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模様ってなんだろう?

わたし、小さいときから
「模様ってなんだろう?」って思い続けているヘンなヤツです(笑)。
デザインというものの起源に関わるようなことですね。
写真は、先日訪れた八戸の「是川遺跡館」床の刻印石版です。
この「模様」は、いまから4000年くらいさかのぼる時期から
この地域に住んでいたとおぼしき人々の
「心のありよう」を伝えてくれる貴重な「よすが」。
たぶん模様って、人間の心的現象の根底部分に関わっている。
ひとがなにかを造形して、それにマーキングを加えるとき、
なにかの模様を刻印したくなるのだと思います。
文字を持つ文化になってくると、それを前提にして、
自分の名前をサインしたりすることと、たぶん似たような動機だったのか。
で、文字を持たない文化段階の社会で、
縄文自体もそうだけれど、制作者の痕跡としてものに模様を刻印した。
そしてそれが、使用する人から受容され、喜ばれもしたのではないか。

古代の人間社会の言い伝えなどに
「無数のヘビ」というような記述にめぐり会うことが多い。
あれって、やはり夢や白日夢のなかに
渦を巻くとか、円環するとか、
ものが動く基本動作をシンボライズしたものではないか。
そういったものが、人間の観念に深く刷り込まれていることを
明瞭に指し示しているように思う。
いずれにせよ、模様というのは
人間の内面世界と、外界との接点に位置していて、
あるイメージを人間同士、共有すると言うことの初源的なものなのでしょう。
そういうことでいえば、言葉を遙かに超えて
人間の内面を,時空を超えてメッセージしてくるものです。
そういう感受力を、もっともっと磨き上げていきたいと
いつも強く思い続けています。
やっぱり、相当にヘンな志向性だなぁと思います(笑)。

きのうはいろいろな区切りのことが団体で来ました。
ひとつひとつ、丁寧に対応して、
慎重に相対していきたいと思います。
で、本日明日と仙台への出張。さて、頑張らねば・・・。

Replan100号を超えて

さて土曜日にReplan100号の記念イベントを終えて、
きのう日曜日には、恵庭市での講演も終了いたしました。
恵庭市での講演では、
いわば高齢化と住宅、というテーマについて考えをまとめる機会になりました。
こちらのほうは、ただし、現在時点での即対応的な部分だけに
絞って論旨をまとめたので、今回のプレゼンのあらすじは
あくまでも仮定としてのまとめ方だと思っています。
むしろ、これから本格的に考えていきたいテーマであって
事業化、あるいは産業化できるものかどうか、
といったような、大きな視点として
「高齢化社会の中での住宅<産業>のあり方」のようなものを
これからどのように構築していくか、ということだと考えています。
いくつかの萌芽はあり、
その試みてきた流れもあるので、
そこを立脚点にして、豊かな住環境ということに向かって
テイクオフできるかどうか、チャレンジしていきたいと思う次第です。
そういう今後に向けての自分自身の方向性の整理として
ひとつの考え方にまとめてみた、ということなので、
その準備や、整理整頓にはかなりの時間がかかっていました。
で、ようやく本日はその段階に一区切りを付けた状況なので、
ブログの写真は、まことに清々しい風景を採用いたしました(笑)。

なんですが、しかし今週からはふたたび、
これまでに生起してきたような問題点の整理整頓、方向構築に
全力で立ち向かわなければならないことが山積。
やれやれ、ふ〜〜〜、なんですが、
解決できないことは、人間、あっちからやってこないものだと
勝手に思い込んでいる部分もあります(笑)。
まぁ、そう考えないと立ち止まってしまいますよね。
そんなことを考えていたら、
きょうの札幌、なかなかの好天を予感させ、春への息吹が
そこはかとなく感じられる空気感であります。
出版してきたReplan100号を超えて
また新たに、こころを整えて
一生懸命に、状況に立ち向かって行きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
あ、今日のブログ、まったく住宅的な中身がありませんね(笑)。
あすから、また頑張りますので、お許しください・・・。

Replan100号イベント大盛況

札幌市の地下歩行空間「チカホ」にて
きのう終日にわたって行ったイベント、無事終了いたしました。
会場が、あくまでも通路という空間なので、
行き交う人が多くて、「入場者数」というのは厳密に把握しようがありません。
なんですが、午前中の建築家・五十嵐淳さんと園芸家・上野砂由紀さんの
トークショーから簡易ステージ見立てのスペースを取り囲むように
立ち見のみなさんが鈴なりになっていまして、
夕方からのジャズライブでは、入れ替わり立ち替わり、
多くの市民のみなさんが来場してくれました。
まぁ、目的的に来ていただいたみなさんで500〜600人くらいだったかなと。
100号の節目を、手作りのイベントでアピールしようという
大きな目的は遂げることが出来たと思います。
本当に、感謝感激雨あられであります。

とくに、トークショーでご協力いただいた五十嵐淳さんと上野砂由紀さん、
講演に協力いただいた北海道建設部建築指導課さん、北総研さん、
ワークショップにご協力いただいた武部建設さん、辻野建設工業さん、
ご協賛いただいた建築関連企業各社のみなさま。
また、ジャズライブを行ってくれた
建築家・豊島豊さんとその仲間のみなさん。
さらに津軽三味線の草舞弦のおふたり、とても感激いたしました。

スタッフは全員、早朝7時くらいから荷物の搬入などが始まり、
設営・運営・来場者応対などなど、お疲れ様、であります。
でもご来場いただいたみなさんから心温まるお言葉もいただいて
大きな元気を頂戴したのも事実。
こちら側のアニバーサリーにお付き合いいただいて
本当に、全員のみなさんに感謝の念を強く持ちました。
ありがとうございました。
写真は、すごく盛り上がっていたジャズライブの演奏の様子。
会場でリハーサルを始めたら、その瞬間から大盛り上がり。
リハーサルなので、途中でチェックのために休止が入ったりしますが、
リハーサルの「アンコール」が会場から沸き上がるほど(笑)。
やはり「鳴り物入り」というのは多くの人の気持ちを惹き付ける。
ジャズなので、気軽な雰囲気も醸し出されるので
ついつい、いろんな人が楽しそうに寄り集まってくる。
まぁ、Replan100号のイベントだとは、あんまり考えてはいないことは
明らかですが(笑)、でもそういうノリのなかで
あとでそういえば、と気付いてくれるだけでも意義はあります。
そういうなかでも住宅についての相談なども持ちかけられたり、
「こりゃぁいい、相談に来るけどいつまでやってんの?」
みたいな反応もあったりして楽しい。
次号100号の「緊急先行販売」も会場で行って、
そちらも大きな成果が得られました。
終わって撤収して、さすがに打ち上げの時点ではスタッフも
疲労の色が濃くなっておりましたが(笑)、
でもほんとうにみんな達成感に満ちた笑顔で、うれしかったです。
この得られた元気をこれからの出版活動に
大いに活かしていきたいと思っています。
本当にみなさん、ありがとうございました。

村上龍「55歳からのハローライフ」を読む

時代が抱えている問題を、読者と同時進行性を持って考えるって、
稀有な時代感覚を持ったごく一握りの作家がなせることなのだろうか。
若いとき、といっても高校生くらいのころには
大江健三郎さんを読み続けていて、
その文体の難解さに、たじろみながらも
必死に、時代感覚に自分のなかの問題意識をすりあわせようと
もがき続けていたように思います。
若々しく、やっぱり、背伸びしていたのでしょう。
メディア志向の強いタイプの人間は、多かれ少なかれ、
そういった「時代の作家」が気になるものなのだと思います。
そこから卒業して、
文体の難解さだけが残って(笑)
大先輩と言えるような作家を読ませていただいたりしながら、
日本人的なるものを求めて、司馬遼太郎さんにめぐり会って
深く心が安まり続けていた。
かれが描き続けた人物像に、時代と人間のリアリティを見続けていた。
その後、ようやく自分とまったく同じ年代の村上龍さんが出てきて
いっしょに、時代的な問題を考え続けてきたように思います。
時代と人間、ではなく、時代と個人の内面、とでも言ったらいいのか。
わかりやすく直接的でありながら、
しかも意味するところが豊穣な広がりを持っている文体には
かれの作家としての才能を圧倒的に感じます。
一度だけ、かれの佐世保での高校生時代のことを掻いた作品を読んだときには
まったく自分と瓜二つのような部分を感じて、
ほほえましく、また爆笑するように読まされたことがある。
きっと誰にも、そういったタイプの作家がいるのでしょうね。

