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地域型住宅のデザイン

地域型住宅、という言葉は
北海道や東北にいるとサッパリなじみがなく、
あんまり実感をもった響きがなかったのが実際です。
この地域型住宅というのは、国交省やロビー関係では
かなり20年前くらいから、そのコンセプトが語られ続けてきたとか。
ただし、一般的にはまず一顧だにされなかったのではなかったか。
ところがそういう状況が、東日本大震災以降
被災地の住宅関係機関との話し合いのプロセスを経て、
論議が「地域型住宅」という方向に国策として舵が切られてきた。
理念としては、被災地の住宅復興も見据えれば、
地域の作り手の協業化は避けて通ることが出来ない。
地産地消の大きな方向も実現できる、ということのようです。
そういった経緯はまぁ、受け入れ可能だし、賛同もできる。
しかし、どうもこの「地域型」という考え方自体、
東京や、中央による押しつけの雰囲気が抜けないと思う。
この政策推進に当たって、地域の工務店の立場からの意見を
ヒアリングしたときに、当の工務店側から、
「わたしたちの地域では、ユーザーは東京に建てられている住宅デザインを
求められているのが実態だ。」
「地域型なんて、地域では誰もそんなものを望んでいない」
「たぶん東京の人が地方に行って、この地方に似合う家を見たい、という
観光気分的エゴを押しつけているのではないか」
というような意見が出たと言うことです。
まことに正鵠を穿った意見で、思わず膝を打たされた次第。
ただし、「東京の家を求めている・・・」というのは
いかにもさみしい(笑)。できれば寒冷地・北海道の家を、
というようになって貰いたいものだと思うのですが(笑)、
まぁ、ユーザーの多数意見というのはそういうものでしょう。

そういった少数意見は、しかし、ガス抜き的に扱われ、
写真のような、真壁で白い塗り壁と規格的な形状の屋根を持った
「地域型住宅」のデザイン的な画一化が進んでいるのではないか。
端正で、つつましやかで正直そうな外観デザインであって、
反対したい、というのではないけれど、
さて日本中、同じような「地域型住宅」になっていくのは、
それはそれでどうであるのか。
どうもわたしにも、よくはわからない。
こういったデザイン形状を持って、日本の民家と方向付けすべきなのか
どうもそのような「なんとない雰囲気」が見えていて、
多少、疑念のようなものが湧いてきている次第なのです。
みなさんはどうお考えでしょうか?

さて、本日は仙台へ移動であります。
大急ぎで、飛行機に間に合わせなければ・・・。ではでは。

日本人・家・家紋

先日の松村秀一東大教授の講演で、
いくつかのインスピレーションを受けております。
そのなかでも、個人というものの位置づけについてのお話しが
たいへん、残り続けております。
日本人は未曾有のほどに、現代社会で住宅を建て続けてきたのだそうです。
わたしたちは、その渦中にいるので、
年間で100万戸近い新築住宅というのに
慣れ続けているのですが、
人口千人あたりの住宅着工数で、長く10戸を超え続けていたという
稀有な国なのだそうです。
2008年段階でも6戸を超えていて、欧米主要国と比較して
ダントツのトップになり続けている。
こんなことが続き続けるわけがない、事実大きく下がってきている。
というようなことなのであります。
これは、どういうことなのか、
長くたくさん作りつづけてきたというのはなぜなのか、
ということを考える必要もあるし、
その上に立って、今後どのように構造変化していくのか
そういう道程を探ってみる必要性もある。

で、そもそも「家」というのは、
社会文化的に見て、日本人というのは
相当なこだわりが、そこに込められているのだろうか、ということ。
家紋なんていう、紋章を持った家柄なんて、
欧米では貴族くらいしかいないのではないかと思われますが、
比較的に階級移動が激しい社会であると言われる日本で、
家紋というような「家」意識の象徴のような文化が
いまでも一定の価値観を持っているということも
なにか、面白いと思います。
皇室王家がいまも現存し、その家紋が菊であるというような
そういう社会なのでそうであるのか、
判然とはしませんが、でも日本人に強い「家」への執着、こだわりが
あることは、どう考えても明確でしょうね。
しかし、現代は家族数を1割以上上回って住宅が存在する時代。
さらにこのような戸数の増加は、同時に家族数の決定的な減少とも
連動しながら発生してきたことも重要な事実。
今後がどうなっていくのか、考え続けていかなければなりませんね。

