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近隣MS建設計画

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近隣に計画中というマンション。
町内会からは何回か進行状況についてのお知らせが来ていましたが、
とんと事業者側からは連絡が来ない。
そうこうしているうちに町内会から回覧が来ていたのを
確認し忘れていて、見ていませんでした。
で、はじめて連絡書を見たのが「打合会」当日の午後3時。
打合会なるものは、1時から4時までというように書いている。
とはいっても、書類の日付が4月29日で、5月2日の開催というスケジュール(!)。
29日は祭日ですから、考えてみたらすごい日程ですね。
たまたま当日はスケジュールが空いていたので、時間は遅れましたが、行ってみました。
町内会さんから、期日未定の段階で、ぜひ来てくださいと念を押されていたのです。
行ってみるとこの会の趣旨もはっきりしない。
建築事業主に対しては、再三町内会側の希望として
「説明会」を開催して欲しい旨、申し入れているけれど
そういう全体的なことはしない、あくまで個別に説明して歩く、ということ。
なので、この集まりというのも、町内会役員が事業者側から
個別説明の結果を聞くという名目での会、というものでした。
なにか、どうにも意味不明の対応です。
わたしの事務所も日影が冬期の昼前後2時間ほどは掛かってくるので、
当事者でないことはないと認識しているのですが、
「事業者側」の話によると、直接隣接している10m以内の住戸に対しては
説明義務があるけれど、わたしのような場合には
「言われたら説明すべき」というような法律になっている、という説明。
そういうものなのかどうか、その根拠法も示されないので、
こちらとしては、あとで確認するしか方法はありません。
それと、そもそも「事業者側」というのが「代理人」なんですよ。
マンションの建設って、地域の住民にとっては
直接的には日影問題が大きいのですが、そのほかにも
工事中の騒音から、舞い上がる粉塵などもあります
もっと根源的に言えば「眺望権」の侵害ということもあるわけで、
「事業者」が地域に「迷惑を掛ける」のは間違いがない。
ことにこの地区は古くからの住宅街で、近くの山が見えるのが好きで
暮らしているという人たちも多い土地柄。
そこに後から入ってきて、そのひとたちの眺望を奪って
一方では「眺望バツグン」というようなPRで販売するのは目に見えている。
それなのに、事業者側が直接出てこない、というのでは
面倒くさそうなことから逃げようとしているというのが一般的な理解。
そういう態度であれば、こちら側も迷惑の部分を訴えていくしかないと思われます。
住宅クレーム110番という相談も受けている立場でもあるわけですが、
こういうような問題って、自分に降りかかってきたのは初めて。
単純に「地域エゴ」を主張するという考えはないのですが、
しかし、だからといってマンション建設業者の好きにしていいことでもないと思います。
考えていた以上に、事業者側って勝手なもの、という印象。
もうすこし、地域に配慮したコミュニケーションを取れないものなのでしょうかね。
<写真はまったく無関係のものです>

起業意欲の減退

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ちょっと前に新聞に出ていたニュース。
過去15年間で、20%近く中小企業数が減少していると言うこと。
正確な数は書いていないのだけれど、540万社程度から420万社まで、
15年間で加速度的に企業数が減ってきているという状況。
独立して開業しようというような意欲って、
今の時代では、本当に流行らない考え方なのでしょうか?
わたしは、30歳を前にして「よし、やってみよう」という気持ちになって、
まぁ、確かに無謀ではあったけれど、
自分を試してみるというような思いを架けてやってみて、
いまもずっと緊張感は持続してきているけれど、
まぁ、ごく普通のことだと思うのです。
人間生きていくのに、起業するからひとより大変だ、
っていうようなことは、それほど言われるほどにはないと思う。
かえって、人間関係の中での調和を第1に考えなければならないという部分では、
サラリーマンのみなさんは大変だなぁと思ってしまう。
仕事という意味では、結局同じようなことを考えてやっていかなければならないのだし、
そんなに違いがあるとも思えないのですね。
しかし、すごい状況だなぁと思ってしまいます。
日本の企業家心理って、ここまで落ち込んでしまっているのだろうか。
確かに日本国内市場は、確実に規模が小さくなってきていて、
そのなかでの競争で勝ち抜いたとしても
なかなか収益を上げていくというのは難しくなってきている。
市場が大きく減少していけば、そのなかでのシェア獲得競争が熾烈さを増し
獲得できたとしても、収益は相当落ち込むというのは理の当然。
このデータは、この間の「失われた10年」というものを
その日本人の企業心理をまざまざと映し出しているデータだと思われますね。
政府の側からはおもに大企業の企業収益を指標にして、
「景気はよくなっている」というアナウンスが繰り返されてきていましたが、
そういうプロパガンダの一方で、ひしひしとして感じていたものが
こういうデータに表現されている。
こういう状況なのに、税金だけは、いわば収入を度外視して
歳出を増やしてきたのが現代の日本。
それは官の無駄遣いを生み出して、いわば官のバブルを作り出したのではないか。
足下では、ここまで企業心理が冷え込んでしまっているのですね。
気がついたら、自分はごく変わった生き方をしている。
なんか、そんな浦島太郎のような気分になってしまいました。
こういう現実、どうなっていくのでしょうか?

超長期住宅政策について

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さて、きのうの動きの続編です。
国土交通省では、この200年住宅についての説明会を4月11日に開き、
提案応募の締め切りを5月12日に設定する旨、発表を行ったというところ。
正直に言って、この1回だけの説明会で、130億円とも言われる
国費を投入するに足る「周知徹底」が、行われている
という前提のように見受けられる。
その後は国交省のHPなどで質疑応答などが行われていて、
それを見なさい、というのが関の山の対応のよう。
このあたり、いったいどのように考えているのか、釈然としませんね。
国交省としては、業界一般は業界専門誌みたいなメディアを全員読んでいて、
そういうレベルにだけ通知すれば事足りると考えているのだろうか。
今回の乱暴な推移を見ていると、知らないヤツは置いていけばいい、
業界専門誌だけに情報開示すれば、あとはほっとけばいい、というように思われる。
こういう進め方で、大きな国費が執行される実態を見て
ちょっと、大きな違和感を感じていると言うことなのです。
たしかにわたしどもも業界専門誌的な存在ではあるけれど、
だからといって、行政側の垂れ流す情報が本当に意味がある情報とも思えない。
行政の側の情報が、「知らないと損する」みたいなことになってしまったら、
そもそも、税金の使い方としての公平性を著しく欠いてはいないか、と思うのです。
何人か、東北地域の住宅関係者に電話で取材してみたけれど、
それも、今回の「超長期住宅」について一生懸命に努力してきた人たちなのですが、
「なんとなくそんな話は聞いたことがある」
「詳しく聞きたくて話を聞いたけれど、難しいと感じた」
というような反応。
わたしとしては、こういうひとたちが対応できないような「超長期住宅」政策、
というようなことが、どうしても信じられない。
たまたま、北海道では地方公共団体としての道庁が
こういう住宅施策について、それこそ「先導的」な役割を果たしてきている経緯があるので
地域の工務店ビルダー組織がなんとか対応できるけれど、
国との間に、情報を持っている地方公共団体とかがない場合、
それこそ、独自に取材する「業界紙」くらいしか、詳しい情報媒体がない。
そんな、拙速そのもので、大枚の公費が使われようとしている。
なんと、来年4月末日には、ことし、この情報を知って、
この政策に合致すると認定される住宅を建てた「建て主」個人に対して、
政府から直接、上限200万円の「補助金」がばらまかれるのです(!)。
ダムを造ると言うことについては、
たとえば地元と調整したり、ヒアリングしたりとか、
いろいろに情報公開されると思うのですが、
今回のこの「補助金政策」はもっと直接的なものだと思います。
国という行政単位、官僚組織というものが、
いままでどんな風にやってきたのか、次第にそのやり方がわかってきた、
ということを実感しているところ。
逆に言うと、こういう情報をごく一部、大手ハウスメーカーだけしか知り得ないように
やってきたのが戦後以降の日本の住宅政策だったのかも知れないと思います。
さて、どのように展開していくのか、ウォッチが必要ですね。

200年住宅の補助金

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きのうは北海道庁で、例の国交省の補助金政策、
200年住宅についての北海道としての対応の説明会が開かれました。
北海道として、道内の住宅企業と連携して
北海道が窓口になる形で、この政策の受け皿になろうという次第です。
そのための企業側との会合、内容の説明会、ということでした。
連休の谷間にもかかわらず、広い会場がいっぱいになる盛況ぶり。
ざっと、200人は下らない人数の住宅企業が集まってきていました。
昨年の建築基準法の厳格化によって、政府発の不況が現出し、
その失地回復に懸命の国交省は、総額130億円という補助金政策に乗り出しています。
しかも、この金額は単年度だけではなく、今後5年間は継続する考えとか。
その材料になっているのが、超長期寿命住宅という性能面からのアプローチ。
福田総理が長い間住んでいた米国での経験から着想した政策。
この政権の先行きがどうなるのか
たいへん不透明感は漂ってきていますが、
国の政策としてスタートする以上、簡単には後戻りもできないでしょう。
一方で、北海道としては、この機会にこれまで取り組んできた
「北方型住宅」というものを大いにアピールし、
その施策スピードを上げていきたい、という考えは理解できるところ。
全国の地方公共団体として、今回のような
「拙速な」国交省の施策に対して、ビジョンを提示できるのは
たぶん、例外的に北海道だけではないかと思われます。
すでに「北方型住宅」という取り組みをずっと継続してきていて、
実績もあるわけで、国交省から開示があってから
応募の締め切りが1ヶ月しかない、というような即決型政策に
対応可能だったということだと思われます。
各住宅企業にとっても、
締め切りまでの時間のなさから、今回は単独での対応は難しい。
その意味では、北海道が提示したプランに乗るしか、
対応はないと思われます。
それにしてもあわただしい。きのうの説明会から連休も挟むというのに、
企業側応募の締め切りは5月7日、それも午前中必着(!)ということ。
でも、そういう日程でないと、今回の国交省の補助金政策には間に合わない。
北海道は、前述したような経緯があるからなんとか
「内容があって、可能性が高い」提案が可能ですが、
さて、全国のほかからはどのような応募が出てくるものなのか、
逆に見物とも言えると思っております。
普通に考えれば、付け焼き刃で実績の乏しいものが、それこそ
雨後の竹の子のようにたくさん出てくるのでしょうか?
いずれにしても、補助金である以上、
最終的にはダムを造るのと同じなわけで、
税金の使い道というか、ばらまきであることには変わりはない。
今回のこの拙速ぶりが、どのような結果に至るのか、
ハラハラしながら見ていかなければならないなと、思っております。

換気の考え方

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きょうは北海道庁で200年住宅についての会議があります。
北海道が定めている「北方型住宅サポートシステム」について、
国交省が進めている200年住宅事業に登録しようというワケです。
今回の国交省の動きって、非常に足の速い動きで、
たぶん、全国の自治体では北海道を除いては急に対応するいとまがないと思われます。
なので、事業者側としては一部大手ハウスメーカーに
対応可能性は絞られるのではないかと推測されます。
北海道の場合、独自に寒冷地住宅の省エネという地道な活動を続けてきているので、
いままでの積み重ねの「北方型住宅」を基礎にして対応できるわけですね。
で、その北方型住宅の要件に上げられていたなかに
Q値レベルについて、1.3、ただし1種熱交換換気を除く性能値、
という基準が示されていました。
熱交換換気はそれを利用すると数値上、
コンマ3程度性能値が向上するので、
建築本体のみで、通常の3種換気を利用することを前提にして
公共の側としては対応する、という表現だと思われます。
熱交換換気は本格的に日本に導入されてから日も浅く、
いろいろな実証実験途上、という考えからの対処なのだなと思われます。
そうした意味では、実質的にはQ1.0がひとつのレベル値になっているともいえます。
写真は北総研の「個別換気装置」。
事務所部分では、常時人間がいて作業している。
なんといっても建物全体の気積が大きすぎて、
機械換気をしようとすると、巨大な装置が必要になるため、
建物全体の基本的な換気は自然の温度上昇を利用したパッシブ換気を利用している。
というような条件の中で、
ごらんのような誰でも開閉できる換気窓を作って、
一番信頼できるセンサーとして、人間の判断を利用して、
人力で個別に換気してもらおうという考え方の装置なのです。
住宅レベルでは機械による24時間換気が機能するでしょうが、
こういう大きな建物では難しいのですね。
その意味では、200年の寿命を考えるというような今回の
国交省の考え方からすれば、たしかに機械にだけ寄りかかるような
スタンスって言うのは避ける方が賢明とは言えるでしょう。
どんな機械も結局はメンテナンスが必須である、
っていう考え方からすれば、こういうほうが合理的とも言える。
ひとつの明快な考え方かなぁとも思える次第です。

住宅のEXPOって?

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先日出展して、カミさんも帰ってきたイベント。
昨年対比で、来場者数が5分の1程度に落ち込んでいたそうです。
70000人の動員があった、という昨年の場合は、モーターショーと併設で、
そっちの動員が大きかったようですね。
わが方としては、そういうことも含めてのマーケット調査が主眼だったので、
まぁ、いろいろと得るところは大きかったと言えます。
今回も「ガレージショー」のほうが動員も多く、
ハウジングの出展でも、そっちのガレージ寄りの方が人通りも多かったよう。
原因は色々にあるのでしょうが、
あれだけのマーケットサイズですから、家の建築の絶対数は多いわけで、
ニーズにマッチしていないイベントだったのかも知れませんね。
そんななか、写真は同業誌(?)「モダンリビング」さんの
セレブそうな雰囲気の編集長さんの講演の様子。
こういうセミナー形式のものには、
めがけて聴きに来るという方が多い。
講演の内容は又聞きになるので、よくはわかりませんが、
聞いてみたいという気持ちになるようなメッセージ性は持っている。
住宅のイベントって、自分もプロデュース側の経験が多いので、
どうしてもそういう目で考えてしまいますけれど、
ユーザーにしてみると、建築会社に興味がある、っていうケースは少ないでしょう。
一般的には、建てる住宅の設計プランや、使う素材とか、性能面とか、
あるいは実際に建てられている住宅を見るとか、
そういうようなニーズの方が高いと思う。
ところが、こういうイベントでは、建築企業への小間販売が
収入の一番わかりやすい部分なので、どうしてもミスマッチになってしまう。
まぁ、持って他山の石、
マーケットサイズが大きければ、それでも人が集まるものなのかどうか
そういう興味部分では、決してそうは言えないというところでしょうか。
スタイルハウジング、っていう意味が不明なコンセプトよりは
ガレージっていうような、より直接的な部分の方がメッセージ性は強い。
そういう意味では、マーケットはより細分化された興味に向かっているとも言える。
住宅をテーマにしたEXPOって
どうやったらいいのか、逆にいろいろ考えさせられたイベントでした。

奥州藤原氏館方向から束稲山を見る

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平泉の周辺はことし、世界遺産の登録審査を迎えると言うこと。
今回初めて、中尊寺以外の平泉地区を訪れてみて、
その中世都市としての広がりを少しイメージすることができました。
写真は都市としての平泉が持った最大の交通手段、北上川と、
その東方対岸に見える束稲山の様子です。
撮影したのは、柳の御所と呼ばれた奥州藤原氏の主要居館方向。
北上川は南下すると石巻あたりで太平洋に出て
太平洋岸の湊・伊勢などから京都へ、はるかに連なっています。
この物資の大動脈を通って、黄金をはじめとする
東北地域の物産が都へ運ばれ、同時に都を通して
世界中のものがこの平泉の地にもたらされてきたのでしょう。
マルコポーロが書いた「黄金の国・ジパング」というイメージも
この平泉の繁栄ぶりを誇張した表現であったのではないかと思われます。
中世都市の場合、そこにひとびとを引きつける魅力って、
宗教的な「極楽浄土」にもっとも近い、という要素があったでしょう。
日本の権力争奪者たちが折り重なるように宗教施設を建ててきた
京都や奈良の街を見れば明白。
その意味で、権力と宗教的魅力とは一体的なものであり、
主要な寺だけでも、毛越寺・中尊寺・立石寺という巨大伽藍を配していた
この平泉は、まさに独立王国的な存在を誇示していたに違いない。
対面している束稲山は、西行によって桜の名所として謳われましたが、
その後、藤原氏滅亡後は桜はほとんど維持できなかったそうです。
藤原氏がこの山に桜を大量に植えたという記録があり、
大切に保護し続けていたのが、自然林に戻ってしまった。
桜というのは、そのように人間による手間暇がかかる森なのですね。
現在は一部に桜が植えられているようですが、
奥州藤原氏全盛の当時は、全山桜色に染まるような光景だったに違いありません。
桜に異常なまでの好き心を見せた歌人・西行が
都から遙かにこの地を訪れたというのもむべなるかな、です。
中世都市・平泉を再現復興するようなプロジェクトが
世界遺産登録によって促進されることと思います。
平成の大合併に当たっても、平泉が合併を避けたのは
きっとそのような思惑が強く働いた結果なのではないかと思われます。
北上川河岸に沿って国道4号線と合流するバイパスが造られ、
太平洋岸方向へ、新しい道路も建設されています。
こうした開発行為に対して批判的な声もあると聞きました。
こうやってみてくると、
やはり東北地域の固有性の中心って、やはり仙台と言うよりも
この平泉を中心とする一帯の方がふさわしいと思われます。
そういう地域文化の再生という意味では
世界遺産登録という機会をうまく生かしていくのが賢いでしょう。
地域の誇りを作り出す、という側面から考えたら、
よい税金の使い方のような気がしてきます。いかがでしょうか。

東京でのイベント

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さて、本日まで東京ビッグサイトで、
「Style Housing Expo」という注文住宅のイベントが開かれています。
当社でも、東京マーケットの市場調査を兼ねて出展いたしました。
なんですが、スタッフからの連絡ではことしの入場者はイマイチとのこと。
事情はよくわからないのですが、主催者は懸命に動員作戦には取り組んでいるでしょうから、
首都圏地域の注文戸建て住宅、イマイチ元気がないということなのでしょうか?
ちょっとわからないのですが、
それは別として、いろいろな情報交流はできているようです。
「なんで、リプランさん、こんなところにいるの?」
と目を丸くされるみなさんが多いということです(笑)。
住宅企業のみなさんや、建材関係のみなさんなど、
ひとつのミーティング機会と考えれば、成果は期待できるかも知れません。
カミさんが出張で行っているので、
心配しながら、息子と留守番をしている週末であります。
すっかり、主夫と化してハウスキーピングをあれこれと。
って、こういうのもなかなか楽しい。
冷凍イカ、1杯100円なりを買ってきて、
皮をむいて捌いて、刺身にしたりしております。
最近、嵌っているのですが、
これがなかなか美味で、しかも安い。
手間を掛ければ、食材はおいしく食べられるものですね。
そんなところに沖縄の娘からは
「教えてもらった茄子の味噌炒め、作ったよ〜」
というメールが到着。
日本列島、南北で手作り料理を楽しんでいる平和な親子であります(笑)。

毛越寺・開山堂

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平泉に足を伸ばして、一度も見ていなかった毛越寺や
「柳の御所跡」などを見学して参りました。
ことし、平泉の一帯は世界遺産申請される予定になっています。
きっと、そのころからは大変なブームになるかも知れません。
日本史の中でも、きわめて謎の多いのが奥州の興亡史。
頼朝による軍事制圧によって、東北地方はその歴史を断ち切られたのでしょう。
その後は、関東の武権が東北地方を蹂躙してしまって、
それを背景とした鉢植え的権力がながく支配する地域になっていった。
要するに、奥州の独立性はその痕跡を含めて関東によって
歴史的に圧殺されてきて、正しい奥州の歴史が見えなくなっている。
この平泉を中心とする地域は、鎌倉幕府の正史である吾妻鏡でも
「わが国無双の伽藍なり」と記載されているように、
相当のレベルの文化を持っていたことは明らかです。
写真の毛越寺・開山堂は、慈覚大師円仁がこの寺を開いた記念施設なのだとか。
慈覚大師円仁とは、以前このブログでも触れましたが、
平安初期、新仏教として朝廷の庇護を受けた天台宗の3代座主。
唐代中国の最新文化を、苦難の大旅行の末に日本にもたらした
日本仏教史のなかの大スターなんですね。
日本で初めて「大師」号を受けた僧侶なのです。
まぁ、今の日本では比肩しようもないのですが、
日本第1級の学識者であって、朝廷権力の信頼も厚く文部科学大臣も兼務している、
みたいな存在だったのですね。
そういう人物が、この平泉地域の毛越寺や、立石寺・中尊寺などの
仏教文化施設をすべて開山したということなのです。
当時の平安朝廷にとってこの地域がいかに重要であったのか、
指し示すなによりの証拠のように思われます。
いったい、なぜここまでの傾斜を朝廷権力は奥州地域に対して見せたのでしょうか?
奈良の大仏開眼に際して発見された奥州地域の黄金が
すべての鍵と言うことになるのでしょうか。
その後の、源氏一族による異常なこの地域権力への執着。
前九年・後三年戦役を通してかいま見えるのは関東武士たちの
ぎらぎらとした欲望そのものであったと思います。
八幡太郎義家が戦争では勝利を得ながらも、朝廷権力によって
「私闘」であるとされ、結局は奥州藤原氏にこの地の権力が認定されていったのは
どのような政治的経緯によるものなのか。
いろいろな想念が沸き起こってきます。
頼朝による、先祖の復讐にも感じられる奥州征伐の様子を見れば、
いかにこの地域が魅力的なものであったか、証明もしているでしょう。
って、どうも飛び飛びになってしまいますね(笑)。
円仁さんの開山を記念した建築ということで、
見てみたら、ほかの仏閣とは壁の様式などが違っておりました。
建築様式でも、どのような系譜のものなのか興味をそそられます。
塗り壁と木とのコントラストが、寒冷地を意識した意匠なのかどうか、
よく調べてみたいと思います。
まぁ、何回か焼失してきている建物らしいのですが、
再建されてきている以上、その基本デザインは踏襲されてきたと考える方が自然。
あんまり日本の正史に登場してこないけれど、
平泉を中心とする地域って、相当、日本史に強い影響をもたらしてきたのは明らか。
さらに、大いに興味がふくらんできます。う〜む。

デザイン暖房

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写真は盛岡市内の住宅でのモノ。
岩手県では、地元で「エコハウスコンテスト」を毎年続けてきています。
はじめは県の事業として省エネ住宅のコンテストとしてスタートしたのですが、
予算が付いたのは3年だけで、事業が終了。
その後、趣旨が素晴らしいと言うことから、
選考委員のみなさんなどを中心に終了を惜しむ声が起こり、
民間の側で運営資金を工面して、上記の名前で継続しています。
この写真の住宅は19年度の受賞作品住宅です。
 
趣旨に合致した住宅で、
ヒートポンプによる暖房を採用して、省エネ性を高めています。
低温水を循環させることから輻射面積を大きくした
このような放熱パネルが居間の真ん中にドーンと設置されています。
天窓からの採光も考えられていて、
実質的にも視覚的にも、「ひだまり」という感じに近い空間。
居間と食堂・台所の仕分けにもなっていますね。
柱や梁は地元産出の無垢のカラマツを使っています。
CO2排出を抑えるというコンセプトから考えると、
地元の素材を利用・活用することが大きなポイントになります。
乾燥技術が進んで、このように大胆に使う例も出てきているのですね。
余談ですが、
先日発表になった「200年住宅」の要件に、構造材として
北海道の地元産出木材樹種が含まれていない、という情報もありました。
まぁ、まだ詳細には確認できていないのですが、
樹種の認定という作業には、国交省の長い検討プロセスがあり、
その結論を、時間がない中で今回の要件に援用したということ。
このあたり、やや釈然としない部分もあります。
ちょっと、横道にそれましたね(笑)。
それにしても、この放熱パネル、大胆な設置方法。
ふつうは設備として、控えめに窓下とか、あまり目に触れないように
装置されるのが多いのに、ここまでこれ見よがし。
ヨーロッパでは、このようにデザイン化が始まっているということ。
パネル自体としても一種のインテリア装置として
カーブさせたりして、オブジェのような方向が高まっていると言うこと。
今後、そういう方向性が日本でも出てくるものかどうか、
国民性もあり、興味をそそられるものがあります。
みなさん、こういう暖房パネル、どう思われるでしょうね。