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司馬遼太郎「播磨灘物語」あとがき

1699

読書というのは、読む度にいろいろな発見がある。
司馬さんの最高傑作は何かというといろいろあると思うけれど、
播磨灘物語は、司馬さんの歴史を見る目がよくわかる作品だと思います。

で、久しぶりにたっぷりしたGW休暇時間の中で、
「あとがき〜文庫版のために〜」を読み返した次第です。
ここで、司馬さんとわが家系との接点が見いだせているのです。
とはいっても、血筋としての直接のわが家系というのは、
江戸中期にこの家に「入家」している存在なので、
まぁ、法人としての「家」伝承と言うことになります。
養子縁組という制度が人間社会の迂回装置として機能してきたことの例証です。
で、そのわが「家」系伝承では、戦国期に黒田官兵衛と秀吉の織田軍によって
播州西部・英賀で敗北しています。
なんと、宇野氏という司馬さんのご先祖もこの同じ城で戦っていたそうなのです。
現世的には主従関係と言うことになるでしょうが、
この城は、一向宗の拠点になっていた城で
たぶん現世の城主よりも未来永劫の弥陀の本願への
帰依を優先させた政治闘争方針で
信仰のがんじがらめの教条によっていわば政治的な透徹性がなく、
簡単に勢力が瓦解させられたようなのです。
ただ、こうした経緯について歴史文学者・歴史家としての司馬遼太郎は
現地調査もして、大きな文学的着想を得て
しかしそれから長い時間を経て書き上げた播磨灘物語では、
ほとんど残滓も残らないかたちで記述からは消え失せている。
で、このことで英賀城を先祖伝承として持っているだろう読者から、
自分の先祖のことが消え失せていると抗議されたそうなのです。
その経緯について、「あとがき」で
まるで「化学反応の場合、化合が成立したときに触媒が消えてしまうように」
消え去ってしまったと語っています。

こういった、残っていく作品の「あとがき」において、
どうも自分に関係すると推測できるやりとりの痕跡を発見するのは
キモの冷えるような思い。
それも司馬さんの文章には珍しく、投稿に対して怒気を含んでいる。
投稿者は、よほどの書きようをしたに違いないと思う次第。
司馬さんは、英賀城のことを書くことが気恥ずかしくなって
この作品から記述が消えてしまったと書いている。
私小説的な性向が自分にはまったくないのだという自己分析が書き添えられている。
そして「他意はない」とも書かれていた。
しかし、歴史文学者としての方法論などは非常に明瞭になっていて
司馬文学の骨格的な部分がよくわかった次第です。
人間社会での経験を経てきて、思いがけず発見できた機微だと思っています。
そういう意味で、たいへん味わいが深くなった次第。

読書とひとの「知」

1705

連休最後の昨日は、わが家の大掃除をしておりました。
中学校、高校のときの坊主が残した大量の紙類整理をしました。
それでわかることって、やはり多いものだと思わされます。
自分の大学入学時、母親が、あわただしく東京に向かったわたしの残した
多くの本や、文書類を整理してくれたことを思い起こしました。
個人的な記録や、交友のさまざまな記録を丹念に整理整頓してくれていた。
高校卒業時だから、その当時はそう多くの本を持っていたわけではないけれど、
まぁそれなりに、数十冊は本を持っていたと記憶している。
そういう本類は、大切に持って行った。
そのころは、なにを読むかが、「どんな人間になるか」ということと
ほとんど同義と思っていたように、いま、思う次第。
そしていま、坊主たちは本と言うよりも
インターネットの時代にネイティブで生きている。
新聞が、すでに若い世代でまったく購読されていないけれど、
本も、急速にひとの精神生活への影響力を落としてきている。
ことし、東大卒の学生がひとりも朝日新聞に入社しなかったそうで、
急速に知の世界でのアナログのパワーが落ちている現実がある。
それよりもSNSであったり、ソーシャルゲームであったり、
インターネットが、かれら世代の「現在」を表徴している。
東大の学生たちの進路先にそういった企業群が多く、名を連ねている。
そのように変化していくのは不可逆だろうけれど、
違うかたちの知性は、どのように形作られていくのだろうか?
そこのところがよくわからないし、見えなくなっている。

