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【再び大雪到来の今朝の札幌 除雪出動】


先週末まで札幌はまた暖気が上昇して市内各所で「水たまり」も発生。
いわば雪融け時期の様相を呈していましたが、
どっこいやはり「少雪の揺り戻し、帳尻合わせ」がぶり返し。
本日月曜朝にかけて、夜中いっぱい降り続いたようで
5時過ぎに見てみたら、15-20cmくらいの積雪があったようです。
これは、ゆっくりブログを書いていられないので、申し訳ありませんが、
その状況を写真でお伝えして、
あわせてのどかな首都圏で撮影した梅の満開の様子。
二つの写真で、この時期らしい「季節感」を表現して、
さっそく除雪作業に邁進したいと思います。

というのは、諸般の事情からわたしひとりで、
この除雪に立ち向かわねばならないのであります。
さて、ということで、気合いを入れてジミジミと、時間をかけて
作業を開始したいと思います。終わったら写真報告します。
って、いつまでかかるかなぁ・・・。
どっこいしょ。

っていうことで、約2時間の雪遊び(笑)完了であります。
15-20cmくらいって書きましたが、違いました。
30-40cmではないかと思われます。
しかも雪質がぐっと重くて、さらに前夜には道路除雪でブルが入っていて
その残してくれる「固くて重い雪」が頑強な抵抗を見せてくれる(泣)。
往生させられます。
しかしなんとか、ごらんの事務所前、借りている駐車場合計5台分の
平面の除雪をなんとか2時間で済ませられた。
たぶん、本日は3分経過後のウルトラマン(古!)で、
ゆったりと過ごしている事になりそうであります(笑)。
札幌のみなさん、みんなゆっくりやりましょうね!
そういえば、明日以降、西日本で降雪が予想されているとか、
くれぐれもみなさん、お気を付けてください。

【現代ストレスと住宅「癒やし効果」の指数化】


「21:6:11 期間:移動:出張」
ここ3週間の間の移動日と、実質出張日の構成です。
しばらくの間、こういう頻繁な出張日程は組まなかったので、
自分の体力を実験するような感覚で自己チェックをはじめている。
で、ストレスを明確化して、それとの体感の相関関係を
なるべく明確な指数化できないだろうかというアイデア。

まぁとくにデータ的なものはなく、主に自分の感覚であります(笑)。
だいたいわたしの場合、家に帰れば週末には日課のように近くの
「日帰り温泉」に浸っておりまして、
そのはじめの温泉浴槽入浴のときに感じる体感が目安になる。
そこで「積層疲労感」がしみじみとカラダに伝わってくるのですね。
これは物理体感なのか、精神性疲労体感なのか不明ではあります。
たぶん物理的(雪かき作業・移動歩行など)と精神作業の絡み合いでしょう。
で、昨日出張から帰還して翌日午前中の入浴感はディープ感で表現すると
100%表記で言えば、通常30%が現状50%程度かなぁと。
まったく科学的根拠数字でないので申し訳ありません(笑)。
しかしいつも入浴している温泉の浴後感はだいたい一定のレベル感がある。
そこまで「回復」させる「疲労感」はどうも指数化可能ではないか。

家には「癒やし力」が期待される。
住宅に物理的・精神的な癒やし機能を求められるのは当然だと思うのですね。
日頃見慣れる視認領域、その触感などから来るストレス癒し効果、
家族との対話というなにげないストレス解消効果。<逆もあるか(笑)>
建築としての住宅は、家全体の雰囲気、空間の適正感、
温熱空気環境などいくつか、物理に転換可能な指標もあり得る。
このような視点から、自分自身のストレス感を対話しながら、
癒しと住宅との相関関係をなるべく共通言語化できないだろうかと
そのための「尺度」を考えてみたいと思い始めている次第です。
わたし自身の「個人的バロメーター」としては、
先述した「入浴時のジワジワくる疲労の融け具合」はまことに実感的。
日頃慣れ親しんでいる温泉の湯と自分のカラダとの応答というのは、
総合的な指数性としてわかりやすいと思っています。
あきらかに「無謀」な企みではありますが、じっくり探究してみたい。

【関東高速網、便利。でも難は事故通行止】

ここのところ、雪の札幌と首都圏を往復する日々。
公共交通機関利用も、特定少数の限定訪問先では効率的ですが、
特定でも多数の移動を考えれば、やはりクルマ移動が便利。
で、最後は「え、ここ通れってか(汗)」のような狭小道路にも入る。
押し並べて首都圏の建築関係者は地方農家とは別の理由で
軽トラックが主力移動運搬手段になっていますね。
まぁいろいろの情報が一気に集中的に叩き込まれてきています。

きのうも、神奈川県相模原近辺でのホテル宿泊から
栃木県の方へ移動を開始したのですが、
ごらんのような高速道路網なのでカーナビに情報を入れて
「圏央道」を北上スタート、約160kmほどの移動距離。
まぁこれくらいは北海道ではごくふつうの距離スパン。
なんですが、数十キロ北上した時点で「狭山ー入間」間で事故通行止め、
というアナウンスであります。
圏央道というのは、最近開通した高速でほとんどパーキングがない。
こっちは地理勘ははイマイチどころか、イマ4−5くらい。
なんとなく狭山も入間も埼玉県の南西端くらいの感覚しかない。
なので、再探索したいけれど、パーキングがない。
やむなく2つくらい手前のICで降りた。
で、コンビニでクルマを停めて再探索するけれど、
やや古めのレンタカーのカーナビだからなのか、
最新のヤツのように事故通行止め回避のナビは機能がないようで、
何度も「直近の高速に戻れ」という回答が返ってくる。
で今度はiPhoneをカーナビにして案内させたけれど、
これがまた「え、ここ通れってか(汗)」のような狭小道路の連続。
たぶん30数キロそんな道を通っているウチにアポ時間はムリに。
その旨連絡してまたの機会にそっちはキャンセル。
関連してもう一件もキャンセルしてしまわざるを得なかった。

先週にも「事故による渋滞」で悩まされたのですが、
2週連続での困難発生であります。
北海道や東北では主に「天候」理由での通行止めが発生するので
比較的に明快な理由で十分に予測も可能だけれど、
こっちの事故や渋滞由来困難について、どういう「回避方法」があるのか。
一般道回避ルート探索やスマホアプリカーナビの採用とか、
そもそもスケジューリングでムリを避けるなど、
いくつかの方法は浮かんできますが、いずれにせよ、
時間と仕事のバランスを取っていく作業は、スキルの向上が必要。
羽田空港近くのレンタカーを利用していますが、行動の最後は
ここには環8を南下して行くまっすぐのルートを採用。
一般道も気持ちをゆったりさせていれば、そこそこ便利で意外と近く感じる。
・・・という次第で、40年以上前の関東東京での仕事体験を思い出しつつ
行動の土地勘を再構築してきております。う〜む。

【新型肺炎報道の情報操作危惧】

報道というのは、非常に難しいとつくづく思わされます。
今回の「新型肺炎」報道で常に日本の「感染者数」が公表されるけれど
その中身について正確に報道されることはほとんどない。
2月10日段階で96人とされる「日本の」感染者数が、実は例のクルーズ船での
感染者が70人であり、さらに政府のチャーター機で武漢から帰国した
なかの感染者が10人で、実質的な「国内での感染者」は16人である、
というように正確に報道している既成メディアはほとんどない。
実質的な国内感染者数は16人であり、中国との距離的・経済的な近さ、
観光客の多さや人口比率なども考えれば、情報公開された民主主義国家として
相当レベルで十分にコントロールされていると言えるのではないか。
しかもクルーズ船についてはその乗客をまだ上陸させていないワケで、
いわば「日本国が水際で管理コントロールしている」段階だというのが事実。
そうであるのに、この「総数」数字だけを根拠に「日本は感染国」であると
アナウンスまでした国まであらわれた。
さらには世界中から不信のかたまりと見なされてしまった「国連機関」
例のWHOに至っては、この日本政府のクルーズ船の上陸管理コントロールにまで
「根拠がない」と居丈高に言い募ってきている。
感染症を防止する水際対応をやめて感染者をもっと増やせというのか。
さすがにアメリカのウォールストリートジャーナルなどでも
今回のWHOの一連の対応について国際世論として批判の声を上げてきている。
それを受けて例のWHO事務局長は金切り声を上げているようです。
WHO事務局長「中国認めて何が悪い」 記者会見で反論
<2020年2月13日22時36分 朝日新聞・ジュネーブ発>

やれやれ、といったところでしょうか。
しかし、こうした報道での数字についてはわたしも
中身まで「因数分解」して受け取ってはいなかった。
その不明を深く思い知らされたところです。
というか、クルーズ船の感染者数が日本の総数にカウントされている、という
そういう基本的な情報すら既存メディア報道にはほとんどなかったのではないか。
それに対して日本国家は「領域領海内」での感染者ということで、
クルーズ船まで含めた「ウソ偽りのない」数字を公式アナウンスしていた。
ひょっとするとこのクルーズ船の感染者を除外して発表していたら、
既存メディアは「隠蔽した」とあげつらっていたのではと
残念だけれどそういう危惧も感じさせられる。
報道と事実は慎重に切り分けて受け取る必要がある。
いわば常識レベルでの「錯覚」と言うことがあり得ると気付かされた。

【永き日中関係史と「新型肺炎」】


中国現代は共産党が支配する独裁体制国家ではあるけれど、
しかし民の歴史は、日中ではるかな歴史年代にわたって続いてきた。
中華思想という他国にはやっかいで理不尽な思想を持ち続ける
国ではあるけれど、卑弥呼の時代から国際関係はながく続いている。
政権は今後も変動していくだろうけれど、
東アジア世界でのパートナーとして相互関係は継続するだろう。
われわれ日本人としては、国家関係と民の関係は分けて
民同士の関係は永続性を志向すべきだと思う。

きょうのニュースで上のイラスト写真が紹介されていた。
中国国内のSNSで拡散されているものだそうで、
中国人が受け止めている、世界各国の現在の関係を表現したもの。
ベッドで寝込んでいるのは中国の人々であり、
壁を隔て窓外から世界中の国々が奇異の視線を向けているなか、
ひとり日本だけが同じ病室で見守っているという構図になっている。
こういうものもまた一種のプロパガンダではある可能性が高い。
中国国家権力は日本人のメンタルの甘さを突いて利用し尽くす底意を持つ。
けれど、仮にそうであるにしても、
なにがかれらの心理をしてこういう表現に至らせているのか、
よく考えておくことはムダではないだろう。
まだよくわからない動き、あるいは「キャンペーン」だと思う。
日本の今回の対中対応が特別に「友好的」なものだったとは
日本人としてはあまり感じられない。
ある意味、生ぬるく危機管理として問題だと思う部分はあるけれど、
現在の政権としては、ごく常識的な対応をしてきていると思う。
たしかにマスクを緊急支援として送ったり、
全的な入国制限といった対応はせず、冷静な対応であるとはいえる。
即座に全的な入国管理を実行したアメリカ・ロシアなどと比べれば、
中国側メンタルとして友好的と感じられたのかも知れない。
ただ、天安門事件以降の中国の国際的孤立状況の中で、
世界に先駆けて手を差し伸べた日本に対してそれを利用しきって、
そうであるのに、直後から反日プロパガンダを盛大に仕掛けたのも
中国共産党独裁体制だったことを、決して忘れてはならない。

きのう書いたWHOの新型肺炎への「COVID-19」命名だけれど、
本日Yahooトップページにズラリと並んだコロナウィルス災害の通称名は
今朝の段階でおしなべて「新型肺炎」となっていた。
英語やアルファベッド圏ではどう表現されているのかわからないけれど、
少なくとも漢字文化圏では「COVID-19」は馴染みにくい。
世界のこうした「常識」がやがてWHOの腐敗した現状を暴き出すことを
期待していきたいと思います。

【WHO 新型肺炎を「COVID―19」中国忖度命名】

本日の話題は、いまや世界中がその蔓延に恐怖する新型コロナウィルス肺炎。
中国国内ですら知識人たちが「言論の自由」の声を上げ始めている。
中国知識人、肺炎情報統制で声明 「言論封殺による人災」
【北京共同】中国の著名学者ら少なくとも50人以上が11日までに、当局が
新型肺炎に関する情報を統制したことで感染拡大につながったとして、
言論の自由を保障するよう中国政府に求める連名の声明を出した。
新型コロナウイルスのまん延は
「言論の自由の封殺によって引き起こされた人災だ」と非難している。
声明は、肺炎の存在にいち早く警鐘を鳴らして当局に摘発された男性医師、
李文亮さんが新型肺炎で7日に死去したことを受けインターネット上に公開された。
北京大の憲法学者、張千帆教授らが署名。
「人民の知る権利が奪われた結果、数万人が肺炎に感染し、
死者は千人に上った」と指摘した。 2020.2.11 17時54分〜
初期の中国国内対応に於いて決定的な言論封殺があって
新型コロナウィルス肺炎の拡散危険性を訴えた医師・李文亮さんを迫害し、
その後、医師は自ら罹患して死に至った。
その死の情報が拡散されることで、今回の新型コロナウィルス肺炎での
「共産党独裁」体制そのものへの批判が中国国内でも勃発した。
こうした情報が公開されていること自体、希望的で奇跡的といえる。
独裁体制が進めてきたIT利用の言論統制社会そのものが批判されつつある。
民のいのちを守るという権力正統性の最深の根拠が揺らいでいる。

そういう中国国内での「民主運動」の状況の中、
迷走し続ける「国際機関」WHOがふたたび「明快な」決定を下した。
今回の新型コロナウィルス肺炎に対しての命名は「COVID―19」。
これまで「スペイン風邪」など、わかりやすく発祥地由来の命名が
ふつうに付けられていたのに、今回はあきらかに中国の地名を避けた。
その姿勢は明快な中国忖度スタンスですと公言したように思われる。
わたしは英語ネイティブではなく「COVID」というコトバには感覚を持てない。
だいたい、なんと読み下せばいいのかもわからない。
辛うじて「コロナ」をCOから連想できるくらいだろうか。
たぶんコビット19と読み下す名が「WHO様」の命令で付けられたということ。
たしかに「武漢肺炎」などという名称が付けられれば、中国国内で
民衆からの権力への怨嗟をさらに掻き立てるということはあるのでしょう。
共産党独裁側にとって確かにそれは最大の恐怖だろう。
民主選挙制度を極端に怖れ「AKB総選挙」の情報すら必死に抑え込む権力。
しかし、人類社会全体にとって今回のWHOの驚くべき実態に象徴される
中国マネーによる国際機関汚染こそがもっと怖ろしい。
トランプ政権による中国叩きは、まさに最後のチャンスだったのかも知れない。

中国のことは中国の人々の自己決定権に属するけれど
国際機関のありようについて今回のことはきわめて重要な問題を提起した。
戦後国際システム「国連」と聞いただけで無条件で拝跪するような
日本国内での「国際常識」もまた、根底から揺らいでいると思う。

【雪まつり最終日 札幌積雪昨年レベル到達】


帳尻合わせの見事さに感嘆する思いであります(笑)。
ことしはすっかり「暖冬」で積雪がサッパリ進まず、
空を見上げても関東並みの「晴天」つづきで冬という感じがしなかった。
ところが、雪まつりの時期を迎えて忘れていたのを思い出したように
ドカッと一気に帳尻合わせが始まった。
2020年2月10日午前9時段階で積雪量は
今年度277cm、昨年度281cm、平年度390cm
同じく「積雪深」は
今年度68cm、昨年度62cm、平年度73cm
という状況に至っております。
積雪量(累計の降雪量)と比較して積雪深が大きくなっているのは、
直近で多く降っていることを表現している。
道の研究者の方から警告していただいたままに
「2月に入ってから大雪のパターンの冬」という状況が顕著。
まさに冬の「帳尻合わせ」そのものであります。
で、同じ方から、このパターンの翌年の冬は豪雪という予測も受けている。
温暖化はたしかに進行しているけれど、
それ以上に、気候のサイクル周期のようなものがあって、
その影響が大きいように思われますね。

一方、気温の方もここのところ急低下。
本日は早朝から千歳空港に来ておりますが、
札幌市内と比べても5度ほど低いマイナス14度。
ここのところ、道内各地からマイナス30度超えというアナウンスも聞く。
こっちもまさに帳尻合わせの展開であります。

ここ1週間ちょっとで1mを超える積雪なので、
本格的な「雪かき」作業が都合3〜4回という頻度。
まだ腰に来たりはしていませんが、それは坊主がちょうど帰省中で
雪かき作業を主力としてやってくれたおかげであります。
きのうもけっこうな積雪量で、合計3箇所の除雪作業をこなしました。
札幌と各地を往復する日々ではありますが、
札幌にいる間は当分除雪具を手放せない日々が続きそうです。
負けずに恰好の健康維持ダイエット機会ととらえて、頑張ります(キッパリ)。

【「北海道」命名の江戸末期探検家・松浦武四郎】

松浦武四郎という人は、江戸末期から明治にかけての人物。
1818年から1888年までの命を生きた。
北海道を探検して歩き、その後明治政府がこの地を開拓する号令を発したとき、
一時期は政府の役職にも就いていたし、地名を北海道とすることにした
その地名発案者であったとされているので、北海道人にはきわめて馴染み深い。

この松浦さんというひとの来歴を見ていると面白い。
江戸時代というのは、武士が「支配階級」という建前の社会だけれど、
かれらは社会発展とはあまり関係のない階級だった。この松浦さんは
郷士・庄屋という階層の4男として生まれたのだけれど、
むしろこうした階層の方が経済的には恵まれ自由気ままな生き方を選択していた。
学問をある程度受けて、16歳のときから全国を旅して生きている。
その果てに当時の化外の地であった蝦夷地を探査する旅をしている。
それだけの「自由人」としての生き方がこの階層には可能だった。
そうした生き方が「先を見る目」を養い、蝦夷地開拓の透明な目線を育んだ。
明治維新当時はその慧眼が新政府の目に止まることになり、
政府の役職にも就くことになるけれど、しかしその腐敗した内実を知り
自ら役を辞してふたたび自由人としての生き方を選択する。
本来であれば、武士階級という存在こそが先を見通し
国家百年の大計を企図するべき存在であるのに、
かれらはただただ無為徒食するか、その地位に恋々とし自己保身していた。
今日の「国会議員」という存在の名状しがたいムダっぷりを見るにつけ、
既視感が大きく感じられるのはわたしだけでしょうか。
松浦さんは社会発展を志向した自由人として、とくに北海道地域にとって
有益な活動を成していただけたのです。
江戸期の「庄屋階級」という実質的経済社会主体者の存在が強く浮かび上がる。
間宮林蔵さんもそうだけれど、北海道の開拓にとって
このような江戸期の自由人を生んだ階層に注目させられます。
またかれらをそのような活動に向かわせた動機はなんだったのか、
というようにも考えさせられます。
写真は松浦武四郎さんが残した北海道の絵地図。
丹念に「科学的態度」で実測して、後の世のこの地の発展のための
必要欠くべからざる作業を丹念にしたその「志」の部分に強く思いを持たされます。

【東京・関東でのクルマ活用「最適解」探究】

このところ東京、というか関東出張を集中させています。
やはりエリアが広域なので行動スタイルの最適解も手探りしながら。
とりあえず8日間行動して、昨日ふたたび札幌帰還。
その間で行動したのは、神奈川県・東京都・埼玉県・茨城県の4地域。
当然ながら関係先は広域点在型であります。
東京だけであれば公共交通手段活用もアリ、ではありますが、
広域になると、やはりクルマでの移動が必然化する。
昨日も大宮から同じ「埼玉県内」の県西北端まで移動した。
地点to地点で90kmちょっとの距離。当然「関越道」経由。
はじめての訪問先でもあるので念のため、2時間半前に出て
クルマ発進後、5分ほどで高速に乗った。
一端、南下して「外環道」を経由して関越道に移動する経路。
って、カーナビが基本的には「最適解」を選択してナビしてくれる。
そこから魔の行軍が始まった(泣)。
関越道は何度か走行しているし、早朝出発でもあるので
気楽に考えていたのですが、走らせはじめたらすぐにノロノロ。
主要ジャンクション周辺での自然渋滞は仕方ないとして
関越道が本格的に始まってからも、むしろ渋滞ノロノロが激しくなる。
あとでわかったのですが、4車線ある道路幅のところで
たくさんの「事故」渋滞が発生するようなのです。
スキーやスノーボード愛好者が土曜日には大集中するということも重なり
首都高よりもずっとひどい大渋滞。
でもほぼ北進というまっすぐに近い道路でなぜかくも事故が起こるのか。
まことに不思議な光景と驚きながらも、たっぷり時間を見ての出発だったので
はじめは余裕を持っていたのですが、
2回ほどはトイレ休憩も挟まなければならなかったし、
徐々に約束時間が迫ってくる状況に追い込まれていた。
最後の大渋滞が事故渋滞だったことが判明したところで、
アポ時間まで残り30分ほどで残り距離が40kmほど。
高速を下りてから6kmほどの距離であり、そこも渋滞していれば、
初訪問で即遅刻という最悪の展開になる雲行きであります(汗)。
しかしようやく、目的の「本庄児玉」手前2−3のICからは
普通の高速走行ができるようになって、目的地にはギリギリ
アポ時間の5分前に無事到着。
90km2時間25分という行程でありました。ふ〜〜〜。

そこからの帰りでは関越道を南下して、都内恵比寿周辺まで移動。
帰り道でも関越道下りの対向車線ではあちこちで「事故渋滞」が目撃された。
事故が起これば、警察による「現場検証」が必要で
それによって大渋滞が発生するメカニズムが一目瞭然だった。
それにしても、雪も降っていない晴天乾燥路面でなぜ事故るのか。
ビジネスのアポとこういう「事故渋滞」との最適解を考えるのは
ちょっと難しいなぁと実感しておりました。
なんですが、やはりクルマ移動しかありえないというのも強い実感。
都内など、驚くほどに狭い範囲に関係先が集中しているので
駐車料金問題はありますが、クルマ移動は合理性がきわめて高い。
それと路側の公営時間パーキングはたいへん有用ですね。
あのパーキングのマッピングをアタマに叩き込むと
かなりコスパのいい行動パターンが構築可能ではとも思えました。
さて、創意と工夫でチャレンジしていきたいです。

【古代豪族古墳石室 死後のインテリア空間】


北関東というのは遺跡群のけっこうな宝庫。
昨日、予定の合間の時間ができたので、生来の考古の研究にと
「埼玉県立歴史と民俗の博物館」を駆け足で見学してみた。
展示の中でつい見とれてしまっていたのが、
埼玉県秩父郡皆野町大字金崎字大堺3号墳の再現「玄室」の様子。

人間は生きている間、いろいろな空間を体験する。
多くの場合は伝統に従った住空間とその生活文化にくるまれて過ごす。
そして死を迎えると、墓に葬られることになるけれど、
権力を握った人間は、その死を荘厳に飾り立てたくなるものなのでしょう。
またその権力を継承する肉親者にとっては、
その死者の死を飾ることで自分の権力の正統性を証し立てようとする。
そのような初源的で非民主的な死の装飾は現代では
「唯物論」に由来するとされる「社会主義」国でむしろ平然と行われている。
毛沢東はその遺体が永久保存され北朝鮮でも同様にされている。
こうしたことひとつをとっても「科学進歩」からもっとも遠い
異様な権力であることが明らかだがWHOのように目の不自由な連中も多い・・・。
横道にそれた。人類発展のある段階まではこうした墓制は理解出来る。
で、面白く思うのはそういう古墳を造営する建築的な立場。
その墳墓をどう建築し、どうデザインしたのか、
そういう立場で考えてみて、遺された遺跡は示唆に富んでいる。

ここでは、というか、わたしが知見した限りでは
おおむね石材でそれらが構成されている。
古代蘇我氏の途中経過古墳とされる明日香村「石舞台」を実見すると
永遠の「終の住み処」として炭素年代的な石材で構造が構成されている。
「天井・屋根」まで巨石で構成されている。
あのような巨石構造は、その動員された人力を思えば圧倒されるけれど、
こちらの埼玉秩父の古墳では、床には砂利石が敷き詰められ、
壁の1面は細かい石材がまるでレンガのように積み上げられている。
一方で正面は地元で産出される平板状の緑がかった1枚岩が嵌められている。
どうしてこのようなインテリア構成に至ったのか、
作り手、施主にヒアリングは不可能(笑)だけれど、
はるかに後世のわれわれからすると、そのモダンな感覚に圧倒される。
展示物として照明も配置されているので、
たぶん創建時、建築として作ったときの雰囲気、
感じたであろうインテリア空間性を再体験することができる。
明日香の石舞台が土盛りされなかった古墳なのだとすれば、
古墳では土は石室構造が出来上がってから被覆されたものに違いない。
なのでこの石室空間を造営建築した人物たちは明るい太陽光採光条件下で
空間体験しながら作っていたのでしょう。
建材としての石の各種取り合わせ、その水平垂直の配置など、
いろいろ思念し宗教的カタルシスを意識しながら作っていったに違いない。
やや「建築」取材に似た空間体験を感じ続けておりました。
たぶん、この空間はステキだと思う方は多いのではないだろうか?