
今週は建築家住宅のイベントで
きのうもマッチングに努めておりました。
まぁ、なかなか休みは取れませんが、
この景気動向の中では、頑張らねばならない、っていうところ。
なんですが、先日の日立の取材では、近隣でこんな光景が(笑)。
わたしは別にサーフィンとはなんのご縁もありません。
例の酒井法子さんの事件で夫がプロサーファーと
言い続けているのを聞いて、はじめてそういう存在があることを知った次第。
で、気をつけて聞いてみると、結構身の回りで愛好者が多い。
知っているだけで2人、このスポーツ(?)の愛好者がいるんです。
東北の八戸のさらに北側の海岸線にいいスポットがあるのか、
もうすぐ50に手の届くような方がやっている。
いかにも格好良くて、ただただ唖然として聞いているのですが、
ずいぶん多くの愛好者がいるのですね。
で、これは年中、波が良ければ、どこでもやりたいもののようで、
11月のこの時期にも、日立の海でちょっとした大会が開かれていたようなのです。
泳ぎの怪しいわたしなぞ、こんなことをやったら、一発で
土左衛門(古い)っていうところですね(笑)。
でも、若かったら、やってみたいと思わせる魅力はあるようです。
聞いてみると、ボードに横たわって波のところまで漕いでたどりつくのも
体力が結構いるのだそうです。
まぁ、温暖っていうことなのでしょうね。
太平洋側の気候の地域って、やはり、太陽光日射の恵みが大変大きい。
冬場の晴天率の高さは、ちょっと信じられない水準だと思います。
こういうのを活かせば、無暖房で省エネな暮らし方というのは、
断熱さえきちんとやれば、相当のレベルで達成できる。
きのうも関東で建築実績のある建築家と話しましたが、
本当に日本の省エネを考えるのなら、
関東地域でこそ、断熱を強化していけばいい。
なんといっても人口集積が大きいのだから、
この地域がこのテーマに絞って政策的に取り組んでいけば
省CO2の課題や、国際公約もぐっと近づくのではないでしょうか。
実現性の疑わしい方法論に目を向けさせるよりは、
いまある既存技術の中で、それを大きく普及させ、
実効性ある基軸的な解決策を最優先させるのが、あるべき姿なのではと思います。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 15th, 2009 by replanmin
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晴天率の高い時期に関東を歩くと
必然的に富士山の偉容に接することが多い。
関東は平野が広いので、よりいっそう富士山の美しさが強調されるのか。
まことに見ていて美しいなだらかな黄金比率的形状美。
それが、遠近感が強調されて目に飛び込んでくる。
独立火山なので、まわりに比較対照するものがないことも大きい。
まるで量感の違う存在なので、表情もまったく異質になる。
高さも高いから、たとえばまわりが夜の闇に包まれている時間でも
富士山だけはあけぼのの色合いを写して、グラデーションになっている。
そんな美しさを、「富岳百景」というような表現で描いた北斎の気持ちがよくわかる。
こういう光景に接すると、まったく次元の違う存在という
そういうものがこの世にある、ということを理解させてくれる。
っていうようなことでして、
まぁ、日本人なら当たり前ですが、
わたし、富士山フリークであります。
どんな場面でも、富士山が見えると「あ、富士山だ」
というわけで、目が少年のようになってしまうのですね(笑)。
織田信長が、生涯富士を見たことがなくて
武田氏を滅ぼしたあと、徳川氏領土を威力偵察した折りに
その願望を初めて実現できた、というようなくだりが
司馬遼太郎の著作の中にありましたが、
そんな気持ちがよくわかるような気がしていました。
実証主義的な人格らしく、「本当に富士は美しいのか?」と
多くのひとに確認した、という記述もありました。
残忍な側面もあったかれから問われて「いや、まことに美しゅうございます」
と、背筋に冷気を感じながらも、正直に感想を述べたひとびとが
多かったのだろうなと、推測が沸き起こります。
で、実際に富士を見て、そういうひとが処刑された記録はないので
たぶん、織田信長も、簡潔に「美しい」と感じたに違いありません(笑)。
