
きのうは十勝にて仕事しておりました。
で、札幌から帯広に向かう国道沿いに、たいへん巨大な建築があります。
この写真の建物なんですが、名前は
「川西農業協同組合麦等大規模乾燥施設」という建物です。
川西というのは地名。その文字の上には、
「昭和55年度地域農業生産総合振興事業」という文字も。
まぁ、要するに麦などの生産穀物を集中的に乾燥させる施設なんですね。
農水省による公共事業案件として建った経緯がわかります。
という、機能性のみを追求した施設なんですが、
なんというか、現代的な巨大サイロとして、
十勝全域のランドマークとして立派に機能していると
わたし、個人的に強く心引かれているものなんです。
最近はまわりにGSなどの無粋な看板が並んでしまって、
ごちゃごちゃしてきたんですが、
それでも、この巨大さで、車のなかから、
「おう、また十勝に来たぜぃ・・・」という気にさせてくれる。
だいたいが青空が広がっている十勝の空。
そこにガルバリウムとおぼしき耐候性の高い外装。
単純で巨大な容姿。
いかにも農業関連施設としての機能性の表現。
などなど、ちょっと類例のない「北海道らしさ」が伝わってくる。
もし北海道らしい建築、というようなコンクールがあったら、
わたしとしては20世紀代表でこれに一票、入れてやりたい気持ちがあります(笑)。
「ここは十勝だ、農業で食っているんだ、文句あっか?」
みたいな、堂々たる主張性が明快で、まことに潔い。
っていうようなことをいうと、みんなニコニコするのもいい。
で、このもう少し札幌側に進んだところには
甜菜から砂糖を作る巨大円形サイロもあって、
どちらも、地域らしさを圧倒的に感じさせてくれるんです。
どうも、感じ方が単純に出来ているんでしょうか。
みなさん、この建物、どう思われるでしょうか?
Posted on 8月 23rd, 2007 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

いろいろと面白いことを言い出します、わが家の坊主。
野球が好きだ、ということで、「じゃぁ、どんな選手になりたいのよ?」と聞いたら、
「おれ、バットになりたい」っていう、まぁ、吉本系の反応。
でも、こどもたちの遊びの世界ではどうも、一生懸命に野球はやっている様子。
最近の子どもは、本音とギャグの境目がどうも遠近両用。
適当にスルーしていくような会話なので、とらえどころがない。
野球は、試合を見に行ってもどっぷりハマる感じではなさそうです。
やっぱり吉本系まっしぐらのタイプかなぁ、
と思っていたら、突然、
「おれ、ボクシングやって、けんかに強くなりたい」
という、ちょっと心配な動機での運動系志望。
「あのな、ボクシング習ったら、けんかは絶対、やっちゃいけないよ」
と説得した末に、「そりゃ、冗談に決まってるべさ(笑)」ということなので、
「そうか、ボクシングなぁ・・・」と親も、どっちかというと格闘技系はきらいじゃないので、
いっしょになって探してみました、ボクシングジム。
それで、あっさりインターネットで発見。
家からは車で15分ほどの距離。
さっそく「体験見学コース」にいって、すぐ「次回から来ますから」となった次第。
土曜か日曜日の午後、時間は自由ということなので、
送り迎えもできそうなことから、スムーズに始めたのです。
まだ、2回ほどしか行っていないのですが、
最近は「ボクササイズ」というボクシングをエクササイズにするようなブームとかで、
若い女性や、年配の方、さらにチビッコなど、多彩な会員構成。
ボクシングは、汗むんむんで、男っぽく、ストイックというようなイメージを持っていたのですが、
エントリーは、ずいぶんと明るい雰囲気になっているんですね。
シャドーボクシングとエクササイズを結合させているようなコースでは、
明るいロック調の音楽に合わせて、なにやら楽しげです。
しかし、ちょっと注意してみていると、縄跳びのフットワークなど、
やはり、すごい運動量と軽快さが必要な競技ですね。
リングに入って、ミットに向かってパンチとフットワークをさっそくやっていますが、
3分間ミットを叩き続けるのは、やはり相当にタフな感じ。
ウルトラマンが3分間しか動けないというのも、頷けますね。(笑)
写真右側は、その昔ボクサーに憧れていた友人が最近買ったエアーサンドバック。
「どうせすぐに飽きるだろうから、そのときはもらってやるよ」
と軽口を叩いていたら、案の定、3ヶ月もしないうちに、
さっそく遊びに行った坊主がゲットできた次第。(笑)
ということで、練習の環境も、道具も揃って、
さて、わが家から、世界チャンピォンが生まれるか、
それともあえなく、友人と同様に数ヶ月で挫折するか、
こちらも楽しみなボクシング修行が始まりました。さて、どうなることやら・・・。
Posted on 8月 22nd, 2007 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

