

一昨日、娘からLINEで札幌でのゴッホ展のことを知らされる。
どうも誰かに連れてって欲しいようなので、
なんなら、と言ったら即決定で、きのういっしょに参観してきた。
北海道近代美術館の開館40周年記念展覧会の一環として
その口切り展覧会として、このゴッホ展は企画されたようなのです。
わが家は比較的に美術鑑賞が好きなのか、
カミさんと娘で行っていたヨーロッパ旅行でも白眉としてルーブルと
大英帝国博物館での展示のことを聞かされたりしています。
坊主も友人とアメリカ旅行で「生ゴッホ、生ダビンチ見たぜ」などと返信。
わたしは、このブログの読者のみなさんご存知のように
あちこちで時間があれば、美術館・博物館を見まくっている。
ということですが、娘といっしょに行けるのはやはりとても楽しい。
なんですが、わたし不思議と海外作家の絵画は見る機会が少ない。
だいたいが日本の琳派周辺などが大好きゾーン。
コルビジェ建築として世界遺産にもなった上野の西洋美術館でも
見たときはなぜか宗教画が多くて、ああいうのはどうも苦手なのであります。
キリスト生誕の様子とか、マリアさんがどうしたとかいう絵は、
どうも生理的に受け付けない。ああいうのをいいと感じるのには、
やはりキリスト教体験を持たないと理解出来ないのではと
罰当たりにも感じてしまうのであります。
たまたま宗教画が多く展示される展覧会を見たことが多いのかも知れません。
そういえば、高校卒業の頃に見た「ルネマグリット」展には
それこそ人生を決めさせられた衝撃も感じていたことを思い出す。
マグリットさんの表現には、広告制作にも通じるものがあり、
意識下でのメッセージというようなことに気付かされた気がする。
高校の時には、旅行でパリやロンドンにも行ってモナリザも見た。
印象の巨大さに比較して、号数の小さな絵なんだという意識記憶がある。
ただ、西洋の美術を見るほどに日本を知りたくなって
最終的に俵屋宗達や尾形光琳などの世界に沈殿して生きてきたように思います。
そういえば酒井抱一とルネマグリットに似たような感覚を持ったりした。
そういうことで、ゴッホというのは名前だけ知っている程度で、
ヒマワリとかの花の絵静物というのも、それほど興味を持たなかったので、
ほとんどその作品を知りませんでした。
そういう意味では今回娘には感謝であります。
浮世絵がかれの制作モチーフだったということは深く興味をもつ。
でも、わたしよりもじっくりと娘の方が鑑賞しておりまして、
おお、わが家は絵が好きなんだということを再認識させられておりました(笑)。
娘には常盤貴子がナレーターの音声ガイドを聞かせていたこともあってか、
わたしの鑑賞時間の倍くらいをかけて丁寧に見ていました。
そういう様子を見ているのは、親としてなんとも楽しい。
で、いいものを見たらお腹が空く(笑)。
たっぷり中華料理をいっしょに食べた後、夕飯用にごらんのような
わたしの手作り炊き込みご飯のお弁当を持って帰らせた。
「うめ〜〜」というヤギのようなLINE書き込み(笑)でした。
Posted on 8月 28th, 2017 by 三木 奎吾
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先日の東京でのアメリカでのパッシブハウス運動
PHIUSのプレゼンからのひとこまです。
住宅とエネルギーという問題は、20世紀という
資源の大量消費によってもたらされた生活革命によって出現した、
そういったイメージが端的にあらわされたイラストを発見。
見ていて、気付かされたけれど、
この図では牧歌的にしか表現されていないけれど、
19世紀以前でも、大きな変動があったと思う。
たとえば江戸時代のように、ほとんど循環型エネルギー社会もあったと思うし、
自然環境へは「対応」する、という思考法が
むしろ人類普遍の考え方であったに違いないと思うのです。
それが決定的に変化したのは、やはり「産業革命」によってでしょう。
化石燃料の利用を発見して、それを当初は蒸気機関として利用することから、
エネルギー利用と、社会発展が相関関係を持って発展した。
20世紀に至って、それが極限まで発展し、天井が見えてきた。
その反省から、住宅においては自然エネルギー活用型に
エネルギーシフト変換を果たすべきであるという大きな流れになった。
