
きょうは北海道地方、「数年に一度の猛吹雪」という気象台発表。
NHKニュースのトップでも報道されていた。
異常気象が拡大してきている中で、このような事前告知を
積極的に進めてきているのですね。
きのうのうちにスタッフには告知しましたが、十分な注意が肝要と思います。
さて本日は、申し訳ありません、わたしどもの雑誌の宣伝であります。
ブログは、本来は個人的な音信を伝えるモノという
本来の趣旨からすると、やや違和感はあろうかと思いますが、
雑誌編集長であり、経営者でもあるということで、ご理解願えれば幸いです。
Replan北海道VOL.107 2014年12月29日発売号
本体価格463円(税込:500円)
事前予約販売のご案内。
12月12日~23日までにご購入された方は、
一部地域の方を除いて、29日までに配送致します。
●【巻頭特集】 リノベやDIYで Re・home
家は日々の暮らしを楽しむ器。
決して、背伸びしたいわけではないけれど、
やっぱり譲れない”こだわり”もあるわけで。
だから選ぶ、リフォーム、リノベーション。
DIYだって、そのひとつ。
便利なエリア、好みのデザイン、憧れの素材、生活スタイル。
自分らしく暮らせる住まいを手に入れる
いまやスタンダードとも言える選択肢です。
○Story1 ライフスタイルを楽しみ尽くす家
○Story2 愛着はそのままに、暮らしやすく
○Story3 エリアもインテリアもこだわって
○Extra Story タイミングを逃さず、築1年でリフォームを決断
その他必読情報満載 Contents
●エリア特集/旭川の心地よい家
●エリア特集/オホーツクの住まい
大好評の「エリア特集」。今回は一挙2地域を特集しています。
身近な情報満載。各地の家づくり情報は、みんなに役立つ情報です。
●リフォーム企画<Re・home実例集>
実例6件/北海道R住宅システムなど
●New Building Report<新築実例集>
●連載 いごこちの科学「給湯」<東京大学准教授・前 真之>
地方住宅雑誌ながら、大注目・気鋭の住宅研究者渾身のシリーズ掲載。
全国から大きな反響が寄せられています。とくにプロこそ「必読」。
●連載・ STORY OF ARCHITECTURE vol.8 森の家
●北の建築家
「唐松」 永田 大
「円山西町の家」弘田 亨一
12月12日~23日までにご購入された方は、
一部地域の方を除いて、29日までに配送致します。
Replan北海道版107号の書店発売は、12月29日です!
お申し込みは以下のReplan北海道通販ページまで。
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b1hok/h107/index.php/
Posted on 12月 17th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

きのうは朝から休みなく降り続く雪。
朝一番で、ことし最初のような本格的な雪かきをしました。
で、年末の週明けということで、面談多数や銀行要件を片付けたりしたのですが
その間も、ずっと降り続いておりました(泣)。
事務所の方は、スタッフが手分けしてやってくれていたのですが、
自宅の方はまったくの放置プレー状態。
で、早めに切り上げて、自宅の方を
朝に続いて2度目の雪かきを夕方6時過ぎにやむなく再挑戦。
日中ずっと降っていて、体感でおよそ30cmくらいの積雪がありました。
これくらいになってくると3倍くらいの時間がかかる。
でもまったく止む気配はなく、その後も降雪が続いていて
さすがにいっぺんに来たドカ雪なので、カラダ各所が痛く、辛く、
早々に降参してベッドイン。
で、早朝に起きたのですが、ごらんの状況。
今年の冬の札幌は、
本州日本海側のみなさんをよそ目に、
比較的に平穏な状況で推移していて
雪はほとんど見られなかったのですが、
やっぱり、雪は許してはくれませんでした(笑)。
朝、メッチャ寒かったりするので、さすがにここ2〜3日は
散歩に行けず仕舞いになって来ましたが、
その分、神様が按分してくれて、
雪かきという貴重な運動機会を与えていただいていると
無理矢理、感謝の気持ちを持って(笑)
この冬も淡々と、北国人の勤めを果たしていきたいと思います。
さてさて、よっこらしょっと・・・。
Posted on 12月 16th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 「都市の快適」研究 | No Comments »

選挙の結果、「いまの日本の民意」は明瞭に示された。
投票率は大変低い結果になったけれど、
それも含めて民意なのだと思うし、
決まった結果に対して、それでどうこうは言えないと思う。
あんまり語られなかったけれど、
今回の民意の底流に、朝日新聞の問題があったように思う。
日本に、国民に、仇を為してしまったリベラルというイメージ。
安倍政権への反対概念=「リベラル勢力」とは必ずしもくくりきれないが
しかし現状でいちばんわかりやすい概念として「リベラル」があると思う。
その勢力側が、もっと自身の問題として
あのことの本質を、深刻に受け止めなければならなかったのに
それをネグレクトしてしまったことが実はたいへん大きいと思う。
きちんと真正面からあの問題を受け止めようとはしなかった。
朝日新聞の単なる「誤報」として、いわば「ちょっとした間違い」のように
スルーさせようとしたことに対して、
日本国民の底流意識として、リベラル勢力に対して
「あなたたちは、日本が本当に嫌いなのですか?」
という素朴な感情を持たせてしまったことが大きいと思う。
その国民的受け止め方に対して、きちんと正対する反論を聞いたことがない。
もちろん、いまでも朝日新聞を購読されている方も多いだろうし
「全体として」朝日の論調に正義を見ているひとも多いだろうと思う。
けれど、朝日新聞が取った行動は、けっして公明正大なものではなかった。
それこそ少なくとも、2/3以上の国民はそう思ったに違いない。
野党側は、朝日新聞を擁護して正面からこれが正しいとも言えず、
しかし現政権には反対だ、というような
国民から見たら「中途半端」なスタンスと見えていたのではないか。
結局、野党が上げられた「声」は、
国民への、現政権に対する「告げ口」くらいしかなかった。
そんな姿勢の「野党」に投票するのなら、むしろ共産党が一番スッキリする。
「批判だけする」のであれば、筋の通った批判主体を選んだ、ということ。
やはり低投票率も含めて、民意は絶妙に表現されるのだと思う。
さて、しかし民主主義には健全な野党が必要であることは論を待たない。
そうでなければ、日本国民は不幸だと思う。
思えば、民主党政権が大敗し、政権が現政権側に移行して以来、
「次の日本の政権はどのようであるべきか」について
建設的な進路は、野党側からまったく示されていなかった。
ここを明確にしていく努力を、日本の民主主義のためにも
野党勢力は、ただちに取り組んでいかなければならない。
本来その「旗」になるべき野党最大勢力の民主党の党首までが落選した。
危機は深いけれど、いや、だからこそ根源的に
次の政権はどうあるべきか、真摯に向き合っていく必要がある。
日本国民は自然権として、そういう民主的な選択肢を持つ権利がある。
民主主義発展のためには野党の役割はきわめて大きい。
現政権側が危機感を持つような「政治的正統性」を訴える必要がある。
なるほど、次はこうあるべきだというビジョン。
わたしとしては、そのとき野党側は少なくとも
「この国と民を愛しています」という強いメッセージを伝える必要があると思う。
別にいわゆる「愛国的・右翼的」になれというのではない、
リベラリズムとしての「正義と公正」という価値観とともに
「深く国を愛している」と、そのようなメッセージが必要なのだと思う。
たぶん、いまの日本社会は過去何回もあったに違いない
海外の価値観のストレートな「受容期」から、
この列島社会のオリジナリティへの「復元期」に相当しているのだと思う。
稲作を受け入れ、「国家」を受け入れ、漢字を受け入れ、
鉄砲文化を受け入れ、開国し、帝国主義競争に参加し、敗戦し、
というような揺れ動きが一段落して、
そのあとこの社会では常に、本来回帰するような民族社会を復元してきた。
そういった洞察に踏まえた、次の選択肢を野党に期待したいと思う。
Posted on 12月 15th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »


先日友人のFacebookを見ていたら、
さりげなく北海道での演奏ツアーのことが書かれていた。
しばらくかれの生演奏を聴いていないし、
とても聴きたくなって仕方なかった。
友人の名前は、笹島明夫くん。
高校の同期生で、Jazzギタリストとして活躍している。
主な活動はアメリカだけれど、ときどき日本に里帰りしてくれる。
年末のシーズン、札幌で数カ所、ライブをやっている。
きのう、ようやく用事がない週末の時間ができて
聴いてくることが出来た、シアワセです。
今回のツアーでは、NYのJazzシーンで活躍する2人の
Jazzメンも帯同してきてくれた。
きのうのメンバーは
笹島明夫(ギター)
David Berkman(ピアノ)
Gene Jackson(ドラム)
重松忠男(ベース)
MIZUHO(vo)
という構成でした。
重松さんと、MIZUHOさんは地元からの参加でしたが、
David BerkmanさんとGene Jacksonさんはアメリカから。
わたしは音楽はもっぱら聴くだけなので、
解説的なことはできませんが、そういう素人でも
この2人の素晴らしさは、了解できた。
しかも、このふたりとも笹島君の軽妙な語り口と
スピーチやボディランゲージでもスウィングしてくれて
日本人のような「謙遜」のしぐさを披露してくれていた(笑)。
勝手に名付けると笹島も含めて「”Kenson” Brother’s」かなぁと。
趣向もいろいろで楽しく、終わってしまうのがさみしく感じたけれど、
力一杯の演奏を聴かせてくれて本当に感謝であります。
笹島も言っていたけれど、
たぶん、NYでのJazzLiveもこんな雰囲気なんだろうなと、
想像を巡らせられました。
白く雪が降り積もった札幌の夜景の帰り道、
クルマを走らせながら、
ある幸福感に満たされていました。
わたしたち高校同期も還暦を過ぎてきたけれど、
きのうまで続けてきて今日を生きていることに、
明日もまた、普通に前を向いて立ち向かって行く。
そういうことが、いちばんシアワセなんだと、
Jazzの一本道を歩き続けている友人に、
音楽という形の、メッセージをもらったように思いました。
Posted on 12月 14th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

きのうは住宅関係団体の忘年会。
ここんところ、やはり忘年会は多くなっている。
なんですが、きのうは札幌の中心からクルマでも30分かかる
住宅地の中の商業施設内の居酒屋さんが会場。
会員の方が、経営するお店なのですね。
なので、中心部からのバス送迎付きであります(笑)。
さすがに年なので、行く道では居眠りし、
帰りもすっかり車外の光景に見とれておりました。
まぁ忘年会で、バスツアーというのも乙であります。
帰りには札幌の駅を通りました。
わたしは札幌育ちで、3歳からですからもう60年近く
この札幌駅とは馴染んで暮らしてきていますが
いまの札幌駅に夜に来るというのは、初めてくらいかも。
幼い頃の札幌駅の記憶とはまったくの別物になってしまっていて
ノスタルジーが湧くということはない。
バスで見続けた夜の札幌の光景も、馴染みを感じない。
街の記憶、というようなもの、
廃れていく町について語られることが多いけれど、
いつか、倉本龍彦さんも言っていましたが、
氏の故郷である東京世田谷方面でも、
どんどんと記憶のよすがが消滅してしまって
記憶と現実の街に整合性が見いだせなくなっていくようです。
人間の寿命が延びて、街の変化スピードと
人間記憶が相関関係を維持できなくなってきたのでしょうか?
そんな2014年的な現実の歳末を
ゆったりと感じながら、家路についた次第です。
Posted on 12月 13th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: こちら発行人です | No Comments »


また、きのうからの続きです。
っていうか、「復興提案住宅」って、いまの一般のユーザー心理に
けっこうフィットしていると思うのです。
復興住宅は基本的に「コンパクト」に作らねばならない。
これは、家事労働の時間節約型住宅への志向性の高まりという
広く待望されてきている流れとも共鳴している。
北海道で取材していて、平屋志向であるとか、
コンパクト住宅志向であるとか、
そういった、いわば生活合理主義が高まってきていると感じます。
とにかく、現代の家族はみな一様に「忙しい」。
主婦である女性はそのなかでももっとも時間が足りない。
とくに被災地の場合、若年労働力も不足していて
共働き率が高いように感じます。
子育てしながら、フルタイムで働くというのは、
非常にしんどいんだけれど、みんな明るくそんな状況に立ち向かっている。
夫もフルに家事労働をシェアしてがんばるのはもちろん、
その上でも、徹底的に家事労働時間を節約したい。
そういった生々しい現実の中で、自らもそうした立場であるという
女性建築家の栗本直美さんの提案にこころが動かされた。
コンセプトは明解、「片付けしやすい家」。
まったくそうです、その通り。
実はわたし自身も、共働きで家事をシェアしながら、
子育てと仕事、両方に立ち向かってきた思いが強いので
そんな提案を聞いたとき、無性に応援したくなってきた次第であります。
でもそれは、今の時代のひとたちの、とくに子育て世代の
共通する思いであることも明白なのです。
本来日本の家、家族のライフスタイルとしては
嫁というのは貴重な労働力であって、子育て労働は
老親がかなりの部分をシェアしてきたのに対して、現代では
個人主義が行き着くところまでいって、
核家族という生活スタイルはたぶん、維持する方向に行く可能性の方が高い。
そうなると、当面は「家事労働時間削減型」の家づくりが
大きなテーマになって行くのではないか。
みんなで考えていかなければならないテーマだと思う次第です。
Posted on 12月 12th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

さて、きのうの続きであります。
東日本大震災からの住宅復興は、いよいよステージが住宅建設段階。
津波被害の甚大さから、建築用地の整備が遅れ続けてきた。
ようやく、その状況にメドがついてきて、
仮設住宅から、そろそろ新築したり、災害公営住宅への移行を
本格的に考えはじめたところなのです。
もちろん、これまでにも自力で用地を確保し、自力再建された方も多いのですが
多くのみなさんは、公的な用地整備の進捗を待ってきた。
そういった段階で、さて、建築設計のプロたちは、
どのようにこうしたユーザーニーズに「寄り添った」提案ができるのか、
そういったことが問われていると言えるのでしょう。
より具体的な、「シアワセな暮らしのかたち」が求められているということ。
そんなテーマ意識の中で
JIA東北支部・宮城のメンバーの提案のなかから、
いくつかの設計プランに目が向かっていました。
「よく建売住宅のプランを相談される」という吉田裕一さんの
提案が、これです。コンセプトは
「住まい手の視点を重視したプラン設計。デザイン性にこだわらず、
限られた規模でも不便を感じることなく
使いやすさを追求した「住まう」ことのできる家」。




サブタイトルに「住まうという現実に寄り添った家」とあるけれど、
まさにそういった考え方に貫かれている。
それぞれはごく当たり前の生活上の使い勝手のことだけれど、
それらを透徹して見つめて、
限られたスペースの中に、上手に過不足なく落とし込むというのは
かんたんなプランニング作業とは絶対に言えない。
いわば生活合理性を突き詰めて、コンパクトに実現する、
そんな意識を感じさせてくれる、説得力のあるプランだと思いました。
そして震災以降のひとびとの欲求の根源に
こういった意識が芽生え、そしていま、
それが大きな流れになって来ているようにも感じています。
目を驚かすのがデザインではない。
ひとびとの暮らしの背景装置として、要所を押さえたプロとしての配慮。
そういったものこそが、真のデザインではないのだろうか
そんなふうな思いをしながら、この提案を見つめていました。
Posted on 12月 11th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

震災から3年半も過ぎ、ようやく沿岸の被災地では
住宅再建の用地が整備されてきて
本格的な住宅建築計画が進んできています。
地域の深甚な被害の現実に遭遇して
自らの職業的な倫理観から行動し続けてきたJIA東北支部のみなさん。
今回、JIA市民講座4
「JIA BOOK Miyagi 建築家が考える復興のための住まい集」発表会
というイベントが開かれ、
コメンテーターとして、招かれまして参加してきました。
当方も「東北の住まい再生」というボランティア情報誌を発刊してきた経緯もあり、
そういった流れからお呼びが掛かった次第。
被災地の集団移転地造成が進みようやく住宅が建ち始めている現在、
JIA宮城地域会では、自力で住宅などの再建をする人達のために、
会員が「自立再建者の住まい」をテーマとした住宅等の提案冊子
「JIA BOOK Miyagi.01」を出版しました。
そこで、市民の方々に
この冊子を有効に活用して頂くことを目的に発表会を行います。
という趣旨であります。
本のことについては、また追って触れていきたいと思いますが、
久しぶりに宮城地域会のみなさんとお会いして
活発に情報交換をさせていただきました。
やはり各地の生の情報を聴くことが出来て
有益な情報交換が出来ました。
発表会後には、またまた忘年会になだれ込んで、
久しぶりに夜中の1時過ぎまでの活発なお話し合い(笑)。
ということで、やや体調整備に時間を取られそうであります。
「JIA BOOK Miyagi.01」について、明日以降、
少し詳しく触れたいと思います。
Posted on 12月 10th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

冬になると、見てみたくなる光景があります。
札幌から約1時間ほど、道央道を北上すると
安田侃さんの彫刻が置かれている野外展示空間・アルテピアッツァです。
美唄の高速インターから3分ほどなので、
運良く好天に恵まれれば、ごらんのような静かな雪景色と遭遇できる。
このアルテピアッツァは、廃校になった小学校の跡地を
この地でで少年期を過ごした彫刻家・安田侃さんが
ノスタルジーを込めて、空間構成している場所であります。
以下、HPからの紹介文。
ここは、1人の彫刻家・安田侃(かん)が今なお創り続ける、
大自然と彫刻とが相響する野外彫刻公園である。
美唄市は、かつて北海道有数の炭鉱都市として栄えた。
1973年に最後の炭鉱の灯が消え、炭鉱住宅はひっそりと静かになり、
子どものいなくなった学校は閉校した。
それから時が過ぎ、イタリアで創作活動を続ける美唄出身の安田が、
日本でアトリエを探していた際、1981年に閉校した旧栄小学校に出合う。
その朽ちかけた木造校舎には、
子どもたちの懐かしい記憶がそのままに残っていた。
そして、校舎の一部に併設されていた小さな幼稚園に通う子どもの姿が、
彼の心をとらえた。時代に翻弄された歴史を知らず、
無邪気に遊ぶ園児たちを見て、彼は思う。
「この子どもたちが、心をひろげられる広場をつくろう」。
それがアルテピアッツァ美唄誕生のきっかけとなった。
構想のスタートは、1991年からとなっています。
写真は、そのカフェスペースから周辺の針葉樹の森を見たところ。
このカフェは現在の北海道の標準的な断熱空間であり、
薪ストーブが、訪れるひとを迎えてくれる。
そうした居心地にくるまれた空間から、白く基本彩色された外部を
あくことなく、見続けられる。
この周囲の針葉樹はエゾマツのようであり、
濃緑の樹影に白く雪化粧が施されている様は、
北の自然の典型を垣間見せてくれる。
こんな美しさの中に、自分たちは包み込まれて生かされているのだと
今さらながらに、思いが至る。
暖かいコーヒーを飲んでいれば、なにもいらない。
ときどき、ふっと思い起こして訪れる、わたしの大好きな場所です。
Posted on 12月 9th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

きのう、ブログを書いた後、
降雪が激しくなったのですが、「出かけます」と書いた以上
やっぱり、ということで雪中散歩に行ってきて、無事帰還できました(笑)。
本当は、こりゃヤバいかも、と思ったのですが、
宣言したことで背中を押された次第。
さて、きのうのブログで札幌の気候的な地域区分について
内陸型の日本海側、という混合型に近いのではないかと書いて
そんなことから思惟を巡らすことがありました。
そこで写真のような光景についてのことであります。
このカメラ位置は札幌から石狩湾北部・石狩川河口方面を見たところ。
マクロで言うと、日本海に北西風が吹いて
海上の水分が北海道陸地西岸方面に降雪をもたらすのですが、
そのときに大量に、湿度が高く低温の重たい雲が発生します。
それが、写真画面の林のはるか奥に、黒っぽい雲として見える。
で、この黒雲が、さまざまな異形の形態を見せてくれる。
わたしは、札幌植物園に東北面した家で幼年期を過ごしていましたが、
ちょうど寝室のあった2階から見える光景では、植物園の木々の上を
この時期、こんな異形の雲たちが、行進していた。
だいたいが、ゴジラの横姿に思えたのです(笑)。
このこと、あんまり人に言ったこともなければ、
そういった質問を、教育を受けていたとき先生に投げかけたこともなかった。
でも子ども心に、この不思議な雲の造形を楽しんでいたのですね。
雲の形には、たぶん、いろいろな地形条件・気候条件が
そこに投影されているに違いないのですが、
そういった分析的な解剖は、あんまり聞いたことがない。
こんなふうな視覚記憶って、
その人間のある根源的な体験になっているに違いないけれど、
そして地域の共通言語に近いけれど、
共通認識には至っていないような気がします。
上に書いたような「科学的分析」も、今のところわたしだけの思い込み(笑)。
でも、そういえば「石狩湾低気圧」というような気象分析名詞すら、
ここ十数年くらいで根付いてきたコトバのような気もしますから
「地域気象学」みたいなものは、
まだ新しい概念の分野であるのかも知れませんね。
でも、とくに荒天時など、
この「ゴジラの暴れ回る様」は、まことにすさまじい迫力で
わたしの幼いこころに深く刻みつけられていたのであります。
長じてからは、しかし、この黒雲のことが無性にたのしく、
たまに再発見する度に、「やぁ、ひさしぶりだな」みたいな
いろんな思いを想起させてくれるのです。
こんな気持ち、ヘンかなぁ・・・。
さて、それではきのうの散歩道の雪景色から
2点ほど、写真を載っけておきます。


Posted on 12月 8th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »