
家の片付けは、なかなか着手ができにくいけれど、
やはり放っておくと、とんでもないことになる。
わが家には、1箇所、できれば見たくないな、という場所がありました(笑)。
でも、きのうは積年のご無沙汰を解消すべく、大掃除に着手。
とはいっても、都合1時間程度でなんとか形は付いたのですが・・・。
まぁ、娘の荷物置き場になっていて、収納コーナー的になっていた場所。
ということなので、おもちゃや、本やらさまざまなモノモノモノ・・・。
親として、想い出に残してやりたいモノもあるわけで、
そういう親の目線で選択しながら、整理していきました。
そういえばわたしも、母親がわたしの高校までの私品を丹念に整理してくれていて、
なんと、ラブレターの類まで取っていてくれていたことがありました(笑)。
いまでも、その段ボールひと箱はわたしの宝箱。
母から、わたしの成長記録を渡されたような気がしたものでした。
時代は巡って、自分自身もこういう作業をすることになるのですね。
親になって知る親のありがたさ、ということか(笑)。
きっと、子どもがどんなことを考えて生きてきたのか、
跡づけられる、確認することができるのですね。
まぁ、今回はラブレターは出てきませんでしたけれど(笑)。
で、きのうのブログでも書きましたが、
現代の日本の状況が端的に見えてくるものです。
モノの総量の異常な多さ。
第2次大戦後、戦争の惨禍から復興していく過程で、
モノへの飢餓感のようなものが、日本中に充満していたのではないか。
きのうも化学製品の便利さが、手作り品の市場を席巻して、
駆逐してしまった事例として、手作りの縄製品のことを書きましたが、
まさに娘が生きてきた時代って、そのものズバリ。
写真が、その整理整頓の結果、ゴミとしか認定できないモノの内、
大部分を占めていたプラスチック製品です。
焼却処分できる「雑紙」類も多いのですが、
感覚では、こっちのプラスチック製品の方が多い。
一応、娘のモノなので、丹念に要、不要を考えながら、
まぁ、間違いなく不要であると決定できるモノを集めた結果です。
というか、プラスチック製品で、これは取っておくべきだ、と
思えたモノは、残念ながらほとんどなかったのが現実でした。
こどものおもちゃの類であり、
そもそも一過性のモノばかりという、そういう側面はあるにせよ、
こういう表面がつるんとした素材には、どうも感受性のヒダというものが感じられない。
「あぁ、娘はこれでよく遊んでいたよな」という感覚がない。
そうであるのに、無自覚にこういう素材製品を看過してきた
親としての怠慢を自覚させられました。
わたしとしてはなるべく少なくさせてきたつもりではあったのですが・・・。
確かに、プラスチック製品にも有用性はありますが、
しかしそれは、ほとんどが大量生産社会の利便性が大きい。
やはり、木製品や金属製品などの質感をもっともっと感じさせながら育てなければならなかった、
と言う反省が起こってきてしまいました。
みなさん、どう感じられるでしょうか?
北のくらしデザインセンター
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 9月 23rd, 2009 by replanmin
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わが家の家系は、明治38年に広島県の福山にほど近い
「今津」という村から北海道に渡ってきました。
西暦で言えば、1905年と言うことになります。
いまから104年前なんですね。
当時の日本の人口は、推計で4500万人程度。
そのうち、北海道は推計で100万人に満たない程度。
人間というのは、
それほど本質的に考えることややることは違いはないと思います。
世の中の移り変わりのなかで、祖父や父親の世代たちがどんなことをして、
どんな考えを抱いていたのか、
自分自身も、そういう来し方行く末を考えるようになってみて、
多くの示唆に富んでいます。
そんな記録を、年長の従兄弟が書いていてくれました。
わたしよりもかなりの年長で、大正13年・1924年生まれですから、
ことし85才になります。
父の世代は大体、60代で亡くなっていますから、
高齢化社会というのは、確実にわたしたちに来ることが証明されている。
たぶん、この記録文章はもう7〜8年前くらいにもらっていましたが、
今回、じっくり読んでみた次第です。
104年前、31才で長兄から家督を受け継いだというわたしの祖父。
祖母は、山口という旧姓で岡山県の農村出身と言うこと。
代々庄屋さんだったという家柄だそうで、
祖父の家も、そこそこは釣り合いが取れていたと言うことのようです。
しかし、長兄からどのような事情で4男であった祖父に
家督がバトンタッチされたのか、いくつか断片的な情報がある程度。
まぁ、温暖な瀬戸内海沿岸地域から、極寒の新開地に一家移住したのですから、
事情は推して知るべしだと思います。
・・・、というような記録を書き残してくれて
本当にありがたいと思いました。
ほかの誰でもない、自分の血がつながった祖父・父の息づかいが
克明に伝わってきます。
わたし自身も、父が死んだときに覚えている範囲で
その記録を書いておいたことがあります。
従兄弟の記録は、それ以前の記録に当たるわけで、
日本人が、どのように時代の中で生きてきたのか、
そういう状況を生々しく知ることができますね。
読んでみて、時代的な貧しさというものを実感することができます。
ものは圧倒的に少なく、それを生産したりすることがいかに大変であることか、
ひるがえって、現在はいかにものが溢れかえっているか、
消費社会といえばそれまでだけれど、
ものに対しての感受性のようなものが、著しく鈍くなっていると思う。
家についての記述もあって、まことに参考になります(笑)。
やはり化学物質利用が進んで、ものが圧倒的に溢れかえり始めたのだと思う。
端的には、「実子縄」という一語がわからなかったことなんですが、
昔の農家、というか、人口構成では圧倒的に農民が多かったわけですから
日本人一般と言って過言ではないけれど、
縄という生活の基本用具は、全部、イネなどのワラをなうことで創りだしていた。
農業生産物の入れものの袋類も全部生産し、
草鞋や、その他生活道具は概ね、そのような「納屋仕事」で作っていた。
その基本的な縄の名前が、「実子縄」というのだそうです。
こんなことすら、わたしのような年代のものでも知らない。
この記録文でも、大量生産の「便利な」化学製品が出てきて
一気に市場からこうした手作り品が消えていく様子が知られます。
それまでは、「荒物商」という仲買人が、農村各地を回って
こういう手作り品を現金仕入れして都会の消費地に運んだ実態が書かれている。
戦後以降の社会が、それまでの社会常識とは
まったく異質に走ってきた様子が見て取れる。
むしろ日本人は、戦前までの「ものがない」中で知恵と努力で
独特の「もったいない」精神による生活文化を創り上げてきていたのだと、ハッキリわかります。
いま、こういう文章をしっかり読んで、
行間にあるものを可能な限り追体験していく必要があると思っています。
北のくらしデザインセンター
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Posted on 9月 22nd, 2009 by replanmin
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予定をまったくしていない連休の真っ最中です。
きっと、多くのみなさんは楽しく、行楽を楽しまれていると思います。
わたしは、家の中のこと、家族のこと、
整理整頓と掃除に明け暮れていまして、
合間合間に、買い込んでいた書籍や展覧会の図録などをじっくりと見ております。
国立博物館での展示図録など、
ここ数年、気に入った展示会などでは必ず購入していましたので、
こういう時間が得られると、無上に楽しく歴史世界に没入できますね。
写真はわたしの書斎のデスク上であります。
ちょっと恥ずかしい(笑)。
書棚と、収納棚に利用しているスペースとパソコン配線でぐちゃぐちゃだったデスクを
ようやくにして整理いたしました。
書棚の中には、まだ読めていない本がたくさんあります。
ライフワークの関係書、集めるだけ集めても
なかなか読破する機会がないものです。
ちょうど、坊主への整理整頓教育を兼ねていろいろ書斎の模様替え。
こうやってわが家の造作、使い勝手を工夫していると、
設計していた時のことが思い起こされてきます。
つい気ぜわしさに取り紛れて、「こう使いたい」と考えていた
使い方のことが実感を持って思い起こされる次第です。
考えてみると、この書斎的な場所って、
ものすごく自分ではこだわっていた場所でもありました。
で、いまはライフワークとして、北方日本の歴史研究、
それも数少ない文字資料と、それを取り巻く世界史的な視点、っていうような
分野への探求興味って、このような書斎を考えて
その利用計画の中で、漠然と「そんなことを研究してみたい」と
考えていたことだと、回心に似たような感覚で、再認識したのですね。
自分自身の環境作り、忘れていた原点的なものが甦ってきました。
よく他の人には「何をしたいのか、明確にして家づくりを考えましょう」って
言っているわけですが、紺屋の白袴。
っていうか、つい忘れてしまっていた意図と計画性を追体験しているわけです。
まぁ、こんな空間を持つことができ、
その中身としてのライフワークも発見できているのですから、
その幸せをもっと感謝しなくてはいけないと思います。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 9月 21st, 2009 by replanmin
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更新が遅れました。
本日は、苫小牧まで所用で来ております。
途中、札幌市内から高速に乗って、道央道を南下したのですが、
市内の高速がかなり渋滞しておりまして、
10時に札幌を出発したのですが、
ふだんの倍近く、時間がかかってしまいました。
高速道路の半額日、連休本格化で、途中のパーキングも
これまで見たこともない混雑ぶり。
民主党の政策では、高速道の無料化、北海道と九州から
試行的にスタートと言うことだそうですが、
はじめた当座は、やはり相当に混雑するのかも知れませんね。
しかし、カミさんと一緒に出ていますが、
パーキングでの混雑ぶりなど、
「こういうにぎわっている様子を見るのは、景気が良く感じていいかも」
っていう意見でございました。
わたしは、渋滞とか混雑とか、もう勘弁して欲しい、というところなんですが、
まぁ、景気が上向いていくのは大賛成。
さて、どうなるでありましょうか?
昨日は午後から当社2階のスペースでイベント。
ある会社のリフォームイベントであります。
北海道R住宅でいっしょに活動しているエスパスの宮下さんとの掛け合い。
宮下さんは、ある住宅会社を退職して、
現場で遭遇する住宅の問題点をドクター的に見ていきたいと起業した方。
なので、写真は、ふつうなかなか遭遇しない住宅の被害の実態が
くっきりと明瞭になります。
北海道の住宅では、どうしても居住空間内での水分コントロールが
木材の腐朽ともからみあって、大きな問題。
それがまともに現象として確認できる写真の数々は
大きなインパクトを与えてくれます。
お集まりのみなさんも、しばしば絶句されていて、
なによりも雄弁に、住宅の性能の重要性を認識していただけたことと思います。
本日の所用というのも、まぁ半分以上は仕事。
それでもきのうから今朝に掛けては
家の中の整理整頓作業に一生懸命、取り組んでいまして、
なかなかできない大掃除も仕掛かっております。
楽しい(笑)、休日を過ごしつつあるわが家であります。ではでは。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 9月 20th, 2009 by replanmin
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さて、本日から「シルバーウィーク」という
秋の連休って言うのだそうですね。
まぁ、まったく知らずに過ごしていて、
24日の前に出張に出たいと、23日の航空便を9月初旬になって探したら
どの便も満席という事態に遭遇。
用事は24日に関東・茨城県の常陸太田市での取材。
その後の予定その他もあり、仙台との往復で考えたのですが、
全便満席に近い状態で、不可能。
で、やむなく24日の朝1便でなんとか、仙台から自動車移動で
到着する予定を立てています。
まぁ、この時期に長い連休があるというのは意識していなかったので、
連絡なども、つい遅れ気味だったのはあります。
年末に向けて仕事が大車輪で動き始める時期なので
こういう時期の大型連休、早めに感覚が慣れないとちょっと困難が発生しますね。
出張手配などでも影響はあったわけですが、
そのほかでも、仕事の段取りなどで、
大型連休中、身動きが取れないことを理解していないので、
ちょっととまどう次第であります。
どうなんでしょうね、給料日の直前のこの時期、
長い休みとは言っても、もくろみ通りの結果は得られるのでしょうか?
とはいえ、連休であります。
きょうは頼まれたイベントが開催されるので、
午後からは仕事ですが、
あとは、一応23日までは、手持ちぶさたな日々。
なんの予定も組んでいない(笑)、中年男の休日であります。
まぁ、カミさんと近場でも外出するような日程になるでしょうが。
そんな休日なので、書斎にたまった資料や書籍をひとめくり。
そうなるとやはり、ライフワークテーマの
北方アジアの「生活文化」や「歴史」研究です。
こういうテーマの研究に没頭できるようになりたいというのが
わたしの小さな願いなのですね。
で、前から興味を持っていた「間宮海峡」です。
昨晩から、オホーツク文化人の足跡とか、歴史事実を探っていて、
どうやら、かれらが活躍していた時代、8世紀から10世紀、
もっと具体的には、700年代から900年代に掛けては
気候が大変温暖で、オホーツク海には流氷が接岸しないような
そういう気候だったのだそうです。
このひとたちは、アジアのバイキング、という別称で、
大型海獣狩猟に優れた技術を持った民族だったようです。
かれらが日本のオホーツク海沿岸域に定住したこの期間に
いわゆる「北方交易」というものが盛んになるのですね。
京都の貴族社会で、「鷹の羽根」や「アザラシの毛皮」などが
最高級嗜好品として、貴族のステイタスシンボルになった時期に相当している。
また、この時期に北東北地域での馬産産業の隆盛がある。
なぜ、京都の政権が東北の経営に深い興味を持ち、
侵略戦争を繰り返したのか、という意味もどうもその辺に根源がありそうです。
そういう活発な日本周辺の北方交易のキーポイントが
大陸とサハリンの間の間宮海峡。
ここを通って、オホーツク文化人も日本に南下しただろうし、
安倍氏・清原氏・藤原氏という東北の王権も
大いに北方交易の実を上げたに違いない。
安倍氏には、ここを通って大陸側である「靺鞨〜まっかつ」国まで当主が行ったという
氏族伝説も残っている。
帰ってきてから「あんなとこは人間の住むところじゃない」という
印象を語ったと言うことなのですが(笑)、さて真偽のほどはどうであったか。
また、多賀城碑文には、多賀城から靺鞨国境まで3000里という
地理認識が書かれていて、この間宮海峡を渡れば、
たしかに海の道も足していくと、ほぼ間違いがないと推定される。
アジア北方民族というのは、少数民族がたくさんいて、
狩猟採集型の民族で、活発な交易活動が基本的な属性。
日本の歴史にも、大きな影響を与えたに違いないのですね。
その鍵を握っているのが、最狭部で7kmほどというこの海峡ではないかと
いろいろな想像力が沸き上がってくる地図です。
(地図は、Wikkipediaの使用権許諾のものです)
北のくらしデザインセンター
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Posted on 9月 19th, 2009 by replanmin
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写真は十和田市の道の駅隣接の工芸館内部。
まぁ、いつも感じているのですが、
こういう空間が受け入れられるようになってきたのには、
照明装置のイサムノグチさんのデザインの力が大きいと感じます。
はじめてこのデザインに巡りあったとき、
逆にどうして今までこういうモチーフのデザインがなかったのか、
そのことのほうが不思議に感じられたものでした。
父日本人、母米国人という日系アメリカ人芸術家だからこそ、
自分のアイデンティティに根源的な問いかけを発した結果の表現なのでしょう。
やはり天才的な仕事というのはあるのですね。
天才の仕事って、出来上がってみればずっと前から存在し続けてきたような
そういう感覚を呼び覚まさせるものがあります。
この写真で、たとえば、イサムノグチ以外の照明シェードって
考えられるでしょうか。
少ない知識では、なかなかほかの照明デザインを想定することは難しい。
和紙という素材と、竹の造形の繊細さ、
灯りとしての、やわらかい光源感。
そういったものが、柱や梁、白壁、黒っぽい床面など、
日本的な建築装置を引き立てている。
こんな照明が現れたことで、
「そうか、こういうデザイン空間って本当に素晴らしいなぁ」
と、多くの日本人は再確認させられたのではないでしょうか。
なんですが、
わたしの友人のひとりは、「ああいうのだけ、俺ダメなんだよな」
っていうのがいます。
詳しくその感覚を聞いたことはないのですが、
ちょっと理解できない(笑)。
わたしの方が常識的なのか、かれの方が常識的なのか。
どうにも、腑に落ちない意見なので、
いつも気になっております。
が、どうなんでしょうね。案外こういうの嫌いだ、という意見も多いのでしょうか。
一回、アンケートでも見てみたいものだと思います(笑)。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 9月 18th, 2009 by replanmin
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ふたたび、北総研の発表会セミナーからの報告。
研究発表に先立って北海道住宅の流れを説明する際に見せられた写真。
昭和27年というのは、わたしの生まれた年であります。
年号って、やっぱり連続性として記憶するときにちょっと記憶しにくい。
平成という新しい年号になって、あれ、何年ころだ
っていうように、周辺的な事実が不鮮明になってしまう。
そこへいくとやはり西暦は、概略の時代背景が即座に見えてきて、
いろいろな情景を思い浮かべるのに便利だと思います。
っていう次第ではありますが、
これが、いまから57年前の北海道の一般的な住宅です。
戦争が終結して、大量の復員者が北海道各地に開拓者として入植した
その直後に建てられた住宅なんですね。
住宅というか、まぁ、小屋がけと言った方がふさわしいのかも知れません。
壁にはかろうじて木材の板が張られていますが、
屋根はどうも茅葺き。
柱もたぶん、掘っ立てで立てられていて、
垂直が確保されているようではない。
もちろん、本職の大工に頼めるようなゆとりがあるわけもなく、
開拓者が自分で建築したことが偲ばれる。
戦争という社会の崩壊のような状況から、まさに命を繋ぐ最低限のスタートライン。
そんな状況がひしひしと伝わってくるような写真です。
こういう現実から、戦後の北海道の住宅ははじまったのですね。
全国の地方政府・自治体で、住宅建築についての専門研究機関を持ったりしているのは
特異的に北海道だけなのですが、
その使命感の源泉に、こういう建物で、厳しい自然条件を克服していかなければならないという
いわば、切羽詰まった状況があったのです。
悲惨ではあるけれど、とにかく何とかしなくてはならない、
っていう使命感のようなものは、多くの道民共通の課題だった。
今日でも、建て主と、技術者・研究者など多くの人間が
共通の課題として認識できている部分があるワケなのです。
本州地域で、建築技術知識がいわばノウハウとして、
知識財として、それが取引材料になる部分を感じるのに対して、
北海道では、いつもフランクにそれが語られあっているのには
根源的なこういう共通項が存在しています。
まぁ、しかし、考えてみればほんの少し前まで
現実の姿はこんなものだったのだなぁと、改めて思い知らされます。
古民家、いあや、復元された古代の遺跡住居とも
そう大きくは違っていない。
こういう建物に、わたしの世代やわたしの父母たちは
いのちを育まれてきたのですね。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 9月 17th, 2009 by replanmin
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きのうのブログのこと、ある読者の方から、
「難しくてわからなかった」と言われました。
やはりブログのような形式では
内容を明確に伝えることは難しいですね。
ブログっていう表現形式は、若い年代のひとのを見ると、
絵文字や文字の大きさに変化を付けたりするとか、
そういう表現手段を使って、何かこれまでは表現しきれなかった
「日常生活的な発見」ということへの期待値が大きいのかも知れません。
それに対して、わたしのような年齢の人間の認識にとっては
ブログって、書き文字表現の、日記とエッセイの中間的な形態であって、
そうだとすると、明確な概念規定への厳密な態度までは維持しにくい。
概念をかなり限定して、明確な問題点整理、論理展開、
っていうようなことがらにはやはり、やや適さない感じがします。
そうなんですね、推敲もきちんとはやらないケースだって多いんです(笑)。
あ、申しわけありません。が、やっぱりそれが事実。
まぁ、一般のみなさんにとっては、
何を書いているのか不明だ(笑)、となりやすいですね。
これは簡潔に「申しわけありません」という次第です。
書きたかったのは、
北海道の人間環境創造という行為に関して、
ひたすら建物内部に限定して論じるのか、
もう少し大きい空間性について論じていくのか、の違いと言うことだと思います。
これはそれぞれのひとのスタンスの違いが大きいので、
場合によっては「かみ合わない」ことも多いのですね。
今後、いろいろな場でわたし自身も考え続けていきたいと思っています。
で、きょうは写真の建物であります。
説明も付いているので、そのまんまであります。
北総研の資料に中にあった「寒冷地住宅への研究の歴史」のひとコマ。
いまから90年前に、こういう住宅について北海道はコンペを行ったと言うこと。
これがそのコンペの結果の住宅なのだそうです。
こういうテーマでのコンペに必然性があり、
公共が先導していかなければ、
北海道にふさわしい住宅というのは、
なかなか自発的には生まれなかった歴史があるわけです。
屋根の形状と、風除室の概念、暖房設備、窓の開け方など、
いろいろ示唆的な形状がすでに考えられています。
窓はガラスを採用していますが、引き違いではなく、
上下窓が採用され、また窓面積も一般的日本建築とはまったく違います。
雪への配慮が屋根の作り方にいろいろ考えられています。
全体として、いわゆる「洋風」を踏まえたスタイルを感じますね。
いろいろなことが想像されて、まことにしげしげと見入らされた写真でした。
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Posted on 9月 16th, 2009 by replanmin
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っていう、すごいネーミングの集会が札幌で開催。
大丈夫なんだろうかと、ちょっと不安に駆られましたが、
ここでもけっこう紹介している北総研の研究発表なのです。
年に2回、旭川と札幌で開催されているものですが、
ことしは、ちょっと趣向を凝らして、上記のようなタイトルのセミナーとなった次第。
午前中は北総研の研究発表が行われまして、
午後からは、写真のメンバーをパネラーにしたディスカッション。
建築家の五十嵐淳さん、
施工者として、武部建設・武部社長。
さらに研究者として、北総研・鈴木大隆さん。
進行役に北大工学部の瀬戸口先生。
コメンテーターとして、京都大学名誉教授の巽和夫先生です。
建築家の五十嵐さんと、研究者のみなさんって、
まぁ、異種格闘技戦に近い取り合わせ。
さて、どういう展開になるものやら、ハラハラしながら取材見学しておりました。
なかなか、論点整理も難しいテーマ。
瀬戸口先生は大変な役回りだろうなぁと。
時間も1時間程度しかないわけで、まぁ、まとめまでは無理がありましたね。
でも、積極的に五十嵐さんが問題提起して、
かなりいろいろなテーマも浮かび上がってきたと思います。
五十嵐さんは、その発表の中で、
内モンゴルでのコンペと、先般の美幌町の環境省エコ住宅コンペの
両方を題材に、2重入れ子状の建築を提案していました。
かれが制作テーマとしている「バッファーゾーン」
まぁ、内でも外でもないような中間領域、極言すれば縁側的空間のことですが、
そういう緩衝地帯的な領域を積極的に現代建築に導く方向を目指しています。
発表でも、そういう志向性が明確だったと思います。
そういう意味で、建物内部だけの環境コントロールではない、
あらたな北海道的な建築的問題意識を提起している。
北総研や北海道が目指してきた室内環境の性能的向上努力の
さらにその次の方向性を考えているということは出来る。
そういう志向性と、武部さんが取り組んできた日本的伝統の
木造工法の存続可能性の追求というものが、
さて、どのようにからんでいくのか、いかないのか、
比較的、問題点や論点の整理がかいま見えたあたりで時間切れになったのは
大変残念至極という感じがいたしました。
まぁ、でもそういう問題点というか、テーマの絞り込みができたと言うだけでも
大いに意義があったと思います。
建築の可能性という意味では、
五十嵐さんの提案にはいろいろな側面があります。
そのひとつは、2重入れ子状の建築外皮の作り方の問題。
マイナス30度くらいまで外気温が下がる美幌で
冬期間、おおらかな気温調節装置として機能するわけですが、
そういう内部ではたぶん、ほどほどの気温空間が実現する。
そしてその装置的なものはほぼ自然エネルギーで実現させる、という考え。
そうして作られる空間は、たぶん、零下にはならない。
一方で2重の内部では、より保温性を高めた建物を造ればいい。
そういうことで、農家住宅という特殊性はあるけれど、
面白い北海道的な建築の可能性を見せている。
まぁ、言ってみれば北総研に対して、
というか、多くの住宅関係者に対して、北海道の住宅が今後とも、
環境に対して、閉じ続けて行く方向で行くのか、
それとも開放させていく方向性で行くのか、
その中間的なものを目指すのか、
論点はどうもそのあたりのような気がしました。
そのときに、建築の基本としてあり続けるだろう
木造という生産形態が、どのように伝統を紡いでいくのかどうか、
まぁ、大変面白い展開でしたので、
今後、わたし自身も考え続けていきたいなぁと思った次第です。
パネラーのみなさん、大変お疲れさまでした(笑)。
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Posted on 9月 15th, 2009 by replanmin
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きのう、おとといと
建築家セミナー相談会を開催しておりました。
すっかり恒例化していまして、
まぁ、少数の参加ですが、逆に充分、建て主さんの状居を把握して
相談にたっぷり時間を割くことができるので
なかなか有意義というか、実質的な進行ができるようになってきています。
しかし、さすがに休みなしで新しい週に突入で、
句読点の打ち方が難しい。
まぁ、日帰り温泉に仕事のあと浸かってきまして
本日は爽快な目覚めではありまして、なんとか頑張ろうかなと(笑)。
さて、写真は以前取材に行った上ノ国でのもの。
北海道の中世期、戦国のころの遺跡があります。
甲州武田氏の末裔を名乗る、松前藩の始祖・蠣崎氏が
この上ノ国の台地上に構えた城郭が遺跡として残っているのです。
で、この樹木は、武田氏は源氏ということで、
ふもとに「八幡神社」が造営されていまして、
まことに古式なたたずまいの神社。
その鳥居横に立っているのであります。
一見して、異様な風体であります。
根の部分がまるで、韋駄天の足のような動きを見せていて
とても植物とは見えない、むしろ動物か、いや、生物というに近い、
っていうようなまことに面白いポージングを見せてくれています(笑)。
地元の方に樹種も聞いたのですが、
たしか、広葉樹であまり北海道には生息しない木だったような記憶があります。
きっと、武田にゆかりのある樹種なのか、
神木として植栽されたものと思います。
しかし、この地はまともに北西側に海が広がっていて、
冬には強烈な季節風が吹き付けます。
それにやられて、土壌が吹き飛んだり、
あるいは必死に地面にしがみつこうと根の部分が異様な成長を遂げたのか、
その両方でしょうが、こんなようなかたちになっていったのでしょう。
神木というより、まことに人格を感じさせるような樹木ですね。
この木の下で酒でも酌み交わしたいような思いに駆られます(笑)。
結局、北海道の開発にさしたる動きを見せず、
既得権益にしがみつき続けた松前藩そのもののようでもあり、
なんとも威厳のない表情が、ユーモアを感じさせてくれていました。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 9月 14th, 2009 by replanmin
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