その大きな方向には間違いはない。
さてきのうから、やや夏風邪気味でして、
喉の痛みにやられております。
今週も出張などの日程が立て込んでいるので、休息を第一にしております。
ということで、本日のブログはやや簡素ということで。
なんとか、1日で元気回復させたいところであります。よろしくお願いします。
Posted on 8月 27th, 2017 by 三木 奎吾
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会合の合間時間を利用しての美術鑑賞。
江戸東京博物館で、安藤広重・東海道五十三次展示があったので参観。
展示されていたのは18枚の刷り原画でした。
江戸期の、やや赤みがかった紙に職人仕事で刷り上げられている。
本体画面はだいたいA4くらいの大きさのようでした。
スタート「日本橋」から、最後の「京師」に向かって展示されていた。
わたしは、この安藤広重・東海道五十三次は子どもの頃に好きだった
永谷園のお茶漬け付録で惑溺していた(笑)。
あの永谷園のお茶漬け付録広告企画が出版広告人の人生選択に繋がったのか。
そんなふうにも思える広告シリーズでした(笑)。
たしかに今でも永谷園のお茶漬けはふつうに買い求めるけれど、
子どもの時には、付録と本体、どっちにより魅力を感じていたかは
自分でもよく分からないくらいでした。
で、その五十三次の絵柄の中でも、
この「庄野」と「蒲原」の2枚が入っていると、無上にうれしかった(笑)。
安藤広重・東海道五十三次でもベストセラーだったとされていて、
日本人の美術鑑賞のポイントが明瞭にみえるのかと、興味深い。
ほかの五十三次絵画と、この2枚があきらかに違うのは、
その絵画対象として、気象条件を折り込んでいること。
それも、温暖地「蒲原」〜現在の静岡県静岡市清水区で、15番目の宿場。
ここで大雪が降るという情景を描いている。
一説ではこの絵を描いた当時、江戸で夏に雪が降った記録があるとされる。
そういう背景があってのことではあるでしょうが、
たぶん浮世絵画家として、「あの蒲原で」という鑑賞側が抱くだろう意外感や、
世相を捉えてのキャッチを意図していたに違いない。
そうした画家としてのセンスが、「庄野」ではさらにダイナミックに展開し、
まるで黒澤明「七人の侍」での雨中の激闘場面さながらの
劇場的な場面構成として、横殴りの大雨を主役に抜擢している。
とくに右下の坂道を転げていくかのような人の下半身は真骨頂。
なぜ、こうした画面テーマについて日本人は大きく反応するのか。
世界でも稀なほどの明瞭な四季変化をもつ、
この東アジア弧状列島において、人間は季節変化についてその感受性を
長い時間を掛けて、その部分を発展させてきたのではないか。
花鳥風月とかの独特の感受性表現は、
こういったことを根拠にしているのではというように思える。
大雨にあってダイナミックな走り方で坂道を走って行く臨場感は、
まさにさもありなんという、肉体的な感情移入を見る者に起こさせる。
その感情移入があることで、あらためて画面が際だってくる。
日本人としてこういう気象条件への独特の感受性が
大きなコミュニケーション要素なのではと思わされるのです。
現代でも災害は頻発し、台風シーズンには各種メディアが
競い合うように情報と、被害の情報を伝え合うし、
そのことが列島社会での情報アイデンティティになってもいる。
自分もそうした「一般的日本人」的な感受性を共有していることが、うれしい。
Posted on 8月 26th, 2017 by 三木 奎吾
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既報のように、きのうは東京で表題の会合に参加しておりました。
パッシブハウスという概念は長い歴史を持った住環境の運動として
アメリカ、ヨーロッパ、日本と世界に広がってきている。
ドイツのパッシブハウス運動が政府の支援も受けるようになって
現代ヨーロッパにおいて大きく進展を見せているのは承知の通り。
そういうなかで各国においてその中身が進化しつつあると言えるのでしょう。
ドイツは世界の国の中でも気候環境的に単一っぽいとされます。
比較的高緯度でそこそこ寒冷条件ではあるけれど、
北欧やカナダ、北海道のように寒さは厳しくなく、一方で冬の日照は少ない。