この山と生き続けてきた日本人、
それと、基本的にこの山を見ることができない畿内地域文化と、
関東を中心とする、この山を日常的に見続けてきた文化圏と、
その違いが、あるいはその融合が、
日本の基軸的な感性を育んできた部分は大きいのだろうと思います。
いつ見ても楽しい富士山、大好きです。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 14th, 2009 by replanmin
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温暖地を取材してみて、
やはり灼熱の夏をどう快適に過ごすのか、ということが
大きな問題になってくるといえる。
こういう問題を集中的に研究して、解決策を工務店レベルで考えようという
そういった運動体というようなものが存在しない。
いくつか、手法は明確になってきているので、
キーワードは、断熱と日射遮蔽しかありえない。
そのなかでも屋根面緑化という手法は相当に効果的。
しかし、なんといってもコストが高い。
こういう部分に補助金を付ける方が政策として遙かにいいけれど、
どうにもワケのわからないこねくりまわしたような「先導的提案」ばかりに
研究者である大学の先生たちというのは目を向けがち。
現実の「省エネルギー」とか「省CO2」というのは
もっと現実的な問題なのだと思います。
まぁ、国の政策的な方向付けの方の問題でもあるのですが、
現実の検証の済んでいない「先導的提案」というものが
官僚的な判断だけで優位に評価されるというのはいかがなものか。
もっと基礎的な手法の普及にこそ、
評価の基準を高めるべきだと思います。
数字的な評価で屋根緑化というのは評価が低いのかも知れませんが、
太陽光発電ばかりではなく、
こういった屋根面が近隣のみなさんに与える心理的な効果まで含めて考えれば、
きわめて効果は高いと思うのです。
屋上緑化が、普通の板金屋根と近いコストになれば、
普及はどんどん進む可能性があると思うのです。
太陽光発電などは、その寿命について
いろいろな説があるというのに対して、
芝屋根は、それこそ人類普遍の過去からの遺産的技術。
ほんのすこしの科学的技術の追加で、存続可能なシステムに高めることは容易だと思うのです。
って、きょうはすこし個人的な思いを強調したブログですね(笑)
一部、不適切な部分があるかもしれませんが、ご容赦を。
北のくらしデザインセンター
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 13th, 2009 by replanmin
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きのう、北海道を代表する建築家・上遠野徹さんの葬儀がありました。
このように送ることが多くなってきたと感じています。
葬儀は札幌市東区の日本聖公会・札幌聖ミカエル教会で行われました。
上遠野徹さんが、大手建設会社に勤務していたときに、
施工者として取り組んだ建築だったそうです。
設計者は、アントニン・レーモンド。
不勉強で、一度もこの建物を見た経験はありませんでした。
で、このような葬儀出席という機会をいただいて、
はじめてこういう建築と出会い、その美しさに息をのむ思いがいたしました。
葬儀という機縁ですが、
そういう機縁をとらえて、多くのひとに建築の素晴らしさを伝える
そんな死してなお、という建築への思いを感じた次第です。
参加者数が多くて残念ながら、主会場には入ることができず、
しかも、駐車場には最後の5台目での入場になった関係で
ほかの参会者の車が出られなくなるので、早めに会場を出なければならず、
献花もできずに会場を離れなければなりませんでした。
本当に、立ち去りがたい思いが募りました。
主会場は、こじんまりとした礼拝場なのですが
構成する素材はとど松の丸太。レンガ、砂利など
北海道で普通に産出される素材ばかり。
それらによって、簡素だけれどひとの思いが伝わってくる空間が生まれていました。
最初の数分間だけ、
第2会場に案内されるまでの、ほんの数分間だけしかいられなかったのですが、
それでも、質朴で懐かしい叙情性をたたえた空間に強く引かれたのです。
今度一度、日曜日の礼拝に参加してみたい、
そんな思いを強く感じました。
まるで、上遠野先生がそのように教えてくれているような気がいたしました。
建築家の死って、
このような形で活かされて行くものなのだろうか、
そんな想念を抱きながら、第2会場の小さなテレビ画面に釘付けになっておりました。
キリスト教形式では、どうすればいいのか、ですが、
合掌。
<写真は、残念でしたが撮影を控えました。>
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 12th, 2009 by replanmin
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東京から江戸の時代の情緒というものが廃れて
一方で、それを維持し続けている街として、小江戸という呼ばれているのが
川越の街です。
街の成り立ちは、城下町ではあるけれど、
名前の由来通り、川の水運を利用した商業都市だったようです。
大消費地・江戸への物資の集散地として
ビジネス上の要衝地として栄えたと言うことだそうです。
商業資本も江戸の出先機関をそれぞれ置いて、
仕入・仕分けの機能を果たした都市だったのでしょう。
上方も含めた西方の各地から集められた物資が、
この街を経由して、江戸の流通システムに乗せられて
経済が回っていった、ということでしょう。
今日の街の機能としては、
そういった側面はまぁ、ほとんど廃れていって
残ったのは、商業資本の倉庫としての「蔵」の群れ。
江戸期から、戦前までのさまざまな建築のスタイルが
渾然一体となった、さながら生きたテーマパークの様相です。
わたしはディズニーランドは食わず嫌いなのですが、
たとえば京都の街や、各地に残る街路としての施設群って、
これ以上ないテーマパークだと思うのです。
そのうえ、歴史を知り、その時代時代のひとびとの息づかいの断片にも触れられる。
なにより、高額な入場料を支払う必要がない(笑)。
京都の街など、作り物のディズニーランドと比較のしようがない価値を持っています。
川越であります。
ついテーマをはずれてしまいそう(笑)。
江戸期から残る街並み、というテーマですが、
建築で言えば、漆喰と一部石造りと、
それに鉄板が被覆されるなど、江戸と戦前までの両方の意匠が見られます。
必然的に、太い輪郭線の感じがして、
ややゴツゴツとした質感が街全体を印象づけています。
京都の町家の木造の繊細さという感じとはだいぶ違いがある。
色合いも、京都の黒とは違う、より黒々としたたたずまい。
蔵の通りは、同時に主要道路になっているようで、
クルマの往来が大変に多い。
このあたり、江戸から戦前、そして現代と、
巧まずして、そのような歴史ワンダーランドになっているのかも知れない(笑)。
ヨーロッパであれば、すぐにでもこの通りは歩行者のみにするでしょうね。
でもそのように「保存」のみとして、
現代的な生活スタイルをできなくさせるというのも
いかにも生活感を喪失させるものと思うので、
賛否両論があるだろうと思われました。
以前から一度、行ってみたかった街ですが、
初めて行ってみて、予想以上に活気があって、楽しい街という印象を受けた次第です。
今度はもっとゆっくり、歩いてみたいなぁ、という気にさせられました。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 11th, 2009 by replanmin
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写真は11月3日の東京都町田市のホテルからの写真。
今回の関東取材中は結構、寒い日が多かったのですが、
って、あとで聞いたら、11月でこんなに寒かったのは記録的とか。
まぁ、こちらは北海道から、なのでそれほどとは感じなかったのですが、
厳しい冷え込みだったことは間違いがないそうです。
で、町田というのは神奈川県と隣接する地域で
周囲にはごらんのような山が迫っていますが、
よく見たら、山の頂には白いものがあったのですね。
へえ〜、って、札幌から30日に出てきたのですが、
その時点では札幌近郊の手稲山にも雪はなかったのですね。
なので、今シーズン、一番最初に見た雪が町田だったわけです(笑)。
寒いじゃん、関東だって。
っていうのが、率直な感想であります。
住宅性能に着目しての取材だったので、注意深く、
関東圏の気候条件、地域風土というような部分に注目していたのですが、
取材させていただいたみなさんから、
独特な関東の「底冷え」について、お話しを聞くことができました。
晴天率がきわめて高い、というのは良く理解できましたが、
「温暖だ」というのは、そういう太陽日射からの輻射が大きい部分。
気温条件はまぁ、そこそこの状況で、
広い平野部で、日中の太陽光輻射で暖められる地面が
夜間には放射冷却で冷え上がり、その上、
山が少なく、遮るもののない乾いた寒風が吹き付ける。
そういう結果、断熱の配慮のない住宅では
床面から輻射的に冷気が伝わってくる寒さが襲ってくる。
基本的には、そのような気候条件、寒さの体感状況なのだと思いました。
家の中の方が、外よりも寒い。
変な話ですが、関東の冬場の日中であれば、
このような体感が理解できるなぁ、っていう印象を持つことができました。
逆に言うと、断熱気密の住宅性能が大変重要である、
ということを表してもいると思います。
さて、きのう、長期にわたった取材を終えて
札幌に帰って参りました。
晴天が続く関東から帰ってくると、こちらの曇天がうらめしい。
まぁ、それでも家に帰れば暖かい(笑)。
家族の笑顔がいちばんの暖房装置だと再認識できますね(笑)。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 10th, 2009 by replanmin
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さてきのうは、今回のツアーの最終撮影である日立へ。
前日に入りましたが、さすが日立。
企業名が地名そのものということで、
駅前にいきなりごらんのような、
CMで見かけたような建築がモダンアートのように建っていまして、
なんと、夜景に対してもこのような照明サービスをしていました。
企業城下町ということで、
いろんなところで企業名が冠になっているところが多い。
茨城県は、分散的な都市人口構成になっていますが、
そのなかで、JRの特急名にもひたちが使われているように、
大きな存在感を占めています。
しかし、一方では中心街区のショッピング機能は
大変さみしいものになっておりました。
取材が終わったあと、カメラマンと打合せも兼ねて
食事をしようとしたのですが、中心街を探してみても、
日曜日の午後というのに、食べ物屋さんが軒並みシャッターを下ろしている。
まぁ、郊外型の店舗などに客足は向いていることが想像できます。
こっちは、そのあと、JRでの移動になるので、
やむなく中心街で探し当てたのはスーパーの中の食堂街。
日立だけど、なぜか、「飛騨高山ラーメン」という店があり(笑)
だまされたと思って食べてみましたら、なかなか美味。
日立では飛騨ラーメン、と決めました(笑)。
ちょっとした空き時間に、海岸線を覗いてみたら、
この時期でもサーフィンに興じているみなさんがたくさんいました。
テントも張られていて、なにかの大会だったのかも知れません。
つい先日、記録的な寒気、という話題だったはずですが、
やはりまぁ、気候が温暖な地域ですね。
しかし、建物の冬場・夏場の室内環境はたいへん劣悪だということも事実。
住宅性能の普及啓発は、やはり多くのユーザーからも求められていると思います。
そういった思いを強くした取材でした。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 9th, 2009 by replanmin
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あぁ、疲れた・・・。
いやぁ、危なかったのです。
きのうは、午前中に前橋市の北方の吉岡町で取材。
その後、餃子のお祭りをやっている宇都宮に戻って取材。
という2本の取材であります。
カーナビのデータは若干古いのですが、
まぁ、2度くらいは走っているし、
なんとか記憶をたどれるだろうし、高速も延びているだろうし、
っていうような、気軽に考えておりました。
それでも、念のため日程は早めに設定して時間には充分ゆとりを持たせていたつもり。
宇都宮を出発したのは、午前7時半くらい。
ひとつ南の鹿沼ICから東北道に乗って、
佐野のインターで下りる。
そこからしばらくは国道50号線を前橋方向へ。
っていうところまでは、順調に推移。
で、そこから、目指すのは「北関東道」。
栃木インターから水戸方面には昨年と違って全面開通しています。
ところが、こっちの方面は情報を確認していなかった・・・。
でもまぁ、たぶん、道路標識で指示が出てくるだろうと、
常識的に考えたのです。
ところが・・・。
まず、佐野を出てからしばらくして、ややデータの古いカーナビは国道50号を離れて
もっと辺鄙な道を指示してくる。
あとでわかったのですがこれは、
「伊勢崎」インターを目指しての最短距離を指示しているのですね。
ご存知のように北関東道は、いまどんどん伸びている。
去年は栃木から水戸までは開通していなかったけれど
もう開通したという情報は、おととい確認していた。
でも、こっち方面は確認していなかったのです。
写真は、JHのこの区間の地図ですが、これを事前に確認すべきでした(笑)。
カーナビは、古いので、「伊勢崎」インターへの近道を表示して、
まぁ、そっちへ行ってもいずれ、
標識で最新の北関東道インター案内が出ると信じてしまっていた。
で、そのとおり、案内は出ては来るのです。
ところが不思議と、「北関東道」という名前がごく小さい。
でもまさかウソとは思わないで、言われるとおりに、信じて行くけれど、
全部ウソなんですね。これが。
ちょっと信じられない。
ないんですよ、なかなか。もっと事前に出せるところで出していないので、
結局、超大回りになったりしている。
まぁ善意に解釈すれば、延伸に道路標識が追いついていないのでしょうか。
まぁ、国道50号から離れることを想定していないのか、
標識がすべていいかげん。
結局、佐野から太田桐生までに1時間以上は迷子にさせられたのです。
なんとか、太田桐生入り口にたどりついて、
目的地にたどりついたのは、午前10時ジャスト。
都合、128kmほどの距離を、2時間半かかった次第。
こういう道路標識は、まず疑わないのだけれど、
この区間の一般道に掲げられているものは、絶対におかしい。
で、帰りは学習効果で、
最短距離を通って、1時間半程度と、
まるで北海道内の高速利用のように時間距離が正確にたどりつきました。
一刻も早く太田桐生から栃木都賀までの延伸を希望いたします。
頑張れ国交省。って、応援してしまいますね(笑)。
日頃の公共事業批判は一気にトーンダウンであります(笑)。
みなさんもこの区間、お気を付けください。
そういうこともあってか、日ハムは負けてしまうし(泣)・・・。
あ、関係ないか(笑)。でも、あ〜〜〜、疲れた。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 8th, 2009 by replanmin
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さて、関東住宅取材が続いていますが、
きのうは小休止であります。
まぁ、それはそれでいろいろな仕事の片付けなどあったのですが
さすがにスケジュールを見てみると10月19日以降、休みがない。
ちょっとは骨休めしないと、持たない。
きょうからは再び取材が入っていて、9日に札幌に帰還予定。
で、宇都宮におりまして、
移動がずっと続いていたので、もう動きたくない心境。
連泊するのも今回が初めて、ということで
ホテルでひたすら骨休めであります。
部屋でパソコン仕事を片付ける合間に、ちょっと散歩も。
餃子の街、宇都宮の年に一度の感謝祭が7−8両日行われると言うこと。
二荒神社という古社がありますが、そこでも仮設店舗を建てて
4個入り餃子が100円で食べられるのだそうです。
いろいろな名店の味を食べ歩きできるという趣向。
いいなぁ、それ。
って、食いしん坊を刺激されるのでありますが、
土日は取材でもうここにはいない。
一日だけ早めてください、っていう切実な願いですが、
また昨日に続いて、きょうも餃子を食べてしまいました(笑)、
完全に宇都宮の作戦勝ちですね。
まだ、お祭りではないので通常価格であります。
あしたからは2割引なんだろうが、ううむ。悔しい。
でもなぜ、宇都宮と餃子なんでしょうか?
写真のように「宇都宮城」跡にも行ってみましたが、解説はもちろん、ない。
Wikkipediaを覗いてみたら、
栃木県宇都宮市の餃子の始まりは補充担任を宇都宮師管区とする陸軍第14師団が、1940年(昭和15年)8月以降、衛戍地を満州としたことから宇都宮出身の将兵が帰国に際して本場の餃子の製法を持ち込んだのが始まりといわれる。市内には餃子専門店と餃子を扱う料理店が合わせて約200軒あり、一般的な販売価格は1人前150 – 200円程度と低廉で学生がおやつ代わりに食べることが出来る価格帯である。タレは酢だけで食するのが宇都宮スタイルといわれることもあるが、水餃子・揚餃子・焼餃子・スープ餃子など、店舗によりさまざまなスタイルの食べ方が存在する。
1990年(平成2年)、町興しに繋げられるキーワードを探していた市の職員が、総務庁統計局の「家計調査年報」において「餃子購入額」で同市は常に上位に挙がっている[3]ことに注目し、餃子による町興しを提案したのがきっかけで、観光PRに力を入れてきた。
っていうような解説。
餃子を街のシンボルにするという作戦はなかなかの慧眼。
ここまで一般的な食品を、よくぞ名物に仕立てたものですね。
でもなぁ、どう考えて、食べてみても
あんまり違いがわからない、凡人の舌を持つわが身であります。
どうなんでしょうか、宇都宮の独特な味って、どういうの?
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 11月 7th, 2009 by replanmin
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関東大震災のあと、
密集的に建てられていた町家的な住宅街では
大火にきわめて弱いのではないか、
という認識が広がっていったと言われます。
そういうなかで、当時欧米で主張されていた、
「田園住宅」という考え方が、日本にも導入されたと言うこと。
主導的な存在だったのが、日本の資本主義の産みの親と言われる
渋沢栄一子爵だったといいます。
住宅の敷地をたっぷりと広めにとって
また、街区が閉鎖的にならないように、塀を回さず、
生け垣や植栽などでの街区形成を心がけようという考え方だったのですね。
そういうなかから、日本で初めて取り組まれたのが、
この田園調布の街並み形成だったということ。
いまでこそ、高級住宅街の代名詞になっているワケですが、
本来的には東京の高級住宅街は明治神宮周辺の地域であり、
この田園調布は、あまりにも都心からは離れている存在だったのだろうと思います。
考え方はいいけど、遠いよね、っていうことだったのではないでしょうか?
それが、東急資本が電車を通して、渋谷と結んだというあたりで
利便性も著しく向上し、
それと、街路植栽の充実時期が重なって、
日本有数の高級住宅地として、定着していったものと思います。
街路は放射線状の形成になっていて、
この写真の木造駅舎と、その周辺広場が中心になります。
現在では、いわゆる中心街機能としてはやや面積が狭く、
鉄道をはさんだ反対側の方に、碁盤の目のような一般的街区が広がっています。
まぁ、現代都市機能としては、そういう推移にはなるでしょうね。
取材がてら、街区を散策してみましたが、
現状では、街路樹や庭木の繁茂が盛んで、
欧米の住宅地を訪れた感覚、一見すると森の中に家が点在する、
っていうような様子になっております。
現代に至る、住宅地形成という
住宅というものを考えていくときに基本的な部分の
ひとつの象徴として、この田園調布の土地ブランドとしての成功体験が
大きな位置を占めていることは間違いありません。
まぁ、ほとんど商店などはないのですが、
その多くが金融関係の企業の店舗だったことをご報告しておきます(笑)。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
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Posted on 11月 6th, 2009 by replanmin
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