
いま、わたしが住んでいるわが家は、以前は事務所兼用。
新築が1991年でしたが、仕事やスタッフが増えていくので、5年ほどで増築に踏み切りました。そのまえの外観や内部空間など、すごく好きだったのですが、仕事と家庭生活、ギリギリのなかでの選択としてやむを得ませんでした。 工事としては、地下を作ったり、そのうえに2階建ての変形スペースを増築したり、吹き抜けをつぶして床を広げたりと、とにかく仕事のスペースを確保させるのが目的。
その工事、土工事や構造工事が一段落して、木工事の仕上げ工事になって、やってきたんです。一発でそれとわかる大きな音のする車に乗った茶髪の青年が、工事現場のわが家に。 リフォームなもんですから、仕事や生活しながらの工事で近隣のみなさんへの配慮も必要。 こっちとしても、「おい、大丈夫なのか」と、気がかりだったですが、まぁ、人間、なりだけでは判断は出来ない。 って、見ていると、工事にはいるとけっこう身ごなしもよく、カンの良さそうな仕事ぶり。
施工の工務店の責任者の方に聞いたら、「わかくて、格好はどもこもならんけど、筋はいい仕事できるんですよ」という評価なんだとか。 わが家はちょっと変わった家ですから、仕事としては難しく、大工職人としての現場対応力やセンスのようなものが必要とされる工事。 どうも話しぶりから、ハラハラしながらもこの茶髪の青年の成長を期待しているんだな、って感じました。事実、ここはこうしようみたいな判断力や、仕上げの修まりが瞬間的に目にみえている様子で、作業に無駄が感じられず、仕事中は私語も少ない。
やっぱ、見かけだけじゃわかりません。
さて、工事も順調に進んで佳境になってきた、ある晴れて天気のいい朝、かれがこない。 電話連絡もない、仕事に完璧に穴が空いた。チーム制でやっている大工さんたちからすると、その日の工程の組み替えや段取りが大狂い。四苦八苦の様子でした。
で、翌朝、なにごともなさそうに明るく登場したかれ。
「すいません、きのう彼女と海、行っちゃって・・・」
「バカやろー」と、いうのも、なんか気が抜けてしまうような明るいあっけらかんぶり。 ま、しょがない、ついにやったか。みたいなヘンなあきらめも感じられて、見ているこっちも楽しく感じるやりとり。
きのうの分を取り返すからな、ということで、注意処分。
ということも折り混ざりながら、突貫工事のリフォーム工事も完成。
大工さんたちも、もう現場に来ることもありません。ようやく静かな環境が訪れたな、と思っていたある夜。
あのけたたましい音の車が家の前に停まりました。
「おう、どした?」って、ちょっとなつかしくて扉を開いたら、
「すいません、彼女に、俺のやった仕事、見させてもらっていいっすか?」
というお願いだったのです。
茶髪の青年からこんなまじめな、自分の仕事への誇りが感じられるセリフが聞けるとは、びっくり。
いっしょに海に行ってた彼女をエスコートして、おもに自分が担当した右側写真の3階を説明しながら案内してました。
「ありがとうございました」って、あの屈託のない笑顔で帰りにいわれたとき、
いいやつなんだな、って納得。
「おう、彼女とうまくやれよ」。
いまごろ、どうしているんだろうか。
Posted on 10月 18th, 2005 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

ってタイトルを書いちゃうと決めつけですね。
事実は、このおぢさんの会社のかたから、そういうように、たぶん冗談交じりとは思うのですが、紹介されたからなんです。
まぁブログなんでそのあたりの真偽の解明まではご容赦いただき、おもしろそうかなぁというノリでご理解ください。
きのう書いたわが事務所の「オール電化」のデザイン表現第2弾です。
で、ご登場いただいたおぢさんは、たいへんな職人技術のまぎれもない継承者。まぁ、写真が出ているから、わかりますよね。要するに、電気配線の専門工なんです。
ただし、体得している技術が、残念ながら時代にそぐわなくなったのです。
いまは、電気配線というのは、めったなことでは「露出配線」ということは行いません。
インテリア的に邪魔者扱いで、ほとんど壁の中で、必要なところにコンセントボックスや、照明配線として、その一部が現れるくらい。 当然の流れといえましょう。ただ、おぢさんが元気な現役バリバリだったころは、まだ電気をはじめて建物の中に入れるという、初期の電気導入期と同様の「既存建物」への配電工事という需要が存在していたのですね。そういうときには、いかに美しく配線するのか、という「職人芸」が存在していたのですよ。その仕事領域のなかで、このおぢさんは他の追随を許さない方だったということです。
が、いま、そういう需要はついにほぼ消滅。
かれを雇っている会社のなかでも、惜しいけれど腕の振るわせ用がない、戦力になっていたのです。
冗談交じりに「アル中」といって紹介されたのは、そういう背景のなかから出た言葉だったのだと思います。
さて、わたしの事務所建築では、きのうのような「レトロな時代の電気」というデザイン表現を模索していました。でも、外部のデザインで資金も底をついた。まぁ、しょがない、内部での「レトロな時代の電気」表現は、あきらめっか〜 となる寸前だったのです。 そんなときに、電気工事屋さんが、このおぢさんのことを話してくれました。
一気に、プランに灯りがともった! そうか電気工事か。
そうです、電気の配線も露出にして、むかしの懐かしい配線を美しくみせよう、デザインにしてもらおう、となったのです。そのうえ、電気工事屋さんからは、お金は、その分のアップ分なんかはいりません、といってくれました。 「あのおぢさんに、もいっかい腕を振るわせたい」という会社の方の暖かい心くばりから出たことなんですね。 露出配線の場合は、碍子というセラミック製品が必要になります。 これもほぼ流通していない。それっ、と買い付けてもらいましたが、北海道には在庫がなくて、なんでも横浜の方から取り寄せたとか聞きました。
はじめての工事現場での打合せ。
設計事務所と、電気工事屋さん、わたしの3社打合せに来たおぢさん。
「アル中」などと聞いていたはなしとは、まったく豹変の元気の良さ。なんと工事現場の外部足場を、足取り軽やかに2階にスイスイ上ってきます。 しかも目がキラキラしている!
若い私たちの方が、あぶなっかしいくらい。
あとで聞いたら、現場が近づくにつれむかしの様子を取り戻したんだとか。
露出の配線工事って、時間がかかっても、ひとりで作業するんです。なぜかというと、スイッチとの連絡を計算しながら、仕上がりの美しさ(たわんだりせず、ピンと過不足なく整然と電線が張られる)のには、けっこう複雑な現場的計算が必要であるからなんですね。それと、はじめに決めた配線計画を途中で変更したりしないこと。こうした複雑なおぢさんの頭の中の作業マッピングが、すべて狂っちゃうんだそうです。 でもホントは、1カ所だけ、変更をお願いしました。 おぢさん、親切に「・・大丈夫です!」と言ってくれましたが、よくやってくれたものだと思っています。
時間がかかって、おぢさんに付き添っていてもなにも手出しできない電気工事屋さんのコンビを見ていて、なんともほほえましいなぁ、と思ったりしていました。
電線は、赤と白2種類を用意して、なんとなく電気が入ってくる回路と、出て行く回路、というイメージを表現しましたが、実際はそこまでの厳密性はありません。 しかし、作業が進行していくと、どんどんノリがよくなってきて、当初は壁の中での配線を予定していた場所も、「全部、露出でやってみますから」という申し出をいただいて、結局ほとんどが、美しい碍子による、露出配線となりました。
完成後、多くの北海道電力や東北電力社員のみなさんが来社されましたが、社歴の古いみなさんは一様に、感激の面持ち。 電力社員さんたちは、この露出配線工事が、仕事生活の原点のようなものだったのですね。「いやー、なつかしいなぁ」って、うっとりしたような表情で、見て行かれます。
多くの建築家のみなさんも、この電気配線にいたく感激したようで、「そうか、この手があったか」という言葉が聞かれました。最近はログハウスや、構造素地あらわしの建物も増えてきていますね。そういう建物では、ひとつのデザイン手法に取り入れられるな、ということから、くだんの電気工事屋さんに、「こんど、見積もり欲しいんだけど・・・」という注文もでたりしていました。 なんかこっちもうれしく、誇らしかったです。
いい職人仕事と出会えたら、なんか、気持ちがよくなるものです。
