
打ち上げをやって約10日ほど、昨日22日、リプラン北海道版、印刷アップしました。
今回の特集記事は、「木」。
取材も北海道全域から東北各地まで、いろいろな事例・住宅を通して、もっとも人間の肌に似た素材・木の語り尽くせない魅力をさまざまな角度から掘り下げてみました。
けっこう、自信いっぱいの特集です。
その他、家づくりに参考になる記事が満載。優良なビルダーの家づくりをナマで伝える住宅実例がてんこ盛り。
家づくりでいちばんポイントになる建築会社選び。カタログみたいなのから選ぶ、というのはお勧めできません。
一生になんどもない機会です、しっかり吟味して信頼できる会社と巡り会っていただきたい。結局、ものづくりへの情熱とか、家づくりのポリシーの部分、熱意という部分が建築会社も一番大切。
カタログ雑誌では、たぶん商売がうまいだけの会社ってのになってしまいかねません。ぜひ、情報の中身も選んで欲しいと願っています。
北海道内の書店店頭で、9月25日以降、お買い求めください。
その他地域の方は、リプランHPにて、通販もやっています。
左は、札幌地下鉄で9.25から1週間掲載される額面ポスター。
Posted on 9月 23rd, 2005 by replanmin
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ということで、津軽から古民家つながりでカナダへ。
って、ちょっと強引かなぁ。まぁいいでしょう、許してください。
weblogはじめると、記憶だとか印象だとか、写真のイメージが決定的だということに今更ながら気づかせられます。
写真を思い出すとどんどん周辺的なことが記憶から再生されてくる。ちょこちょこ書いている欧米住宅のことも写真が出てくれば、記憶がすっきりしてきます。なので探し出してきました、デジカメ以前の写真。スキャンしてデータに。
もう7年前になりますが、建築関係の輸入業者さんが「カナダいっしょに行きませんか」って、誘ってくれました。
ちょうど住宅のコスト研究で、北米と日本の住宅価格の差異に驚かされていたところだったので、二つ返事で行くことにしました。団体みたいなツアーじゃなく、かれの商用に同行する形だったので、ナマなビジネスのやりとりも接することが出来たという意味でも、いい体験だったのです。
で、写真はそのとき訪問したカナダ内陸の人口30万ほどのサスカツーンという街の、開拓当時(いまから百数十年前)の民家で、リフォーム(英語ではレノベート)された家です。周辺の環境はもともとの緑地に加えて、歴史を重ねる毎に植樹され、ほんとうに森の中のよう。街を見下ろす高台の初期住宅街で、外観デザインは当時のままに残して、内部を暖かく快適な環境に改造し、インテリアも現代生活のここちよさを実現しています。
間違っても、この地域に似合わないおかしなのを建てようと考える人はいないそうです。
たかだか、2百年くらいの歴史しかない国が、もう自分たちのアイデンティティを保存しようとしている。そして住宅性能としては、現代の最先端技術できちんと、これからも使い続けられるレベルにしているのです。 住宅のユーザーと、建築の技術レベルが相まって、質の高い住宅が残されているわけです。
北海道は別としても、歴史のある日本。
こんなのに負けずに頑張りたいところですよね、ホント。
Posted on 9月 22nd, 2005 by replanmin
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きのうに引きつづき、ふたたび津軽、弘前。
写真は仙台と山形のほぼ中間くらいにある「みちのく公園」に展示されている津軽の古民家。
この住居のあった弘前市は、津軽平野の南端付近で冬季には偏西風と混じって雪が横なぐりに吹き付ける厳しい気候の土地で、また豪雪地帯。この家は、馬屋を土間のすみに設けたまっすぐな平面形。座敷前には「げんかん」と呼ばれる屁を突き出している。座敷側の出入り口「げんかん」から入ると、「じょい(常居)」があり、その奥に「ざしき(座敷)」があります。(案内文より)
豪雪地帯らしく屋根の頂部には雪割りの工夫も見られます。ほかの東北古民家との違いは、突き出した「ひさし」部分。これはどう考えても「風除室」。家の中と外の中間に外部の土間空間を作って、体についた雪を払うためのスペースだったのでしょう。同じ北国に暮らすものとして理解できる、厳しい冬の生活の工夫だと思います。
展示では写真右側のようなねぶた飾りが目を引きます。
津軽の色彩感覚・造形感覚はねぶた祭りに集中的に表現されていると思いますが、そのまた先には、棟方志功さんの表現世界がほのみえてきます。「わだばゴッホになる」と宣言して東京で絵画を勉強した棟方志功からは、ねぶたのイメージが感じられます。かれが東京で赤貧時代に描いたふすま絵を、大家は破り捨てたそうですが、その大家さんは、現在の東京芸大のOGだった、という逸話も残っているんだとか。
この、雪に立ち向かい暗い冬を堪え忍ぶ伝統的な家・暮らしと、
いっぽうで極彩色で生命感に満ちた色彩・造形感覚の内面世界。
なんともいえない奥行きが感じられて、
わたし、津軽、ディープに好きです。
Posted on 9月 21st, 2005 by replanmin
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弘前にはじめていったとき、地元の建築家・佐々木さんに駅前の津軽三味線と民謡のライブの店に連れて行ってもらった。
ド派手な舞台の緞帳に描かれているのは、ご存知・岩木山。地酒をあじわいながら、若い人からベテランまで、高々と高唱する津軽の唄に聞き入ります。はじめはやや堅い雰囲気の客席も、酒が回るにつれて手拍子も出てくる。
パリで昔行ったシャンソンの店の雰囲気と似ている。きっとアメリカ南部のジャズハウスもこんな感じなのだろうか。
若い年代の人たちが、この津軽の文化に可能性を見いだして、どんどん取り組んでいる、というのがもっとすごい。
音楽としても、まだ可能性を追求できる部分がきっと見えているんでしょうね。
だんだんベテランの出演になってくると、くっきりしてくる力強い三味線、津軽人の風土を思い起こさせる声楽。
はじめ、ド派手と思われた緞帳も、津軽ねぶた絵と重ね合わせて理解でき、盛り上がる会場全体から誇らしい「津軽」が感じられてきます。
この店、ライブハウス山唄は、気軽な居酒屋であると同時に、津軽の唄を志す地元の音楽家にとって発表の場であったり、研鑽の場であったりしています。店主であり、津軽民謡のバックボーンでもあった山田さんが最近亡くなられたそうですが、引き続きがんばっています。
残念ながらこういう文化は、北海道はまだないかなぁ。
まだ若すぎるかも知れないが、かろうじてヨサコイが年輪を重ねれば、という感じだろうか? しかし、あれはねぶたとは対比できても、音楽要素・絵画要素はあまり感じられない。イベントとしては育つかも知れないが、地元に根付いた総合的な芸術までは高まっていかないと思われる。なかでは江差の追分は面白いんだけれど、札幌はなかなかなぁ・・・。
津軽は、戦国期、盛岡・八戸という南部に対して独立戦争に似た戦いを経て成立した地域。そうした歴史体験がこうした文化の下敷きになっている印象がある。その重さが愛着につながっているんでしょうか。
羨望の思いでハマった、津軽・弘前でした。
Posted on 9月 20th, 2005 by replanmin
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写真は以前行ったアトランタの高級住宅。冬に行ったのですが、それでもほとんど森の中というようなたたずまいの中に、広大な敷地の邸宅が点在している印象。だいたい判で押したように同じような都市景観が、同じように展開しているのが欧米高級住宅の印象です。
いくつかのポイントがある中で、もっとも基本的なのは「自然環境との調和」。海であれ、川であれ、水辺というものがあったらそれを建物からの重要な視覚要素に取り込もうとします。新興の開発住宅地の場合、なければ作ってしまえと池を掘ったりまでしている例がありました。高い順番はその池からの距離の応じているという明快さ、でした。
この写真のように森が豊かにある場合はその自然なりの起伏や、環境全体をなるべくそのままに保存しながら住宅の街割りがされています。1区画あたりの面積が1000坪は下らないほど、ではありますが。
建物のデザインは、基本的に傾向が決まっていて、いくつかのパターンに集約されるので、街並みとしての視覚的ここちよさが配慮されています。アメリカの場合、住宅のデザインブックが安価に売られていて、多くのユーザーはそのパターンから選ぶ、というケースが多いのもありますね。
多くの場合が建て売りなのでそのデベロッパーのセンスが問われるところ。注文で建てる場合も、外観など基本的な点では、そのパターン内で計画されます。
日本の「高級住宅」、って、こういうわかりやすさは見えにくいですよね。
Posted on 9月 19th, 2005 by replanmin
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札幌と東北を行ったり来たりのここんとこ。
むかし、って45年前くらい。そのころは札幌からの飛行機って、搭乗すると私の父は北海道新聞に名前が掲載されていたんだそうです。それが兄たちの数少ない友達への自慢だったって聞いています。
それだけ珍しかった、あるいは場合によっては決死だった、ということのようですね。
時代も変わって、いまは通勤電車に乗るのとたいして変わらない時代。
仙台の空港もすっかり慣れた風景になっています。この空港、まぁ千歳と比べると小ぶりで親近感がわく建物。
ガラスとこのスチールパイプのような構造が顕されていてシンプルな印象。
この場所はチェックインが終わってからの待合い。だいたいが疲れ切っていて、こんなアングルでぼーっと中空を見上げている。ほとんど何も考えられない、つかのまの休憩時間。
夜になると独特の雰囲気が出てきて、わるくはない。
全体に曲線を多用した建物で、エントランスも曲面の屋根が特徴的です。全国の空港の中でもシンプルで使いやすい方の空港だと思います。体力勝負の羽田の歩き時間の長さには閉口しますよね。
疲れって、結局移動した距離に二乗するものなんだそうで、やっぱ、歳ばっかりじゃないんだと自分に言い聞かせて、「よいしょ」と重い体を動かせております。 ふぅ〜。
Posted on 9月 18th, 2005 by replanmin
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きょうから3連休。きのうまで月曜が休みと気づかなかった。
家族とでかけたり、のんびりしたいと考えています。ということでテーマ休題。
わたし、あんまり酒は飲まないもんで、早朝散歩が趣味です。
夜ぐだぐだと飲んでいるより、あさ、すっきりと外気を深呼吸している方が気持ちいい。
出張に行くといろんなところを散歩できるのが最上の楽しみ。
能代、って秋田県北部・日本海側の街で、海からの風が強いところなので防風林を歴史的にながく植えてきて、それが日本の自然百選にも選ばれています。
で、街中の小学校の塀にこんなイラスト看板。
おもわずにんまり。学校のまわりに駐停車しないで、という案内。こんなかわいいのがあると、なかなか違法駐車はできにくい。
コミュニケーション、いつもこうだといいですね。
この日は二日酔いの頭が、散歩の汗と、この看板のユーモアですっきりしました。
Posted on 9月 17th, 2005 by replanmin
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零細企業では社長が何でもやる。
ということで、私は主にMacのコンピュータメンテナンス、担当しています。
きのうはほぼ1日、マシンの環境移動にともなういろいろなメンテナンスをやっていました。その間も来客があったりで、集中するのも難しいんですけど。
わたしコンピュータ扱いはじめたのは8年くらい前から。ちょうどパソコンで仕事をする・DTPを始めたとき、これはトップが直接知識を持たないと、と考えてから。
その前までは、ワープロもようやく打てるようになった、くらいだったんです。
でも人間、切羽詰まるとできる。
見よう見まね、はじめはDTPの先輩企業から毎月の講習料を払って教えてもらいながら、必要な知識を吸収しました。
全然違う畑に飛び込むと、けっこう刺激になって、おもしろみはありますよね。
おかげさんで、まぁトラブルがあってもある程度は、そう見当違いではない推定が利くようになってきたと思ってます。
前もふれたように、ことしはまたDTPの変革期。札幌でも一番はじめくらいの位置で、現在MacOSX利用の環境に移行しつつあります。
当然のようにいろいろなトラブル、未体験ゾーンが続くんですけど、やっぱり自分の肌で体験していくと、間違いのない判断力がそのうち出来ると思うんです。
中年おぢ、パソコンがんばってます、でした。
Posted on 9月 16th, 2005 by replanmin
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きのうの「サルベージショップ」の続きです。リプラン誌面ではあまり大きな扱いではなかったのですが、これからの住宅建築の方向性の中で、これはけっこう大切な部分ではないかと思います。
環境問題が大きなテーマになってきて、ライフサイクルCO2(ものの原材料から生産・存続に要する全プロセスでのCO2の貸借対照という考え方)の見方から、住宅建築も見直されるようになってくるとき、いつまでもスクラップ&ビルドだけを繰り返していていい、とはならないと思われるからです。
以前はいわゆる「ミンチ解体」といわれるやり方で、住宅を構成するすべてのものを細かく砕いて一括して産業ゴミとして処分できたのですが、いまは細かく仕分けて「分別」しなければならなくなっています。コンクリートであれば鉄骨とコンクリート本体に分ける、木材とアルミなどのサッシ類もきちんと仕分けるなど、実際に見ているとわかるのですが、ものすごく経費がかかるようになってきているのです。
まぁ、当然ですね。
ウチの事務所の道路を挟んだ向かいに春まで建っていたRCの社宅が、ことし春から解体され、それが夏からマンション新築工事になったのですが、なんと解体に要した時間だけで3ヶ月。毎日のようにウォッチせざるを得なかったのですが、確かにすごいことです。総建築コストの中で、こうした解体に要する費用ってものも、たいへん大きなものになって行かざるを得ません。
そして、そこまでしてすべてやり変えることが、倫理的にも許されるのかどうか、微妙になってきた。
写真はきのう紹介したサルベージショップの続き。
ローマはギリシャの材料で作られた、っていう話があるそうですが、右側のレンガなどのように、時間を経るほどに味わいが出る素材の場合、たしかにそのほうがいいでしょうね。しかし一方で、経済としてみたときの合理性は、依然としてスクラップ&ビルドが圧倒的に有利。
このふたつの考え方の間で、住宅建築はこれからゆれ動いて行くのだろうと思います。
どちらにせよ、これからはリフォームの魅力の向上が求められるということには変わりがないだろうと思います。結局ユーザーが結論を出す問題なのでしょうが、「もったいない」ということから、リフォームを選択することに大きな魅力がある、ワクワクたのしく選択出来る、というように意識を変えられるのか、それが住宅を造る側にこれから求められるようになることだけは、確かなような気がします。
やっぱ、わかりやすいのが「劇的ビフォーアフター」なんでしょうね。
Posted on 9月 15th, 2005 by replanmin
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きのうフィンランドの写真を掲載したら、わかい人から面白かったという声をいただきました。わかりやすい建築のおもしろさ、ということでいいと思います。
ヨーロッパの人たちって、古いものへの愛着がすごくありますよね。
っていうか、日本以外では「オールド」というのは世界共通の価値観だと思えるほど。時間を経過してきたものはそれだけで十分に価値があると考える。家も立派だけではダメで、そのうえ「古く」なければイマイチみたいな感じがあります。それは「十分に手が加えられている」ということなのかな、とも思います。
ウチの雑誌では外国人のカメラマンとも契約していて、かれがヨーロッパ取材の時に、そうした「古いもの」を売っている「サルベージショップ」を取材してきてくれたことがあります。この写真がそうなんですが、都市の郊外の広大な敷地に、古くなって壊された家から丁寧に解体したあらゆる建築材料が集められて、これらを再利用して住宅に使おうというひとたちが購入していくのを待っているのだそうです。いかにもサルベージという語感が、ぴったり。
日本でもようやく最近、古民家が見直されてきていますが、こうした流通の形式までは育っていないので、本格的なものにはなっていない。こんな風になると、きっと古い建材を使って「自分で」家づくりしようか、とまで考えるようになるのでしょうね。
こういう流通手段が、古いものへの畏敬の念に基づいて成立している、というところにかれらの住宅文化の奥行きを感じるのは、わたしだけでしょうか?
Posted on 9月 14th, 2005 by replanmin
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