
メモリアルがいろいろにあった1日でした。
きのうは東日本大震災から丸4年がたった1日でしたが、
北海道と東北で仕事をしていて、
なにかまとめるというか、第3者的にどうこうとは言えないので
きのうはブログでもなにも触れずにおりました。
いつも、北海道と東北とを行き来しております。
ちょうど震災の日も、13日には北上で講演を予定していて
そのための準備などもしておりました。
飛行機も12日には搭乗予定でチケットも購入済み。
前日には、東北からの住宅見学のご一行を視察案内などもしていました。
テレビで仙台空港に押し寄せる津波の映像を見ていながら
でも、翌日には間違いなく飛行機に乗るものと思っていました。
さすがに明日では空港の整備は間に合わないだろう、
でも明後日は大丈夫かなぁ、などという平常感覚が残っていたと思います。
岩手県の仕事先に連絡して、たぶん飛行機が飛ばないので
申し訳ありません、というような連絡もしていました。
仙台には小さいけれどオフィスも構えている。
そんななかでの震災体験であります。
すぐに仙台の事務所とケータイで奇跡的に連絡がついて、
まず無事を喜び合い、そこからいろいろな指示もして
安全と人命第一、生活の基盤確保が第一という基本線で対応してきました。
スタッフの無事になにより安堵したのですが、
今度は、その先のスタッフの家族の安否確認、
当面のアポイント先との連絡調整などに忙殺されていました。
戦争を知らない世代のわたしにとって、
生きているとこういうことにも遭遇するのだということが、
内心の驚きだったように思っています。
震災当時は北海道から東北に向かう交通手段が全部途絶していた。
そういうなかで、すぐにボランティアとしての住宅情報ツールを起案し、
その準備作業にとりかかり、たまたま長期出張してきていた
東北の責任者スタッフの帰還ルート、日程起案などに
向かっておりました・・・・。
先日、たまたま車両陸送の機会があったとき、
やはり震災・大津波被害地の現状をこの目で確認したくなったのは
そういうあの日からのさまざまな出会い、取材活動などの
その後の現在の様子を、自分の目でじっくりと確認したかったからです。
そして、やはりいろいろ、肌で知る部分もありました。
多くのみなさんが、それぞれにあの体験を共有したと思います。
人それぞれではありますが、今でもやはり、いま出来ることを
少しでも役に立てることを願いながら、行動し続けるしかないでしょうね。
ということですが、今週末もふたたび東北秋田でのお仕事。
金曜日に行って、帰還は日曜日深夜の予定です。
まぁ走りながら、思いを致す、ということですね。
<写真は明治の三陸大津波の報道写真誌>
Posted on 3月 12th, 2015 by 三木 奎吾
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北海道札幌にいて、冬には雪に覆われることで
色彩感覚というのは、どのように影響を受けるか、
そんなことを、いつも漠然と考え続けているように思います。
小学校に入って、はじめて多様な色合いのクレパスなどを使って
絵を描けと言われたとき、
まっさきに「群青色」にこころが向かったような記憶がある。
雪って、昼間の陽光が真っ盛りの時には
激しい「照り返し」で、ひとの視覚をマヒさせるくらいの強烈さを持っている。
その陽光が徐々に納まってきて、
薄暮が迫ってくるようになると、写真のような
空や空気が、まるで群青の色合いに染め上げられてくる。
その色を引き立てるように雪は落ち着いた白になってくる。
たぶん、こうした色合いはどこででも感受しうるだろうけれど
雪があって、そのコントラストとともに見ることができることに
北海道の人間は、ある反応を共有しているかも知れない。
こうした色のコントラストの中での体験記憶が、幼児のころから
記憶の基底に刷り込まれている。
そういうことが、どんなふうに人間に働いてくるのか、
そこらへんのことに興味を持つのだけれど、
腑に落ちるような解析文章にまだ、めぐり会っていないように思われます。
こういった背景色には、
写真のような木質的な風合いの色合いが
室内側ではやっぱり似合う。
できれば薪ストーブのような炎の色合いが、
これもコントラストが効いていて、馴染むように思う。
北欧デザインなんかの色使いと似たような部分が
共通性を持って受け入れられるように思います。
さてこういった色合いの世界から
