本文へジャンプ

オオウバユリ

1783

北海道に住んでいても、アイヌの人々のことを知る機会は少ない。
地域の歴史の断絶の中にいる感覚が強い。
和人たちは、この北の地を自分たちの世界観で染め上げて
「無から有を生み出した」ようにして暮らしてきている、といわれても仕方ない。
いつもそんな思いを心のどこかでしています。

そんな毎日を過ごしているわけですが、
毎朝の散歩の道端に、写真のような植物を発見し、
その植生場所がどうも拡大しているように思って見ています。
この北海道という地域は、自然的にこの植物が
繁茂しやすい「風土」であることの、身近な証なのだろうと思って
できるだけそうした自然を受け止めていきたいと思って見ています。
最初は1週間ほど前に、背の高いすっくとした姿で
数本に気付いて、立ち止まってみていたのですが、
きのうは、その周辺でほぼ「群生」に近い繁茂ぶりを確認。
悲しいけれど、こういう植物の名はまったく知識がない。
歩いている人に聞いても、だれも名を知らない。
しかし、その美しくリンとした立ち姿は、ストライクで心に届いてくる。
「北海道の山野草」みたいなサイトでも似たような画像が出てこない。
やむなく推定で、
なんとなく、「ユリ科」植物ではないだろうか、と目星をつけて
検索してみたら、これが「オオウバユリ」だとわかった次第。
オオウバユリならば地元の考古学文献などでよく名を聞く。
そうなんです、アイヌの人たちの非常に重要な食物なのです。
オオウバユリは、ギョウジキャニンニクともに
”食料の背骨”といわれた重要な植物だという。
以下、Wikipediaほかより要旨抜粋。

鱗茎はデンプンを含み、食用にできる。北海道では、アイヌにより
トゥレプの名で食用にされ、アイヌ民族が用いる植物質の食品の中では
穀物以上に重要な位置を占めていた。
旧暦4月をアイヌ語で「モキウタ」(すこしばかりウバユリを掘る月)、
5月を「シキウタ」(本格的にウバユリを掘る月)と呼び、
この時期に女性達はサラニプ(編み袋)と掘り棒を手に山野を廻り、
オオウバユリの球根を集める。集まった球根から、以下の方法で澱粉を採集する。
1 球根から茎と髭根を切り落とした後、鱗片を一枚一枚はがし、きれいに水洗いする。
2 鱗片を大きな桶に入れ、斧の刃の峰を杵がわりにして粘りが出るまで搗き潰す。その後で桶に水を大量に注ぎ、2日ほど放置する。
3 数日経てば桶の水面には細かい繊維や皮のクズが浮き、底には澱粉が沈殿している。繊維クズは「オントゥレプ」を作るために取り分ける。桶の底に溜まった澱粉のうち、半液体状の「二番粉」と粉状の「一番粉」を分離する。
これら2種類の澱粉は乾燥して保存するが、その前に水溶きした一番粉を
イタドリやヨブスマソウなど、空洞になっている草の茎のなかに流し込み、
灰の中で蒸し焼きにしてくずきり状にして食べたり、二蕃粉を団子に丸めて
蕗やホオノキの葉で包んで灰の中で焼き、筋子や獣脂を添えて食べたりする。
乾燥して保存された澱粉のうち、日常使用されるのは二番粉である。
団子に加工して、サヨ(粥)に入れる。
一番粉は贈答用や薬用で、普段は滅多に口にできない。

こういう知識を得ただけでもうれしい。
この地でひとびとがいのちを繋いできたきわめて重要な役割を
担ってきた植物であると知ることは、
なにか、とても大切な気付きを与えてくれるような気がします。
リンとした立ち姿に神々しさも感じている次第であります。

コメントを投稿

「※誹謗中傷や、悪意のある書き込み、営利目的などのコメントを防ぐために、投稿された全てのコメントは一時的に保留されますのでご了承ください。」

You must be logged in to post a comment.