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似合いすぎのジャズカフェ

1712

土曜日午後の「神楽坂」で見掛けたジャズカフェです。
こういう無国籍文化が、キッチュなまんまで黄昏れている雰囲気(笑)、
やばそうであります。
で、ふとなにやら1950年代風の音楽が街に流れている。
振り返って、その音源の辺りを見回すのですが
どうもそれらしき発信源を確認できませんでした。
しかし、この写真の店、こういうたたずまいのままに
2014年の時空間に存在し続けているのは、いいですね。
バタ臭いけれど、オヤジっぽくて、
不良になりたくてなれないままに、善良仮面の下で
バーボンなんかに酔ってみたいと願っているような中高年の心情。
そういったないまぜのたたずまいが、そのままかたちになっている。
店の前の柱には、「ジャズライブ」のお知らせチラシが貼ってある。
なんという場末感。
でありながら、神楽坂というジャパネスクな街の名。
そういえば「神楽」なんだから、ジャズには縁もあると言えるのかも。
日々の肉体労働に疲れた体に、
独特のリズムとリリシズムで訴求していった黒人霊歌が
ジャズの成り立ちだと言われますが、
神楽というのも、日本的農耕社会での開放空間としての神社境内で
集ってくるひとびとに肉体表現の共感をベースにして
さまざまに「物語って」くれた文化現象だったのでしょう。
東京という、異文化を継続的に受け入れ続けた場所には
こういったバタ臭さを吸収する磁場があるように思います。

さて、本日からは仙台にて新住協の全国大会。
前夜祭から始まる3日間です。
で、そのあと来週早々火曜日には、住まいと環境東北フォーラムの
年に一度の総会。
ということで、わたし、しばらくの間は
札幌を離れて、東北その他にいる予定であります。
と思っていたら、ちゃんと出張中のお仕事も飛び込んできて
ずっとパソコンで通信しながら、進めなきゃならないようです。
ということで、8日間の予定で行ってきたいと思います。
やれやれがんばるぞっと・・・。

東京の「地方」探訪・神楽坂

1715

写真は、先週の東京出張の折に訪れた
住宅評論家・南雄三さんの「スケッチ展」の会場であります。
神楽坂というのは、地下鉄東西線で、飯田橋と早稲田・高田馬場の中間。
中沢新一さんの「アースダイバー」縄文期江戸地図によると
湾入してくる海に陸地が面しているような位置にある。
縄文の遺跡もあるようです。
わたしは、だんだん東京のなかの「地方性」発見が趣味化しています。
もともと東京に住んでいたことがあるのもありますが、
まことに現代的な資本主義文明が覆い尽くしているなかに
「風土性・地方性」がそこここに顔を出しているのが、面白く感じる。
本来の「地方」、わたしが住んでいる北海道、札幌は地方ではありますが、
地価や賃料レベルがあまりにも低いので
むしろ開発と大資本主義の勝手気ままな展開が顕著で
本当に鄙である住民たちも、むしろそういう「どこにでもある」共通文化性に
強く憧れる心理の方が強くなってしまう。
江戸期に、気候風土が温暖地日本とはまったく違う会津において
それでも小堀遠州流の大名庭園が造営され
華奢な建築が雪の重みに耐えきれず、
江戸期を通じて何十回と再建築され続けた、という事例がありますが、
そういった「都と同一化したい」願望の方が日本の「地方」には多い。
もと「都」である関西・京都、あるいはその周縁地域は別にして、
こういった風潮にあるのが、日本の地方の実態だと思う次第。
そういうなかで、むしろ東京の中では、
それぞれの「地方」というか「地域・街」が、本来の「地方性」を維持している。
たしかに交通移動の過程で見られる表面的な部分は
「どこにでもある」側面が強いけれど、
そのちょっと周辺部には、底堅い伝統的価値観が存在している。
そういった部分を発見するのが面白くなっているのですね。
わたしは中沢新一さんの「アースダイバー」は最近知って読み始めたのですが
ちょっと違うけど、よく似た気分を持った著作だとびっくりしている。

1714

で、神楽坂であります。
東京に居たときには、まぁ1度か2度、通りかかったくらいですが、
たぶん、料理屋さんで会食した記憶があるくらいですが
今回、南さんのスケッチ展と言うことで
街を感じさせていただけた次第であります。
なんといっても、会場の古い家がいい。
さすが南さんらしい選択であります。
でもまぁよくこういう古民家、昭和初期だそうですが
残っているものであります。
北海道では見掛けることもない樹木が、バランスよく縁取って
瓦屋根、真壁・塗り壁仕上げの外観を彩っている。
絵の素晴らしさも格別でしたが、
この雰囲気の素晴らしさにしばし、感嘆させられておりました。
たたずまいが、素晴らしいですね。
「神楽坂」という地名が、すんなりとカラダに入ってくる気がしてきます。

文章力について

1700

きのうまで東京出張しておりました。
昨夜遅くに帰って来たのですが、
関東が半袖の気候なのに、こっちはコートが必要なほどの寒さ。
寒暖の差に愕然とさせられますね。

出張の間の移動時間は、貴重な「読書時間」。
読書を出来る時間というのは、常に眠気との戦いであって、
日中の活動時間で読書に宛てられるというのは
こういう出張時の飛行機などの待ち合わせー搭乗時間が一番密度が濃い。
で、最近は学術系の歴史書などを読むことが多く、
それにある程度、読文意識が慣れてきていた。
ところが今回、たまたま間違えて違う本を持ってきてしまった。
司馬龍太郎さんの「播磨灘物語」であります。
「ありゃ、間違えたなぁ」というところですが、
若い頃には、なんべんも読み返していた愛読書です。
ひさしぶりに、読み始めてみた。
適当なところからページをめくって
「あ、ここか、そうそう、こういう展開だったよな、で、次は・・・」という
勝手知ったる状態で読み始めたのですが、
読書というのは、やはり面白い。
若いときには読み飛ばしていた部分でも、いま読み返してみると
文意の底の意味が、まったく違うかたちで浮かび上がってきたりする。
そして、筆力というか、文章力のすばらしさに
あっという間に、没頭させられてしまう。
なんなんでしょうね?
歴史小説作家としての構想力であったり、構成力であったり、
なによりも人間観であったり、というような
さまざまな人間の興味の引き出しがどんどん開け広げられていって
作家との対話、物語主人公との対話が活発に頭のなかに充満していく。
ある没入的集中力が沸き立ち続けていくのですね。
こういうこと全体が「面白い」ということなんでしょうが、
久しぶりに読んでみて
司馬遼太郎さんの眼力・筆力の確かさに圧倒される思い。
読みつつ、まったく頭の一部が小説世界での領域に浸っている感覚がする。
そうなんですね、こういうのが読書の最大の楽しみですね。
すっかり読書の興奮を思い出してしまいました。
結局はやはり、文章力ですね。
う〜〜む、すごい。

北海道の家と日射制御

1711

パッシブということを考えていくと、
ドイツというのは、日本で言えば秋田県のような冬を持つ地域。
とにかく冬場の日照はほとんど期待できない気候になっている。
そうすると勢い、ひたすら断熱の強化という方向に向かわざるを得ない。
その過程で実現していく、たとえば窓の高性能化などや
断熱基準の高さなどは、大いに注目していくべきだと思うのですが、
しかし、ドイツの考え方をそのまま取り入れて、
金科玉条とする、とか、「世界最高水準」というように言うのも、疑問を感じる。
というのは、やはり気候条件が世界中でそれぞれ違いがあるからであり、
なにより日本は、大部分の地域で
冬場でも豊富な日射取得があるという特徴がある。
ドイツはそのうえ、国中の気候条件の違いがそれほどなく、
ほぼ同一の気候条件のなかにある。
そういう条件下で、世界最高水準の工学的レベルの工業国が
全力を挙げて断熱に絞って強化する方向性を打ち出している。
ひるがえって、日本では気候区分がいまの基準でも8地域に別れている。
そして、ヨーロッパのように乾燥した夏ではなく、
たっぷりの蒸暑の夏を持っている。
このような気候の違いを考えに入れて「パッシブ」を考えていかなければならない。
そうするとおのずと、太陽とどう対話していくかということが緊喫の課題。
冬場に太陽光をどのように上手に取り入れていくのか、ということと、
一方で、夏場にはどうやって日射遮蔽していくかが重要。