ちなみに、わが家は2つ巴が家紋でして、
どうも水に関係している海賊的な出自ではと、
恐る恐る考え続けております(笑)。
わたしは、平和的な考えの者ですので誤解なく。

人口減少と社会構造改革

あらためてこういう数字を見ていると
なかなか右肩上がりのイメージを持つことが出来ない。
それはそうですよね、ほぼ右肩下がりの人口態様のなかで、
個別のイメージを浮かべるのは困難な作業にならざるを得ない。
 
なんだけれども、
このように人口構成は変化していくことは自明なのだから
こういう経済社会環境の中で生き延びていくことを考えていかなければ。
表を見て、まず第1には、高齢者の占有率が増えていくけれど、
これまでの社会が想定していた、「引退」ということが、
現実的なことなのかどうか、もう一回考え直すという手はどうなのかと思う。
こういう作業は、実はいろいろやられていて、
男性の高齢者が寝たきりになる、介護が必要になる率は、
死亡する直前の1年前くらいにドンと増えるだけで、
それまでは、健常な状態の高齢者が9割以上なのだと言うことが明示されていた。
一方女性の場合には、ほぼ平均寿命に従って、
なだらかに要介護の率が高まっていくのだそうです。
そのような健康状態の実態をよく見ていくと、
ロボット化などの技術発展をあわせて考えていけば、
「高齢者でも問題なく出来るように仕事を変えていく」
というような、社会目標も可能なのではないか。
「仕事」の革新で、より体力の必要な仕事に高付加価値を付けて
基本的には体力的個人差の出にくい作業分野で
高齢者が主体になるような領域を意図的に開拓していくことは可能ではないか。
そういう社会構造改革を行って行きつつ、
徐々に社会保障支給を減らせていけるようにシフトさせられないか。
というようなアナロジーが頭に浮かんでくる。
わたしはことし60歳になりましたが、
友人たちの中では確かに罹病率は高まってはいますが、
健康で、全く元気な人は多い。
病気を持っていながら、いわば一病息災という人間も散見する。
たしかにわたし自身も、より休養は不可欠になって来ていると思いますが、
その分、体力を使っての欲求充足というものも減少し、
比較すると、あんまり体力を使わない楽しみの開発が進む。
まったく新しい興味分野の開発は挑戦していきたいと思っている。
労働時間について、健常高齢者は6時間労働とかにすることで、
「生産可能人口の減少」をかなり激変緩和できるのではないか。
これまでこの問題、
わかっているのに、本当の意味ではまったく行動指針が示されていない。
そうであるということは、
現在の社会の意志決定システム・管理運営システムが
破綻してきている、あるいは現状に適合していないことを明示している。
やはり行動で、実践で変化を作りだしていく以外にはないのだろう。

「日本人って、そもそも国家戦略って考えられない、弱いのではないか」
「国家戦略って、そもそもヨーロッパの、お互いを殺し合ってきた歴史を強烈に持っている国の人間が他国を欺すために考え続けてきた体系なんですよ」
「そうですか、なるほど。一方日本は基本的にはそう強烈な殺し合いを経験していないし、国内的、身内的な安定重視で、きていますよね。」
「そうですね、第2次大戦でも、あの局面での国家戦略のなさ、そして身内にしか通じない論理で、無謀な戦争指導になっていったのですよね」
「こういう戦略を考えられるような教育システムも持っていない・・・」
・・・、上記はある知識人の方との会話だったのですが、
現状のこの社会の方針の無さを、的確に表しているなぁと、
そのとき、ものすごく頓悟させられた会話だったと思っています。

東大松村教授と討論大会

きのうは、札幌市立大学の札幌駅近くのサテライトキャンパスで
来道中の東大・松村秀一教授を囲んでの楽しい集会がありました。
三笠・岩見沢の地域工務店・武部建設さんが中心になっている
「北の民家の会」の催事であります。
先生の一昨日の講演も踏まえての参加者による意見交換会の様相になって
先生のフランクなお人柄に甘えさせていただいて
たいへん活発な意見交換がされておりました。
主要なテーマは、
地域の素材と家づくりのなかで「地域らしさ」とはなんなのか?
というものだったように思います。
今回先生は、道総研のセミナーに参加されることがメインだったようですが、
そこで、いわば「供給者側目線」からの「地域らしさ」論議に
整合性の構築のための視線がなかなか見いだせないと正直に語られていました。
地域の材料を使って建てるというユーザー側の根拠はなんなのか、
そういう視点が先生も不分明だけれど、
しかし、そこが決定的な問題だろうという指摘だったと思います。
武部建設さんからは、作り手の人間の視線を入れなければ、
堂々巡りの論議になるのではないかという指摘がされていたのですが、
そういう意味では、両方向から、
すなわち、受け手側の視点と、供給側の両方から
人間の視点というものが、明確に指し示されたと言うことでしょうか。
しかしこうした論議は
地域だけで論議していても焦点が合わない。
先生のような全国的な、というか現代世界的な視点からの意見もあって、
はじめて突破口が見つかっていくようなものであるのかも知れませんね。
その後、2次会も楽しく、延々と話し合いは尽きせず、
刺激的な話題が飛び交う、楽しさでした。

帰ってみると
わが日ハム、大リーグ志望の大谷君をドラフトで1位指名。
毎年、方針を貫き続けているのですが、
わがチームのドラフトの戦略は、どうもファン獲得にも役立っているのではないか。
なかなか筋が通っているし、
ダメでも、一定の役割を果たしているとも思えるのです。
さて、大谷君、いまアメリカに行っても至難だと思います。
それに大リーグ側は、日本のプロ球界がルールに則ってドラフト指名した
日本人選手をあえて、紳士協定を破って獲得に向かうのか。
野球の世界で、TPPがわかりやすい問題として提起されているようにも思います。
紳士協定がこれで破棄されるのか、
アメリカ的な自由競争でローカルな世界観が破壊されていくのを
日本の既存体勢はただただ、屈服していくのか。
別の意味でも興味が湧いて参ります。さてさて・・・。

東大・松村秀一先生講演〜弱まる「個人」

きのう、北総研が所属している「道総研」のセミナーがありました。
道総研は、機構改革の結果、北海道が作ってきたいろいろな研究組織を統合して
たとえば農業部門から、森林管理部門や建築研究まで、
さまざまな研究組織を網羅的にひとつの組織にまとめ上げたもの。
そのはじめの経緯はたぶん、知事の発案に基づく再編だったのでしょう。
その組織にしてみたら、まったく畑違いの組織同士がくっつくことなので、
いろいろな予測できない問題点も浮かび上がってこざるを得ない。
そういったなかで、せっかく出来たのだから、
組織目標として、「地域」戦略研究のようなテーマは必然的に出てくる。
そのような構想の一環として、
森林経営の問題と、住宅の問題とを合わせて考えるというのが
今回のセミナーの基本的なテーマでした。
まぁ、このあたりは専門外の部分なので、よくわかりません。

で、基調講演者として、
東大工学部の松村秀一先生の名前が見つかって、これは、
ということで駆けつけさせていただいた次第です。
先生には、数年前、雑誌としての対談企画で大変お世話になり、
はじめて「東大に入る」経験をさせていただいた恩義がある(笑)。
ってまぁ、笑いネタにしては失礼なのですが、
講演後、ご挨拶も出来まして、いい機会として利用させていただけました。
先生とお会いしてお話を伺ってから、
工学部、というのは実に広範な領域にまたがった学問領域なのだと
まざまざと思い知らされた経験があります。
先生のホームグラウンドは、建築工法とか生産システムなのですが、
非常に幅広い知見を持たれていて、
いつも目の覚めるような思いをさせられます。
きのうも、本題としては林業経営と住宅産業の連携がテーマだったのですが、
むしろ、より本質的な人類史的ななかでのいまの建築の立ち位置という
壮大な切り口からの講演を聞かせていただいて、
またまた、ハッと目の覚めるような思いがいたしました。
ハコの産業から、場の産業へ、
という明解な、住宅産業の目指すべき方向性への簡潔なテーマ明示。
主要な発言はそういったものだったように思います。
戦前社会までの「家父長制」下での家父長をイメージした個人と、
現代社会の小市民的で、個別分散的ななかでの「個人」との明瞭な違いが
住宅建築の世界でも、大きな価値変動をもたらすのではないか、
というようなあたりは、先生の建築ゼネラリストとしての
本領発揮の部分だと、深く納得させられました。
家の存続、ということが最優先された時代の判断主体として個人と、
いま、地縁血縁とは距離があり、また会社との縁も希薄化し、
地域社会との絆も弱い時代の個人は、
主体性において、きわめて存在のアイデンティティが弱まってきている。
この「弱い個人」という言葉自体は、
京都在住のフランス文学者・西川 祐子さんの発言だといわれていましたが、
あるすじみちが見えてくるような内容だったと思います。
多くの示唆に富んでいて、たいへん多くを学ばせていただいた次第。
これからいろいろ思索を巡らせていくたくさんのテーマがありました。
あぁ、もっと勉強しておくべきだった・・・(笑)。

日本シリーズは、さて

ことしはプロ野球、あんまり観戦はできておりません。
ようやくクライマックスシリーズで初観戦というところ。
あれ、そういえば開幕第2戦は見に行った、と思い出した。
ま、いずれにせよ、なかなか多忙で時間が取れない。
でも、坊主も見に行きたいと言ってくれている間に、
もう少し見に行かなければと言う次第。
で、日本シリーズのチケット、なんとか、手に入りますように・・・。
でもまぁ、聞いているとちょっと無理そうですね。

なんですが、
わが北海道日本ハムファイターズ、相手が読売巨人軍に決まりました。
ちょっと前までだと、相当に思い込みがあった相手ですが、
最近はメジャーの話題まで豊富に提供されるので、
逆にいちばん地盤が低下しているのは、読売巨人軍なのかも知れませんね。
読売だからといって、特別の思い入れがなくなってきた。
冷静に相手を研究し、勝つ方法を探るということ。
そうしてみると、これはかなりの強敵であります。
ポストシーズンでは、ややぼーっとしているうちに
中日に土俵際徳俵まで押し込まれましたが、
そこから3連勝して、噛み合ってきました。
むむむ、こわーい。
1番から3番までの打撃のシュアーさと、
4番から6番くらいまでの重量感がうまく噛み合って、
なかなかいい打線ですね。
投手陣は、この間の中日戦を見る限りは、まぁ全然歯が立たない感じはない。
第6戦までいったことで、疲れも相当にあるのではないでしょうか?
とくにエース格の内海投手の調子はイマイチの感じがしました。
やっぱり杉内がいないのは、堪えているのではないでしょうか。
やはりポイントは、4番の阿部選手をどう押さえられるのかどうかと、
こっちの投手陣が、平常心で向かっていけるかどうか、
それも若い吉川君が、のびのびと投げられるかどうかが大きいと思う。
かれは、精神面のポイントで熟成が遅れたのですが、
いまの感じを見ていると、ふだんから普通に弱かったのを克服してきているので、
こういう特別の試合だからと言って、
特別に精神的にきびしい、というのは逆になさそうに思っています。
あはは、希望的に過ぎる見立てですが(笑)、
なんとなくそんな気がしていて、楽観的に見ております。
で、吉川君がきれいにスタートできたら、
案外、敵重量打線も、爆発チャンスを逃すのではないか。
打つ方では、やはり糸井・中田の中軸が全日本クラスの潜在力を
全国のプロ野球ファンにアピールする絶好の機会になるのではないかと
大いに期待しております。
とくに、中田選手、糸井に先方の注意が惹き付けられて
のびのびと実力を発揮するのではないかと期待しております。
なんか、やりそうだとワクワクしております。
むふふ、夢想がモリモリ膨らんで、楽しみこの上ない。
全国の読売巨人軍ファンのみなさん、
多勢に無勢は承知の上で、大いに仲良くケンカを楽しみましょうね(笑)。
頑張れ、吉川・糸井・中田!
頑張れ、北海道日本ハムファイターズ!!

特色のある地域づくり

写真は、岩手県住田町の気仙川沿いの街並みを見たところ。
案内してくれた町職員の方からは
「この橋から見た雰囲気がいちばんいいですよ」と話されました。
確かに、独特の雰囲気がある景観を見せている。
この写真を見て、みなさんどんな印象を受けられるでしょうか?
町の印象というのは、結局、個別の建築が大きな要素を占める。
その建築、ここでは住宅の連なりですが、
それが画一的で、屋根の傾斜も方向も揃っていて、
整然とした、ある雰囲気を作りだしていることは明瞭です。
ある人に言わせると、江戸時代の街並みが再現されているようだといわれる。
現代とは思われないタイムスリップした雰囲気であるのかも知れない。
この住田町では、豊富な森林資源と気仙大工の伝統が息づいていて
「森林・林業日本一の町づくり」ということが、
街づくり、町経営の基本的な考え方として明確に表れている。
で、そのような印象を抱くとして
現代人は、このような街並みに対して、好悪でいえば、どのように
「感じる」のだろうか?

ここのところで、まだ十分に整理されてこない。
わたし個人としては、
街、という概念は本来、こういうものであるように思っている。
この写真の場合、明確に気仙川と、後背の森林の樹木が住宅を縁取っていて
そこに伝統を感じさせる統一感のある住まいが展開している。
ひとが、そこに住みたい、と感じる要素のなかで、
どうもかなり大きな部分が満たされている、というように感じる。
あるストーリーが浮かんでくる、とでもいえるのだろうか。
「あぁ、こういう場所なんだ、じゃぁ、こんなふうに暮らしてみるか」
というように、各人に内語がおのずと浮かんでくるように思われる。
そしてもっといえば、こういう街の中で、
隣人のみなさんとどんなふうに対話していこうか、
というようにも、考えが始まっていくようにも思われる。
建物の配置計画で、そんなふうなある「きっかけ」も生まれる気がする。

繰り返すけれど、
ここのところで、まだ十分に整理されていない。
しかし、特色ある地域というものに向かって
ある試みが意欲的に行われている、ということは
どうも、かなり確信的に伝わってきます。
みなさんはどんな印象を持たれるのでしょうか?
たとえば、東京の住宅地に暮らしているみなさん、
あるいは全国どこにでもある
新興住宅地のカラフルな街並みに暮らしているみなさん、
それぞれ、どんな印象を持たれるのだろうかと、
ひとりひとりに聞いてみたいなぁと思っています。

文章を書く行為

小さいときから、絵を描くとか、文章を書くとか、
なにか、表現すると言うことがなんとなく好きだった。
そんな思いがあったから、いまの雑誌出版のような仕事を続けてきたのだと思う。
でも、だんだんプロデュース的な仕事、
段取り仕事の方が比重が高くならざるを得なくなっていく。
こういう「仕掛け」や、「企画」の仕事というのは
それはそれでいろいろな知識の蓄積がなければならないので
長くやっていると、そっちの方は経験重視の人間に振り分けられてくる。
でも、たまに自分自身で書いたりしなければならない局面もある。

そんな局面になっていて、
沈み込むような日々が続いております。
材料としての取材活動はいろいろに行っていて、その分量はかなりになる。
あらかじめ設計図が完全に出来上がって取材できるばかりではないから、
とりあえず、現実世界が先にどんどん進行して、
それをあとで整理し、統合するという作業がやってくる。
こういう局面になると、
まずは材料の整理整頓、その仕分け分類。
そして全体設計図面に落とし込みながら、構想を煮詰めていく。
なるべくわかりやすくするためにはどう見せるべきか、
どう読ませるべきか、いくつかの柱を立てて、見通しをよくしてみる。
このあたりは、試行錯誤の世界なので、あれこれ頭のなかだけでしかできない。
そうすると、やや沈思黙考型の思考過程が必要になる。
あんまり外部との情報交換には、向かいたくない状況になる。
なので、なるべく情報を遮断するようになる。
構想・分類・整理・統合・・・。
そんななかから、ようやく全体方針が見えてくる。
試しにいくつかの確認作業に落とし込んでみる。
そこそこのシナリオが書けたら、少しまとめてみる。
ようやく、「書き始める」というところにまでたどり着く。
・・・そこからさらに、より小さい領域で試行錯誤を繰り返していく。

っていうような週末を過ごしておりまして、
しかし、まだ週末だけでは終了させられなかった。
引き続き、ようやく概略骨子が固まったものの詳細部分に取りかかっております。
けっして嫌いな事柄ではないのだけれど、
さりとて大好きか、と言われれば、なんともいえない。
まことに複雑微妙な空気感のなかで、作業がまだ、続いていきそうです。
そういうなかでも、自分で決めているブログの更新時間も迫ってくる(笑)。
・・・どうしても、甘いものが欲しくなってきます(笑)。
写真は、最近食べたデザートのなかでも出色の美しさだったスイーツ。
あぁ、もう一回食べたいなぁ・・・。

被災地域の復興とは?

復興のための予算が、被災地本位では使われずに
全然関係のない(というのは市民の論理で、官僚的には筋は通っているのか?)
全国各地で使われているという報道があった。
自分自身もボランティア的に住宅復興の情報誌を発行していて
なんとも言えないもどかしさを感じざるを得ない。

一方で、否応なく全国・東京からの情報に多く触れるようになって
国というのはどのように意志決定してきていたのか、
そういう現実的な実態にも触れられるようになって来ている。
こういった状況を総合的に見てきて
やはり、国としてこの地域の「復興」に対して
どのように取り組もうと考えているのか、
その骨太な戦略性がまったく見えない、と言わざるを得ない。
単純に言えば「政治」の立ち遅れということなのだけれど、
国家運営の基本的な部分で、どうも全くの破綻状況であると言える。
そして震災から1年半以上経過して、
この三陸海岸地域は、どのような地域復興をめざすべきなのか、
そういう論議は一向に見えてこないのはどういうわけなのか?
国は判断も回避して、地域復興計画は
すべて地域自治体のお手並み拝見になっている。
そもそも自治体自体の存続も危ぶまれるような状況の中で
こういった態度は、責任放棄に等しいのではないだろうか。
先日の大槌町の町長さんの面談機会でも
土地制度のさまざまな法体系に準じた扱い方を
地域自治体として、いざ実行すると言うことの困難性を教えられたけれど、
やはりこういう実態からすると、
スピード感を持って復興するためには
広域的な地域戦略性が不可欠になってくる。
今回は、被災地域は多くの県にまたがっているのは自明なのだから、
そういったイニシアティブは国が取るしかなくて、
それも政治の側が関与していくしかないのだと思う。
そこがまったく機能不全に陥っている。
毎日の遺体処理、戸籍管理作業から、将来を見据えた地域戦略まで
地方自治体に、復興という名の事業すべて丸投げしているのが実態と言えるのです。
そうであるならば、地方に相当の権限委譲をしなければならないのに、
そういう権限は絶対に手放さない。
今回の住宅復興についても、「地域型住宅」ということがテーマになったけれど、
その地域型住宅について、地域からの応募を募っておいて
その「審査」は、当然のような顔をして東京・中央が仕切っている。
東京が管理して「地域型住宅」を決定するのなら、
その決定基準を明確に示すべきであるのに、決定から4カ月経つけれど、
その審査の経過すらまだ、開示されていない。

そのうえ、財政基盤としての復興予算が
当該地域以外で利用されているなど、もってのほかではないのか。
モラルハザードは甚だしく進行している。

<写真は大槌町で営業している仮設食堂店舗の内部>

Replan東北最新号vol.37 発売!

きのうは、ご存知のように北海道日本ハムファイターズが
無敗のまま、CSシリーズの勝ち上がりを決めてくれました。
ソフトバンク・摂津投手や本多選手のケガなど、
相手の不運もありましたが、やはり初回の中田クンのフェンス直撃の2塁打が
度肝を抜いた結果なのではないかと思いました。
おかげさまで、これで晴れて日本シリーズ出場であります。
チームとしては胴上げは自重して、
さっそく次の戦いに気持ちが切り替わっているようです。
まことに頼もしい限りであります。
さて、本日のブログはReplan東北の発売情報であります。

【特集】家の外観(ミタメ)
家づくりがスタートするとき、あなたなら何から考え始めますか?
「立地や環境」「今の住まいを参考にした間取り」
「家族のために必要な部屋数」「憧れのイメージやテイスト」
スタート地点は違っても、「素敵な家に住みたい!」という気持ちはみんな同じ。
だからこそ、「外観にもこだわりたい!」と思うのではないでしょうか。

今回は素敵な外観(ミタメ)を持つ家を取材。
独創的、個性的でありながらもどの住まいにも共通していたことは、
単に「変わった外観」を求めたのではなく、一つひとつに「なるほど」
と思えるような理由があるということ。

豊かでここちよい内部空間を持つ住まいは、
外観(ミタメ)も楽しく美しいのです。

Contents
●特集/家の外観(ミタメ)
●エリア企画 進化する 秋田の家
●最新の省エネ住宅特集
●NPO 住宅 110番
●TOHOKU ARCHITECT
 福島県「田園の家」前原 尚貴

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