
今週末は、ひたすら原稿書きの日々であります。
まとめなければならないのが、3本ほどありまして、
幸いにして、じっくりと腰を落ち着けていられるので、進んではおります。
って、まぁ、そこそこには、です(笑)。
で、そういうことで、書斎を見回してみると
やや手狭な感じもしてきたので、
いまのところあんまり使っていないわが家の1階に移動しようかと。
わが家は以前、職住一体の兼用住宅だったのですが、
その後、仕事関係のスペースがどうにも手狭になったので
思い切って移転して事務所を新築した経緯があります。
したがって、残されたわが家は、無駄に広いということになっている。
1階で25坪ほどの広さが、ほぼ未利用の状態なんですね。
ちょうどいいからと、壁一面の本棚の整理からはじめて、
一日中、気のつくところをあちこちあちこち、
「あ、ここはこうしよう、あそこはこうしよう」
というように、楽しく整理整頓をしておりました。
その間、気晴らしに庭の、虫の食害にやられた葉物植物をレスキューしてやったり、
ということで、一日中、ハウスキーピング作業であります。
きらいではない。
北欧の人たち、家のことが大好きで、そのメンテナンスを楽しみにすると聞きますが、
わたしも、その人種のひとりだと確信いたしております。
おかげさまで、しばらくほったらかしにしていた本棚は
その様相がまことに綺麗になりまして、
自分とカミさんの趣味志向が如実にわかるようになっております。
でもまぁ、まだまだ整理しきれないものも多く、
途中経過ではありますね。
しかし、先日友人が来てくれたときに、
一部屋を麻雀ルームにしようか、という盛り上がりだったのですが、
そのメドが立ってきましたので、通販で卓を購入(笑)。
全自動は、すぐに壊れるのでメンテナンスが大変、ということで、
「やるんならやっぱり、麻雀は手積みだよ」
という意見から、格安のそういうタイプを手配。
いろいろと計画が進行して、楽しみが倍増して参りました。
あ、そうそう、
原稿書きだった、やばい、頑張らねば(汗、汗)。
<写真は故あって撮影の必要が出来た近所の「屯田兵屋」内部です>
Posted on 6月 19th, 2011 by replanmin
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きのうの続きであります。
瀬戸内海世界では、とくに本州側・山陽地区、近畿地区は
瀬戸内海に向かって河川が、水運が流れ込んでいる世界。
したがって、この河口地域を抑えれば、
必然的に経済の物流を抑えることが出来る。
そして、その要衝地には必然的に常設の「市」が立てられ、
繁盛するようになる。
写真は、播州平野の西の際に位置する「英賀」の周辺河川の様子。
たしか、「夢前川」というロマンチックな名前。
この周辺は、「英賀千軒」という名前も残されていた。
播州平野や後背の中国山地のさまざまな生産物資がこの川を下って
瀬戸内海に出て、そこから大阪・堺に運ばれていったルートが
見えてくるようです。
同様に、広島県の福山市周辺の「草戸千軒」遺跡も、
こうした河川の中州に営まれていたのです。

で、わが家の遠いご先祖さんたちは、
こういう世界に生きていた方たちだったようなのですね。
遠く北海道から訪れてみると、
その陽光の照り返しのまぶしさにくらくらとしてきます。
ヨーロッパの地中海世界に出自を持つひとが、遠くスカンジナビアに移住したような
そういうことに近かったのだろうなと思います。
しかし、考えてみると、
ごく近しい存在として、高田屋嘉平のことも聞こえてくるわけで、
こうした世界は、遠く蝦夷地との「北前船交易」とも太いつながりがあった。
高田屋嘉平の全盛期には、この瀬戸内海世界は
空前の好景気に沸いていた、というようにもいわれています。
尾道などでは、そういう好景気の商人たちが
サロンを形成し、頼 山陽などの知識人を囲んでいたといわれます。
そういう雰囲気の中で、次第に「尊皇攘夷」という
アルコール純度の高いイデオロギーが形成されて、
幕末の動乱に繋がっていったのだと思います。
経済が人の世を作り、雰囲気を決定づけていく中から、
動乱が発酵していく、そんな夢想が沸き起こってきます。
Posted on 6月 18th, 2011 by replanmin
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写真は、広島県福山市の歴史博物館のもの。
中世の瀬戸内海交易、というか、歴史年代に於いて
瀬戸内海世界がどのような世界であったか、
そういう姿を明らかにしているのが
「草戸千軒」遺跡です。
「千軒」という表現は、たくさんの商業者の集まり、というような意味合いで
多くは海洋や河川でなどの流通拠点に成立し、
常設的な「市」が営まれたに相違ない、日本における都市の原型。
この博物館では、「草戸千軒」遺跡の再現展示が行われているのです。
博物館というのは、どうやっても権力者側の歴史認識から自由ではないのですが、
この博物館の展示は、民俗学的であり、
政治的な時代区分とはまったく違った歴史認識をもたらせてくれる。
こういう窓を開けて外の様子を見るという空間体験をしていると、
つい親しい友人のことが思い起こされて、
この家にいて、零細商業を営んでいるわたしを
かれが訪ねてくるような、そういうシーンが目に浮かんでくる。
河川の中州という立地条件は、境界地域であって、
誰のものでもないという空間性を持っていたように思われます。
多くの人民が公地に縛り付けられて公民にさせられていた時代から、
こういった地域では、それ以外の生き方が日本人に普遍的に存在した。
歴史年代を通して、日本人にはこういう自由な生き方が
ある意味で、保証されていたものと思います。
商工業者という、非農民としての生き様が明瞭。
歴史を考えていく、ひとつの典型的な立場を体験できて
非常に興味深く感じた次第です。
また、単純に、こういう開口部って、なかなか味があるなぁっと。
しばらくこういう時空間に浸っていたいと思ったワケですね。
Posted on 6月 17th, 2011 by replanmin
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事務所の植え込みにはシンボルツリーとして
ヤマボウシを植えております。
新築当時は、植え込んだばかりであまり気付くことがなかったのですが、
最近、その成長ぶりに驚かされる日々であります。
事務所は、建ててから10年くらいになるのですが、
この木ばかりでなく、他の植え込みの木も
その成長ぶりが、大変実感されるようになってきた。
やはり時間の経過というのは、自然の営みというのはすごい。
当初は、園芸業者さんに造作してもらったので、
あんまり気にもしていなかったのですが、
メンテナンスを考えざるを得ず、手を加えている内に
愛着がどんどんと湧いてくるようになるもの。
任意に造作した植栽ですが、まるで子どものように
成長する内に自分の意志で大きくなっていくようですね(笑)。
で、ヤマボウシですが、
これが実にことしは美しさが際だっていて
印象がくっきりとしてきている。
緑の葉と、白い花のような葉のコントラストが美しく、
目に遠近感を訴えかけてくるかのようです。
冬には雪庇からの落雪に見舞われる位置にあるのですが、
そういう災いに負けることなく、たくましく咲き誇っている。
仕事は毎日、悩み事の絶えない日々ではありますが、
継続こそが力であると、そう語りかけてくれているかのようであります。
Posted on 6月 16th, 2011 by replanmin
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ここのところ、食欲は育ち盛りの坊主と競争するように元気。
しかし、仕事では出張が多かったり、
お酒を飲むような機会が多い。
したがって、腹回りは順調に生育しておりました。
ゴルフにいっても、腹回りの筋肉がやや邪魔になってきて
腕はそうは落ちていないハズなのに
イマイチ納得できる球が飛んでいってくれない。
そういうところに、急激に体を動かしたところ、
腰に来まして、身動きに不自由な状態に。
ぎっくり腰の恐怖があるので、早めに整形に行ってきました。
レントゲンを数枚取られて、出てきたご託宣は、まぁ大丈夫。
湿布に鎮痛剤練りこみタイプのものを処方されまして、
それを貼って静かにしていたら、ようやく痛みが消えてくれました。
こういう経緯もあって、
というか、そういう雰囲気があったので、
先日からダイエットを開始しております。
カミさんのススメで、午後5時以降、食べ物を口にしない、
という方法であります。
当面は、5kgくらいは落としたいと思っておりますが、
さて、どうなっていくのか、頑張るしかないですが、
そういうブログなのに、探しだした写真はごらんの通り(笑)。
この間、おいしいフランス料理の出た結婚式で撮影したひと皿です。
こういう誘惑に決して負けないぞ、という決意表明か、
それとも潜在意識が、ついこういう写真を欲しているのか(笑)、
なんとも不安な先行きではありますが、
頑張りたいなぁ・・・。
Posted on 6月 15th, 2011 by replanmin
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写真は、先日のアース21旭川例会の様子。
会場は北総研の会議場です。
この会議場は本体構造とはやや違って、
ここだけがRC造で、円形の壁で囲まれた空間になっています。
断熱も、外側でぐるっと回される外断熱です。
外断熱というのは、構造が蓄熱性を持った素材、
石系のコンクリートとか、コンクリートブロックなどを使って建てられた建物を
外側から断熱する工法であって、
木造には、適用されない概念です。
建築的には確立された工法であって、その内部環境の一定性、安定性は
非常に高いレベルのものがある。
ただし、ややお金がかかるということなんですね。
北総研にこういう空間があるというのは、これもなにかの意味を持って
作られているのでしょうが、
大人数の集会などで、人間の発熱などがあっても、
温度環境は、ほとんど左右されることがない。
この日は、旭川は最高気温が28度という高温。
なんですが、この中では背広を着用しなければならないくらいのやや涼しい気温。
日頃は木造の高性能化を考え続けているみなさんですが、
いっとき、この工法の安定性に浸っておりました。
北海道では、この外断熱工法について、
既存マンションの改修に応用して、国の「長期優良住宅先導的事業」に応募し、
昨年度で2棟のマンションが改修完了いたしました。
総事業費の1/3が補助されるということで、
こうした外断熱改修の一般への普及にはたいへん有効な事業だと思います。
全国の多くのマンションで外壁の改修などは日常的に発生していますが、
その時点で断熱も行われることになれば、
その省エネ性の向上は大変有意義だと思います。
北海道での既存マンション外断熱改修では、工事後、
そのマンションの資産価格が上がったということであり、
社会的な問題、賃貸に変わっていくことでの諸問題にも有効性がある。
ことしも長期優良先導事業への応募が予定されていますが、
今後、さらに地域的な広がりが大いに期待されるところだと考えています。
Posted on 6月 14th, 2011 by replanmin
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きのうは富良野で、富良野グループの舞台公演
「帰国」を観劇して参りました。
私はこの舞台ははじめて見た次第ですが、
何度も全国キャラバンなども行われているという人気公演。
お話しのあらすじは、第2次世界大戦で
まったく展望のない戦争で、未来を奪われて「英霊」として
南海で海の藻屑になった旧日本軍兵士が
終電が去ったあとの東京駅に列車で帰国したという設定の、
ほんの寸時の日本社会との邂逅を描いたものです。
意図のわかりやすいテーマであり、
事実、ストーリーもそのように展開していくので、
ある意味では予定調和的な、そのようなものとして観ていたのですが、
不覚にも、もと恋人との邂逅を果たした兵士のふたりの会話のあたりで、
涙が流れはじめまして、
大団円に向かって、止まりませんでした。
この戦争によって、戦闘員170万人超、非戦闘員40万人が犠牲になった。
東京は大空襲によって焼け野原になった。
そして、多くの「英霊」たちは、南海に身を漂わせてしまった。
そうした風景が、今回の大震災の経験と重なって、
日本という国が、いくたびもこうした運命にさらされることかと、
そんな思いが募ってしまったのかも知れないし、
単純に、操を守りつづけた恋人女性との邂逅のシーンに
どれほどの「失われた日常性」が存在したのかと、
思いを致したのかも知れません。
かつての戦争では、そうした局面に外交を持って行ってしまった
そういう戦争指導、国家指導体制の問題がいちばん論議されるべきだけれど、
しかし、今回の震災とその後の「指導体制」の問題を見るに付け、
この国の指導体制は、根源に於いて変わっていないのではないかと
深く悲しみが襲ってきたのかも知れません。
そういう「日本」に対して絶望する気持ちが強いのだろうか。
いい芝居を観ると、こころがリフレッシュする気分になる。
そういう意味では、こんないい舞台を、こだわり続けて
富良野から発信し続けている倉本さんと、そのグループに感謝します。
楽しかったです、ありがとうございます。
Posted on 6月 13th, 2011 by replanmin
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最近知ったのですが、
旭川にはいくつかの変わった名前の街々がありますね。
御料とか、神楽とか、聖野とか、八千代とか、
皇室を連想するような名前がある。
ちょっと奇異な気がしていたのですが、
調べてみると、「上川離宮」計画、というものにたどりつきます。
開拓の初期、旭川に西の京都、南の奈良、東の東京と並んで、
北の京にしようという計画があったのですね。
閣議決定もされていたということですから、
本格的な話。
ところが、さまざまな思惑と経緯があって、実現されなかった。
写真は、上川神社敷地に建てられている案内です。
旭川というのは、北海道の最高峰、大雪山をはるかに遠望する
盆地上に幾つもの河川が流れている要地。
そのうえ、幕末・明治以来の仮想敵国・ロシアに対しての最前線基地的な地域であり、
日本の国家意識にとって、
枢要な位置関係にある街であるのですね。
明治の時代って、こういう国家意識が異常に沸騰した時代意識があったのですね。
こうした閣議決定に踏まえて
多くの人たちが旭川の発展を見越して
移住してきたりしたのだろうとも思います。
実際に明治末に、皇太子が旭川に行幸もしているそうです。
そうした結果、開発のスピードが速まった、という側面もあったそうで、
一定の政策効果はあった、というように言われています。
こういうエピソードからも、
明治の時代にとっての北海道の位置、というのは
やはりきわめて特殊性を持った民族的な認識だったのでしょう。
日本人の中に刷り込まれた「北海道」という地域への感覚の底には
こういったさまざまな歴史的事実が積み重なっているのですね。
Posted on 6月 12th, 2011 by replanmin
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きのうは、伊達を早朝7時半に出て札幌に帰還。
10時から鎌田紀彦先生と仕事の打合せでお会いしまして、
その後、午後3時からは、今度は新住協の北海道のメンバーと
鎌田先生による、表題のようなゼミナールであります。
朝、先生とお話していて、
先生はあまり論文を書かれない、という件になって、
「え、どうしてなんですか?」
と当然の疑問として聞いたわけですが、
「あんまり、論文に意味を感じない」
「でも、学者的にはそういう評価対象が必要なのでは?」
「そういうものは、実践的には役に立たない。工務店と一緒になって
具体的な性能向上の作戦をあれこれやっているほうが、はるかに役に立つでしょう」
というお話しであります。
なるほど、そこまで思い切った立ち位置を思い定めているのですね。
で、午後から始まったゼミは、
まことに「実戦的」そのものの中身であります。
会員工務店からの現場納まりの工夫などに積極的に反応し、
「おぉ、それはなかなかいい考えですね」
というように、柔軟に取り入れていく様は実に圧巻。
「建築システム工学」という、日本でもはじめて開拓された領域で
パイオニアとして取り組んできた鎌田先生の独自性ですね。
高断熱高気密が、先生の基本的な研究領域ですが、
それもさることながら、このような「建築システム」という
現場理解が不可欠な研究領域で、先達のいないなか、
こういった実戦的な研究スタイルも編み出してきたのだと思います。
東大工学部の本流的な立場の研究者が
このように日本の在来建築工法に積極的に関わってきたのですね。
北海道は、こういう事実をしっかり把握し、
地域として、このような建築家の事跡を再認識していかなければならない。
そういう思いを強く感じながら、研究交流の様子を
聞き入っていた次第であります。
確かに、論文を書き続けるよりもはるかに
「創造的」な、実際の建築に役立っていく研究活動なのだと思いました。
Posted on 6月 11th, 2011 by replanmin
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きのうは、札幌から伊達に来まして
須藤ホームさんのグループ企業さんの集まりでの講演であります。
須藤さんは、胆振地域にあって公共事業を請け負うゼネコンであり
同時に、千葉や札幌など戸建て住宅の設計施工でも頑張っている会社。
Replanでも、多くの住宅を取材させていただいています。
設計事務所にも引けを取らない提案力のある企業であり
レベルの高さは折り紙付き。
今回は、依頼を受けたのが10日前ということでしたが、
急遽、プレゼン資料を作成しての講演であります。
これからさらに住宅に力点を置いていくということで、
そういったお話しを、というリクエストで
まぁ肩の凝らないお話しを心がけた次第ですが、
さてどうだったでしょうか?
写真は伊達市内の「歴史公園」の中に展示されている古建築。
伊達は、その名の通り、宮城県からの移住者によって開拓された街。
幕末の動乱期に幕府側について、新政府からさまざまに嫌がらせを受けた
伊達藩が、その窮状の中から
北海道開拓に未来を掛けて藩としての移住を決断した街です。
北海道内では、石狩地方の当別町や、いまは札幌市に編入されている
「白石」村など、こういった経緯の開拓地域が多い。
北海道弁に、宮城県地方の言葉が多いのはこういう事情です。
そういうなかでも、この伊達は
もっとも気候的に温暖な地域であり、
比較的に恵まれた開拓経緯をたどったと言われています。
今週は火曜・水曜が旭川出張。
帰った翌日に、伊達に、ということで、
道央自動車道を、南北にあちこちクルマで移動の日々であります。
で、本日は札幌で新住協のゼミナールの開催。
週末日曜日は富良野にて、倉本聰さんの演劇観劇。
なかなか、カラダが落ち着く日がありません。
移動距離は、300km、350km、300kmということで、
今週だけで1000km突破であります。
北海道は広い(笑)。
でもなんとか、頑張るぞ、っていう次第です。ではでは。
Posted on 6月 10th, 2011 by replanmin
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