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庭木・薬剤散布に疲労困憊、そして

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表題のようなことにきのう、挑戦しておりました(汗)。
先日来、事務所の庭木について、隣家の方から申し出があり、
ご迷惑になっている部分があるので元気の良すぎるカツラの木を
一部切ったりして剪定するのですが、
その打合せで来てくれた造園屋さんから、他のヤマボウシの木に
カイガラムシが付いている旨の報告をいただき、
「ついでに薬剤噴霧をお願いできませんか?」と申し入れたところ、
「勘弁してください」というお断りを受けてしまった。
なんでも、薬剤噴霧って、天候条件に左右されるし、
隣近所からの苦情などへの対応も考えなければならないし、
デリケートなばかりで、労多くして・・・という典型作業なんだそうです。
ということでやむなく、DIYに取り組むことにした次第。

前に一度、やった記憶があって、
そのときに「噴霧器」を使った記憶があったので探したのですが、
どうも見つからない。ということでDIYショップで購入。
安いのは1000円台でもありましたが、高い方は10000円近いのもある。
まぁ、そこそこでと思ったら、3500円くらいのがあって、購入。
汎用性の薬剤も購入いたしました。
こういうのって、機材を購入してくる⇒説明書きを読む⇒薬剤を購入する
⇒説明書きを読む、っていう具合になんでも普段やらないことに
一生懸命取り組まなきゃならない。
こういう事前準備作業でおおむね疲れきるので、
「まぁいいや、また今度にしよう」となりやすい(笑)。
本当はきのうも、この段階までで疲労困憊していまして(笑)
午前中買い物してきて事前準備したまでで、昼食を取っていたら
そのまま、止めたくなってきたのですが、
「このままではダメなヤツになる」と、一大決心で自分を奮い立たせた。
しかし、そこからも「ほぼ完全防備で」という説明書き通りの
身つくろい・格好を段取りするのが大変。
カミさんが用意してくれたのは、なにやらガチャピン(古!)のような色合いの
ビニール製のアタマも覆えるフード付きつなぎ衣装。
ゴーグルは、サングラスで間に合わせ、マスクも装着。
もうここまでの準備で、疲労感ハンパない状態。
しかしやり始めた以上、終わらせるしかない。
こんな格好で自宅から事務所に戻って、薬剤の調合、
噴霧機器の動作確認、足場の脚立の据え付け、
風向きと風の強さの最終確認、間合いを計りつつ作業を開始。
相手は樹高5mくらいのヤマボウシなので、最初は2階の窓から噴霧。
微妙に高さを調節しながらなので不安定な脚立上からの作業。
微妙に方向を変えるにも、一回一回脚立を上り下り。
噴霧自体は、おおむね順調に推移。
で、続いて地上から、風向きを考えながら届く高さへの噴霧。
ときどき噴霧圧力がなくなるので、ポンピングで噴霧器内部に圧を加える。
4Lの噴霧液をおおむねかけ終わり、残りの液を他の庭木にも噴霧し、
さらに噴霧器内部の液剤を清掃するため水道水を充満させての
仕上げの水での噴霧作業。なにやら、洗濯にも似たような作業。
途中、怪しげなガチャピン中年男の姿を出社してきたスタッフに発見され
ニタニタされてしまう・・・、むむむ。
というような作業をなんとか無事に済ませられました。ふ〜〜やれやれ。

・・・だったのですが、
この疲労感と脱力感が、注意力散漫を招いて、
自宅に帰ろうとクルマの運転でバックで道路に出るところで
なんと、事故ってしまった・・・。
先方の方はとなりのマンション駐車場にカーブを切りながら
片側2車線道路の対向車線から入ってきたところ。こっちは後退しながら
手前側2車線道路に出る寸前の歩道部分での衝突。ありゃりゃであります。
双方とも、減速していたのでケガなどはなく、まったくの物損事故。
相方の方と話し合って、警察にも来てもらって現場検証。
双方の保険会社に連絡を取り合って、という事故処理プロセスが・・・。
まぁ、慣れないことをすると、というヤツであります。
元をたどれば、カイガラムシが最大の犯人なのですが(笑)
まぁ、疲労感と注意力の減衰が働いた結果だと反省しております。

でも、事故車のホンダさん、即対応してくれて
いまは、ほぼ新車みたいなステップワゴンが代車でわが家に来ています。
快適な乗り心地で、すこし疲労感は癒されている次第。
多少は地獄に仏もいる、といったところであります。ふ〜〜む、やれやれ。

※写真は資料映像。

北海道の「中世都市」上ノ国遺跡

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前から再訪したかった、北海道南部の上ノ国。
5〜6年前に大きく発表された北海道中世の遺跡であります。
このブログの読者の方はご存知と思いますが、
わたしは北海道で生まれ育ったので、この地の来し方について
並々ならぬ知的探究心を押さえがたく持っております。
北海道は、新石器から縄文時代、檫文時代、アイヌ期などと
ネイティブの人々のその変遷をたどることができるのですが、
同時に、本州地域に淵源を持つひとびとの痕跡も
だんだんとその素描、輪廓が明らかになってきている。
古代に於いては、阿倍比羅夫のヤマト勢力による北海道への干渉などの
記録も残されているけれど、
そうした文字記録を証し立てる現物としての遺跡などに乏しい。
そういうなかで、道南の上ノ国では、
「勝山館遺跡」という物証が発掘されたのです。
この遺跡は、遠く奥州藤原氏に遠祖を持つと言われ日本将軍を号した
「安東氏」が築いたとされる最北の拠点施設群。
本州北部北東北地域で、八戸周辺の武権との争いに敗北して
それまでの交易拠点・津軽半島西部の十三湊を失った安東氏が
それに替わる交易拠点として確保したとされている。
北方、アイヌ民族その他との交易活動を経済的基盤とした
日本側の武装権力集団の都市的遺跡であります。
遺跡発掘作業の結果、住居跡から推定する総戸数は150戸を超える。
総人口は推定で400〜500人くらいの
「都市」と言って過言ではない集落が形成されていた。
この都市内では、鉄製品の修繕のための原材料なども確認でき、
また、鉄砲の弾薬なども発掘されたという。
交易利権を収入源とした武力勢力と、その兵站施設、集団というように見られる。
内部には和人とアイヌの両方の墳墓が見られるということで、
武装組織としては、両者が連合体を形成していたことが想像される。
安東氏側が、アイヌ勢力を取り込む形だったのか、
想像力を刺激される社会構成であります。
位置としては段丘状の高台で、海岸線を見下ろす場所にあり、
南からの交易船を見晴らすと言うよりも、
むしろ北方、北東アジアからの交易船を重点的にチェックしていると見て取れる。
たぶん、日本社会側からの北方交易への期待品、
希少資源としてのタカの羽根などが、高級武士の装備として
貴重な物資として交易の対象になっていたのだと思います。

北海道内での、数少ない日本史に直接連なる遺跡。
もっと知られていい存在なのですが、
観光の中心である札幌や函館などの地区から遠く、
なかなかスポットが当たることがありません。
きのうはカミさんと早朝から札幌から350kmくらいのドライブでした。
ルートは、札幌西インターから小樽方面へ高速利用。
「朝里」インターで下りて、毛無峠経由で倶知安方面へ。
国道5号線に合流して、黒松内から高速に再度アクセスして
八雲で下りて、今度は雲石峠を通って西部海岸線へ出て
そこから南下、というルートであります。早朝だと、渋滞もないのでスムーズ。
途中、近郊の江差ですっかりくつろいで散策してしまったのですが、
風光明媚な北海道南西部の海岸線にいやされます。
テーマパーク的にはいろいろなショーアップも可能な歴史スポット。
もうちょっと、注目が集まってもいいなぁと
普段から思っている遺跡探訪でした。

写真文化がもたらした住宅デザインの惑乱

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Facebookに、拙ブログの公開を始めてから、
たいへん多くのみなさんから、コメントを随時いただけるようになりました。
自分が感じて、思っていることを毎日書き続けると
さまざまなご意見が、頻繁に寄せられます。
コミュニケーションが、こんなにしやすくなるというのは、
やはりパソコン、インターネットの力と言うことをまざまざと体感します。
きのうも、「軒の出や庇」について書いたら、たくさんのご意見。
で、会話を進めていると、ふとひらめきも湧いてきます。

写真という映像文化が全世界的に始まった近代工業化社会から、
デザインはビジュアルにばかり向かってしまったのかも。
住宅というものに、個性表現とでも言えるような要素が加わって
本質が変化してしまったのかも知れませんね。
わたしどものような住宅雑誌というものも、
そういう存在であることは否めない。
考えてみると、写真の登場以前の住宅建築では
「見られることの価値」よりも、
「共同体としての美しきあり方や機能性」こそが
住宅デザインの本質だったのではないかと思います。
写真と個人主義全盛の時代以前の「いい家」という日本的文化も掘り起こし、
価値認識を深めていかなければならない。

っていうような思いが思わず募って、自己レスしておりました。
人類史っていうような大きな流れの中で、
現代社会というものを再度見直してみると、コミュニケーション手段が
圧倒的に即時性と臨場感を持って進化した。
「写真」という映像文化が人類にもたらされてから、
実にさまざまな物事が革新されてしまったのだろうなと、
その渦中にいると気付きにくいけれど、
かなり圧倒的なのだなと、あらためて「気付いた」のであります。
政治も、交易も、コミュニケーションも、なにもかもが、
この臨場感、リアル感によって一変してしまった。
絵やスケッチなどで伝達していたものが、露わに伝わってしまうようになった。
たぶん、インターネットが革新したのと同等レベルの革新が、
写真という表現文化はもたらせたのではないか。
しかし、だからといって、写真は万能ではない。
伝えられにくいものごとが、やはりあるのです。
わたしどもは住宅の雑誌を作っていて、「住宅性能」ということに
大きなテーマを持って発行してきています。
このテーマは優れて「五感」領域全部を使って「感受」するもの。
決して「視覚」だけで理解出来ることではない。

しかしメッセージパワーとしては、見る驚きに訴える方がはるかに有利。
住宅デザインというものも、そういった過誤に陥って、
拘泥し惑乱してしまうケースも多いのではないかというのが実感。
だから、いろいろな表現手段を動員して伝達を考えるのですが、
写真はやはり明解でわかりやすい。
結局は、さまざまな表現の試行錯誤を積み重ねていくしかない。
そういったジレンマをかかえながら、日々、住宅の表現と向き合っています。

写真は、能登の古民家、時国家住宅です。

庇が出ちゃった建築家?

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きのうのブログへも、思わぬほどの大反響をいただきました。
自宅のマズイところ、公開するのが珍しかったのか、
木製サッシ愛好家の建築家の友人からも、原因はこういう事だよ、のような
ご指摘もいただいたりして、たいへんありがたかったです。
で、日本の住宅建築では、
軒の出や庇を「余計なもの」として、シャープさを協調するのが
モダンでアバンギャルドで、「いいデザイン」とする傾向が強いという
わかりやすいけど嘆かわしいというご意見も以下のようにいただきました。

●建築家の藤島喬さんからは、
〜木製サッシは、外壁表面より10cm奥で、傷みがない。庇の役目。
歳とりと共に、屋根庇が大きくなる設計となります。〜
〜巾木なし、戸枠なし、窓枠なし、窓はガラスだけでスッキリと。
本州では、雨戸無し。これらは、ノンディティールと言って、先覚者は篠原一男。
憧れたものですが、今の若手建築家は、無しが主流。〜
●白江龍三さんからは
〜「庇が出ちゃった建築家」と言うと、旬が過ぎた建築家を指すそうです。
経験を重ねると庇を出さざるを得なくなるが、
庇が出るデザインをするとメディアが取り上げてくれなくなったり
受賞できなくなったりで、“終わった”建築家になってしまうからだそうです。
メディアをはじめ表面的に建築を論ずる人たちの認識が間違っている。〜

まぁわたしどもは、そのメディアの一員ではありますが(笑)
作り手とユーザーとの中間で、よい建築への共通理解を
願っている立場と自分自身を規定しているつもりです。
新奇性が耳目を引くというのも、あらがえない現実でもありますが、
伝統的な作られようの建築の美しさも素晴らしいと思っています。
デザインでももっと伝統デザインを蘇らせて、
しかも「斬新」という切り口を出せる建築家って、現れないものでしょうか?
っていうのが、密かな願いでもあります。
きのう、たまたま早朝6時からのBSのNHKを見ていたら、
京都の「唐紙」文化のことを番組で紹介していました。
日本建築の室内への光の取り入れ方という環境条件の中で
室内インテリア文化として、
襖に表具する紙の表現文化が沸き立った様子です。
直接的な昼光ではなく、畳などをバウンドしてくるやわらかい光に
版木から紙に印刷されて、四季や時間の変化に応じて、
驚くほどに表情を変える雲母〜きら〜を塗った襖を紹介していました。
こういった微妙な空気感を感受する「建築文化」は
まことにすごい奥行きのある世界だと思いました。
軒の出や庇で、外光をコントロールしてなお、斬新で驚くべきデザインを
過去の日本人は生み出し続けてきていた。
その文様デザインは、もうこれ以上は生み出せないというほどに
多様に、日本人的感受性を表現しきったと言われていました。が、
こういう唐紙文化をモダンな表現と友に現代に蘇らせる作家もいるそうです。
そんなデザイン的挑戦をするようなことが、
若い日本の建築家から、動きとして出てこないものかと・・・。

写真は水戸偕楽園・好文亭。

木製窓の交換・メンテナンス、建物点検

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さて、わが家のメンテナンス作業であります。
建築後24年ですが、途中、築後7年ほどで大規模な増改築工事をしています。
メンテナンスとしての工事は、それ以来ですから17年ぶりくらいでしょうか。
職住一体の兼用住宅だったのですが、
仕事スペースが、スタッフの増加とともに不足してきて
大幅に面積を増やしていたのです。
当初は、夫婦とその他1〜2名でやっておりました。
なので、新築当時スタッフはどんなに増えても5〜6人と思っていたのですが・・・
予測は大きくハズれてしまいました。
その後もスタッフは増えて、結局増改築工事の甲斐なく、
あらたに事務所を近くに新築することになり、
わが家は、この建物を専用住宅として取得したわけなのです。

構造は1〜2階コンクリートブロック(CB)と
3階部分と増築部分は2×4木造の混構造であります。
窓は、当初から木製3重ガラス入りでした。
で、主体CB造部分の窓はスウェーデンからの輸入窓でしたが、
3階に使う小さな窓については、その当時少量流通していた
小規模国内メーカーのものを3枚だけ導入したのであります。
これが、どうもいただけなかった・・・。
どうも小規模国内メーカーさん、見よう見まね低価格品だったようですが、
これが、数年でいろいろ不具合が出てきてしまった。
当時の経緯では、他のメーカー品が指定されていたのですが、
どうも「同等品」扱いとして、こちらのものになってしまったようなのです。
このあたり、経緯はハッキリとしていません。
まぁ具体的なメーカー名は伏せますが、その後、
窓メーカーとしては撤退されているように思います。
要するに、窓の下端の部分への防水加工が不十分だったようで、
そこから雨水が浸入して、枠下端が機能不全を起こした。
数年で開閉に不具合を引き起こしてしまった。
やむなく今回、交換して樹脂窓にすることにしたのであります。
写真上を見ていただければ、下端部分の木部腐食が確認できます。
こうした窓を撤去して、枠下地などを寸法調整して、
既製品の樹脂窓に交換した状態が下の写真であります。
窓撤去後、解体した周辺部分を確認しましたが、
断熱や主体構造部などには瑕疵は見られず、
おおむね状態は良好と判断できました。
主体であるスウェーデン木製窓は、本体部分には特段の瑕疵はありません。
ただ一部、サッシ外側の枠下端で雨水侵入の様子があり、
点検しながら、補修作業を進めてもらっております。

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ただ、増改築工事のときに
無落雪から傾斜屋根へと、屋根の形状を変更したのですが、
その雪処理と滑落雪への対処を考えた木製窓への保護桟打ち付けが
問題を起こしておりました。
どうやら、そこから水分が侵入して、被害をもたらせていたのです・・・。
まだ、工事は進行中ですので、また追って中継(笑)したいと思います。
建物を「愛着を込めて、長持ちさせる」ことって、
自分自身の過去のありようも見えてきて、
ちょっと不思議な感覚が迫ってくる感じがあります。
ありのままに、できる範囲のことに集中して対処したいと思います。

固定資産税の深い闇

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きのう、「中古住宅、減価償却と固定資産税」についてと題して書いてみたのですが、
いや、こんなに「固定資産税」の闇が深いとは思いませんでした。
住宅建築の情報の仕事をしていて、
そして自分自身でも自宅や事務所で土地も建物も持っていて、
その税金も払い続けていて、しかし、ほとんどその知識がないことを思い知らされました。
ただ、このことについて知り尽くしているひとも、なかなかいないようです。
そもそも「固定資産税」というものはどういうものか。
Wikipediaの表記を見て以下、要旨を抜き書きしてみます。

●課税対象は土地・家屋・有形償却資産である。
●納税義務者は賦課期日に資産を所有する者、具体的には固定資産課税台帳に
所有者として登録されている者である。登記の有無は関係ない。
●税額の算出
税額は、課税標準に税率を乗じる事により算出する。税率は
都道府県及び各市町村が設定することが可能で、標準税率は1.4%である。
●固定資産税(家屋)の評価は、「再建築価格」という理論上の建築価格を
算出することで行われる。具体的には家屋の構成部分(主体構造・基礎・屋根・
外装・内装・建築設備)毎に評価基準に記載される材質ごとの単価表で
単価と数量を計算しその総計を家屋の単価とする。
材質については現地調査および建築図面に基づいて判定される。
この再建築価額に1年分の経年減価率(固定資産税が初めて課税されるのは
建築年の翌年からであるため、実務上は一年分減価償却した後の価格を計算して
最初の評価額とする)等を乗じて評価額とする。

・・・う〜む、まことに奥が深く、闇は濃いようであります。
地方公共団体が課税するものであること。
金融庁は、木造で減価償却が22年で無価値と決めて、
それを受けて不動産業界の「慣習」では事実上、土地にしか価値はない
「上物はタダ」という現実があるのに、一方で
「再建築価格」というモノサシを持ち出して、既存建物の「価値」を測っている。
その考えに基づいて、税額が「決定」されている。
価値がないと公共が認定しているものに対して、違う尺度で
「いや、価値はあるんですよ、だから税を払え」と言っていると解釈できる。
・・・・まことによく見えにくい構造になっている。
いや、むしろ見えにくくしているのが現実であるように思われます。
わたしどもの投稿に対して不動産の専門家から寄せられるコメントでも、
固定資産税は「ブラックボックス」と名付けられていました。
コメントでも書きましたが、世界的な宇宙物理学の天才・ホーキンス博士も
こと税金については、死ぬまで理解出来なかったと言われています。
そうではありますが、
しかし、無価値であると市場誘導している架空に等しい住宅資産に対して
税を払い続けさせているのは、どうも納得しがたい。
地方での公共サービスの対価であるという側面は理解出来るけれど・・・。
民主主義であっても、権力には恣意性の部分が強く存在している、
税金は、国家制度そのものを映し出す鏡、そもそも「合理性」にはなじまない。
というようなことを明瞭に証し立てている事柄かも知れません。

中古住宅、減価償却と固定資産税

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ここのところ、わたしのこのブログでは、
日本の既存住宅の資産評価について触れてきております。
日本人の投資する住宅資産について、
900兆円、この40年間で投資されたものが、現状の価値が400兆円を下回る。
一方、アメリカでは住宅投資金額を超える資産評価になっている、
という点について、率直にどうすべきなのか、
問題の所在を正面から論議すべきではないかと、
そんなことを書き続けている次第なのです。
それをFacebookなどで拡散して、たくさんの方から反応が寄せられています。

そのご意見の中からポイントと思われたのが、よく言われていることですが、
そもそも日本の中古住宅の資産評価システムでは、
金融庁の「木造で減価償却22年」という「会計基準」が、
事実上、唯一の資産評価基準になってしまっている実態のこと。
22年経ったら、建物の資産価値はゼロ、という国民資産状況を放置して
いることは、不動産流通業の、業としての未成熟を表していると思うのです。
そういった疑問が強くわき上がってきています。
そういうことでは、土地しか財産価値がないという結果になるのですが、
建築の側から考えると、やはりそれでは建築は建て主に対して
やがて無価値になるモノを押しつけているということにならざるをえない。
どうも納得できないモノがある。

経済民主主義という概念があります。
市場が不合理であれば、それをみんなが考えて正していくということも
民主主義社会では、大切なことなのではないでしょうか?

書き終わってからの追記:

当初の投稿で、わたしは固定資産税を建物から取るのを
償却後には止めるべきだという論を展開したのですが、
読者の今泉太爾さんから、以下のようなご指摘がありました。

「古い建物を壊すと固定資産税が6倍になってしまうために、
空き家で放置するケースが増え、社会問題となったわけで、今年空き家は
固定資産税軽減止めましょうという、空き家特措法が施行された次第です。
ですので、ご指摘の制度は既にあります。」
ということでした。
空き家特措法について、わたしの理解が不足しておりました。お詫びいたします。
ということで恐縮ですが、
投稿文章全体にわたって、論旨に修正を加えました。

築24年でのわが家メンテナンス

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写真はけさのわが家の様子であります。
わが家は新築したのが、1991年。
その後、5〜6年で大規模な増改築工事を行っています。
それからでも20年近く経って、
いくつかの問題点が出てきたので、今回、メンテナンスであります。
主に木製窓回りに起因する問題を解決したいのです。
写真の正面側では後付けした桟木が木製サッシに欠陥をもたらせたので
その補修をするのが主なのですが、
メインは建物の裏手の3階の木製窓回り。
新築の時に、コストダウンのために使用した小さな木製窓3つに
欠陥があって、それが問題を起こしたので、交換するのです。
で、その作業というのは1〜2日で終わってしまう予定なのですが、
位置的にどうしても高所作業になるので、
このような足場組みが必要になってくる。
アメリカ・カナダのような簡易足場ではいけませんというのが、日本の法律。
こっちの「足場掛け損料」の方が工事料よりも高いかも知れない(笑)。
確かに工事の安全確保という意味ではやむを得ませんが、
国によって、このあたりは違いが顕著です。

で、せっかく足場を組むんだから、ということで、
今回、屋根や木製窓周辺の塗装なども検討しております。
定期的なメンテナンスというのは、長期的な建物の維持管理には不可欠。
たぶん、こうしたメンテナンスは、
わたしの代ではなく、次にこの建物を使う人にとって意味があるもの。
一昨日のブログではありませんが、
こうしたメンテナンス工事にかける金額費用も、
現状の日本の住宅投資への理不尽な「無価値」論からすると
まったく評価に値しないことになってしまいます。
わが家は鉄筋コンクリート造60年に対して、45年の「耐用年数」と
されている「コンクリートブロック造」なのですが、
そういった知識すらも、金融や不動産関係ではあんまり重視されず、
「一般的な木造では、22年で価値ゼロですから」とされるのがオチ。
そうすると建物を長く大切に使うという考え方そのものが根付かなくなる。
耐久消費財のやや大きなモノという考えになってしまうのですね。
しかし、そんなことは絶対にありません。
メンテナンスが必要になる部分は必ず出てくるのだけれど、
きちんとそれを行うことで、建物は長く使えるようになる。
コンクリートブロック造45年という「耐用年数」基準もおかしいと思う。
もっと、ほぼ半永久的なのではないかと思って、この建築を選んだのです。
構造としては非常に頑丈で、どうしても劣化せざるを得ない
木の付帯部分でのメンテナンスさえきちんとすれば、
どう考えても100年以上は大丈夫だと思うのです。
その上、24年前建築で外断熱で、気密性能も1.0という測定結果。
現代では、きちんと建築された住宅は木造でも100年以上は十分に持つ。
やはり、現在の日本の建物への不当な扱いの慣習は
あきらかに異常な状態だと思います。
あ、また熱くなりそう(笑)・・・。

【人類史の「通史」的見方〜大英博物館展】

2214

本日は札幌、朝方、久しぶりの雨模様の日曜日のようです。
年を取って夜やすむのがはやくなってきて、反動で朝が早くなってくる。
でもそういう時間は集中もできる時間なので
ブログを書くのに適した時間なんですね。
むかし、日本の貴族たちは日記をしたためたりするのが多かった。
そういう日記が歴史研究の第1級資料になったりする。
鎌倉以前、それまでの京都の中央政権を担っていた貴族たちは
国家運営についての有識故実に通じ得るだけの、学習能力を持っていたけれど
武士の鎌倉新興権力者たちは、そうした教養の背景を持っていなくて
支配の法体系も整備できてもいなかった。
かれらは、漢字の読み書きなども満足にはできず、
守護・国司といった上級連中でも、旧支配者たちとは比較にならないほどの
教育レベルの低さだったとされていたそうなのです。
より実利的直接的な「御成敗式目」などで、実際的な地方における権力行使を
はじめて担うようになって、その実際に接するようになって初めて
被支配階級に対して、「撫民」思想を持って接するという
行動哲学を持つことができるようになったというのです。
そんなことで、まことに知識と学の積み重ねというのは、面白い。
現代ではインターネットという知の世界の進展があって、庶民でも
ある程度は、興味を持つ領域を幅広く知を求めやすくなってきている・・・

あ、横道に大きく逸れた(笑)。
本日は、先日見学した「大英博物館展」のことを書くつもりだったのです。
歴史って、とくに日本の研究者のみなさんは、
古代史とか、中世史とか、それぞれ専門に分かれていて、
いわゆる「通史」としての視点が育ちにくい、というように言われています。
学者の世界でも、「縦割り」の弊害が出ているとも言えます。
やむを得ない部分もあるとは思うのですが、
そういった部分については、最新の学究の研究成果を受け取る読み手の側で
整理と統合的な役割を果たしていく必要性があるのではと思っています。
そんななかでは、「世界を征服した」大英帝国が、
世界中から略奪してきた文物をコレクションしている
この博物館展示は、「通史」という視点を明示してくれる存在だと思います。
このあきらかなエスニシティへの「侵略・略奪」は、どうなのか、
っていう思いがあったので、ぜひみたいとはこれまで思わなかったのですが、
今回、東京都美術館で展示があると聞き、
たまたま行った「鳥獣戯画展」が、3時間待ちとか言われて、
炎天下の行列には耐えられないと、こっちを見学して来た次第。
まぁ、ほんの「さわり」展示なのでしょうけれど、
それでも厳選100点の人類史のベンチマークのモノたちは、
まさに人類とはなにか、という視点を持たせてくれる。
最初期人類の、ハイエナ的な生き様を伝える石器には驚かされます。
他の動物が食べ終わった大型動物の骨からその髄液を飲むために
石を加工した「道具」で破砕したという展示。
なんと、人類の脳の進化にそうした「栄養素」が大きな役割を果たしたという。
そんな展示から始まって、農耕社会と都市の形成が一体であった様子など
まことに「人類の通史」展示にふさわしい。
そして最後近くに展示された、モザンビーク内戦後、大量に集められ
廃棄された武器を使ったアート作品は、やはり胸を打たれました。

100点全部を見終えるのはけっこうな体力勝負でもありますが(笑)・・・。

住宅投資と資産価値、日米の比較

2226
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さて今週はReplan北海道版の次号6月28日発売号の進行ピーク。
来週の下版を控えて、もろもろ準備してきたことが
一気にラッシュの作業になって来ます。
やはりどうしても、ものづくりには、作業のヤマというのがつきもの。
ということですが、わたしのブログでも、
「日本人の財産、住宅の価値」というテーマなどで、
たくさんの方から反響をいただきました。
わたしは日経の3月4月に掲載の記事を初見以来、考えていたのですが、
思いの他の反響だったので、ふたたび、資料などを集めて
もうちょっと考察を深めてみたいと考えた次第であります。

日経の記事にしても、もと資料はどうやら、
国土交通省が「中古住宅流通促進」という目的に向かって
諮問機関会議などに提起した資料だったようで、
そのなかでも象徴的なのが、上に掲載した資料のようです。
これは、確かにインパクト抜群の表だと思います。
単純に言って、アメリカ人は住宅投資がそのまま「資産」になっていくのに
日本人は、負債になってしまっている現実であります。
で、国としても、こうした資料を作成し発表した以上、
政策誘導として、アメリカの住宅市場を目標にしていこうと、
そのような志向が伝わってくる次第です。
わたし自身も、この不均衡ぶりには、今後考えていく大きなテーマだと
強い思いを持たざるを得ません。
これは民族的な義憤に駆られざるを得ない。
アメリカ人は、自分が働いて入手した住宅資産が、ほぼそのまま
それを信じられるのに対して、日本人は半減以下になるのが現実。
あるいは、結局残る資産は土地だけであって、
建築にはもともと、資産価値はないという事態が放置されてきたともいえる。
1980年前後くらいまでは、投資と資産価値に乖離が少ないのは
戦後の「土地価格の上昇」が与っているように見えます。
その後の「資産価値」のみごとな停滞ぶりは、
同時に土地価格の停滞の実態を表していると見えるのです。
しかし、日本の住宅建築を取材し続けてきた人間として
建築された住宅に価値がないワケはない、という強い思いがある。
問題の基本は住宅が金融資産として機能していないマーケット構造にある。
逆に言えば、その問題点を明確にして、
市場の構造に対して、経済合理性や経済民主主義の概念を
反映させていくルールや慣習を作って行けばいい。

日本人はこうした大テーマが明瞭になると
しかし、その克服に全力で立ち向かって行く民族性も持っている。
坂の上に色鮮やかな雲が見えてくれば、
必ずその高見に上がっていこうとするのだと信じたい。
そんな思いを持って、どうすべきか、ということを
知恵を絞っていきたいと思っています。
日本人の生きる「シアワセ」のために、大きな意味がある営為だと。

追記:
読者の方から、表には「土地コストは含まないのでは?」
という疑問が寄せられました。
きょうは確認の術と時間がないのですが、
国道交通省発表の、図表についての「解説部分」がありましたので、
追記します。

日米の住宅投資額累計と住宅資産額
○ 日本の住宅ストック額(国民経済計算上の額)は、建物価値の減価や早期に除却される実態に即して累積。投資額に比して500兆円程度損なわれている計算。このギャップを埋めるためには、中古住宅における建物評価の適正化、リフォーム投資等による質の向上等が必要。

アメリカ ●ストック額が投資額を上回る理由
資産評価:減耗のある再調達原価で設定
・市場の実勢を反映し、法人税法上の償却(27.5年で償却)よりも、遙かに低い減耗率を使用
・大規模なリフォーム投資も資産額に反映
投資がストックとして、少ない減耗で積み上がっているため、
好景気などにより再調達原価が上昇すると、評価額が投資額を上回る。

日本 ●ストック額が投資額を大きく下回る理由
資産評価:減耗のある再調達原価で設定
・我が国住宅の実態を反映し、築年数の経過で急速に減耗する計算
・価値の減耗、統計の未整備等により、リフォーム投資も資産額に織り込まれ難い。
投資額累計に対し、資産額が500兆円程度下回る。

引用以上

まぁ要するに、アメリカと日本で、住宅の「減耗率」のとらえ方が
まったく違いがあるようです。アメリカでは法定減価償却年数を
27年とみる法人税法上の会計基準があるけれど、
それとはまったく違うように、より資産保護の側に立って
住宅資産を査定するのに対して、
日本では、法人を対象とした国の会計基準そのままに、
それも日本の住宅の一般的な劣化速度を勘案して
22年と短く耐用年数を決めて、その「減耗率」を設定しているという。
極言すれば「不動産業」の業としての未成熟が引き起こしている
民族的損失である可能性が高い。