


いま北海道でもアブラが乗り切った設計者・大杉崇さん。
当社スタッフも設計依頼し、その家を見学したりで身近に感じています。
いちばん特徴的なのは、敷地条件のていねいな読み取り。
当社スタッフの家でも微妙な高低差のある敷地条件に対して
さまざまな生活シーンでの「グラデーション」を仕掛けていた。
「朝起きたときに、水平線から出てくる朝日を切り取って見る窓」
というようなきわめて具体的な役割を開口に与えていた。
設計の基本目線に人間の暮らし、その建て主のくらしようが見える。
そういった暮らしの端部に即して丁寧に応答する家づくりが特徴かと。
そうであるためには、設計者としての主張と言うよりも
むしろよき背景であろうというような建築側としての意志を感じる。
かれは、設備的にはパッシブ換気+暖房システムを採用していますが、
家中の見える場所から「暖房装置」がなくなって、しかも温熱がコントロールされる。
見えないけれど快適であろうとする姿勢がそこに表れている。
今回の発表会での作品も、そうした姿勢が表れた住宅でした。
名前がフランス語で、le pontとしゃれていて、桟橋という意味なんだとか。
なぜ、桟橋なのかと不思議に思って聞いていたら、
プレゼンでは周辺環境の解題にたっぷりと時間を掛けていって、
ニセコの四季変化、とくに冬の大量積雪のような変化を
「潮の満ち引き」というように捉えていた。
そのなかで時間の経過を楽しみながら過ごす家として、
敷地と四季変化の「高低差」に対して素直に、
桟橋のように、自然の中に「配置する」イメージの住宅を建てたということ。
同時に卓越風に対して素直に「受け流す」計画になっている。
平面も左右に長く、敷地に対してちょうど桟橋のように「掛けられて」いる。
こういった設計意図に即して、構造設計には山脇克彦建築構造設計が協力。
1階は2階の主要空間への導入動線確保に徹している。
こういう細長い平面は否応なく自然との対話が意図される。
1日の時間経過の隅々まで、立地環境の「潮の満ち引き」が感受されそう。
建築作品としては、非常に「安定的」な作りようで
主張的な部分は控えめには感じたけれど、
その意図を読み取っていくと、深みと広がりが感じられる住宅だと思いました。
ただ、当然ながら気になったのは2階の床下が中空になっている点。
たぶんUa値とかには反映されにくい部分で、熱的にはマイナスに作用するのではと
もう少しそのあたり聞いてみたいと思っていました。
外観の屋根形状も背景の山並みに傾斜角度的に親和させている。
なので、非常に周辺環境に馴染んでいる。
いまわたし的にテーマになっている「環境建築」という概念には、
こういった「地球に似合う、風景に溶け込んでいく」という視線もあるのではないか、
そんな意味合いも感じていた次第です。
Posted on 12月 5th, 2017 by 三木 奎吾
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一昨日、きのうの拙ブログに対してたくさんの意見が寄せられました。
住宅建築に対しての「世論」が盛り上がるのはいいことだと思います。
日本建築学会北海道支部の「建築作品発表会」の様子を伝えているワケですが
当日は立ち見で参加される方もいたほどの盛会。
こうした会が初期どうして企画されたか、その経緯について話しておきたいという
関係の方からの申し出までいただき、さっそく今月末に「取材」日程も決まりました。
北海道での建築への関心の高さには、こういった活動も与っている。
やはり先人のみなさんが作ってきた「文化的風土」があるのだと感じています。
北海道は気候環境的に日本ではいちばん厳しい環境。
そのなかで暮らしているみんなの共通の願いとして「シェルターとしての環境」を
強く希求する共通語が存在していると感じます。
先日の東京での「取材」時には「蒸暑のアジア圏」とでもいうべき
「環境」論議の南方への拡大視線が感じられた。
たしかに断熱を必ずしも前提としない地域の「環境建築」という視線もあるでしょう。
しかしまず断熱という概念は汎世界的な概念であり、
どんな地域であっても、そのベース技術が建築を解決する基本部分がある。
北海道は寒冷地建築の技術を獲得するのに、日本からは学べなかった。
しかたなく北欧や北米にその知恵を求めてきた。
こういう「言うことを聞かない」ところが北海道にはあるのかもしれない。
北海道の主要な研究者たちはほとんど北欧・北米での研究経験を持っている。
最近はドイツパッシブハウスが日本に紹介されたことで
「最高水準」視する傾向が存在するけれど、やや違和感は否定できない。
やはり世界の「寒冷地帯」が生存への共通の願いとして断熱技術を研究開発した。
その成果が世界に大きな革新要素として波及しつつある。
鉄、ガラス、コンクリートに続く第4の建築革命が「断熱」であることは明らか。
その断熱が人間生活をいかに豊穣にできるのか、
違う表現で言えば、断熱が変える空間デザインの可能性こそがいまの焦点ではないか。
そういった認識が共通化される必要がまずはあると思います。
そこが軽視された論議では、どうしても論議が噛み合わない。
写真は発表されていた「公共建築」の事例。
釧路湿原内の「温根内ビジターセンター」です。
710㎡ほどの自然観察センターで木造・外断熱の建物だとされた。
最近の公共建築の「木造化率」は著しく高まっているのだという。
どんな公共建築であっても、北海道での論議にさらされれば、
いかに「あたたかい空間が担保されているか」が共通言語になる。
それが共感を加速する共通認識を生み出していく。
そういう環境にあるから、季節四季折々に公共建築を十全に楽しむことができる。
だから、多くの人間にとって建築が共通の話題になれる。
今の段階で言えば、そういった「世論」の先にこそ
豊かな人間環境としての建築の可能性が広がるのではないか。
そんな思いを抱きながら、公共建築の発表の数々を楽しく聞いておりました。
Posted on 12月 4th, 2017 by 三木 奎吾
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「わたし鎌田先生の授業では劣等生でした(笑)」と屈託のない
笑顔が印象的な設計者の青木弘司さん。
室蘭工大出身の設計者の発表が多かったように感じたのだけれど、
そのなかでも清々しいまでのチャレンジをしていたのが、この住宅作品。
いまの若い設計者は、頼まれやすい同年代の若い人はコスト的に厳しい環境にあって、
設計を依頼される場合でも、中古住宅のリノベが圧倒的に多いという。
本当は既存住宅に手を入れて改修するというのは、
ベテランのほうがふさわしいとも思えるけれど、それ以上に
年代的な「生活価値感」の共有という要因があって、
若い彼らはそういった制約条件の中で、いろいろなチャレンジを試みている。
この住宅の場合は、そんな同年代では珍しくまったくの更地に新築するケース。
伊達市なので、戸あたりの面積は100坪と大きめだったという。
しかし住宅としてはそんなに敷地がいるワケではないし、
残余のスペースを庭造りするという「リアリティを見いだせない」という。
ミニマリズム志向が強い若い人たちにとって、
そのように感じられるのだという気付きも得られたけれど、
この住宅の場合、施主さんと建築の側のこの共有感覚が出発点になっている。
庭造りを楽しむというような趣味はないし冬の間ムダに広い敷地に雪が積もったら
その処理に明け暮れるだけしか考えられない。
だとすれば、大きなボックス空間を確保して雪に対処する面積を小さくしたい。
・・・聞いていて、清々しいほどの割り切りぶりに微笑んでしまう。
必ずしも、自然が豊かで空地がたっぷりあるだけがシアワセではない、
自分たちの生活信条に寄り添ったコンパクトでミニマムな暮らしがしたい。
これからの人口減少時代の人間コロニーはどうあるべきなのか、
ある「異議申し立て」のようにも感じられた。
で、そうした動機に即して建築計画を考えていって、
敷地の大きさに見合った鉄骨造の建物を建て、
その内側に木造の建物を建てるという「入れ子」案を採用した。
この2つの機能を異にするボックスは「断熱層」を引き剥がしたようなイメージ。
中間に生ずる空間は言ってみれば「空気層」が巨大化した空間。
外皮側のボックスは風雨をしのぐ無断熱の建物で
内側の建物では断熱材がそのまま表側に表れている。
もちろん、気密層はその断熱材の内側で処理される。
結果、これまで見たこともないような空間が獲得された。
でも考えてみれば北海道の断熱技術のパイオニア・北大名誉教授・荒谷登先生が
授業で話されたとされる「地球は空気で外断熱されている」
というイメージに直接的な空間的答になっているようにも思う。
発表会では、この外皮側ボックスでの結露と、
逆に夏場の日射取得での高温状態への危惧が当然のように出ていた。
とくに自宅でガラスボックス的「外皮」を作り20年以上の経過を
過ごしているTAU設計・藤島さんからは経験に踏まえた意見も出ていた。
しかし断熱技術は意匠的意味合いが表出しにくい現実の中で、
果敢にまったく新しい空間創造にチャレンジする姿勢は、好感を持った。
このように現出した「空気層」空間について温熱環境コントロール技術を
獲得していったら、住宅デザインの可能性も大きく拡大するのではないか。
いわば議論が沸き起こる「問題住宅」という位置付けになったけれど、
さまざまな意味でその挑戦の面白さには深く衝撃を受けていた。
Posted on 12月 3rd, 2017 by 三木 奎吾
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日本建築学会北海道支部では、伝統行事として初冬のこの時期、
「北海道建築作品発表会」を開き続けてきている。
今回でなんと37回まで数えてきているということ。
こうした催事は、全国の日本建築学会各支部でも例がなく、
その活動の活発さが他地域への大きな刺激になって来ているという。
不勉強にして、そうであるということを初めて知った。
いつも開かれているので、当然このような発表会は全国で開かれているものと
頭から思い込んでしまっていた。逆にどうしてやらないの、と思う。
このことは詳しくは調べていないので、断定して書くことは避けたいけれど、
それは別にしても、北海道の建築・住宅がこういった相互批評の場を
積極的に確保し続けてきたのだということは、すごいことだと思う。
こういった機会を確保し続けてくることで、
地域としての建築の「共有体験化」が進展して、豊かな常識も育まれる。
常日頃感じていた他地域とのちがいの大きな要素だと思う。
わたし自身も最近は、本州地区での活動が多くなってきて、
この作品発表会はしばらくご無沙汰していた。
建築家の藤島喬さんからお誘いいただき、ちょうどスケジュールも合ったので、
久しぶりに丸1日、たっぷりと参加させていただいた。
そのあとには懇親会まで全参加させていただき、みなさんと交流できた。
たぶん、5−6年くらいは間が空いてしまった。わが身を恥じる思い。
地域の中でどんな思いを持って建築を作ってきているか、
メディアの人間として、そういった機会を失してきたことを自戒したい。
まずは、高年齢層から若い独立し立ての設計者まで、
実に幅広い世代からの参加者があって、まことに自由度がすばらしい。
ややもすれば、権威的・権力的な傾きもある「建築界」にあって
まことに清々しいような自由さが横溢していた。
建築と言うことの前では、そういったおかしな価値感はあり得ないと再認識。
で、何回かに分けて、発表された作品をご紹介したい。
きょうは、米花建築製作所設計の「掘立柱の家」です。
立地は北海道岩見沢市栗沢町の農家住宅。
開拓期に入植されてから5代目という当主の住宅ですが、
入植当時の「原生林」を想起し、掘立柱の林立が力強く居住空間を支える、
そんな住宅の計画を立てたのだという。
先人へのリスペクトをそのように表現したいと施主ともども考えた。
いくつか、当然のように懸念されるポイントは浮かんでくる。
1つは、掘立柱根元部分の耐久性問題。
わたし自身もこういったイメージの建物は事務所で構想したことがあったし、
その一部は古い木製電柱の林立で実現させたけれど、
根元部分の防水が難しくて、結局10年ほどで引き抜かなければならなくなった。
2つ目は建物下部に「中空」ができることでの熱損失問題。
こちらも自宅兼用事務所のときに構想したけれど、
設計者からは熱損失が大きくさらに風の影響でそれが倍加すると
説得されたことを思い起こしていた。
きのうの発表、さらにその後の接触ではこれらについて詳細までは
ヒアリングできなかったけれど、相応の対策は練られている様子は知れた。
断熱層の連続など、対応は折り目正しく設計されている。
どんなに建築的チャレンジをしようとも、住性能に真摯である姿勢は共鳴。


いろいろと全国的な対応もしてきている中で、
こういった北海道でのチャレンジの数々は、まことに勇気を与えられる。
多くの気付きと、発見を体感することができた稀有な機会でした。
発表してくれた多くのみなさんに感謝します。
また、明日以降にVOL2,3と掲載していきたいと思います。乞うご期待。
Posted on 12月 2nd, 2017 by 三木 奎吾
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きのう「台所」を取り上げた二子玉川の民家園、古民家です。
晩秋の陽射しの中、陽光をたっぷりと受ける南面大開口のたたずまい。
大きな茅葺き屋根が軒を作って、適度の日射制御を作りだし、
室内で実現されている「いごこちのよさ」はこの上ない。
この「ひだまり」の空間で寝転がって過ごす「環境」は、
いろいろな側面で解析してみるべき「快適性」を持っているだろう。
まずは日射に対して素直で、まことにパッシブな作りだと思う。
夏場には大きな庇が日射を遮ってくれ、冬場には低角度の日射が内部奥まで達する。
要するに人類普遍的な工夫であって、ごく当たり前のことだと思う。
南側面は広場のような開放空間が広がっている。
縁側を下りていけばすぐに転げ回れるような外部空間。
そのアクセスも、半外部である縁側が融通無碍な空間性で担保している。
この、縁側空間は日本人の住宅の特徴であるのかも知れない。
日本は大陸の東側に位置して多雨気候が特徴。
年間降雨量が1600mmだそうで、ほうっておいても緑の繁殖力が旺盛。
湿潤という気候条件に対して、家屋の工夫として縁側が重視された。
気候条件に対してこの縁側で、きわめて通風性豊かに過ごしてきた。
融通無碍さは、人間のコミュニケーションでもこの縁側での交流が重要。
お隣近所付き合いの濃密さは、この縁側での社交が大きかったように思う。
座敷の畳敷き空間になれば、格式が重視されるけれど、
この縁側の板敷空間であれば、いつでも外部に出られる自由さがある。
床面は縁側の板敷きと畳でコントラストが効いている。
この足裏で感じる空間認識は、日本人にとって決定的だっただろう。
天気のいいときはこの縁側空間が主たる場であった。
この空間で過ごす「天気のいいとき」の温熱環境を考察してみるべきではないか。
陽射しにくるまれる輻射熱的心地よさというものはどのように解析できるのか。
そうした分析で、四季それぞれの「いごこち」をあきらかにして欲しい。
現代が獲得した断熱技術を活かした空間が基本であることは言うまでもないが、
そこではいわば人間の皮膚感覚的感じ方の「コントロール」が可能なので、
実現を目指すべき「ここちよさ」には、こういった伝統的空間が持っていた
独特の「民族的」いごこち記憶というものがあると思うのです。
パッシブということは、すぐれて「その土地に似合う」という意味が大きい。
現代的断熱住宅で、四季折々の日本人的感覚が継承できるようにしたい。
そんな願望を抱き続けています。
Posted on 12月 1st, 2017 by 三木 奎吾
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写真は先日訪れた東京二子玉川の「静嘉堂文庫美術館」となりの
「民家園」に移築されている古民家の台所。
今日の火力装置も一体になったキッチンとは違って「流し」単体ですね。
現代生活では火力もコンパクトに一体提供されていますが、
ほんの100年もさかのぼれば、台所の機能も分離していた。
この「流し」が主要な調理空間であり、ここで食材が準備されて
煮炊きは専用のかまどや囲炉裏で行われていた。
ごく当たり前の光景ですが、非常に保存状態がよくて
いまにも、誰かがこれを使うのではと思えるほど。
まずは右の「水甕〜カメ〜」が大きな要素であることに気付く。
水道以前の暮らしなど現代人からは概念が消えてしまっているけれど、
まず人間の暮らし営みには水確保が最大の要件であることが一目瞭然。
この甕に毎日毎日、水を満たすことから暮らしが始まった。
江戸期には、玉川上水という「水道施設」は整備されたと言われるけれど、
この古民家は農家であり、庄屋を補佐する立場の家だったそうなので、
そうした上水からの配水ではなく井戸からの汲み上げか、多摩河川水を使ったか、
近隣からどのように水を確保していたのか想像が膨らむ。
そしてそこから水を桶に入れて家のこの水甕まで運び入れなければならなかった。
現代人の水道使用量は1日186リットルということですが、
それは大部分がトイレやお風呂で使われ炊事にはおおむね2割程度。
そうすると36リットルになり、あとは家族人数分ということになる。
3世代同居での大家族を考えれば、8人程度が想定され、288リットルになる。
これはいまの家庭のお風呂浴槽1杯分にほぼ相当するということ。
たとえ自家に井戸があったとしても、それだけの量を絶やさず確保し続けているのは
結構な労作業を必要としていたことでしょうね。
浴槽一杯の水量を、井戸から汲み上げ運搬する家事労働総量は
人的エネルギーとしてどれくらいのカロリーを必要とするのか、
う〜〜む、もう考えたくなくなってきた(笑)。
当然、この貴重な水は一度の利用ではもったいないので、
この「流し」から排水された水は戸外の水甕に再度貯えられて、
打ち水などの再利用が計られていたとされます。
現代生活は人間生活コロニーとして、
実に便利になっていることを、こんなポイントだけでも知ることができる。
現代人は水道の蛇口をひねるエネルギーで事足りているけれど、
ほんの百年をさかのぼれば、こうした水確保には巨大な人的エネルギーが
必要だったのですね。ありがたい世をわれわれは生きている。
Posted on 11月 30th, 2017 by 三木 奎吾
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上の写真はNASAが公開した地球各地の夜の写真。
わたしたちから見れば日常見慣れた日本列島形状だけれど、
それがライトアップされて「右を向いた龍」「アジアに背を向けた龍」というように
WEB上で世界の人たちから人気になっているとされていた。
先日、レバノン杉を使った古代エジプトの外洋交易船製造の話を書いたとき、
中東地域に広大に広がっていたレバノン杉の大森林が、
古代文明発達の資源基盤になった事実と、一方でその絶滅的伐採と環境破壊を
知ることができたのですが、翻って日本列島は多雨の湿潤気候であり
日本全土が生態学的に森林が発達する事実に今更ながら、強い思いを抱いた。
ようするに「生物多様性」ということでは、環境大国ともいえるのではないか。
たしかに戦国期など、国土森林の荒廃が見られたとされるけれど、
現状までの復元力をみれば、この多雨の湿潤気候はすごい資産だろう。
〜北は宗谷岬の北緯46度から南は北緯20度の沖ノ鳥島、
西は東経123度の与那国島から東は東経158度の南鳥島まで
広大な海域を囲み経済水域の総面積は陸地面積の10倍以上の
約450万平方キロで、世界6位にランクされる。
北海道および本州の高山は亜寒帯に、南西諸島と小笠原諸島は亜熱帯に属し、
それが本邦の自然環境をきわめて多様にしている。列島の平均雨量は
1600ミリあって湿潤気候で日本全土が生態学的に森林発達条件を備えている。
そのため国土の3分の2が森林で覆われている。
CIコンサベーション・インターナショナル(地球自然遺産である生物多様性を保全し
自然と調和して生きることをミッションとする国際NGO)は、
世界の「地球上で生物多様性の特に豊かな地域」として日本列島を追加した。
ホットスポットには、東アジア地域ではわが国のほかフィリピン、中国西南部、
インド-ビルマ、ヒマラヤが含まれている。すなわち、日本の豊かな生物多様性を
世界が認めたのであり、わが国土が如何に恵まれているかを証明するものといえる。
戦後教育で自虐的に「日本は無資源国」と定義したことがそのまま修正されずに
今日に至っていて、「自虐的史観」戦後歴史教育がやり玉に挙げられるが、
むしろ「日本の自然の過小評価」の方がそれ以上であろう。〜
以上、豊かな日本の生物多様性より要旨抜粋。
わたしたちの国土では世界的に稀有な「縄文」という定住社会が実現していた。
農耕以前の社会段階であるのに、定住していたというのは、
豊かな生物多様性資産「海の幸・山の幸」が人口を養っていた事実を証明している。
文明は資源としての石油を基盤とした現代世界を作り上げてきたけれど、
こういった気候「資産」や、海洋資源「資産」が生み出しうる資源的可能性は、
非常に大きいのではないかと考えられる。
現代が開発したバイオ技術やIT技術を活用すれば、可能性は広がる。
この気候資産は住宅というテーマにとっても、プラスメリットと考えられる。
普遍的な人間居住環境を可能にする北方的断熱技術を基礎にしながら、
多様な気候に対応した住宅建築技術、文化を創造し世界に発信することができる。
国の持つ資源を最大限に活用し、平和的な社会と産業を創造する、
われわれが面白い地球的な位置にいることを気付く必要があると思わされる。
Posted on 11月 29th, 2017 by 三木 奎吾
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いきなりお見苦しい写真でたいへん恐縮です(笑)。
ここのところ、要件が重なって団子状態が継続中。
出版の進行も、通常号のほかに増刊版企画が集中してきています。
年末に向けてさまざまな仕事進行は山盛り状態が続いていきそう。
ということなのですが、いろいろストレスも積層してきて
カラダ各所からも悲鳴が団子状態で沸き上がってきている(泣)。
2週間まえの東京出張時に口中がやけどか切れたかで傷ついた。
歯医者さんに行って傷口に薬剤を噴射させるヤツを処方していただき、
1週間でなんとか良くなってきたと思ったら、今度は指先が痛くなってきた。
数日前、いや1週間前くらいから気にはなっていたのですが、
土曜日に東京出張から帰ってきてから痛みが増してきて
日曜には写真のように患部が膨満してきた。
ということで、休日明けのきのう午前中に皮膚科に行って治療してもらった。
どうやら深爪かなにかで指先の表面奥で化膿してしまっていた。
やや黒変しているのは皮膚科医さんに針状のものでつついて診断された部分。
左手中指なのですが、お医者さんの見立てでは化膿部は固化しているので、
ヘタにオペしたら大事になるそうで、抗生物質投与で時間を掛けて治すしかない。
しかし、この膨満した患部、どうしてもいろいろなことでつい使ってしまう。
クルマのハンドルを握ったら、ついつい各所に「突き当たる」。
指先のこの程度の患部ですが、酷使する部位なのでどうしても「ぶつかる」。
これが激痛になって返ってくるのであります。うずくまりたくなるほど。
いまのところ、経口服薬は昨日の昼・夜の食事後の2回服用。
今朝目覚めてどうかなと思っていたら、やや痛みは和らいでいたのでひと安心。
幸いパソコン作業の場合には使わなくてもいいので、よかった。
そんなことできのうは、まず皮膚科に行き、ついでにいつもの
内科病院での定期検診、さらに午後4時過ぎには歯科医と、病院のはしごで
集中的カラダケアの特異日でありました。
外科的なものはまだいいけれど、内科的なものには長期的戦いもあります。
われながらなんとも情けない健康状況ではありますが、
年末進行と対話しながら頑張っていくためにも、体力の維持管理は不可欠。
カラダに気をつけるのにポイントが明確なのは、いいこととも考えられる。
山積する難題に立ち向かって行きたいと思います。
本日はごく私的健康情報で申し訳ありません。
明日以降、また住宅ネタをお届けします。みなさん健康にくれぐれもご注意を。
Posted on 11月 28th, 2017 by 三木 奎吾
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本日は当社新刊のご案内です。
ただいま、当社は「年末進行」まっ盛りであります。
通常の定期発行Replan北海道、東北の他に、数種類の「別冊」企画進行中。
そのなかから2017年12月8日発売が決定した企画。
先般の「青森版」に続いて「デザインリノベーション宮城 2018」。
東北での地域密着型限定・オリジナル企画であります。
ライフスタイルの希望を叶える
デザインリノベーション宮城 2018
住み慣れた街で自分たちらしい暮らしを手に入れたい。
今、そんな理想を実現する選択肢のひとつとして
「リノベーションする」人が増えています。
リノベーションとひとくちに言っても、その形態はさまざま。
断熱性能や耐震性能、減築・増築、キッチン・洗面などの水まわりといった、
性能・構造・部位・デザインによる優先順位のつけ方でもプランは大きく変わり、
マンションや戸建て、古民家などの建物種別によってもまったく違うカタチに。
選択肢が多い分、リノベーションには暮らしの理想を叶える自由度があります。
そんなリノベーションの好例が豊富な宮城から、地元の住宅実例を厳選。
◆巻頭特集
宮城の建築家リノベーション
01 築60年の古民家をリノベーション
02 匠の技が生きる古民家移築再生
03 好立地な実感のマンションリノベ
◆巻頭特集連動企画/リノベーションを巡る 宮城の街と人
◆宮城のリノベーション住宅・実例集 <マンション・戸建て・古民家>
◆リノベーションの基礎知識
◆リノベーション お金の基礎知識
◆リノベの間取り集
ニッポンの住宅を変えていく可能性が高まっている「リノベ」ブームですが、
東北では仙台がもっとも都市化が進んでいて、そのニーズが高まっている。
今回の特集では、いま胎動を見せているこのリノベマーケットに注目。
先端的な事例を発掘し、「感性」志向の強いこのマーケットを深掘りしてみました。
いま、ユーザーや作り手はどんな志向をもっているのか、
多くの地域のみなさんにも注目できる内容だと思います。
■webにて先行予約受付中!!11月24日(金)~11月30日(木)※期間中にお申し込みいただいた方へは、一部地域の方を除いて、発売日までにお届けします。
宮城県の書店にて販売!
2017年12月8日発売・A4版
本体価格722円(税込:780円)
Posted on 11月 27th, 2017 by 三木 奎吾
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きのうは土曜日と言うことで、札幌帰還をやや遅らせて、
二子玉川にある「静嘉堂文庫美術館」にて中国絵画展を鑑賞。
どうも中国絵画については、ほとんどまとめてみる機会がなかった。
江戸期まで日本人にとって対外的な影響力がもっともあったのは、
中国からの文化であるに間違いないのに、たぶん明治以降は
脱亜入欧的精神から、ひたすら西洋絵画・文化に傾倒していって、
墨絵的表現の中国絵画は、日本人から忘却されていったに違いない。
そういう自分自身、東京国立博物館・東洋館で中国絵画はみた経験はあるが、
巻物に「文人」の至った「境地」を映像化するその制作目的に辟易していた。
しかしそればかりではないだろう、という興味から見学して来た次第。
だんだんと日本画に惹かれるようになって、中国画を知りたくなってきたのです。
この静嘉堂文庫美術館は、三菱財閥を創始した岩崎家の美術コレクション。
前にも1度訪問していますが、久しぶりの訪問。
世田谷区の多摩川沿いということで、ふだんのビジネスゾーンとは空気も違う。
いつもせわしない地域ばかり歩いていると、やや郊外の住宅街を歩きたくなる。
二子玉川は、そんな気分の休日にいい空気感。
きのうは、東急大井町線を利用して行きました。
ふだん京浜東北線や山手線、地下鉄を利用しているのとは雰囲気が違う。
いわゆる「私鉄沿線」の住宅街の香りが漂ってきて好きなのです。
そんな沿線風景を楽しみながら、二子玉川駅で降りた。
で、ここからも2kmくらいの距離があるのでバスを利用する。
タクシー利用しても美術館では200円のキャッシュバックがあるけれど、
前にもバスに乗って、都心地域では味わえないある豊穣さを感じていた。
まぁ要するに、静嘉堂文庫美術館探訪は、
こういった東京の住宅地の雰囲気総体も味わえるのですね。
ただ久しぶりに行ったので、駅のバスターミナルの位置がわからない。
で、なにげに高齢女性と、2−3才の女の子二人連れに道を尋ねた。
そうしたところ、親切に教えていただけた。
事前にバスの運行情報はスマホで電車車中で確認し時間が迫っていたので
その時間に間に合うように、お礼を言って急ぎ足で向かった。
数分後、背後でなにやら「バス停」がどうのこうのという声が聞こえた。
わたしは急いでいたので気に留めずにバス停に急いだ。
車掌さんのような案内の方がいたので、系統番号を確認して列に加わった。
で、ひと安心していたら、ふとまっすぐにわたしをみつめるカワイイ視線を感じた。
「ほらね、おじさん、ちゃんとバス停がわかっていたでしょ」
と、おばあさんがお孫さんに話して聞かせている。
おお、であります。
この2−3才の女の子は、道を尋ねて去って行った登場人物のことが気になって、
「あの変なおじさんは大丈夫だったの?」と気に掛けてくれていたのです。
それでわたしの去って行った方に祖母を向かわせて、
自分の目で変なおじさんが道に迷っていないか、確認した。
わたしはすっかり目が点になってしまった。
「いやぁ、お嬢ちゃん、いいお嫁さんになれるね(笑)」と声を掛けた。
そのまっすぐな瞳にさざ波が立つことまではなかったけれど、
やや安心したという体動作は見て取れた。
会釈を交わし、わたしは重ねてお礼を申し上げたらふたりは去って行かれた。
そのカワイイ後ろ姿を見送りながら、幸せな気分に包まれていた。
その後の絵画鑑賞から武蔵野の自然との出会い、古民家見学、街歩きが、
とても印象深くこころに染みわたっていくかのように感じた。
どんなに幼いとしても、人間には人間を動かすすごい力がある。
突然訪れた一期一会に、深く感謝しています。
<絵は当社創業初期働いてくれていた画家・たかたのりこ氏作品>
Posted on 11月 26th, 2017 by 三木 奎吾
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