で、北海道であります。
北海道は日本が相手にしてくれない中でも(笑)、
ドイツにも先駆けるようなかたちで断熱基準を、ほぼ独自のように
地域として定めるよう、日本のなかで運動してきた。
現状の断熱基準(規制基準ではないけれど、ほぼ常識的基準になっている)
において、Q値が1.6というレベルを保ってきた。
しかし、そういう断熱の基準は高いけれど、
片方の「遮熱」ということは、あんまり考慮されてこなかった。
夏であっても、遮熱しなければならない期間が少なく、
むしろ民族的な気候経験である「暑さ」を心待ちするような心理を持っていた。
夏の北海道で猛暑が来ると、
みんな半分はうれしそうに「暑いね〜(笑)」と会話するのが
常だったのです。
そういう状況が、温暖化の猛暑の夏が続いてきて
やや反省の気持ちが出てきていると感じます。
しかし、写真のようなたっぷりの軒の出、日射遮蔽デザインは
あまり一般的ではない。

必ずしも、日本の場合、パッシブに
全国共通の物差しを当てはめることが現実的とも思えないけれど、
しかし、いろいろな基準化の動きの中で
北海道の家の日射遮蔽への鈍感さが、あげつらわれるようになる可能性も
やや感じる次第であります。どうなんだろうか・・・。

書斎を充実させる

1710

わたしは、あんまり住宅についての「こうしたい」ということ
欲望のようなものがやや希薄になってきています。
やっぱり家は本来的には、DNA的に子孫の保護育成ということが
もっとも大きなことなのではないかと思う次第。
先日も、パッシブ的な志向性を持った住宅の建て主さんと話していて
どうも「断捨離」的な、シンプル志向というのが、
現代人の住宅に対する志向性ではないかと思われたりもしています。
最近のいわゆる「モダンデザイン」って、
コルビジェさんのような近代科学精神、合理精神の発露というよりは
むしろ、兼行法師さんのような心境、
いや、鴨長明の方丈記のような、そういった簡潔さに憧れる心理を感じる。

そんな心理にも通ずるような感覚がありまして、
たとえば食についても、カミさんのダイエットという事情もあるのですが、
ほとんど欲を断つ、というような趣向傾向にあり、
着るものは、着飾るというような心境には到底なく、
っていうような生活心理に至っております。
なにやら、近々、仙人生活にでも移行しそうなシンプルぶりなのです(笑)。
まぁ、おおむねの中高年というのはそんなものなのでしょうが、
わたしの場合、ようやくそんな心理が近づいてきた感じ。
なんですが、
一方で、事務所兼用住宅のなごりとしての広大な事務所スペースを
最近、楽しみながら整理整頓をしつづけています。
個人的な趣味生活を明瞭に表し、
忙しくてまだまだ読破していない本の背表紙をみつめている(笑)。
「あぁ、この本も、この本も、まだ読んでいないなぁ・・・」
とためいきしながら、でもかえって楽しめるのですね。
ヘンな心境に陥っているものと呆れますが、
でも、やっぱり環境を整えていくというのが、
そういう自分の理想に近づく一番の道であるともわかっているのですね。
人間、かたちから入っていくというスタイルも絶対にある。
建築はそれを使う人の「用を満たす」ものであるのは論を待たないけれど、
一方で、こうなりたいというかたちを実現することで
「こころざし」を実現も出来る。
そのように自分を持って行くということも言えると思います。
やむなく広大である自分だけの城空間を
徐々に、想像力を盛り上げる場所に仕立てていきたい。
アナログとデジタルの混淆林のような現代の「書斎空間」について
いろいろ挑戦的に空間想像力を掻き立てたいと
試行錯誤しています。
考えてみると、個室をはじめて持った15歳くらいの頃から
ずっと、自分だけの空間、というものはどうあればいいか、
考え続けてきたとも思う。
むかし、日本人は鶏小屋に住んでいると欧米から批判されていましたが、
たぶんいまや、日本人は人口減少もあって
寒々しい大空間に、小家族あるいは、孤独に住んでいる。
あ、わが家はそこまで寒くはありませんが(笑)、
こういう状況の中で、小さな生きていく幸せのかたちを考えても見たい。
そんなドンキホーテのような気力をたぎらせています(笑)。

日本的パッシブ住宅への道

1709

きのうは東大工学部准教授の前真之先生を迎えての
次号Replanの記事取材に立ち会っておりました。
北海道の住宅建築界にはさまざまな試みを行っているみなさんが多く、
そういうなかでもきわめてユニークな活動を行われている
潜熱蓄熱を活かした家づくりを進めている石戸谷先生と、
その住宅を実際に設計しているフーム空間工房の宮島豊さんのコンビが建てた
住宅を舞台にして、活発な論議をしていただきました。
ドイツパッシブハウスという運動が
世界的にさまざまに広がりを見せてきている中で、
前先生には、北海道のこれまでの住宅性能の向上の努力の軌跡を
正しく認識していただき、今後の先生の研究活動に
大いに活かしていただきたいと期待しています。

ということなんですが、
会場を2箇所に移しての取材だったこともあり、
実はスケジュール的には、きわめてタイトな日程になってしまいました。
正午に落ち合ってから昼食、2箇所の移動と対談ということで、
終わったのは午後6時過ぎ。
その後、いったん東京に戻られると言うことで
札幌駅までお送りいたしましたが、
さすがに工学部の先生であります、わたしのクルマに鋭い指摘(笑)。
クルマの産業というのは日本を代表する産業であり、
その「研究領域」全般への興味は、強く持っていられるようです。
いきなり車輪から伝わってくるクッション性について
面白い突っ込みをいただきました。
っていっても、わたしにはほとんど宇宙語でして、
良く理解不能でありました(笑)。
聞くと、さすがにその領域については専門ではないけれど、
クルマ雑誌などは大好きで、ものづくりの観点から
「どうつくるのか」ということについて、飽くなき研究心が沸いてくるようなのです。
「面白い」ということについても、
工学的研究心が基本であって、その趣味的発露もそのようになるんだとか。
そういうものかと、こちらはそういうことに面白みを感じさせられます(笑)。

まぁそれにしても、
長時間、お付き合いいただき、感謝であります。
この取材の模様は、Replan北海道(6月28日発売)
Replan東北(7月21日発売)の次号にて発表させていただきます。
一般のみなさんにとって、
若干むずかしい部分はあるかと思いますが、
論議している中身は、高額な投資になる住宅建築にとって
きわめて有意義な内容であると思います。
昨日取材させていただいた「建て主」さんも、建築家と話し合っていくプロセスで
生き方までも変わってきたと述べられていましたが、
いわば「生きていく価値観の再構築」まで、
住宅建築技術というものは関われるのだと、再認識もしました。
ぜひお読みいただければ幸いです。

六花の森

1707

<Wikkipediaより抜粋>
六花の森
事業主体 六花亭
設計施工 大林組
敷地面積 10ヘクタール(うち緑地面積8.5ヘクタール)
開館開所 2007年9月
所在地 北海道河西郡中札内村常盤西3線 249-6
「三番川」、百瀬智宏作品館、坂本直行記念館
花柄包装紙館、サイロ五十周年記念館 ハナマシ群生

六花の森(ろっかのもり)は。六花亭のメセナ活動により誕生し維持されている
広大な風景式庭園である。正式名は六花亭中礼内ファクトリーパーク。
小川や湿原など嘗て存在していた自然風景を再現した園内には、
クロアチアの古民家を移築した美術館が点在する。
北海道帯広市に本社を置く六花亭が中札内村に製菓工場を新設するにあたり、
その10ヘクタールの敷地である荒れた耕地に
河川(三番川)と河畔林と湿地および水辺の植生を再生し
ナチュラルガーデンとして整備するという、1997年2月に始まった
「終わりのないプロジェクト」とされるランドスケーププロジェクトである。
ランドスケー プ設計および施工は大林組が担った。
この六花亭、大林組、中礼内村による「六花の森プロジェクト」は、
日本建築学会賞(業績部門)、
ならびに日本建築美術工芸協会AACA賞特別賞を受賞した。

という施設で、前から興味はあったのですが、
この連休にはじめて足を向けてみました。
好天に恵まれて、ガーデンの様子はすばらしく花咲き乱れていました。
わたしが一番興味を持っていたのは、
「クロアチアの古民家を移築した」というように言われている木造建築群。
で、写真はその正面写真であります。
クロアチアって、東部ヨーロッパで、ロシアから独立した
というようなくらいしか知識がなく、さてどんな家なんだろう、と
ワクワクしてみてきたわけですが、木造建築ではありましたが、
どう見ても、古民家の木材を解体して輸入しました、
というようなことが実態だろうと思います。
材料素材の古びようは、なかなかに味がありますが、
「クロアチアの古民家を移築した」というのは誇大広告。
その意味ではちょっと残念でした。
なんですが、ガーデニング修景のなかに味わいのある質感を漂わせる
木造建築群は、やはり悪くはない。

なにより、六花亭さん、工場新設に当たって、
こういった周辺地域への配慮を行うあたり、すばらしい。
北海道は観光立国してきた側面がありますが、
そういうなかで、スイーツ・お菓子という産業は確実に育った。
そういった企業として、今後の成長戦略として
どのような方向性を打ち出していくべきなのか、
大きな示唆に富んでいると思いました。

日本の窓の高性能化

1708

北海道で住宅を考えていくと
その多くの局面で窓の問題にぶち当たらざるを得ない。
わたしが23年前に自宅を建てたときにも、
その時点で入手しうるもっとも性能のいい窓を、ということで、
スウェーデンから技術直輸入して北海道でノックダウン生産していた
木製3重ガラス入りサッシを使った。
そのころは北海道でもまだアルミサッシの窓が多く流通していて
樹脂サッシとのシェアでも、アルミの方が優勢だった時代。
当時北海道でたくさん住宅を建てていた「木の城たいせつ」(その後倒産)では
アルミサッシが標準仕様だった。
そういうなかでまずなによりも窓の性能面に注目して
行き着いた結論が、スウェーデンタイプの木製窓だった。
それはデザインとしても優れていて、
風景を切り取る額縁として、さまざまな周辺の情景を楽しく見せてもくれた。
そういうことだったので、窓のコストが住宅全体の中でも大きかった。
でもそれを超えるほどに、性能的満足感は高く、
同時に、デザインの秀逸さも非常に高かった。
当時は、このような木製3重ガラス入りサッシは、建築家の住宅設計で
多く採用されていたのです。
それには、戦後すぐにGHQに建築技師として採用されて
さまざまな建築に関わってきて
その後、スウェーデンに渡って、彼の地でサーの称号を受けるほど
根付いて建築をつくりつづけてきた笠島さんという建築家の存在が大きかった。
わが家が完成した当時、笠島さんにもご覧いただいた。
たいへん光栄で、うれしかった。

わたしのなかでは、
そこからずっと日本の窓のことを基軸にして住宅性能のことを考えてきた。
その後、北海道では樹脂サッシがアルミサッシを駆逐するようになり、
いまでは樹脂サッシ普及率は92%にもなっている。
しかし、日本全体ではまだ、6〜7%のレベルに止まっているのだとか。
道のりは、きわめて遠いんだなぁと思わざるを得ないけれど、
きのう、YKKapさんの新商品の「発表会」に行ってきました。
ようやくU値で0.91というレベルの3重ガラス入り樹脂サッシが
日本の大手メーカーから発売されるようになったのだという。
世界の趨勢が、ドイツが主導するかたちでU値1を切るレベルにまで
「規制値」が共通認識になって来ているなかで、
日本の窓の基準は依然として、U値2.33。
まぁ、異常な状態が放置され続けてきていたワケですね。
この新商品の発売を記念したセミナーイベントとして
Replanで連載記事「いごこちの科学」を書いていただいている
東大准教授の前真之先生が講演者として来札されていました。
次号の原稿の〆切の件もあって、
状況を確認がてら、お伺いさせていただいた次第です。
聞けば、この札幌をスタートにして
全国17箇所でキックオフキャンペーンを展開していくのだとか。
ついに大手メーカーもこういった窓を作り始めたか、
という感慨を持ちつつ、お話しを聞いておりました。
その市場推移に大いに注目していきたい商品だと思います。

5.11北海道新聞の1面記事

1693

きのう5月11日久しぶりに地元の有力新聞、北海道新聞を見ました。
まぁ、広告はいつも掲載しているのですが(笑)、あんまり読んだことはありません。
やはりインターネットの影響で、アナログ新聞は縁遠くなっている(笑)。
で、ちょっと違和感があったのです。
まったく不勉強で、保阪正康さんという方の事跡・姿勢を存じ上げなかったのですが、
その方が1面トップで大きく「インタビュー」を受けていて、
安倍晋三政権が進めている政策について警鐘を鳴らしている。
特定機密法の問題点をあげて、戦前回帰ではないのかと言われている。
北海道新聞として、1面トップでこの方の意見を持ち上げるというのは
メディアとして、完全にこの方の意見に同意している、と言っているのでしょう。
普通、いろいろな考え方があるというように、バランスを取るのが
メディアの通例であると思うのですが、
そのような印象はまったく持てないように記事構成されていた。
・・・なんかなぁ、であります。
この方の主張について発表されることはいいと思うのですが、
しかし、他の見方なり見解なりがまったく提示されていないのは
地域における独占的報道機関である新聞メディアとしてどうか。
見ていて、商業新聞を見ている感覚ではなく、
むしろ、ある特定の考え方だけを強制している新聞というように読めて仕方なかった。

地元を代表する新聞であり、
「おくやみ情報」など、「やっぱり道新でなきゃ・・・」と
地域の情報源として占有率がきわめて高く、影響力がある新聞。
その新聞にして、誌面構成がこれかよ、とビックリさせられたワケです。
わたしは北海道で生まれ育ったので
少なからず北海道新聞にはシンパシーもあり、
そう嫌いにはなれないのですが、現代のこの時代に、
保阪正康さんという、どちらかといえば左翼の見方をするひとの論だけを
それとの対論も一切掲載しないで、そのまま1面トップという誌面構成ぶりに
あれ、こういう言論人もいたんだ、くらいの認識しかない当方は
少なからず違和感を感じざるを得ませんでした。
安倍政権が進めている対外的な政策については
それを選挙でも主張した上で、国民の審判を経て多数派を占め政権を担っている。
これは明確に「民意」であり、そのことは認めなくてはならない。
そしてその国民選択の前提には、中韓両国との外交的軍事的緊張があってのこと。
たしかに尖閣の国有化など、いくつかの点では「現状変更」を
日本側が主導したということはあっても、
しかしあきらかに、日本が「実効支配」している地域に対して
挑発的な動きをしているのは中国側です。
いまベトナムで、もうちょっと剥き出しの暴挙が行われてきている。
その行為を補強するように、共産党一党支配の国のメディア論調で
自ら「大国」と言い放ち、周辺国を「小国」と言い放っている。
こうした中国の膨張主義に対して、日本人総体としては相当な危機感を持っている。
たしかに特定機密法についての議論は大いにし続けていくべきだと思います。
そのことが大切な権力行使側への抑制力をもたらすことは自明です。
しかし一方で、平和は武力の均衡であることも厳然たる事実。
メディアとしては、こういう冷静なバランス感覚は不可欠ではないのか。
くしくも昨日の誌面では、この記事に続いて
激動を見せ始めている西沙海域でのベトナム・東南アジアの状況が報道されていた。

同じ北海道出身者と言うことであれば、西部邁さんとか、
また少し違う見方の言論人も居るわけで、
北海道の代表的メディアとして
もうちょっと、バランス感覚に配慮はできないものでしょうか?
そんな感想を持った次第であります。

中越の緊張状態はどうなるか

1687

ベトナムでは、西沙諸島での中国との緊張の高まりから
中国大使館への抗議デモが行われ、
共産党一党支配体制のもと、対中の憤激が高まってきているようだ。
一方、中国共産党の機関誌では、「大国・小国」というあからさまな言いようで
露骨にベトナムを威嚇するような内容の記事を掲載しているという。
「170回以上ベトナム側が船をぶつけてきた」という
中国側のプロパガンダに対抗してベトナム側は、
ベトナム船に中国の船舶が明確に激突攻撃を仕掛けてきている映像を
世界のメディアに配布しているという。
こういった状況が膠着していて、
中国も、予想以上の「小国」ベトナムの強い抵抗に手を焼いている。
なんでも、中越間では外相同士の話し合いで
「平和的な話し合いで解決させましょう」と合意したばかりのタイミングだそうで、
中国としては、この時期ならば、やってしまおうと考えたらしい。
恐るべき「外交感覚」だと言わざるを得ない。
また、公然と自国が「大国だ」と公言する態度は、嫌中感情を
周辺国家国民に根強く染みこませることだと言うことを理解できず、
外交的な平和国家の感覚をもっていないことを明示している。
しかし、中国はこの事態をどのように収束させるのか、
いま、中越両国は水面下で殴り合いと話し合いの両方をやっているのだろうけれど、
「大国」中国は、国内問題のはけ口として、
このような侵略的な海洋進出の方向を進めていこうとしているのだとすれば、
収束の方向性はなかなか見出しにくいかも知れない。
国際社会の関心や発言も週末ということもあるのか、
まだアメリカ・日本以外からは聞こえてこない。
ヨーロッパ各国がどのように対応してくるのかを知りたいと思っているのだが
いまのところ、声は届いてこないし、
また、国連もアクションはないようだ。

こういう事態は、日中でも東シナ海・尖閣で起こりうる。
相手が法治国家ではない以上、
日本もある程度は、非常時に備える必要がある。
本当に武力での尖閣奪取と言うことを中国が仕掛けてきたら、
いったいどうなるか。あの岩礁の帰趨は大した問題ではない。
むしろ一番恐ろしいのは、日本が国を挙げて世論が沸騰することで、
アジア世界にとって、本当に困るのは日本が本格的に
「普通の国」としてふるまうことにあるのだと思う。
くれぐれも事態が深刻化しないように願いたいが、
しかし、現中国の指導部のありようを見ていると、
どうにも危うさが高まっているように思う。
ベトナムは、かなりの強腰で出てきている。
一方で、中国も国内世論的に柔軟路線は取りにくい可能性が高い。
というか、周辺国は強腰で出れば引いてくれるだろうと
小児病的に考えているような節が濃厚だと思う。
どうもあまり楽観はできないと思う次第です。

<写真は無関係・甘党の手作りおやつ、カボチャのアズキ粒あんかけ>