
きのうは2日目の新住協総会。
全国の会員からの研究発表に対して、鎌田紀彦先生のコメントが添えられる。
古株の会員の住宅に対しては、かなりの深みの部分での突っ込みがある。
遠慮のない突っ込みなので、傍目にはハラハラもするけれど、
そういった遠慮のない姿勢というのが新住協の真骨頂。
そうなんですね、あくまでも「技術研究集団」というのが基本スタンス。
現在の研究領域で言えば、
暖房と冷房のベストバランスはどのあたりにあるのか、
というのがポイントになるのだと思います。
伝導で考えることが基本になる断熱と比較して
対流や輻射、さらに通風と言った視覚化しにくい領域での
「空気と温度のふるまい」に科学のメスを入れていかなければならないので
くっきりとした姿はなかなか見えづらい。
しかし、こういうことを論議しているのに
ある一定の理解領域がだんだんと明瞭になってくるのも事実。
このあたりは、「いごこちを科学する」というような領域でもあります。
そういえば、わたしどものReplan誌では
東大准教授の前真之先生の「いごこちを科学する」を連載中。
こういった領域での研究がどんどん進んでいくことを期待したいですね。
しかし、やはり鎌田先生の研究姿勢はまことに稀有。
全国の工務店が現場的に作っている住宅建築を
つぎつぎと俎上に載せて、実戦的なテーマにする。
そのうえ、いろいろと工法的な疑問やあやまりなど指摘を受けつつも
工務店の側もしっかりとそれに応えていっている。
よく「産学連携」といわれますが、なかなか実体が伴わないのが一般的なのに
新住協での活発なやり取りを見ていると
その究極的な到達地点だというように思えます。
しかしこのような産学の連携の姿というのは、
他にはまったくといっていいほどに見られないし、
また、アカデミズムの世界ではまったく評価もされません。
研究者の世界では論文発表は評価されても
こういった産学連携は、それを評価する基準すら持っていないようです。
鎌田先生が助教授から教授に推薦されたとき、
論文発表成果に替えて、実際的な活動を
特別に論文評価相当認定としたそうですが、
しかし、広くひとびとの幸せを実現するという点では
むしろ、後者の方こそが大いに評価されてしかるべきでしょう。
さて、当社の方の課題も見えてきて
いろいろと勉強になった新住協総会2014も、これにて閉会でした。
来年の開催地はまだ、未定ということですが、
また、先端的でリアリズムに満ちた住宅建築現場が
全国で活発に進んでいくことでしょう。
メディアの役割としても考えていかなければならないと思っています。
ではでは。
Posted on 5月 23rd, 2014 by 三木 奎吾
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きのうは新住協総会に参加しておりました。
仙台はずっと天気が悪く、きのうは1日梅雨のような天候。
年に一度の総会と言うことで、決算承認・予算承認事項があって、
その後、NPO法人から一般社団法人への衣替えに関しての論議。
組織体として、NPO法人には限界もあって
そういったことがらへの対応として検討されていると言うこと。
その後、鎌田紀彦先生による基調講演。
わたしも、いろいろな建築研究者の方のお話しを聞く機会が多いのですが、
先生のお話はまさに「システム工学」ということであって
日本の基本技術である「木造構法」に対して
具体的な手法、大工さんの腕先から作り出されていくプロセスについて
高断熱高気密住宅という目的に向かって
課題を抽出し、その具体的な解決方法を解明している。
このようなアプローチ手法をとっている先生はやはり特異な存在。
ふつうの建築工学の先生たちは、
どうしてもこの領域に踏み込んでは来ない。
というか、そういったことに意義を見いだせないのだと思います。
研究者としては、学術論文的な成果物がひとつの目標であり、
もっと進んで
「ひとびとの幸せ」を作り出すという目的に鈍感になりやすい。
実現された高断熱高気密住宅のふるまいには興味を持つけれど
ではどうやって建築をそのように実現するのかは見えてこない。
より重厚な断熱厚みを既存の建築技術と調和させながら、
どのように実利的に、コストパフォーマンスも考慮して
現場大工が実現できる技術として完成させるのか、
そういったアプローチ手法がさまざまに試みられています。
さらに、高断熱高気密住宅の実践者が日本の温暖地域に広がって
冷房の領域についての工学的研究が深化してきている。
そういったプロセスで生み出された技術知見を
具体的な各地での実践例報告では具体的にフィットさせているけれど、
そうした事例を題材にしながら、
先生からの解説では、具体的事例についての
「もっとこうしたら、良くなる」というポイントが挙げられていく。
そこで実戦的な知識とやり方が身についていく。
こういった技術研究団体というのは、まぁないと言えるでしょう。
懇親会も総勢240名以上という参加で
会場ははち切れそうな熱気に包まれておりました。
さて本日も、研究発表などが行われる予定。
体調を整えながら、最後まで参加したいと思います。
Posted on 5月 22nd, 2014 by 三木 奎吾
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きのうは新住協総会の開かれる仙台へ移動。
わたしの思い込みによる手違いで、参加登録を失念していた(汗)。
ずうっと前に参加の案内が来ていて、とっくに参加通知を出していたと
思い込んでいた。
どうも、老化があぶないなぁ(笑)。
なんですが、なんとか前夜祭には潜り込むことが出来まして、
鎌田紀彦先生や、たくさんのみなさんと楽しく歓談させていただきました。
お話しが弾んで、すっかり食事を忘れていた。
どうもあぶない中高年ですが、きちんとホテルには帰ってきていました。
ということで、けさ起きたら、猛烈な空腹であります。
ハンパないので、朝食まで待ちきれず、ついコンビニおにぎり。
ということではありますが、
ここんところ、サイバー関係の話題が2題、続いておりますね。
ひとつは、例のPC遠隔操作による脅迫事件の被告による自爆事件。
それと、中国によるアメリカへのサイバーテロでの中国軍幹部の実名起訴。
中国の共産党主導による無軌道ぶりには
経済的な関係を重視せざるを得ないオバマ政権もさすがに堪忍袋の緒がほころんだ。
っていう微妙な状況であります。
一方で、南シナ海・東シナ海での傍若無人ぶりもあぶりだされて
どうも国際的に孤立が際だってきていますね。
アメリカだって人にどうこう言えるような立場ではないと思いますが、
一応は民主主義的な価値観に基づいての建前を取っている。
それに対して、中国の無軌道ぶりは常軌を逸している。
こういうならず者に近い隣人がいるわけで、
安倍政権による「集団的自衛権」についての支持の国際的な環境を作っている。
こうした中国に対して、日本のマスメディアの論調も大きく分かれてきている。
日本の国益重視の立場と、中韓両国への容認的な立場へと
ふたつの流れが明確になって来ているように思う。
国益と個人的自由の範囲決めは、たしかに難しいけれど、
さりとて、尖閣のいまの状況を考えれば、
中国はなにをしてくるかわからない。
たぶん、よりグレーな領域を狙って、仕掛けてくることは間違いない。
サイバー領域での暗闘なども、そういった仕掛けのひとつになり得る。
必要最小限の対応策、準備には必然性があるだろうと思う次第です。
で、一時はえん罪とまで言われそうだったPC遠隔操作による脅迫事件。
被告の致命的な自爆的再犯によって、
人権尊重の立場には、大きな失点になってしまったと言わざるを得ない。
こういうサイバー犯罪にとって、
大きな一里塚が刻印されたように思います。
さて、やや疲労気味ではありますが、
本日明日と、新住協総会、がんばって参加してきます。
<写真は無関係・神楽坂地下鉄駅のしゃれたベンチ>
Posted on 5月 21st, 2014 by 三木 奎吾
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土曜日午後の「神楽坂」で見掛けたジャズカフェです。
こういう無国籍文化が、キッチュなまんまで黄昏れている雰囲気(笑)、
やばそうであります。
で、ふとなにやら1950年代風の音楽が街に流れている。
振り返って、その音源の辺りを見回すのですが
どうもそれらしき発信源を確認できませんでした。
しかし、この写真の店、こういうたたずまいのままに
2014年の時空間に存在し続けているのは、いいですね。
バタ臭いけれど、オヤジっぽくて、
不良になりたくてなれないままに、善良仮面の下で
バーボンなんかに酔ってみたいと願っているような中高年の心情。
そういったないまぜのたたずまいが、そのままかたちになっている。
店の前の柱には、「ジャズライブ」のお知らせチラシが貼ってある。
なんという場末感。
でありながら、神楽坂というジャパネスクな街の名。
そういえば「神楽」なんだから、ジャズには縁もあると言えるのかも。
日々の肉体労働に疲れた体に、
独特のリズムとリリシズムで訴求していった黒人霊歌が
ジャズの成り立ちだと言われますが、
神楽というのも、日本的農耕社会での開放空間としての神社境内で
集ってくるひとびとに肉体表現の共感をベースにして
さまざまに「物語って」くれた文化現象だったのでしょう。
東京という、異文化を継続的に受け入れ続けた場所には
こういったバタ臭さを吸収する磁場があるように思います。
さて、本日からは仙台にて新住協の全国大会。
前夜祭から始まる3日間です。
で、そのあと来週早々火曜日には、住まいと環境東北フォーラムの
年に一度の総会。
ということで、わたし、しばらくの間は
札幌を離れて、東北その他にいる予定であります。
と思っていたら、ちゃんと出張中のお仕事も飛び込んできて
ずっとパソコンで通信しながら、進めなきゃならないようです。
ということで、8日間の予定で行ってきたいと思います。
やれやれがんばるぞっと・・・。
Posted on 5月 20th, 2014 by 三木 奎吾
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写真は、先週の東京出張の折に訪れた
住宅評論家・南雄三さんの「スケッチ展」の会場であります。
神楽坂というのは、地下鉄東西線で、飯田橋と早稲田・高田馬場の中間。
中沢新一さんの「アースダイバー」縄文期江戸地図によると
湾入してくる海に陸地が面しているような位置にある。
縄文の遺跡もあるようです。
わたしは、だんだん東京のなかの「地方性」発見が趣味化しています。
もともと東京に住んでいたことがあるのもありますが、
まことに現代的な資本主義文明が覆い尽くしているなかに
「風土性・地方性」がそこここに顔を出しているのが、面白く感じる。
本来の「地方」、わたしが住んでいる北海道、札幌は地方ではありますが、
地価や賃料レベルがあまりにも低いので
むしろ開発と大資本主義の勝手気ままな展開が顕著で
本当に鄙である住民たちも、むしろそういう「どこにでもある」共通文化性に
強く憧れる心理の方が強くなってしまう。
江戸期に、気候風土が温暖地日本とはまったく違う会津において
それでも小堀遠州流の大名庭園が造営され
華奢な建築が雪の重みに耐えきれず、
江戸期を通じて何十回と再建築され続けた、という事例がありますが、
そういった「都と同一化したい」願望の方が日本の「地方」には多い。
もと「都」である関西・京都、あるいはその周縁地域は別にして、
こういった風潮にあるのが、日本の地方の実態だと思う次第。
そういうなかで、むしろ東京の中では、
それぞれの「地方」というか「地域・街」が、本来の「地方性」を維持している。
たしかに交通移動の過程で見られる表面的な部分は
「どこにでもある」側面が強いけれど、
そのちょっと周辺部には、底堅い伝統的価値観が存在している。
そういった部分を発見するのが面白くなっているのですね。
わたしは中沢新一さんの「アースダイバー」は最近知って読み始めたのですが
ちょっと違うけど、よく似た気分を持った著作だとびっくりしている。

で、神楽坂であります。
東京に居たときには、まぁ1度か2度、通りかかったくらいですが、
たぶん、料理屋さんで会食した記憶があるくらいですが
今回、南さんのスケッチ展と言うことで
街を感じさせていただけた次第であります。
なんといっても、会場の古い家がいい。
さすが南さんらしい選択であります。
でもまぁよくこういう古民家、昭和初期だそうですが
残っているものであります。
北海道では見掛けることもない樹木が、バランスよく縁取って
瓦屋根、真壁・塗り壁仕上げの外観を彩っている。
絵の素晴らしさも格別でしたが、
この雰囲気の素晴らしさにしばし、感嘆させられておりました。
たたずまいが、素晴らしいですね。
「神楽坂」という地名が、すんなりとカラダに入ってくる気がしてきます。
Posted on 5月 19th, 2014 by 三木 奎吾
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きのうまで東京出張しておりました。
昨夜遅くに帰って来たのですが、
関東が半袖の気候なのに、こっちはコートが必要なほどの寒さ。
寒暖の差に愕然とさせられますね。
出張の間の移動時間は、貴重な「読書時間」。
読書を出来る時間というのは、常に眠気との戦いであって、
日中の活動時間で読書に宛てられるというのは
こういう出張時の飛行機などの待ち合わせー搭乗時間が一番密度が濃い。
で、最近は学術系の歴史書などを読むことが多く、
それにある程度、読文意識が慣れてきていた。
ところが今回、たまたま間違えて違う本を持ってきてしまった。
司馬龍太郎さんの「播磨灘物語」であります。
「ありゃ、間違えたなぁ」というところですが、
若い頃には、なんべんも読み返していた愛読書です。
ひさしぶりに、読み始めてみた。
適当なところからページをめくって
「あ、ここか、そうそう、こういう展開だったよな、で、次は・・・」という
勝手知ったる状態で読み始めたのですが、
読書というのは、やはり面白い。
若いときには読み飛ばしていた部分でも、いま読み返してみると
文意の底の意味が、まったく違うかたちで浮かび上がってきたりする。
そして、筆力というか、文章力のすばらしさに
あっという間に、没頭させられてしまう。
なんなんでしょうね?
歴史小説作家としての構想力であったり、構成力であったり、
なによりも人間観であったり、というような
さまざまな人間の興味の引き出しがどんどん開け広げられていって
作家との対話、物語主人公との対話が活発に頭のなかに充満していく。
ある没入的集中力が沸き立ち続けていくのですね。
こういうこと全体が「面白い」ということなんでしょうが、
久しぶりに読んでみて
司馬遼太郎さんの眼力・筆力の確かさに圧倒される思い。
読みつつ、まったく頭の一部が小説世界での領域に浸っている感覚がする。
そうなんですね、こういうのが読書の最大の楽しみですね。
すっかり読書の興奮を思い出してしまいました。
結局はやはり、文章力ですね。
う〜〜む、すごい。
Posted on 5月 18th, 2014 by 三木 奎吾
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パッシブということを考えていくと、
ドイツというのは、日本で言えば秋田県のような冬を持つ地域。
とにかく冬場の日照はほとんど期待できない気候になっている。
そうすると勢い、ひたすら断熱の強化という方向に向かわざるを得ない。
その過程で実現していく、たとえば窓の高性能化などや
断熱基準の高さなどは、大いに注目していくべきだと思うのですが、
しかし、ドイツの考え方をそのまま取り入れて、
金科玉条とする、とか、「世界最高水準」というように言うのも、疑問を感じる。
というのは、やはり気候条件が世界中でそれぞれ違いがあるからであり、
なにより日本は、大部分の地域で
冬場でも豊富な日射取得があるという特徴がある。
ドイツはそのうえ、国中の気候条件の違いがそれほどなく、
ほぼ同一の気候条件のなかにある。
そういう条件下で、世界最高水準の工学的レベルの工業国が
全力を挙げて断熱に絞って強化する方向性を打ち出している。
ひるがえって、日本では気候区分がいまの基準でも8地域に別れている。
そして、ヨーロッパのように乾燥した夏ではなく、
たっぷりの蒸暑の夏を持っている。
このような気候の違いを考えに入れて「パッシブ」を考えていかなければならない。
そうするとおのずと、太陽とどう対話していくかということが緊喫の課題。
冬場に太陽光をどのように上手に取り入れていくのか、ということと、
一方で、夏場にはどうやって日射遮蔽していくかが重要。
で、北海道であります。
北海道は日本が相手にしてくれない中でも(笑)、
ドイツにも先駆けるようなかたちで断熱基準を、ほぼ独自のように
地域として定めるよう、日本のなかで運動してきた。
現状の断熱基準(規制基準ではないけれど、ほぼ常識的基準になっている)
において、Q値が1.6というレベルを保ってきた。
しかし、そういう断熱の基準は高いけれど、
片方の「遮熱」ということは、あんまり考慮されてこなかった。
夏であっても、遮熱しなければならない期間が少なく、
むしろ民族的な気候経験である「暑さ」を心待ちするような心理を持っていた。
夏の北海道で猛暑が来ると、
みんな半分はうれしそうに「暑いね〜(笑)」と会話するのが
常だったのです。
そういう状況が、温暖化の猛暑の夏が続いてきて
やや反省の気持ちが出てきていると感じます。
しかし、写真のようなたっぷりの軒の出、日射遮蔽デザインは
あまり一般的ではない。
必ずしも、日本の場合、パッシブに
全国共通の物差しを当てはめることが現実的とも思えないけれど、
しかし、いろいろな基準化の動きの中で
北海道の家の日射遮蔽への鈍感さが、あげつらわれるようになる可能性も
やや感じる次第であります。どうなんだろうか・・・。
Posted on 5月 17th, 2014 by 三木 奎吾
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わたしは、あんまり住宅についての「こうしたい」ということ
欲望のようなものがやや希薄になってきています。
やっぱり家は本来的には、DNA的に子孫の保護育成ということが
もっとも大きなことなのではないかと思う次第。
先日も、パッシブ的な志向性を持った住宅の建て主さんと話していて
どうも「断捨離」的な、シンプル志向というのが、
現代人の住宅に対する志向性ではないかと思われたりもしています。
最近のいわゆる「モダンデザイン」って、
コルビジェさんのような近代科学精神、合理精神の発露というよりは
むしろ、兼行法師さんのような心境、
いや、鴨長明の方丈記のような、そういった簡潔さに憧れる心理を感じる。
そんな心理にも通ずるような感覚がありまして、
たとえば食についても、カミさんのダイエットという事情もあるのですが、
ほとんど欲を断つ、というような趣向傾向にあり、
着るものは、着飾るというような心境には到底なく、
っていうような生活心理に至っております。
なにやら、近々、仙人生活にでも移行しそうなシンプルぶりなのです(笑)。
まぁ、おおむねの中高年というのはそんなものなのでしょうが、
わたしの場合、ようやくそんな心理が近づいてきた感じ。
なんですが、
一方で、事務所兼用住宅のなごりとしての広大な事務所スペースを
最近、楽しみながら整理整頓をしつづけています。
個人的な趣味生活を明瞭に表し、
忙しくてまだまだ読破していない本の背表紙をみつめている(笑)。
「あぁ、この本も、この本も、まだ読んでいないなぁ・・・」
とためいきしながら、でもかえって楽しめるのですね。
ヘンな心境に陥っているものと呆れますが、
でも、やっぱり環境を整えていくというのが、
そういう自分の理想に近づく一番の道であるともわかっているのですね。
人間、かたちから入っていくというスタイルも絶対にある。
建築はそれを使う人の「用を満たす」ものであるのは論を待たないけれど、
一方で、こうなりたいというかたちを実現することで
「こころざし」を実現も出来る。
そのように自分を持って行くということも言えると思います。
やむなく広大である自分だけの城空間を
徐々に、想像力を盛り上げる場所に仕立てていきたい。
アナログとデジタルの混淆林のような現代の「書斎空間」について
いろいろ挑戦的に空間想像力を掻き立てたいと
試行錯誤しています。
考えてみると、個室をはじめて持った15歳くらいの頃から
ずっと、自分だけの空間、というものはどうあればいいか、
考え続けてきたとも思う。
むかし、日本人は鶏小屋に住んでいると欧米から批判されていましたが、
たぶんいまや、日本人は人口減少もあって
寒々しい大空間に、小家族あるいは、孤独に住んでいる。
あ、わが家はそこまで寒くはありませんが(笑)、
こういう状況の中で、小さな生きていく幸せのかたちを考えても見たい。
そんなドンキホーテのような気力をたぎらせています(笑)。
Posted on 5月 16th, 2014 by 三木 奎吾
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きのうは東大工学部准教授の前真之先生を迎えての
次号Replanの記事取材に立ち会っておりました。
北海道の住宅建築界にはさまざまな試みを行っているみなさんが多く、
そういうなかでもきわめてユニークな活動を行われている
潜熱蓄熱を活かした家づくりを進めている石戸谷先生と、
その住宅を実際に設計しているフーム空間工房の宮島豊さんのコンビが建てた
住宅を舞台にして、活発な論議をしていただきました。
ドイツパッシブハウスという運動が
世界的にさまざまに広がりを見せてきている中で、
前先生には、北海道のこれまでの住宅性能の向上の努力の軌跡を
正しく認識していただき、今後の先生の研究活動に
大いに活かしていただきたいと期待しています。
ということなんですが、
会場を2箇所に移しての取材だったこともあり、
実はスケジュール的には、きわめてタイトな日程になってしまいました。
正午に落ち合ってから昼食、2箇所の移動と対談ということで、
終わったのは午後6時過ぎ。
その後、いったん東京に戻られると言うことで
札幌駅までお送りいたしましたが、
さすがに工学部の先生であります、わたしのクルマに鋭い指摘(笑)。
クルマの産業というのは日本を代表する産業であり、
その「研究領域」全般への興味は、強く持っていられるようです。
いきなり車輪から伝わってくるクッション性について
面白い突っ込みをいただきました。
っていっても、わたしにはほとんど宇宙語でして、
良く理解不能でありました(笑)。
聞くと、さすがにその領域については専門ではないけれど、
クルマ雑誌などは大好きで、ものづくりの観点から
「どうつくるのか」ということについて、飽くなき研究心が沸いてくるようなのです。
「面白い」ということについても、
工学的研究心が基本であって、その趣味的発露もそのようになるんだとか。
そういうものかと、こちらはそういうことに面白みを感じさせられます(笑)。
まぁそれにしても、
長時間、お付き合いいただき、感謝であります。
この取材の模様は、Replan北海道(6月28日発売)
Replan東北(7月21日発売)の次号にて発表させていただきます。
一般のみなさんにとって、
若干むずかしい部分はあるかと思いますが、
論議している中身は、高額な投資になる住宅建築にとって
きわめて有意義な内容であると思います。
昨日取材させていただいた「建て主」さんも、建築家と話し合っていくプロセスで
生き方までも変わってきたと述べられていましたが、
いわば「生きていく価値観の再構築」まで、
住宅建築技術というものは関われるのだと、再認識もしました。
ぜひお読みいただければ幸いです。
Posted on 5月 15th, 2014 by 三木 奎吾
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<Wikkipediaより抜粋>
六花の森
事業主体 六花亭
設計施工 大林組
敷地面積 10ヘクタール(うち緑地面積8.5ヘクタール)
開館開所 2007年9月
所在地 北海道河西郡中札内村常盤西3線 249-6
「三番川」、百瀬智宏作品館、坂本直行記念館
花柄包装紙館、サイロ五十周年記念館 ハナマシ群生
六花の森(ろっかのもり)は。六花亭のメセナ活動により誕生し維持されている
広大な風景式庭園である。正式名は六花亭中礼内ファクトリーパーク。
小川や湿原など嘗て存在していた自然風景を再現した園内には、
クロアチアの古民家を移築した美術館が点在する。
北海道帯広市に本社を置く六花亭が中札内村に製菓工場を新設するにあたり、
その10ヘクタールの敷地である荒れた耕地に
河川(三番川)と河畔林と湿地および水辺の植生を再生し
ナチュラルガーデンとして整備するという、1997年2月に始まった
「終わりのないプロジェクト」とされるランドスケーププロジェクトである。
ランドスケー プ設計および施工は大林組が担った。
この六花亭、大林組、中礼内村による「六花の森プロジェクト」は、
日本建築学会賞(業績部門)、
ならびに日本建築美術工芸協会AACA賞特別賞を受賞した。
という施設で、前から興味はあったのですが、
この連休にはじめて足を向けてみました。
好天に恵まれて、ガーデンの様子はすばらしく花咲き乱れていました。
わたしが一番興味を持っていたのは、
「クロアチアの古民家を移築した」というように言われている木造建築群。
で、写真はその正面写真であります。
クロアチアって、東部ヨーロッパで、ロシアから独立した
というようなくらいしか知識がなく、さてどんな家なんだろう、と
ワクワクしてみてきたわけですが、木造建築ではありましたが、
どう見ても、古民家の木材を解体して輸入しました、
というようなことが実態だろうと思います。
材料素材の古びようは、なかなかに味がありますが、
「クロアチアの古民家を移築した」というのは誇大広告。
その意味ではちょっと残念でした。
なんですが、ガーデニング修景のなかに味わいのある質感を漂わせる
木造建築群は、やはり悪くはない。
なにより、六花亭さん、工場新設に当たって、
こういった周辺地域への配慮を行うあたり、すばらしい。
北海道は観光立国してきた側面がありますが、
そういうなかで、スイーツ・お菓子という産業は確実に育った。
そういった企業として、今後の成長戦略として
どのような方向性を打ち出していくべきなのか、
大きな示唆に富んでいると思いました。
Posted on 5月 14th, 2014 by 三木 奎吾
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