こんな記憶こそが、建物への愛着のよすがになるものなんだなぁって、思い至った次第。
おぢさん、ありがとう。 わが社の電気は元気いっぱい、配線のなかを走り回っていますよ。
Posted on 10月 17th, 2005 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

事務所は、オール電化で建てました。
設計者といっしょにそのことをどういうようにデザイン表現しようか、考えました。
内部でもいろいろなことを考えたのですが、事務所でしかもミニイベントなどの施設としても使いたいという希望もあったので、けっこうファサード表現も重要。
そこで考えついたのが、古い木製電柱の再利用。北海道電力さんに聞いたら「なんも、協力しまっせ」とありがたい言葉。
電気が果たしているやわらかく暖かな雰囲気を、古電柱を外部照明として再利用することで表現できないかと思ったわけなんです。
以前の三内丸山の話題のときにも書きましたが、日本の掘っ立て技術というのは世界有数なんだとか。実はそれ、この工事の時に、教えてもらったのです。
右側は工事途中のものですが、実物の古電柱を半分に切ってもらったものを6本立ててもらいました。いまは、コンクリートで基礎の枠を固めてから立てます。むかしは一生懸命、立てる場所の土を付き固めたんだそうですが。
そこに立ててから、土で脇を固めて、しっかり付き固めるわけですね。いまは天圧機で作業できますが、むかしはひたすら人力での作業でしょうね。仕上げに砕石を敷いて完了。
むかし、というかいまでもどこかにはあると思いますが、街頭照明の、あのランプシェードを探してきて、ごらんのようにつけた次第。 って、これがけっこう大変だったみたいで、品番の確認からして大変だったと思います。 「え、あんなもの、何で今頃、注文すんのさぁ?」と、信じてもらえなかったのだろうと思います。
仕上げに、電線のたわみ具合にもこだわって、電気工事屋さんにお願いして、やわらかい曲線にしてもらいました。
電気が人間の社会に登場して、家に届けられるようになったレトロな時代のたたずまいを意識したデザイン。
ベースになった古電柱、表面炭化の具合もいい味わいを見せてくれています。
こんな、おかしな計画に大まじめに取り組んで、しかも笑いながらもそれぞれ真剣に、真摯に尽力していただいたみなさんに感謝しています。ちょっと大げさかなとは思うんですが、こういう職業的良心・誠実さが、地域に残していくべき「製造業」というものの一部分かと思う次第。
みなさん、どんなふうに感じられるででしょうか?
Posted on 10月 16th, 2005 by replanmin
Filed under: こちら発行人です, リプラン&事業 | 1 Comment »

リプランの創刊から18年。
実にたくさんの家を見続けてきたものです。
そんななかでも、こころに深く残っている家というものがあります。
写真の「えりちゃん家」というタイトルで発表された家は、なにか原点のような思い入れがあります。
建築家・倉本たつひこさんの作品。
札幌から車で2時間弱くらいの鵡川町の山中にある森の家。
癒しを求めて、自然のなかにそっと置かれたような印象。
床面積はとても小さくて、母屋で確か12坪程度、ゲスト用の離れは3坪くらいだった記憶があります。
車で向かう道は、ずっと緑の回廊のようで、すこし緑がまばらになったな、という場所に建っていました。
なるべく周辺の樹木に手をつけず、必要最小限の伐採にとどめ、2棟をつなぐ円形のデッキもところどころ自然の樹木のために、すき間を空けてあったりします。
母屋内部に入った位置から、内部奥に向かって正面から撮影したのが、この1枚の写真。
数少ない住宅を構成する要件・生活装置、柱・梁というシンプルな要素だけが、展開しています。
ほんのすこし、横架材に丸く穴をうがってあるのが、めぼしいデザイン要素。
これだけで構成された空間ですが、なんとも言いようがない、奥行きを感じました。
北海道の建築家たちが、住宅の賞をじぶんたちで作ったのですが
この家が、第1回の受賞作になったのは、ごく自然だったといえると思います。
ふるい写真をさがすうち、もういちど目がとまってしまった住宅でした。
みなさんは、いかがですか?
Posted on 10月 15th, 2005 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

きのうは盛岡で講演を頼まれました。
わたしは、しゃべるのが本職でもないので、あんまり役に立つのかどうか、毎回不安なのですが、引き受けた以上は全力で、ということで、無事終了。東北電力さんの講演会ですが、集まったのはほとんど建築工務店さん。それも技術レベルの高いメンバーのみなさんでした。釈迦に説法みたいになっちゃたかな・・・。
講演が終わったあと、おおくのみなさんとすこしアルコールが入ってから、歓談することが出来まして、こちらも大変たのしく有意義に過ごすことが出来ました。北国岩手ですが、みなさん、ホント、心暖かくって感激しました、
ありがとうございます。
で、そのかんは全然食事できなかったのを気遣っていただいて、なんと本場の焼き肉と冷麺をごちそうになりました。
!!! う〜〜〜んんまかったぁぁぁ!
(どうも表現が、beyond discripshon!〜って、スペルもあやしい。許して)
写真を撮るのを忘れちゃったので、読者のみなさんすいません、文章だけです。(頭↓)
特上の焼き肉を、たれと、ときたまごにつけて、サンチュに包んで食べるんですが、ベリースィートで、とろけるような味わいが口いっぱいに広がりました! 焼き肉って、こういう味なんだ、とはじめて「体感」したって感じ。
なんか、メニューの上の方に書いてあった肉ばっかりだったので、特上・格別だったのかなぁ〜。
連れて行っていただいたみなさんに深〜く感謝。
前の日、仕事立て込んでいて、あまり寝られなかったトリあたま状態のわたし。 またこんど、食べたいなぁって思ったのに、店の名前すら確認しておきませんでした。
けさ、これから散歩に出るので、店の前を通ってきます。
とりあえず、アップしてから、あとでお店の情報を載っけます。
ということで、二日酔いじゃないのに、トリあたまで申し訳ありません。
Read more…
Posted on 10月 14th, 2005 by replanmin
Filed under: おとこの料理&食, 出張&旅先にて | No Comments »

古民家、ではないよなぁ。
でも米づくりの吉野ヶ里と対比できるような、縄文の首都、といったロマンを掻き立ててくれるのが三内丸山遺跡です。
青森市の市街からやや離れた丘陵地になった地域ですが、昔はすぐそばに海が迫っていて、豊かな海の幸と、DNA的に同一であるとされる栗(ということは栽培)などの山の幸の豊かな土地だったとか。採集生活の時代としては、きわめて大きな集落が栄えていたと言うことです。土器の発明から、栗などの木の実を食することがきわめて容易になって、縄文の食生活は飛躍的に豊かになったのだそうだ。
海から上ってくる坂道には、その沿道両側に死者の墓が埋葬されていた。縄文の死生観からすると、ひとの交流の道に死者をあえて介在させるという意味は何だったのだろう。 そして、復元された物見の塔のような建築物。この建築物の柱の掘っ立て技術は、こんにちで考えてもたいへん高い技術レベルだと言うこと。
もう、いろいろな想像力がわき出てきて、とまらない。
農耕だけに依存しなかった縄文世界では東日本、北方日本がきわめて人間の生存に適地だったそうです。ものの腐敗進行が早く、しかも食料採取が難しいという夏を長くもつ南方はむしろ、人間生活に適していなかったのだそうなんです。食糧の冷蔵貯蔵が可能な冬をもっていた北方は、縄文世界で日本の主邑であったのは自然なことだったのだとか。
北海道に暮らすものにとって、こういう事実が近年、考古学の発展で明らかになってきているのは、なんとも愉快な気分にさせてくれます。
もちろん、われわれが米を生産し続けてきたDNAの末裔であることは、紛れもないとしても、この私たちの暮らす土地の寒冷条件が、違う意味合いで認識できるようになってきたことは、なんともわくわくさせてくれることだと思うのです。
機会があれば、ぜひ多くに人が体験してほしいものです、三内丸山。
Posted on 10月 13th, 2005 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

きょうは、久しぶりに閑話休題。
3連休は、登別で親戚の集まりがありました。
今週も忙しくなりそうなので、骨休めとばかり、風呂→寝る、の繰り返し。
おかげでからだバラバラになって、しばらくしてすっきり。
硫黄のニオイはやっぱ登別が格別ですが、そのほかに鉄泉、食塩泉などの風呂を楽しめました。
まえに一度、バスガイドさんの教師という大ベテランの方に聞いたことがあるんですが、登別の湯は、やっぱ日本一といえるんだそうです。 写真左の地獄谷の露出する火山活動、それと年間の降雨量が多いという温泉の基本的な条件で、ほかとは比較にならないんだとか。
登別に伯父が住んでいて、ボランティアのガイドをやっています。
「世界中の温泉の成分は17種類だけなんだけど、登別はそのうち10種類の成分が確認されていて・・・」と温泉耳学問を聞かせてくれました。
老舗の「第一滝本」は、初代の滝本金蔵さんの時代に、高級旅館として宮様や大金持ちが来たときの施設を充実しろ、といわれても断わり、庶民の温泉というポリシーを貫いたんだそうです。泊まった「登別グランドホテル」というのは、そういう時期に高級旅館として建てられたものなんだとか。 いまは、「第一滝本」もどれも似たようなものですが。 ふーん・・・、初耳。
あさ、地獄谷まで散歩。
雨で地獄谷の硫黄のニオイ、比較的よわくは感じられましたが、間近で見るとまさに自然の恵みそのもの。
カメラ構えていたら、手振りでシャッター押してくれ、というひと発見。で、押してあげたら台湾の方。
ちょっと悲しいんだけど、こういうとき、片言でしゃべりあうのは決まって英語。
アジア人同士、会話できる言葉って、ないんですよね。
やっぱ人口から言って中国語、覚える方が、国際ルールかなぁ。
北海道の温泉は激しい競争の結果、もっとも現代的なサービスシステム。だから料金と施設、そして自然環境という観光資源のバランスで、すごく魅力的なようですね。 施設が大型でゆったりしていて、アジアの人たちにも受け入れられやすく、インターナショナルスタイルってことかな。
ともあれアジアの人たちに大人気だっていうのは、なんかうれしい。
もっと来てね、と親愛の気持ちを込めてお話ししました。
いいところですよ、北海道。
Posted on 10月 12th, 2005 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

家の中の温熱環境を、いかに心地よいものにするか
その基本になるのが、まずはそれをコントロール可能にするということ。
そうしたときに気密化は大前提になります。 外部の温度環境に左右されない室内気候の実現は、こうすることではじめてみえてきます。
写真は、わたしが設計プランに関わった住宅の気密化工事の完成段階の様子。
室内側からの生活で発生する水分湿気を、断熱層や構造材に影響させないように、このように防湿のビニールシートで囲い込むわけです。 こうしたしっかりした防湿層をどうしたら作り出すことが出来るのか、という点が住宅の性能向上のためにはきわめて大きなポイントで、以前にご紹介した室蘭工大の鎌田教授と、オープンな技術研究民間機関としての「新住協」が探求してきた成果が、こんにち広く活かされているわけです。
構造材工事との段取りや取り合わせの部分の作業手順なども、多くのみなさんの現場的な工夫と実践活動の結果、建築工法として完成してきたものです。
比較的安価に住宅の性能向上を図るために、特定のメーカー断熱材に左右されない、広く出回っている入手しやすい材料だけで可能で、誰もが取り入れられるオープン工法システムが、確立してきているわけですね。
こうしたスタンダードな作られ方で建築されたこの家、じつはわたしのカミさんの実家です。
建ててからもう6〜7年になりますが、延べ床面積が36坪。主暖房は1階にFFストーブ1台で、補助で2階に1台ポットストーブを使用しています。
高齢者たちの住まいですが、快適そのもののようで全員元気いっぱいに過ごしております。 っていうか最高齢はもうすぐ100歳になるひいばあちゃんもいまして、(現在は認知症の進行で施設に入っていますが)つい最近3ヶ月前までここで元気に暮らしていました。
はじめはその前の家とまったく違う環境になるので、暮らしの移行に伴うストレスなどの面を心配したのですが、まったくの杞憂でした。 「あったかくて、たいした、いいわぁ」と口癖のように言ってくれて、安堵できたものです。
で、この家、建築費は1,260万円(税込み)というコスト。
なんですが、この気密化工事のうえに、断熱は100mmグラスウールの充填にプラスして、50mmの板状グラスウールを「付加断熱」しています。あったかくする工事は、しっかり手抜かりなく。
そのうえ、内装工事はもちろん豪華には出来ませんが、それでも仕上げは基本的に自然素材だけで構成しています。床は無垢のパインフローリングなんですよ。
基本的な性能向上のための費用というのは、だから、それほど全体コストに響いてくると言うことはないといえるのです。 よく本州地域で聞く言葉に、高断熱高気密仕様にするから工事費が高くなる、みたいなのがありますが、よく理解できない部分があります。
高断熱高気密の家づくり技術に取り組む初期段階でこそ、この写真のような気密化工事には、きちんとした現場段取りの管理ということが必要にはなると思いますが、経験を積めば建築のコストアップとは関係のないことだと理解できると思うのです。
ということで、ぜひ多くの全国のビルダーさんが、
こうした基本的な技術をつかんで多くのユーザーに、
「安くていい家づくり」
を提供して欲しいと希望してやみません。
Posted on 10月 11th, 2005 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

さてふたたびカナダ住宅探訪。
高級住宅を見続けて、頭がドルマークで一杯になったので、すこし楽しくて変わった住まいを見たくなって、カンを働かせて探してすぐに見つかったのが、ウォーターフロントのエリア。
やっぱ、案の定むかしのヒッピーのようなひとたちの住まいを発見。
この辺は、古くから開けた港町で、倉庫なども多く、想像力を持った芸術家のようなひとたちが集まってきているんだそうです。この家は、そんななかでも水の中に基礎を建てている、できれば水上生活をイメージしたような住まい。
なんか、楽しくワクワクさせるような家なんですね。家自体はドルマークの感じられないシンプルなもの。
ひとの社会って、人口規模が一定を超えるといろいろなタイプが現れてくるんじゃないか、というような誰に聞いても???という反応が返ってくる仮説を実はわたし、信奉しているんです。
その理論、(っていうかあくまで仮説。なんの検証手段もないんですから)でいろいろ都市を見ていくと面白いことも見えてきます。
たとえば、なんで地方の中心都市って30万人くらいのが多いんだろう? という点。
私の身近な、北海道・東北で言えば、旭川・函館・青森・秋田・盛岡・山形・福島・郡山っていう、中心的な地方都市が判で押したように30万人前後なんです。
ひとによっては、「それはさ、それ以上発展しない、ってことなのさ」となんか禅問答のような答えが返ってきたりします。
前にNHKで、イスラムの古い都市の紹介があって、そこでの人口がちょうど30万人。城郭都市なので、面積は増やしようがなく、道路の面積が極限まで小さくされ、もちろん自動車などが入ってくる余地は全くない。
自動車がないのに、タクシーまである。?。 って人を乗せるんじゃなくって、荷物を頭の上に載せて買い物の品を家まで運ぶというタクシーなんですけどね。
ここで面白かったのが、人口が30万人になると、人間生活に必要な仕事が、だいたい現れるという哲学的な考察。ということは、逆に言えば、現代の都市というものの機能性は、30万人規模になって、ほぼ満たされるってことなのでは、ないでしょうか、ねぇ。(なんか仮説が説得力持ちそうで、ワクワク)
そういう意味で、日本の地方の中心都市の人口と符帳するものがあって、おかしい。
で、バンクーバーはゆうに100万を超えるビッグシティ。これくらいになると逆に、きっと普通の人間生活にはほとんど不必要な、「ちょっと変わったひとたち」というのも現れるんじゃないか、という仮説。
で、その仮説通り、ちゃんとヒッピーみたいなのが住み着いている、ということなんですよ。 どっちかといえば、わたしも多分、そうした人たちと近似した人間だと思っているもんですから、カンが働くんだなぁ、と同行したビジネスマンのひとたちにヘンな自慢になりましたが。
なんとなく、わかるんですよね。気持ちが。
ということで、みなさん、この仮説、どんなもんでしょうか?
なにを調べたらいいのかも、まだ不明というヘンな仮説なんですが、
やっぱ、おかしいかなぁ。
Posted on 10月 10th, 2005 by replanmin
Filed under: こちら発行人です, 海外住宅事情 | No Comments »

毎日使うテーブル。
インテリアって、いろいろな嗜好があるから、とくにこうすべきだっていうのはないけれど、家族の関係をけっこう表しているのは、その家のテーブルなのかも知れない。
写真は、事務所の自由スペース(約15坪)に置いたテーブルです。
この場所は、ふだんは来客を迎える応接になったり、スタッフ全員が集まる会議になったり、ときには会食の場になったり、いろいろに機能が変化する場所。
って、べつに事務所に限らず、家庭でも同様だと思います。
ふつうは家族の食事の場であり、来客との語らいの場だったり、こどもの勉強の場だったり、しますよね。
そんな多目的な自由さが、いまのわたしたちの暮らしには不可欠だと感じます。
このテーブルは、とにかく多目的で大きなものがほしい、ということで特注したもの。長さが4mあり、幅は1.2m以上あります。長さ3.6mまでって、結構探せますが、4mってなかなかない。
Be-h@usという、合理化された建築素材で豊かな住空間を作ろうという提案してるところが採用している、多用途の木質仕上げ材料を使ったものです。床材に主に使われるのですが、そのほかにも仕切の造作家具工事、あるいはこのようにテーブルなど多用途に使われています。このテーブルには、(最大で)1枚が33cm×4mという材料を4枚組み合わせたわけです。
素材を持ってきてくれて、現場で足を組んで組み立ててもらいました。
値段はジャスト10万円。
同じような大きさ、って探してもなかなかないと思いますが、あったとしてもこの価格って不可能だと思います。
もう3年以上使ってますが、多少はmm単位で木材の変形はあるかも知れませんが、まったく不都合は出ていません。
やっぱ大きいので、移動の時などちょっと重たいくらいかなぁ。でも大人ふたりでなんとか水平移動は大丈夫。
最近はスタッフが増えた(現在18人)ので、さすがに全体会議の時は詰め気味になりますが、このあいだやった会議もこのテーブルで過不足なし。
ときどき、打ち上げなどのパーティもここでやっています。春にはオホーツクの毛ガニパーティなんかを楽しんでます。なんたって、大きいテーブルって、やっぱ落ち着きますよ。
よくね、「腰を落ち着けて」なんていいますが、あの言葉って、こういう装置的な要素がもたらしてくれる部分ってものも大きいと思います。 忙しい現代生活で、家族といえどもなかなかコミュニケーションの時間がとれないですが、こんなテーブルがあると、なんとなくすわって、たとえそれぞれ違うことをやっていても、なんとなく同じ場所を共有して、会話がしやすくなるものだと思います。
いかがですか?
Posted on 10月 9th, 2005 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »