本文へジャンプ

【住宅の換気を考える シンポジウム in 札幌】

3073
3138

さてきのうは、表題のようなシンポジウムが開かれました。
一般財団法人建築環境・省エネルギー機構(IBEC)から刊行された
「住宅用機械換気設備の計画と性能評価」と題された「ブックレット」を題材に
その内容まとめ、執筆作業に中心的に関わられた、
国交省国土技術政策総合研究所(国総研)・澤地孝男建築研究部長
高知工科大学准教授・田島昌樹先生をお迎えして、
これまでもこの換気のテーマで多くの実績を残されてきた
国立保健医療学院建築施設管理研究分野・総括研究員の林基哉先生と
北海道の立場から、福島明北海道科学大学教授とでのシンポジウムです。
林先生も、北大荒谷先生門下で福島先生とも同窓という経緯もあり、
北と南の研究者が換気というテーマで率直に語り合ったかたちでした。
反響は大きかったようで、日本全国からたくさんのみなさんが集まっていました。

換気のテーマは人体の健康維持の基本要件でありながら、
寒冷地においては同時に、暖房による熱が失われていく要素であり、
そのアンビバレンツな要素の「最適解」をさがすことでもある。
このことは澤地先生の発言でも、非常に重要なこととして語られていました。
換気はたくさんすればいいというものではなく、
まさに「最適」な領域で確保し、建物の長期的維持を可能にするものという
基本的な追求テーマだとされていました。
田島先生からも、機器のメンテナンス維持の具体的指摘もあって、
この換気が、住宅性能の縁の下の力持ち的な役割を果たしていることを
わかりやすく明示的に知らされたと思います。
さらに澤地先生からは、日本国家がCO2削減について
2013年基準年に対して2030年では40%削減を国際公約していること。
その半分20%相当は「電力の低炭素化」が基軸的に取り組まれ、
もう半分を住宅を主戦場にして削減する目標開示がありました。
たしかに換気もそういった大きなテーマの一環だと思います。
林先生は北海道独自の「換気」手法としての内外温度差換気、
パッシブ換気とその発展形である「ハイブリッド換気」に触れられていました。
これは寒冷地では効率が高いけれど温暖地では効率が得られにくいことに
配慮した、自然換気と機械換気の併用的なプラン。
注目に値する発表だと思われました。
北海道側の立場として福島さんからは、討論会の冒頭で、現状の0.5回の
換気回数指標について、事実上「気密」が省エネ基準から消えた現実の中で、
経験的には0.1回程度に相当する「コントロールできない換気」を
考慮に入れるべきとの重要な指摘もありました。
わかりやすいデータとして一番上の図のように、「気密測定」時には
建物の「隙間」を目張りして測定するのですが、目張りしない、
いわば建物が実際に利用されている状況では、気密化されていない建物ほど
この「コントロールできない換気」割合が高くなっているデータも示された。

その他、このような換気論議のベースとして
繰り返し1次エネルギー計算プログラムが論及されることについて
その「暖房設備」選択が事実上、「部分間歇暖房」しか選択できないことが
会場有志から鋭く指摘されていました。
このプログラムが持っている問題点は、寒冷地の「全館暖房」の常識とは
かなりの乖離があって、想像力が働きにくくなっている。
また、室内の空気を「回収」してきて汚染空気を「排気」させる1種換気の場合、
部分間歇暖房で部屋間で温湿度に違いがあるということでは
はたして問題無く制御環境を形成するのか、とか
そういった疑問、良く整理できない部分も印象として浮かび上がっていました。
やや専門的すぎて一般人的には明確な把握の難しい「換気」ですが、
家庭でのエネルギーコントロールには欠かせない領域なので、
今後とも、大いに知見の進展を期待したいと思いました。

【宗教建築に刷り込まれる地域文化認識】

3083
3136

上の写真は札幌市の中心街にある日本キリスト教団札幌教会です。
明治時代に建てられた教会堂。1998年に国の登録有形文化財に登録された。
北海道庁の土木科に勤務し、教会の信者だった間山千代勝が設計を行い、
1904年に建てられたので築112年。建材には当時札幌市で採石された
札幌軟石が使用されており、教会堂の外壁に特徴がみられる。
当初は木造の建物だったが、火災に遭ったことから石造りが志向されたよう。
デザインについてはロマネスク様式を基調とする。加えて、アーチ型の開口部分、
頭頂部に設置された十字架、バラ窓など細部に特徴のある造りは、
ゴシック風のデザインを思わせる。〜というのが特徴です。
それぞれ好みはあるでしょうが、エトランゼのみなさんがこの建物を見ると
たぶん「北海道的」ということを感じられると思われます。
ただ、まだ時間経過は112年と言うことで、地元的評価もまだ定まっていないか。
たしかに「特徴的」ではあるけれど、愛着的かどうかは不明。

こういう建物に対して、同様に宗教的建築として、
たぶん創建当時「異国的」であったに相違ないと思われる奈良の春日大社。
下の写真です。高校時代の修学旅行では行ったように思うけど・・・。
奈良という人工的都は、当時の東アジアを中心とした世界感覚が
そのまま表されたに違いない極彩色的なコテコテぶり。
春日大社(かすがたいしゃ)は、中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために
768年に創設された奈良県奈良市にある神社。
国宝であると同時に、世界遺産にも登録されている民族的資産。
こっちは1250年くらいの時間経過があるので、
日本的文化のひとつとして認識されていると言えるでしょう。

最近この2棟の建物を短期間に見ておりました。
いろいろな地域でマーケティング活動をしていると、
それぞれの地域の市場の「特徴」について考えざるを得ない。
奈良についてそんなことまで考えているわけではないけれど、
日本的時間感覚と北海道との違い、その北海道によって多く育まれた自らを
よく認識するためには、その相違についてわきまえるべきものがある。
こういった目に見えて実感できる「文化的相違」を、そこに住む人間として
肯定的に受け入れるか、否定的であるかは別にして
「地域性」の根源要素として、計量していくべき文化性であると思います。
北海道に暮らす人間として、道庁赤煉瓦庁舎やこうした建築などを見て育って、
「石造」に対してのある種の「ノスタルジー」はやはりどこかにはありますね。
そんなことをも日々、マーケティング的に考えざるを得ません。

【万人に好ましいプロトタイプデザイン】

3126

先日の新住協総会研修では、こういう研究テーマもありました。
きのうも鎌田紀彦先生と仙台の事務所で打ち合わせていたのですが、
いま先生にはReplan誌面で「Q1.0住宅デザイン論」を執筆いただいています。
全国から工務店が集まってくるので、
設計専業ではないかれらのつくる家が、最低限の見た目を保つことも
トータルの考え方では重要になってくる。
そうすると、基本となる「プロトタイプ」を持つ重要性は高まる。
そんな研究を誌面掲載を進めながら、ときどき論議しています。
総会では東京で設計事務所を営まれる鈴木さんの講演が行われました。

一軒一軒の住まい手のこだわりと住宅作家としての
「作品性」を重視する方向ではなく、
多くの人が「納得できて合理的」である、という要素がやはり王道。
提示した「図面」は、そういった特徴を押さえたプラン。
ほとんどが4間×4間というプランになります。
このプランは製造原価的にもきわめて合理的として知られている。
多くの建築関係者と話すとこれが基本だと知れます。
ただし、最後のプランだけはメーターモジュールなので、
寸法が若干、尺貫法に比べて一回り大きくなる。
この「若干」の違いが、体感的寸法感覚には非常に有益だと話されていた。
わたし自身も、多くの住宅を見てきていますが、
この「寸法」の感覚でセンシティブだなぁと感じられる住宅は
「納得感」が感じられると思っています。
ある住宅ではメインの眺望に向かうリビングのソファと
大きな眺望窓との「距離感」に深く納得させられた経験がある。
どうも日本人的には、規格寸法に対する感受性が強いのではないか。
というよりも、そういう寸法感覚が長い歴史で生き残ってきたのでは、
そんな気がしてきています。
多くの人間経験知が積層して、立って半畳寝て一畳みたいな、
合理的生活体感が、知らず知らずにわたしたちには備わっている。

しかし一方で、いま鎌田先生からは
その建物が置かれる「敷地条件」が日本の場合、
伝統的スタイルから大きく条件変更されてきているともされています。
ほぼ方形の敷地に対しての「納まり」を考えたとき、
しかもクルマの駐車スペースの合理性も合わせて考慮したとき、
この4間×4間というプランが適合的とは言い切れないと。
これまでに1年間以上、書いてきていただいていますが、
鎌田紀彦先生の連載記事「Q1.0住宅デザイン論」に
ぜひ多くのプロのみなさん、注目していただきたいと思います。

【ダクトエアコンによる全室冷暖房システム】

3122
3123

9月2日の新住協札幌総会での研究発表で注目されていたのが、
東京での表題のシステム搭載の住宅事例。
これまでエアコン暖冷房については、基礎断熱の結果生成する「床下ピット」を
活用することで、1階に床暖房効果もあってコンクリート基礎の「蓄熱」効果も
利用するものが一般的に多く取り組まれてきたけれど、
ダイキン工業さんが「ダクト式エアコンの10畳用タイプ」という
手頃な小型のものを新発売したことを受けて、
それを階間の空間をピットとして活用して、上下階に暖冷房送風するというもの。
鎌田紀彦先生から、この実験的住宅のことはReplan連載記事打合せ時に、
お話を伺っていましたが、ダクト式エアコンは従来は高価な大型のビル用ばかり。
今回小さい能力のものが発売されたことで、実現に至ったもの。
ダイキン工業の「アクティビティビルトインS28RVL(10畳用)」というヤツ。

3124
3125

通常の熱負荷計算にて熱負荷を計算すると、
暖房で2,854W(機器4,000W)
冷房で5,599W(機器2,800W)
となって、冷房の能力が足りないけれど、これまでの経験で
Q1.0住宅であれば足りると想定したと言うこと。
建物のプランとしては狭小地での3階建てですが、
密集都市部では一般的とも言える住宅。
ただ、このケースでは建築確認申請後に機器導入が決まったので、
天井裏のスペースが少なく、縦ダクトスペースも足りないため、
本来の計画からすると限界のある事例と言うことにはなっている。
またより効果的な、熱交換換気とエアコンの連動も不十分とのこと。
しかし今週7日には現地で鎌田先生と東大の前真之准教授が打ち合わせて
この住宅の熱環境実測調査も行われる予定になっている。
この発表直後から「すぐにでも導入したい」という
工務店関係者の会場からの声が発せられていました。
メーカー側もこうした鎌田先生主導の実験について大いに注目していて
実験への協力や機器改良について大変前向きと言うことなので、
有為なローコスト暖冷房システムに育っていく可能性があります。
カタログ価格で365,000円程度で全館空調が実現できれば、
日本の住宅にとって大きな革新を呼ぶことは間違いがないところ。
ただ、東京での事例と言うこともあって反響のあったみなさんは
比較的に温暖地のみなさんが多かった印象。
寒冷地域では暖房用の熱負荷との見合いでどうか、
また、寒冷地では従来同様、基礎断熱の床下ピット利用が
より優位な設備選択としてあるので、どうなるかというところ。
いずれにせよ、その稼働状況などの推移を注目したいと思います。

【素人歴史研究の味方、レファレンスサービス】

3127

みなさん、「レファレンスサービス」って知っていますか?
公共の図書館などで、一般向けに行っている情報検索サービス。
レファレンスサービス(reference service)とは、図書館利用者が
学習・研究・調査を目的として必要な情報・資料などを求めた際に、
図書館員が情報そのものあるいはそのために必要とされる資料を
検索・提供・回答することによってこれを助ける業務である。
また、需要の多い質問に対して予め、書誌・索引などの必要な資料を
準備・作成する作業も付随した作業であると言える、という内容サービス。

わたしの今回の「紀州・関西の旅」は、わが家の先祖が遺した書き付け、
「往昔、紀州にて仕官たるところ、慶長年中、故ありて浪人となる」という
書き出しの文書を手掛かりに、まずは追跡のために土地勘を養うのが主目的。
大阪や京都、神戸といったメインストリートはなんども来ているけれど、
京畿地域のなかでぽっかりと空白のような紀州、
現在の和歌山県についてはまったく基礎知識も不足していた。
しかし4日間の滞在中にいろいろと調査してみての感覚で
徐々に推定の幅が狭まってきた。
慶長年中という時系列の特定で、推測としては豊臣秀長の城代であった
桑山重晴が慶長年中に紀州の代官として支配していたのが
もっとも確率の高い「仕官」先ではないかと思えるようになって来た。
桑山家は徳川ー豊臣の両端に侍していた経緯があり、この時期、
どっちが勝ち残ってもいいように家中勢力が二分されていたようなのです。
わが家はその後、西軍首魁の毛利家・安芸に退隠したことをみると、
西軍方として活動した身としてなにかと好都合であるに違いなかったと推定。
その推定を元に、インターネットで考えられる資料文書として
あるデータ資料に到達して、その文書保管先である大阪府立図書館に
問い合わせたところ、調査目的などを記載すれば、
インターネットを介して、こうしたレファレンスサービスが可能である旨、
お知らせいただいたのであります。
なんともありがたいサービスが世の中にはあったものと感謝。
さっそく担当の部署に申し込んだところ、返信が送られてきて
調査の手掛かりが得られたという次第であります。

どんな資料の情報があるか、ないか、
ご先祖様が遺していただいた文書から、わが家の歴史の断片が
導いてくれるように明らかになるか、固唾をのんで首を長くして待っています。
<写真は、紀州・根来寺多宝大塔〜国宝>

【ニッポンのいちばん古い家・箱木千年家(4)〜変遷】

3114
3113
3118

一軒の住宅でこんなにこだわって、4回も書き続けたことはないのですが、
しかしまだまだ「見どころ」はあって、興味は尽きません。
日本人が体験してきた「住む」ことの営為が、建築ディテールの各所から
物言わぬ声になってこだましてくるような、そんな気がしています。
また機会を見つけて、ぜひ体感を重ねていきたいとも思っています。

この家を見ていて気付いたのは、
やはり千年を超えると言われる歳月が感じられたこと。
入り口はまるで竪穴住居のような真っ暗な空間に導いてくれる。
土壁が重厚な土間床の空間です。
そこに祈るような造形の屋根が茅葺きで掛けられている。
この列島にひとびとが住み着くようになって1万年以上。
新石器時代が終わって、この列島の場合には狩猟から海産物採取の生活が
基本的なライフスタイルになったに違いない。
住居は最初は海浜の岩倉のような空間が考えられます。
そういう住居痕跡は北海道の余市海岸フゴッペ洞窟などで見られます。
それから、竪穴住居が営まれるようになったのでしょう。
寒冷地域ではより深く掘り込んで、冬の寒さに対して
常時いろりの火を絶やすことなく炊いて土壌蓄熱し、適合居住環境を実現した。
そうした列島古層の基本ライフスタイルに対して、
弥生的米作をもたらせたアジアからのフロンティアが移住してきて
高床式の建築を持ち込んできた。主に南方的生活様式。
社会での上層を形成したひとびとから「床の上」で起居する生活が始められた。
最初は「掘っ立て」として土中に柱を埋め込む方式だったけれど、
徐々に「石場立て」に変わっていって「通風」重視の夏型住居が
「よき住まい」という概念になっていった。
雨の多い気候風土に対応して軒の長い屋根が好まれ、
夏の蒸暑への対策もあって、厚い茅葺きの断熱屋根が普遍化した。
そうすると、その軒先にウチとも外ともいえない曖昧で自由な空間を生んだ。
冬の寒冷への対応は建具の文化で紙の建具から板張りの建具などで対応した。
しかしその住居文化では北海道島の気候風土には対応不能で
ながく日本文化はこの地を疎外して成立させてきた。
そんな日本家屋の「変遷」をこの家では体感することができる。

3110

はるかな時間を経て、北海道の住宅を見続けてきた人間として
この建物を体感できたことがうれしい。
結局自分自身としては、こういう方がDNA的には似つかわしく感じられる。
いまは北方日本人だけれど、
基層では西国的日本人の感受性を色濃く持っているのではないか、
自分自身はどうもそのような本然を持っていると思える次第です。
こういった気候風土でのいごこち感受性を
北方日本で居住環境性としてどうやって実現していくのか、
そんな思いをもった体験取材でした。

【ニッポンのいちばん古い家、箱木千年家(3)離れ】

3117
3115

さてニッポンのいちばん古い家、神戸市近郊の箱木家住宅3回目です。
写真は「離れ」で江戸時代中期、いまから300年くらい前の建築。
われわれから見ればこちらも十分に「古民家」ですが、
母屋の1000年以上から見れば、こちらは「新しい家」でしょう。
たいへん開口部が多い造作で、
屋根だけは重厚な茅葺きで断熱されているけれど、
あとは「通風」重視の住宅になっているといえますね。
そういえば、母屋もまるで竪穴を思わせる巨大な屋根と土間から
一部が大きく開口され、南面に開放されている。
そこに大きな「縁側空間」が造作されて、そこから離れに向かって
縁を通って新造の空間に至るように構成されています。
まるで古代から、近代に向かっての住宅の歩みを見せているかのよう。

3112
3111
3116

ちょうど、すぐ上の写真で見えるように、
土間から縁側の高さレベルに移行した様子が明瞭。
この縁側は同時に土間から母屋の主室の床の高さとも一致する。
そこから離れの縁側まで、茅葺きの屋根で覆われた
中間的領域がここちよく連続している。
たぶん、現日本人にいたる日本人的感受性を
こうした縁側空間こそがいちばん育んだに違いない空間だと思う。
そして、離れの内部にいたって、障子建具が主役になる空間が現出する。
通風重視の開放空間とは、同時に格子状のデザインを
日本人の心象風景にかなり決定的な空間認識としてもたらした。
まさに千年家、いろいろな日本人の情感を思い知らせてくれる。
こういう豊かな情念的空間に比較して現代のわれわれの空間のありようは、
さて、大きく「進化」していると言えるのだろうか?

【新住協総会 in 札幌2016】

3119
3120

さてきのうは、新木造住宅技術研究協議会、略称「新住協」の
年に1度の総会でありました。
総会は全国から300名近い参加者を集めて
ことしは、発祥の地・北海道札幌での開催。
いつもは1参加者として鎌田紀彦先生の基調講演を
聞いていれば良かったのですが、
札幌での開催と言うことで、ホスト役としての仕事があって
講演聴講だけに集中するわけにも行かない総会でありました。
鎌田先生の講演では、いくつかのテーマに沿ってのお話し。まずは、
●ZEHへの対応を巡っての「憂鬱さ」というテーマであります。
これまでわたしのこのブログなどでの全国のみなさんとの対話が
いろいろに継続してきているのですが、
WEBでの1次エネルギー計算プログラムの問題点の指摘。
暖房方式として部分間歇暖房を選択した方が、はるかに有利になる点。
「ゼロエネルギー」という名前と実際の乖離の問題など、
ポイントの指摘が相次いでいました。
まことに鎌田先生の指摘されるとおりなのですが、
先生から、そうした点を踏まえながらも工務店の生き残り作戦として
「どのように対応するか」という基本スタンスが示されていました。
続いては、本来の木造構法の研究の最新知見の発表。
●住宅でのエネルギー消費実態調査についての最新手法の案内と
新住協Q1.0住宅調査の意義と協力要請
●外壁210mm断熱工法・施工の合理化とコストダウン
●基礎工法についての研究。とくに床断熱への着目について
●開口部と熱交換換気についての最新知見情報
などの研究成果が発表されていました。
さらに、わたしどもReplan誌で連載をお願いしている
●「Q1.0住宅デザイン論」に触れられながら、高断熱高気密住宅での
「プロトタイプデザイン」への取り組みが提起されていました。
このテーマについては、本日の研究発表でも取り上げられ、
また、7日には鎌田先生と東大・前先生が東京での実践について
現場公開される住宅をいっしょにチェックされると情報も入手しました。
情報に引き続き留意していきたいと考えております。

3121

なんですが、開催地メンバーとしては
全国から来られたみなさんのためのホストとしての仕事もある(笑)。
わたしにも「2次会」の人数集め、その集金作業などの役が振られていました。
これがなかなかのめんどい大役(笑)。
お酒を飲みながら談笑しながら、総数60人から会計するというのは
これが想像以上の大変さでありました。
そのうえ、3,000円会費に対して、おつりの用意がまったくされていない。
で、おつりが不足する場合、10,000円を出してくれた方をパスしながら、
おつりがたまった段階で適時、行きつ戻りつしなければならない。
お酒が入った中でそれも情報交換しながら、この作業というのは
記憶の絶対容量を超える瞬間の連続(笑)。
「えっと、あなたからはいただきましたっけ?」という、わたしは誰状態。
自分は飲んだか飲んでいないか、ほとんど不明になる混沌。
おかげで3次会になってようやく少し飲んでいる気分に。
・・・当然のように、午前様のお帰り。
なのに、さて本日も研究会は続くのであります、ふ〜〜頑張るぞと。

【ニッポンのいちばん古い家、箱木千年家(2)母屋】

3109
3105

さて、ニッポンのいちばん古い家、箱木千年家の写真紹介です。
わたしの興味のままに100枚くらいの写真を撮ってきたので、
とても紹介はしきれません。ほんのごく一部の写真です。
まずは、概要をwikipediaなどWEBからの要旨抜粋で。
箱木家住宅は、兵庫県神戸市北区山田町衝原にある歴史的建造物。
国の重要文化財(1967年6月15日指定)。「箱木千年家」の通称で
広く知られる日本最古と推定される民家の一つである。
室町時代建立の主屋(「おもや」)、江戸時代建立の「離れ」(「はなれ」)の
2棟が重要文化財に指定され、他に築山、中庭、納屋、土蔵等が遺存する。
『摂津名所図会』などの近世の記録によれば、
806年に建てられたとされ、近世初期から「千年家」と呼ばれていた。
806年という年代を信じれば、創建から1,200年を生き続けた、
文字通りの千年家。2005年に当初材の松の柱6本の
放射性炭素年代測定を行った結果、年輪の最も外側の炭素濃度から、
1283-1307年(鎌倉時代後期)に伐採された木が使われていることが
わかったとされている。そうだとしても700-800年の古民家。
たぶん、創建は1,200年前後で何度か建て替えを繰り返したに違いない。
人間と住宅の長き営みに思いを致さざるを得ない。
住宅に関わって生きてきた人間として、ひたすらリスペクトを感じる。
間取り図は以下の通り。

3104

向かって右側が母屋で、左側に「離れ」が別棟で建っている。
いろりのある母屋の縁側を持つ「おもて」が、主室だとわかりますが、
1番上の写真には、使い込まれて人肌からの油分が
床板に積層して、まるで飴色のような光沢を見せている。
その端正で重厚な「装飾要素」に、無上の黄金感が漂ってきます。
時間を経てきた建材の醸し出す独特の「いごこち」が
満腔をしずかに満たしていく。

3108
3106
3107

主室は床が張られていて、1段あがった空間ですが、
母屋の面積の半分程度は土間空間で、一部は「厩」になっている。
台所など、生活上の機能的要素で構成されている。
当然ながら小屋組がそのまま表された平屋。
こうした時代にあって使われた構造材や「板」などの高価さを思うと、
地域の地侍であったこの家の家格を感じます。
ただただ、正直でまっとうな建材がこの家を支え続けてきた
その長き時間が醸し出す空間美に圧倒される次第であります。

【ニッポンのいちばん古い家、箱木千年家(1)】

3102
3103

住宅の雑誌の仕事をしてきて、
だんだんと住宅への興味が深まっていくほどに、
いったい人間にとって住宅とはどういう意味があるのだろうかと
より本質的な部分に、思いが至る。
住宅を考えるということは、人間の本然を考える部分が大きいのだと
そんなふうに考えるようになってきます。
そうすると、歴史的な住居について自ずと本質的に知りたくなる。
ちょうど先日書いた、歴史作家の司馬遼太郎さんが、
「歴史とはなんでしょうか?」と問われたときに、
「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という
人生がそこにつめこまれている世界なのです」
というように答えることにしている、とその著作、
「二十一世紀に生きる君たちへ」の中で書いていますが、
そういったひとつながりが、わたしの場合には住宅、古民家において色濃く
人間やくらしをはるかに感受する機会として求めているように思います。

日本人は歴史的に5億人程度がこの列島に
1万年以上にわたって生き続けてきたとされている。
歴史人口学的なことです。
現在そのなかの1億3千万ほどが、現代を生きている。
そのおよそ3倍程度のひとびとが、歴史的にどう生きてきたのか、
古民家には、その機縁を感じられる空気感が遺されている。
さらにさかのぼれば、遺跡に残る復元された遺構にも
その残滓をたぐるよすがはあると思っています。
結局、人間の痕跡を見ることでなにごとかの対話を求めている。
もちろん、対象は無言ではあるけれど、
人間としての同じ感受力を働かせていけば、なにかのコトバが成立する。
そんな思いで、住宅というものと向き合っている次第。
現代の住宅を取材するように、こういう古民家を取材している。
「どう暮らしていたのですか?」
「こんな楽しみを感受していたのですね」
そんな質問に、ときに古民家は答えてくれるときがある。
こころの襟を正しながら、やわらかく声に耳を傾ける、傾聴する。

この神戸郊外にある箱木千年家には、2度ほどフラれてきた(笑)。
年末年始の休暇を利用して、はるばる北海道から訪ねたけれど、
はじめは年始休暇にあたっていて、たしか6日から公開と書かれていて、
その日に訪ねたら、「臨時休み」という無情のお知らせ。
やむなく飛行機で帰った記憶があります。
今回「3度目の正直」で、ご尊顔を拝し奉ることができました(笑)。
朝1番に入って約1時間半ほど、来客もほかにはなく、
ほぼ独占取材(笑)することができました。
そんな経緯もあったので、この家の方でもたっぷりと
時間をいただけたのではと、その因果応報を感じておりました。
おっと、肝心の住宅のお話しにたどりつかない(笑)。
あした、きちんと書きたいと思います、失礼しました。