基本的にこうした気候環境に沿ってドイツ「パッシブハウス」基準は作られている。
その基準をそのまま持ってくると、たとえば日本の北海道や北東北では
制約の大きすぎる基準になってしまい、
事実上、これら地域ではその基準での家づくりは進展していない。
岩手県北上の高性能住宅ビルダーが挑戦し、なんとか設計基準はクリアできたが、
その要求を満たす住宅を、多くの生活欲求もあるなかで建てるかどうかと、
悩んだ末に鎌田紀彦先生からも言われて計画を諦めた経緯は広く知られる。
やはり基準として、世界はたくさんの気候条件があるなかで、
それらを条件に加味し算入した、より柔軟な基準がふさわしいのではないか。
そういった状況が現在ではないかと思います。
とくに日本はドイツの気候風土条件よりも高温多湿でしかも日照が多い。
そういった意味では、アメリカの気候風土のほうにより親和性がある。
アメリカは国土も広く、日本以上に気候条件が多様に区分されている。
その中でもとくに東海岸から中部にかけての地域に親和する。
湿度の要素が大きな部分を占めている気候風土性。
このアメリカにおいて、ここ3年間ほどで急速に実績を拡大しているのが
PHIUSの動きだと言うことなのです。
プロジェクトベースで500棟以上、戸数では1,200戸を超える実績だという。
今回発足した「PHIJP」は、このアメリカでの動きを日本でも導入しようという活動。
特定非営利活動、NPO組織として活動を開始した。
きのうは、アメリカでパッシブハウスの「ジャンヌダルク」と言われている
Katrin Klingenbergさんが来日されて英語で講演を行った。
「PHIJP」の芝池英樹京都工芸繊維大学准教授が、解題とともに
随時、内容の通訳もされて「おおまかな」(笑)理解はできたように思います。
う〜ん、人生ここにきて英語力の不足を嘆くことが多い(泣)。
講演では、概要説明的な芝池英樹先生の講演のなかの初めの方に
先般、わたしがブログで公開した資料データも援用されていた(!)。
というような冷や汗、波瀾万丈のイベントでしたが、
その後、懇親の場ではなごやかに国際交流をさせていただいておりました。
そういうブロークンな雰囲気では恥ずかしさが消え楽しく交流できる(笑)。
また、首都圏の多くのみなさんと情報交換も出来て有意義でした。
そしてなんと、来月には北海道で講演会を予定しているということです。行動的。
気候多様性を前提としたパッシブ基準、今後の展開に注目したいと思います。
Posted on 8月 24th, 2017 by 三木 奎吾
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きのうは北海道の工務店グループ・アース21の住宅見学会。
当初はオホーツク地区での例会が予定されていたのですが、
予定が整わず、急遽札幌地区での例会に変更されていました。
札幌地区というのは、住宅市場としてはベッドタウンも含めて
道央圏250万人が形成するマーケットになります。
そういうことなので広域すぎる。で、今回は「札幌圏南地区」の地域行脚。
北海道の気候風土はいくつかのエリアに分かれる。
典型的なのは旭川地区で、ここは寒冷が厳しい上に冬場は積雪が多い。
道東帯広地区は積雪が少なく、その分堆雪による「断熱」がなく、
ひたすらに寒いけれど、冬場の日照は比較的に多い地域。
それらに対して札幌・道央圏地域は、バラツキはあるけれど、
それら地域よりは過ごしやすい。
旭川地区ではそれこそ300mm断熱がフツーで建てられているし、
帯広地区ではより太陽熱取得型の南面大開口が有効ですが、
札幌・道央圏地域は、都市化によって敷地の狭小化傾向が大きく、
壁厚もより薄目にすることが一般的には多い。
市場的には大手ハウスメーカーも多いけれど、地元大手なども強いし、
一方で地域工務店もむしろ高級対応も含めてシェアを確保している。
写真の住宅はアース21会長のキクザワさんの住宅事例から。
ZEHはどちらかといえば、性能要件というよりもコストとの関係性の方が大きく、
太陽光発電の便益を求めたいユーザー心理に対応するもの。
そういう意味では「市場環境要因」に近い状況だと思います。
キクザワさんは積極的にZEH対応してきているビルダーさん。
太陽光発電が特徴的になるZEHですが、ここでは対比的な薪ストーブも設置。
どっちかというとデジタルっぽいZEHと、アナログっぽい薪ストーブ。
そういえばこういった取り合わせはあんまり目にしなかったと気付く。
薪ストーブ好きでもZEH制度利用が自然なのだと腑に落ちますね。
ZEHについては、見学先へのバス車中でPVソーラーの南野会長と
じっくりと情報交換させてもいただきました。
自然エネルギー創電の買い取り価格が先行き大きく減衰することを見越して
蓄電池の導入さらにクルマとの連携、家とクルマのエネルギーコントロールが
これからの大きな潮流になるという認識が共有できました。
そういう大きな流れの中で、各企業の戦略がどのように市場に現れてくるか、
アメリカ、ドイツ、クルマ関連企業の動向にしばらく目が離せない状況が続きますね。
さて本日は、東京出張であります。
アメリカでのパッシブハウスへの取り組みを日本に紹介し、
日本と同様の気候区分をもつアメリカの経験知から
日本の温暖地を初めとする地域での市場活性化をめざした動きの取材です。
あんまり英語は・・・(笑)、なんですが、そうも言っていられません。
大いに取材してきたいと考えています。
Posted on 8月 23rd, 2017 by 三木 奎吾
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いわゆるモダンという概念は、無意識的に現代の工業化を背景にしていて、
その合理主義精神を簡素に表現するという考え方のように思えます。
一方で現代の建築では、過度に「工業化」が進んだことへの
人間感覚の揺り戻しのような、ある種「ルネサンス」的な、自然派というべき
志向潮流が存在すると思います。
これはわかりやすい考え方だと思いますが、
しかし、モダンの合理主義を盲目的に否定する考え方には不合理もある。
自然素材での家づくりは目指すべき方向としては間違いのない方向。
ただし、そうであればあるほど、自然素材の当然の弱点である経年変化リスクも
高まらざるを得ない。たぶん完璧はあり得ない。ものづくりとしてどこかで
「折り合い」をつける必要がある。もちろん住宅建設者としては
自然素材の家づくりで問題が出ないようにする努力は頑張るべきだけれど
もしそのリスクがすべて「お金」に換算されたりするのであれば、
建築のビジネスとしては危険回避の方向に向かうしかないでしょう。
自然素材を使いたいとしながら資本主義的合理主義価値感だけは全開で、
工場生産品のように完璧を作れ、という考え方へ対応はなかなか難しい。
よく大手ハウスメーカーでは、自然木利用での経年劣化クレーム対応のために
工場生産したウッドチップ集成材を「これは木です」と言って使うとされる。
イヌは欲しいけど面倒をみたくないようですから、イヌ型ロボットにしますみたいな。
こういうのって、どうも本末転倒なんではないかと。
たとえば虫などの問題は典型ですが、自然素材であればあるほど
かれらにも「住みよい」のは自明。建物を自然素材だけを使って
薬剤塗布も人体への危険性があるからと使わずに、
完璧に虫が寄ってこないように作れというのは、現状では対応しにくい。
やはりできるかぎりメンテナンスを心がけるとともに、
それをどこかで許容し「愛でる」気持ちが人間的対応と言えるのではないか。
そういった現代の人間心理と建築のひとつの臨界点のような事例。
1枚目、2枚目の写真は、先般紹介したニセコのホテル外壁の一部。
たしか北海道下川から出荷されている外壁素材で、
表皮を剥かずにそのまま、自然木の風合いで半割して使っている。
まるで手作りの丸太小屋みたいな演出をしている。
わたしは木の専門家ではないので、こういったコロンブスの卵のような
木の使い方を見ると率直に面白いのですが、
たぶん、メンテナンスについてはいろいろ問題点もあるのではと想像しました。
第一、素材の寸法調整はいったいどうやっているのか、
まっすぐの木ばかりではないのは誰にだってすぐにわかること。
その結果生じる「すき間」についてどう対応すべきか。さらに経年変化も想定される。
3番目の写真では荒っぽく処理した自然木っぽい風合いで構造ともしている。
こういう使い方では、木材の樹質によっても千変万化すると思われます。
素材の木の乾燥度合いによって、経年劣化・変化がどのように現れてくるか、
まったく予断を許さないだろうと思います。
ねじれとか、曲がりといった自然木ならではの変動が大いにあり得る。
その自然木に、構造加重を持たせるというときには、
相当に変動スパンに余裕を持たせなければならないことは自明。
きのうの取材例でも、細部検証で雨仕舞いについては難しさもみられました。
愛情を持ってメンテナンス努力を注ぐしか対応はないと思います。
Posted on 8月 22nd, 2017 by 三木 奎吾
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藤森照信さんという建築家は、建築探偵団とかユニークな設計作品で
なんとなく惹かれている建築家なのですが、
高断熱高気密とかの建築技術的なことについて関心を持っているのかいないのか、
そういったことについての知識はありません。
氏の建築作品を調べていても、北海道での建築はないとされています。
ということなので、北海道的には縁の遠い建築家というイメージ。
でも、氏が発言されたり作られたりしている建築を雑誌や写真で見ると、
手ざわりのある自然素材に対しての傾斜感がハンパなく感じられ、
そういう意味では現代人のある性向を端的に表している。
高断熱高気密住宅でも、気密化においては石化製品・ビニールであるとか、
断熱では工業製品であるガラスを再利用するガラス繊維や石化製品である
発泡系プラスチック断熱材などが不可欠に利用されているけれど、
人間が感覚可能な部分では自然素材を使いたいと多くの人が自然に考える。
このあたりのことについて、原理主義的に石化素材を拒否するようなひともいる。
で、素材について有機系の断熱材を使いたいとか、
気密化でビニール素材を使わないようにしているとかの傾向も存在する。
それを理解はできるけれど、そのこだわりにどこまで意味があるか、というのが
寒冷地に生きている人間のフツーの実感。
結果として人間を暴力的な気候から守ることが目的であって、
現代世界が生み出す石化製品一般を拒否するのは狭量な原理主義と思える。
こういった点についての、藤森さんの発言は不勉強で知らない。
そこはわからないのですが、社会に発表される建築の志向自体は
北の方から見ていても、興味深く見させていただいている。
先般、九州をあるく機会があったとき、
できれば藤森さんの建築作品を実際に体験してみたいと思ったのです。
とはいえ、予定がどうなるか、まったくわからないし、
時間と予定が許せばということでの探訪でした。
台風の関係で本当は見たかった宇宙開発センター(池辺陽)が不可能になり、
その余波で早めに熊本県に戻ったので見ることができたのが、
熊本県立農業大学校学生寮であります。2000年の日本建築学会賞・作品賞。
外観だけから、気付いた様子を挙げてみます。
この建物へのアプローチには趣向があり、
建物へ向かっていく外周に土盛りの「塀」があります。
この塀の真ん中に植栽が施され、その緑のアーチを抜けると1番上の写真。
で、まっすぐ正面に向かうと、自然木とおぼしき立木状の木が目に付く。
玄関の傾斜屋根を貫いているかのようなのです。
で、近接したら、ディテールは3枚目の写真のようになっていた。
板金で「自然木」との接合部は被覆されて雨対策はされていた。
現在築後17年くらいは経っていての現状の状態がこのようであります。
この「自然木」はギミックとしてあるのか、
いや本当に自然木であるのかは、よくわかりません。
自然木であるとすると、上部では葉っぱや枝がないので破綻しているのかも知れない。
ギミックとしてならば、ある感覚はたしかに想起される。
・・・、っていうように興味はいろいろと持ったのですが、
まぁ今回は、雰囲気としての藤森照信作品という体験させていただいた。
そのうち、もうちょっと密着していきたいと思わされました。
Posted on 8月 21st, 2017 by 三木 奎吾
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全国の円満夫婦のみなさん、お元気でしょうか(笑)。
ご多分に漏れず、わが家ではカミさんの宣言にはすごい決定力がある。
なぜか、きのう突然表題のような宣言が彼女からなされた。
もういやも応もありません。オーロラの方はかなり周到な準備が必要ですが、
雲海の方はと聞くと、どうやら星野リゾート・トマムの「雲海ゴンドラ」に乗っての、
トマム山中腹からのパノラマビューのことのようで、
これなら、お安い御用ということで、
本日朝、といっても夜も明けない午前2時半出発でトマムへ向かった。
情報では夏場の午前5時から午前8時までの間だけ、
ゴンドラリフトを運行して、山頂まで600m付近からの眺望で、
その日、晴天であれば、眼下に「雲海」を見晴るかすことができる。
ということでした。
札幌の自宅からは150km超という道ですが、
「早すぎるんじゃないか」ということで、ややノンビリとクルマを走らせ午前4時半過ぎに
トマムに到着。リフトのターミナルをあちこちと探してようやく発見。
リフトターミナルには4:50ころに到着しましたが、
すでに「乗車までは30分くらいかかります」というアナウンス。

カミさんからは「オーロラと」というコトバだったので、
わたしのイメージとしては、人跡未踏的な地球の鼓動みたいなイメージを
膨らませていたのですが、ごらんのような「雲海」ならぬ「人海」ぶり(笑)。
30分どころではなく、ゆうに1時間くらいはかかったか。
で、到着後、雲海の眺望ポイントを求めて探していたら、
完全武装のアルピニストのような人と遭遇。
なんでもトマム山頂からの眺望がすばらしい、とのお話し。
なんですが、当方の格好をみて、「笹だらけで濡れますよ」という忠告。
しかしせっかく来たし、ということで、リフトターミナルからさらに600mという山頂へ。
ただしカミさんは100mほどの中間地点であえなくリタイヤ。
そこからはわたし一人でのチャレンジになりました。
「でもたしか、この企画はカミさんの発議だったはず・・・」という内語は
その時点ではすっかり消し飛んでしまっている(笑)。
ここまで来たら行くしかないだろう、ということで登頂開始です。
・・・しかし、途中3回ほどは、息が上がってしまって、
これはついに遭難かと覚悟を決めたりした(笑)。
標高差は160mほどで、道のりは500mなのですが、
道も滑りやすく、登山としてはやっぱりかなりの本格派。
疲労困憊しながらなんとか登り切ったのですが、
帰り道、行き会うひとを見ると完全武装の方が多いし、
なにより上るときには気付かなかったのですが、
ちゃんと「登山者名簿」の記載コーナーもあるというコースなのです(!)。
山頂からはトマムリゾート側だけではなく日高山系北方への眺望も見られる。
まさに360度のパノラマビューであります。
日頃ちゃんと散歩で歩いていてなんとか、体力が持ったというところ。
ということで、トマムを踏破した後、支笏湖丸駒温泉に寄って汗を流し、
先ほど1時半ころに無事帰還しました。やれやれであります。
往復で11時間超の電撃日帰りツアーでした。まだまだ体力勝負大丈夫(笑)。
Posted on 8月 20th, 2017 by 三木 奎吾
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応急仮設住宅の建設について、
震災を経験する度に、徐々にその「思想」が変わってきていることは、既報の通り。
と同時に、「復興住宅」ということについての考え方も変化してきている。
地域社会が過疎化し、こうした災害からの復旧にあたっても
資本主義的な論理が貫徹する社会らしく、
決められた条件の中での最適解的な「営業活動」を展開しうる
大手プレハブハウスメーカーが、人材の集中投下によって
被災者からの受注を大きく取り込んでいく構図が出来上がっている。
地域の工務店は、応急的なメンテナンス作業に振り回されている間に、
肝心の復興住宅新築受注活動は手を付けられず、
そのすき間を埋めるような大手メーカーの周到な営業活動が展開されるのだ。
そのような「資本の論理」自体はやむを得ないことでもあると思う。
すべての新築需要に、中小工務店が対応できるわけはない。
「住み分け」ということも市場に置いては当然のことだと思います。
しかし、地域工務店は地域の製造業、ものづくりの中核的な存在であり、
メンテナンス、長期的な保守管理においては、必要不可欠な存在。
そうした存在が存立し得なくなることは,地域社会の損失が大きい。
第一、小なりとはいえ、地域に納税して循環することで経済が回っていく存在。
