

先週土曜日深夜から行動開始して、
クルマで函館まで直行、そこからフェリーで青森に渡って、
日曜日から水曜日まで青森県地域を巡っていましたが、
きのう、青森空港から札幌に一時帰還であります。
で、きのうはさっそく工事進捗のチェックと、
必要な「家具移設」の「詳細指示」必要性を現場棟梁さんから
直接訴えられたので、さっそくシロウトながら、
手書きの寸法図、配置希望図などをまとめてみました。
自分でこういうこと実際にやってみると「指示代名詞」の特定から
カミさんとの間ですらコミュニケーションが取りにくいとわかる。
「あそこにあった、あれさ」
という代名詞では、基本的な工事指示コミュニケーションにならない。
とくに既存「造作家具」については、一般名がなかなか浮かびにくい。
最初は機能特定していたけれど、長い時間で機能性変化が生じる。
最初は本棚想定で作ったけれど、いまは食品庫に利用している、
なんていうケースは日常茶飯事なんですね。
こういう会話、夫婦であればケンカのネタ程度で済む話ですが、
建築の指示特定のことであればそうは言っていられない。
ことはすべてお金の絡むキビシイ現実問題であります。
で、へたくそなりに書いてみるとこれがなかなか楽しい。
「空間」について考えていることを他者に「つたえる」ことは
数字とイメージ把握、さらに構想の伝達など、
まことにリアル世界を構築する、そのものだと知れます。
こういうコミュニケーションの結果、寸法がぴったりと収まる、
使い勝手のいい空間がすこしづつ仕上がっていく実感がある。
建築というのは仕上がれば「モノ」の世界ではありますが、
そのプロセスではまことに人間的感受性の世界だといえる。
さて、きのうのブログで書いた「蓄熱暖房器」のガワの中にあった
煉瓦状の内部部材がきれいに並べられておりました。
どうやら留守中に「解体撤去」が完了したようであります。
まことに感無量、というようなロマンチック気分ではなく、
おお、なかなかきれいに救出できたね、というウレシイ再会気分。
なんかクラッシュ煉瓦にするの、かわいそうにも思えてきた。
みなさんならこの煉瓦、どのように再利用を考えるでしょう?
う〜む、時間がないけどどうするかなぁ?
ということですが、本日は会合2件を片付けて函館へとんぼ返り。
アイデア出しも時間との闘い、これも建築。まぁ時間切れですかね。
Posted on 3月 16th, 2018 by 三木 奎吾
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きのうは青森市、弘前市を回っておりました。
住宅会社は水曜定休が多いので、おもにエネルギー企業を中心に。
ということで、一時期のオール電化でわが家でも導入した
蓄熱暖房器であります。
東大・前真之准教授にReplan誌面で連載を書いてもらっていますが、
先生からは繰り返し、わが家のこの蓄熱暖房器への揶揄攻撃が
激しさを増すばかりという状況でした(泣)。
おかげさまでなぜか「トランプ三木」というニックネームをいただいた。
たぶん、世界の常識とはやや違う路線を走っているみたいな
先生的表現だったのかと思われるのですが、
たしかに電気ナマ炊きという批判は合理性がある。
ということで、今回のリフォームで撤去することに致しました。
で、わたしとしてはなんとか「再生利用」を検討していました。
外装している金属の内部には耐火構造のレンガが入れ込まれている。
それに電熱線コイルが貫通しているような構造。
当初は外装材の塗り壁の表面に「レンガ」として貼ろうかと考えたのですが、
高温利用なので美観的な劣化も避けられないだろう、
というような情報も耳に致します。
まだ、撤去の時期は確定していませんが、
いまのところ、建物周囲の「犬走り」にクラッシュして配置する予定。
昨日は東北電力のみなさんと各地で懇談していましたが、
いまは、エアコン暖房がメイン装置として受け入れられてきている。
北海道人としては石炭ストーブから石油ストーブへの転換、
そしてこの蓄熱暖房の一世風靡、さらにその衰微からエアコンへと、
ほんの数十年の変化にも驚きを持つものです。
ただ、負の遺産の側面があるとはいえ、
北海道のある時期を象徴するような装置ではあったので、
地域全体で数十万台ベースで現存しているのではと推測しています。
今後これらが廃棄されていくことを考えると、
その部材の再生利用というのは、道民として思いを持たざるを得ません。
なにか良いアイデアを待ちたいところであります。
Posted on 3月 15th, 2018 by 三木 奎吾
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青森県は大きくは3つの地域に仕分けされる。
八戸や三沢・十和田を中心とする県東南部地域、
一般的には「南部地域」というようにも言えるのでしょうか。
それに対して弘前を中心にして青森市も大きなくくりでは入る
「津軽地域」という大きな地域。さらに明治の動乱の結果、
会津の人々が開拓として入植した「むつ」がある。
それらの大きな区分のなかでもそれぞれの相違があって、
非常に多様な成り立ちを感じさせられます。
今回は十和田市を中心にして行動したのですが、
この十和田は、明治以降新規開発された都市であって、
そこに日本各地から人口が流入してきた。
そういう意味では北海道・札幌と成り立ちが似ている部分がある。
八戸は南部藩の故地であり、そういう武家文化がまだ強いけれど、
こちら十和田を中心とする地域は比較的に開放的な文化を持つ。
多様な流入民が主体になっているので、オープンな文化が育ったのか。
この地域を中心的に開拓した新渡戸家からは、
国際的な活躍をされた新渡戸稲造さんが出ていて、
地域としての開明さがそこに端的に表現されていると思います。
明治以降の海外との関係性って、日本の現在の地域性にとって
かなり重要なファクターであるかも知れませんね。
北海道はその開拓思想からして北米の思想が入っており、
マサチューセッツなどからの「開拓技師」たちの痕跡が感じられるし、
函館や横浜、神戸など、そういった時代精神が色濃く残っている。
青森県でもこの地域がもっとも北海道と親和性があるのは、
そうしたスタートの時点での同質性が存在しているのかも知れない。
また、いま十和田市には安藤忠雄、隈研吾、西沢立衛などの建築作家による
建築群が中心地域を構成している。
まちづくり自体でそのように開かれた面が強調されてもいる。
まぁ、熱環境的に開かれすぎている(笑)という側面はあるとしても。
住宅文化的にも、北海道との親和性がきわめて高いと思います。
実際に地域の有力ビルダーさんと接すると、
まったく北海道標準と変わらない発想であり、合理性優先志向。
ほかの日本地域ではやや躊躇が感じられる住宅部位、
たとえば屋根形状などでも北海道スタイルのフラットなカタチに
ほとんど抵抗感がないように思われます。
こういった地域性がどのように発展していくのか、
北海道からの視線を持つわたしとしても、興味深いと思っています。
Posted on 3月 14th, 2018 by 三木 奎吾
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さて日曜日から、遠出してきています。
先週金曜日に住宅からの「引っ越し」作業を終えて、
その翌日からは、さっそくリフォーム工事に着手してもらって、
解体などの作業が始められました。
わたし自身はカミさんとともに仮住まい先に休息を半日とった後、
クルマに仕事の荷物や、身の回り品なども積み込んで
函館までロングドライブの後、フェリーで青森県にわたって、
いまは、青森県東部地域をあちこちと歩きまわっております。
わたしが選び取った事業領域・住宅は、どう考えても「地域型」産業。
住宅は「不動産」としての土地の上に建てられるもの。
当然作り手という存在も、その場所からあまりに遠距離では
ものづくり作業を維持発展させていくことができない業種。
だから端的な「地域」産業である由縁。
そういった事業領域で仕事する以上、その建てられる土地の空気と
そこでの事情について想像力を豊かに持つために
情報側で大きな行動範囲スパンが要求されると思います。
われわれのような存在はどんな場所にでも出向いて
その現場感覚を理解し、情報発信する習慣が必要になる。
机にノンビリ座っていて情報が取れるようには絶対にならない。
そのようにヒアリングして歩くのですが、
同時に地域住宅産業の側でも、同時並行的な各地からの情報も
大きな情報価値を持っている。
かれらの生存発展にとって、そういった同じような立場の動向は
得がたい情報価値を持っているといえるのです。
そういうことで、今回の自分自身の拠点環境の変わり目をとらえて、
「住情報の広域的情報摂取・交換機会」として
北海道・東北・関東・関西と列島縦断的に動いてみようと考えている次第。
まぁ住宅専門で生活文化的領域ですが広義としては
一種の文化的な部分でのジャーナリズム活動ではあるといえるのでしょう。
開始して1−2日ですが、いろいろ気付きが多い。
ただ、留守にしているといろいろな案件も発生してくる。
移動中には何度か、札幌まで「出張」的に戻る時間も予定しています。
予定以外にも突発でどんな展開が発生するか予断はできない。
さらに、いまは健康維持・ダイエットも好調に推移しているので、
個人として自己管理しやすいこういう出張環境は活かせそうであります(笑)。
カロリーコントロールも楽しみながら、頑張りたいと思います。
Posted on 3月 13th, 2018 by 三木 奎吾
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一貫して、子供室というものの独立を志向してきたのが、
個人主義思想が極限的に追究された戦後以降の住宅間取りだった。
住宅の間取り思想でいちばん最初だったのは、
居間と食堂の分離であり、その後、ひたすら面積の拡大と個室の増加が
追究されてきたのだと思います。
「ウサギ小屋」とかと自虐する傾向が社会に蔓延し、
子どもの「独立心」を養うよきものとして「子供室」が定着した。
わたしも昭和60年代、親が建てた家では個室が与えられた。
親の期待としては、「ここまでやってやったんだから、当然有名大学に」
というのが一般的な心情だったのだと思う。
日本人には「どうしたら学力が向上するか」という
科学的知見が不足していたというようにも言えるし、
個人としてだけの空間に「籠もれば」思考が深まり
その分「集中力」が向上して学業も進捗する「のではないか」と考えた。
親世代には考えられなかったそうした豊かな「住環境」が実現すれば
競争社会の中で比較優位に立てるという神話が形成された。
たぶん誰がそう言ったというようなことではなく、
集団的信仰として、こういう「個室幻想」は共有されていた。
しかしすでに、社会として結果は明白に出ているのではないか。
最近よく言われているのは、他者からの視線がなければ、
学習する意欲はなかなか自生してはこないという事実。
そう大きなモチベーションがなければ、個室に入ってしまった子どもは
その年代なりの個人のカラに閉じこもってしまい、
それが固定化する、非社会的個人主義に埋没してしまいがちだと言うこと。
子供室文化は日本人の学力の向上よりも、
むしろこのような傾向をより多く生んでしまったように思われます。
ではどうすればいいのか、という住宅文化的解決として
家人の視線を感じられる空間に勉強の場をつくる、という方向性が出てきた。
この写真の事例では、居間とキッチンの2面に開放した
このようなコーナーを造作して、装置的な勉強場所とした。
デスクは居間側に対面し、キッチン側からは横顔が見える。
たしかに勉強では、適度なコミュニケーションが大きな助力になる。
学校では押しなべて「教師が対面する」形式を取っている。
自習よりも効率が高いからそうしていることは明らか。
こうした間取り形式では、集団的テレビ鑑賞は自制されるかも知れない。
子どもに学習を強いている同じ時空間で、親だからと言って
好き勝手な自由時間は謳歌できないだろう。
さてこういった形式が、効果的かどうか、
また、あらたな問題点を生み出しはしないか、
興味深く、ニッポン人の変化を注視していきたいと思います。
Posted on 3月 12th, 2018 by 三木 奎吾
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こういう自分の家の「素顔」をふたたび見ることができるというのは、
めったにあることではありませんね。
長期にわたっての引っ越し準備、荷物の引き渡しが済んだ一瞬、
リフォーム工事が9時頃には始まるという寸前、
スタッフとともに「リフォーム前」写真撮影に臨んでいました。
1991年の新築以来、はじめてほとんどの家具内装などが消えた
ほぼすっぴんのわが家が束の間、その姿を見せてくれた。
時間を忘れるほどにたくさんのアングルが頭に浮かんでくる。
暮らしている時間分だけ、生活シーンの背景として
いろいろに見続けていた空間性が、まっすぐに全身をさらしている。
きのうも書いた「愛着」というコトバの実質が露わになる。
この空間がわたしと家族の日々を守ってくれていた。
そんなふうな情動が次々と浮かんできます。
この建物から子どもたちが離れ、夫婦ふたりしか住まなくなって、
ごく一部しか利用しなくなってから、やはりもったいないと思い続けていた。
建築後27年という時間が経過しているけれど、
ほとんど結露のようなことも極少で、換気もしっかり確保していたので
空気質性能的にも劣化はほとんど見られなかったし、
ブロック建築としての構造的安定性は申し分なかった。
「やっぱり長く使い続けていたい」
そんな思いが日ごとに強くなっていった。
そんなことが、今回のリフォームの機縁になった。
たぶん、この建物はしっかりとメンテナンスしていけば、
100年以上の長寿命建築として存続していくことが可能だと。
今回リフォームを設計していただいた丸田絢子さんからも、
「北海道遺産」というコトバをいただいた。
たしかにブロックの建築は、多くの北海道の先人たちがこの地に似合う
オリジナリティに満ちた建築工法として創造したもの。
そのことを意識的、目的的にレジェンドとして創造していくこと、
わたしたちには、そんな役割が与えられているように感じられた次第。
ものごとが長く存続していくということは、常にその時代と共生するように
「自己変革」が欠かせないのだと思う。
建築で言えば、やはり良好なメンテナンスと利用目的の自己革新。
家族だけのイレモノから、もっと汎用的な用途へのアジャストへ。
それに耐えられる建築がやがて長期的耐久性を実証してくれるのだと思う。
そういったことに、ささやかながら挑戦していきたい。
Posted on 3月 11th, 2018 by 三木 奎吾
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さて疾風怒濤のような自宅からの引っ越し作業がようやくきのう終了。
とはいってもいくつか問題点もあり、解決すべき事柄も出来した。
まぁ物事には完璧はないし、解決できるように頑張るしかない。
で、引っ越し屋さんに荷物を持って行ってもらうと、
27年前からのわが家でのことが、フラッシュバックのように復元体験する。
わたしの住宅体験というのは、
1、 3才までの幼少期を過ごした岩見沢市近郊の農家住宅
2、 3才から16才まで過ごした札幌市中央区北3条西11丁目の兼用住宅
3、16才から大学進学で離れて以降、実家となった西区24軒の兼用住宅
などなどから始まって、東京生活での9年間の賃貸住宅数軒
札幌移転後の数軒の賃貸住宅などを経て
いまのこの住宅にまで至った。
本格的な「巣」として、この家での居住期間がもっとも長くなっていた。
それらの住居群は、折節、生々しい体験夢を見ることがある。
その頻度は体験した時間の長さに比例するように思う。
不思議と、そのとき過ごしている家というのは、そういう体験夢からは
除外されているか、あくまでも「背景」としてしか認識されない。
そういうことで、夢に見るのは2の家のことが圧倒的に多い。
ちょうど成長期に相当して、感受性が揺籃されることもあるのだろう。
その札幌の街中の家は、しかし、札幌原生林をそのまま残した
「北大植物園」に隣接していたので、
窓の外にはいつも原始林が見えていて、街中なのに
飼育されていたエゾオオカミが月夜に遠吠えをあげるような
そんな原始北海道的な体験記憶が刷り込まれている。
人間の初源形成でこういう空間性記憶がどのように影響するか、
いろいろなことが想起されるように思うけれど、
ハッキリとした明示的なことは言い切れない。
しかし、繰り返し想起する情念のふるさととして機能するのは明らか。
これから数十日、たぶん1ヶ月ほど、すこし客観的に
この27年間という人生の半分近くを共生した家について、
考えたり、情動を持ったりする、そういう時間を過ごすことになる。
表題のようなことを、すこし考えられるきっかけになるかも知れない。
Posted on 3月 10th, 2018 by 三木 奎吾
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今回の一連の自宅・事務所の環境更新のなかで最初の変化、
自宅からの一時撤収、引っ越しを本日行います。
約27年間住み慣れた家からの「引っ越し」作業は想像を超える難事業。
住宅のリノベ、リフォームマーケット発展の難しさの
大きな要因は「生活の大革新」の面倒さにあるのではと痛感します。
やはり多くの人間は基本的に「生活保守主義」が自然。
きのうまであったふつうの暮らしの安寧が、革新への魅力を凌駕する。
リフォームを決断するためには、
まずは次の住まい方への明確なビジョンを確立する必要がある。
「このように暮らしたいから」という目的が不可欠。
今回わたしの場合は、仕事上の必要性から決断したのですが、
ふつうの生活者が、いまの暮らし方をまったく変える決断を
そう軽く下せるようになるとは想像しがたい。
新築の場合は、それまでがおおむね賃貸住宅なので仮の住み処から
「抜け出したい」という強い行動欲求意識がはたらく。
それに対してリフォームは「安住の住み処」をあえて更新するので、
より強い動機が絶対必要になってくる。
そのようにまでして「次のライフステージ」への強い思いを作れるか、
事業者と施主の関係に深く思いを致さざるを得ません。
実感的に、リフォーム決断には背中を押す大きな変化が不可欠。
現代人は移動が大きな生活環境因子ではある。
企業に生活基盤を置くサラリーマン世帯にとって、
「転勤」などの対応は避けられない。それは、
「次のライフステージ」という決断の一つの機会にはなり得るけれど、
多くの場合は、社宅として用意される賃貸住宅などが利用される。
定置的な所有住宅に手を加えるケースはそう多くはない。
企業会計からもそういう経費増は容認しにくい。
現状では日本の「賃貸住宅」品質レベルは、オーナー側の経済的理由を
主要因として低レベルで生産されてきているのが現実。
ある程度、新築戸建て生活を手に入れた層にとって、
そのような現状の賃貸住宅品質は、実需に対応しているかどうか疑問。
もっと住みごこちのいい住宅への欲求はあると思われる。
ここには一定の住需要マーケット存在理由があるかもしれない。
それこそ「支店長」クラスの人材流動による企業活性化のために、
戸建ての中古物件を社宅利用物件として一定の品質向上させる、
というような企業側からの需要があり得るのかも。
こういう「流動層」を別にすれば、企業戦士的生き方ではない、
むしろ特定の地域に愛着を感じて住み続ける層が次に考えるべき対象。
こういった社会的な層がどれくらいであるのか、
検証してみなければならないけれど、
新築需要としては大きな母集団ではあるだろうが、
企業戦士層と比較すれば、たぶん所得的には相対的に
大きくは期待はしにくいのではないだろうか。
リフォームという需要の盛り上がりターゲットとして
大きな塊をそこに見出しうるかと考えれば、やや心許ない。
いろいろな住マーケッティングの検証機会として、この経験・体験は
大きな判断軸になるものだと気付いてきています。
写真は引っ越しにともなって神棚を整理して
移転をお願いした神さまたちの「神札」の数々であります。
「神さま同士、けんかする」というような意見もあるようですが、
わたしはあんまり気にしない主義。むしろ人生の友、
気長な趣味として、たくさんの神さまが見守ってくれていることに
いつも感謝して楽しく暮らしております。
Posted on 3月 9th, 2018 by 三木 奎吾
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先般の石巻、石ノ森章太郎「萬画館」訪問続報です。
わたしがマンガ少年期、具体的には中学生時代が相当するのですが、
その時代は思春期前期にあたるので、刷り込まれる感受性の部分で
思いっきり「影響を受けている」のだなぁと。
ほぼ忘却していたこういった画面を、まざまざと見せつけられて
自分という人間の基底の部分を正視させられるような気分がします(笑)。
まさに「オタク」の元祖年代のようである自分が露わになる。
日本文化というものの流れの中で、
こういったカリカチュアライズ・マンガ的表現はその基底にある。
土偶などの表現力にはそういった「伝わってくる」ものがあるし、
風神雷神図などは、日本民族しか表現しないものかもと思う。
言ってみれば、抽象力がきわめて豊かに発達したというか、
直接的に伝わってくる豊穣さがあるというか。
この萬画の女性たちには、目力〜めぢから〜がハンパない。
左側の女性からは刺してくるような力があり、
右側の女性からは、感性のうるおいのような力が見て取れる。
どちらも日本女性のパワーが圧倒的に迫ってくる。
異性への興味の部分で石森章太郎的エロスが伝わった。
で、こういった表現があの時代の空気感を明瞭に伝えてくる。
たぶん、わたしのような1960年代を思春期として持った
そういう年代が共有する刷り込みがそこにはある。
建築としての住居、木造賃貸住宅・トキワ荘というのも
「地方から上京した若者たち」の汗と涙を受け止めていた。
北海道に住んでいる中学生としては、このアパート、
このままで北海道にあるとすれば、
とても住めそうにないな、とのちに繋がるような感想を持ったりした(笑)。
いずれにせよ、ある時代の空気感丸ごとが、
マンガという表現には圧倒的に込められている。
そうしたニッポン・マンガ文化がいま、
違法スレスレのインターネット無料ダウンロードで存続の危機にあるという。
マンガ作家が血と汗で書き上げた作品が誌面に載せられて
発売されて数時間でそれが全ページスキャンされてアップされ
違法意識の薄いユーザーから「無料ダウンロード」されたりするのだという。
その作品を無料ダウンロードして作品に感激した「読者」から
作家に「感動しました」という純真なレスポンスがあるという・・・。
なんとも言いようがない不条理が現実になっているのだということ。
仮想通貨とか、こういう違法スレスレ無料ダウンロードとかは、
デジタルの進化によって、アナログ世界が共有してきた文化概念が
危殆に瀕するようにもなり得ることを表していると思う。
だからといって、ただただ罰則強化するという対応では、
結局、未来的な発展は見込めないのだろうと思います。
どうも人間の知恵が試されるような局面だなぁと感じる。
この時代を生きている人間として、どうすべきか、
考えていかなければならない問題だと思いますね。
Posted on 3月 8th, 2018 by 三木 奎吾
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引っ越しまであと3日と迫ってきました。
わたしも何回かは引っ越し、環境更新は経験してきていますが、
今回のそれはまさに人生の集大成のようで、ハンパない混乱期。
自宅環境と仕事環境の変化、それに通常の仕事の進行が重なって
自分自身でもなかなかコントロール不能寸前であります。
そういうなかでも、通常の仕事にも困難が出来するのが
現代の仕事に欠かせない通信環境困難ですね。
先日、auの「データ通信」量のことについてふれましたが、
結果としては1GB分を購入して、仙台の出張をこなしてきました。
こういうデータ管理のアプリをauから教えてもらって
ごらんのように使って管理しております。
この画面はきのう夕方の段階でいまは、残量1.55GB。
テザリング接続のほかに通常のデータ利用もあるので、
この程度はふつうに残量が減っていくもののようです。
友人から4GB購入しても1週間程度であっという間に消えたという
情報を教えていただいたけれど、データ通信ってかなり利用しているようです。
で、このアプリよく見てみると、
こんなのあるんだ、と初めて知ることがたくさんある。
右と左の画面は違う画面ですが、左画面の下にあるボタンのうち、
「ふやす」をクリックしていくと出てくる画面が右側。
自分が持っているデータ残量を月単位でチェックしながら、
たとえばカミさんから「借りておく」というようなことが出来るのだとか。
デジタルライフ革命っていうのは、こんなことにまで繋がってきている。
プレゼントと言う人間営為がこんな展開を見せていることに驚いた。
って、たぶん多くのみなさんは当たり前のことなのでしょうが、
中高年アナログネイティブ人間には、浦島太郎状態であります(笑)。
きょう、カミさんに確認・相談したいと思います。
・・・が、だんだんテンパってきて、きのう夜8時ころに帰ってきて
カミさんと顔を合わせたのはほんの一瞬。
その後、疲労でわたしは爆睡、カミさんは仕事多忙で事務所へで、
けさもまだ、顔を見ておりません(笑)。
しかも引っ越し作業というのはまことに過酷で、本日から食事も作られない。
日常生活にきちんと復帰できるのは、約1ヶ月半後。
落ち着いてものを考えることができるということが、
たいへんありがたいことなのだということに、深く気付かされます。
ということで混乱状況ではありますが、
一歩一歩、段取りを確実に進めながら、こういった
通信環境困難にも落ち着いて対応し続けていきたいと思います。
Posted on 3月 7th, 2018 by 三木 奎吾
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