
下川から帰ってきて、疲労感が半端ないので、
きのうは1日、のんびりと買い物や料理など。
なんですが、やや気分がササぐれていて家人と行き違い。
反省して謝りましたが、どうもこういう日はたっぷり休むしかありませんね。
この時期、北海道ではお歳暮時期ということもあって、
塩引きの鮭が店頭を賑わしてくれる。
贈答用はその場からお送りして、自家用と娘に送る分は持ち帰り。
4kgという、鮭でもかなりの大物を1匹捌いてみましたが、
さすがになかなかの重労働感。
塩引き冷凍になっているので、すこし解凍させて2枚に下ろし、
そこから骨に直角に切り身に切り分けていく。
と書けば簡単なことですが、
やるとなったらかなり大変であります(笑)。
贈られる方もなかなかの大仕事になると内心、申し訳ない気もあるのですが
でもやっぱり、冬になっての季節感、
北海道からの思いを内地のひとに贈るのに、ふさわしいと思える。
塩引きされた鮭の、まんまの姿形から、なにか伝わってくるモノがある。
そんな思いに似た感覚を下川でも味わってきました。
写真のような古びた「カレーレストラン」に
エコハウス設計者の桜井さんに連れて行かされた。
訪れたら、わたしたちを出迎えるように手荒くワンちゃんが走り寄ってくる。
かわいいんだけれど、すごい(笑)。
ご主人は絵を描かれている画家さんのようなのですが、
そういうタイプの方には、非常に親近感を感じるほうなので、
建物とインテリアの雰囲気にすっかりハマって癒されておりました(笑)。
きっと離農した農家住宅であろうと思うのですが、
それにちょっと手を加えている建物であります。
中には、どんと薪ストーブが置かれて
「寒かったべ、まぁ、ゆっくり火にあたれや」みたいな、
問わず語りのコミュニケーションが立ちのぼってくる。
床壁天井とも、たぶん手を掛けてリフォームしたに違いないけれど
それらもある年輪を重ねたような歳月感がただよっていて
背景としての雰囲気を構成し、
その空間の主役としての古寂れた家具たちが、味わいを醸し出している。
ひとが触れてきたような手垢や、使い込まれたモノが持つ
やさしさ、人肌のような安心感に包まれる感覚。
だいたいの建築家のみなさんは、こういうのが大好きですね。
しかし、一般のみなさんにはある種の古くなることへの畏れが存在している。
社会から取り残されていくことへの恐怖のようなモノであって
必ずしもそれは良くないことだとも思いません。
芸術家のような存在には、そういった過去への郷愁が許される部分があるけれど、
しかし絶えざる現在を生きる身には、そういうゆとりは持ちにくい。
わたしにしても、こういう空間性に同意するには、ある種のスイッチの変換がある。
現代人、こういった自己分裂の中を生きているのでしょうね。
お店の名前は、
RESTAURANTE Y-CAFE MORENA【モレーナ】
下川町北町309
TEL/01655-4-4110
営業時間/11:30~21:00
定休日/月曜日 席数/25席
お近くに行かれたときには、いかがでしょうか? と宣伝しておきます(笑)。
Posted on 12月 9th, 2013 by 三木 奎吾
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きのうは、住まいと環境 東北フォーラムの北海道見学の旅、第2日目。
早朝、ごらんの白く化粧した下川エコハウスを出発して札幌へ移動。
みなさんはバスでの移動でしたが、
わたしは、ゲストのエコハウス設計者・桜井百子さんを送迎していたので
マイカーでの参加です。
で、桜井さんが朝のJRでなんと、今度は道南の江差に行くと言うことで、
アッシーくんになりまして、隣接のJR駅・名寄に送りました。
わたしは本格的な雪道走行は今シーズンはじめて。
北海道のドライバーでも、シーズントップはやはり緊張感、半端ない、でありまして
慎重に、慎重に走らせておりました。
で、名寄駅からは、先行するバスの一行を追いかけてのひとり旅。
天気が良ければ高速道路も利用しての、だいたい3時間半の道のり。
ということで、約230kmのドライブと相成りました。
まぁ、見学スケジュールとしてはそんなに混んではいないし、
パスもできる視察先だしなぁと思っていたので、
気軽なものでした。
という感じだったのですが、
遠回りしてたどり着いた「道央道」に乗って見掛けた交通情報には
「滝川ー美唄吹雪通行止め」という表示。
道北の名寄や士別などでは青空も見えているのに・・・、であります。
で、途中札幌の様子を聞いても
「青空、出てるよ〜〜〜」という情報。
ということで、油断は出来ないけれど、時期に天候は回復するのではないかと
楽観しながら南下しておりました。
しかし、旭川あたりからやはり本格的な降雪状況。
しかも通行止めの区間表示がどんどん南下して、
確認した最後には〜岩見沢になっていた。
<あとで聞いたら、その後江別西までになったそうです>
で、次の深川インター前から、なぜか警察車両に後続することに。
これが時速30km程度まで、スピードダウンしてきてしまった。
まさか、追い越しもやはり、しにくい・・・。
ということなので、高速を諦めて、深川インターで下りて
一般道12号線国道を南下することに致しました。
その間も断続的な降雪が続く一本道なので、各所で渋滞ノロノロ徐行運転。
先行するバスからの連絡も入って
(わたしは、車内ケータイのフリーハンド型にしています)
予定変更の様子も確認し続けておりました。
しかし、渋滞状況は改善できないようなので、
最後の予定の午後4時過ぎの集合場所までの予定は
キャンセルせざるを得なくなってしまいました。
なお、岩見沢直前になって、ついに国道12号線では車列が停止してしまった。
ことここに至って、やむなく岩見沢からの高速復帰、12号線南下を断念して
農道経由で当別方面を目指し、途中から別ルートでの札幌帰還に変更。
吹雪模様でしたが、それでも走れるだけマシ、ということでした。
すっかり遅れてしまった昼食先では、ドライバーさんたちに道を聞いて
あれこれ作戦を立てながらのサバイバルレース(笑)。
「この時期、札幌から北の方はいっつもそうだべさ」
という声に深く思い知らされた次第であります。
で、4時過ぎにようやくメンバーと再会し、
スケジュールに復帰しましたら、
すぐに懇親会での「乾杯の挨拶」のご指名をありがたく拝受(笑)。
やれやれと、どっと疲労感が倍加・・・。
しかし、その「ヨレヨレ感」に共感をいただいてか、
無事、あいさつの義務はなんとか果たせました。なにが幸いか、先はわからない(笑)。
ということで、
北海道の冬の自然、すばらしきかな、であります。ふ〜〜〜。
Posted on 12月 8th, 2013 by 三木 奎吾
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日本の住宅って、庭との関係性について
いろいろに考えて設計されていることに驚くことが多い。
メインとしての「見せる庭」には主たる室、たいていはメインゲストのための部屋が
それを眺めるように配置されているけれど、
大きな高級住宅では、さらに茶室なども付けられていて、
その周囲も又、ゲストへの「もてなし」の工夫があって、
非日常的な空間性を意匠していることが多い。
この写真の空間も、茶室への動線を兼ねている縁側が
面白いデザインで配置されていて、中庭との関係性も、
その距離感覚もなkなかにいいなぁと思わされました。
象徴的な植え込みと、その周囲の水屋、井戸といった装置が
コンパクトにまとめられていて、かつ、とっかかり動作がきわめて自然にできそう。
茶室を使い込んでいる様子が伝わってくるかのようです。
こういう建築デザイン文化にふれられる機会、
北海道ではなかなかない。
しかし、やはり住宅の「おもしろさ」というのは、こういった建築デザイン文化の
とっかかりがあったほうが、絶対にわかりやすい。
きのうから、住まいと環境 東北フォーラム一行と、
北海道北部の下川町に来ております。
ここに建てられた「エコハウス」に宿泊して、その住宅性能の意味を再体験して
今後の活動に活かしていこうということなのであります。
わたしは、東北フォーラムの会員でもあるのですが、
このような機会では、北海道側の受け入れ側でもあるという立場。
わたしとしては、むしろいま、北海道の住宅建築が抱えている問題点は
よりデザインや、住宅生産システムに関わるような領域で
生起していくようになるのではないかと感じています。
断熱技術はある「しきい」値を超えて成熟してきていると思うけれど、
その技術はまだ、より本質的な意味での訴求力を獲得してはいない。
たぶんそれは、建築が建てられるときに普遍的で、必然的な与条件としての
「地域性・気候風土性」を読み取り、対応するという
いわば建築の大前提の部分でのことなのだろうと思います。
ほんとうは北海道は、日本に対して
そういう日本建築の環境対応の柔軟性をこそ大きく訴求すべきなのかも知れない。
わたしたち北海道は、このように日本の建築技術を使って
寒冷地での対応を成し遂げました。
その技術を、フィードバックするのには、
温暖地域の建築に対して、そのような技術進化地域として
もっと豊かな北国の住空間を獲得するために
生活文化デザイン、住宅生産システムを学ばせてもらう、という
いわばバーター取引のようなスタンスがいいのかも知れない。
きのう、関東地域からの移住のみなさんの住宅を見学させていただいて、
技術は確かに北国的な技術が使われているけれど、
生活デザイン的には、やはり
北海道的な生活感受性を超えている部分を感じて、
なんとなく、そんなような気分が沸き起こってきています。
Posted on 12月 7th, 2013 by 三木 奎吾
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わたしの家系は瀬戸内海に面した世界にながく生きてきた系譜を持っています。
確実性の高い江戸期の資料では、広島県東部の福山市周辺に居所をたどることが出来る。
室町から戦国期以前には、兵庫県姫路周辺の「英賀」にも痕跡が残っている。
そこからさらに道後温泉周辺の愛媛県にまで、想像ではさかのぼれる。
南北朝の時代には、愛媛県地方で南朝方として組みしていたという伝承もある。
どこまでの信憑性があるのか、そういった証立てにはあんまり興味もないのですが、
さりとて、先祖様がどのような心的世界に生きていたのかには
深い興味を持たざるを得ない。
いずれにせよ、写真のような瀬戸内海世界が天地だったようです。
これは、福山市郊外の「鞆の浦」の「福禅寺」迎賓館からの眺望。
この鞆の浦は、瀬戸内海の海流が東西で出会うという海の要衝地だそうで、
江戸時代を通じて「朝鮮通信使」が往来を重ねていた。
その使節のための「迎賓館」をこの寺の敷地に造作したということです。
日本人にとって、日本史にとって、
やはり瀬戸内海世界というのは、ながくメインストリートだったのだろうと思います。
魏志倭人伝ではないけれど、この風景の多島海ぶりは
日本人の心性に刻み込まれたようななにかの訴求力を持っている。
というふうに思うのは、やはりご先祖様への思いの成せる業でしょうか(笑)。
この朝鮮通信使迎賓館からの眺望に対して
朝鮮側から「日東第一」の景観であるという絶賛の声が記録されています。
かの国では日本のことを日東というように呼ぶようですね。
また、天皇という呼称について、中国ではそのまま天皇と呼ぶのに
「日王」というように、儒教思想的に一段下げた呼び方をしつづけているそうです。
朝鮮、韓国の人々にとって、日本という存在は歴史的に悩ましい存在なのでしょう。
自分たちは、細心の注意力を持って超大国・中国の動向に配慮し続けてきたのに
隣国である日本は、そういう意識からは比較的自由であった。
また、歴代の中国王朝からも、相対的に独立性の高い国家存在として
認識され続けてきたという点でも、大きく意識し続けなければならなかった。
要するに、鬱陶しく悩ましい距離感を感じ続けてきた国なのでしょう。
半島国家として、列島国家は中国王朝に対しての態度では
うらやましいけれど、さりとてそれを認めてしまえば自らの存在感に疑念が生ずる。
呼称ひとつ取っても、なにやら屈折を感じる。
そんなないまぜな思いを抱きながら、
この風景の中に浸っておりました。
しかも、見えている島には、「皇后島」という名前が付いているのだそうです。
その皇后とは、朝鮮と戦争したとされる「神功皇后(じんぐうこうごう」なのだそうです。
このあたりも、きっと朝鮮使節には気に入らないネーミングだったに違いありません。
しかし、多島海ぶり自体は朝鮮南部の風景とも親近感が感じられたでしょう。
そういった東アジアの歴史交流が、ほんのちょっとした話題からも立ち上る。
まことに北海道のような新開地とは、
その時間感覚に大きな違いがあると思い知らされます。
Posted on 12月 6th, 2013 by 三木 奎吾
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札幌はすっかり冬モードの日々ですが、
でもまだ、根雪は来ていない。
予報では、今週末に降雪があるようで、
その雪がどうやら根雪になるという見通しなんだとか。
この時期、雪はまだないけれど、
暗くなる時間はほんとうに駆け足で、4時過ぎには日が落ちる。
そして朝は7時になっても明けきらない。
むかしクリスマスの時期に北欧を歩きまわったことがありましたが、
あちらでは10時にならないと明るくならず、
15時にはもうどっぷりと日が暮れてしまうという短い昼を経験した。
まぁ、この時期は、北海道も似た雰囲気になります。
天気がいい日の朝は、しばれあがっていて、
なかなか、散歩に行こうという気力は出てこない。
むしろ、断熱効果のある雪が降ってくれた方が、暖かさを感じる。
白い世界になってしまえば、より色のあたたかみが感じられてくる。
そんな話題が出てくると、
ことしもそろそろ終わりということで、来年へ向けての動きが加速してきますね。
と、ふとカレンダーを見るとあと残りの日は、20数日。
早い早い、とは思ってはいるけれど、それにしても異常に早く感じる。
若さというのは、水飴のように伸びきった時間がたっぷりと与えられている
という特権をもっている、ということなのでしょうか。
歳を取ってくると言うことは、時間が駆け足になるということなのでしょう。
しかし、この雪がまだ本格的ではない季節感も悪くない。
雪が降り積もると、サイレントな世界になるのだけれど、
でもこの時期も又、すっかり葉を落とした木々のたたずまいなど、
寂寥感と、独特のしずかさに包まれている。
こういった自然の空気感との同心というものもまた、
北国人の独特の感受性であるのかも知れません。
こういう季節のもたらす陰影感を、しばし楽しんでいたいと思いますね。
Posted on 12月 5th, 2013 by 三木 奎吾
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東日本大震災から2年半以上が経過しました。
仙台などでも、「復興」などのフレーズはあまり目にしなくなってきています。
それはそれで、日常的な暮らしが復活してきているということで、
きわめて自然なことだと思います。
しかし同時に一方で、仮設住宅に10万人以上が生活していることも事実。
高台移転などの敷地の整備がようやく目に見えてきて
具体的な「建てる場所、住む土地」のかたちが宮城・岩手では見えてきています。
福島についても、原発避難地域以外では進展が見られている。
当社と、そのボランティア活動部門であるNPO住宅110番では、
震災発生後の2011年6月から、ほぼ年に2回のペースで
「東北の住まい再生」という住宅復興についての無料情報誌を発行してきました。
民間からの、とくに住宅関連業界からの善意を基盤にして
発行を継続してきて、3年。今回も11月末に発刊することが出来ました。
いま、岩手・宮城・福島の被災3県のネットワークを通じて
被災者のみなさんへ、手渡されているという状況です。
今回は、岩手県陸前高田や宮城県石巻市の動きなどをめぐっての
情報交換の様子を中心にして、誌面構成を行いました。
陸前高田では、住宅を再建しようと考えるみなさんが主体的に立ち上がり、
住宅関係事業者を巻き込むようなかたちで
いわば、地域ぐるみの再建の動きが出てきています。
日本の住宅業界は、当然ですが供給者の側からの情報提供が一般的でしたが
そういった状況に対して、むしろコーポラティブ的な手法で挑んでいるのです。
先週日曜日には、そのような家づくりの第1号の住宅が完成し
地域で「住宅見学会」が催されていました。
日本中、どこでも行われている風景ですが、
この陸前高田でも、このような催しが行われるようになって来たのです。
さらに、石巻市では、災害公営住宅の建設に
地域の工務店がほとんどすべてが参加して協同組合を結成して
行政側からの「木造戸建て型」の公営住宅750戸の建設に立ち上がっています。
こうした動きは、地域の経済活動を地域で確保していくことを意味し、
単に住宅の再建ということだけではなく、
具体的な経済活性化、まちの元気の創出にも繋がっていく動きだと思います。
このような被災地での代表的な動向をお伝えして、
こうした動きに呼応するような各地の胎動を揺さぶりたいと考えた次第です。
ぜひ、この情報誌をお手にとってお読みください。
お問い合わせは、各県の窓口まで。
もし、被災者以外のみなさんでご希望の場合には、
なお、ボランティアでの「無料配布誌」ですので、
任意の額のカンパをお願いした上で、郵送させていただきます。
Posted on 12月 4th, 2013 by 三木 奎吾
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きのうようやく仙台〜東京〜仙台〜陸前高田〜青森という
1週間にわたった出張から帰還致しました。
出張先から連絡を取りながらでしたが、この間、新刊の発売も相次ぎました。
本日のブログは、そのうちの1冊、「冬を楽しむ。」臨時増刊号のご案内です。
Replan北海道 2014冬春号 臨時増刊
薪ストーブ・ペレットストーブで、冬を楽しむ。
北海道・東北・一部関東の書店にて販売
2013年11月29日刊行・12月2日発売
A4版140p(表紙共) 定価980円(税込)
住宅性能が高まり、「暖かい住宅」は今では当たり前になりました。
しかし、性能数値や機器だけでは生み出せないのが、「ここちよさ」。
薪ストーブやペレットストーブの柔らかな炎。
リビングやキッチンなど居室の一部に取り入れられた、外のように使える土間。
これらは生活するうえで必ず必要な要素ではないものの、
加わることで日々の暮らしに変化が生まれ、日常生活のエッセンスとして、
ここちよさを生み出します。
また、東日本大震災以降、
エネルギーを分散することでリスクを回避しようと、
薪やペレットに注目が集まっているのも事実。
炎のある空間や土間空間に憧れてきた人も、そうでない人も、
この本をとおしてその魅力に触れ、
思わず寒い季節が待ち遠しくなるような住まいを手に入れて欲しいと、
本誌を企画いたしました。
Contents
◆炎が似合う空間〈北海道・東北4事例〉
◆Q&A
炎のある暮らしを楽しみたいあなたに、知ってもらいたい10のこと。
◆自然エネルギーを熱源とする、ペレットストーブの魅力
◆炎を囲む暮らし〈北海道・東北の住宅28事例〉
◆炎に魅せられたオーナーたち SHOP Report
◆いつものごはんも、薪ストーブで挑戦!
〈Cooking Recipes〉
◆薪ストーブ・ペレットストーブ専門ショップ
〈北海道・東北〉
◆いざという時の備え
【WEBでのご購入はこちらから】
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b3toku/maki2013/
【書店で購入をご希望の方へ】
書店でお買い求めの際に店頭で見つけられなかった場合は、
書店窓口でご注文いただけると幸いです。
Posted on 12月 3rd, 2013 by 三木 奎吾
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きのうは陸前高田で取材活動。
たいへん大きな気付きにつながった取材でした。
大きなテーマなので、これからじっくりと熟成させていくテーマだと
そんなふうに感じた次第です。
さて、わたしのブログでは最近、東アジア3カ国関係についての話題が多い。
長く日本は欧米との外交関係を中心テーマに
東西冷戦構造という比較的わかりやすい外交構造の中を生きていれば良かった。
しかし冷戦構造の終焉後、経済のグローバル化
資本主義「市場」世界の拡大が大きな流れになり、
そこに中国が加わってくることで、まったく一変してきた。
東アジアの世界経済の中での比重が圧倒的に高まってきたことで
外交の基本事項にも大きな変化が出てきたと言うことなのでしょう。
しかしもうひとつ大きなテーマがあって、
それは日本や先進国における少子高齢化の問題だろうと思います。
で、その結果としての「移民問題」が大きな問題になってきた。
日本は、表面的には移民を受け入れてはいないことになっているけれど、
東京にいて、肌で感じるのは東アジア圏が拡大して
どっと東京に流れ込んできている、という実感。
フランスを筆頭に、先進国では一様に「反移民」という感情に根ざしたような
ネオ民族主義的な流れが発生してきていますが、
東京にいると、その空気感の中にその根を感じる。
繁華街を歩いていると、日本語よりも中国・韓国語の方が多く感じる。
数十年ぶりに新宿歌舞伎町の繁華街などを通ったけれど、
それも早朝に歩くと、
かなり危険な雰囲気も感じていた。
とにかく東アジアから来たとおぼしき街娼たちのかまびすしいこと。
そしてその周辺からは、きわめて危険な空気が充満している。
かなり荒っぽそうな夜の街の「暴力」の匂いを感じる。
結局、日本はサイレントなかたちで
移民を事実上、受け入れているのではないのか。
表だって言えば、いろいろ反発もあって日本社会は導入が難しいので、
なし崩し的に、既成事実が積み重ねられているのではないか。
日本の人口が大きく減少しようとするとばりに立って
こういった舵取りの変更が余儀なくされているように思われる。
人口統計で、いま正確な国籍別現在人口をカウントしたら、
どうも相当な流入になっているのではないか。
こういった現実の中で、正規労働としての日本人若年層のニーズが減退し、
それらは、流入した非正規労働力たる「移民」が担っているのではないか。
その割合が、相当のレベルで高まっているのが現実ではないのか。
そんな気がしてなりませんでした。
こうした現実の中で、
これまで東京は、日本国内での中央と地方という対立軸が主であったけれど、
どうも日本の中央と、アジア世界辺境との対立軸も
あらたに抱え込んできているように思われてならない。
こういった現実の中で、日本人はどのように接していいか
わからなくなっているのではないか。
これまでに日本人同士での、
「言わなくても通じる」ようなやり方では通じない社会に変容している。
事実上移民と言った方がいい現在人口について情報を開示し、
それへの対応、社会の意識構造論議をしっかりやる必要があるのではないか。
そしてこのことと、いまの難しい外交関係とはリンクしているように
思われてならない。
どうも、日本社会は大きく変容していることを
まずは認めてから論議をはじめた方がいいように思いました。
みなさん、どう感じられているでしょうか?
Posted on 12月 2nd, 2013 by 三木 奎吾
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写真は、東京南青山の風景です。
とくにこの建物にいたく感動したとか言うことではありません。
ではなくて、注目していたのは、この建物の向かい側に面白いバラック群を見つけたから。

こっちであります。
大きさもやる気も全然違うのですが、
対峙して存在しているキッチュさに、ほぼ吸い寄せられるように見入ってしまった。
こういった感動というか、邂逅というか、
そういう雰囲気にいったん心がとらわれてしまうと、
突然フレンドリーというか、解放的心情の全面的開花というか、
が、頭のなかいっぱいにあふれかえってくるから不思議。
おもわず、オーナーとおぼしき方と会話を交わしてしまった。
「いやぁ、アバンギャルドですね〜(笑)」
「いやはや、面白がってくれる人が多いんですよね」
「失礼ですけど、これらの建物は手作りですか?」
「あ、いや、建物は、工務店に作ってもらっていますよ。」
「一応店舗になっていて、ウチはパンを売っています」
「しっかし、地価も高いだろうに、どういうことなんですか、こういう店舗って?」
「この敷地はURの持ち物で、建築計画がまだ決まらないので、その間2年間の約束で
その後の原状回復も契約条件付きで、借りているのです。」
「なので、店舗は仮設的な建物になっているのです」
「それにしても、外壁に木の枝を使ったりとなかなか前衛アート的ですね」
「あはは、まぁいろんなもののパクリですよ(笑)」
「いいなぁそういうの。でも断熱とかは、もちろんないみたいですけど」
「あ、それは一応ちゃんと外側に張ってもらってますよ、エアコンもちゃんと入れてます」
「そうですか、ふむふむ。しっかし、来てる人みんな楽しそうですよね」
「ええ、でも、興味本位で見ていって、なかなか買ってくれない(笑)」
・・・という展開で、やむなくパンを数個購入。
まぁ、パン代がもったいなかった、というのが本題ではありません(笑)。
なかなかおいしかったです。
なんとなく惹かれるって言う部分って、
人間のあたたかみとかって、どういう回路を刺激されると
盛り上がってくるモノなのか、ということに興味を刺激されたのですね。
なんとなくおかしい、っていう建築的言語は、そういう意味で
たいへん重要ななにかを持っているように思わされた次第。
まぁ、1枚目の写真のような「街並み」に居続けると、
必ずこんなくだけた雰囲気を、対称的に欲しがるモノなのではないか。
久しぶりにそんなことを想起させられた大都会の中の空間でした。
Posted on 12月 1st, 2013 by 三木 奎吾
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きのうは、新宿周辺にいて
今朝も早くに用事もあるので、新宿で投宿。ということで、
前から人に聞いていた「温泉付きカプセルホテル」というのを体験しています。
このカプセルホテルって、喰わずきらいではないけれど、はじめて体験するモノ。
やっぱり好奇心というのが、いちばん大切だと思うのですね。
まずは、チェックインのときになにやら、いろいろの説明を受ける。
え、そんなにいろんな知識が必要なの?っていうところですが、
やむなく従順に言われたとおりに。
まず貴重品は、ゴルフ場などと同じようなフロントの目の前のキー連動ボックスへ。
で、そのあと、荷物をロッカーに収納する。
わたしは、LAN接続ケーブル付きのボックスをお願いしたのですが、
その場合でも、どうも「個室」ではないので、
PCワーク作業のときには荷物を持ち込んで作業して、
それが終わったら、ロッカーに収納する必要性がある。
なんとも面倒だけれど、まぁ慣れると、気にはならない。
こういうある必然性に沿った「行動規制」のようなものに対する「耐性」って、
大変面白みがある。
建築を考えるときに、基本になる「寸法」の概念って、
基本的にそういうものなのだろうと思います。
で、なんといってもカプセルホテルのその「狭さ」であります。
江戸時代の北海道西海岸沿岸部には、「にしん番屋」という
日本中から「やん衆」と呼ばれる出稼ぎ労働者が集められてきて
きわめて規格的なタタミ1枚だけの「個室空間」が装置されていたのですが、
やはり基本的には、その寸法感覚と非常に似ている。
人間の大きさはそれほど変わりがないので、当たり前か(笑)。
にしん番屋では、荷物は行李(こおりと読む。昔の竹編み製の旅行バッグ)を、
寝る枕の上の方に収納させていましたが、
それが、現代では別室のロッカーになっている。
入り口を見ていて、タイトルのようなことを想起したのですが、
まさに草庵茶室の「にじり口」そのものであります。
頭を下げて、カラダを2つ折りにして入らねばならない。

で、中に入るとテーブルを置いて座れば、
なんとか、PCデスクワークは可能な空間が確保されている。
まさに身体寸法に叶っている。
で、茶室や番屋とは違って、ここには温泉施設が24時間利用可能。
なぜか、「登別の湯」なんだとか(笑)。
入浴してみると、あ、この匂い、そう言われれば・・・、
そこそこ登別の湯感はある(笑)。
でもいいのは、サウナでしょうね。
アロマの香りの蒸気で汗だしさせるサービスもあった。
しかし、きっとこういう人体寸法の極限に挑むような空間サービスって
そのキモは日本人でしか、文化醸成できないのではないかと思いました。
茶という建築と一体になった文化を持っている民族だから、
こういう寸法極限でのサービスの「売り買い」が可能なのでしょう。
しかもそれを踏まえて激烈な競争が展開していく。
ある意味、日本のサービス産業の力が表現されていると思いました。
でも本当は、ここを出てから、
カラダがどんな答えを出すかが、いちばん重要なポイントなんでしょうね。
さてどういうふうになるモノか、ふむふむ。
あ、そろそろ・・・。
Posted on 11月 30th, 2013 by 三木 奎吾
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