ことしは雪融けシーズンが、例年よりも早いように思います。
すっかり、わが家周辺では路上から雪が消えつつあります。
なんですが、北入りのわが家周辺だけは、
固い岩盤のような堆雪が残っております。
雪割り、がんばらなければならないところではありますが、
北国人としては、サボり気味の今日この頃、
ややボーゼンと、放置しているような状態であります(泣)。
少し鞭打たないとなりませんね。むむむ。
Posted on 3月 11th, 2015 by 三木 奎吾
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先週末、ディーラーさんから連絡を受けていて
きのう、先方の担当の方が2名で再度来社されました。
先週、担当の方と再度連絡を取り合って、
こちら側の真意をきちんとお伝えして、
事態の解決のために当方としても受忍すべきことは、
用意は十分にあること、争いたいワケでは全くないことなど
基本的なスタンスを伝えて、打開できないか、
先方に要望を伝えていたのであります。
で、お話を伺っていると
リアワイパーをいまのクルマに取り付けるには
周辺工事をふくめて35万円くらいの費用がかかることを伝えられました。
そしてウォッシャー液の配管工事などきわめて微妙でもある旨、
十分に聞かされた次第です。
そういう上に立って、今回は納入済みのクルマを下取りしていただき、
新たにリアワイパーの装着されたグレードタイプを購入する
という打開策が示されました。
具体的には、その「トレード」についての詳細な案も示されました。
取引の実際ですので、もろもろ交渉過程の詳細は明かしませんが、
基本的には当方にとって満足できる提案でした。
感情的になることなく、理を尽くして
譲歩をお願いするという路線に絞った交渉だったのですが、
無事、先方にも基本的に受け入れていただけることになった次第。
たいへんありがたいことだと、感謝申し上げた次第です。
そうなると、今度はいったん仙台に持って行ったクルマを
再度、引き上げて、また陸送しなければならない。
ということで、仕事の段取りも含めて再スケジューリング。
今週末の秋田出張への機会に、予定を一部変更して、
ふたたびフェリー乗船で、乗って帰ってくることになる予定であります。
ブログを読んでいただいている方々からも
いろいろご心配いただきましたが、そういうことに相なりました。
まことにありがとうございました。
Posted on 3月 10th, 2015 by 三木 奎吾
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きのう安土城造営の様子の復元模型写真をテーマにしたら
いろんな方から、コメントをいただきました。
まぁ、北国では春が近づくと「雪割り」公共事業待望が盛り上がって
たくさんの男性が嬌声を上げながら、雪割りしている
というようなオチもあったのですが(笑)
日本史は、いろいろな公共事業に彩られてきているのは
疑いようのないところであります。
土木工事を基本として、建築もさまざまに造営され続けてきた。
仁徳天皇陵などの古代の造営事業は目的自体よくわからないけれど、
奈良の都の造営工事は、明確に古代律令国家のパビリオンであり、
そこに具体的に王宮や仏教建築を建てて見て初めて
「律令国家」というものが具体的イメージになったのだろうと推測します。
東アジア世界共通システムとしての律令鎮護国家思想が具体化した。
そういった余剰生産の富が、権力によって
具体的な形になって残っていく資産を通して
その「公共財」が歴史的景観を形成し、民族性もまた涵養する。
そういった側面から、われわれは叡智を知ることができる。
他の東アジア諸国と比較して、そういう公共事業性が
比較的に透明性が確保されてきたのが日本ではないか。
どうもそのような気がしています。
個別の権力の恣意を離れて、公的な目的が明瞭に見えている。
多くの国では革命の結果、旧文化が破壊されるケースも多いけれど、
日本では、直近の革命である明治維新でも、
首都機構である江戸の街並みは維持され、引き継がれた。
それ以前の首都である京都に至っては
度重なる戦火で灰燼に帰すことが多かった戦国以降、
相当長期にわたっての公共事業痕跡が残ってきている。
やはり、戦国から江戸にかけて活発だった公共事業も
その痕跡が至るところで維持され、存続してきていると思います。
写真は、「日本橋と越後屋周辺」のにぎわいの復元模型。
当時の世界に冠たる「消費都市」を造営したことが、
具体的なイメージで明確になる。
こうした消費都市が欲する需要を、ほぼ国内産業だけで充足させていた。
それだけ国内の資源開発・産業開発も進んだし、
活発な「交易社会」も実現させることができた。
次の資本主義への移行の基礎は多く、すでに形成されていた。
資源が少ないことは不幸であったかも知れないけれど
その分、創意工夫努力は民族的に血肉化したのではないか。
土木工事で見れば、江戸の開削は築地などという地名が残るとおり
公共事業がその基盤を提供し続けてきた。
日本人は、公共事業が大好きな国民であるように思えてなりません。
問題は目的をしっかりと確認することでしょう。
Posted on 3月 9th, 2015 by 三木 奎吾
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写真は、先日行ってきた安土城資料館での
「築城作業復元模型」であります。
城の「石垣」用の大石を山の上まで引き上げていく作業の風景。
大木を「コロ」として使って、大石に縄をかけ、
大人数で引き上げていくという作業工程のようです。
こういった復元には、当該の専門史研究者が当たっているでしょうから
おおむねこういった技術で戦国期の土木工事は行われたに違いない。
信長は、それまでの戦国大名とはかなり異質で
兵農分離などを推進したのと併せて
商業への着目などでも先進性を見せていたといわれる。
さらに、秀吉の戦争スタイルに至っては、
戦闘と言うよりも、大規模な土木工事で勝利を収める方向に向かっている。
秀吉軍と対峙した毛利側の諸城郭の守備隊は
かれら攻城軍の「攻め方」に、まるで異次元性を見たに違いない。
それはそれまでに見たこともない大土木工事を眼前に見せつけられること。
敵兵は、その土木工事を守備するのが主任務であり、
自分たちへの直接攻撃はなされないことに、
違和感を持ち続けたに違いないと思うのです。
人造湖に高台部分だけを浮かばせられて、
守備隊長が船で湖上において自殺して戦争終了などという
およそ、それまでの常識では考えられないまでに
日本の土木技術は進化発展したに違いない。
その後の江戸期の江戸の公共土木工事や、
大名庭園文化の発展など
日本人の公共事業や、土木工事というものの
始原形態をこういった光景に感じております。
わたしには、どうもこういった歴史感が沈殿し続けている。
ある時点から、商業資本の蓄積が水位を超えて
発展してきた土木技術を手段として、
信長・秀吉・家康といった変化に柔軟な武将たちが勝利する
その蓋然性を高めてきていたのではないか。
そんな夢想、妄想をずっと抱いております。
それにしても、綱引きの先頭の人、大変でしょうね(笑)。
Posted on 3月 8th, 2015 by 三木 奎吾
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きのう駐韓米大使へのテロについて書いた次第ですが、
その犯人の供述で「殺意はなかった」と言っているという情報が流れています。
で、韓国捜査当局では「未必の故意」での殺人未遂罪適応か
というように情報が出てきています。
まぁなにをいまさら言うのかと、驚かざるを得ません。
25cmもの長さのナイフを持って人に斬りかかって
長さ11cm、深さ3cmもの凶刃を向けておいて
「殺意はなかった」はないだろうと思います。
そう言って済ませられるだろうというような生半可な「覚悟」で
こういったテロを仕掛けるという人間性の愚かしさに
ほとほと、驚愕させられる。
前科6犯だそうだけれど、こういった人物が、
「市民団体」代表を名乗って、平然とかの国では歩きまわっている。
この社会は根源的におかしくなっているのでは、と思われても仕方ない。
このモラルハザードの根は深いと言えるでしょう。
で、そういう国家社会が現実に隣国にある。
そしてその隣にはもっと奇怪な社会主義を標榜した世襲制国家が現存し、
さらに隣には、自由と民主主義とは縁遠い、共産党独裁でありながら、
ひたすら貧富の格差が止まらない国家がある。
社会主義とは名ばかりで、儒教思想の悪しき腐敗が富の偏在を招き
共産党支配という人治で無軌道ぶりが際だってきている。
こういった国々が、70年以上前のことを言い立てて
かれらの「国家戦略」として「反日」を国是としてきている。
こういう東アジア情勢の中で、日本はどのように国家戦略的に対応すべきか、
国会は、本来こういったことがらを議論して欲しい。
昨今の、政治資金問題という枝葉末節の、
それも攻撃している政党側でも、
党首自身が受け取っている事実が出るような
ハッキリ言えばどうでもいいようなことで、
貴重な国会論議をムダに費やしている。
補助金など、ここのところの景気対策で、大量にバラまかれている。
野党というのは、民主主義ではきわめて大切な役割がある。
それは、国会論戦を通して、国家戦略を高めていくような
そういった姿勢を国民に示すことではないかと思う次第です。
次の選挙の時に、なるほど野党に政権を任せてみたいと思えるような
そういった議論をすべきだ。そうでない野党など
まったくのムダだ。緊張感の欠如もはなはだしいと思っております。
Posted on 3月 7th, 2015 by 三木 奎吾
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本日は、申し訳ありませんが住宅とは関係ない政治状況への発言ブログです。
なんともおぞましい事件が起こってしまった。
韓国駐在のアメリカ大使に対して、ソウルの国家中枢地域でテロが行われた。
徐々にその深刻な状況が明らかになってきている。
リッパード駐韓米大使は深さ3cmの凶刃を受け、
80針も縫うという大けがを負わされたのだという。
もう少しで命も危うかった、危機一髪の状況だったとされている。
神経系など深刻な後遺症も懸念される状況だろうけれど
外交官らしく、韓国国内へのSNSで韓米友好のアナウンスを発信しているという、
個人としては、リスペクトに値する行動を見せている。
この事件の起こる直前の状況は、
日中韓3カ国間での70年前の過去に関する安っぽい民族主義鼓舞への
アメリカ政府高官からの警告がなされて、
それに対し韓国社会で沸騰的に反米デモが起こっていたといわれる。
当のアメリカ大使館に抗議デモが押しかけていたというし、
主要な韓国新聞メディアが、そうしたアメリカの姿勢に対し抗議を表明していた。
メディアでは、日本の対米ロビー活動に韓国は負けているとまで
根拠不明記事を書き飛ばしていたのだと言うから、言葉を失う。
アメリカという主権国家へのある意味では冒涜とも受け取れるだろう。
そう大きなニュースにもならなかったように、日本国内では
各国に対して等距離的なアメリカの抑制的な外交意思表明と目されたけれど
韓国国内では、アメリカが日本の肩を持ったと受け取ったのだそうだ。
事件を起こしたテロリストの動機・考えは別として、さらに大きな問題がある。
このような、だれでも理解出来る緊張の存在のなかで、
早朝の国家中心地域で、大使にほとんど警備がなされていなかった事実だ。
アメリカ大使と言えば、韓国国内での最重要VIPだと想像できる。
というか同盟国であれば、なによりも安全確保に注力すべき存在だろう。
その人間に対して、刃物を持った「前科者」が容易に近づき得た。
まことに国家として「モラルハザード」としか、言いようがない。
情報ではこの「前科」とは、日本大使へのコンクリート片投げつけ事件だそうで
これはまさに民族主義ヒステリーによるテロだと思われるけれど、
この事件に対して韓国司法は執行猶予を与えていたのだという。
しかも、当該弁護士は反日アピールのため無料裁判弁護を志願したとされる。
「反日無罪」という、社会ヒステリーの野放しが常態化していたのだ。
だいたい大統領自身が、1000年間日本を恨むと公言してしまっている。
後戻りできない国家的モラルハザードを宣言しているのだ。
テロリストは、北朝鮮擁護的だったり、反日的だったりという
そういった言葉を口走っていたとされるけれど、
外遊中だった朴槿恵大統領は、「韓米同盟への攻撃」という言葉を発して
主に北朝鮮によるテロというフレームで、事件を収拾しようと考えているようだ。
それがたぶん、一番安全率の高い対応策なのだろうと推測できるが
全体状況で考えれば、韓国国家の基本的な問題点が
まさにモラルハザードというかたちで顕在化してきたといえる。
日本の菅官房長官は、韓国在留邦人に対して安全確保の注意勧告を出したが
まさに当を得ている対応であると思う。
アメリカ大使の身の安全を確保できない国家では
日本人が安全でいられる保障などはかぎりなくゼロに近い。
いま、そこにある危機だと思わざるを得ない。
産経新聞の前ソウル支局長への異様な出国禁止処置などを見ても、
かの国の国家民族主義ヒステリーは、かなり危険なレベルになってきている。
Posted on 3月 6th, 2015 by 三木 奎吾
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当社の場合、どうしても商用として、クルマは不可欠であります。
事業エリアも、北海道東北と広域を対象としているので
移動範囲も広大で、商用車利用は不可欠。
ということで現在は9台のクルマがあります。
その購入については、ほぼすべて本社の札幌で購入することが多い。
商用車なので、完全にコスト最優先の選択条件になっております。
一般的には、燃費効率を考え車種を選択して
あとは、その車種の中で不用な装備については一切いらない、
ようするに一番スタンダードなタイプを選択しています。
最近はそういった条件設定の結果、特定社の1タイプのみの購入でした。
今回も仙台での新規車両導入を考え、札幌で購入して
仕事の都合に合わせながら、移送しようと考えていた次第。
そういうことで、いつもお願いしているメーカー・ディーラーさんに
電話のみで連絡し、あとはこれまでの選択基準に沿って
納車されてきた次第であります。
で、納車後10日間くらい経過して、他の仕事の段取りも終わったので
わたしが、東北出張の足として利用し
取材を同時に行いながら、八戸から福島第1原発地域まで
約800km超を走ってきた次第であります。
なんですが、仕事もいろいろ立て込んでいたので
クルマについては、まったくチェックしてはいなかった。
カーナビとETC車載器を別売りで装着させたときに短距離運転したくらいで
今回出張ではじめてハンドルを握ったに等しい。
北海道内、会社から苫小牧フェリー埠頭までは天候も悪くなかったので
まったく順調に走行。
八戸フェリー埠頭に到着して、そこから走り始めたのですが、
天候はあいにく雨交じりの、ときどき雪というような肌寒い状況。
で、走行中、なにげなく習慣的に「リアワイパー」操作を試みた。
・・・・、が、ない。
「あれ、あれ、どうなってんだこれ」
クルマを停止させて、確認してみたけれど、操作方法が見当たらない。
で、車外に下りて後部窓を確認したら、リアワイパーがない・・・・。
かろうじて「後部ガラス面ヒーター」スイッチがあるので、
それをONにして、後部視界の劣化を最低限避けようとしてみました。
走行再開させましたが、やはりこれまで慣れていたリアワイパー操作での
視界確保とはほど遠い痛痒感が迫って来る。
で、ここでようやくディーラー営業氏に電話連絡してみた。
どうも今回からスタンダードグレードタイプからは
リアワイパー装備が外されたのだという。
そのことを聞いたのは、わたしとしてはそのときが初めて。
わたしも運転歴は、もう45年になるのですが、
最近というか、ここ20年ほどはリアワイパーなし、というタイプは
乗った記憶がない。まぁ最近は標準装備と思い込んでいたのは、
わたしの誤解だったということなのか。
しかし、このタイプを購入したのが初めてでもないし、
そういう「仕様変更」があるのなら、ひと言はあってしかるべきではないのか。
というような苦言も呈したくなり、その旨申し上げた。
通知されていないことに納得がいかない旨の申し出と
できるならば、リアワイパーを装着できないかと、要望した。
で、折り返しケータイに札幌帰社後に来社の連絡があった。
で、話し合ってみたのですが、
いまのところ、一向にラチは開きそうもない雰囲気であります。
まぁ、メーカーとディーラー、会社と営業マン氏の関係など
複雑な部分もあるワケで、一筋縄ではいかない。
現在進行形なので、これ以上は書けないのですが
今後、クルマを購入される可能性のある方々に
最近、こうした「仕様変更」は行われているようですので、
注意喚起のために、書いた次第です。
Posted on 3月 5th, 2015 by 三木 奎吾
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さて、ことしは当社では新刊誌企画が目白押しなのですが、
先般の「北海道の家づくりの現場から」に引き続いて
今回は東北での新刊のご紹介です。
「美しく暮らす 東北のデザイン住宅」です。
Replan東北 2015春夏号 臨時増刊
美しく暮らす 東北のデザイン住宅
東北の書店にて販売!
2015年3月11日発売
A4版140p(表紙共) 定価980円(税込)
美しい住宅は暮らしをもっと楽しくしてくれるはず。
意匠性・機能性・デザイン性に優れた住宅をご紹介します。
Contents
■巻頭・ダブルインタビュー 古谷 誠章×西方 里見
「デザインから考える しあわせな住まいと暮らしとは」
■Essay
1:ディテールの美しさ 2:家具と空間
■東北デザイン住宅・13実例
シンプル/スタイリッシュ/開放感
■建築家との家づくり SAU+
■全国のデザイン住宅
■東北・建築家リスト
■知っておきたいデザイン住宅のことば 建築用語集
北海道では、定期雑誌創刊から数年してから
「北のくらしデザインします」という建築家住宅特集誌を発刊しました。
オリジナリティにあふれた住宅の楽しさを
地域の一般のみなさんに普及させるのに、
ひとつのインパクトを持った企画だったと思っています。
東北でも出版活動を始めてから、同時に企画は構想していたのですが
そろそろ、と思っていた矢先に、東日本大震災が発生して
いったんは、違う方向で「東北の住まい再生」というボランティア的な
フリーマガジンを発刊してきました。
今回、東日本大震災から4年も節目を迎えて
3.11に、この企画を発刊することと致しました。
楽しく、感受性豊かに暮らしていくには、という基本コンセプトで
多くの作り手の事例を特集してみた次第です。
家への夢を大きく膨らませていただきたいと念願いたします。
当社WEBサイトでも、ご購入いただけます。
Posted on 3月 4th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

今回の東北取材は、札幌で購入したクルマを仙台まで移送する傍ら、
東日本大震災の現在の状況を、再確認したいという動機・目的でした。
そしてきのうは、他の岩手や宮城が活発な住宅復興を見せる中で
通行すら出来なかった福島の「帰宅困難地域」を視察してきました。
といっても、開通した常磐道を仙台から南下して、
あまりにも単調なので新地で下り、そのあとは国道6号線を南下し、
「福島原発1号機」と書かれた看板もある地域を立ち止まることなく
クルマから視察し、通過後、国道6号を離れ、
「常磐富岡」から常磐道を今度は仙台方面へ北上したのです。

東北地域で住宅雑誌を発行する人間として
やはり一度は、そこがどんな状況になっているのか、
把握することが不可欠であると思い、足を運んでみた次第であります。
なるべくあるがままを確認し、今後どのように
想像力を持つべきかについての根拠になる「肉体体験」を
持っているべきだと考えた次第です。
開通したばかりの常磐道は1車線と言うこともあり
通常制限速度内運転では、常に後続車がおっつけてくるし、
ほとんど落ち着いて周囲を確認するような状況ではない。
より「現場」に近い国道6号線にしても、そこそこかなりの交通量。
しかも住宅密集地などでは、警戒も物々しいのが実態。
主要な交差点地域などでは、警戒に当たる交通警察官の方たちが
走行する車両を監視しているし、
そうでない交差点などでも、国道6号から枝分かれする道には
すべてバリケードが張られているので
住宅密集地の現状を写真撮影できる雰囲気ではありません。
かろうじて、常磐富岡ICへと枝分かれする地域で
周辺の点在する住宅の様子を撮影できた次第。
そういった地域でも、建物までの通路にはバリケードが張られている。

写真は常磐道の南相馬PAに設置されていた「放射線量計」。
要旨部分の抜粋映像であります。
やはり3,4,5ポイントなどでは他と比較して高線量が確認されている。
常磐富岡インター周辺では
いわゆる「除染」作業が盛んに行われていました。
たくさんの袋に入った土壌が確認できます。
一方で、帰宅困難地域に放置されている住宅群は
上の2つの写真のように、繁茂する雑草類に覆われているような状況。
ひとが住まない家は、とよく言われるような様子も伝わってくる。
ひとがはたして暮らせるか、という社会的なこととは別に
建物として、どのような建築的対応が必要なのか、ということも
さまざまに想像力が必要なのだと思った次第であります。
福島県などでは、こうした住宅群に対して
「リフォームするための費用補助」が謳われているけれど
いまのところ、そうした事例はほとんどないのが実態だそうです。
まずは、現状がどうであるのか、
散見的ではあれ、この目で見てきたというところであります。
Posted on 3月 3rd, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »