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連休にサクラ開花

1692

きのう「開花」したと書いたサクラの早咲きの1本。
本日の様子であります。
ほぼ5分咲き以上の感じですね。
そろそろ気象台でも、札幌のサクラ開花宣言、出るのかも知れません。

北海道は、GWとは言っても
ほとんどの地域でサクラが咲くような気候にはならず、
できれば1カ月くらい遅くして欲しいという声が大きいのですが、
ことしは、雪融け以降、順調に春が進行して思いの外
早いサクラの開花のような気が致します。
北海道は、同じ日本とは言っても
気候風土条件が本州以南地域と大きく違うので
同じような季節感覚を持ちにくいのです。
それが、ことしは、冬に東京で大雪があったりして
どうも似たような季節感覚を味わってきている気もします。
わが家も居住地域が各自、大きく広がったので
それぞれの地域の気候も境目なく受け止められるようになって来たのか。

1691

こどもの不在になった夫婦ふたりでのくらしに訪れた春。
幸いまだまだ健康面では元気なので
ふたりで運転もシェアすれば、どこへでも遠出ができる。
天気もいいので、あちこちとクルマを走らせております。
カミさんに付き合って、最近彼女が取り組んでいる
プールでの運動+炭水化物非摂取ダイエットを支援しております。
たしかに炭水化物の量のコントロールは効果的のように思います。
わたしも、理論をカミさんから教えられて
そのように実践してから、去年、10kg近いダイエットに成功したので、
ブーメランということで、ことしから彼女も取り組んでいる次第。
仕事や家庭のストレスで、どうしても過食的な嗜好に陥りやすく
それが、生活が一変したので
ダイエットに取り組みやすくなっているのですね。
加齢はやむを得ませんが、健康で動き回れているのならば
若さは十分に保っていくことが出来ると思います。
子育てが一段落したら、今度はこどもたちに迷惑を掛けないように
自分たちの健康管理をしっかりやるのが不可欠。
夫婦ふたりで、ピンピンコロリを合い言葉にして
楽しく老後を過ごしていきたいと思う次第であります(笑)。
なんですが、やはり仕事に打ち込んでいるのがなによりも基本。
あれやこれやと、考えられることを日々実践して
ずっと現役感覚を持ち続け、
人生の主役意識を高いレベルで維持することが一番なのだと思います。
ということで、連休の谷間、
今日もがんばりたいと思います。

道南ドライブ散歩

1690

きのうの北海道はすばらしい好天。
札幌でも気温がグングン上昇して夏日になったとか。
なんですが、わたしたち夫婦は好天に誘われてドライブ。
気持ち的により暖かさを求めて、道南方面へ。
まずは遺跡・歴史関係に足が向かいます(笑)。
最近、北海道内の渡島半島東部、噴火湾に面した地域、
函館市南茅部地域を中心にした北海道の縄文遺跡が注目されています。
って、ごく一部わたし周辺ですが(笑)
でも、この地域から出土した北海道唯一の国宝の話をしたら
カミさん、興味を強くしてくれたようで、
その国宝が展示されている南茅部の道の駅に向かいました。
札幌からは300kmくらいでしょうか。
高速で札幌から森まで走って、そこから噴火湾沿いに南下というルート。
途中、八雲の高速パーキングでは以前、KFCが経営していた
八雲ハーベスターの衣替え施設でチキンのランチセットを味見。
なかなかジューシーで、KFCよりずっといい。
結婚したての頃や、子どもが小さかった頃にも
よく南下したことがあります。
途中では、写真のように以前行った「大船遺跡」も再訪した次第。
で、そのすぐ近くの新築施設に納められた
国宝の中空土偶を見学させていただきました。

この土偶さん、たいへんお忙しい方で
昨年は、イギリスに出張されていて
日本の縄文の紹介親善大使として、大英帝国博物館で
世界のみなさんに日本の考古歴史をアピールされておりました。
なんですが、単なる土偶と言うよりも、
その芸術的造形的完成度の高さにはいつも感嘆させられる次第。
日本の縄文文化というのは、世界的にも類例のない
照葉樹林での採集生活と漁業に特化した豊かな生活文化。
その後の栽培植物文化、米作や小麦、あるいはトウモロコシといった
炭水化物人工生産システムのような、時間感覚を刻む暦や、
記録のための文字開発といった、文明要素は満たしてはいないけれど、
しかし日本人の骨格的心性を形成していることは確実な
豊穣な文化システムだったと思えます。
でも、カミさんもほとんど理解がないくらいの状況ですね。

1689

さて、本日北海道神宮境内を散歩してきたら
おととい注目していた標準木っぽいサクラ、
ご覧のように開花しておりました。
サクラ前線、ついに札幌まで到達であります。

飛び石連休

1686

さて今週末から飛び石ではあるけれど
連休が始まりますね。
どうもことしは曜日の配置が悪い感じです。
それでも北海道、ここにきてずいぶんと気候が良くなってきたので
近場にですが、出かけてみたいと思っています。
写真を見るとわたしは静岡県にでも居るみたいですが、
これは何年か前の4月26日の取材時の様子であります(笑)。
そうなんですね、震災ですっかり頓挫してしまったけれど、
「関東版」にもチェレンジしていて、そのころの行動範囲は
こういったところまで及んでいた次第です。
東京に事務所としての拠点もないままに無謀にも
関東を商圏とする出版をやったのですね。
まぁ・・・。

それは別として、
本日散歩してきたら、北海道神宮境内には露店がたくさん準備作業していて
各所に「お花見」のための立て看板や、臨時トイレなど
普段とはだいぶ雰囲気が違っておりました。
とは言っても、主役のサクラはまだまだのようです。
ただ、東南側の鳥居のヨコの日当たりのいい場所にあるヤマザクラでは
観察員とおぼしき方が注意深そうにチェックされていました。
で、いっしょになって見させていただくと、
こちらは素人目にもつぼみの膨らみが顕著。
まさに、予感させるようなたたずまいであります。
観察員さんの眼光、まさにらんらんたるものがありまして、
その気迫に気圧され、
こちらも沸き立つような思いを共有させてもらいました(笑)。
その後、神宮に参拝したら、ちょうど6時寸前。
朝を知らせる太鼓の乱打が神職さんの手で行われるのですが、
その前に時刻を知らせるラジオ放送があって、
本日の天気予報をやっていた。
なんでも今日の札幌、最高気温が26度だかの夏日なんだとか。
これは、早咲きのサクラは芽吹いてくるかも知れません。
こころよい太鼓の打音をカラダ一杯に浴びさせていただいて、
ことしの連休スタートであります。
みなさん、よい連休をお過ごしください。

日米同盟

1685

オバマさんの来日で安全保障面の言質は表された。
尖閣は日米安保条約の適用範囲であると明確に表現された。
これによって、ロシアのウクライナと同様の事態が
尖閣において勃発するという最悪のシナリオは当面まぬがれたといえる。
このことを中国側から見てみれば、
今後、どのようなアクションを行いうるのか、
きっと、いま、中国の指導層内部では激論がされているに違いない。
どんなリアクションが出てくるのか、注目しなければならないだろう。

日米同盟は、お金がなくなってきたアメリカの代わりに
日本が軍事支出を拡大させて西太平洋での既得権益を守ろうとするかたちに
大きく内実が変化してきた。
たぶんもっとも大きな変化は、このような安倍政権の動きに対して
国内の政治が反応を見せることも出来なくなっていることだろう。
55年体制の元では夢想も出来ず、
また民主党政権時代にはまったく考えられなかったことが進行している。
戦争へのアレルギーは当然のようにわれわれは持っているけれど、
さりとて、中国による危険な膨張主義には
やはり軍事的にも対抗していかなければならないことは自明。
中韓両国は「日本の右傾化」というような宣伝を声高に言っているが、
日本がこのように対応せざるを得ない状況についての大きな責任は
むしろかれらの側にあると、日本の国民意識では思っていることが重要。
中国のフィリピンに対する事実上の侵略行為は目に余る事態。
フィリピン大統領は国際社会に対して訴えているけれど、
アメリカは、それについて明確なメッセージを出していない。
これからのオバマさんの歴訪の結果、
どのようなメッセージが発信されるのか
注目していかなければならないだろう。
また、ことしの中間選挙ではオバマ政権は負けることが既定のようで、
そうなったときに、レームダック化したアメリカの政権に対して
中国がどのような仕掛けをしてくるのか。
現代世界のパワーゲーム、なかなか難しい局面が続いていくのでしょうね。

芽吹きどき

1684

さてことしは、4月から、日々の早朝散歩を楽しんでいます。
例年だともう少し遅くから散歩を始めるのですが、
生活に変化が生まれたので、その変化に早く対応するためにも
カラダを動かして、習慣から変えていくのが
もっとも手っ取り早く、意識を変えることができるだろうという
経験がもたらしてくれる対応策であります(笑)。
で、やはり日々の自然のうつろい変化というものが
いちばん大きな体内リズムの更新には効果的だと実感します。
エクセルギー理論で有名な宿谷先生によれば、
人間はその生涯の90%以上を「建築的環境」で過ごすといわれますが、
しかしそうであればこそ、
自然との対話機会というのは、もっと痛切に必要だとも思います。
建築的環境を、より人間的なものに変えていくのは
それこそ人間の知力の営為の賜物ですが、
一方で自然の営みは、より大きな知力を与えてくれる。
写真はきのう撮影した森の中の小川沿いの光景。
日当たりのいい場所を選んで、雑草たちがたくましく芽を出している。
わたしは、根が単純に出来ていて
こういった自然の営為を見ると、不思議と精神がリフレッシュする。
それぞれの植物個体ごとに芽吹きの仕方が微妙な違いがあったりするけれど、
そういう光景がなんとも、元気を与えてくれる。
ただ、散歩しているだけなんだけれど、
実にさまざまな「情報」を得ているのだなと気付かされます。

さて、アメリカからオバマさんが来日した。
昨晩は安倍さんと銀座のお寿司屋さんで会食したということ。
2泊3日という「国賓」としての最低限の日程での訪日ですが、
これまでの日本の政治体制とはかなり変化している安倍政権と
アメリカの位置関係のなかで、
本日の共同声明などの中身が非常に注目されます。
中国との関係を巡って、日米同盟という関係をテコにして
国益を追求していきたいと考える、自主外交的な動きを見せる安倍政権と
基本的には協調関係を築きながら
ビジネスとしては中国との関係を大切にしたいと考えるアメリカとは
微妙な距離感がある。
最近の状況を見ていると、日米関係というものも、
かなり相対的なものとして立ち現れつつある。
日本版の国家戦力会議機構も立ち上がり、
戦後日本は大きく変化してきているけれど、
安倍さんに対して野党勢力側の結集ポイントがまったく見えなくなっている。
3日間の来日と、その後のアジア各国歴訪が
どのように結果していくのか、動向を注視したい。

担任が入学式欠席、割れる賛否

1683

この問題で、賛否が割れるとは思わなかったけれど、
そういう分裂がこの社会では起こっているのだという気付きになりました。
例の埼玉県での高校教師のことなのですが、
高校1年になるこどもを持っている女性教師が、
同時に自分も高校1年生の担任になっていて
自分の職場の「入学式」を有給休暇を取って休んで、わが子の高校入学式に行った
ということの顛末であります。
はじめて報道に接したときには、なんと非常識な、と単純に思ったのですが、
その後この問題にyahooが反応して賛否を問うたのですね。
そうしたところ、驚くほどに擁護論が多く書かれていた。
で、けさの朝日でもこの問題を追跡している。
そういえば、ことしの朝日新聞には東大卒が全然応募してこなかったそうで、
これはこれで、隔世の感がありますが・・・
で、朝日によると48:44で休暇教師擁護意見の方が多いのだそうです。

わたしなどは、この女性教師が子どもとともに高校に行ったら、
そこの担任教師も有給休暇を取っていて
そのことに激高した親としての女性教師が、
モンスターペアレントになって高校に抗議するという
循環ストーリーのネタになるのではないかと
いたく空想的想像力を刺激されたのですが、
事ほどさように、まことに現代を映し出している光景であるのかも知れません。
そしてそれ以上に、賛否が拮抗しているというのが面白い。
なぜなんだろうと考え始めているのですが、
どうもわからないことが多い。
そもそも賛成しているみなさんの声に説得力を感じない。
総じて、マイセルフというか、
個人最優先という考え方が、こうした意見の根底にあるように思います。
そのこと自体はそれなりには理解出来るけれど・・・であります。
わたしの類推的妄想を進めて想起してみると
この女性教師さんは、なにを期待してわが子の入学式に行ったのだろうと
それが知りたいと思ったのです。
そしてその知りたいと思った興味の中に、大きなウェートで
「どんな先生に教わるんだろうか」という興味があったと思うのです。
で、そのときに、
その同じ興味を持ってくるであろう自分の職場の子どもたちと
その親たちに対しての思いは、どのように腑に落とせたのか、
そこのところが、ぜひ取材したくなったのです。
なんでも、女性教師に対して否定的な反応を寄せると
そのひとの書き込みやブログは「炎上」するのだそうですが、
そうだとしても、この点はぜひ知りたいと思う次第。
みなさん、どのように思われるのでしょうか?

<写真は札幌のサクラの名所、円山公園の今朝の様子・・・さむ!>

あぁ、喫煙習慣

1682

わたしはたばこの習慣を止めてから27年になります。
胃潰瘍になったりして、また、子育てに当たって受動喫煙もかわいそうと
止められるとしたら、こういうタイミングしかないな、と
思い定めて、1度は失敗しましたが、
2度目の正直で無事、たばこ文化から決別を果たせました。
ではありますが、
たばこのニオイや、その麻薬的な味わい自体は嫌いではありません。
積極的受動喫煙大好き男として、その後も
たばこ喫煙文化に対しては大いに共感しているものでございます。
若いときからジャズは大好きですが、
ああいった音楽文化には、たばこは添え物であり、
なにやら、最近たばこ喫煙シーンがどうこうと
クレームをつけている輩がいるそうですが、
その当時の映画などが描き出している風俗文化でたばこシーンを削除したら
そもそも作品が成立しない、という意見に賛同します。
葉巻を加えていないアルカポネなどありえないし、
そういった歴史を現代のヒステリーで断罪する傾向は疑問に思います。
ヒストリーにはヒステリーは通じません。
まぁ、第2次世界大戦中のことがらについて、
それも賠償は明確に放棄すると宣言した国に置いて
当時の民間企業の後継企業に対して、差し押さえを裁判で命ずるなど
国家の狂気としか思えません。
もはや、国家としての基本的な法を守る、条約を守るという
最低限の事柄について、中国はモラルハザードになってきた。
・・・まぁ、話が逸脱しているか。

最近は禁煙の動きが広がってきて
社会から喫煙の習慣自体が排除されようとしてきています。
倉本聰さんは、そういった傾向に対して
声を上げられているようですが、
禁煙者ではありますが、大いに賛同する次第。
聞くところによると、たばこの値段もいまは、ふつうので420円なんだとか。
ものすごく間接税の高額納税者なみなさんと感謝されるべきであって
社会的にのけ者にすべきだというのはおかしい。
たばこのもうもうたる煙の中で、エールを送りたいと思います。

英語くらい話せたら・・・

1680

金曜日には、ドイツからパッシブハウスの提唱者・ファイスト教授が来日されて
記念のシンポジウムが開かれていました。
語られている内容は、同時通訳もあり、
おおむねはわかりやすく理解出来た。
というか、ほとんどが建築的に既知の事柄だったので、
先生の英語表現と、こちらの建築的知識を重ね合わせて理解しやすかった。
ただ、それを表現するとなると、言葉の壁に行き当たる。
せっかく先生が来られているのだから、積極的に質問とかしたいけれど
なにせ、筋道の通った会話には躊躇してしまう。
・・・って、先生も母国語ではないのですよね。
まぁドイツ語と英語って、
津軽弁と鹿児島弁くらいの違いかも知れないけれど・・・。

英語って、そのなかにいて過ごしていると
単語さえ覚えていけば、なんとかなると思える言葉。
ただ、日本の英語教育では、全員を英語学者にすることを目的にしているのか
やたら文法の解析のようなことが重視されている。
必死に「学問」にしたいと英語教育の大先生たちは考えているように感じる。
「専門家」を養成しようという方向に偏りすぎている。
普通の日本人は英語学者になりたいというのはまずいないだろうから、
結果として残るのは本来の目的からはかけ離れた現実。
そう、しゃべれない英語に苦しめられたというムダな刷り込み。
たぶん英語を余り簡単に身につけられるように教育したら
日本の国家アイデンティティの喪失に繋がる可能性があるから
国家戦略として、なるべく英語を
しゃべれないようにしようとしているのではないか(笑)。
そう思い過ごしてしまうほど日本人は英語(会話)が苦手ですね。
わたしはその典型であります。って、威張れない(笑)。
教育課程で都合6年間以上(中学・高校)も英語学習しているのに
驚くほど日本人が国際化していないのには、なにかの理由があるのでしょう。
会話重視にしたら、まずは単語を沢山覚えることが第1で
そのための方法はたぶん、全然違うアプローチだと思う。
現状のアプローチにはまったく意味がない、とまでは言わないけれど
日本国家創成期のころの漢字受容に比較して
英語受容のおそろしいほどのペースの遅さには呆れる。
古代の文章博士たちの知恵の高さに比べて、
近現代の明治以降の教育システムのダメさには、ため息が出る。

先日もタイから来た建築家のみなさんに
いろいろ聞いてみたいことがあったけれど、
こっちに英語コンプレックスがあって叶えられなかった。
国際化時代にこれでは、と考え込んでしまう。
どうしたらいいのか、いつも悩みは尽きない問題であります。

人口減少と移民政策 2

1681

きのうは千葉県佐倉市の「歴史民俗博物館」での展示セミナーを取材。
震災の歴史というような企画展でした。
この模様については、別の機会にまとめたいと思っています。

で、展示の中でどうしても目が止まってしまったのが
関東大震災の非常時に行われてしまったという
在日外国人への加害行為について記述されている。
目を覆いたくなるけれど、わたしたちの社会はそういう過去を持っている。
いま、考え始めている日本社会の移民政策において、
こういった「排外主義」をそのまま持ち続けていては
たぶん、これからの日本国家社会を維持していく上では
大きな問題として浮かび上がってこざるを得ない。
そういった認識を突きつけられたように思います。
当時と今日では時代背景も教育レベルも倫理も違いがあるけれど、
流言飛語と騒擾自体は実際の多くあったことは疑いがない。
どうしてこういったことが起こり得たのかについては、
やはり日本社会の排外主義が、その絶対局面で顔を出したと言うことだろうと思う。
世界の歴史で見れば、そのようなことは起こり続けても来ているので
日本だけの問題とは言えない部分もあるけれど、
わたしたちの主体的な問題としては、考えていかなければならない。
多民族化していくとしたときに
多数派である日本人の側の認識がどのようになっていくか、
そのことは課題にしていかなければならない。
そうでなければ、この日本社会を維持していくために来てもらおうとする
多くの移民のみなさんに対して、
「安全」の環境を提供していくことが出来ない。
だから、これは日本の国家戦略にとって、きわめて重大なことであり、
真の国際化ということは、こういうことであるのかも知れない。
日本人が国内人口で8割で多数を形成するとしても
2割程度は外国人が人口を占めるようになる社会で
どんな倫理観、国家観をわたしたちは持たねばならないか。
移民の受け入れは、こういった点についての未成熟さを
わたしたちに突きつけてくるように思われます。

俵屋宗達「風神雷神図」実物初見

1679

今回の東京出張は、いくつかの会合出席がメインですが、
時間の合間にこちらを見るのが本当の希望でした。

このブログの読者の方は、
わたしの「風神雷神図」好きはご存知かと思いますが、
しかし、実物展示はまだ経験しておりませんでした。
なにものでも、実際に触れてみて(って、さわるわけではありませんので・・・)
はじめてその醸し出す雰囲気というのが体感できる。
で、俵屋宗達さんの筆使いというのを間近に見られて
まことに心を打たれました。
きのうは、金曜日で天候はあまりよくないし、しかも午前中の時間という
稀有な幸運が重なっておりましたが、
この国宝の前で数十分ほど、絵と対話するような時間を過ごさせていただきました。
つい先日、後藤純男さんの現代日本画とも対面して
また、約500年前の日本人の想像力と対話できたワケであります。
生まれてきてよかったなと思います。
そういえばわたし、若いときにヨーロッパに行って
モナリザをルーブル美術館なども見てきた経験があります。
実物が案外に小さいと言うことを、鮮明に覚えている。
それからいろんな絵を見てきたけれど、
やっぱり実物で見るというのは、独特の感慨がある。
浮世絵の、ビードロを吹く女だったか、
そこにそっと展示されている作品を見て
画面の小ささに驚き、またその色気のすさまじさに驚愕したり・・・。
本当に面白く迫ってきてくれる気がします。
で、大好きな「風神雷神図」。
なんといってもその大きさ、たっぷりとした作品としての量感に圧倒される。
1.8m×3.6mほどなのだと思うのですが、すごい存在感。
そして、次に印象がなんと現代的なのだろうと驚かされる。
500年前の日本人が生み出したモノなのに、
なんの違和感もなく、いまの感受性とそのまんま繋がっている気がする。
風神も雷神も、まるで現代で言えば、たけしとさんまほどにも
圧倒的なポピュラリティで迫ってくる。
表情も動作も、歌舞伎役者がクライマックスで見せるような
あるいは、フィギュアスケートの羽生君や、真生ちゃんのような
そういった体技がそのまま表現されている。
ぐっと反り返った足の各指先の力感など、
日本人が慣れ親しんできた田んぼでの力仕事の筋肉表情を感じさせる。
なんとユーモラスなのか。
この題題の特異性は一体、だれのオリジナリティであったのか、
まぁどう考えても俵屋宗達さん自身であることは間違いないだろうけれど、
宗教画というジャンル性を一気に超越して
この江戸初期という時代が持っていただろう、自由さを余すところなく感じさせてくれる。
日本マンガ表現の源流をまごうかたなく感じさせられ
見ていて、とにかく圧倒的に楽しい。
たいへん楽しい時間を過ごさせていただきました。