ある必要もあって、かれの最近作を読むことになり、
その読了感の中に包まれています。
こういった「共生感」っていうものが、やはり人間には必要なように思う。
村上龍の見方からの,この時代、同じ年代の息づかいが
文章の合間からさまざまにメッセージされてくる。
テーマは、タイトルまんまであり、
いままさに私たち年代が、直面しつつある現代で
どのように日々を感受しているのか、が明瞭に伝わってくる。
そしてそれへの応答は、
結局、自分自身のいま生きている現実の中で、生きていく中で
なされていくものだと思います。
そんな思いが強く感じさせられている次第。

でも村上龍さん、とんがっているように思っていたけれど、
ずいぶん優しくなったよなぁ・・・。

さて本日は、Replan100号のイベントであります。
面白い演奏会や、ジャズもあり、
わざわざ佐呂間から建築家の五十嵐淳さんも駆けつけてくれます。
本当にありがとうございますと、申し上げたい。
札幌にお住まいのみなさんは、ぜひご来場をお待ちしております。

サクラ開花と猛吹雪

きのうも今日もなんですが、
ずっと自分を缶詰めにして、プレゼン制作に勤しんでおります。
で、夜なべ仕事をしつづけていますが、
きのう、朝まで頑張って、ブラインドを上げて驚愕。
おいおい、であります。
どうも深夜から早朝に掛けて、大雪。
わが家前には、50cmほどの深さでどっさりと降り積もっておりました。
・・・むむむ、というところ。
すっかりこのまま春になっていくものと、
まぁ、さすがの今年の冬もついにシベリアまで遠ざかっていくかと
やや安堵感に浸っていたところへの不意打ちであります。
完全に打ちのめされた(笑)。
心理的になかなか立ち上がれないのです。
安心して武装解除してから、いきなり「停戦協定は破棄!」という感じ。
なので、立ち向かう元気を呼び起こすのに、手間を要した。
とりあえず、玄関先を除雪してドアの開閉を確保して
のろのろと立ち向かったのですが、場所によっては腰付近までの積雪。
すこし除雪して、気持ちがやっぱり萎えてしまい、
カミさんに助力を頼みにのろのろと家のなかに戻ってしまった。
どうにも気分がダメなのですね。
そうしたら、カミさん、しょがないやっか!
という感じで元気よく吹雪の中に向かっていく。
その元気さに、ようやく釣り込まれるように再度、わたしも参戦。
雪が深くて、通常の冬場の除雪よりも大変で、
普段の2〜3倍の手間がかかり、また、道路も除雪していないので
4WDでも、どうかなぁという状況でしたが、
意を決して会社駐車場に向かったら、なんとか走ることが出来た。
家と会社駐車場、両方をたっぷりと2時間くらいでしょうか、
気力を奮い立たせて、徹底的に除雪してやりました。
ふ〜〜〜、であります。
で、坊主をバス停まで送って、
そこから再度駐車場の方の追加的な除雪を行いました。
帰ってきて、汗を洗い流してテレビを付けたら、
東京でのサクラの花見の盛り上がりを流し続けている。
あ〜〜、くやしいなぁ、であります(笑)。
テレビって、北国の人の気持ちって考えないのでしょうか(笑)。
考えるわけありませんよね。
まぁ理解は出来るんですが、彼我の違いに笑うしかありません。
その後の地元ニュースでは、各地での交通障害ぶりを放送していました。
高速道路でのホワイトアウトに伴う多重追突事故ですね。
事故はなんとか避けなければならないのですが、
猛吹雪の中での事故は、なかなか避けることは難しい。
見通しが利かない中、停車したりするクルマのことを責められないのです。
でもその停車車両に、後続車はどうしても追突してしまう。
なるべく車間は取らなければならないのですが、
それでも避けられないときはあるのですね。

で、午前中はそういった状況でしたが、
午後からは一転して、春近しを感じさせる陽気にまた戻っていた。
う〜〜む、一進一退の冬と春の押しくらまんじゅう状態ですね。
は〜〜るよ来い、は〜〜やく来い、であります(泣)。

Replan100号記念イベント

今週末,土日には2つのイベントがあって、
それぞれでの発表のために、2つのテーマについての
パワーポイントデータを作成する必要がありまして、缶詰め作業に入っています。
「缶詰め」って、ようするに外界との関係を遮断して
制作・執筆に没頭するという意味です。
古語かも知れませんね(笑)。

土曜日の方は、わたしどもの出版しているReplan誌の100号を祝うイベント。
札幌市の地下歩行空間、
ちょうど北洋銀行本店の真下あたりのイベントスペースを使って
午前中から夕方まで長時間の催事を開催します。
その告知のためのテレビCMなども若干流していますが、
なにせ、慣れないことをするので、
勝手もわからず、どういう風になっていくものか、
スタッフのみんなの頑張りに支えられて節目をメッセージしたいと考えています。
で、わたしの担当分が、このプレゼン作成という次第です。
ただ、もうひとつ、日曜日には恵庭市の住宅関係部局から
恵庭市で講演を依頼されていまして、
そっちも、大きめのテーマで考えているものですから、
なかなか準備に時間がかかり、
まとめも遅々として進行していかない・・・。
そんな時間を過ごしております。
こういう「缶詰め」ですと、いろいろな資料類と格闘して
読まなきゃならないものも多い。
まぁ、頑張れる範囲で頑張るしかありませんので、
今日明日と2日間あるなかで、なんとか成案を得たいと考えております。

以下、イベントのご案内。オープニングでは
建築家・五十嵐淳さんと園芸家の上野砂由紀さんの対談企画〜「家と庭」
そのあと、わたしの方から
「Replan100号と北海道の住宅」というスライドショー。
北海道建設部住宅指導課さんからの
「木造住宅の省エネ・エコ効果表示プログラム紹介。
合間に、「国境のない音楽・草舞弦演奏会」
建築課ユニットによるJAZZライブ「KBSpecial」
さらに地元の木を使っての「積み木を作ろう」というワークショップも開催します。
会場では、わたしどもが取り組んでいるNPO住宅110番発行の
「東北の住まい再生」に関連した復興支援イベント。
「100人スマイルプロジェクト」として
石巻市の小学校に「未来への応援メッセージ」も
来場されたみなさんに呼びかけます。
また、Replan100号を祈念して140名の方々に、
オリジナルフォトブックをプレゼントいたします。

イベントの日時・会場は以下の通り。
イベントタイトル:
 Replan100号記念「ない家を建てよう」
とき:3月23日(土)午前11時から午後7時まで。
会場:札幌駅前地下歩行空間(北大通り交差点広場〜東)

ぜひお気軽に会場を覗いてみてください。もちろん入場は無料です。

雪国の冬の終わり

さて、札幌の街、
ここんところ、ようやくにして暖気が強まってきております。
冬は強勢で猛威をふるい続けてきたのですが、
まぁ、峠はすっかり越えて
春に向かっての坂道を下りていくような感覚とでも言えましょう。
しかし、梅が咲き、サクラがほころぶ本州南西部地域とは違って、
豪雪の名残が写真のように家の前を占領しています。
わが家前は中学校の通学路なので
比較的に公的除雪が活発に行われる場所ですが、
そういう道路でも、堆積し押しつけられた雪の塊が多量です。
たぶん、50cm以上の氷状の雪の堆積層が路上に積層しています。
その雪の堆積層が徐々に暖気で表層から融け、
クルマのわだちにそって、日中グシャグシャになってしまう。
あまりにひどくなるので、みなさん家の前の道路も雪かきするのですが、
融けて重たい雪にはどうにも敵わない。
そんな一進一退の状況が続くのです。
それがひどくなるとスリップして立ち往生するクルマが出てきたりする。
ことしは、そうなりそうな寸前で、先日、公的な除排雪が入ってくれました。
で、こうした大量に水分を含んだ重い雪や氷を中学校敷地側に積み上げてくれます。
それから排雪車両が入って、地層断面を見せるように
「雪の壁」を作っていってくれる。
まことに北国らしい,冬の終わりの光景であります。

でも、やっぱり季節は行ったり来たり。
本日は朝方は冷え込んでいて、日中の屋根からの融雪水が
雪の表面で凍り付いて、ツルツル路面。
家の前でカミさんは転んでしまいました。
「気をつけろよ」と言ったのですが、想像以上の滑り具合なんですね。
そんな春分の日であります。
きょうは、デスクワークがんばるぞ!

土偶に込めた祈り

先日訪れた「是川遺跡」の国宝・合掌土偶。
縄文時代の土偶は、4体が国宝に指定されていますが、その1体。
その古さもさることながら、やはり国宝に指定されるには、
作品性の高さもきわめて重視されたに相違ありません。
是川遺跡を見て、縄文からの列島社会こそが
「日本」の民族性のなかのベースであることに疑いはなくなった。
中国は4000年の歴史と言うけれど、
やはりこの列島社会の歴史は、13000年というのが
抑えるべき歴史認識になるのではないかと思います。
弥生以降、大きく列島社会は変容していくけれど、
照葉樹林との精神的つながり、海産食物とのわたしたち民族の親和性など、
弥生とは直接関係がない、こういうベースの文化は
縄文の世が育んできたものに相違ないと思うのです。

石器時代から、縄文の世に移行するのは
照葉樹林の列島各地への広がりと、漁業文化の隆盛があったのでしょう。
やはり食物生産自体は過酷であったことは事実とは言え、
たとえば北海道白滝村産の「黒曜石」が、
生活の基本を支える「ナイフ」の道具として広く列島各地に広がり、
秋田県産の「天然アスファルト」が、土器補修の接着剤として
これも日本各地に伝播するなど、
社会的分業と,交易の活動も活発に展開していた。
そして、この土偶に示されるように
その生産技量レベルは、個人的な「才能」まで感じさせる芸術レベルに
至っているのではないかと思います。
土偶自体は、ある社会的な重要な使命を担っているものとされています。
土偶がほとんど女性を表現していること。
その出土状況が一部が欠損した状態で出土すること、などから
どうやら、縄文の社会システムがもっとも必要とした生産力〜人間の誕生に
深く関わった儀礼的祈りの象徴だったのではないでしょうか。

先日、東大の前真之先生のお話を聞いていて
論旨は人類とエネルギーということだったのですが、
西洋においては、ある段階まで「奴隷」が最大の社会エネルギー源だった、
というお話を展開されていました。
言われてみて,確かに気付かされたのですが、
縄文の世でもこのことは変わりがない。
ただし縄文には奴隷の概念はなく、フラットな平等性を持っていたとされます。
社会が必要とする主要なエネルギー源は、生まれてくる人間だった。
そのことに人間として、
崇高な価値観を見いだし、深い祈りを捧げていたのではないか。
よく言われているそうですが、
この合掌土偶には、合わせている指の数が左右各6本あるのだそうです。
そしてその土偶が、出産と関連してわざと壊されて、
その一部が欠けて、ある祈りが成就するのだとすれば、
各5本の指を持った人間としてこの世に出てくる出産こそが目的だったというのが
ごく自然な解釈ではないのかと、
土偶の社会システムとしての必要性は了解されるのではないでしょうか。
この合掌土偶をマジマジと見ていて、
そういった想念に支配され続けておりました。
まぁ、素人の考古・歴史好きの妄想ではありますが・・・。

十和田市現代美術館

十和田市に十和田市現代美術館があるということは
知識として知っていて、気にはなっていたけれど、
どうしても行ってみたいとか、思ったことはなかった。
今回、往路に十和田があったので、立ち寄ってみることにしてみました。

建築設計を担当した西沢立衛さんは、
妹島和世氏とSANAAというユニットを設立されていて、
最近、パリのルーブル美術館のコンペを勝ち抜くなどの
世界的な活躍をされている・・・。
世界的な活躍、と言葉で書いてみるとその印象って
ものすごく強いものがある。
よく「欧米では・・・」という、たぶん明治以降の日本社会に
根深く息づいているコンプレックスを強く刺激する言葉だと思う。
そういう意味もあって、やはり建築は、そこにあるものに触れて
はじめて「感じ取る」ものであるように思うことにしています。
どんなに「欧米で認められた」と言われても、
その地にふさわしくなければ、やはり意味がない、と思うのです。
そんな思いを持ちながら、この美術館を探訪したのですが、
そこで展示されていた「現代アート」との
建築のコラボレーションは、やはり素晴らしかったです。
エントランスや入り口って、美術館建築では最大の見せ場のように
演出されるものだと思うのですが、
「現代芸術」にふさわしく、ごく日常的な周辺住宅街の風景の中から
さりげなく入っていく、それも「え、これ、入り口なの?」
とでも感じられるようなごく自然な導入。
そして素材は現代の工業製品っぽいシンプルな素材の導入動線を
通っていく。これがガラスの開口部と屋根だけの空間。
しかし不思議と馴染む感覚。
目的の空間に行き着くための「縁側」を抜けていく感じに似ている。
で、そこからすでに展示はスタートしている。
「さぁ、ここから芸術を鑑賞しろ」というような強迫感がない。
その通路を抜けてはじめて、入場料を払うゲートがあって、
そこから先は撮影は禁止。
そうするとこの「通路空間」というのは、どういった位置づけになるのか
判断の整理整頓がなかなかむずかしい。
しかも、入場ゲートのボックス空間自体も現代アートの展示空間になっていて
床面いっぱいにカラーテープによる彩色が施されている。
どうも、そのような作品展示の連続で
建築と現代アートのコラボレーションが徹底していると感じます。
美術館というのは、定期的に展示作品を変えていくのが常態でしょうが、
この十和田市現代美術館では、そのようには想定していないのではないか。
あまりにも常設展示空間がハマっている。
天井高も、空間の広さも、照明の取り方も、
すべてが「似合って」しまっている。
美術館というと絵画が主役であって、という概念では
この建築はどうもくくれないような空間だと思いました。
で、最後、レストコーナーもあって休んできましたが、
ここでも天井まで、8mくらいはあって、その大空間に柱1本もない。
大開口のガラスの壁が1面にあって
それ以外は、素材の形がまったく感受できないように
真っ白、ということを相当に施工上意識させられたに違いない壁が
ほか3面を構成している。
採光された外光は、その空間の中でさまざまにバウンドし,反射し、
そのグラデーションが、この場所の自然の息づかいも感じさせる。
っていうような体験をさせていただきました。
あらためて、西沢立衛さんの名前を記憶した次第です。
面白かったです。

縄文期八戸・是川遺跡「社会」の豊かさ

いまから13000年ほど前に日本列島ではじまった縄文時代。
それまでの狩猟・移動キャンプ生活主体の社会では
平均年齢も若く、活動的でなければならない環境だったのに対して
木の実などの採集、一部では植物の栽培などもはじまり、
より定住的な暮らしになっていったとされている。
高齢者が生き残っていくことが出来る社会になって
「言い伝え」であるとか、知見した知識の「伝承」が可能になり、
社会発展にとってもっとも肝要な「文化」が形成されていった。
日本列島では、ちょうど寒冷期が終わって温暖期を迎え、
照葉樹林帯が広く列島全域を覆うように広がっていった。
その森が、ゆたかな木の実をひとびとにもたらし、
栃の実やドングリなどの木の粉からさまざまな食材を紡ぎ出す生活が
この列島社会に広く広がっていった。
土器というのは、このような植物性食品を主体にして食生活を営んでいくときに
必要不可欠な「煮炊き」のための必要具として発達した。

縄文時代の遺跡は八戸市一帯に広がっている。
八戸地域自体、縄文あるいは石器時代にさかのぼっても
きわめて暮らしやすい地域だったことが明瞭に示されている。
しかしそうしたなかでも、この是川遺跡の出土状況、保存状況はすばらしい。
最近展示館の整備が進んだので以前から一度は訪れてみたいと思っていました。
是川遺跡は、明治の初め頃から発掘整備が進んだのですが、
大地主であった、泉川さん兄弟が篤志の方だったことで
その発掘品の拡散が防がれて、
総体としての「是川縄文文化」全体が集中的に、まるでタイムカプセルから
いま、時空を超えて寝覚めたように見ることができるのです。
きのう、朝から要件のあった昼前まで、たっぷりと見学させてもらいました。
しかも、ボランティアの説明員の方の親切で詳細な説明も聞くことも出来て
縦横無尽に、その知見を得させていただきました。
とくに高齢者の知恵が社会発展の礎になったのではないかという卓見など、
ほんとうに深く学ばせていただいた次第であります。
農耕による食料生産が始まるまで、「社会」の発展はなかったのではないかという
そういった常識が、実は日本列島社会では
それ以前の縄文社会においてすでにそれが実現していた。
そんなきわめて印象的な学習をさせていただいたと思います。
これから、その得られた知見を整理していきたいです。

<写真は、国宝になりそこなったといわれる名作土偶>