
週末は、家の書斎に籠もって書き物をこなしていました。
日曜日には、午後から事務所で合計9時間近く、打合せもあったのですが・・・。
まぁ、それは別にして、
ずっと集中して書いていく環境としては、
自宅の書斎というのが、やはり落ち着いて気分が高まる。
ハラが好いたら、自分でテキトーに食事を作って食べられるという
そういった環境もいいのですね。
不思議に、書き物に集中してくると、お腹が空く。
なんか、脳味噌って、結局は筋肉運動なのか、
いやまぁそんなことはないでしょうが、
考えて書く、っていうのは、思った以上に体力を消耗することなのかも知れません。
で、一方、いまお願いしている絵画系の作家さん、
このひとは、ふだん自宅で仕事しているようなのですが、
今回お願いしている仕事では、どうも自宅では
集中できない、ということのようで、
きのうは、当社の空いたスペースで、
いわゆる「缶詰め」状態で集中して作業に没頭してもらっています。
かれには、こちらの環境の方がずっと集中できるようですね。
同じような集中が要求される作業ですが、
ひとによって、あるいはその時の状態によって、
集中力が高まる環境には大きな違いがあるのでしょうね。
でもまぁ、わたしの場合には、
そのほかに処理しなければならないような、判断の仕事も多い。
また対外的な折衝、調整の仕事も多い。
そういう仕事には、やはり情報がさまざまに入って来やすい環境が必要。
ひととの交流ができやすいことも必須。
まぁ、当たり前ですが、
その仕事の質によって、「すすむ場所」っていうのは違うものですね。
きのうは早々と就寝して、本日は夜中の2時から集中する仕事に。
いろいろ場面転換させながら、
頑張っていきたいと思います。ではでは・・・。
Posted on 10月 25th, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

わたしは北海道の人間なので、
なかなか理解できない部分があるのですが、
関東以南地域の人には、抜けがたく寒冷地住宅の室内環境への不信感があります。
最近も、そういう方とお話ししていて、
ギャップの大きさにややとまどった次第。
ただそのなかに、大きく尊重しなければならないポイントも聞けました。
それは、わたしも不思議だったのですが、
アイヌのひとたちの住居が、それまでの
「竪穴」住居から「平地住居」に変わった経緯についてです。
江戸期の北方探検家・間宮林蔵の「北蝦夷図説」で触れられている
北方民族の住まいについての記述などですね。
かれらはおおむね、夏の家と冬の家を住み替えて生活していた。
冬の家は「穴居」と書かれた竪穴住居なのだけれど、
これは冬の極寒期だけの住まいであったというのです。
春になって雪解け時期になると、
もっと通風重視の、換気重視型の住まいに住み替えるのだそうです。
冬には断熱重視の住まいを選択するけれど、
そのまま夏期をそこで過ごすと、
疾病を招く、というように記載されている。
たぶん、かまどなどでの煮炊きによる室内気候の暑さや
雪解けなどの時期には室内の湿度が上がって、住みづらくなるのでしょう。
アイヌの住まいが竪穴から平地住宅に変わったのには、
そういった経緯もからんでいたと言うことなのだろうか、という点です。
逆に言うと、このような潜在意識が日本民族には
原体験的に刷り込まれているのだろうか?
アイヌの人たちというのは、推定で言えば日本の基底的文化である
縄文人をピュアに伝えている民族ではないかと思われる。
日本というのは、この狩猟採集の縄文文化の上に
弥生のコメ生産に特化したシステムが乗っかって形成された文化。
で、このような民族的住体験記憶が、無意識のうちに
日本人に強く存在しているのではないか。
どうも、そのような発想に
ここのところ、大きく心がとらわれております。
もう少し、焦点を定めて、考えを進めてみたいと思っております。
<写真は、岩手県の古民家>
Posted on 10月 24th, 2011 by replanmin
Filed under: 古民家シリーズ | No Comments »

きのうは青森県からの見学のみなさんが20人超で
その多さにちょっとびっくり。
で、午前中は当社の社屋をご覧いただいたあと、
札幌市内西部地域、具体的には宮の森、藻岩山麓一帯を
バス見学にご案内いたしました。
札幌は、開拓以降約140年。
急速に発展してきた都市なので、
熟成の時間がまだ、その時期に到達していない気がします。
しかし、いくつかの特徴は現れては来ている。
それも近代、現代という歴史時間の中で経過してきている
日本の都市の中でも、特異な発展形態の街だと思います。
まず、原札幌ともいうべき条丁区画の街割りに見られる計画都市性。
これは、通常の「通り」の幅が30m以上あって、
中小路ですら8mが基本になっているという
ゆったりとした都市計画だという点。
これは、明治期の「お雇い外国人」による計画立案が大きかったのでしょうが、
基本は、京都の都市計画などに見られる考えだったろうと思います。
そして、そこからの発展形では
市の西側に設置された「北海道神宮」の社域が高級住宅街を形成した。
今、札幌の高級住宅街は「宮の森」というのですが、
ネーミングからして、そのようなことを意識している。
また、北半球では偏西風が吹くので、
その風上に当たる西側地区が高級住宅地になりやすい、また、
同時にそれはやや高台である、というようなほぼ世界標準に近いような
そういった発展形態を取ってきている。
東京は別にして、
わたしが良く通っている東北の各都市では
このような発展形式はあまり見られない。
大きく言えば仙台は、支配者であった城が西部高台にあるので
そういう概念に近いとも言えるけれど、明確ではない。
で、札幌ではそのような「高級住宅街」が明確に発展してきている。
そしてそこに建てられている住宅の有り様は、
それこそ、デザインについては千差万別、
実にさまざまなデザイン傾向が伺えるけれど、
しかし、明確なのは瓦屋根のような和のデザインを外観で見せるのは
きわめて少ない、ということ。
そういった無秩序な住宅群が存在しているのだけれど、
しかし、自然林の後背が明確に存在し、その余韻がまだまだ街並みに
樹木を遺させているので、デザインはバラバラなのだけれど、
自然はうまくそれらに一種の調和を計らせている。
そんな印象がありますね。
で、バラバラなデザインの中に、個性的な建築家関与の住宅が点在し、
その数も、他の都市とはまったく違って多い。
まぁ、おおざっぱに言って、こんな都市性を札幌は持っている。
こういうあり方が、
都市としての札幌のプライドに育っていくのか、
ずっと、ウォッチし続けていくことになりそうであります。
さてさて、原稿まとめ、比較的順調ペースであります。
やはり、通常の日のように外部からの接触がないとたいへんはかどる。
面白いもので、執筆がベースの暮らし方にあってくるのが
自宅での生活だというのが、よくわかります。
こういうのもまぁ、楽しい暮らし方だと思います。がんばるぞ、と。
<写真は富良野プリンスの一角のログタウンを絵画風にアレンジ>
Posted on 10月 23rd, 2011 by replanmin
Filed under: 「都市の快適」研究 | No Comments »

さて本日は、Replan東北最新号のお知らせです。
東日本大震災からの復興をめざす東北に元気をもたらすのは
大工さんたちの建築の槌音。
そんな思いから、優れた地域ビルダーの優良住宅をご紹介していきます。
地域住宅雑誌、Replan東北が新しい号を発行しました。
東北VOL.33 2011年10月21日発売
2011年10月21日発売・2011年秋冬号・A4版・定価420円(税込)
【特集】30坪以下で住む
エコ、省エネ、環境負荷低減などが、今後の大きなキーワードとなる住まい。
そして、単に広いこと、部屋がたくさんあることが豊かな暮らしの象徴では
なくなっています。
今回訪ねたお宅はどれも30坪以下の、小さなおうちばかり。しかし、「必要
な広さ」「ここちよい広さ」を正確に把握し、「このサイズが欲しかったから」
「この広さがぴったり」と、自分たちサイズの家を求め、そこしかない快適な
暮らしをつくりだしていました。
contents
●特集/ 30坪以下で住む
●対談 未来を開く再生でありたい
柴田 敏晶×村上 ひろみ
全国の建材流通大手企業・伊藤忠建材と、東北地域で自らビルダーも手がける
建材流通の・北洲。この両社のトップが、東日本大震災からの復興を
熱を込めて論じます。
●ランニングコストの少ない家〈コラム+実例〉
●リフォーム特集
●薪ストーブ企画 炎を囲む暮らし
●NPO 住宅 110番
●TOHOKU ARCHITECT
宮城県「成田の家ー素の家ー」三浦 正博
多くのみなさんの家づくりのお役に立ちたいと念願しています。
販売は、WEBでも行っています。どうぞよろしく。
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b2tou/t33/index.php
さて、本日は青森県からの住宅見学のみなさんが来社。
ときどき、全国から見えられますが、
自分たちにとっても、札幌の建築のプライド
さてなんだろうと、いつも考えさせてくれる契機であります。
年末に向けて、諸作業が盛り上がりを見せています。
今週は土日も、いろいろ仕事。がんばるぞ、と。
Posted on 10月 22nd, 2011 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

東京に来ると、いろいろな街を巡るようになってきました。
っていっても、ホテルを替えて、新しい街を体感する
というようなことなんですが、
年齢とともに、古い街並みのくだけた空気感が無性に欲しくなってくる。
きのうは日本橋界隈でお昼を食べたりしたのですが、
写真は宿泊した人形町の界隈。
まぁなんでもない飲食店舗が軒を接しているのですが、
なかなかにキッチュで、なに情緒なのかわからない、けれど、
なんとなく懐かしさがこみ上げてくる街並みであります。
こういう「街並み感」って、都市計画の専門家たちには絶対に見えてこない世界。
しかし人間の情感の世界ではかけがえがない、なにかを訴求してくる。
メインストリートではない、セカンドストリート的な場所では
江戸なのか、戦前までの東京なのか、
なにか、人間の暮らしか、欲求の残滓のようなものが立ち上ってくる。
いま、東北では「復興計画」が
各地域、市町村レベルでまとめあげられつつあります。
しかし、その計画の「受注」はほとんど東京のシンクタンクが
独占的に受注してしまっているようです。
全国マスメディアというのは、なぜこういう事態について
論陣を張らないのだろうか。
地方出身の小沢一郎に対しては、
またかつてでいえば、田中角栄のような存在に対しては
執拗に根拠の薄い追及を行ってくるのに、
一方で、東大教授のような存在を錦の御旗にした中央の専制支配には
絶対に問題追及をしない。
おっと、また脱線しそうであります(笑)。
言いたいのは、中央の「都市計画」って、こういう人間の生業とか
空気感のようなものには、まったく鈍感であるということ。
本当は、中央的な「都市計画」は
地方には似合わないし、そしてそのような都市計画の結果は
より中央集約的な方向にしか機能しなくて
地方の独自な文化をたぶん、相当に破壊し尽くすだろうと言うこと。
リアス式の海岸地帯では、高台移転について
国費支出による道が開かれていくようですが、
その高台には、その地域の独自文化がほんとうに造形できるのか、
息の長い、中央と地方の戦いが継続していくと思われます。
でも、こういう東京の真ん中でも、
結局は、人間生活の句読点を刺激するような
界隈性が、絶対に不可欠だと思うので、
紆余曲折はあっても、たくましく生き残っていくものがあると
信じています。
Posted on 10月 21st, 2011 by replanmin
Filed under: 「都市の快適」研究 | No Comments »

きのうは福島のホテルを朝ゆっくり出て
新幹線で東京へ移動。
ホテルに荷物を預けてから、少し時間があったので
秋葉原ヨドバシカメラにてiPhoneのカバーと
やはり必要に思われたストラップの装着を行いました。
わたしのようなあわて者の場合、
やはり落っことしてしまう確率は高そうだと、
移動しながら、認識が高まりました次第であります。
移動中って、多くのものを管理しながら、というケースが多い。
お財布から始まって、手荷物・書類などがあるわけですね。
その上に、このiPhoneや、PocketWiFiが加わったのですから、
やはりケータイ電話であるiPhoneには、首からストラップに
なっていただくしか、方法はないと思い至ったのです。
で、その後、秋葉原駅から初めて
「つくばエクスプレス」で、最終駅の「つくば」まで乗車。
わたしが東京に住んでいた40年〜32年以上前には
こういう土地はまだ、地図に存在しなかったのではないかと思います。
って、まったく、記憶していない、ということです。
もちろん、こういうつくばエクスプレスという路線もなかった。
「快速」で、45分ということなのですが、
その電車の速度にもちょっと驚き。
あとで訪問先の筑波大学・安藤邦博先生に聞いたら
東京都心から60kmという距離なのだそうですが、
なにか、印象的には100kmくらいの感じを持ちました。
とにかく、すごいスピードと思いました。
この春に、同じつくばの建築研究所も訪れたのですが、
そのときはレンタカーで行ったので、まったく印象は違います。
広大なキャンパス環境もあって、土地の印象は北海道に近いような
そういった感覚を持ちます。
駅からはバスに乗車。路線バスというのにはあまり乗らないので
お金を払う段になって、行きも帰りも間違えまして
運転手さんにご迷惑をおかけいたしました。
先に「両替」してからちょうどの金額をボックスに入れる、
というようなシステムになっているのですね。
申し訳ありませんでした。
ちょっと早めに着いたので、学内をちょっと見学。
東京都内よりも気温、2〜3度くらい低いのではないでしょうか。
秋の夕暮れ、というたたずまいが感じられました。
先生とお話しして、いろいろな発見をいたしました。
先生は、わたしたち北海道の高断熱高気密研究の第1人者、
鎌田紀彦先生とは、東大の研究生時代の同僚だったのだそうです。
研究開発の方向性としては異にする部分が多いということですが、
個人的には親しい関係とお聞きしました。
その後、帰り道、
時間を計算しながらつくばエクスプレス駅まで戻り、
秋葉原まで帰って参りました。
やはり移動距離の分、人間は疲労するのだ、という感覚があって
どっぷりと疲労感覚に襲われまして、
さきほどまで、気絶したように爆睡しておりました。
たぶん、移動距離合計は450km位はありましたね。
さてさて、本日は1日都内で多くの打合せなどの予定です。
ではでは。
<写真は、宿泊先、人形町周辺の下町の料理屋さん街にて>
Posted on 10月 20th, 2011 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

きのうは、朝7:30に家を出て、いったん千歳から羽田に向かって
9:30出発から11:15羽田着。
そこから大急ぎで東京駅から新幹線に乗って福島へ。
12:08出発で13:46着という移動でした。
都合、おおむね6時間という時間距離。
福島での講演が終わったあとは、つくばと東京で要件があり、
東京の往復の方が合理的ということです。
移動時間も、ずっとパソコンとにらめっこしながら、
パワーポイントデータに手を加えておりました。
飛行機の中でずっと作業していたので、
パソコンのバッテリーが残量厳しくなり、
やむなく3000円の追加料金で、東京ー福島間はグリーン車利用。
座席に電源があるのですね。
そのお陰で、移動時間も有効に利用できて
作業時間として確保できまして、
まぁなんとか、最終滑り込みでデータ作成は間に合ったというところ。
講演後、多くのみなさんと情報交換も出来まして、
大変有意義に過ごさせていただきました。
なんですが、
福島の方から、「福島に来るということに危険の感覚はないですか?」
と、逆に聞かれまして、
ちょっとやるせない思いが致しました。
まぁわたし自分自身は、まったくそういう感覚はないのですが、
国民の多くの中に、残念ながらそういった感覚はあるのでしょうね。
やむを得ないと思う一方、
福島のみなさんのことを考えると、なんとも悲しい。
たしかに放射線被曝というような可能性自体はあるのでしょう。
しかし、そういうなかで福島のみなさんは生きている。
ことしは、福島産のももが値段、ずいぶん安く購入できて
わたしはずいぶんいただきました。
本当に、え、なぜ?というくらいに安かった。
もちろん、そのわけは明白ですが、
そこに暮らしているみなさんには、生業というものであるわけです。
危険性があるから、遠ざける、というようには
わたしはやっぱり出来ない。したくない。
そんな思いをしながら、お話を聞いておりました。
福島県のお米について、安全であると、知事さんが宣言したということですが
一方で、市場流通ではなかなか理解されないという。
大変デリケートな問題は含むのですが、
しかし、モンスター化しているような福島忌避感情のようなものは
どうしても許せないなと思ってしまいます。
花火の類まで危険性があるといって拒否させる「市民」って、
「自分さえ安全であればいい」モンスターそのものではないか。
住宅の事業者さんたちからも、
子育て世代が避難している現状で、事業が厳しい、という声を聞きます。
しかし、そういうなかで
「明けない夜もない」という言葉も聞きました。
本当にその通りで、少なくともわたしたち年代の日本人は
この福島の危機に、ある意味で、連帯すべき義務もあるのではないかと
そんな思いでおりました。
Posted on 10月 19th, 2011 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

住宅雑誌を東北でも発行しているので、
そのような関係業界から、たびたび講演のお呼びが掛かります。
いろいろなみなさんとお知り合いになる機会ですので、
できるだけお引き受けしております。
このブログのまんまに、「性能とデザイン〜いい家大研究」が
テーマで、そのたびに若干の色合いを変えて
プレゼンデータを作成いたします。
ことしはあと、3回の予定がありまして
その都度、新しいテーマ性も持たせながら構成しております。
今回は特に、「東北の住まい再生」というフリーマガジンを被災3県を
中心に配布していて、またご好評につき、ふたたび11月下旬に
第2号も発行する予定です。
そんなご縁から、依頼されたもの。
しかし、やはり震災後の状況をさまざまに反映させて
最新のニュースも盛り込みたいと考えると
まとめがついつい時間が掛かってしまう。
本日、これから出掛けるのですが、
ようやく昨晩からの追い込み作業でなんとか形になったという
まさに滑り込みでの作業でございました。
あんまり推敲はできていないのでやや不安ではありますが、
飛行機や新幹線での移動中に、続行していきたいと考えております。
しかし、体力的にはきびしいですね(笑)。
寝る時間はやはり最低でも3時間とかは確保して
爆睡してしまいます。
ほぼ気絶に近いのですが、若いときには
けっこう徹夜にも耐えていたと記憶していますが、
まぁ、無理はもう出来ませんね。
やや眠いわけですが、移動中にも少し、睡眠が取れるのではないかと
期待しながら、行ってきたいと思います。
ではでは。
Posted on 10月 18th, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

auが決断してくれて
わたしもようやくiPhoneを使えることになったわけですが、
とりあえずの「アドレス帳」問題は、
わたしのMacのデータメンテナンス作業を促進してくれまして、
ちょっとした時間を見つけては、「アドレスブック」を書き換えております。
アップルはどうも「赤外線通信」を技術としてきらいなようで、
いまのところ、MacとiPhoneの同期は、USB経由で
Macで編集したデータをiPhoneに送っています。
どうしてこういった作業がいやいやでなくなってきたか?
それがiPhoneの製品レベルだということでしょう。
多くのひとに、使ってみたいと思わせる、というのは
製造業の究極的な目標でしょうが、この製品にはそれがある。
まぁいってみれば、電話が完全にコンピュータになったということでしょう。
それもアップルのコンピュータが持っている「使いやすさ」を伴っている。
わたしは指は細い方ですが、この端末への入力には
まだ慣れが不足しています(笑)。
でもそんなことは、このレスポンスの良さ、使い勝手の良さの前では
あんまり気になる問題とは言えない。
ようするに人間の、使ってみたい心理を刺激して
よし、それに慣れてやろうと思わせるパワーが感じられる。
レスポンスの良さは、やはりチップの性能向上に依るところだという。
低消費電力で強力なパワーを持ったチップ。
チップメーカーでないアップルで、全従業員の5%がチップ開発に
取り組んでいるそうです。
たぶん、PC用のチップを開発してきたインテルなどの
チップメーカーでは、ポストPCの時代には
開発方向が合わなくなってきているのか、と思わせる動きです。
そして回転駆動による熱の発生問題から逃れられないHDも
アップルからは嫌われてきているようです。
このような動きを見ていると、
AppleConputerという社名から、Appleというように社名を変更した
そういう方向性が見えてきますね。
ともあれ、iPhoneによって
電話は完全にコンピュータになった。
移動中も、ネットワークへの接続に支障がなくなって
そういうふうに社会が変わっていって、
その先に、どんな需要や欲求が新たに発生していくのか
スティーブジョブスさんの死後ですが、
ロードマップは明確になっているそうなので、
今後も、社会を革新するような製品が出てくる可能性が高いですね。
Posted on 10月 17th, 2011 by replanmin
Filed under: Mac.PC&DTP | No Comments »

きのうは一日、机に向かっての事務作業。
パワーポイントでのプレゼンデータの作成、それと記事執筆が平行。
さらに台割りの検討その他、編集の下作業もどっさり。
というなか、iPhoneがお店に到着したということで、
そのために旧auケータイからのデータ移管に取り組んだ次第。
机には、そういうお陰でほぼ12時間以上向かっていた感じです。
仕事の方はともかく、
みなさんにも関係あるのはiPhone4Sですね。
auからのアドレス帳の移管は自己責任でお願いします、
というアナウンスで、急遽、au oneサービスというものに加入することになります。
そうしておいて、いったんauの保管場所にデータを上げて、
機種変更してiPhone端末から、データをダウンロードすればいい、
っていうことなのですが、
わたしの場合、この最初の会員サービス登録からしてトラブル。
会社契約なのですが、最初に設定している「パスワード」が必須のようなんですね。
パスワードって、みなさんどうやって管理されているか、
わたしは、まずそういうの、ダメなんですね。
で、3回違うパスワードを入力するとロックがかかって
その日のうちには操作ができなくなるのだそうです。
「下準備」のつもりが、簡単に泥沼に嵌っていく。
で、auショップでデータのクラウド上でのバックアップを確認したのですが、
au側で用意したと思われる移行アシスタントのようなソフトを
起動させるのだけれど、実際に始めると、途中でフリーズというか、中断。
会員登録なんとかは、社内での情報を確認して入力したので
それは良かったハズなんですが、どうもロックがかかっていたので、
見かけ上、うまくいったように見えていただけで、どうも実際には
保管されていない、アップロードがうまくいっていないようです。
機種の交換って、こういう難しさがある。
で、やむなく、データをSIMカードからデータカードに
コピーしてもらっておいたのですが、そちらを使ってMacに持ってきたら、
.vcfという記述言語のデータをテキストエディターで見ることができた。
それを、開いてみたら、どうもまちがいなく、アドレス帳のデータ。
で、それならついでにと、
iTunesで、Macのアドレス帳データと同期させて、
その差分を確認しようと考えました。
この作戦、大成功で、
そもそもMacのアドレス帳のデータ自体がいい加減にほったらかしていたので、
ちょうどいい機会ということで、Mac上でデータの整理整頓をしながら、
都度、iPhoneとMacを同期させ続ける作業をしておりました。
こういうデータメンテナンス、まぁ面倒ですが、
ちょうど夜なべ仕事に勢いを付けるにはまぁ打って付け(笑)。
細かい作業なんですが、悪くはないですね。
ということで、アシスタントソフトのお世話にはならずに
なんとなく自力っぽく、移行できたようであります。
電話は、電話帳から呼び出して掛けられ、
メールは、これまでとは違って、Macのほうのメールも一元的に全部来る。
なので、メールがリアルタイムになってくるので
これはいいかもしれませんね。
メール機能だけが、Macからこっちに来ただけでも価値はありそう。
入力は、Macほどはやりやすくはないけれど、
慣れれば、っていう感じでしょうか。ケータイメールよりも
管理しやすい点で、上手と思います。
さて、そういうドタバタを経ながら、
本日も、引き続き、原稿とデータと、格闘であります。
がんばるぞ、っと。
Posted on 10月 16th, 2011 by replanmin
Filed under: Mac.PC&DTP | No Comments »