
きのうは網走湖のほとりのホテルで1泊。
朝はカミさんと湖畔を散歩。
歩みをすすめるほどに湖畔の草むらからカモたちが湖に向かう。
かれらの朝食を邪魔しているのかも知れませんね。
申し訳ないけれど、そんな風情を楽しんで見ていました。
天気はイマイチで、徐々に雨もポツリポツリ。
ダウンジャケットではちょっとオーバーという気温状況。
ホテルを出てからは、サカナを買いたくて
網走市内を見てみましたが、地元の人に聞いていたとおり
網走市内にはそういう「市場」はないということ。
漁港もあるので、ちょっと腑に落ちないのですが、仕方ない。
観光客向けのカニばっかり扱っている店があるばかり。
北海道の人は、ああいったカニばかり扱っている店って
見る気にもなりません。
たしかにカニは美味しいけれど、ほかにも美味しいサカナはたくさんある。
いかにも観光客にはこれを出しておけばいいんだ、みたいな
そういうぞんざいさを感じて、たまらない。
だんだん恥ずかしいなぁとも思うようになってくる。
ふつうに安価に食べられて美味しいサカナを欲しいので、
ドライブしながら、網走湖〜能取湖〜サロマ湖と
オホーツク海岸を北上致しました。

能取湖では、サンゴ草という植物の群落を見学。Wikipediaでは、
茎は濃緑色で高さ10-35cm、円柱形で節を形成し、節から枝が対生する。
また、退化した燐片状の葉が節部に対生する。8-9月には、茎および枝の
先端部が円柱状の穂状花序をなし、葉腋のくぼみに3個の花が対となり、
1つの節に6個の花器を形成する。
アッケシソウは花器と種子に二形性が認められている。
大粒種子は環境ストレスに強く、小粒種子は休眠期間が長いことから
群落の維持に関与する事が推測される。
この植物の花器の特徴として、花被が退化し、雌ずいや雄ずいを
包み込むようにがく片が非常に発達している。
秋になると茎および枝の濃緑色は紅紫色へ変化する姿からサンゴソウと呼ばれる。
しかしこの自然景観は、悲しいことに失われつつある。
写真のような残念な光景が広がっている。
関係者のみなさんの景観復元への努力に期待したいと思います。


で、サロマ湖まで来て
美しいハマナスの群落に目を奪われたあと、
やっと、美味しそうなオサカナ群と巡り会えました(笑)。
サロマ湖の牡蠣とホッキ貝であります。
黒々と美しく、神々しさも感じられるたたずまいであります。
こういう海の幸が、永続していけるように、環境は保全していきたいですね。
Posted on 10月 14th, 2014 by 三木 奎吾
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北海道の開拓に当たって、
道路整備や開墾整備などの重労働が必須になった明治初年。
その使役労働力として、囚人の活用が考えられた。
このあたり、まことに国家というのは、面白い仕組みだとも言える。
社会の中で犯罪を犯した人々の更正をはかるのに
労務を課して、その罪の償いをさせるというのは、
ある意味では国家の強制性のひとつの発露ではあるでしょう。
法治国家での明確な「罪と罰」。
戦争というような、政治外交的な為政上の失敗を
人民に押しつけるというようなことと比較したら
たいへん温和なレベルの権力の行使だといえるでしょう。
確かに人権論議とあいまって、微妙な側面はあるとはいえ、
相当の蓋然性を持っていると思います。
しかし、北海道の開拓というのは
明治国家の国策の中でも、困難性は際だっていたことでしょう。
この網走監獄に送られた囚人たちの主な労役は
旭川から網走までの山岳を含む長大な地域での道路開削。
現在でも石北峠を回って、クルマでも3時間はかかる。
たぶん、200km近い距離。
その山林原野を、重い鉄球を足に付けられながら、
一本一本の原生樹木と格闘しながら、切り開いていったのでしょう。
そんな囚人たちの施設、網走監獄を見学してきました。
いまはいろいろな建物が重要文化財に指定されているそうで
ミュージアムとして、観光施設化しております。
先日の網走での会合ですっかり
網走湖の風景に魅せられまして、
カミさんと連休の旅に来ております。
ふたりで交代しながらの運転なので、あんまり疲れることはない。
長距離の移動も、こういうことなので苦にはなりませんね。
夫婦ふたりでの時間が長くなっていくでしょうが、
こんなふうに好きになった土地をあちこちと巡り歩くというのもいい。
やっぱり北海道は自然の美しさに触れられるのがいい。
けれど、そういうなかでも、
こんな「人間くさい」歴史過程を持っている施設が
北海道でももっと発掘されていく必要がある。
景色はすてきだし、こころを休めたり踊らせたりしてくれるけれど
人間の活動痕跡には、いいがたい重みもありますね。
Posted on 10月 13th, 2014 by 三木 奎吾
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写真は先日の網走での会議のおりに見学した
住宅地の様子。
光輝建設さんという地元のビルダーさんが
いいすまい方というコンセプトを考えて開発した住宅地。
札幌近郊には「スウェーデンヒルズ」という北欧スタイルの住宅地がありますが、
欧米に多い、ゾーンとしての開発行為で作った街並み住宅の流れです。
人間の環境要因には、箱としての家をどう作るか、
ということ以上に、「どんな場所に住むか」という選択肢も必要。
たぶん、多くのひとにとってはそちらの方が大きな問題でもあります。
北海道に住む、ということのイメージの中で
こんな風景の中に抱かれるように暮らしたい、という心情は
大きい部分があるだろうと思います。
日本の土地造成って、非常にステレオタイプな
極端に言えば、まっさらな、それも出来るだけ平坦な更地群、
っていうような思い込みに近い提供方法が多い。
それも道路もほぼまっすぐで、道路へのアクセスの
平準化・公平性のようなものが
不可欠要因のようにして、造成販売されている。
そういう方が「売れやすい」という固定観念に縛られていると思います。
だから、きわめて魅力のない、
どこにでもある、っていう条件を最優先したような土地提供になっている。
木を植えたり育てたりというような、
環境的な「街並み」熟成のようなことについては、
「個人の勝手」として、ユーザー側に放り投げられているのがほとんど。
こういった状況には、法的な問題や公共サービスの問題も内包されている。
建物は「接道」ということが必須条件になっているし、
電気ガス水道といった公共的インフラ整備についても
「より合理的」という判断基準が優先されていく結果であるといえる。
しかしそんなところに住みたい人ばかりでもないだろう。
っていうような試みには、いろいろな困難が降りかかってもくる。
そういう側面については、よく理解出来るのですが、
やっぱりおかしいなぁと思う次第です。
たぶんいまの社会システムが「個人主義最優先」になっていて、
「公共的環境価値」というものへのリスペクトを失っているからではないか。
そんな思いが強いです。
しかしひるがえって考えてみると、個人主義の本家の欧米では
むしろ環境価値について、デベロッパーを兼ねた建築事業者サイドで
企画立案し、それを含めた価値としてユーザーに住宅販売している。
(というほうが、支配的な住宅販売形式)
先述したスウェーデンヒルズとか、この写真のような取り組みなどは
そういう欧米スタイルの販売手法であるワケです。
こういった住宅地のたたずまいは、
熟成すればするほどに、暮らす味わいが深くなっていく。
たぶん「環境の中で生きている」という実感を感受しながら
暮らしていくことが出来るのだろうと思われます。
イキモノとしての人間には、
こんな環境がやはりふさわしくはないでしょうか?
Posted on 10月 12th, 2014 by 三木 奎吾
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産経の前・ソウル支局長さん、8日についに刑事訴追された。
今回の訴追事案については、
女性の独身大統領に対して男性関係を想起させるような
そういった表現は慎重さは求められるところだろうが、
しかし、それは韓国を揺るがせた船舶沈没事件当日での
大統領の所在問題追求という報道趣旨の文脈からの流れであり、
どう考えても報道の重大関心事にはなる。
しかもその記事の取材情報源は、すべて韓国国内報道によるものだという
立脚点からすると、韓国政府さらには司法の対応は常軌を逸している。
しかも同趣旨の記事を書いた韓国の記者・新聞社には
今回の立件にあたっての事情聴取的なことだけにとどまっている。
しかもかれに対する「出国禁止処分」はすでに2カ月を過ぎており
この事実上の自由拘束は、あきらかに人権問題でもある。
公人中の公人である大統領は、たとえ独身女性であるからと言って、
プライバシー侵害云々ということが言える道理はない。
その独身女性は、このように権力行使を行いうる存在であるのだ。
一般的に民主主義国家での権力者には、
そんなプライバシー概念は存在しないだろう。
クリントンさんの女性関係事件の顛末を見れば、これは明白だ。
あのときの最大被害者であるヒラリーの受忍は、
その後の彼女の国民的人気の源泉にもなっていると思う。
民主主義においては、こういうことにおいても性差は無関係であるべきだ。
こういった経緯を見れば、今回の事件はあきらかに、
反韓国的な報道を続けてきている産経新聞を標的にした
言論弾圧であるということはいえる。
すでに産経新聞には、他の報道各社とは比較にならないほどの
「出入り禁止」などの弾圧も加えられてきていたという。
好都合な記事を書いてくれる朝日などのメディアに対しては
さまざまなプレゼント攻勢がある一方で
産経新聞に対しては、そのように取材制限圧力を加えておいて、
韓国国内報道を根拠に書いたウェブサイト記事について
弾圧を加えるというのは、民主主義国家としての自らの立場の放棄だ。
反日は正義で、こういう行為すら正当だと言い張るのか。
まことに恥ずべき国家存在だと思う。
このような流れで来ている事件だけれど、
加藤・前産経支局長には、ぜひ、江戸末期の高田屋嘉兵衛の故事を
想起した身の処し方を期待したい。
かれ個人は、まさに人権的な侵害を受けている現状ではあるけれど、
この事件を奇貨として活かして欲しいと念願する。
江戸末期、日本とロシアとは緊張した国家関係にあった。
そういうなかで「ゴローニン事件」という
相互誤解に起因するロシア人拘留事件が起こり
それへの対抗的なロシア側による日本人拘束事件も起こった。
その渦に巻き込まれて拘束されたのが高田屋嘉兵衛さんだった。
この事件については、司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」を読んで欲しいが、
ここで高田屋嘉兵衛さんは、この事件を逆に活かして
日ロ国家関係の正常化を一民間人として決意し、やり遂げたのだ。
いま、加藤・前産経支局長は個人として
まことに理不尽な境遇に置かれたけれど
しかし逆に言えば、韓国という国家は、産経新聞という
日本社会のなかで存在基盤をしっかり持ったメディアと
法と正義という舞台で、正面から論議しなければならなくなったのだ。
考えてみれば、これは高田屋嘉兵衛さんの故事を超える状況かも知れない。
日本と韓国という隣国関係において、時代を画する裁判になる可能性が高い。
加藤さんのインタビューを見ると、かれの戦闘意欲は大変に高い。
普遍的な民主国家の基本である報道の自由という旗で戦えばいい。
朴槿恵政権は、たいへんな敵をかかえ、国際社会のまともな正視の機会を
自ら作りだしてしまったとも言えるのだ。
願わくば、加藤さんには大局感を持ち日韓関係正常化への努力を期待したい。
大いに注視していきたいと思います。
写真は神奈川県横浜鶴見にあるサムスンの工場建物を背景にした朝焼け。
Posted on 10月 11th, 2014 by 三木 奎吾
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きのうは北海道の工務店グループの会合での松井郁夫さんの講演。
北海道では基本的に高断熱高気密住宅であることは
基本前提であるワケですが、
いろいろな思いがあって、そういったグループの会合で
ぜひ伝統木造構法についての論議を、刺激としてしたかった。
松井さんは建築の世界で伝統木造構法についての
ある意味ではオーソリティーと言える存在。
わたしとは、福島の災害復興のための施設建設取材を契機に知り合いました。
わたし自身も、高断熱高気密が基本認識ではありますが、
松井さんと知り合って、民族の知恵としての伝統木造構法を認識し、
その考えの真髄を知るにつれ、
いわば、魂の部分で共感できるものを感じさせられた次第。
そういった意味で、伝統木造構法には民族の深い知恵が内在していると思います。
松井さんは福井県で生まれ、東京芸大卒業後、建築設計の世界に入られ、
一貫して伝統大工技術について研究を深めてきた。
その成果を発表されて、国の施策立案に当たっての
伝統木造構法側の立場からの意見をさまざまに具申され続けてきました。
きのうは、高断熱高気密の工務店・設計者を相手に
1時間半にわたって、伝統木造構法への熱い情熱を聞かせていただけました。
いわゆる「在来工法」というように、日本の住宅工法は言われるわけですが
これは、その定義が非常に混乱している。
こういった経緯については、室蘭工大の鎌田紀彦先生の恩師である
東大工学部名誉教授の内田祥哉先生からも経緯としてご教授いただき
わたし自身は理解しているのですが、
戦後以降、大量生産を旨として作られた技術仕様基準としての
「在来木造構法」は、たいへん「新しい」技術というか、不完全な技術体系。
日本の木造技術には、そういった問題があるのだということの啓蒙も
北海道などでは、ごく一部でしか知られていない。
こんな思いがあって、
北海道のみなさんに、松井さんの主張を知って欲しかったのですね。
それがどんな化学反応に至るのかどうか、は
これからの展開を見ていくしかないわけですが、
しかし、ある部分では強い波動として伝わったモノがあると思います。
松井さんは、きのうの講演後、トンボ帰りで
東京での日本建築学会のセミナーに出席されると言うことで
女満別空港から帰って行かれましたが。
その東京の会合では今度は、北総研の鈴木大隆さんという
それこそ北海道の高断熱高気密の技術体系をもって
日本の住宅政策推進において省エネを進めるのに
重要な位置を占めている方とも意見交換されるということ。
そういった意味で、この出会いは鈴木さんへの勝手連的な側面応援にもなる(笑)。
松井さんは伝統工法のみなさんの中で一番の、温熱環境重視派。
伝統工法の良さを、新しい時代に即して引き継いでいくのに
このような民間的な動きは、きっと意味があるのではないかと思っています。
松井さん、ありがとうございました。
Posted on 10月 10th, 2014 by 三木 奎吾
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きのうから網走に入っております。
工務店団体の例会出席でありますが、今回は
東京から、伝統木造構法の「き」組を率いている
松井郁夫さんをお迎えしたので、そのアテンド、送迎員も兼ねているので
クルマで来た次第であります。
総走行距離は380kmくらいになったのでしょうか、
久しぶりのオホーツク圏への移動であります。
北海道内は、地域と地域の間の距離が長く、
クルマでの移動でないと、網走市街でもたいへん時間がかかる。
途中は日高山脈を縦断して、さらに北海道中央部の山岳地帯を抜けるコース。
まだ完全ではありませんが
かなり紅葉が進んでいます。
途中にはたくさんの鮮やかな紅葉が見られるスポットもあり、
たいへん目に楽しい。
見学が終わって入ったホテルは、ごらんのような網走湖の絶景。
網走って、汽水湖のような「網走湖」を市内に持っています。
この地域は、海岸地域には椰子の木の生育痕跡もあったそうです。
また、呼人という地域には
北半球で一番豊富な樹種が生育している森があると聞きます。
むかし、この地域に住まわれている画家さんのご自宅を取材したことがあり、
その奥様も植物精密画の専門の方で
毎日の朝の散歩で、たくさんの変わった植物の写生が可能で、
飽きることがないのです、と語っていられました。
この風景に感動した東京芸大出身の松井郁夫さん、
さすがに「スケッチブック、持ってくればよかった・・・」と
残念がっておりました。
やっぱり写真ではダメで、スケッチブックが不可欠なのだそうです。
絵のモチーフを明確にするには、こころに捉える部分が大きいのだと言うこと。
さて、本日も午前中いっぱいで、勉強会。
その後、仕事がたくさんたまっているので、
大急ぎで、札幌にトンボ帰りしなければなりません。
約5時間、さてがんばるぞっと。
Posted on 10月 9th, 2014 by 三木 奎吾
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写真はきのうの札幌、わたしの散歩道です。
北海道神宮境内ですが、
最低気温はどうやら5度を下回っているようです。
夏物のジーンズに長袖のトレーナー、
その上に3シーズンのジャンパーを着込んでいましたが
やや強歩気味に、2.5km程度を30分で歩きましたが
体温上昇はそれほど見られず、震え上がっておりました。
そんな気温状況なのに、上下とも半袖半ズボンでジョギングする方もいて
風邪引かないのだろうかと、不安になるほど。
この時期の札幌、日中との寒暖差が徐々に強まってきます。
わが家でも、すこしづつ暖房を入れるようになっております。
こういった季節感も、やっぱりいい。
夏を超えたという実感が一気に迫ってきて
内省的な気分にさせてくれるものです。
北海道ネイティブの人間というのは、どんな人間模様が表れてくるか、
っていうような人間観察を、故司馬遼太郎さんは語っていましたが、
わたしは移住3代目という比較的にまだ年季の入っていない北海道人。
それでも、寒さとの対話の中で、
鍛えられてくる感受性の領域というモノがあります。
この時期、雪虫を発見したりする瞬間に
氷結から一気に融けほぐれてくるような感覚があります。
ある寂寥感のようでいて、でも豊穣さもある。
そんな空気感、好きです。
さて本日は、網走まである住宅団体の会合に。
日本の伝統建築美を追求されている松井郁夫さんを講師に
お迎えしての会合であります。
高断熱高気密と、伝統木造の異種格闘技戦(笑)
って、勝手に書いたら「お手柔らかに(笑)」って、返信が来ていました(笑)。
まぁ、冗談ではありますが、
こういう空気感は、対話にはふさわしいかも知れないと思っています。
どんな展開になるか、楽しみであります。
Posted on 10月 8th, 2014 by 三木 奎吾
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きのうの続きであります。
最近の新住協総会での鎌田先生の発表でも
基礎のことは大きなウェートで研究が進められている様子が伝わっていました。
北海道で基礎断熱を提唱されたのは、北大の荒谷先生で
その最初期の実験住宅に鎌田紀彦先生が取り組まれたのです。
荒谷先生の提唱では、外周部の基礎の外側で断熱し、
区切られた内部は、土が断熱材という考え方だったそうですが、
その後、さまざまに実際に施工されてきて、
室内側から地中に熱損失しているという実態が見えてきた。
そこで、土間下全面を断熱する方が合理的という考えが支配的になった。
でもそうすると、その分の断熱材の費用が増えコストアップになる。
一方で、土間下全面断熱するとフラットな床面が獲得しやすい。
梁として作用する間仕切り壁のような内側コンクリート基礎を
「地中梁」として埋め込んでしまってフラットな土間床も作れるようになった。
多少コストアップしても、これって魅力的。
作業手間も考えると、コスト面でのメリットもある。
そんな考え方は以前から多く採用されていて
以下の写真は、わたしの事務所の基礎断熱の様子。
土間下全面が断熱されていて、その間に「地中梁」が配筋されている。
下には、今回の鎌田先生の実験住宅事例写真を載せます。
比較になるかも知れません。


鎌田紀彦先生の場合には、
あくまでも「システム工学」的な追求が基本なので
工法的な合理化を徹底する方向を指向される。
この「地中梁」も土中に掘り下げたりせず、
配筋量の多い部位が「梁」という考えと見受けられます。
扁平になるので、鉄筋は横に拡大している。
ここに、コンクリートを打設するのですが、これを一回打設で仕上げてしまう。
このことは、本州地域でのシロアリ対策という側面もあるようです。
外周側基礎の形状は逆T字型ではなく
全体としてコの字が上を向いた一体成形の形状になっている。
こういった工夫で、基礎を単純化して合理化を図り
トータルなコスト削減、性能品質の向上を実現していこうということ。
わが事務所の場合には、このコンクリートスラブ面に
そのまま床仕上げしたのですが、
今回の先生の実験住宅では、大きな平面的床下土間空間になるそうで
束を立てて、床下地を組んでいくそうです。
足下の居住性を考えると、ハードなコンクリート床よりも一般的でしょうね。
こうした条件にさらに、地盤改良の杭と「捨てコン」の厚みの関係、
床面スラブの厚みなど、いろいろな検討条件が出てくるようです。
さてこうした試行で、どういった結果が出てくるか、
大いに注視していきたいと思います。
なお、先生からもいつも言われておりますが(笑)、
わたしは建築技術の専門家ではなく文系出身情緒系人間です。
そのようにご理解の上、文章をお読みください。
Posted on 10月 7th, 2014 by 三木 奎吾
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出張から帰ってきての翌日、
新住協北海道事務局からのお誘いがあったので、
鎌田紀彦先生の北海道内での最新の実験住宅見学に行ってきました。
実験住宅の目的は、
Q1.0住宅では、床下の土問コン下に全面断熱を施工することとしたいが、
コスト上昇が避けられない。そのため、基礎の工法合理化を図り
コストダウンにより全面断熱の費用を捻出することとした。
東北の災害復興の住宅建設に際して、土工の絶対的不足から
住宅建設のブレーキになっているとの声があり、
基礎型枠工事の合理化が求められてもいる。
<鎌田先生の当日配付資料より抜粋>
このような問題意識からの最新の実験住宅。
とはいっても、ごらんの通りの基礎についての発表です。
それも重力計算とか、地耐力計算などの専門的な数字が飛び交っていて
詳細な内容については、じっくり撮影したビデオや資料に当たらなければ
要約は難しい内容でした。
基礎の進化、性能向上とコストのバランスについて
その指標数字を詳細に検討しながら、
どのようなアプローチがもっとも最適であるかについての試行といえるでしょう。
その検討プロセスを聞いていていつも感じるのは、まさに実戦的ということ。
こういった研究姿勢を持っている方は、まことに得がたく、ありがたい。
鎌田紀彦先生が住宅建築研究者として
全国の工務店、実践者に強い影響力を持っているのは
つねに現場的な合理化を念頭に置いている、こうした研究姿勢が大きい。
木造の在来工法の革新が大きな先生のフィールドですが
切っても切り離せないコンクリート基礎工事についても
丹念に解剖を試みている様は、ひしひしと伝わってきます。
設計者や施工者はある程度、経験とカンで
よりよい工法を選択する部分があると思いますが、
研究者としては、どんな部分でも科学的に解明する必要がある。
先生はことし、長年住まわれた室蘭市を離れて
仙台に移転されると言うことですが、
寒冷地住宅、北海道での住宅建築研究において、
果たされてきた功績の大きさはまことに測りがたいものがあります。
今後も、新住協の活動をメインとして行かれるということ。
さらなる研究活動の深まりに期待したいと思っています。
Posted on 10月 6th, 2014 by 三木 奎吾
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朝日新聞の件、
そんなに触れたくなくなっている気分もあるのですが・・・。
タオルの「謝罪」に続いては、「ふきん」作戦のようです。
まぁ、結局は商業新聞なので、こういった「拡材」による読者獲得が
なによりも重要な足腰部分であることは自明なのですが・・・。
どうも、報道としての根源的なありかたにおいて、
現在の朝日新聞の姿勢は、身の処し方に潔さが感じられない。
朝日新聞には、分が悪くても、戦後以降の「主張」を通して
きちんと事実の報道で自らを正して欲しいと待っていたけれど、
でももう無理なんですかね。
いまさら事実には向きようもなくなっているのでしょうか。
朝日をかつて好きだった人間には辛い現実が続いています。
いまや、自ら自作自演してきた
「戦後進歩派」というきわめて好都合な立場の中に、
いわば安全無欠な「カメの甲羅」にカラダ全部を入れて、
時の過ぎ去るのを待っているしかないのでしょうか?
しかしそれでは、いよいよメディアとしては死に近づく。
朝日新聞は戦前まで、それも終戦直前まで
イケイケ一億玉砕路線の論陣を張っていたそうです。
それが敗戦後、日本の保守的な権力への反対を鮮明にして
一貫してその立場を「主張」してきた。
ときには詐欺的なプロパガンダを行ってでも・・・。
しかし、戦前戦後のどちらの立場にしても、結局は
「うまくやって、儲かってきた」というのが、密やかな内語だったのではないか。
企業としての朝日新聞は、それだけの内部蓄積があって、
何もしなくても何年も食っていけるだけの資産が形成されているという。
それがその時代を情報産業として「生き抜く」
ベストポジションだったから選択した、
実は、そうであるに過ぎなかったのではないか。
こういったことまで広く一般の日本人が知るきっかけになったのが、
今回の朝日新聞問題の核心的な本質なのでしょう。
報道の中立性という仮面が実はまったくの虚構であったという
事実の開示、明示とでもいうべき今回の朝日新聞事件は、
日本人に多くの教訓を植え付けたことは間違いがない。
その上で、なぜ戦後・朝日新聞的なものが広く支持され、
「進歩派」という、いまとなっては欺瞞的な人権派、
保守的なるもの告発的スタンスが
なぜ情報ビジネス的に「好都合な立場」として成り立ち得たのか?
そういった検証が日本のメディアには求められていると思います。
こうしたメディア界全体の流れの中で
朝日新聞の「思考停止」に近い現状を深く危惧しています。
Posted on 10月 5th, 2014 by 三木 奎吾
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