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【最新i-OSとMacで4時間超の家系史対談を文書まとめへ】

 昨日は家系の従兄弟と次兄との3人で「わが家系史」探索の対談をしておりました。  従兄弟は父の兄の子で、わたしと次兄は父の子。家系史を探るのにも、こういう「立場」の違いによる認識の相違が発生してくる。そしてそれぞれ独自に […]

【1588年滅亡の筑後「草野氏」史を伝承する地域性】

 九州福岡県の久留米の家と縁づいたことで、その地を巡った旅路。歴史・地理の社会科系が大好きな性格ですので、それを機会に仕事の一線から離れたこともあって、九州全県巡りをしました。  で、その肝心の久留米をあちこち回って訪れ […]

【松本清張の住空間の無念から小倉城庭園で癒される】

 わたしは司馬遼太郎という多作な作家の著作群に耽溺していた人間で、ほぼ同時代的な活躍時期だった松本清張さんについては、あまり強い興味を持っていませんでした。しかし「点と線」などの作品のひきこまれるような創作法の素晴らしさ […]

【松本清張記念館でかれの住空間と断片的すぎる遭遇】

 作家(創造者)と住空間というテーマ領域はわたしのなかで強い興味分野。  わたし的には手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄などのマンガ家たちと、埴谷雄高、司馬遼太郎などの文学者たちの世界の、中間からややマンガ家 […]

【北九州小倉城でオモシロ人形展示に癒やされる】

 北海道には函館、松前の2箇所、道南にしか城郭建築はありません。明治期以前は開拓入植がされていなかった地域なので当然ですが、日本人としての「共有文化」意識としては、やや無念だなぁとも思えます。たぶんその代替として道庁赤煉 […]

【くずし字書簡に「眼光紙背」を念じて、牛歩対話の日々】

 ことし5月に長兄の本家でなにげに発見の古文書。ひとつは江戸期1803年時点の東広島市河内町入野の地域史とも関わる内容だったので、広島県立文書館に訪問し解析をお願いして、無事に公的な解析結果が判明した。江戸後期の地域社会 […]

【陶磁器とともに時間が積層している「有田」の街】

 有田焼とは、佐賀県有田町とその周辺地域で製造される磁器を指す。 17世紀初頭、朝鮮人陶工である初代金ヶ江三兵衛(通称:李参平)によって磁器の原料となる陶石が発見され、日本で初めて磁器が焼かれた。以来400年間、この地は […]

【TOTO第5代社長の「窯場を抱く」有田の生家】

 有田の伝統的街並みのなかに佇む公開されている住宅「小路庵」〜しゅうじあん〜(江副孫右衛門旧家)を探訪した。<現在は喫茶店として営業>この建物はTOTO第5代社長にして公選初代町長だった江副孫右衛門(1885~1964) […]

【陶芸の極地・有田で「トンバイ塀」に目が釘付け・・・】

 佐賀県の探訪記、いよいよ日本有数の「陶芸産業の地」有田に没入。  そう、気分的には「沈殿」してしまう街並み。歴史を経た日本的産業基盤としての「陶芸」のひとつの極地のように思えていた。以前、愛知空港の近くの常滑を街歩きし […]

【わが家系を「甲子夜話」で紹介・松浦静山の平戸城訪問】

 さて九州全周の旅、佐賀県という自分にとって「未踏の地」を歩きながら、ずっと気になっていた場所があった。  それは、平戸(ひらど)のこと。  わが家系は江戸後期、広島県福山市の西、尾道に隣接する今津で「商家・あが屋」を営 […]