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古民家の木組み

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写真は仙台市郊外の、というか、山形寄りの山中にある古民家内部。
次号、東北版リプランで掲載する安井設計工房さんの事例です。
こういう古民家再生の仕事というのは、
いわゆる「建築作品」としては見方が難しいのだろうと思います。
古民家再生というのは、愛着と伝統的なものへの人間性の発露の部分が大きい。
誰が見ても、こういう古民家の佇まいは圧倒的に美しいけれど、
それを「住み続けることが可能なように」再生させるのは、
そう簡単なことではない。
とくに、温熱環境を現代の考え得るもっとも良い状態まで高めて
建物を外科手術した後、さらに長い年月の時間の中に戻してやるのは
現代の建築技術自体が試されるようなテーマ。
そこには、現代の建築が求めるようなテーマ性、
「近代的自我の表現」というようなものは感受しにくい。
ただし、そういう手足を縛り込んだような状態から、
建築技術者として、もっとも良い建築としての機能性の実現と
それを可能な限り、美しく仕上げたい、という格闘がかいま見えてくる。
伝統を理解し、先人たちに深く思いをいたしながら、
しかし、最先端の技術をそこに織り込もうとする
意志の力強さというような部分が見えてくるものだと思います。
こういう工事でも絶対に手を触れられないのが、木組み部分。
木を、その特性を活かしながら交差させて、あるいは貫通させたり
あるいは組み合わせの断面を考えて構造が持つように工夫する。
丁寧に外していくと、考えられないような断面の組み合わせが表れたりするそうですが、
主体構造に関わる部分は、関与できないようです。
また、縄で緊結させている部位などは、
いったんほどくと、2度と元には戻せないと思われるので、
慎重に状態を観察して、ほぼ既存の状態を保持するのだそうです。
基本的には、大きな茅葺き屋根の耐荷重をやわらげることが、
構造への最大の延命処置と考えられると言うこと。
というようなことなのですが、
しげしげと、そのような木組みの様子を見ていると、
そういう部分に込められた建築技術者としての先人たちの仕事ぶりが
まざまざと甦ってきて、感慨が深いものがあります。
木は二酸化炭素を成長の時間の中で体内に貯え続け、
建築材料になっても、この建物のように200年以上、保持し続けてくれます。
さらに、この再生工事は、その時間を延ばして、
たぶん、100年以上の長い時間を超えて存在し続けていく。
21世紀の今日、建築が求められていることについて、
ある意味ではもっとも直接的な回答を示しているのではないか、と思われます。

防蟻の基礎断熱

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関東以南地域では、シロアリの問題が大きな課題。
わが社に寒冷地住宅の研修に来られた鹿児島の方から、
北海道ではシロアリ、どうしていますか?
との質問を受けて、お答えに窮したことがあります。
まぁ、あんまりいないんですよね。
そういう切迫感は薄い。
これまで基礎を断熱する場合、プラスチック系の発泡断熱材を使用することが
多いのですが、それだと、シロアリの食害が見られる。
って、すごいですよね、あんな工業製品を「食べる」んですからね。
まぁ、正確には食べて消化するのではなく、
その先にあるおいしい木材を食べるために、
このプラスチックの防御壁を「突破」するということなのでしょうね。
グラスウールだとシロアリは食害を及ぼさないようなのですが、
基礎にグラスウールを使うのはこれまで保持が大変だったし、
また、吸水性の問題もあったりした。
最近ではその両方を解決するような、撥水性を高めて、ボード状にした
グラスウールボードも出てきています。
一方で、発泡プラスチック系断熱材でも、問題を解決するモノが出てきた。
このあたり、北海道では取材であまり目にしないので、
たまたま、現場で見ることができて、新鮮に感じました。
今のところ、高価なのでこの現場では、土に接する基礎下側半分に
この「防蟻の基礎断熱」を施工していました。
上半分は通常の発泡プラスチック系断熱材。違いが色でも明確。
以下はメーカーのHPより転載。
防蟻性断熱材は、発泡が困難とされていたエンジニアリング樹脂のポリカーボネートを高倍率に発泡させた商品です。優れた防蟻性や施工性はもちろんのこと、安全性や耐熱性、耐衝撃性にも優れた基礎外張りに最適な断熱材です。
ということなのだそうです。
断熱での考え方は、基礎断熱するか、それとも床下断熱するか、
ということになり、高性能住宅ではほとんどが基礎断熱が採用されます。
こうして基礎断熱が普及していくと、
温暖地でのこのような断熱材の需要が増えていくのでしょうか?
というより、メーカーが数社、こういうタイプの商品を
出荷していると言うことですから、
徐々に、高性能住宅というものが温暖地でも普及しつつある
ということを表しているのかも知れませんね。

和風の建具工事

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写真は先週取材訪問の石巻のお宅。
住宅の性能面でも、気取らないFFストーブでの土間蓄熱型暖房の
想像以上の心地よさにも感激だったのですが、
やはり随所に伺えた、地域に根ざした職人仕事が素晴らしかった。
ちょうど、土間の居間と、畳敷きの居間の境目あたりを
写真に納めたワケなのですが、
欄間飾り、引き戸、窓周りの内側建具など、
ぎっしりの「建具工事」オンパレード。
最近の「新建材だらけ」の住宅とはまったく違う異質な空気感。
まぁ、取材に行く住宅って、
わざわざ、住宅雑誌で取り上げるような住宅と言うことなので、
わたしなどはむしろ、こういう住宅を見る方が多いのですが、
心がけて、数多く建てられる、一般的な住宅展示場などにも行くようにはしています。
そう、みのもんたが宣伝しているようなのも含めて(笑)。
そういうものって、わかりやすく、新建材の組み合わせで作りました、っていう家。
あぁ、あぁ、っていう建材メーカー品で
交渉の結果、こういう範囲内の価格に納めています。
っていうような事情がそのまんま、住宅というモノを構成している。
実際にそういう建物を現場で造っている職人さんの仕事って
想像力を働かせようとしても難しい。
逆に、モデルハウスと銘打っているのに、
びっくりするような仕立ての悪さに遭遇することもある。
まぁ、確かに心を込めていたら、
コスト至上主義体質の中では、仕事はできないでしょうね。
写真で見るような職人仕事って、
わかりやすく、そうした「新建材集合住宅」とまったく違う。
細かい枠の組み方を見ても、それぞれ本物の素材を
手仕事で、しっかりと組み上げて仕上げている。
家って、一番大切な機能は、人間が暮らす感性の「ゆりかご」という点。
一番わかりやすいのが、子育ての場であるということ。
それは「教育」でもあると思うのですが、
その空間に人間の手仕事の味わいがあるかどうか、
結構、決定的な事柄ではないのか、と感じることが多いのです。
こうした手仕事に囲まれた空間の持つ肌触りのようなもの、
ぜひ、こういうことが理解できるような人間に育って欲しいと
親が願い、そのように意識しなければ
そうした子どもの感受性も育ちにくくなっている時代ではないでしょうか。
こういう手仕事の、地域に根ざした製造業、ものづくりが
これからもしっかりと存続していって欲しいものだと思っています。

棟換気・越屋根

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写真は先週行ってきた、新潟県上越市でのショット。
屋根の上に、あきらかに換気用と思われる小屋が乗っています。
これは地方によって、言い方が異なっていますが、
上越で呼び名を聞いたら「越屋根」と言われました。
その後、上州高崎でも同じ言い方でしたので、
まぁ、これが一般的な言い方なのでしょうね。
ただ、信州などでは「うだつ」と呼ぶのではないかと思われます。
よく、「うだつが上がる」という言い方をする場合の「うだつ」で、
家が繁栄してくると、そうやって言うのですね。
古民家などでは、屋根からいろりの煙を外に廃棄する用途だと思われます。
昔は、最初からこれを装置するのが経済的に難しくて
お金が貯まってきてから初めて開けたのでしょうか?
というものなのだそうですが、
北海道ではまず、こういうの、見たことがない。
っていうよりも、屋根自体、フラットルーフという無落雪タイプが
主流になってきているので、このように
屋根にデコレーションを加えるというような発想にいかない。
まぁ、そもそも、暖房の方式が、いきなりストーブから始まった
北海道と、その他の日本の地域、という違いなのでしょうか。
いろりによる暖房、というような考え方があった東北以南では
こういうデザインが見慣れた光景としてあったということでしょうね。
しかし、こうした地域でも一般的に建てられる住宅デザインでは
こういうタイプの屋根は採用されないケースが多いと思います。
一般的には板金屋根で、寄せ棟というスタイルが多いのではないでしょうか?
こうした「越屋根」って、むしろ北海道発祥の
高断熱高気密住宅がその南方バージョンとして、
伝統的住宅建築のひとつの手法に着目して再生させた、という面が大きい。
こうした地方では、夏期の室内にこもる熱気をどう抜いていくか、
という換気対策が、冬場の高気密住宅としての配慮以上の要素になる。
そういう問題の合理的解決策を探ったら、
伝統的なデザインにたどりついた、というところ。
単純に、どうやって開けるんだろうと疑問に思ったら、
スタッフの方が、やってくれました(右写真)。
それ用の長い棒状扱い器で、開ける。閉めるのは勢いよく閉められる。
で、網戸は外側についているので
夏場になると、ほぼ1日中開けっ放しというのが一般的使い方。
太陽光日射で床や壁、室内にこもった熱気が、
上昇気流に乗って、ここから室外に廃棄されるわけですね。
換気の問題を考えるときに、平面的に考えても実際には
それほど換気はうまくいかない、むしろ上下の関係で
空気の通り道を考える必要がある、ということのようです。
温暖化の進行という問題もありますが、
まぁ北海道では、現実的な選択肢に入ってくるとは思えませんね。
なるほど合理的、と思わせられた光景でした。

秋田・久保田城

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秋田には、秋田城はない、って変なんですけれど、
秋田城っていうのは王朝国家、古代律令制国家が
蝦夷との侵略戦争の拠点として造営したもので、
陸奥の国の「多賀城」と並んで語られるべきものなんですね。
位置も、いわゆる秋田市の中心ではなく、むしろやや北方の土崎港の近く。
こちらは近年研究が進んで、発掘や築地塀、門などの再建がなされています。
今回、見に行ってみたかったのですが、
大量の取材原稿整理の山が襲ってきて、
ホテルで、それに取り組まざるを得ず、断念。
写真は、やむなく散歩で行けた「久保田城」なのです。
といっても、この建造物は隅櫓と呼ばれる建物です。
久保田城というのは、戦国が終結して
関ヶ原で日和見な立場を取っていて、徳川家とも緊張関係だった
常陸の「佐竹家」が、左遷されるかたちで入ってきて築いた城。
なので、徳川家に対してひたすら恭順の姿勢を表現せざるを得ず、
また経済的にも厳しかったため、
本丸建築や、石垣造営をしなかった城なんですね。
家が攻め滅ぼされずに領地を得ただけで
良しとせねばならない政治的立場だったのですね。
常陸から出羽・秋田ですから、温暖な地から寒冷な地域へ、
佐竹氏としては苦難の歴史ということになるのでしょう。
それ以前の領主は安東氏。
ちょうど入れ替わるように、常陸に国替えになっている。
まぁ、そういうような経緯での江戸期のスタートになったわけです。
なので、秋田ではイマイチ、城の話題がピンと来ない。
ただし、現在の秋田市はかれら佐竹氏が街割り設計をやって築いた街。
街の中心を流れる「旭川」は、北海道から持ってきた、ワケではなく(笑)、
低湿地だったのを土地改良するために掘り割って作った川なんですね。
こんなような政治的失敗から、
佐竹氏は外交に力を入れて、江戸や京都の情勢把握に努める藩風を作ってきた。
その結果、明治の動乱では早くから官軍側に付いた。
奥羽越列藩同盟には参画せず、薩長側に付いていたんですね。
明治の初年には維新政府は、東北の首府を秋田にしようかと検討していたのだそうです。
まことに東北各地の地域的違いは
こういう歴史的な経緯が色濃く反映しているのですね。
本日は歴史雑感ということで・・・。

みそ煮込みうどん

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きのうは秋田にて取材、その後仙台でオープンハウスを見学後
札幌便最終でようやく還って参りました。
10日からですから丸8日間の旅程がようやく終了。
さすがに疲れがどっと襲ってくる最終便。
体に中にはため息ばかりしかない、状態でのフライト。
還ってみると札幌はうっすらと白い世界。
短時間で、日本列島半分を駆けめぐったワケですが、
さすがに日本は多様な気候風土ですね、ホント。
ただ、昨日の秋田で感じましたが、
日射の量では日本海側と、太平洋側で大きな違いがあって
どんよりと冷たいみぞれの秋田から、
曇天で寒いけれど、やや日射しが感じられる太平洋側へ出ると
やはりほっとできます。
札幌って、そういう感じ方でいえば日本海側の感じなんですが、
寒さがむしろ爽快な透明感で、湿気が雪になってしまえば、
空気感自体はからっとしてしまう、乾燥感があります。
冬場にコンクリート工事をすると、乾燥度が高い、
という地域性がありますが、北海道ではこの冬の乾燥感が特徴なのか?
どっちかというと、四季を問わずドライな空気感が高いかも知れませんね。
あくまでも感覚的なことですが・・・。
写真は岐阜県恵那市で食べたみそ煮込みうどんです。
味が濃いめなので、ごはんもいっしょというケースが多いそうですが、
北海道から来ると、塩味加減はまぁ、こんなものかなぁ、でした。
なので、ごはんはほんの少量で。
うどんのもちもち感はさすがで、ボリューム感はなかなかでした。
写真整理していたら、やはりこんな写真に目が止まって、
とりあえず、こういう雰囲気が恋しくなっているのでしょうか(笑)。
やれやれと、ひとごこちを取り戻しつつある今朝であります、ふ〜。
中身のあるブログは、申し訳ありませんが、明日以降に。

断熱ルネッサンス_2

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先日取り上げた東京ホームビルダーズショーでの展示から。
世界的に省エネルギーというテーマは関心が高く、
いかにして化石燃料や、エネルギー消費を抑えるかが、
建築に課せられた今日的な焦眉の課題。
こういう趨勢の中で、情緒的なデザインだけに
閉じこもっているような建築関係者は、まさに時代が飲み込んでいく。
とくにヨーロッパは、地球温暖化問題へのいち早い対応などでも
世界の流れのヘゲモニーを握っていると感じられます。
そうしたなかでもドイツの「断熱」への取り組みは先進的。
木造住宅の世界でも、木質系断熱材の開発では世界をリードしています。
今回の展示では、RC建築の外断熱用の断熱技術がありました。
コンクリートとガラスは20世紀を主要に規定した建築材料だと思いますが、
21世紀において、そうした建築がサスティナビリティを高めるのは
まさに、断熱技術の向上しかありえません。
このコンクリート建築でもっとも熱橋が発生しやすい部位が、
バルコニーなど、駆体からハネ出す部分。
ここの長期安定的な支持力保持のためには、どうしても
すっぽりと外側から建物をくるむ、という外断熱層が非連続になってしまう。
やむなく断熱方法としては、内側での断熱を工夫するということになる。
しかし、それでは根本的な断熱にならない。
そんな従来の問題点を解決しているのがこの技術。
特殊に開発した素材による断熱材を外側断熱層と連続するように
バルコニー部分と建築本体との中間に施工する。
この部分を頑丈なステンレス鉄筋で構造的に一体化させて
強度を確保し、同時に外断熱の連続性を実現した、というのですね。
同様の考え方のものは別にも展示されていましたが、
どちらもヨーロッパで開発された技術。
けっこうな人だかりができている展示でした。
聞いたら、ゼネコン関係などの開発者などが興味を持っているということ。
日本のゼネコンや建築研究機関って、
こういう部分では確かに先進的に技術は収集し、実験的レベルでは
びっくりするようなこともやっているのですが、
いかんせん、なぜか、実際の建築現場にそういう技術が活かされることが少ない。
こういう企業の研究者たちに熱意が足りないのか、
それとも、経営層の認識が足りないのか、現場がコスト優先体質に染め上がっているのか、
あるいはそれらの複合的な要因なのか、
まだまだ、ヨーロッパの優位性に追随しているのが現実。
たぶん、日本の建築家、意匠性だけにプライオリティを認める風潮が
こういう現実に繋がっているのだと思います。
そんななかでは、北海道の建築家グループはこういう技術にも
端的な理解と興味を示していました。
やはり、寒い地方がこの地球温暖化への対応では
リードしていかなければならないのではないか、
そんな思いが強く感じられましたね。

秀峰富士山

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さて、岐阜県での取材を終えて
名古屋から新幹線に飛び乗って、やれやれとひと眠り。
で、目覚めたら、左手にありましたね、富士山。
新幹線って、もともとは東海道線だけが運転していた時代から
何回も乗車していますが、
やっぱり富士山付近になるとワクワクしてしまう。
日本人であることを否応なく肯定させられる瞬間といいますか、
やっぱりこの山は、一ランク抜けている存在。
北のほうでも、会津磐梯山、岩手山、鳥海山、岩木山、
海を越えても羊蹄山、駒ヶ岳、利尻山、さらには大雪山系など、
すばらしい山々がそびえていますが、
やはり、富士山のすばらしさは単純に感動いたします。
って、しかし、東海道新幹線の中では、ほとんどビジネスマンなので、
富士山って言っても、クールなもので誰も無反応。
カメラを取り出して、なんていう人はいない。
ということで、恥ずかしいので、何食わぬ顔で、ひとりデッキに出て、
富士山に向かって列車の窓越しにケータイのシャッターを押した次第。
ちょうど、右手に傘雲も掛かっていい案配。
晴天が続いて、みごとな山容が迎えてくれていました。
このあたり、昔というか、
わたしたち北海道から来た人間が初めて富士山を見たのも
修学旅行での新幹線乗車のときなので、
格別に思う心があるのかも知れません。
毎日のように東海道新幹線を利用している人たちにとっては
まぁ、ありふれた日常の風景なんでしょう。
しかし、田舎からタマに来るものには非日常体験そのもの。
たまに外人さんがいると、いっしょにうれしがれるのですけど・・・。
今回の出張では、宇都宮からの東北新幹線でも
晴天で、空気も乾燥していたせいか、くっきりと山容を見ることができました。
2方向から、富士山を見られた次第です。
静岡県は当然として、首都圏、埼玉などからも見ることができる。
それはもちろん、関東平野というのが広大だ、
ということもあるでしょうが、
富士山の巨大さを明瞭に理解させてくれますね。
やっぱり、日本には富士山ですね。異議なしです(笑)。

断熱ルネッサンス?

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きのうは東京に戻って、ホームビルダーズショーを見学。
ホテルに帰ったら、脚が棍棒のようになってしまっていました(泣)。
ほぼ、大体の展示を見て回ろうと考えたのですが、
無理でしたね。建材の素材展示などのコーナーは
ざっと見て回る、程度でまわって参りました。
会場では、北海道建築部建築指導課などの出展展示などもあって、
会場内で多くの知り合いと出会い、
日頃のご無沙汰をお詫びするような出会いが多かったです。
そういう意味で、北海道からわざわざ東京に来て、
そんなこともやっているのですから、ちょっと・・・ではありますが(笑)。
会場でやはり目につき、感じたのは、
エネルギーの世界的な不安を背景にして、
かつてないレベルで「断熱」について興味が盛り上がっていると言うこと。
会場内で出会った北海道の建築家・宮崎さんが言っていましたが、
「もう、断熱がわからない建築家は時代に置いていかれるんだわ」
という雰囲気が感じられました。
断熱や省エネというようなブースの展示では
たくさんの人が立ち止まって話し込んでいる様子が目につきます。
そういえば、仙台であった建築家・安井妙子さんから
「チルチンびと」の「暖かい家特集」というのを見せられましたが、
どうも、これまで情緒的な素材使いだけを訴求してきた雑誌なども
必死で転換を図ろうとしてきているのでしょうか?
住宅の雑誌というのも、ある意味では
時代を映し出したり、その時代の読者の興味と同心しながら、
同時にある一定のレベルでは、「よき住宅」についての
方向性を持っていかなければならないものだと思います。
化石燃料やエネルギーの危機がこれほど一般レベルで語られる時代に
建築に関連するメディアが、そういうことから遊離しているというわけには
いかなくなっていくのだろうと思います。
リプランの大きな方向性として、
性能とデザイン、というものがあり、
それが基底の部分で時代の認識と同期化しつつあるのではないか、
そんな思いを強く感じた次第です。
いままで見向きもしなかった、関東以南のマーケットが、
どうやら動き始めようとしている、そんな感じがした展示会場の雰囲気でした。
さてさて、そのように順調にいくものかどうか?

楽しい四阿〜あずまや〜

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日本縦断の行程が続きます。
ということで、昨日は名古屋から汽車で1時間ほどの
岐阜県・恵那を訪問して参りました。
以前から知り合いの金子建築工業さんの社屋訪問。
金子さんは10年前くらいから高断熱高気密に取り組んでいる
本州中部地区屈指の存在。
建材、といっても地域の、東濃の檜を全国に広げていこうという
建材販売の仕事と、工務店支援の要素が強い
「高性能住宅技術の普及」のための実験的な設計施工が業務。
もう11月ですが、日中は13度くらいまで温度上昇。
日射熱も輻射熱として得られて、
からだは汗ばむほどの気候です。さすがに遠州灘的な気候。
こういう気候の中では、高気密高断熱技術も、
そうした条件を織り込んで、基本を踏まえながら、
さまざまなアプローチを行っていくべきでしょう。
金子さんでは、日中の太陽熱をどのように蓄熱させて、
夜間・早朝にどうやって温度を利用すべきか、
いろいろな取り組みを行っています。
ということで、取材がてら、社屋を見学させてもらいました。
で、見かけたのがこのユニークな四阿。
って、読みにくいでしょう? こう書いてあずまや、って読む。
ほとんど、読めませんよね。
まぁ、それは別として、風情がおかしいですよね。
社屋は自然豊かな川沿いの広い敷地に建てられていて、
東濃の森で生産される地元の美しい檜が度肝を抜かれるほどストックされています。
そのストックヤードに隣接して、家づくりの情報スペースが
ゆったりと、これもバラエティいっぱいに展示されていました。
そのなかに、遊び心たっぷりのこれがあるのですね。
川沿いの竹林ごしに川の景色を眺める窓、というか穴も開けられていて
「立って半畳、寝て一畳」的な方丈記の世界が実感できる。
木組みで床面を造作し、竹でマユのように骨組みをこしらえて、
それに土を壁として塗り込んで、壁天井を造り上げる。
その上で、雨をしのぐように屋根をかけた、というもの。
でも、こんな原型的な空間を実体験すると、
家づくりについての、住宅展示場的なステロタイプな観念は吹き飛んでいく。
より自由な発想に転換してもらうには
面白い装置だなぁ、と思われました。
同じものを北海道で作ったら、
冬を越してすぐに、原形をとどめないほどに崩壊するでしょう(笑)。
凍結などで土壁部分がまず間違いなく風化する。
さすが温暖地。こういうものでも存続していける風土なんですね。
しかし中に入って薫風を感じていると実に楽しい。
アタマの保養をさせていただきました(笑)。