ただ、わたしの読書傾向で見ていても
いわゆる出版のメインカレントとはまったく無縁な
考古や、より興味傾向が狭まった
ロングテール的な歴史領域を扱った書物が増えてきた。
さらに博物館や歴史資料館の図録の類がやたら増えてきている。
従来、こうした著作物はあまり一般性を持っていなかったように思うけれど、
知の新たな領域として、あるジャンルを形成してきているのではないかと
そんなふうに思われます。
こういった傾向は、現代の知の領域が
インターネットの大きな影響を受けてきた結果とも思える。
いわば「入門」的な部分はインターネットで済む部分で
そうではない、イベントのような
「わざわざそこに行かないと得ることの出来ない情報」
のようなものに、希少価値が移ってきている気がする。

そんなふうに考えると、
わたしたちの時代にも、そういった部分は大きかった気がしてくる。
わたしは高校時代、学生運動の影響を受けたけれど、
そしてそのような著作物が出発点のように所有していたけれど、
それはある意味で、ニッチでロングテールな最先端を
求めていたのだとも思える。
いま、こどもたちはそんな時代に生きていて
本を買うとすれば、
ニッチでロングテールな最先端を求めているのではないか。
でも現状では、そういった書物はアナログの生産流通システムでは
生み出しようが、きわめて難しくなっている。
こんなような部分に対する解決策が、次代の知の生成物には
求められてきているように思う。
えらい、難しそうだけれど・・・。

道東太平洋岸の景観

1698

きのうは札幌の自宅にて、弾丸道東旅の疲れを癒していました。
まとまって自由に使える時間、でもあんまり疲れたくない。
ということで、久しぶりに大掃除に取り組んで、大量の紙ゴミを整理。
暮らしの整理整頓は、これも楽しいものです。

さて、今回見てきた道東の自然ですが、
やはり行けば行くほど、その魅力の底の深さに魅了される。
日本で一番、開発されていない良さを見せてくれる場所。
いや、むしろ、近代主義の便利さのエッセンスだけが要所に点在していて
その存在の自然とのバランスが、絶妙と思えるのかも知れません。
写真は釧路から小1時間ほどの厚岸から国道を離れて走り続けた
北太平洋のシーサイドラインの景観。

1703

太平洋に浮かぶ島、っていうような密な森が展開しているなかに
突然、こういった海岸模様が繋がっている。
荒い波頭が、岩場を侵食している独特の景観を見せる。
ほとんど砂浜というものが存在していません。
道東の中心都市・釧路では「泳げない」子どもが多いと聞く。
夏の気温が泳げるほどに高くならないほかにも、
こういった海岸線で、海水浴の好適地が少ないということもあります。
しかし、こういう自然がそのまま残っていることがうれしい。
北海道らしく、こういった地域でも道路の維持管理費用は
しっかりと投下されていて
近代の便利さの象徴である自動車での移動には最適。
十数年前の相次いだ地震被害から道路修復が積極的に行われ、
どこを走っても、まるで高規格道路であります。
たぶん、寒冷地仕様の道路規格で作っているので、
高速走行にぴったりの頑丈なロードコースを形成しているのでしょう。
住宅取材していると道東を好きなのは、
むしろ本州地域からのみなさんが多いことを発見しています。
この地域の大自然を愛して、他の日本にはない暮らしぶりを楽しんでいる。
大阪人の夫と、京都育ちの女性のカップルで
関西とこちらを往復しながら生活している屈斜路湖沿いのウッドハウスとか、
特徴的な暮らしようのみなさんのことが想起される。
シラルトロ湖に沈んでいく夕陽を見る楽しみに魅了されてしまった人とか、
そんな自然に抱かれる暮らしは、たしかに癒されます。
海も山も、大地もすべてが面白いけれど、
人口だけが極端に少ない。
もう少し、この土地の良さに多くの人が目覚めてくれて、
もうちょっと、釧路根室地域で100万人くらいの人口になってくれたら、
日本全体にとっても、とてもいいことのような気がします。
それには、北方領土が日本に帰ってきてくれることが
ひとつの起爆材になるような気も致します。
みなさん、もっと道東の魅力、感じてください。

野生のシカと遭遇!

1704

いや〜〜〜、クマでなくてよかった(笑)。

GWの中高年夫婦ふたり旅、
ふたりともハンドルを握りたいタイプという似たもの同士。
交互に運転を交代することで、
長距離移動できるので、1泊2日での道東横断弾丸ツアー(笑)です。
弾丸なので、突然、いろんな事態が飛び込んでくる楽しさがある。
道東の方は、主要国道などには「シカ除け」の防護柵がずっと装置されているほどに
野生のシカとの遭遇機会が多い。
ふつうに、突然見えたくらいならば問題はないけれど、
これが自動車と衝突して、となると
その影響はハンパなくなる。
なにしろ相手は保険契約をしていない無法状態(笑)。
自走できる状態であるかどうかも関わるけれど
自動車はふつう使い物にならなくなるし、
そういう遭遇するような場所では、JAFに来てもらうまで
隔絶した状況で待機を余儀なくされる。
まぁ、こまったようなことが、道東では日常的にありえる。
・・・とはいえ、まぁそんなことはないべ、と普通のんびりしている。
GW中のドライブという物見遊山で、
むしろことあれかしという不届きな考えを持っているような当方には
そんな偶然の出会いなどないだろうとタカをくくっていた。
と、そういうこころのスキに、一気に野生がその片鱗を見せてくれた。
きのうは中標津のすばらしい泉質の温泉と、
コストパフォーマンスバツグンの食事のホテルを8時前に出て
大好きな空港を見学後、
9時過ぎから、阿寒湖畔経由で十勝・中札内目指して移動開始。
天気はややぐずついたり、ときどき晴れたりとまだら模様ながら、
快適そのもののドライブを楽しんでいました。
で、クルマが弟子屈を超えたあたりで、
とつぜん、運転中のわたしの右手前方、やや低地になっている道路脇から
こっちを窺っている複数の野生の視線を感じた。
はじめは、まるで人間の視線のように思われたのです。
なにか、必死に知性を働かせて、状況を凝視している視線。
確か、3匹だったのですが、
群を率いている1頭が、命がけのような視線をこちらに向け、
さらにほかの2頭の視線も降ってきた。
「おお、お、シカかよ」
と、認識して、クルマの速度を減速させる。
カミさんに自然界からの異変を知らせる。
最接近遭遇のときには、かれらシカたちは、いったん道路から離れていくそぶり。
きっと、わたしたち人間をマンマシンシステムという凶暴な猛獣と認識し
それとの極度の緊張関係を日常的に生き抜いているに違いない
現代のこの世界を、野生世界として生き抜いているかれらの
真正なまなざしのゾクゾクするような「イキモノ」感がハンパなく
しかもまさに「突然」に、しかも「一気に」
わたしたちの意識世界に現出してくるのであります。
まぁこちらは、通常的に通行の少ない自動車道路の長距離移動、
その「交通の自然な流れ」に沿っての運行状況なので、
かれらにしてみたら、凶暴そのものの人間世界の代表的存在であるのでしょう。
その視線には、まさにドキドキする。
わたしのクルマがかれらとの最接近遭遇を終えて数秒後、
見晴らしのいい直線道路・目視では
後続のクルマとの車間距離は1kmくらいはあったので、
安全と判断したようで、舗装道路上にかれら3頭は躍り出て
横断を開始した。
わたしの後ろのクルマのみなさんは、驚愕したでしょうね。
目の前に野生のシカ3頭が道路を占拠していたのですから・・・。
きっと急減速して、固唾をのんでいたに違いありません。
って、このように書いていますが、
決して正直には言えないような速度でのドライブ中ですので(笑)、
遭遇時間は、ほんの数十秒、長くても1〜2分のあいだの出来事。
なので、写真は資料画像です。

あ〜〜、ビックリ。
でもかれらの野生の視線、
強く心のキャンパスに飛び込んできて、忘れられませんね。
わたし、数回シカとは遭遇しています。
一度など阿寒湖周辺で、一団の群に囲まれるようになった記憶もあります。
かれらの野生の蹄音が、舗装道路にひびくのが耳に残っている。
興奮の瞬間なのですが、
ああいった野生との時間の共有感覚には、ふしぎとしずかさがある。
そんな印象をいつも持ちますね。
たのしい瞬間をすごさせていただきました。
シカさんたち、あのあとどうなったか、
ちょっと心が、そのままピンナップされているような気がしています。
以上、ご報告まで。

道東・霧多布あやめが原

1702

さてきのうから連休後半に突入。
子どもたちが不在になったわが家、夫婦ふたりでの連休であります。
楽しい子育て期間がおわって、これからは子ども自身の生き方を見守る時期。
こういうのも楽しいものだと思いつつ、
でもLINEみたいなSNSツールもあるので、いつも家族の会話は可能。
一昨日はわたしは飲み会があって、そっちに行って帰ってきてから
お酒の酔いもあって、楽しく家族全員でLINEで「会話」。
適度な距離感と遮断も可能なコミュニケーションツールとして
なかなか人類の知恵、進んできたのを実感しますね、

で、きのうから夫婦ふたりで遠出して道東へ。
GW、どこへ行こうかなと考えたのですが、
宿がなかなか取れないなかで、昔よく行っていた中標津で
ごく格安で空きがあるホテルを発見。
以前に一度行っていた経験があり、そんなに悪い印象もなく、
まぁ、大して期待もせずに気軽にドライブ出発。
札幌ー高速道東道ー十勝・池田下車ー釧路経由ー
厚岸道の駅コンキリエー霧多布湿原ー根室納沙布岬ー
道の駅44ー標津ー中標津という長距離であります。
総走行距離はたぶん650km程度。
出発が5時過ぎで、最終地ホテル到着が18時でしたので、
13時間の過酷な日程(笑)。
なんですが、夫婦で交互に運転していけるのでそうは疲れない。
基本的には、道東の大自然に抱かれたいという旅です。
で、きのうの一番の感激地は表題の「あやめが原」。
厚岸から、海岸線に沿って太平洋岸を走ったのですが、
どうもこのあたりは、湿原のような海岸線地域の
太平洋との間に高原状の島が接岸したような地形になっている。
で、陸続きなんだけれど、太平洋に浮かぶ島のような自然林が広がっている。
で、霧多布湿原に向かう道の途中に
この「あやめが原」を発見して、寄ってみた次第。
これが大正解。
駐車場から、海岸直前まで2kmくらいの遊歩道が整備されている。
独特の樹林を抜けるとササに覆われたような場所が広がるけれど、
そこが一面の「あやめが原」になるのだそうです。
でもまだ季節は早すぎる。
でもそれはそれで、すばらしい自然の贈り物もある。

1697

行者ニンニク、別名「アイヌネギ」であります。
ここは馬の放牧も行われているそうで、
遊歩道との境にはバラ線による柵もあるのですが、
その柵内で、ひとがうずくまってなにやら、地面を掘っているのです。
声を掛けて聞いてみたら、「アイヌネギさ」という答え。
強烈な春の香りを運んでくる、北国の名物で
わたしは嫌いではないけれど、カミさんはイマイチ。
ということで見学だけにさせてもらいましたが、
まことにのどかで、牧歌的ないっときを堪能させてもらいました。

あ、到着したマルエー温泉俵橋ホテルは
地元のみなさんからも大好評という温泉と
バイキング形式の夕食が名物のようで
まことにコストパフォーマンスがすばらしい。
年を取ってきて、そんなに食べられなくなってきましたが、
家族連れで大混雑して、それぞれが楽しそうな笑顔でした。
オススメ、2重丸ですね。
さて、本日は十勝に向かっていきたいと思います。
みなさん、思い思いの休日をお楽しみください。

踏んだり蹴ったり・・・2

1694

きのうの続きです。
ようやく修理から帰って来たクルマでありますが、
今週水曜日に、スタッフが会社駐車場でエンジンをかけたら、
なんと、ブレーキオイルが漏れていたというのであります。
で、だましだましクルマを近くのHONDAさんの整備場に持ち込んだら、
ぶつけられた修理箇所とは無関係の場所で
たぶん、塩害とおぼしきサビから来る腐食で
車体下部のパイプに穴が空いて、
そこから漏れてしまっている、という診断結果でありました。
むむむ・・・、であります。
さてここで、「なにそれ???」とは、思いました。
なにせ、きちんとメーカーディーラーの修理工場に1ヶ月半近く
置いて置いて、そこで「ぶつけられた」クルマの
それも「ぶつけた側の」保険会社負担での修理を
いままさに終えたばかりのクルマが、
ブレーキオイル漏れを、たった2〜3日で起こすかよ〜〜?
という素朴な疑問であります。
ここで、仙台と札幌という遠隔相談の難しさが痛感させられました。
当方としては、クルマの状態を自分で確認しながら話せない。
大きな疑問は感じざるを得ないけれど、
まぁ、当社スタッフに聞けば、
ある程度、状況を鑑みればやむを得ないとも感じている様子。
あんまり納得できないけれど、
さりとて、クルマがなくなってしまうとすぐにも仕事に差し支える。
やむなく、冷静になって善後策に切り替えることに。
スタッフに聞くと、クルマの必要性は7日以降から発生する。
そこからはスケジュールはびっしり組み込んでいる。

で、解決策としてまず第1に、新車導入を決断。
老朽車を直すにはちょっとコストがかかりすぎる。
あと半年しか車検期間もなくなっている。 これはしょがないところ。
そこで、札幌のいつものHONDAさんの担当者に問い合わせましたが、
いまの状況では、即納体制にはない。
HONDAさん、だいぶこの冬の大雪の影響と例のリコール騒動で
納車体制が遅れ気味になっているそうですね。
それと仙台で使うのに、札幌で購入して持って行くという遠隔操作だと
仙台地元のクルマ屋さんが、なかなか親身になってくれない(泣)。
トラブルにはそういう要素も大きいだろう、ということで
仙台のくだんのディーラーさんから購入することにしました。
納車状況を調べてもらったら、こちらは6月はじめには納車可能。
なんですが、そうするとそこまでの移動手段をどうするか、になります。
ディーラーさんは、まぁ親切に代車を用意してくれることになったのですが、
それも5月の15日以降、納車までの期間と言うこと。
やむなくその間は、最悪レンタカーでありますが、
調べてみたら、老朽車両の応急処置費用よりは安くなりそう。
なにより、スタッフの安全が第1なので、
きちんと整備されたレンタカーでしのごう、という結論に至った次第であります。

