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古い街並みのなかでー3

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写真はきのうまで書いてきた白河市の家の居間からの眺望。
さまざま、色とりどりの植栽がまさに咲き誇っている庭に大きく開口しています。
左側はデッキテラスになっていて、さまざまな園芸用品が使いやすく置かれてあります。
庭仕事を心ゆくまで楽しんでいる暮らしぶりが伝わってきます。
お住まいになっている高齢のお母さんの表情が
何とも柔和で、しかも快活そうだったのが大変印象的。
「いやぁ、この家はね、庭が楽しくてね。」
とはじけるような笑顔を見せていただけました。
きっと、永年丹精して楽しんできた庭木・植栽と、家を新しくしても
ずっと仲良く暮らしていけるという生活が、
お母さんの元気の源なんだろうなと、すぐに理解できましたね。
高齢者の住まいって、段差の解消とか、バリアフリーとかばかり
クローズアップされる部分があると思いますが、
でも、本当に大切なのは、こういう「暮らしへの愛着」の継続性だと思います。
取材で訪問している間にも、近隣の方の来訪があったりしました。
屈託のないコミュニケーションが、賑やかな笑い声とともに聞こえてきます。
日曜日に伺ったこともあって、家の周囲では近隣のこどもたちの
遊ぶ様も見かけることが出来ました。
以前、アメリカの都市住宅を観に行ったときに、
郊外型の一戸建てばかりではなく、
集住スタイルのタウンハウス型の住宅を観に行ったことがあります。
そこでは、いろいろな年格好のみなさんが共住していて、
こどもたちにとっては、たとえば自分の親が留守でも、
近隣のリタイヤした高齢者の方が、ひたなぼっこしながら、
ちょっとした会話をしながら子どもたちの様子をそれとなく見ている光景に出会いました。
そんなコミュニティの大切さにアメリカの社会でも、
気づいてきているのだ、と聞かされたことがあります。
「古い街並みのなかで」暮らし続けるって、やはり人間生活にとって、自然ですね。
そういうなかから、地域のアイデンティティが生まれ育ち、
しっかりと継承されていく部分が大きいのだと思います。
そして、そういう都市居住を可能にする住宅建築の努力も
大いに求められてきているのではないかと思います。
そんな思いを強く持ったお宅の取材でした。
●●●
きのうは超えなければならない「ジョーカー」での勝負でしたね、ヒルマン監督。
シーズン最終盤で勃発した、エース投手と監督の確執。
個人として、はじめて金村選手の発言を聞いたときに
かれ、ヒルマンがどういう感情を抱いたか、は想像するしかありません。
しかし、ペナントの山場で、いま全力で戦っているさなかに、
表面化すべき内容でなかったのは、誰の目にも明らかだった。しかし、
問題は、そこからの対処において、
チームと、監督と、ファンと、すべてがこの事態に勝ちましたね。
そして、ポーカーで言えば、それを使わなければならないジョーカーカードになった
かつてのスペードのエースカードを
昨日のゲーム、という局面で勝負カードとして使って、
見事な結果が得られました。
勝負師としての、野球監督最大の賭けに、ヒルマンは勝ったと思います。
さて、ここまできた!
札幌での今年の最後になるゲームが、最高のシチュエーションで用意できましたね。
きょうは中日さんもあとがない、エース川上選手の投入でしょう。相手にとって不足なし!
全力で、力の限りのさわやかな激闘を期待したいと思います。
あとは、無心に、選手たちと、チームスタッフすべてを信じて、
札幌ドームで、坊主とふたり、家族みんなの思いの分も精一杯応援したいと思います。
最後まで、がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

古い街並みのなかで-2

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きのうからの続編です。
福島県白河市って、わたしもはじめて訪問したのですが
やはり一般的な日本の都市と同じように、旧市街地は古い家並みが続き、
一方で、国道沿いのロードサイド型のショッピングゾーンが
現代的な利便性の満足感を勝ち誇るように、わが物顔に跳梁跋扈という状態。
駅前にも、さして高層のビルらしきものが建ってもいない、
むしろ、駅前などを見れば、古い歴史性を誇らしげに売り物にしようとしている
そうした街並みが続いています。 まぁ、全国の都市を見ていて、
首都圏や関西圏、中部圏などの公共交通機関が発達した地域は別として、
それ以外の「地方都市」一般が抱えている、中心部過疎化が典型的にあらわれていますね。
このこと自体は、現代という社会がある必然性を持って
こうした現象を生み出しているのですから、
逆らいきれない変化、ということは出来るのだろうと思います。
さて、そうしたときに、ただ単にそういう風潮に流されて、
中心地域の過疎化という問題に対して、無自覚なまま、建築主の初動的反応、
「いまどき、こんな敷地は売り払って、郊外に」
という言葉にそのまま、乗っかって移転しての建築計画を進めるべきなのか?
地域のアイデンティティであるとか、その地域らしさ、というような
ことがらについて、もっともデリケートな感性を持っているべき建築家として、
どう、考えるべきなのか。きわめて悩ましい問題だと思うのです。
やはり、この家でも建て主さんからは、そういう希望が出されたそうですが、
相談された建築家・辺見さんは、この古い地割りのなかでの建て替えを
あえて、提案したのだそうです。
こういう地割りの場合、間口が狭く奥行きが長い構成。
で、いちばん奥まった場所には、永年手をかけてきた見事な庭があります。
四季折々の季節変化を伝えてくれる植栽の数々が、
そこに暮らす人の生活リズムそのものになっています。
そこでこの庭の活用と、ウナギの寝床的な敷地形状から採光条件が限られざるを得ない、
というポイントを覆すような敷地利用計画を考え出しています。
建物は主屋と、前室的な部分とに分けられ、中庭的な空間を廊下でつなぎました。
その残余の敷地を、奥の庭にまでつないでいく「土間通路」がこの家最大のポイント。
正面から見て左側をずっと抜けていくこの土間通路は、
みごとな植栽・造園が施され、奥の庭にいたって、全面的な緑に開放される。
この都市中心部にあって、四季折々の季節感が楽しめる空間を作り出しています。
現代生活との調和という部分では、建物前面にカーポート的な
屋根庇に覆われた土間空間で対応しています。
そして前室建物では、近隣コミュニケーションが上手に図れる空間演出がされています。
実際に、この場所では地域のみなさんとの「月見の会」などが行われているのだとか。
日本の地方都市が持っていた、こうしたコミュニケーションを
建築として、正しく受け止め、また次の世代に伝えていこうとする意志を感じます。
という、住宅建築のポイントがきわめて明確だったのが、
この家に強く感じていたポイントであり、実際に取材に行ってさらにその思いを強く感じました。
単なる建築デザインという要素を超えて、「暮らし方デザイン」として、
こういう地方都市の抱える問題点に、真っ正面から向き合って、
解決策を探ろうという家は残念ながら、なかなかない。
地域性というものと、住宅建築の関係性を強く訴えかける住宅でした。
みなさん、いかがお考えでしょうか。
写真は前室建物の、「小上がり」的な半外部空間の様子。
地域を表現する自然石が、足下で人を導いて、たどりつくしつらいです。
なんか、ちょっと上がってみたくなる雰囲気じゃありませんか、ね?
●●●
頑張りました、北海道日本ハムファイターズ!
第3戦を、実にいい形で取ってくれました。
初回の一気攻撃で逆転。集中力がみなぎっていた見事な攻撃。
しかし、中日さんも強い! 立ち直った朝倉投手のピッチングは見事でしたね。
しかしわがチーム、そこからは、調子に波がない、得意の鉄壁の守りが冴え渡りました。
守って守って、最後、相手の継投の一瞬の隙を突いた
これも一気攻撃での、強い突き放し方。
きのうは本当に、いい面が出た、いい勝ちかたが出来たと思います。
のびのびとしたプレーが出来ていますね。
この調子で、強豪・中日さんに真っ向からぶつかっていって欲しいです。
きょうも、あしたも、がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

古い街並みのなかでー1

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先日の「東北住宅大賞」で候補作としてノミネートされた住宅。
大変興味を覚えたので、取材に訪れました。
というのは、東北の古い街並みのなかに、あえてそこでの暮らしを継続させようという、
建築家としての強いメッセージ性を感じたからなのです。
建築された街は、福島県の白河市。
古くから要衝の地として知られたこの街は、
であるだけに、古くからの城下町としての街割りがされています。
いわゆる「町家」としての土地割りになっています。
間口が狭く、奥行きが長いという典型的な日本の前近代的な街割り、都市計画。
前近代的な、と書きましたが、これは現代の側からの専横な物言いであるかも知れません。
正しく言えば、現代生活の快適装置、車社会から考えて、
それには適してはいない居住形態、歩いて暮らすのに適した街割り、
とでも言った方がいいかもしれません。
こうした街では、道路がそう広くはなく、また、しばしば戦争への備えから、
曲がりくねらされていて、不定形になっている。
そこに多くの居住を可能にするために、敷地利用は細長くなるのですね。
結果として、隣家同士が軒を接して建てられたり、
場合によっては壁を共有したりしている場合が多い。
現代生活では、車での移動への利便が保証されるような
そういう街割り計画が当たり前のようになっています。
間口は大きくなり、奥行きはそう必要とはされなくなった。
その分、交通に必要な前面道路の道幅は大きくなる必要があって、
そういうことを前提に考えていけば、アメリカの郊外住宅地のような
広大な敷地と、ゆったりとした前面道路、という都市計画が
もっとも、現代生活に適した街割りだ、ということになっていく。
このことは、どうも、わたしたち現代人のなかに、
ベーシックな部分で、いまや、刷り込まれたような前提条件になってきている気がします。
しかし、一方で、古くからの伝統であるとか、
地域らしさ、というような部分で、その土地らしい、そこに暮らすのに似合う、
というような価値観を考えるとき、
現実に存在するこうした街割りのなかでの暮らし方、
家の建てられようについて、しっかりした考え方は、
私たちはまだ、持っていないのではないかと思います。
この家の施主さんも、古くからあるこの敷地のなかの家の新築を考えたとき、
当然のように、引っ越しして新しい土地に住むと言うことを
まず、考えたんだそうなんですね・・・。
って、長くなりそうなので、この稿、明日に引き続きたいと思います。

涅槃の演出

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日本に仏教が導入されたのは、聖徳太子の時代という。
当時は、中国に随という強大な中央集権的な国家が成立して、
周辺国家への影響が大きかった時代だったようです。
現実に隣接した朝鮮半島北方地域の高句麗を侵略している。
そういう緊張する内外情勢の中で、日本国家の求心性を高め、権力の強化が
求められた、あるいは権力者の側で中央集権化が念願された。
それまでの豪族たちの分権的な権力分散的な体制から、
天皇権力を、より強化するために、
仏教という宗教による体制強化が図られたのですね、
「篤く、三宝を敬え」という太子の言葉が憲法に語られたのです。
今日の感覚からすれば、なぜ宗教がそういう役割になるのか、見えないことがあります。
しかし、仏教や経典というものは同時にセットで、
法律や制度、権力のシステム、文明そのものが導入されたのでしょう。
ちょうど、明治の日本がその当時の欧米的国家という概念を導入して、
それと同時に、さまざまな社会システム、規範というものすべてを
日本の国家に導入したと同等か、それ以上の大変化だったのでしょう。
仏教はそういう役割を持って、この国に入れられたものなのだと思います。
だから、奈良の都は国家による公共事業として大寺院作りが行われた。
それが、代々の権力に規範となって、根付いていったものでしょう。
写真は、清水寺。
そういうなかで、寺院建築もまた、
さまざまに意匠と、建築技術の粋を尽くした建築が建てられます。
いろいろなデザインが、宗教体験の擬似的体験をテーマとして建てられたのでしょう。
この清水寺は、延々と続く上り坂を上がり、最後に見上げるような本堂に上がり、
そこから、一気に清水の舞台から、京の街並みが眺望できる、
絶景、というカタルシスを演出していると言われます。
断崖にせり出している舞台は、骨太い木組みによって支えられています。
宗教体験というのは、こういうカタルシスなんですよ、
ということを一般民衆にわかりやすく開示し、明示することを
寺院建築の大変大きなテーマにしたのです。
この眺望がはじめて創建された当時の社会のなかでの驚きなどを
追体験することは不可能ですが、しかし、
たぶんこういう眺望を得られる建築というものがこの国で初めてであり、
いかに驚異であったのかは、
「清水の舞台から飛び降りる」という
一般言語が今日まで残っているところから、十分に察せられますね。
国家権力という、抽象的な概念を認識させるという作業と、
こういう宗教体験を持たせると言うことが、日本国家権力の常態になったのでしょう。
しかし、そのように導入されながら、やはり日本人というのは
独特にそういう外来文化を咀嚼する能力が世界一あるのでしょう。
さまざまに土着的なものが育っていきますね。
っていうように、ちょっと、宗教的なものと日本人、というテーマ、
いろいろに考えることが多くなってきています。
これからも、随時、断片的に書き留めてみたいと思います。
よろしければ、お付き合いください。
さて、きのうはいい勝ち方ができたわがファイターズ。
いよいよ、札幌ドームに日本シリーズがやってきます。
日本の野球の神様が、札幌にもやってくるんですね。
厳粛にお迎えし、明るく楽しい全力プレーと応援で歓迎したいと思います。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

日本人と宗教-01

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きょうから、最近強く感じている表題のテーマについて
折に触れて、書き留めてみたいと思っています。
日本各地の住宅や建築を見て歩く機会が多いのですが、
残され続けてきた建築はその多くが宗教に関わるものが多く、
また、住宅などでも先祖への思いや祈りの空間、というものが
わたしたち日本人の精神生活のなかできわめて大きいことに気づきます。
ブログなんで、こういうテーマ、と決めて、
あとは日々、自由に書いていって、
あとで鳥瞰的に全体を見晴らして、なにごとかが見えてくればいい、
という感じで気楽にいきたいなぁ、と。
新しく、こういうカテゴリー作って溜めていきますのでヨロシク。
写真は日光東照宮の門の上の装飾の様子。
東照宮というのは、権力者であり、しかも死後、自らを
神としてあがめさせようと考えた、究極的な支配者・徳川家康のもの。
この考えは、織田信長が着想し、実際にCGなどで復元される安土城に
その基本的なものがかいま見えていると言われます。
戦国以前にも、たとえば藤原氏の平等院鳳凰堂であるとか、
清盛の厳島神社、などなど、権力者というものは必ずと言っていいくらい
宗教的な施設建築を、自らの権力の随伴的なものとして作ってきた。
そうした歴史に踏まえて、なのか、
自然的なひらめきであるのか、信長は、「みずから神になる」
考えを実践したようなのです。
戦国終息期の3代の権力は、この考えを保ち続け、この東照宮を持って
完結を見たということのようなのですね。
そのために当代の建築技術が総動員されて作られてきたのですね。
あたかも、戦争が武器を中心とした物づくりの歴史を支えてきたように、
建築は、常に公共的な大建築がその技術革新を支えてきたものでしょう。
日光は行ってみると、市街地からえらく長い参道が続く深い森の中にあります。
そういう深い森の中に忽然と、大型建築群が展開しています。
江戸の鬼門の方位にあたり、たぶん古く、縄文期から続く
霊場、自然信仰の対象であった地に建てられたもののようです。
見るように唐破風の門構えの下側に、まさにおびただしい装飾が施されています。
まさに「装飾としての」建築というのが実感。
目的自体も、そのときの権力者の示威が中心だったことから、
そういう目的はただしく伝わってきますね。
あらゆる権力を自分のまわりに集中させた権力者として、
最後に、こういうように宗教的にも尊崇されたい、というのがすごい。
まぁ、家康個人としてというより、法人としての
徳川権力全体としての意志、ということなのですが。
しかし、歴史の星霜を経た、いまとなっては
そういう権力としての荘厳さの演出という部分は急速に色あせ、
装飾も飽き飽きさせられる印象を持たざるを得ませんね。
特定の個人がなまに感じられる権力装置というのでは、
自然な感情をわれわれ、後世のものは持ちようがありませんね。
どうもあんまり、いい印象を持てない建築なんですけど・・・。

日本シリーズチケット続編

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先日、「先行予約」でのチケット発売のことに触れましたが、
きのうの夕刊で北海道新聞でも、この問題、取り上げられていました。
yahooオークションなどに3000件以上の転売目的での出品がされているようです。
ほとんどが、予約番号だけのオークションなので、実券も存在せず、
それを購入もしていないのですから、売る人はただただ、申し込んで何もせずに、
極端な例では10倍以上の利益を得ているようです。
見てみたら、北海道からの出品と言うよりも全国各地からの出品。
っていうことは、やっぱり最初から転売目的が多いんでしょうか。
路上などでの転売行為は法律で罰せられるのに、
インターネット上では、罰せられないのが現状なのですね。
わたしは、ああいうの、どうにも好きになれないので、
そうやってまで購入したいとは思いませんね。
なにもしないで、ひとの気持ちをおもちゃにして儲けようというひとと、
きちんとした売買コミュニケーションが成立するのですかね?
さもしい根性の人と付き合うと、こっちも染まってしまうような気がします。
まぁ、軽い気持ちで小遣い稼ぎ、と思っている人が大半だとは思いますが、
意地でもそういう手段では、入手したくないと思います。
というよりも、いまのところ、すごく純な応援ぶりでとても好きな札幌ドームの雰囲気が、
こういう手合いが介入してくることで、スレていくのではないかと
そういう心配をしてしまいますね。
ということで、ほぼ諦めていたのですが、
ダメ元で、きのうの一般発売にチャレンジしてみました。
電話は全然無理だったので、HPからのローソンチケットにチャレンジ。
そうしたら、けっこう当たりで、まずは、繋がってくれた!
でも、すさまじい争奪戦ぶりで、一秒ごとに希望の券種がタッチの差で売り切れていく。
バカみたいですね。いい年して、野球のチケットに一喜一憂するなんて。
と大いにお笑いください。必死でしたね。
申し込んだとたんに時間切れ、売り切れの案内。ってなことを3回繰り返しました。
で、しょがない、札幌最終日の中日側、それも高い席(涙)に狙いをつけて、
これを何とかゲットしました。
売り出しから、1時間半ちょっとくらいですかね。
時々刻々と埋まっていって、どんどん安い方の券種から売り切れていく様はすさまじいものがありました。
そのチケット購入が成立してから、もう1日行きたいと
見回してみましたが、その段階ではすべてソールドアウト。
ギリギリだったようですね。
北海道では、日本シリーズなんて縁のないものと思っていたのですが、
どうも毎年、こんな狂躁ぶりなんだそうですね。
見たくても、見られないみなさんの気持ちも思いながら、
謹んで精一杯の応援を頑張ってこようと思います。
でも、中日側だった(汗)。
でもまぁ、札幌ドームでは全部がホーム側という雰囲気なんで、
ちょっとセーブしながら、わがチームの晴れ姿を目に焼き付けてこようと思います。
でも、、どっちかの4連勝だったら、骨折り損のくたびれもうけなんです。(泣)
なんとか、そうならないように、願うのみ。
いよいよ、今日からだ! 名古屋でも、頑張れ、北海道日本ハムファイターズ!

宮城から新米到着

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東北仙台に事務所を開いて現在スタッフ3名。
頑張ってやっておりますが、現地採用のスタッフに
実家が農家、というひとがいましたので、思い切ってお願いして
おこめを30kgほど、玄米のままで購入させてもらいました。
精米器で毎日、食べる分だけ精米して
それをすぐに炊いて、食べるというふうにしています。
宮城県といえば、有数の米所として有名。
さっそくきのうから炊いて食べております。
こういう満足感が、やっぱりいちばんうれしいです。
これまでは北海道産のほしのゆめを食べていたのですが、
比較すると、お米らしい、もちもちした食感は強い感じがいたします。
正直、おいしんぼじゃありませんから、目からウロコの味の違い、
なんてことまではわかりませんが、しみじみと楽しい食事を楽しんでいます。
お米は主食ですから、やはり食事のベースで、
主旋律を奏でてくれる大切な食品。
お金をかけると言うことではなく、いいプロセスを楽しみたいですね。
ここんとこ、体調が風邪気味なもので、カミさんに料理してもらっていますが、
きのうはおにぎりだけは握ってみました。
やや冷えても、大変おいしくいただけました。
もうすこし、体調が回復したら、週末あたりから自分で研いで、
このお米の味を研究しながら、調理してみたいなと思っています。
先週見てきた仏像展のときに購入していた
仏像写真集、郵送してもらっていたのが到着いたしました。
カミさんにちょっと見せたら、彼女も興味津々。
聞いたら、わたしも仏像好きなんだよ、ということ。
夫婦で楽しめる老後の楽しみが、ひとつ見つかりましたね(笑)。
でも、まぁ、迫力満点だし、追体験できて素晴らしいです。

日本シリーズチケット

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さて、今週末土曜日からはいよいよ、日本シリーズ。
ここまでたどりついて、なお元気いっぱいに戦ってくれることを
心の底から応援していきたいと思っています。北海道日本ハムファイターズ。
小さいときから、ボクシングの世界タイトルマッチのように
日本シリーズって、ある種、権威の感じられるゲームという意識があり、
この試合は、日本に住んでいる野球の神様のまえで、
選ばれたチームと選手たちが、すぐれた技量を競い合う、
そういう儀式性も持った、試合なのだという意識があります。
とくに北海道など、絶対に行われることがないという認識があり、
日本シリーズという試合が実際に行われることになって、
はじめて、いろいろなことがわかってきますね。
って、ようするに、チケット取れないんですよね(涙)
プレーオフチケットはまぁ、なんとかゲットできたんですが、
日本シリーズはまったくお手上げですね。
というか、発売方法もよくわからなかったんですが、
インターネットで申し込んで、あとは抽選になるということでした。
ということで、何人分も申し込んでおく、という手もあるのでしょうが、
ちょうど出張に出てしまってもいたので、坊主と二人分だけ
申し込んでみただけだったのです。
どうなるのかなぁ、と思っていたら、残念ながらハズレ。
どうも、インターネットで見てみたら、ほとんど当たっている人っていないみたいですね。
日ハムファンの集まるサイトなんかでも、チケット取れた、って
たまにいるとみんなで、「おめでとう」とか言い合っています。
やれやれ、これじゃ、チケット転売目的のダフ屋に利益を供与しているようなものですね。
yahooのオークションなんかでは高額で取引されています。
まぁ、仕方ない側面はあるけれど、
年間で15試合近く応援に行っているファンの立場からすると、
せっかくのチームの晴れ舞台を応援するチャンスを
横からぶんどっていくような行為に思えます。
この試合の管理運営権は、どうも日本プロ野球機構のようで、
それぞれのチームは、直接タッチできないようになっているのでしょうか?
まぁ、年間シートとかを購入している人は、優先されているようですが、
それは、大企業などの接待用を想定しているシステムなので、
一部の人気球団くらいしか、そう多くいるものではないでしょう。
残念ですが、日本シリーズというと、それを当て込んだような
「プロ」の、チケットゲット集団に乗っ取られて、
高額な取引を強いられてしまうというのが、どうも実態のようなのですね。
もうちょっと、発売方法、なんとかならないのでしょうかね?
本日は、ひがみ大会のブログで、恐縮です。

ドタバタのプレゼン

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いやぁ、あせっちゃいました。
きのうは、前から頼まれていた建築家による住宅の実例写真をもとにした講演を
わたしどもの事務所に30人前後のお客様をお迎えして行った次第。
写真の整理がチョー膨大ななかから、600点ほどに絞り込んで
Powerpointに詰め込んで、という作業だったので
事前の準備に1週間以上、時間はたしかにかかったのですが、
いつも身近にお付き合いしているみなさんが相手。
そういう意味では、準備も整い、気心も知れた安心感もあってゆったり構えていました。
が、災害は忘れた頃に、猛威を振るう。(笑)
昨日は風邪気味なので、念のため事前に点滴を受けてきていまして、
開始1時間前に、帰ってきて、さてと、とパソコンを当社のプロジェクターに接続させて
再起動、といつも慣れた動作をしていたのですが・・・
いつまで経っても、プロジェクター画面が「無信号」表示。
あれ、ということで、何度か再起動を繰り返すも、だめ。
そうこうしているうちに、お客様は集まりはじめてきている。
挨拶をにこにこと繰り返しながら、手元を見ては汗だく・・・。
普段使いのMacから、切り替えてWinノートを使ってみるが
それも、もっと信号が行かない。
どうも、PC側は個体を換えても問題はそれぞれなく、
問題になっているのは、プロジェクターの側という様子なんです。
って、出張に行く前の12日には動作確認もすませていたのですよ。
なのに、なんでこの時になって・・・、あぁ、絶望。
Macではまだ、信号を伝えようと動作している様子がうかがえる。
スタッフもあちこちと散らばっているなか、こりゃ、やばい、っていうことで、
レンタル屋さんにプロジェクターを借りに行ってもらおうと思ったら、
なんとレンタル屋さんは火曜日定休日なんだとか!
いよいよ、万事休す、叶わぬまでも、もう一回ということで
接続トライ、を繰り返しはじめておりました。
と、そのとき、お客様のなかから
なんと、「プロジェクター持ってるよ、俺」という声が。
聞いたら、翌日の講習プレゼン用に持参していたところということで、
地獄で仏とはこのことと、さっそく接続をトライ。
無事なんのトラブルもなく、一発起動接続!
プレゼン約束の時間から、やや遅れること、10分ほど。
他の連絡事項をやっていていただいて、時間稼ぎも、うまくはこんで、
スムーズにプレゼンに入ることが出来ました。
こういう非常事態がおきると、それを乗り越えたあとは
心理的にも、ずいぶんと楽になるもので、
都合、600点ほどの写真ショーでしたが、楽しく終えることが出来ました。
やれやれ、というところでした。
戦い済んで、くだんのプロジェクター、購入してから5年くらいになるヤツですが、
メンテナンスしてもらうように連絡。
普段はまったく問題なく動作しているのに、
まったく、選りに選って、ってところですが、
でも、いままで、一度もメンテしていなかったので、ここぞというタイミングで、
強烈にアピールしたものと見受けられます。
ということで、終わってからの食事会、ふだんの3倍くらい
肩の荷が下りて、ふー、やれやれと肩で息をついておりました。
機械はふだんから愛情を持って、メンテ、心がけないといけませんね。
教訓その1、の恐怖体験でした。

国立博物館

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きのうは、すっかりいじけたようなブログの書き方になって、
反省いたしております。
写真は、昨日も触れました、上野の国立博物館常設展示の土偶です。
まじまじと見ることができた上に、写真撮影してもよい、ということでした。
ということで、謹んで撮影いたしました。
にしても、凄い迫力です。
こういう生命力そのものの造形を、縄文の日本人は生み出していたのですね。
これがいったい何をあらわし、なにを訴えたかったものであるのか、
それは不明であり、なぞのままなのでしょうが、
そういうことはあまり関係がありませんね。
縄文の日本というのは、世界でも有数の豊かな環境であった、
という説が最近、たいへん有力になってきています。
あまりにもその暮らしぶりが心地よいものだったので、
ながく、その最適地、関東から東北・北海道は、
西日本地域とは別の社会を形成してきたのだ、という説です。
もっといえば、この列島にはいくつかの社会が形成され、
その後、日本国家を形成した弥生の日本と、
縄文的な価値観をふかく残してきた関東圏、
さらに、北方で蝦夷としてながく同化を拒んできた地域と、
南方で、荒々しく剽悍な生活文化様式を持っていた九州南部の社会というように
別れた価値観が併存してきたのが、ベーシックな歴史だという考えもあります。
基本的に東西の社会は明確に別れて発展してきたのは間違いがありません。
たまたま、ヤマト朝廷のスタイルが東アジア世界のなかでの
この列島の生存手段として、選択されてきたというのが実体に近いのではないか。
きのうもふれたように、仏教がヤマト政権によって、アジア世界から導入され、
しかしそれが東国的な価値観と巡り会って、
さまざまな日本独自のかたちに変化していった、
というプロセスが明確に見える気がいたします。
なぜ、ヤマト政権が仏教を導入したのか、というのが
大変面白いのだけれど、やはり外圧というものが基本因子だったのではないかと。
中国にどんどんと強大な軍事力を持つ国家が形成され、
漢字を中心とする文明が進化していくことが、
地域的にその強い影響を受けざるを得ないこの列島社会に
自然に外圧として働いてきた結果なのでしょうか。
たとえば戦後日本が導入した「民主主義社会」というものと
この仏教の日本導入という現象は比肩しうるようなことであったのかも知れません。
そのときの権力、ちょうど自民党保守権力と、
聖徳太子を中心としたヤマト政権とは似たような政策を行ったのかも知れません。
って、ちょっと類推飛躍が行き過ぎかなぁ(笑)。
でも、わかりやすく解釈すれば、そんなところなのかも知れません。
あ、土偶の写真なんですけれど、
ついつい、そういった悠久な思念を思わず思い起こさせるような、
そういう強いインパクトが、対面することで感じられた次第。
調べてみたら、国立博物館って、
およそ、日本と列島社会にとっての基本的な遺産が、
それこそ、すべてといっていいくらい集中して保存されているのですね。
こりゃぁ、何ヶ月も滞在しても、見尽くすことが不可能なくらい、
いろいろな歴史の証拠物件を発見できるでしょう。
死ぬまでに、どれくらい目にし、
さまざまな古人の思いを追体験できるか、わくわくしてきました。
これからも、浸り尽くす時間を味わいたいと思いました。
にしても、東京にいる人たちはいいよなぁ・・・はぁ。