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春分の日・朝の散歩再開

2126

今日は春分。しかも土曜日。
ということで、季節の区切りにはふさわしい日であります。
冬の間、それなりにはカラダを使ってきましたが、
やはりいろいろな部位が緩んでもいる。
徐々に活動的な夏モードに持って行くべく、
本日から早朝散歩、復活、再開いたしました。
いつものごとく、いつものコースをということで、
札幌の北海道神宮およびその周辺の公園や自然林のなかを
散策して参りました。

本日の札幌、最低気温は1度ということですが、
体感的にはマイナス2〜3度というところ。
札幌の気温測定地は都市化の激しい中心地域にあって
あんまり信用できなくて、実際より暖かめに発表されます。
札幌の工務店に対して、鎌田紀彦先生も
札幌の気象データよりも、隣接する石狩市のデータの方を使うべきと
いつも、指導されています。
あ、横道に逸れそうであります (笑)。
で、神宮境内に入っていくと、アスファルトの露出路面では
雪もすっかり消えているのですが、
一歩、土の道、砂利の道に差し掛かると岩盤状の氷雪路。
散歩に出かけるとき、
足下をどうしようかと、だいぶ思案して、結局
夏用の運動靴を履いてきたのですが、
やっぱりちょっとこれでは、足下はあやうい。
その後の林間道路では圧雪状況なので
まぁまだまだ、冬の装備が欠かせないと思われました。
しかし光は完全に春の明るさを感じさせてくれます。
寒いし、足下もまだおぼつかないけれど、
気分は、まことに爽快な気分を味わえます。
すでに活発にリスたちは活動しており、
そこかしこの雪が融けている木の根元に潜り込んで
なにやら獲物を物色しておりました。
ときどき、ものよこせ的にこちらに向かっても来ます。
かわいいけれど、しかし、野生の摂理にしたがって欲しい。
というようなことで、なんとかいつもの散歩道を踏破したのですが、
最後にたどりついた北海道神宮、
午前6時15分ころに門前に到着したのですが、
まだ開門されていませんでした。
北海道の神さま、どうやらまだ、冬時間のようであります。
まぁまだ、北国の春、ゆっくりと、といったところですね。

子どものいる暮らし

2125

いま、東京の大学に行っている坊主が帰省しています。
久しぶりに同居家族が1名増えて
3人で家にいる、ということが実感できてたいへん楽しい。
娘は、学生の頃からさっぱり帰省しなかったこともあって
子どもが帰って来てくれるということだけでも、
親にしてみれば生活に張りが出てくる。
新学期も迫っているので、1週間にも満たない帰省なんですが、
あれこれと子どものことを考えるというのは
本当に、幸せを感じられるモノですね。
なんといっても、料理を3度3度作るというのが、より楽しくなる(笑)。
若くて食欲旺盛な食べっぷりを見ているだけでも
なぜかニコニコとしてきてしまう。
なにくれと話ながら、
最近わたしが凝っている、具だくさん鶏肉入り温野菜味噌汁を
たっぷりと大盛りで食べてくれて、
さらにもう1杯、おかわりまでしてくれる。
家にいたときにはあんまり好きではなかったはずなのに
自分で自炊も経験してくると、好き嫌いはほとんどなくなってくるものか、
なにも言わずに、モリモリと食べまくってくれる。

仕事で購入した建築家・伊礼智さんの特集本で
老後の住まいの設計事例のページを読んでいたら
夫婦ふたり暮らしの人たちにとって、
子どもや孫が自分たちの家に「帰ってきてくれる」喜びの大きさは
何物にも代えがたいことが実感できた、
みたいな記述があって、まことに共感できました。
やはり人間が行う仕事でいちばん大きなことは
人間を産み、育てることなのでしょう。
多くの人にとって、このことは一番確度の高い普遍性を持っている。
家は、家族が出来てその安全な成長を願って建てるのが一般的。
本質は、そこにあるのだということが、
ここ数日の暮らしで、今さらながら再認識させられております。
さて、きょうの朝ご飯は・・・・。

いごこち・採光・都市居住

2124

先日の秋田取材での1軒の家です。
人口減少が確実に進行し、また、そういうなかでも
経済社会的に活力を維持し続けながら
日本社会が存続していくためには、
賢く閉じていく、スマートシュリンクの考え方が重要だと思っています。
いまの30代くらいの年代の人にとっては、
こういう考え方は、たぶん無意識のうちに前提されているように思われます。
そのような方向ですまい方を考えていけばおのずと、
都市居住、それもなるべくコンパクトに、
という志向性が高まるという巨視的な視点が見えてくる。
人類史的に考えれば、いっとき人類は
エネルギーの爆使いの「快適感」に酔ってしまったけれど、
それはけっして持続可能性の高い選択ではなく、
よりパッシブなエネルギーを開発し、
自然体系と共存可能な生き方を選択すべきだという
いわば、自然回帰的ルネッサンス時代を、いまわれわれは生き、
そしてそれをより大きく開花させて行こうとしているのかも知れません。
必然的に、住宅もより高度に都市機能が集中した地域に
密集的に住んだ方が、エネルギー効率が高い。
しかし、一度、爆エネルギー使いによる「快適」を経験してしまった以上、
知恵を働かせて、快適を犠牲にすることなく
密集居住のいごこちの良さを開発しなければならない。
そんなイメージを常に持ち続けています。

この秋田の家では、
都市機能高度集積地域で、小さい敷地で
どうしたら、ふつうに考えられる快適環境が実現できるか、
いくつかの工夫が集約されていました。
都市環境では他者からの視線への意識が高まらざるを得ない。
けれど、採光、眺望などの快適性は犠牲にしたくない。
そういう要件に対して2階リビングの逆転プランを採用しています。
こうすることで写真のように、
3面採光の明るいのびやかな空間が可能になった。
けれど、窓の大きさ自体は、それぞれ小ぶりにして、
一番大きく開けたい南側でも腰高の壁を確保して開口しています。
2階リビングにして確保した1階スペースには
総敷地面積44坪にしては驚異的なほどの5台分の駐車スペースを作っている。
夫婦それぞれ1台分のほかに軽だと3台停められると言うこと。
そしてそのように中空にすると、
断熱的には不利に働くけれど、十分にカバーするように
2階床下、1階天井部分の断熱はたっぷりとしてある。
さらに上下階の役割分担を明確にして、
日常的な内外での行動切り替えゾーンを1階に集中させて
2階での「開放感」をより際だたせるように工夫してある。
コンパクト、という意味合いが非常に明瞭に伝わってくる。
若い世代の価値観が表現されていると実感いたしました。
知恵を働かせて、人口減少社会を乗り切る工夫を
わたしたちは、次世代に向けて作って行かなければならないと思わされますね。

北国の春・雪割りの快感

2121
2120

きのうは全国的に好天でしたね。
西日本では「夏日」を記録とか。
札幌もかろうじて仲間に入って、わが家周辺の気温計では13度。
一気に春の訪れを実感しておりました。
ありがたいことであります。
で、週末の出張もあったので、半休静養で家で過ごしておりました。
なんですが、この陽気なので
出張前にやっつけていた駐車場の雪割り作業、再開・整理であります。
出張前には岩盤状、厚さ20-30cmの固い氷雪を、
棒状ツルハシで割っただけで放置せざるを得なかったのですが、
それが家人には大ヒンシュク。
クルマのハンドルも取られるし、足下もおぼつかなくて
「骨も折れそうになったんだよ〜、プンプン・・・」というお叱り。
まことに、申し訳ない仕儀となっておりました。
ということで、きのうは早朝5時からその割った氷雪の撤去作業から。

2111
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上の写真の状態から、なんとか撤去した次第であります。
で、広がった露出路面部分を拡大させては、
出てくる割り雪を撤去する作業を断続的に、続けておりました。
この作業、おおむね1,5坪面積相当を片付けると
「いやぁ、疲れた・・・」となって、休憩したくなる。
(わが家の氷雪撤去総面積はおおむね20坪ほど・・・)
氷雪を割って、その氷雪をママさんダンプに積み込んで
撤去させるというワンワークであります。
なんですが、それでしばらく休んで元気が回復してくると
どうしても、また割りたくなってくる。
そうなんです、
ある「快感」が脳内麻薬を刺激するようなのです。
まことにヤバい。
30cmもの岩盤雪が、やや重量感のある雪割り棒状ツルハシの先で
見るも気持ちよくパカッと割れる様子が、
なんともいえず精神的快感を呼び起こすのですね。
でも、そういう雪だから、撤去するにも重たいので
カラダ的には、筋肉などの疲労感を蓄積させる。
でも、その瞬間的疲労が解消されると、脳内麻薬成分がムズムズと
再起動してくる、という無限連鎖(?)状態なのであります。
それが好天の高気温と気持ちよさに増幅され、
北国の春満喫状態を、雪国人にもたらせるのであります(笑)。

2105

どんどんと、なつかしいレンガ路面が顔を出してくる快感も
大きく与っているようでもあります。
やや哀愁を帯びたペーソス感もあるように見えるのですが、
しかし確固とした北国らしい春を実感させられる次第。
こういう季節感通過儀礼が、本当は無上に楽しいのだ
ということにだんだんと、気付いてくるモノなのですね。楽しい。

フェリーから見るニッポン

2116

先般書いたクルマ、ついに交換ということになったので、
二度手間にはなったのですが、一度仙台へ取りに行って、
札幌までふたたび持ってこなければならない。
っていうことで、秋田からの帰り
天皇陛下も来られていて、警備状況もハンパなく、
戒厳令のような状況の仙台に一度立ち寄って
ふたたび、今度は東北道を北上して八戸からのフェリー利用で
札幌までクルマ陸送しておりました。
仙台からフェリーに乗れれば一番良かったのですが、
時間がタッチの差で間に合わずだったのであります。
仙台からの便は、1日1便で、八戸便は1日4便あるので、
本州ー北海道は、八戸が一番のルートなのですね。
でも疲れるので、仙台から北上まで走って1泊。
翌日、昼13時の便でフェリーに乗った次第です。

2117

フェリーに日中乗船するというのは、たいへん久しぶり。
大体、時間的にもったいないので、前夜に苫小牧を出て
ゆっくり体を休めて就寝するのが常なのです。
なんですが、今回は日曜日の移動だし、
はやく札幌に着きたいということで、天気のいいなか、
のんびりとした船旅を満喫ということに相成ったのです。
・・・っていうか、まったくヒマであります(笑)。
一応、ベッドもあるので寝たりもしたのですが、
夜もしっかりホテルで寝ていたので、
そんなには寝られない。
しかし、パソコンで作業するにもネットワーク環境は劣悪。
最近はそこそこ通信できるのですが、
それでも途切れ途切れなので、まともにはできない。
エクセルでの業務作業くらいが関の山でして
ひたすら、船外の日本列島風景を眺めていました(笑)。

人間の暮らしの方は、どんどんと
世知辛く、忙しくなってきているように思いますが、
自然の移り変わり、季節の変化は、
大きなリズムとして、波動して参ります。
東北と北海道を行ったり来たりしていますが、
最近は、むしろ東北の方で寒い思いをしたりすることが多い。
札幌という地域は、明治の先人のみなさん、
ホント精妙な地域に北海道の首府を開いたものと感心しています。
北海道にあって、自然環境としてはまことにいい。
そんな巨視的なあれこれを、海上から眺める風景に
重ね合わせて、妄想しておりました。
たまにそんな視点を持つというのも、楽しいモノであります。

現代人とテレビとの付き合い方

2118

地域で住宅雑誌を発行しているので、
たまにローカルのテレビのコメンテーターみたいな役回りを
引き受けることがあります。
わたしは小学校時代から、よくテレビには出ております。
最初はたしか、小学校の生徒会での発表風景を
ローカルNHKが地域の話題コーナーで取り上げたのに出ました。
それ以来、50年以上、なにくれと縁がある次第。
20世紀中葉から21世紀を生きる人間として
テレビメディアとの付き合いは、大きいモノがあるでしょうね。
まずは圧倒的に受動的に接する日常があります。
これによって、大きく感受性まるごとが影響されているでしょう。
いろいろなテレビ的な「共有コミュニケーション」が発展して
ふつうの人間交流も変化してもきただろうと思います。
一方で、テレビに出るという体験機会も増えてきます。
きのうも初めてテレビに出た人のコメントをSNSで見たら
「恥ずかしい」という表現があって、
ニヤリとさせられます。
たぶん、日常生活で受動的に接しているテレビに
自分自身が映し出されている現実に接して、
多くの人から、素朴に出てくる気分だろうと思います。

で、わたしの場合、こうした機会がたまたま増えていって
25年前くらいから、テレビに出てコメントを発するという
役割を仰せつかるようになったのです。
テレビ的な限られた時間経過のなかで、事実に即していて
そこから読み取れる住宅建築的な意味合いを抽出して
視聴者のみなさんに「わかりやすい仲介的言語」をお届けするということに
まことに一期一会的な体験感を抱いておりました。
たくさんのいろいろな背景を背負って
それを一気に直接的に表出させる必要が、一瞬一瞬迫ってくる。
「あ〜〜」だの「う〜〜」だのという間合いの間に表出言語を整理する
というような時間的ゆとりはあまりないのです。
瞬間瞬間での、その場の空気を読み取って
それに対するわかりやすい解説コメントを、自らに課していく。
考え方によっては、まことに刺激的な体験であります。
まぁ、そういった機会に対しては
自分自身への修行にも似た気分で、対することにしております。
まぁ、限られた時間と与えられた任務の中で
全力で瞬間瞬間に正面から立ち向かう、ということですね。
やっているうちに、ある清々しさを感じ始めもいたします。
テレビとの「付き合い」という現代的生活感、それなりに面白みを感じてます。

藤田嗣治と安藤忠雄の秋田県立美術館

2115

さてきのうは、秋田での任務完了。
なんですが、午前中若干時間が空いていたので、
宿泊先のすぐ近くにある、秋田県立美術館に敬意を表して見学。
平成25年にオープンして以来、なかなかタイミングも合わず
恥ずかしながら、初めての見学であります。
まぁ建築っていうのは、いろいろな接し方があるでしょうから、
建築ファン的にワクワクしながら、
すぐにでも誘引されてみるのもありでしょうし、
ジワジワと、周辺的な回り道過程を踏みながら、
徐々にその実際に迫っていくというような
アプローチもあるのではないかと、勝手に思っております(笑)。
秋田県立美術館というのは、旧館があって、
こちらの新館に機能を移転しつつある、ということなのでしょうか?
HPを見ると、旧館はすでにクローズしているそうです。
新館は、街の再開発の役割も担っているのか、
秋田の街のシンボルの久保田城の外堀にかけられた橋に
正面で対面するような配置になっています。
写真は安藤さんの作品らしく水盤とコンクリート庇で区切られた
開口から、この橋から外堀全景を切り取って見せているもの。
ここをメインの眺望として、
美術館建築は成立させているように思われます。
美術に親しんだほどよい疲労感を解放するような
秋田の街が用意する文化的にもとっておきの景観だと思います。

2114

で、もう一方の見せ場は、
入ってすぐの階段ですね。
コンクリートの簡素で巨大な壁面空間に
まるで怪獣のようなオブジェとしての螺旋階段が対置されている。
展示される美術作品の背景として機能させるというより、
むしろ積極的に建築として自己主張していると思わされる。
展示美術品の核である、
藤田嗣治が、昭和12年当時の秋田を描いた大壁画「秋田の行事」と
コラボレートすることを意識しているかのようです。
水盤の「水庭」の表情にいやされるエンディングと
対比的なこの螺旋階段とが、わかりやすく建築を感じさせてくれますね。

なんですが、
美術館としては、大作の大壁画「秋田の行事」だけが
印象に残って、展示作品数もちょっと絞りすぎのような
やや、残念感も持たされた次第であります。
どうなんでしょうか、出し惜しみしているのかなぁ・・・、
もうちょっとたくさんの美術作品を見てみたいなぁと思ったのは
わたしだけでしょうか?
さらに言えば、藤田嗣治にしろ安藤忠雄にしろ、
どちらも秋田にとっては、異邦人の作品がメインを飾っていて
どうなのかなぁという素朴な印象も持った次第です。

かわいい飛行機での秋田フライト

2113

きのうは秋田にて住宅取材でした。
本日の住宅番組テレビ出演の録画撮りで、そのための事前取材であります。
ときどき秋田では、こういうローカル番組企画があり、
そのコメンテーターを拝命することがあります。
放送は来週23日だそうで、
たぶん、わたし自身はリアルタイムで確認することはできない。
まぁ、解説的な立場でのコメンテーターの任務に専念します。

で、久しぶりの千歳ー秋田直行便への搭乗。
東北に出張するときには、複数の目的地が一般的なので
青森への直行ー直帰以外、大体は仙台を起点にして
仙台のわが社オフィスを行動拠点にして動き回るので、
クルマを使って、高速道路で移動するのが普通であります。
それに対して今回は、秋田までは直行というスケジュール。
JALで搭乗が始まってから気付いたのですが、
・・・飛行機がえらい小さい。
あとで秋田の方に聞いたら、便によってはプロペラも多いとのこと。
で、いつもの機内持ち込み可能なサイズのキャスター付きバッグを
座席上部の収納に入れようとしたら、なんと入らない(汗)。
JALでは千歳ー仙台便も、小さい飛行機の場合があるけれど、
それでも収納に入らない、ということまではない。
初めての経験であります。
で、乗務員さんに問い合わせるまで、
収納方法を思いつくことが出来なかった。
機内アナウンスでは、貨物室で預かる、みたいな放送もしていたのですね。
で、狭い機内でバッグを持って問い合わせに行ったら
「足下に入れてください」という説明。
どうも人間、習慣の動物なので、
こういう当たり前のことをすっかり忘却してしまう。
まぁ、上部収納に荷物が入らないという、まったく予想していない事態で
プチパニックで、アタマが混乱して、
正常な対応策を想起できなくなっていたのですね。
言われてみて、「あ、そうか、なんだ」であります。

で、それは問題解決したのですが、
隣席が空いていたので、今度は添乗員さんから
となりの席にバッグを載せて、シートベルトで固定してください、とのご託宣。
はい、わかりました、とは言ったものの、
さて、やり方がわからない。立てたり、横にしたりしても
どうやってもやり方は思い浮かんでこない。
思い切り困惑させられました。
で、教えていただいたのは、
取っ手の部分にシートベルトを通すという方法であります。
これも言われてみれば、「あ、そうですか」であります。
「固定する」という言葉からは、ちょっと想定しにくいやり方。
なにか、普段の常識が次々と飛んでいって
不思議な感覚のフライトでありました(笑)。
さて、がんばるぞっと。

北国の雪割り、道半ば・・・

2112

きょうから3日間、東北出張であります。
ということで、やらなきゃならないなぁとため息をついていた
駐車スペースの雪割り、少し取り組んでみました。
わが家には3台分の駐車スペースがあります。
本当は温水循環式ロードヒーティングを敷設してあるのですが
使わなくなってしまっている。
直接的にはあまりにも高騰したエネルギーコストでありますが、
やはり、ただただ地球を温暖化させているような罪悪感が
耐えられなくなってしまったのですね。
設備選択にあたっての過失から責められるようであります。
しかし、そうは言っても雪は降るし、駐車スペースは確保しなければならない。
雪が降っている期間は、一生懸命に雪かきすればいいのですが、
雪融け時期になってくると、方位的に陽当たりがない場所なので
どうしても岩盤のようになった雪が残らざるを得ない。
まぁ、これは都市型生活選択の結果としての
土地取得時からの原因とその結果なので
やむを得ない、受忍すべきことがらであります。
こういった「人生選択」に属するようなことがらの良否は、
ほかにも山ほどあることであって、すべてハッピーなものになるわけはない。
前非を悔いて、受忍するしかありませんね。
一方でずいぶんと幸運にも恵まれた他のこともずっと多い。
トリ頭よろしく、そういうことは人間すぐに忘却するけれど(笑)。

おっと、前置きが長い。
岩盤雪に対して、最初は伝統的なツルハシで
雪割りを試みていたのですが、これだと腰にも、肩・背中にも
すぐにも張りが出てきて、年齢相当にきつくなってくる。
ことし、雪割りがチョーおっくうに感じられる理由として
このようなことが、大きな理由を占めていると
外的責任論(笑)に目覚めた次第なのであります。
マァ年だから、道具でカバーしたいなぁと、
ヘタなことは棚に上げて、クラブ選びでラクしたいゴルフのように
雪割りにも、道具選びを考えた次第なのであります。
できのう上の写真の、最近、話に聞いていた銛〜モリ〜状の
ツルハシを購入してきてみました。
柄が長いのですが、写真では刃先だけで、そっちはカットしました。
DIYショップでは、幾種類かあったのですが、
お店の方のアドバイスも受けて、いちばん使い勝手の良さそうな
いわゆるユニバーサルデザインの「ラク」そうなヤツ(笑)。
結局値段は一番高額でしたが、約4000円也。

2111

で、それでやってみると、
これが想像以上に優れものであります。
写真は日没直前に撮ったので、暗いのですが、
おおむね2台駐車分の7割方は、厚さ20〜25cm超の氷の岩盤雪、
ごらんのように「大きめの水割りの氷」状態になりました。
まことに面白いように割れていきます。
残りの作業は、出張から帰還後、またのお楽しみに(笑)。
あわよくば、出張中好天が続いて、
この割った氷雪が自然に融雪してくれないかなぁと
ひたすらラクしたい一心の願いも込めて、行ってきたいと思います。
お天気の神さま、よろしくお願い申し上げます。

震災大津波から4年が経ちました・・・

2110

メモリアルがいろいろにあった1日でした。
きのうは東日本大震災から丸4年がたった1日でしたが、
北海道と東北で仕事をしていて、
なにかまとめるというか、第3者的にどうこうとは言えないので
きのうはブログでもなにも触れずにおりました。

いつも、北海道と東北とを行き来しております。
ちょうど震災の日も、13日には北上で講演を予定していて
そのための準備などもしておりました。
飛行機も12日には搭乗予定でチケットも購入済み。
前日には、東北からの住宅見学のご一行を視察案内などもしていました。
テレビで仙台空港に押し寄せる津波の映像を見ていながら
でも、翌日には間違いなく飛行機に乗るものと思っていました。
さすがに明日では空港の整備は間に合わないだろう、
でも明後日は大丈夫かなぁ、などという平常感覚が残っていたと思います。
岩手県の仕事先に連絡して、たぶん飛行機が飛ばないので
申し訳ありません、というような連絡もしていました。
仙台には小さいけれどオフィスも構えている。
そんななかでの震災体験であります。
すぐに仙台の事務所とケータイで奇跡的に連絡がついて、
まず無事を喜び合い、そこからいろいろな指示もして
安全と人命第一、生活の基盤確保が第一という基本線で対応してきました。
スタッフの無事になにより安堵したのですが、
今度は、その先のスタッフの家族の安否確認、
当面のアポイント先との連絡調整などに忙殺されていました。
戦争を知らない世代のわたしにとって、
生きているとこういうことにも遭遇するのだということが、
内心の驚きだったように思っています。
震災当時は北海道から東北に向かう交通手段が全部途絶していた。
そういうなかで、すぐにボランティアとしての住宅情報ツールを起案し、
その準備作業にとりかかり、たまたま長期出張してきていた
東北の責任者スタッフの帰還ルート、日程起案などに
向かっておりました・・・・。

先日、たまたま車両陸送の機会があったとき、
やはり震災・大津波被害地の現状をこの目で確認したくなったのは
そういうあの日からのさまざまな出会い、取材活動などの
その後の現在の様子を、自分の目でじっくりと確認したかったからです。
そして、やはりいろいろ、肌で知る部分もありました。
多くのみなさんが、それぞれにあの体験を共有したと思います。
人それぞれではありますが、今でもやはり、いま出来ることを
少しでも役に立てることを願いながら、行動し続けるしかないでしょうね。
ということですが、今週末もふたたび東北秋田でのお仕事。
金曜日に行って、帰還は日曜日深夜の予定です。
まぁ走りながら、思いを致す、ということですね。

<写真は明治の三陸大津波の報道写真誌>