で、こういう突発事態が一昨日の夕方4時頃に勃発して
そこからきのうの午前中いっぱいくらいに判断処理しなければならなかった。
連休に突入する直前の緊急事態とその対応だったわけであります。
事態の処理が一段落して
この事態からの反省とは、どう考えればいいのか?
この老朽車両、一時期、震災に遭った仙台空港近辺の駐車場に
半年くらい定置させていたことを思い出した。
あそこ、かなり潮風に影響される場所だったんですね。
その「塩害」が、かなり蓄積していたらしい。
どうもそのあたりが、一番の反省点であります。
それとやはり、遠隔地なので、メンテナンスコントロールは
目が届きにくいし、判断がしにくい、ということも大きい。
まぁ、踏んだり蹴ったりにあったわけですが、
ここから、二度とこういう事態に立ち入らないように、
教訓を活かしていきたいと思う次第であります。

<写真はまったく無関係です、やや人心地ということで(笑)>

踏んだり蹴ったり・・・1

1696

当社では社用車としてHONDAのフィットを使っております。
いいところもあり、また、そうでないところもあるのですが、
年間のスタッフの走行距離がハンパでないので、
コストパフォーマンスを優先させると、こういう選択結論に至っております。
仙台事務所には2台設置してあるのですが、そのうちの1台、
走行距離的には「まだ」18万キロ台という7年前くらいの導入車。
あ、わが社では大体25万キロくらいを走行メドにしておりまして、
やや多いとは思いますが、これまで車体の個体の維持管理としては
このラインでほぼ問題を起こすことなくやってこれたのです。

で、3月18日にこのクルマでスタッフ2名が仙台から盛岡を経由して
靑森に出張に出ておりました。
で、盛岡市内で信号停止中に後方から来た乗用車に追突された。
玉突きでして、当方は最先頭におりました。
追突ですので警察に通報して到着を待っていたそうですが、
当の加害車両運転手さんは一時、現場を離れたりもしていた。
まぁ、家が近くなので忘れ物を取りに行ったらしいのですが、
警察も「え、???」ということだったそうです。
まぁそれはすぐに現場に帰って来て、事故処理は行われ、
当方のスタッフたちは、ロスした時間を取り返すべく、
手分けして盛岡市内の関係先との段取り仕事を片付けたのですが、
やはり追突事故であり、早急に病院で診察を受けさせました。
そういうことで、それ以降の青森出張も含めて
仕事はほぼすべてキャンセルせざるを得なかった。
両名とも頭部や頸部の打撲と診断されて
全治1週間という診断も下された。
やむなく、自走できる状態と言うことでそのクルマで仙台まで引き返し、
出張予定については、順延とした。
で、クルマについてはHONDAの整備に入れさせました。
保険会社との話し合いがつくまでは代車ということになって、
当方スタッフはそこで、この一件からは離れてもらって体調を見ながら、
通常業務に復帰してもらった。
さて、ここから保険会社との交渉開始。
最近なのか、この保険会社の方針なのか、
追突されて当方には100%過失がないのに、
なぜか、修理費用27万円なにがしは「支払えない」ということ。
なんでもクルマが古いので残存価格査定して払える修理代は10万円ほどなんだとか。
にわかには信じられないことを言われて次第であります。
驚愕しましたが、怒ってもラチは空かないので冷静に話し合って、
加害者の方に連絡もして、当方の苦境を訴え、
保険会社に話をしてもらうように働きかけたりして
ようやく「それでは・・・」と、約1カ月後、
満額ではないけれど、25万円の修理代支払いに応じてもらった。
でもこの間も、こっちから連絡しないと担当者が段取りを進めない状況でした。
まぁ、当方も代車費用な保険会社持ちなので、
それほどあわてることもなかったワケです。
そこから、HONDAで修理して、当方にクルマが納車されたのは今週月曜。
と、ここまでも結構な波瀾万丈だったのですが、
・・・実は、まだ先があるのです。
まぁここまでが、「踏んだり」の段といえるでしょうか(笑)。
でも長くなるので、いったん筆を置いて、あすに続けます。
乞うご期待って、・・・。不幸自慢みたいで、なんだかなぁ・・・。

手水と拍手

1695

わたしは神社が好きで、毎朝、近くの北海道神宮に詣らせていただいているほか、
全国を仕事やプライベートで訪れるときも
だいたいは、その土地の尊崇を集めている神社仏閣に詣らせていただくことが多い。
巧まずして、中沢新一さんの「アースダイバー」を実地検証している(笑)。
というのに近いかも知れませんね。
日本人としての心性を深く知りたいというのは
ごく自然な話だと思うのですね。
それを、中沢新一さんはアースダイバーというような変わった言い方をした。
言われていることは、きわめて伝統的な文脈だと思えます。

さて、それはまた別として
最近、神社に参っていて、気付くことがあります。
北海道もようやく暖かくなってきて
今日など、ついに早咲きのサクラは完全に満開、
その他のサクラもほぼ色づきはじめてきております。
が、それまではやはり寒くて
参拝の時に、手水で手を洗うのをつい回避しておりました。
本当は神さまに失礼かも知れませんが、
お許しを請いながら、「北海道は寒いし・・・」などと
ひとりごとの言い訳もつぶやいておりました(笑)。
で、ようやく寒さも和らいできたし、
不精での失礼をお詫びして、ここ1週間くらい前からは
手を水で清めるようにしているのです。
そうしたら、神前での拍手の音に
顕著な違いが出てきたのであります!
手を洗わないで拍手していたときには、
どうにも「パン」という清らかな音が発生せず、
点着が悪くて両手同士が滑ってしまうような感覚。
それが、手を洗うようになると
音が明瞭になってくるから不思議なのであります。
両手がピッタリと接合して、いい音を奏でるようになった。
まぁ、気のせいと言われればそれまでなのですが(笑)、
実感として、きわめて確かな感覚がある次第です。
想像してみるに、適度な手の保湿水分が、
拍手の時の手合わせの瞬間によい影響を与えているのでは、
と思われるのです。
そんな風に考えると、古来からの手水という知恵は、
なかなかに工学的な知見に踏まえていると思います。
こういう実感を持つまでは、「身を清める」というような
どちらかと言えば、精神性に力点のある宗教装置だと思って見ていたのですが、
ちょっと考え直しています。
みなさんも実験してみていただけないでしょうか?
きっとコペルニクス的な発見かも(笑)。

安倍さんの「安定政権」

1688

安倍さんの政権の安定性が際だっているように思います。
日本の戦後政治で2度目の政権担当というのは珍しく、
一度失敗した人の強さというのが、目立っていると思う。
そういえば財務大臣も、一度総理で失敗した麻生さんが就任しているし、
なにより女房役の官房長官の菅さんが地味に目を利かせているので
政権の主要な部分での脇が固いと思う。
中韓両国が安倍政権に強硬な姿勢を見せているのは
この政権がかなり手強いと見ているからかも知れない。
これまでの日本の政権のように、強腰に出ればなびく、というスタンスを取らない
そういった政権であると見切っているのだと思う。
そもそも尖閣の問題がここまでになったのは、
安倍政権のアナウンス効果もあったに違いないと思われる。
日本版のNSC国家安全保障会議の設置に、この尖閣問題を利用して
付随する秘密保持法も、中韓両国との緊張関係をテコに
大きな反対もなく、押し通してきている。

しかし、本当にこの状況でいいのだろうか。
政権はつねに緊張感を持って政策に取り組んでいく必要があるけれど
いまの状況では、対立軸になる反対勢力が見当たらない。
経済運営という基本中の基本に置いて、
消費税増税という難事をクリアして、なお波風がないというのは異常だ。
本来の対立軸政党であるべき民主党がまったく方向性が見いだせず、
志向性停止に陥っていることが大きい。
見方によっては、戦後すぐの社会党政権の後、
ずっと続いた自民党政権のように、長期にわたってこの政権が続く可能性がある。
安倍政権には、副総理として麻生さんが居て、
さらに党には石破さんが控えているというバランスになっていて
佐藤栄作さんの長期政権に似た構図を備えている。
さらに旧体制メディアである新聞社による情報操作もうまく利用しつつ
同時にインターネットメディアへの取り組みも図っている。
ちょっとスキがないという感じがしている。
まぁ対抗しうるとすれば、またふたたび小沢一郎の仕掛けくらいだろうけれど、
記者クラブ体制、旧体制メディアから集中砲火を浴びている
かれの仕掛けでは、なかなか動きにはなっていかないのではないか。
官僚機構にとっても、念願の消費増税をこれだけソフトランディングさせられたので、
中枢である財務省も当面は、文句が出ないだろう。
はじめに書いたように
やはり一度失敗した人間は、賢く、強くなるということだろう。
こうした権力側に対してどう緊張関係を作っていくことが出来るのか、
野党の側の政治的想像力が、強く求められるところ。
さて、こうした状況は国民にとってどうであるのか、
そういった視点で見ていかなければなりませんね。

キウス周堤墓

1695

先日、テレビで俵屋宗達の特集をNHKの絵画鑑賞番組でやっていました。
そこで例のオウム真理教事件で、心情的シンパとされていた
中沢新一氏が美術評論家としてなのか、
それとも文化人類学者としてなのか、登場していて
盛んに俵屋宗達論を語っていた。
その話している内容については、やや専門的な偏りを感じたけれど、
おおむね同意できるお話しをされていた。
わたしは、それほどオウム事件には関心がなかったので
この中沢さんという方の名前も、ほとんど記憶がなく
また、どのような論説を展開されていたのかも関心がなかったのですが、
この俵屋宗達番組で、NHKが取り上げているのですから
一定の支持があるとみなされているようですね。
オウム事件以降、明確には社会的に態度を表明されていなかったそうで、
まぁそのあたりは、どうなんだろうとも思いますが、
話自体は納得できたので、
インターネットでつらつらと調べておりました。
まぁ興味が湧いたので、著作を2〜3、ネット購入させていただきました。
すこし、論を聞かせていただきたいと思っています。
というのは、わたしの敬愛する歴史学者である網野善彦さんと
叔父甥の関係だそうで、また学究としても相互に影響を受けていたという
そういった見方があるそうで、大きく興味を持ったという次第。
糸井重里さんやタモリが司会する
「ほぼ日」のイベントに主役として登場するなど、
大きな影響力を持っているという。
まぁ、わたしも自分自身の不勉強ぶりをまざまざと思い知らされます(汗)。
で、その中沢さん、縄文にも注目していて
東京の地形から縄文の痕跡をマッピングして
そこからの人間の意識構造に注目してきているのだとか。
ますます、興味が湧いてきますね(笑)。
ということなんですが、わたしオウムはまったく否定しておりますので
誤解されると困るのですが・・・・。

でもまぁ縄文と言えば、
やはり北海道北東北がその中心ゾーンだと思います。
天気はいいけれど、仕事の合間の休日では、
そうは遠出も出来ない。
ことしの連休、スケジュール的になかなか難しいです。
で、そんなことから近場で未体験の縄文遺跡ゾーンとして
千歳市のキウス周堤墓を見学して来ました。
この春先のシーズンがこの遺跡の見学には最適。
まだ緑が繁茂していなくて、雪がなくなっているというのが
最高の見学条件になっている。
魚介類の骨や貝殻などでサークルを形成し、
そのサークルに土を盛り上げて周堤を作り、
その中の平面に死者を弔う宗教的空間を作っていたのだと言います。
縄文人は、命を奪って食に供した動物たちの骨を
なるべく原型のままにして、貝塚として「葬って」いたのだそうです。
命への豊かな感受性を感じます。
その空間を謹んで感受させていただきました。
縄文への興味、尽きずに深まって参ります。う〜〜む。