そうした存在であると思いますが、しかし、
やはり従来は横の情報交換、情報レベルにおいて、大手と比較して
大きく劣っていたことは否めない事実だと思います。
家づくりを考えれば、まずはモデル住宅のような場所で確認して
さまざまな情報に接して、ユーザーが判断できるような体制整備が欠かせない。
この写真のモデルハウスは、熊本県・益城町での地域工務店グループの
共同モデルハウスとして建設された。
阪神淡路、東日本大震災と、災害の経験が知見となって集積して、
このようなカタチのものが出現してきたという進化を喜ばしいと思います。

プランとしては、4間×6間の24坪から、
玄関部分が凹んだカタチでの22坪プランです。
オプションで太陽光発電を載っければ、ZEH基準も満たせるという性能仕様。
さすがに温暖地・熊本、無理のない断熱仕様でOKなのですね。
屋根庇も合理的に考えられていて、デッキなど内外の融通無碍な暮らし方にも
対応できるプランになっていた。
これで1000万円程度で復興住宅が可能とされていました。
工務店グループとしては、ある程度思い切ったプランですが、
まとめ役として地元建材店が介在して、こうした共同モデルハウスが実現した。
それも応急仮設住宅団地の目立つ一角で、集会所である「みんなの家」の目の前。
行政側の後押しも感じられます。
こういった「コンパクトハウス」志向、確実にいまの時流にも存在する。
いろいろと興味深い動きだと思いました。
Posted on 8月 19th, 2017 by 三木 奎吾
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沖縄の親戚からマンゴーを送ってもらいました、感謝であります。
なんですが北海道人としては、まずは切り方もよく知らない果実(笑)。
旅行で南の地方に行ってホテルで食べるくらいしか食体験がない。
たぶん、夏が旬のものなんでしょうが、
ほとんど食べる習慣がなく、週末にでも食べるのを楽しみにしてます。
・・・このところなんか涼しい。今朝にかけては札幌、夜間の温度低下が激しく、
わたしは羽毛布団にもう1枚、毛布を掛けて寝ておりました。
つい先日、九州の旅では夜どうやって寝ようか、
しょがない、エアコン使うしかないなと過ごしていたのが、まるでウソのよう。
どうもここのところ、北太平洋の冷気が東北・北海道に影響していて
気温上昇がなかなか見られない状況が続いております。
朝の散歩でも半袖シャツではやや肌寒さを感じながらなのであります。
まぁそれでも、動き回ると多少は汗ばむのですが、
夏らしい暑さは、ここからはあんまり期待できそうもない。
先日14日に行ったゴルフ場では、「いやぁ、秋風だね〜」というのが挨拶。
ことしの北海道、7月はけっこうな暑さで8月もさぞやと身構えていたのですが、
すっかり、肩すかしの状況であります。
北海道生まれの人間は、夏の蒸暑に対しての
「希求」感を根強く持っています。
生きてきた間中、夏に蒸暑感が感じられないと、その年、損した気分になる。
こういう気分は、たぶん北海道人だけのものなのではないでしょうか?
逆の、たとえば沖縄の人が冬の寒さが足りないと嘆くというのは、
あんまり聞いたことがありません(笑)。
ニッポンの夏のあの「高温多湿」を感じられないと、
どうも「ニッポン人に参加していない」ような気分にさいなまれるのです(笑)。
どうもいじけているような書き方かなぁ・・・。
まぁ、ちょっとかわいそうな心情とお笑いください。
仕事として住宅関係のメディアを発行するようになって、
主にこういった気温や湿度といった室内気候に関する人間の感じ方、
「快適域」について、その決定要素としての住宅性能を考えることが
大きな領域ではあるのだけれど、一方でこういう心理も持っている。
夏は涼しく、冬はあたたかくというのが、温度のバリアフリーではあるのだけれど、
それは人為環境のことであって、自然条件としては
ごく自然な夏の暑さであって欲しいと念願する次第であります。
さて、これからの「残暑」はどうなっていくのでしょうか?
Posted on 8月 18th, 2017 by 三木 奎吾
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