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吉野ヶ里再見_1

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今回の旅の目的は、やっぱりもう一回吉野ヶ里に行きたかった、
ということ、のようです。わたしのなかで。
息子の歴史教育の役に立てば、という淡い期待は持っていたのですが
まぁ、まだ無理みたいだった、というかあまり興味はなかったようで
「体験工房」での勾玉つくりに精を出していました。
ま、これも面白かったんですけどね。
初めて吉野ヶ里に行ってから、6〜7年経っていまして、
その間、多くの研究や遺跡の国立公園化整備が進んだようで、なにより
わかりやすい建築群がたくさん建築されていまして、興味津々。
まずは、写真左「大人〜たいじん」と呼ばれる環濠内部の支配層の家。
吉野ヶ里は想像以上に階級分化が明確な社会組織だったようです。
というか、日本のコメ作りとクニ社会の成立って
やはり表裏一体の関係だったんだな、と思い知らされます。
多分、大陸から社会全体が移住してきたという感じのようなのですね。
コメ作りは、全プロセスで労働の集中的な動員が必要ですが、
その意味で、命令する権力と、農奴的に支配される被支配者との関係が明確。
右側の写真は、環濠の外側の被支配者居住区と農業生産用の建物群。
左右の写真の間には、柵と城塞が存在し、階級分化をあらわしています。
吉野ヶ里の入り口近くには防御装置である「逆茂木〜さかもぎ」もありますが、
こうしたクニ同士が争い合うのが、日常茶飯的だったようなのです。
まさに、コメ作りとともに、戦争もこの国にもたらされた・・・。
だから、環濠が巡らされ、柵で防御し、農業生産性の向上のために
権力が管理する形で「製鉄」が行われ、スキ・クワづくりとともに
殺し合いのための武器も生産されていた。
農業生産と同時に、
他のクニと血みどろの戦争によって領地争奪が繰り広げられていった。
日本という国は、その初源的なかたちから、
どうもこうした社会だった・・・ようです。
それ以前の、狩猟採集型の縄文社会が
この弥生的なシステムに置き換わっていくわけですが、
生産性の向上が図られる一方で、殺し合いも進化していった、
というのが、日本歴史の実態のようですね。
これを悲しいととるか、自然ととるか、見方は分かれるところです。
しかし、多くの研究の成果で、こうした社会実態の解明まで
吉野ヶ里は実に多くのことを教えてくれますね。
年末年始のこの時期、ちょっと、このシリーズ続けたいと思います。

神頼み教育

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さて、自慢じゃまったくありませんが、
勉強の方は、親を鏡に、すくすくと、のびのびと育つ子。
自分のことを思い出させてくれるかわいいわが子を
心底から案ずるのが親の常。
って、いったい何を書いているのか、さっぱり不明ですね。
要するに、もうとりあえずは神頼みしかない、ということです。
そういうことならここ、と相場が決まっているのが
全国にその名が知られた学問の神様・菅原道真公を奉った太宰府天満宮。
早朝、坊主をたたき起こして、車を走らせて向かいました。
すこしでも御利益があるように、とつい奮発して
御祓い・ご祈祷もお願いして、おごそかに、神妙にお参りしてきました。
はてさて、寒い早朝、こごえながらのお参りの験、いかがなものでしょうか?
でも、こういう便利な(失礼)神様がいてくれるというのは
ホントにありがたい話だと思います。
とりあえずの、「太宰府天満宮にお参りもしたんだから」という安堵感だけは
万人が得ることができるという、素晴らしい神様ですね。
それだけじゃだめなのは、まぁ、はっきりしているとは思いますが(笑)。
しかし太宰府天満宮には、電車の駅がすぐそこにあり
さすが、の集客パワーを持っていることが明らかですね。
参道脇の出店も多く、朝飯抜きで出かけてきていたので、モチを食べました。
これが名物だそうで、展示即売していまして、
食い入るように見ていた息子は、
「父ちゃん、あれの作り方、わかったわ」と、機械の仕組みを理解した様子。
なかの餡と、焼きを入れた風合いが格別で
なつかしくもおいしい、日本人の「参拝観光」の伝統を味わえた次第です。

南阿蘇の秘湯

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北海道から九州にわざわざ来て
どうしても阿蘇が見たくて来てみたら、雪景色。
これじゃ北海道とおんなじ、ってね(笑)。
山頂付近は下界の晴れとは違って天気が変わりやすそうなので
夏タイヤが気になって、そうそうに退散しました。
しかし、やっぱすごい雄大なところで、大感激。
雄渾な白煙が天に昇っていて、ものすごく男性的な火山ですね。
で、上る途中も気になっていた、いくつかの温泉宿。
帰る途中に、立ち寄ってみました。
ごらんの写真は、そのなかでもわたし好みの古民家の建物の
栃木原温泉・いろは館。
古民家はいいけれど、室内廊下など、夜はたぶん決死ですね、寒くて。
しかも数日前に降った雪が屋根から解けていて
古い建物らしく、脱衣所はそこかしこに雨漏り。
っていうなんともいえない野趣あふれるところが、いい。
風呂が、いい。
源泉の温度が41度と書いてあったけど、ほぼそのまんまなんでしょうね。
久しぶりに、あ、温泉の湯だ、って体が反応しました。
火山の元気がそのまんま、湯になっている感じ。
香りや、体に伝わってくる湯の質が柔らかい印象。
だから、多少熱くても、つらく感じることはありません。
加温していないのでしょう、
露天風呂は外気で冷やされているので、ごくぬるい。
で、なかなか出られなくなる・・・。
決心して、裸で外気に触れて、実に気持ちいい大自然を感じます。
いいお湯、ごちそうさまでした。
風呂上がりには、いろり端で食事も楽しめます。
いろりのまわりが、食卓になっていて、いごこちがいい。
ごろっとしたくなる、ここちいい雰囲気でした。
食事はほかで済ませたので、ゆっくりできなかったのが
ちょっと残念だった、阿蘇の秘湯でした。

門司のレトロ街

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旅行記、2日目です。
なんか1日目はたんに食事していただけの感じでしたね。
何回かに分けてアップしますから、食べるだけではない面も(笑)、
アップしていこうかと思います。
きのうは、寒波もやや和らいで、日射しも感じられる陽気に。
前から行きたかった門司のレトロ街に行って参りました。
周辺には面白い建築群が、保存されています。
昭和初期まで九州の玄関口として栄えた門司を偲ばせる
建物や雰囲気が残されていまして、興味深い。
なかでも圧巻は、今でも使用されているJR門司港駅舎。
以下は、案内文。
JR門司港駅は、大正3年(西暦1914年)に建てられた
九州で最も古い木造の駅舎で、駅としては全国で唯一国の重要文化財に指定されています。
外観のデザインは、ネオ・ルネッサンス様式といい、
左右の造りが対称的なのが特徴です。
噴水のあるレトロ広場とともに美しい景観を創りだしています。
今も現役で活躍する駅舎は、地域の人々の誇りともなり大切に利用されています。
ほかにも多くの建築群があって、目が飽きません。が、
ただし小4の息子とのふたり旅。こちらの都合は優先させてくれません。
早速めざとく見つけた遊覧船に飛び乗って
関門海峡をひとまわりさせられました。元気いっぱいに
運転手さんの横で、冬の風の中、頑張っておりました。
このあと、午後にはスペースワールドという遊園地(ですね、完全に)に
付き合わされまして。まぁ、それなりには楽しい・・・けど、
冬なのに体が水浸しになるアトラクション続きで、
面白いけど、疲れは一気に来まして、・・・さすが、ちょっと寒かった。
5時過ぎには温泉にドポーンと入って、ひとごこちがついたところです。
ふ〜っ。

昨日よりお休みー九州です

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さて、閑話休題。きのうから冬休みの坊主と九州です。
実はマイレージが、たまりまくっていたのです。
なんと1年間で42,000マイルとか溜まっていたのですね。
いったい何回飛行機乗っていたのか、よくわかんない。
それで、好きな国内空路往復で2人、旅行ができます、というわけ。
こういうのにどうしても弱い。
タダだよ、おい。
とかいうことなんですよ。 こりゃあ、ということですぐ乗っちゃいまして。
って、なんにも考えていない旅なので、じゃ、一番遠くまで行ける、
ということで九州ということになったのです。安易だなぁ。
1日目は、ほぼ移動で終わりました。
朝10時半に家を出て、車→飛行機→レンタカー→ホテルで
着いたのが17時半。やっぱ時間がかかる。
毎度、一番手間取るのが、レンタカーの申し込み。今回も1時間弱。
時間のない旅先で、あれはいただけないと思うのですがね、いつも。
まぁ、でも特段、目的はない旅、坊主と和気あいあい、
っていっても、最後はテレビアニメの時間に間に合わないとか
運転をいそがされまして、ややヒヤヒヤ。
で、結果、いまはなぜか北九州市・八幡におります。
目の前には「スペースワールド」とかいうテーマパークがあります。
きょうは、とにかく食事だけ。
選べると言うことなので、中華をリクエスト。
ごらんのような食事を、楽しめました次第。まぁ、見ての通りですね。
真ん中のエビは、玄界灘でとれたやつ。エビマヨ風と、エビチリ風の味付け。
真ん中下はデザート。ごまあんが中に入っている団子。けっこうな甘みスープ入り。
最後なぜか、ポテトスナック。飛行機の中に持ち込んだらごらんのようにパンパン。
爆発前に気づいて、サクサクといただきました。
先の案じられる、中身のない旅で終わるか(笑)、どうなんでしょうね。

外壁の質感

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いつころから外壁といえば、サイディングという風になったのか?
材料のバリエーションが乏しい時代には、木が当たり前に使われていましたね。
世界中、最も多いのが木質の外壁仕上げ。で、それが主に
「防火」の問題から、使うのが難しくなりました。
その後、モルタルが全盛だった時期があって、
それなりにいい陰影感があったと思うのですが、
たぶん、「通気層」工法が標準採用されるようになった時期に
通気層を確保するためには、モルタル壁よりも簡便ということで
サイディングが一気にシェアを伸ばしたのかも知れない。
また、モルタル壁にはつねにひび割れなどの美感上の
問題点もあったと思います。
こんにちでは、モルタル仕上げで通気層を持つことも問題はありませんし、
ひび割れの問題もほぼ克服されつつあります。
一方で、サイディングは、つなぎの部分でコーキング処理に
頼らざるを得ず、その部分の経年劣化が避けられません。
寒冷地住宅の外壁材料、いろいろと悩むゆえんですね。
写真の家の外壁は、面白いことを試みています。
1階部分は通常のモルタル仕上げ処理。
で、2階には、防火の関係で木を使うことができないので、
下地に防火OKの無塗装のサイディングを貼り込み。
そのうえに縦に胴縁ふうに木材を一定間隔で張り込みました。
そうしてから、木質材料の仕上げ塗装を塗り込んだのです。
こうすると、全体の雰囲気は木張りの外壁の雰囲気がしますね。
サイディングの外壁仕上げでは絶対に味わえない質感の豊かさが出ました。
結果として生まれた凹凸感が、光を複雑に陰影させ
奥行きの深い外壁の印象をもたらせてくれます。
前に、カナダの話をしましたが、
現地の建材会社のオーナーから、日本のサイディング一辺倒の
外壁事情を揶揄された経験があります。
まぁ、言われなくてもその通りと思っているのですが・・・。
より豊かな雰囲気のある外壁仕上げ、心がけたいものですね。

リプラン(北海道版)店頭発売

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って、実はもう2〜3日前から店頭に並んでいます(笑)。
毎日、いろいろなことに追われていて、つい記事を書いておりませんでした、
でも、ぜひ宣伝はさせてください(笑)。
今回の71号、っていってもぴんと来ないかも知れませんね。
でも年4回発行の季刊誌では通巻表示が一番わかりやすいんです。
言いかえると、06年冬春号なんです。 すいません、脱線ばっかですね。
こちらでは、この正月時期の特集の恒例として
「キッチン+水回り」を特集しています。
やっぱり、家の中心は、癒しの中心は食べること。
その家族の暮らしをもっとも表現している場所でもあります。
家の作りようを考えるのは、住む人のくらしのありかたをデザインすること。
どんななごみの空間に癒しを感じるか、
いろいろな事例の写真を見ているだけでも、感覚で理解できます。
そしてこうした空間デザインも、やっぱり流れがあると感じます。
一時期の、木質素材これでもか、という傾向から
いまは、モダンデザイン方向にかなり向かっているのを感じます。
そのほかにも、ステキな住宅、魅力的な住宅ビルダー情報が満載。
来年の家づくりに、ぜったい欠かせない一冊です。ぜひごらんください!
今回から表紙に全面写真を使用しています。
カメラはコラムページもお願いしている建築写真家の安達治さん。
自然光重視で空気感をとらせたら、ちょっと右に出る人はいません。
今回の表紙も、いくつも押さえてもらった写真から
最終的に選択した1枚。
静かで、ムーディーな生活の一シーンが立ち上ってくるような
印象的な写真だと思っています。
写真右側は、さっぽろ地下鉄額面に掲載されるポスターです。
リプラン最新号、どうぞよろしくお願いいたします。
一冊800円。 書店・コンビニで。

南北逆さまに見る日本

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北海道って、住宅で考えると日本とは異質です。
まず瓦屋根みたいなのはないし、純日本的な住宅建築もあまり見られない。
基本的な構造についても、ツーバイフォー工法の比率が高く
在来工法も、気密性を進化させた「新在来工法」がベースといえましょう。
ハウスメーカーよりも地場工務店の活躍する部分が大きい。
積雪寒冷という条件から、日本からというよりも
北米や北欧、といった世界の寒冷地域から住宅技術を多く取り入れてきた。
その過程で、技術ばかりではなく、デザインも、よりインターナショナルを
志向するようになってきた。総じて日本より、世界標準に近い。
伝統的なこだわりよりも、進取の気性に富んでいて
よりあたらしいものや、合理的なものを受け入れるユーザー心理もあります。
まぁ、この点は、何も住宅だけに限っていないことともいえますが。
こうしたことの結果、いろいろ面白いこともありますね。
性能面では、新住協といった「民間」の技術研究集団が
強い組織力を持っていて、リーダーシップを発揮していたりします。
また、いわゆる建築家に家を頼む、ということがごく普通に行われている。
さほどの心理的な壁というものを意識せず、頼んでいます。
でも、こうした部分、いわゆる住宅の「性能」と「デザイン」って、
もっと広く日本全体に広がってもいいのではと思います。
考えてみれば、日本って、歴史的に、かならず首都から文化が発信され
地方というのは、それをまずもって受容する存在だったと思います。
そうした部分で考えてみるとき、
こと住宅については、初めてといえるほど、寒冷「地方の」技術が
日本全体に広がろうとしているといえますね。
欧米でも、
カナダが人口2,000万、北欧も4カ国で約2,500万くらいに過ぎないのに
そうした地域で生まれた技術が、そこに隣接する南側の大きな住宅マーケットに
強い伝播力を持っている、といえます。
そうして考えれば、北海道と東北で併せて約1,600万、その他
「寒いニッポン」をあわせれば、ゆうにマーケットサイズは欧米を上回ります。
この逆さま地図は、そういうふうに考えるときの発想の起点。
北海道は、歴史的に見て、「地方」というよりも
日本全体の混血がもっとも進んだオールジャパンともいえる地域。
そうした地域から、日本全体に対して、はじめて恩返しをするような
そういったものとして、この住宅の進化・構造変化を
関東以南の地域に伝えていきたいものだと、思います。
そして、そのさきには、もっと多様なアジアも存在していますね。

東京の銭湯

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先日から紹介している「江戸東京たてもの園」探訪です。
わたし若い頃、ってそんなにじいさんではないのですが(笑)、
東京で大学〜就職したもので、よく銭湯にはお世話になっていました。
東京っていう街は、江戸期以来銭湯の文化を持っていた土地柄だろうと思います。
家に風呂がある、なんていうのはよっぽどでなければあり得ないケースで
そういう家は、使用人がいるようなお屋敷だったのでしょう。
一般人は、こうした銭湯が一日の疲れを癒してくれる場であり、
衛生面を支える大切な社会維持装置であり、
地域のコミュニケーションを作り出す最大の社交場でもあったのだと思います。
建物としてみたときには、民間の最大の大型建築で
一般的に2層吹き抜けくらいの高さを持っていた。
この銭湯は、東京の銭湯をまさに代表するような建物で、
神社仏閣を思わせるような大型の唐破風や、玄関上の七福神の彫刻
脱衣所の格子天井など、贅を尽くしたもの。
中には、いろいろな地域の店の広告があったりもしていましたから、
まさに地域の中心的な集客娯楽施設だったのでしょうね。
銭湯といえば、なんといっても浴槽の壁に描かれたペンキ絵!
タイル下地に、だいたいが富士山とか描かれているのが一般的。
って、なんでなのか? やっぱ、日本人の感覚の中に、開放的で
大きい空間認識というと、富士山、という刷り込まれたような認識があるのですね。
あまりにも日常的な銭湯が、なぜ移築保存されているのか、
わたしたち年代から下の人たちは、こういう銭湯に行ったことがないという人も
きっと多いからなのでしょうね。
こういう銭湯に、今日の温泉ブームを重ね合わせると
日本人の娯楽の原点、っていうことが強く感じられます。
昭和って、つくづく、遠くになってきたなぁ。

石垣島の家

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日本中、大寒波だそうです。
北海道にいると最近、ようやく冬らしくなったかなぁ、という感じですが。
全国34都道府県で雪が降っているのが観測されたとか。
暖冬気味だ、とかついこのあいだ言っていたのが、この寒さ。
でも、冬は寒い方が景気がよろしいと思います。
とくに今年は、本格的にウォームビズを考えていくきっかけになってくれれば
という期待も持っています。
やっぱ、仙台で借りている賃貸住宅は、ものすごく寒いです。
仕事が忙しく借りたのですが、正直、ここまで寒いとは絶句。
ようやく北海道に戻って、その「住まいの中の」暖かさ、にほっとする次第。
住宅性能のレベル差をまさに実感しております。
ということで、暖かい石垣島の住宅の写真です。
って、まったく、関連していませんが、・・・(汗)。
北海道人は、寒い冬の季節になると南へのあこがれが、より強くなるようで
一時期、冬というと、沖縄に行っておりました。
暖かい地方の住宅を見て、いっとき寒さを忘れていただきたい、と。
しっかりした石積みの塀を回して
そのレベルまで屋根の庇が下がっている寄せ棟、重たそうな屋根瓦というのが
きっと台風のことを考えているだろう、一般的な沖縄住宅の印象。
ごらんのように、門を入って衝立のような壁があり、それをまわって、庭が広がり
そのさきに主屋があります。瓦の上にシーサーが乗っかっているのは
最近というか、ここ100年くらいのことだとか、聞きました。
大体、向かって右側に床の間つきのハレの間があり、左側に台所が配置され、
場合によっては家畜の小屋も隣接している、という形式が多い。
塀と庭が、主屋と同じくらい大切な空間のように感じられました。
きっと半戸外の空間での暮らしが、一年中考えられているんだろうなぁ、と。
庭に面した縁も、開放されていて、
台風の時くらいしか雨戸も閉めないんじゃないか、
というような住まい方。
郷に入らば、郷に従え。じゃありませんが、沖縄ではほとんどハウスメーカー住宅を見ない。
見て歩いてほとんど印象がありません。
全国一、地域性を残しているのが沖縄の住まいだと感じます。
そしてそれが美しいし、暮らし方がわかって、ホント楽しい思いがします。
無個性で、どこにも同じ家がある、という住まいさみしいですよね。 
沖縄の家の地域性が、とても好ましく思えます。