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「公共」のモラルハザード

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写真は先日伺った、奥州市水沢にある立派な公共施設建物。
なかには立派な舞台が2つ、大舞台と小舞台がありました。
そのほかには立派な「会議室」のようなものがあります。
駐車場は広大で、敷地面積たるやいくらあるか、不明。
建築目的だけから考えると、まさに贅沢きわまりない建築計画に感じられます。
水沢の市中心部は、他の地方都市がそうであるように、
中心商店街は、あまり活性化しているとは言えない。
そういうなかで、この公共施設のまわりは、
モータリゼーションを前提とした、アメリカ型の商業施設が
国道沿いに展開しています。
まぁ、建築としてみれば、きっとデザインコンペなどを経ている感じで
水沢の街のメイン施設という豪華さ。
しかし・・・、ちょっと時間前に到着したのですが、
運営しているのは、お決まりの公務員さんたち。
時間厳守主義で、そのまえにはビタ1分たりとも絶対に使用させないようです。
といって、ほかになにが出来るわけでもありません。
カフェコーナーのような施設はありましたが、
ほとんど利用されないのか、サービスは提供されていません。
利用されていないテーブルやカウンターで、職員さんたちが、昼食弁当をのんびりと食べていました。
みていると、中に入って、水を出して飲んだりもしている様子。
特段悪びれている風でもない。
利用者たるこちらは、やむなく車で出て行って、
ほかの食べ物屋さんを探さなければなりません。
ホールは大変広大で、椅子もふかふかの高級ソファ。
ちょうど、超一流ホテルのロビーですね。
かろうじて、コイン販売機がある。このあたりの落差は面白い。
ここは大衆的なのか、豪華施設なのか、無国籍というか、意味不明的。
そうこうするうちに、主催者側が全員、重い荷物を、やや離れた駐車場から
運んできて、全員汗まみれになってこのロビーに到着。
配置計画の意図として、会議室利用者は、車の横付けも許されないようです。
イベント使用者側が、時間前15分前には全員揃って
会場側に到着を告げに行ってみるが、規則だからとやはり開けてくれない。
時間がもったいないから、一分でも早く入りたいと、会議室前に待っているのを
これみよがしに、時間ぴったりに鍵を開けに来ます・・・。
ひとことで言えば、血が通っているとは言い難い、というか、
仏作って魂を入れていない、というか、なんなんでしょうか。
一度、こういう施設が出来ると、
運営は大体この手のスタイルで行われているのが今の日本の現実。
形骸化した「運営ルール」のようなものだけを盾にした不合理がまかり通っています。
法律なり、ルールなりという形骸だけで、その建築施設を
人々の気持ちの中で「持続可能」なかたちで、きちんと利用することは可能なのでしょうか?
こういう施設が出来た経緯自体の問題もあるのだけれど、
「公共」というものの「運営」ということについて、
やはりいつも、考えざるを得ないことが多すぎます。
わたしが出張で利用することが多い、年金関連のホテル施設の豪華さと、
料金の安さ、そして、赤字間違いナシの運営実態をいつも見るにつけ、
ほとほと、やりきれない思いが募ったりもします。
いま、世間では年金の問題が騒がれていますが、
以前にも、巨額の資金で建てた施設を、ただ同然に叩き売ったりの、
ずさんな運営を行っていたグリーンピア問題も起こしていました。
いまは、とどめなのか、全崩壊の端緒なのか、
年金記録のずさんな管理実態が暴き出されてきていますね。
写真のような立派な公共施設は
戦後以来の高度成長の結果、果実として出来上がったものだと思います。
これからの社会においては、それほど豊かな果実は期待できない。
これからは、いままでの資産を上手に使っていくのが求められる社会。
そのときに、こうした、ずさんであったり、非人間的である公共の管理運営を
いつまでもそのままに放置していて、いいとは思えません。
どうも、「公共」というものの管理運営方法について、
本格的に日本は論議を始めなければいけないのではないでしょうか。
そうでなければ、「持続可能なかたちで」こうした資産を維持できないのではないか?
みなさん、いかがお考えでしょうか?

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