産管理会社に連絡したワケなのですね。
いやいや、参りました。
かれこれ、8ヶ月になるのに、なぜ繋がらないか、
明確な説明が出来ないということだそうです。
というよりも、イマイチ明確ではないのですが、
どうやら契約申し込みの仕方で変なことを考えていて
誰か住人代表者を契約主体にして、そこからLAN接続でやろうと考えているようなんです。
で、どうもNTT側から、その契約方法がハネられているようです。
本来はそういう建築会社側の手違い・理解不足が原因なのに、
それをNTTの工事に責任転嫁して、
8ヶ月間、時間を浪費してきた、ということのようです。
そのうえ、8ヶ月も経っているから、まだ何人契約してくれるか不安なので
再度、契約書類を郵送して、確認してから「正式に」
NTTに申し込む、などというお笑い話。
信じて8ヶ月待っている人が、そういう対応をされたらどう思うのか、
そういうことにどうも、神経が行っていない様子です。
ちょっと信じられない無責任と、段取りの悪さに絶句いたしました。
まぁ、仕事ではないのが幸いですが、
あちらで仕事しようとすると、こういう経験で挫折する人が多い、ということも聞きます。
もちろん、こういうことばかりなワケはないと信じていますが、
それにしても、ちょっと、困ったし、信じられない。
こういうていたらくでは、いつになるかわからないので、
直接NTTと連絡を取らせようかと考えています。
この会社、沖縄では有数の成長企業で、
日本全国に支店を開設しているという元気印企業と評判なんですけれど・・・。
どうも、申し訳ありません、愚痴のたぐいは好きではないのですが、
あまりにも閉口したので、みなさんにも情報提供と考えた次第。
あしたはまた、前向きなテーマで書きたいと思っています(笑)。

地図に出ない通路

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新宿の南口を出て、代々木方面に徒歩6分、という案内地図を受け取って
気軽にアポを決めて、先日出張で、うかがった。
考えてみれば、仕事で新宿に行くのはたぶん20年以上前のことになるし、
そもそも、東京に行くと言っても、銀座や新橋、まぁ渋谷近辺がせいぜいで、
しばらく新宿の街には行っていなかったのをすっかり忘れていました。
まず、ホームを降りてから、どこでも南口の案内くらいはすぐに出ているはずだと、
軽く考えてしまっていたが、・・・ない。
しばし、探してみるが西口から、南口方面への行き方を忘れている。
というより、風景がまったく変わっていて、記憶の痕跡も見つからない。
ようやく小さな「南口方向」という案内を見つけて
頼りなげに道を進んでみる。
細い連絡通路を抜けて、ようやく南口方面に出るが、
甲州街道の様子も一変しているので、にわかにはわからない。
地図を確認するが、そもそも「南口」も表記されていないのに、そのとき気づく。
ただし、言葉としては「JR新宿南口から6分」と書いてある。
JRの鉄路が発見できないまま、甲州街道の位置関係も把握できず、
ついにやむなく道を尋ねることにした。
それでようやく現在位置を把握できて、おおまかな甲州街道との目的地の
配置関係が理解できた。
ただし今度は、その目的地への道路が明確に記載されていないことに気づく。
一応、道路には面しているが、えらく曲がりくねっていて、見当も付かない。
大きなビルの位置を確認しながら、目指してみる。
地図に空隙があり、そこに地図には表記されていない「通路」がある。
考えてみるとわたしが歩いている道には人がいなくて、
そういう地図にない「通路」をみんな歩いているようなのだ。
どうもその通路は、目的地にもごく近づけそうな雰囲気。
で、行ってみたら、大正解で、目的地へのアクセスは一発で発見。
うろうろしていた時間を総計してみると、約20分。
まぁ、なんとか約束時間には間に合ったのですが、
この経験で、面白いことを発見できた次第。
というのは、東京には地図が追いつかないような「通路」が網の目のように
張り巡らされてきているという現実。
こういう通路というのが、なぜ、地図に表記されないのか?
どうもそれは、こうした通路が「公共」のものではないからなんですね。
大きなビルが出来ると、空地をその周囲に作ることになる。
それを、ビルを使用する人のために、一般に開放するようになる。
そうしたビルの通路が連続してくると、みんなこの「ビルの谷間のけものみち」を利用する。
たまの訪問者は、正規の「公共道路地図」を頼るが、
いつもその街を利用している人たちは、まったく違うルートを歩く。
どうも、そのようなことなんですね。・・・う〜む。
そのうえ、こうした連続した「通路」は
それを説明することも出来にくい、ということになっている。
目的地の住人に聞いても、的確な案内の仕方をイメージできないようなんですね。
やろうとすれば、正確なビル位置関係を表記した地図に、通行ルート矢印ででも、
表記する以外にはないでしょうね。
さらに発見したのですが、こうした通路には法律的にもややこしい問題が出るので、
「道路管理者」みたいな責任からは逃れています、
というような案内表記まで置いてありました。
そりゃぁそうでしょうね。なにか事件があったとき、そのビル敷地の管理者に
いちいち確認を取ったり、責任を取らせたりはできないでしょう。
ま、いずれにせよ、どんどんと新しいビルが建つという現実が生み出すことですね。
仕事の訪問を終え、写真のような、そのけものみちを歩いていくと、本当に近い。
途中随所に、エスカレーターまで設置してあるんですよね、ラクチン(笑)。
帰りは、時間通り、6分で南口に着きました。
甲州街道を見渡す跨線橋上から見てみても、JR鉄路はそこからすら
見渡すことが出来なくなっていました。
街が、記憶を超えて成長していくので、記録も出来にくくなっていっている。
さてさて、東京一極大集中って、どこまで行き着くものなんでしょうかね?

円空を伝える江戸期の表現

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東京国立博物館でみた仏像展で展示されていた円空についての
江戸期の出版物「近世畸人伝」の部分の模写です。
これは出版物から、この部分だけスキャンしたもの。
出版から300年ほど経っていて、著作権は消滅しているはずなので、取り上げさせてもらいます。
という説明はまだるっこしいのですが、一応念のため。
仏像展で、円空の事跡を紹介するコーナーに展示されていた、この画をはじめて見たときに、
その素晴らしいわかりやすさ、明晰さに深く打たれた次第。
円空という人を伝えるのに、これほどわかりやすいイラスト表現はありませんね。
写真表現というものがない江戸期の時代に、
時事問題などを扱う出版の世界で、こうしたイラスト表現が多用されていたのです。
博物館には、常設展示コーナーで、こういう出版物についての展示があり、
江戸期の出版物がいろいろに見ることができます。
ちょうど、旅行をテーマとした展示がありましたが、
江戸期の「旅行カタログ」出版の数々のわかりやすさ、面白さは素晴らしい。
写真を超える、その直接的なわかりやすさは、日本文化の誇りとも言えるもの。
その後、近代から始まった、いや、手塚治虫以降といわれてきた
日本マンガ文化の原点に、こういう表現力が力強く息づいているのだ、と実感されます。
しかし、展示されているほかにも、
ここ東京国立博物館に保存されているものって、すごいんですよね、そのおびただしさ。
展示されているものを丹念に見るだけでも
たぶん、一週間程度は優にかかりそうです。時間を見つけては、行くしかありませんね。
たまたま、今回2度行きましたが、ようやく、本館と東洋館をざっとみただけ。
多くは撮影も出来ますから、まさに日本民族の事跡をここでたどることも出来る。
上野の一角に集められた日本民族の宝物の数々には圧倒されます。
その多くは、数限りないみなさんからの「寄贈」によるものなのですね。
本館には、その寄贈者の名簿が展示されています。
まぁ、東京に住んでいるわけではないので、難しさはありますが、
時間をなるべく作っては、ぜひ数多く訪れてみたいものだと思います。
で、円空のイラストですね(笑)
すっかり、話題が飛びまくりです。
円空さんって、身分的には正規の僧ではなく、たぶん遊行僧だったのでしょう。
漂白しながら、その土地土地で、ひとびとから頼まれて像を刻んでいたのですね。
イラストでうしろで手を合わせて拝んでいる人がいますが、
きっとこういう庶民の信仰への願いを、民衆の代表として造形したのでしょうか。
その土地で神木として伝えられるような自然木があり、
それをそのままに像を刻んで信仰に魂を吹き込むようです。
かれが造作した仏像の直截さ、がほんとうに手に取るように伝わってくる迫力です。
今回の「仏像展」のなかでもひときわ強く惹かれた小展示でした。

あえて旧市街地に住む団塊世代

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仙台できのう取材した住宅の写真です。
古い旧市街地での新築住宅なのですが、
わたしはてっきり今までここに住んでいての建て替えとばかり思っていましたが、
実はなんと、こちらはわざわざ狙って、こういう旧市街地の敷地を買い求めたものなのでした。
こういう敷地、って、ここんとこ取材で重なっているワケなんですが、
いわゆる間口が狭くて、奥行きが長い、という
日本的な伝統的都市住宅の街割りのなかの敷地形状。
一般的ハウスメーカー住宅では、そもそも建てられないようなケース。
ただし、立地条件としては都市機能の利便性を享受できる。
この家の建て主さんもついの住み処は都市中心部のマンションかな、と
考えていたそうなのですが、やはり車はずっと使い続けるだろうし、
そのためにずっと駐車場を賃貸契約するのも、抵抗を感じる。
また、友人知人との気兼ねのない交友を考えれば、
戸建て住宅の暮らしやすさがやっぱりいちばんいい、
というように考えて、こうした敷地の入手を考えていたそうなんです。
もう、大人になった子供との間には、間取り的な距離感もほしいところですが、
そういうときに、中庭的な空間を介するスタイルが多くなる
こういう敷地形状って、むしろぴったりと当てはまるんだそう。
しかも、そういう利便性を考え合わせたとき、土地の価格としては
現代の条件からすると売りにくいこともあって、
比較的に入手しやすい金額で手に入れることが可能ということなのですね。
ふむふむ、なるほどと、感じ入った次第です。
そういう意味では、団塊の世代のひとつの典型的な「ついの住み処」の
新しい形になるのかも知れないなぁ、と思いました。
ただし、デザイン的には、ごらんのような「無機的な」印象。
コンクリート打ち放しの1階部分や2階から上の内部に対して、
2階から上の外断熱部分の外装材にはアルミ板を張っています。
外壁の日光に当たった部分は、ちょっと「ぬらぬら」とした
独特なイメージが喚起されます。
このあたり、やはり元祖ビジュアル系の団塊の年代らしい、住宅デザインの選択。
これまでのいかにも「高齢者向け」的なデザインには、
団塊のみなさんはすこし違和感を感じて、むしろこういう過激系の
作りようを好むものではないのかなぁ、というのが実感。
音楽などでもローリングストーンズみたいな好みが、きっと、この年代のスタイル。
60を過ぎても、過激なミックジャガーみたいに、老いていくんだと思いますね、きっと。
さて、こういうライフスタイル、どんな印象を持たれますかね?

現状不適格の家々

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きのうは仙台市内の古い街並みのなかの住宅を取材。
古くからの街道筋の住宅地に建てられた家でしたが、
近隣になんとも面白い家並みを発見してしまいました。
写真がその様子なのですが、なんと、店舗に使っている古い瓦屋根の建物を貫通して
通り抜けていくような小路の左右に、小住宅が密集していました。
手前の道は江戸期からのメーン道路で、
道路幅はたぶん8mほどというもの。
車社会ではない時代としては十分な賑わいをたたえた
素晴らしい繁華街だったに違いないのです。
そうした時代には、きっと長屋的な賃貸住宅の需要があって、
前面建物の持ち主が、後ろの敷地も所有していて、
徐々に小さい賃貸住宅を建てて、貸していたに違いありません。
そうしたことが続いてきて、いまに至っては、
もう、その賃貸住宅の貸し手も借り手も、抜き差しならないほどに現状が固定され、
そのまま、時間が停止したような街並みとなって、
現代にも建ち続けている、ということのようです。
(こうした見方は、わたしの推測ですので、必ずしもこの写真の家が
そうであるとは断定できないことはご理解ください。)
古い都市の場合、このような形での固定化されたような土地利用というのを、
たいへん多く目にします。
所有権が明確ではあっても、賃貸している住人の権利が認定されているので、
たとえ、貸し手が土地利用を現代化したいと考えても、
事実上、手も足も出なくなってしまうのが、多くの実態。
法律は、多くの場合、こうしたケースでは既存状態を追認する方向で運用されます。
もちろん、公共による強制的な再開発など、夢のまた夢。
なのですが、たとえば都市防災という観点から見たときには、
非常に危険な状態が、むしろ追認されていると言えるのですね。
1階に、こうした通路空間を貫通させた瓦屋根の建物って、
まず、相当に危ない建築といえると思います。
また、万が一、地震などが来たとき、この小路の奥に住む住人は
たぶん、崩落する建物に逃げ道を塞がれてしまう危険性が高い。
複雑な権利関係が、入り組んで、にっちもさっちもいかなくなるんですね。
タイトルのように、現代の建築法規を当てはめてみれば、
現状が不適格な家が、それも借家法という法律に則って、
適格に存続すべきである、というようになっているワケなんですね。
まぁ、パラドックスとも言える。
この現状のなかでは、小路にある建物は、道路とも認定されない通路にしか
「接道」していないので、建て替えることも出来ない。
もっといえば、そもそも工事車両も入って行けそうにないので、
リフォームすることもどうにも至難の業のように見受けられるのです。
こういうような例は、しかし、仙台や多くの東北の古くからの都市では、
いや日本の一般的な都市にはたいへん多く残されているのが現実。
こういう状況を解決するには、建て替えなどに必要な建築上の法規を
きわめて弾力的に運用するような、
いわば、「建て替え特区」とでもいうべき対応が取られる必要があると思います。
そうでもしない限り、こういう都市計画上の破綻は解決不可能でしょう。
大変難しいテーマが横たわっていると思います。
きのうはその後、行政側で、こうした都市計画に携わってきた方と
お話しする機会があり、さらにこの思いが共有できたのでした。
さて、いったいどうすべきなのでしょうか?

仙台にて講演

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ということなんですけど・・・。
テーマは性能とデザイン、というもので、仙台デザインウィークの会場で、
だったんですが、つい冒頭に、ごらんの写真を使わせていただいて、
ついでに嫌みにならないように配慮しながら、
今シーズンの東北楽天さんからの大量貯金(17勝3敗!)に
感謝の言葉を申し述べさせていただきました。
ありがたくも大ウケさせていただきまして、
その後は、なめらかに本題の住宅ネタのスライドショープレゼンを勤めさせていただきました。
やっぱこりゃぁ、しばらくは日ハムネタで、北海道の人はいけそうですね。(笑)
きのうはなんと、夫婦とも働きのカミさんも
釧路で、多くの工務店関係者さんを前にプレゼンを勤めていまして、
夫婦でケータイでエールを送り合いながら、頑張っておりました。
カミさんのほうが午後一番で、わたしは夕方5時から、7時まで。
で、釧路では日ハムネタ、あんまり感度がよろしくなかったとのこと。
確か、去年1度、試合が行われただけですから、
まだまだ、釧路では「おらがチーム」って言うムードはないのかも知れませんね。
わたしは、札幌と仙台東北を行ったり来たりなものですから、
気持ちの上では、2番目には東北楽天に肩入れしているつもりです。
ソフトバンクも好きなんですけど・・・。
東北楽天さんは、野村監督のキャラがなかなかギャグっぽくていいし、
なんといっても、北海道の宝もの、駒大苫小牧の田中君が来年入団します。
やっぱ、北海道と東北は一番近い間柄ですから、
田中君、東北に行けたのは、きっとなにか、野球の神様のご配慮だと思うのです。
優勝して、一夜明けて、さっそくヒルマン監督や小笠原のFAなど、
地方球団の厳しい現実も押し寄せてきていますね。
でも、ヒルマンについては、メジャーで監督をやれる機会なんて
それも、生まれ育った地元球団というのですから、
気持ちよく送り出して、かれの母国での成功を祈る、というのがいいと思っています。
小笠原選手の件は、さて複雑なんだけれど、
もしかれが日ハムを去ることになっても、若い選手たちが
きっと、大きく成長して、穴は簡単には埋まらなくとも、
長い目で見れば、育成を優先させるという意味のチーム方針で
乗り越えていくのが、やっぱいいと思います。
案外、レンジャーズでヒルマン監督が、主力バッターとして
小笠原をメジャーに引っ張ってくれる、っていうのもいいかも?
そうなったら、夢の続きがワールドワイドになって、
北海道日本ハムのことしの奇跡が、大きく広がっていくような気もします。
まぁ、ありえないかなぁ。(笑)
でも、悲しいけれど、どうせなら小笠原には、そういう大きなステージに、
飛躍していって欲しいと念願してやみませんね。
プロの球団を地元として持つと言うことは、こういう一期一会も
覚悟しなければならないっていうことなんですよね。(涙)
福岡ソフトバンクのここ数年の辛さ、っていうものが
わがチームにも襲いかかってくるのでしょう。
こういうのにも覚悟を決めて、
新庄が植え付けてくれた「いつでもポジティブシンキング」で
ファンとして、もっといいチームになるように応援していきたいものですね。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

ありがとう、06ファイターズ!

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きのうは難関を突破してのチケットゲットで、
普段は来るはずのないビジター側、1塁側での観戦でしたが、
やっぱり誰も中日の応援をしている人はいませんでした。
わたしたち家族も、北海道に移転してきてくれてからの「にわかファン」ですが、
こんなに早く、歓喜のシーンがやってくることは想像すら出来ませんでした。
野球の試合としては、昨日の試合、結果は勝ったんだけれど、
中日の攻撃陣の呪縛ぶりに助けられた、というのが実感。
ストレートは伸びていたし、Max153kmがでていたんで、
ダルビッシュ君はそこそこだったんだけど、変化球のコントロールはイマイチ。
なんで、その直球をねらい打たれて、確か、序盤で6本くらいヒットを打たれていましたね。
対する川上憲伸は緩急をつけたピッチングで、
さすがセリーグを代表するような投手らしい安定感でした。
しかし、結局は総合的な守備力で、若いダルビッシュを全員が助けていましたね。
ついに満塁から打たれたシーンでも、小笠原選手が飛びついて、
なんとか最少失点に押さえ込めたのが大きかった。
あそこの流れで言えば、大量失点になる可能性は高かった。
というように、いろいろ流れのあった試合でしたが、
まぁ、途中からは完全に、ペナント最終盤のデッドヒート、プレーオフと、
数々の修羅場を経験してきたのが、全部活きてきていた。
こりゃぁ、セリーグとパリーグの、野球についての考え方の差ってものを感じてしまいました。
第一、セリーグって、いまだに巨人の「人気」と地上波テレビ中継に
完全におんぶに抱っこされて、改革に取り組んできていない。
なんで、DH制をやらないんですか? 世界中でも数少なくなっている
「ピッチャーも打席に立つ野球」、いつまでやるんですか?
あれは、パリーグチームも一応、対応はしているけれど、
やっぱり近代野球の迫力からすれば、時代遅れですよ。
落合監督のコメントが、相当にピント外れでしたが、
ああいう考え方の野球では、ちょっと面白くないと思う。
正直、移転から3年のパリーグファンだけれど、
野球はこっちの方が断然面白いです。
巨人も、体質としてはDH制のパリーグでやった方が、勝つ確率は高くなると思う。
ことしは、わがファイターズの守りきった野球が制覇しましたが、
これは本来セリーグ的な野球だったはずですよね。
これで、4年間チャンピオンフラッグはパリーグ、となりました。
ぜひ、ルール改正にセリーグは取り組むべきだと思います。
アウトの確率の高い投手の打席を前提に組み立てる野球って、
やっぱり、ダイナミズムがコセコセした範囲にしかならないのではないでしょうか?
もっと、野球というスポーツが盛り上がるために、
場合によっては、小笠原も行かせてもいいけれど(泣)、セリーグの改革も希望したい。
ことしは、わがチーム、ほんとうに面白い
ダイナミックな守りの野球で、チャンピオンを勝ち取らせていただきました。
全国の野球ファンのみなさん、ほんとうにありがとうございました。
来年も、仲良く、けんかしましょう!(笑)
とくに、野球の神様が駒大苫小牧の田中投手を送り込んでくれた
東北楽天さんに、おおいにエールを送りたいと思っています。
野球ファンとして、全国で、地域密着のチームが競い合う、熱い戦いをみたいですね!
がんばれ、全国のプロ野球チーム!
そして、そのなかで、来年も、がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!