最近、食品企業の危機が相次いでいます。
ご存知、白い恋人の石屋製菓の賞味期限改ざん事件などですね。
石屋さんはごく近くにもあり、以前、面識もあったものですから心配していました。
しかし、こういう問題はもちろん、確かに論外だと言えると思います。
食品企業にとって見れば、ほんとうに一発でアウトなんですよね。
わたしの生家は食品製造業を営んでいますが、
以前、「かいわれ」とO-157問題の関連性の「疑い」報道で、
一発で、その事業部門が生産中止に追い込まれました。
結局は、明確な因果関係の特定までは至らなかったので、
風評によって、疑わしきが市場から忌避された、ということになったわけです。
当時は「まぁ、仕方ない」と諦めざるを得なかったわけですが、
それもあって、今回の石屋製菓さんの件は、ほんとうに見ていて、悲しくなってきます。
確かに賞味期限改ざんはとんでもないことであるのは明白。
そのことには明確に責任を取り、また罰も受けるべきだと思います。
石水社長が身を引かれ、後任に北洋銀行からひとが派遣されるようです。
後任になる島田さんという方の言葉として、
食品企業工場として、国際基準をクリアする衛生管理システムを達成したい、
という抱負を語られていました。
傷ついた信頼を回復するには、第三者的な安全宣言が必要」ということで、
食品衛生管理システム『HACCP』(ハサップ)を取得する工場に変えたいということ。
こういう危機に対する企業立て直しの方向としては、
基本的に間違いはないと思います。
大変難しいとは思うのですが、食品企業のモラルと企業存続について、
一度、きちんと冷静な論議が起こせないものか、と思います。
地元企業としては、なんとか石屋製菓さんには、石にかじりついても、会社をつぶさないで
がんばって欲しいものだと思ってやみません。
<写真は現在の石屋製菓HPのトップページ。リンクは一切張られていませんでした。>
Posted on 8月 21st, 2007 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

木造金剛力士立像(国宝)-高さ8.4メートルの巨大な木像。
門の向かって右に吽形(うんぎょう、口を閉じた像)、左に阿形(あぎょう、口を開いた像)を安置する。
これは一般的な仁王像の安置方法とは左右逆である。
1988年から1993年にかけて造像以来初めての解体修理が実施され、
像内からは多数の納入品や墨書が発見された。
それによると阿形像は大仏師運慶および快慶が小仏師13人を率いて造り、
吽形像は大仏師定覚および湛慶が小仏師12人とともに造ったものである。
これは、「阿形像は快慶、吽形像は運慶が中心になって造った」とする
従来の通説とは若干異なっているが、いずれにしても、
運慶が制作現場全体の総指揮に当たっていたとみて大過ないであろう。
<以上、Wikipediaより>
大仏のすごさは、実際に行ってみればわかりやすいけれど、
同時に南大門で出迎えてくれる金剛力士像にも圧倒される。
奈良の時代って、なぜ、こういう「巨大さ」にこだわっていたのだろうか?
「阿吽」の形相で、8mを超す巨大さでひとを圧倒するリアリズム木像は
時代精神を表現していたのだろう。
ローマ時代の彫刻のように真に迫った姿はひとを圧倒する。
全国に配置された「国分寺」の総元締めとして、
宗教権威によって国を統一していこうという、日本国家権力の意志を
明確に表しているものでもありますね。
こうした時期の仏教は、今日の葬式仏教とは全然違う、
絶対の法典として、国家を律する戒律という側面が非常に強い。
それだけ、要するに権力というものを民衆に理解させる必要があったとも言える。
なぜ、国家のいうことを聞かねばならないか、
強制力の源泉をわかりやすく民衆に見せるという、必要があったということなのでしょうね。
同時代に中国に成立した随や、唐といった
スーパーパワー「中華」国家に対して、「小華」としての日本国家を
この国の支配層は、強迫観念のように願ったのだと思う。
もし、こういうように「国家」を成立させなければ、
「中華」世界に飲み込まれる恐怖感も、相当に強かったのではないか。
古代世界の政治的・軍事的パワーの緊張感を、感じる由縁です。
そういう意味で、げに恐ろしき、という印象を抱かせられる
リアリズムそのものの力強さを感じる2体の像だと思います。
Posted on 8月 20th, 2007 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

昨日書いた記事について、すこし調べまして、
御旅所(おたびしょ)という施設について、以下の記述を発見いたしました。
Wikipediaからの転載です。
御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭礼(神幸祭)において
神(一般には神体を乗せた神輿)が巡幸の途中で休憩または宿泊する場所、
或いは巡幸の目的地をさす。
巡幸の道中に複数箇所設けられることもある。
御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われる。
御旅所には神社や祭神にまつわる場所や氏子地域にとって重要な場所が選ばれている。
元宮、摂末社や配偶神を祀る神社などのような社殿があるもののほか、
元の鎮座地などに臨時の祭殿を設けたり、氏子の代表(頭人)の家に迎える場合などがある。
という施設なのですね。
不勉強で、こういうことを知らなかったものですから、
というか、北海道ではほとんどこういう祭りに対する伝統とかが希薄なことから
自分自身も知らずにいた次第です。
その点、記述におかしな点があったと思います。申し訳ありませんでした。
ただ、北海道神宮の場合、こういう施設のことを「屯宮」と呼んでいると記憶しています。
で、これも調べてみましたが、こんな記述を発見しました。
http://www16.plala.or.jp/gallery-tsugita/sub9.html より
屯宮というのは「とんぐう」と読み、仮のお宮のことで、札幌に旧くから鎮座する札幌神社、昭和39年に明治天皇を増祀して北海道神宮となった神社の仮の宮のことで本宮からは、二キロ以上も東に鎮座する小さな神社です。
ところ変われば名前も変わると言うことなのでしょうね。
基本的には同じような機能の施設と言うことは出来るのでしょう。
そういう施設なので、簡易な賽銭箱なども常置され、
機能としては、日常は賽銭回収用の施設として活用されているのでしょうね。
って、どうしてもこの点はこだわってしまいます(笑)。
となると、あとは安置されていた木座像の正体が気になります。
これはやはり、神社に聞くくらいしか、ないでしょうね。ふむふむ、困った。
でも、こういう疑問って、なにやら楽しいです。
日本の宗教施設の成り立ちや、存続の経緯などを知ることにもなります。
ということなのですが、
どうも考えてみると、写真に撮った木座像の社自体が、どこの神社の御旅所なのかも不明なんですね。
まず、そのへんから再度調査・取材が必要のようです。
なんか、今回の京都旅行、
結局は、謎かけの旅になってしまったかも知れません(笑)。
明日からは、夏休みモードも終わりです、さて、がんばるぞ、ということで。
Posted on 8月 19th, 2007 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

写真は京都の四条通を朝、散歩していて
つい立ち止まってしまったお社。これには名前がなかったようなのですが・・・。
すぐ近くには、「八坂神社御旅所」という名前が記された同様のものがありました。
四条通といえば京都有数の繁華街ですから、
さすがは寺と神社だらけの京都らしく、
八坂神社が商魂たくましく、お賽銭を集めるために出店を出しているのでしょうか?
さらにわからないのは、その内部に座像が2体あるのですが、
どうも顔つきとか見ていると、右側は豊臣秀吉?。
右側はその線で行くと、どうも徳川家康(え?)なのではないかと想像されるんです。
ほぇ〜、というキッチュな取り合わせの神棚で、
どういうことなのか、調べてみたいと思った写真なのです。
まぁ、しかし、構えなどを見ていると冗談とも思えませんから、
どこかの宗教施設が四条通に出した出店であることは明瞭。
わたしは北海道育ちなもので、どうもこういうの、見たことがありませんでした。
お寺や神社は、そこへいって拝むものであって、
あちらのほうから、下々のところに降りてきてくれて、賽銭を回収していくという
想像力をどうしても持つことが出来ません(笑)。
きっと京都にお住まいのみなさんも、日常的な光景で
特段の感慨もないだろうとは思いますが、
やはり日本で一番、生活文化伝統が少ない北海道から見ると
こういうのはどうも、ふしぎな光景に見えてしまいますね。
で、安置されている木座像2体。
これはどうも、手に負えない謎を掛けられたような心境です。
スフィンクスなみの難問に、ほぼ思考停止寸前であります。
Wikipediaで「八坂神社」と調べても、
どうもこういう施設についての記述はありません。
少し調べてみたいとは思うのですが、時間もなく、
それ以上に手がかりになるような情報のとっかかりも見当が付きません。
このブログをごらんのみなさんで、なにかご教授いただける方、
情報をお寄せいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。
はてさて、いったい・・・?。
〜PR〜
住まいの雑誌リプランHPの「家づくりwebセンター」
優良ビルダーさんとWEBを通じて「住宅相談」できるシステムがリニューアル。
ぜひ、お試しください。家づくりの新しいスタイルですよ。
家づくりwebセンター
Posted on 8月 18th, 2007 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

毎日日課のようにブログを書き続けてきております。
まぁ、誰のためということもなく、
さりとて、自分のためというほど自省的な生き方をしているわけでもありませんので、
習い性になったというべきか、淡々と続けてきています。
今回は8月9日のブログ開始日も失念していて、
あれ、そういえば、という感じで思いだした次第です。(笑)
でもいまのところ、一度も忘れないで書き続けていますので、
やはり備忘録的には使えてきますね。
わたしの場合、写真を1枚と、それにからんでの文章、という
そういうスタイルを続けてきていますので、
写真とその体験、感じたこと、というテーマ性で続けてきているわけです。
当初は、住宅オンリーの内容だったと思いますが、
やはり続けていくウチに、内容は生きていて感じることすべてに拡散していきますね。
当たり前と言うことでしょう。
ただし、やはりホームグラウンドはあくまでも住宅、という考えは変わりません。
ブログという表現手段を手に入れてしまった現代人。
こういうことは幸せなのかどうかは、まだまだ、結論が見えてきません。
双方向性であるとか、いろいろ言われますが、
やはりブログにしても、書くコンテンツが決定的だろうと思います。
ただただ、日常のことを書いても誰も永続はしない。
社会性を持って、テーマを立てていくなかから、
初めて多くのみなさんにとっても意味が出てくるものだろうと思う次第です。
ひとりの人間が書き続けていくなかで、読んでいただけるみなさんと、
共感できるような部分が少しでも出来ていければと念願しているワケなんです。
住宅雑誌をつくりながら、読者の目線で、
基本的には、良い家づくりについて、考え続けていきたいです。
これからも淡々と、日々感じることを
兼好法師を目標に(笑)、つれずれなるままに、書いていこうと思います。
できればおつきあいくださいませ。
写真は本文とまったく無関係。
狂言のひとこまより。酒を盗み飲んでいた2人が
縄で縛られながらも、しぶとく酒を盗み飲むというお笑い、ワンシーンです。
〜PR〜
住まいの雑誌リプランHPの「家づくりwebセンター」
優良ビルダーさんとWEBを通じて「住宅相談」できるシステムがリニューアル。
ぜひ、お試しください。家づくりの新しいスタイルですよ。
家づくりwebセンター
Posted on 8月 17th, 2007 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | 1 Comment »

清水寺は京都の観光スポットでもナンバーワンの人気とか。
やはり、日本語の定型句にまでなった「清水の舞台」という
空間体験の印象深さの強烈さを表現していると思います。
京都市街から息も絶え絶えになるような坂道を登り切って、
その末に、カタルシスのように得られる眺望。
「視線の高さ」というものが、人工的なかたちで造り上げられる
1000年以上前の木造最高水準の技術で達成されたものなのですね。
自然環境を活かし、同時に技術を活かしきって、
こういう空間体験を提供した古の人々の想像力に敬服します。
この清水寺は平安時代初期、武人として位を極めた
坂上田村麻呂の創建と伝えられています。
桓武という帝は、たいへん武断的・専制的な君主たらんとした天皇だそうで、
即位儀礼では中国皇帝と同じように生け贄を斬ったそうですね。
かれの治下において、坂上田村麻呂による「蝦夷征伐」があったのです。
日本の王権は、最初、連合的な成り立ちから始まって、
徐々に天皇家による中央集権化が図られてきたのだと思いますが、
そういう古代的中央集権がきわまったような武権が桓武帝だったのだと思います。
そして、その「膨張的武権」の発露の対象として、
「まつろわぬ民」蝦夷が攻撃対象とされたのだと思います。
その最高司令官になった田村麻呂に降伏したのが、東北の首魁・アテルイ。
たぶん、お互いに戦い合ったもの同士が通じ合う信頼関係で
かれ、アテルイは京都にまでやってきたのだと思います。
しかし、京都の政治権力は、自ら降伏したアテルイを
処刑するという暴挙を行った。
そのことを深くこころに恥じたに違いない田村麻呂は、
自らの建立になる清水寺の一角に、菩提の碑を建てたのだろうと言われているのが、
写真の石碑なんですね。
清水寺は何度か、訪れていましたが、こういう歴史的事実を踏まえて
この石碑を初めて発見したワケ。
本日はちょうど、お盆のさなか。
まつろわぬ蝦夷の首魁にたいして、仏教的弔いは似合わないかも知れないけれど、
写真を見て、こんな思いをふと抱いた次第です。
〜PR〜
住まいの雑誌リプランHPの「家づくりwebセンター」
優良ビルダーさんとWEBを通じて「住宅相談」できるシステムがリニューアル。
ぜひ、お試しください。家づくりの新しいスタイルですよ。
家づくりwebセンター
Posted on 8月 16th, 2007 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

鴨川というのは、歴史にその名が登場する川名としては最多でしょうね。
後白河が意のままにならないものとして名を上げたことでも有名。
京都の街の南北を明確に区切っている川でもあります。
六条河原といえば処刑の地でもあった。
そんなようなことが想起される川ですが、
やはり地元のみなさんにとっては、身近な生活の場。
ちょうど、先斗町が川に面しているので、
夏の風物詩といわれるこの「床」が鴨川に架けられるのですね。
本流ではなく、水勢を弱めるためと思われる細い流れに面しています。
川の流れのなかに直接、基礎杭を建てて、
5mほどくらいでしょうか、川面から上がったところに平面を確保しています。
川の水による冷却効果、せせらぎによる聴覚的効果などが
得られるというものなのでしょうね。
京都に残される神社仏閣は、どれもが建築によって、ある境地を表現しようとしている、
と感じさせられますね。その高さの演出と創出によって
比類のない空間体験をさせている清水寺などが象徴的ですが、
この「床」というものも、
建築装置によって、わかりやすい空間体験をしようという
いわば積極的な文化性を感じさせてくれています。
〜PR〜
住まいの雑誌リプランHPの「家づくりwebセンター」
優良ビルダーさんとWEBを通じて「住宅相談」できるシステムがリニューアル。
ぜひ、お試しください。家づくりの新しいスタイルですよ。
家づくりwebセンター
Posted on 8月 15th, 2007 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

写真は関西空港の2階、待合いの食事コーナーの様子。
こういう食事コーナーって、ふつうは有名店の支店などで、
そこそこの料金を取って、観光客の物見遊山気分にこたえた店構えですが、
さすが、関西っぽい合理精神を感じた次第。
「町家小路」と名付けられていますが、
ほかの専門店とは違って、関西のジャンクフードといえるような品の小店が
軒を連ねて、客はそこで注文を言って、出来上がると手元ブザーで呼び出され、
真ん中の大きなテーブルコーナーであれこれ食べられるのです。
まぁ、よく大型ショッピングセンターにあるスタイル。
空港のお店という気取りをさっぱり捨てて、たいへん合理的なやりかた。
で、ラーメンやお好み焼き、お寿司など、気軽に少量ずつ食べられます。
ちょっと時間、早めに空港に着いて、土産をゆっくり物色。
そんな時間には、ぴったりのお店だなと思った次第。
さて、猛暑が続いていますね。
北海道はこの時期というと、惜しむような気になる夏の終わり。
お盆になったら、海には入るな、という習慣があるのですが、
さすがにこの暑さなので、ちょっと行ってこようかと話しています。
なので、本日の更新は軽いテーマでした、失礼(笑)。
Posted on 8月 14th, 2007 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »