
神社仏閣めぐりは、わたしの楽しみのひとつであります。
民俗のありようが、その地その地で表出しているような部分があって
そういったものを発見する度に、新鮮な驚きとおかしさがある。
こういう部分では、圧倒的に北海道以外の方が発見の喜びがあります。
どうしても北海道では、そこで暮らしている
ヤマト民族としての歴史記録性が希薄であるし、アイヌの人たちの
そういった部分というのは、まだ普遍的には解明されていない。
神社というのは、戦前の皇国史観や天皇制の弊害への忌避感から、
戦後社会としては、その面白さが十分に理解されていないと思います。
あ、この「天皇制の弊害」の再確認については末尾に記載します。
で、先日、カミさんと北海道苫小牧の近くの厚真町に
1100年代の奥州平泉政権の進出交易拠点遺跡探訪に行ってきた折、
やや立派な神社、厚真神社というまんまの神社に参詣。
特段の知識もなくふらりと立ち寄った次第であります。
参詣して、地元の方とおぼしき方がいたので、
この神社の来歴をうかがったのですが、
やはり明治以降で、北海道神宮の末社、まぁ支店だということ。
そういう意味では、明治の国家神道がゆかりの新しい神さま。
ということなので、あまり強い関心も憶えず、
それなりに(笑)、うやうやしく参詣したのでありますが、
ふと神さまの脇で番をしている狛犬さんに目が移ろって、唖然。
そうなんです、見ての通り、
この狛犬さん、どうやらメスで、かわいい子どもをなでている(笑)。
その様子がまことにユーモラスで、なんともおかしい。
全体としてマンガのようなキャラクター設定で、
作ったひとの感受性の楽しさが伝わってくるかのようであります。
しかも、母子狛犬という設定も、わたしは見たことがない。
まったく期待していなかった瞬間に、
驚くべき民俗的ツッコミが襲ってきた感がありまして、
まことに不意打ちのような、喜びでありました。
その喜びに、つい、お賽銭の額も一段階アップさせられた次第(笑)。
きのうのブログで、書き足りなかった点、追記です。
孫崎亨さんという元官僚の方の講演に対する感想について。
わたしは、いまのリベラル勢力や朝日新聞のような姿勢には
反対の意見を持っている人間ですが、
しかし同時に、戦前の天皇制の弊害に対して自覚的で
そこに慎重に努力してきた戦後社会を支持しているものです。
戦後70年間、天皇の政治的中立性は保守側も慎重に守ってきた。
そうであるのに、今日の安倍政権を非難したい一点で、
天皇の発言の一部を捉えて自説に我田引水している
本来リベラル側である孫崎亨さんの姿勢について、
そこまで、なんでもありなんですかと
強い違和感を感じ、異議を申し立てたいと考えた次第なのです。
言論人としての、そのあまりな視野狭窄に驚かされます。
まぁ、これが契機で自分の意見を自覚させられたという意味では
孫崎さんには感謝しなければならないかも知れませんが・・・。
Posted on 4月 23rd, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

昨日夕刻から、FBの知人から情報を教えられた
評論家・孫崎亨氏の講演会に行って参りました。
氏は、いわゆるリベラルの立場をとられている元外交官であり、
「戦後史の正体」という本を読んだ経験があります。
外交官的な現場臨場感は伝わってくる本だったので、面白く読みました。
いま現在のかれの発言内容については、かなり違和感は持っていましたが、
むしろ意見の異なる方の考え方も、きちんと聴いておきたいと
夕方6時からという微妙な時間でしたが、聴講して参りました。
まぁ、リベラルな立場からの言説なのですが、
そういった主張をされるのはご自由だと思います。
しかしもう少し冷静な分析に基づく言説を期待していたのですが、
分析がきわめて薄弱、不鮮明な「論拠」に基づいて
断片的に「決めつけて」、自説の主張を展開される手法には、
やはり残念ながら、強い違和感を持たざるを得ませんでした。
とくに冒頭から、今上天皇の発言を取り上げて、
かれは80歳の誕生日にこのように発言した、
その意味はこうだと、自説に我田引水的に利用して、
だから現政権は、天皇からも支持されていないと論旨展開する。
天皇も人間であり、ある主張を持たれる、判断を持つというのは
ごく自然なことであると思うけれど、
だからといって、日本は王制国家ではなく主権在民国家です。
主権者は国民であって、天皇ではない。
日本の現憲法では、天皇を政治的に利用することは、
厳しく禁じてきているのが戦後社会ではないか。
それも左派にとってはそれこそ天皇制自体、否定的な存在だと思う。
少なくとも言論人であれば、論理的な主張展開をこそすべきであって
根拠曖昧な天皇発言を利用するのは、それこそ危険だ。
リベラルな立場から主張展開するのに
いきなり天皇発言の利用という切り口はないだろうと思ってしまいました。
民主的な選挙によって選ばれながら、天皇に手紙を渡した
勘違いの議員とまったく同じ思考回路に立ち至っていると思います。
そして310万人の犠牲者を出した第2次世界大戦に触れ、
その当時の指導勢力と、現在の政権を
なんら論理的証明を果たすことなく、無造作に同一視して
まるですぐにでも現政権は戦争を始めるのだと決めつけていく。
これは冷静な社会分析、政治論ではなく
なにも知らないと勝手に決めつけた大衆に対して
論理ではなく感情レベルのプロパガンダを植え付ける行為だと思います。
講演会の末尾に、氏への「質問」を受け付けるアンケートがあったので
「自らの政治的主張への天皇の利用については
主権者たるわれわれとして、いかがなものでしょうか」
とわたしは書いて質問したのですが、40数枚の中から
幸い3番目に取り上げられました。それへの答は
「安倍政権の暴走を食い止めるためには、保守層へも訴求する必要がある。
そのために、保守層が信ずる存在を利用して訴求したかった」
と、答えていました。では、
保守層がもし、あなたのように天皇を利用したら、どうするのでしょうか?
当然にわたしたちが持つこの疑問に
このひとは、いったいどう答えていくのでしょうか?
安藤忠雄さんという上質のおいしいお酒を体験をした直後に
こんなまずい酒を飲まされてしまったという脱力感を抱いた次第です。
Posted on 4月 22nd, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

さて本日は、お知らせ中心のブログであります。
Replan東北 VOL.48 4月21日発売
2015年春夏号・A4版・定価500円(税込)
【特集】30代 共働き 子育て世代の家づくり
仕事に家事に育児に追われる忙しい毎日。それが「家」で変わるとしたら?
スムーズに動ける家事動線や、デッドスペースまで利用する適材適所の収納、
生活感を出さない仕掛けなど取り入れたいポイントがたくさんあります。
「仕事」も「家事」も「家族との時間」も充実した
ストレスフリーな暮らしを実現しましょう。
○case01 光と風を導き、家事動線にも効率的。
LDKと子ども部屋にある2つのサンルーム
○case02 動線と視線を巧みに組み合わせた
家族のデザインセンスが光る空間
○case03 どこか懐かしい趣の広い土間キッチン。
いつでも自然を感じられる家族が集まる場
○Extra 新築して10年。
今もすっきりと素敵に暮らす秘訣とは?
その他の Contents
●続・あこがれの平屋
●連載 いごこちの科学 NEXT ハウス1〈東京大学準教授・前 真之〉
●住まいのカタチ〈住宅実例集〉
●NPO住宅110番
●TOHOKU ARCHITECT
宮城県「瓦山の家」 佐藤 充
山形県「みはらしの丘の家」 秋葉 圭史
お求めはこちらからどうぞ。
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b2tou/t48/index.php”>
で、きのうの続篇。安藤建築と断熱についての話題、反応も出てきました。
北海道の建築家の山之内さんからコメントも来ていました。
たいへん貴重なご意見・コメントでしたので、紹介させていただきます。
・私も安藤講演会に魅了された一人です。三木さんの2度のブログ、
分析はさすがに素晴らしく、特にキーワードの抽出は
そのまま私もメモさせていただきました。
安藤建築は、「断熱の概念が当たり前すぎて見えないまたは見せない建築」
なのだと私は思います。建築家は極めて常識人ですから、
北海道につくる時は誰もが当たり前のように断熱の概念に取り組んでいる、
と私は考えています。(地域性を考えると必然的に)
実は30年前。安藤さん40代前半の頃、たぶん北海道で初めての講演会。
その時、技術をずいぶん語っていました。
特にコンクリート技術は、大学の授業並みでした。
北海道でコンクリート打放しをする場合は、断熱材を挟み込み
厚さ500mm程度の壁にする、と。
その後、南12条の渡辺淳一文学館で実践しています。
(現在、一周忌展示開催中。)
ということでした。不勉強で、これまで見てきておりません。
今度、件の建物、見学して来たいと思います。
その体験取材もここで発表していきたいと思います。しかし一方で、
安藤さんの建築と断熱について、やはりきちんと開示してもらって、
みんなで論議した方が良いのかも知れませんね。
芸術性のすばらしさを感受しリスペクトすると同時に、
やはりどんなものにも、限界性が必ずあると思う次第。
ことは北海道での建築だけの問題ではありません。
関東以西においても、無断熱RC空間に住むユーザーの生活ぶりは、
かなり過酷であると報告されているようです。
そのことをユーザーが受忍しているということとは別に
冬場夜間に大量のコンクリートに冷気が「蓄熱・蓄冷」された空間は、
強烈な熱環境とされています。
ただ、この多くの人のリスペクトを集めている「王様」に、
誰が鈴を付けに行くか、という問題なのでしょうか?
Posted on 4月 21st, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

先週は、実にさまざまな体験・経験をしてきた。
整理整頓していかなければならないのですが、
長い時間のかかる、骨の折れることがらもあり、
徐々に取り組んでいきたいといまは考えています。
きっとそういう時期というのは、人生の中で何度かあるのでしょう。
ブログで書けない内容がいちばん大きいのですが、
そういう部分については、じっくり熟成させるしかないと思っています。
で、書けることとしては、やはり安藤さんの講演のこと。
ほかにもたくさんのテーマがあるのですが、
多くのみなさんが関心を持たれている建築家であり、
しかし北海道の立場としては、氏の作る断熱という概念のない建築が
あまりにももてはやされるのでは、困ってしまう。
そういった矛盾をはらんだ建築家だと思ってきました。
そういう意味で、敬して近づかないというスタンスしかないかもと
思ってきていたのが実際だったように思います。
氏の建築作品はいくつか体験もしているけれど、
いわば建築とはやや違いのある芸術作品的に感受していた。
たぶん、そういう種類のとらえ方で、そう間違いはないでしょう。
建築には芸術の要素が深くあって、このような志向性も理解はできる。
しかし、人類が遺し続けていく資産たり得るものとしての建築で、
コモンセンスということもまた、深く大切であり重要だと思います。
一方で、講演の中で、
氏の若い頃の、自らの感受性に投資するかのようにして
世界の名建築を実際に体験してきたという姿勢は、共感を強く持ちます。
それこそ「命がけ」で、見て、体験してくる中でしか、
捉えられないだろう、建築の本然の姿というものはあるでしょう。
建築を学校で学ぶのではなく、
自らの感受性で体験し、それを考える基本に置いて学んでいく姿勢は
気迫を感じさせられて、人としてリスペクトできるし清々しいと思います。
そういう体験の積み重ねの中から、むしろ日本を知るということに至る。
日本人的な感受性のとらえ方で、建築を作られてきたのでしょう。
そのことは良く理解出来る。
またいまの日本の現状に対する強い危機意識も深く共感できる。
中国やアジアの多くの人々、若者たちが「やってやる」という強い思いを持って
現状から飛躍しようと挑戦し続けているのに対して、
日本の若者、学生は寝ているし、社会もひたすら他責的な傾向に侵されている。
そんな社会に未来はないと思い定めているのは、まさに同意できます。
不勉強で、氏の住宅断熱についての意見は聞いたことがありません。
たぶん、安藤さんにとって建物の「断熱」ということは、
住む人間が考えるべき事柄だ、とでも言い切ってしまうのかも知れません。
氏の住宅作品の中のひとつの紹介で、公園に隣接した建物の施主が、
公園の古い木を切って新しい木を植えて、
自分が生きていく環境を自己責任で獲得すべく行動した、
その行為の違法性を公共から指摘された事例のように
生きていくために自分の責任において断熱を考え、暖房機器を選択し、
自己責任で、空間を管理していくべきだと思われているのかも知れません。
断熱ということをそのように捉えられているのかも知れないと
そんな印象を持ちました。
たしかに自分の建ててもらう建築に対して、ひたすら他責的な姿勢というのは
同意しにくいけれど、さりとて、断熱は建築者が無関心で良いことでもない。
以上、氏の書かれた文章とか不勉強だったので、
あくまでも氏の講演でのことばを聴いた範囲で
そこで得られた情報範囲で、感受したことを書いた次第です。
Posted on 4月 20th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »


いろいろな事柄が同時進行していて
こころ的には多忙な毎日なのですが、不思議と落ち着きはある。
睡眠はたっぷりと取れているし、寝付きも良い。
きのうも、休日の1日、気になっていたひとを訪ねて
その様子を確認して、安心したりしていました。
なんですが、そんな時間を縫って、
歴史好きらしく、タイトルのような場所を探索して参りました。
上の写真は道央圏地域地図の現在と、「海進」状況であった1100年代頃を
想定しての比較であります。
その下に、比定地であるポイント図示を試みてみた次第。
現代の海岸線からは10km程度は奥まった内陸地点に存在していますが、
こういった「海進」状況を勘案してみると、
より実態状況の把握がしやすくなるのではないかと思います。
このように見る必要があるでしょうね。
下の写真は、比定地であるポイントの現在の外観図。
現在の地名で言うと、北海道厚真町宇隆という地域であります。

縄文以来、日本の地域特性として、
海岸線での漁撈と後背地のブナの森が定住をもたらしたことを考え合わせると
たぶん、現在小高い山のようになっている場所は
平坦地になっている当時の海面からやや浮き上がった
陸地と海との境界になっていたことが想像できます。
たぶん、そうした地形は「ミサキ」という古語の実感に近く、
神が宿るに違いない地形と認識されていたと思われます。
そういった場所に、ひとびとの参集する拠点などは設定されたに違いない。
このポイントにも、現在でも神社が置かれており、
ひとびとの口コミ伝承的な知識としても、
ある霊性、あるいは由緒因縁のエリア認識があったのではと思います。
当然、1100年代のころの人々も、そのような認識を共有し、
この場所に、特別な意味合いを見出していたのではないか。
平泉に独立政権を樹立していた、北方出自と自己認識していた
「奥州藤原氏権力」が、北海道の檫文時代のひとびとと、
自らは鉄製品・自在鉤に下げる鉄鍋を主な交易品として提供して、
檫文からアイヌ文化への生活文化革命を促進させていた。
この鉄製品は、津軽地方で一時期盛んに生産されていた記録が残っている。
一方で北方からは、藤原氏側に、タカの羽根やアザラシの皮革などが
ヤマトの都びとたちの「高級需要」を満たす交易産品として提供されていた。
同時に、藤原氏は仏教王国という建国理念から、この地に
「経塚」を納めた。高級陶磁器である常滑焼容器に、末法思想から
救済される仏教の教えを記した経文を
数十億年後のひとびとをも救済する手段として地中に埋蔵した。
そのタイムカプセルが「不時に」50年前に発掘され、
つい最近、その出自と背景が解明されつつある、ということなのです。
まだ、学会の定説として確定するかどうか
わたしにはわからないのですが、最近読んでいる弘前大学・斉藤利男先生の
最新著作で、日本史の画期的発見として紹介されています。
そこから、上記のような想像力を膨らませて、
ワクワクするような妄想世界に耽溺させられている次第なのであります。
さて、どのような人々がこの地で、どんな交流を果たしていたのか、
そして、頼朝による藤原氏殲滅戦争の余波は、
この地にどのように影響を与えたのか、
藤原氏が保護していた「義経」は、このような北方交易ルートと
まったく無縁であったのか、
妄想はどんどんと湧き出てきて、止めがたいのです(笑)。・・・
Posted on 4月 19th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

ここんところ、いろいろな人と会っていまして、
それぞれに真剣に向き合っていると、なかなか骨が折れます。
そんななかですが、建築に関連する人間として
不勉強ですが、安藤忠雄さんというのは一度もお会いしたことも
お話しを聞いたこともない方でした。
コンクリート打ち放しの建築を作っていること、
家の中で移動するのに、雨の日には傘を差してトイレに行くような
そういう家を建てて、世の中を驚かせてきたことなど、
ほぼ断片的な知識・情報しか持ち合わせていませんでした。
ただ、世界的に高名になるにつれて、
氏の姿勢の弊害があちこちで出てきていることについては
一定の情報も持っていたと思いますし、建築としては
トマムの水の教会とか、先日観た秋田県立美術館などの体験があります。
一度はきちんとご意見を聞いてみたいと思っていたら、たまたま今回
札幌で講演会があると言うことでしたので、聞いてきました。
どうしようかと考えたのですが、
地域の住宅メディアとしての取材という申し入れはしませんでした。
そういうことなので、講演について
写真撮影や動画記録などは主催者側から禁止されていて、
そのルールに従って、一般的な講演聴講として聞いてきました。
ただ、個人としてではあれ、取材者として聞いていたので、
記録メモは取りながら、話を聞いていたいと思って
途中までは、詳細にメモを取っていたのですが、
途中、セビリア万博日本館のくだりで、講演写真がストップしたあたりから
アドリブでの安藤さんの話の方が面白くなってしまって
記録は途切れ途切れになってしまいました。
お話しのテーマ自体はたいへんにわかりやすく、
地方が生き延びていくのは、そこに責任を持つ人間の力しかない
という至極、当たり前のことだったように思います。
パッションや、人間の体験力の鈍磨について危機感を持たれ
日本の現状に強い危惧を持たれている様は
まことに共感させられるものでした。
以下に講演でのいくつかのキーワードを上げてみます。
1 日本を知る
2 考える力
3 組織力
4 発想力・持続力
5 総動員する
6 美意識を高めていく
建築家らしく、北海道という地域の生き残りには
この地域が持っている独自の美を、地域の人間が正しく捉え
それを活かして、世界に対して情報発信していく努力を重ねろ、
というようなメッセージが伝わってきたように感じました。
最後に近いあたりで、
いま、真駒内の墓地での仕事についての紹介がありました。
この墓地は、モアイ像が並べられたりしている墓地として
地域では「微妙な」立ち位置にある施設なのですが、
そこにある奈良にある大仏の等身大コピー大仏を
それまで露出させていたものを、
「土をかぶせて埋めましょう」と安藤さんは提案したのだそうです。
たぶん、安藤さんの力はここなんだろうなと思われました。
土で埋めて、アタマだけ地表に出す。
くりぬいた土の山を造作して、仏像部分だけはそのまま空気にさらす。
冬には雪が仏体を埋め込んでしまうかも知れない。
その北海道らしいありようの光景を、山の麓からトンネルを通って
ずっと足下だけを見させようやく仏体にめぐり会ったときには、
下から「仰ぎ見る」ように見上げる。
そういった「体験」を企画立案し、なお、実現できるように
そのプロジェクトが完成できるように、人を集め、知識を集め、
それこそ地域を「総動員」して、地域にパワーを付加していく。・・・
たぶん、安藤さんの「地域」へのメッセージは、
そういったあたりにあるのだろうなと、
面白く、また強い共感を持って聴いておりました。
Posted on 4月 18th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

ということで、きのうからの続きであります。
工務店グループ・アース21例会での会員間意見交換会の様子2です。
なんですが、わたしの気まぐれでタイトルは微妙に変化した(笑)。
このタイトル、しばらく忘れていたのであります。
以前、こういう似たようなタイトルのメーリングリストをやっていた。
けっこう、みなさんのウケが良かったのを忘れていた。
まぁこれも、寄る年波の影響が大きいわけですが(笑)・・・。
きのうのアクセスはふたたび上昇傾向顕著でして
こんな「共感を呼ぶ」テーマにはみなさん、興味津々なようであります。
では、ランダムに出てきた悩み、つぶやき、愚痴その他たくさんを・・・。
「厚生年金とか、未加入でやってきたけれど、
加入しろという圧力が強まってきている。しかし、いまさら・・・とも思って・・・」
「次の人に会社は譲っているのだけれど、会社の方向性について
十分に定められていないと感じている。その部分は自分がやらねばと
思っているけれど、迷いが多い。
住宅についての国の方針というのが出てきて・・・」
「設備についてあれこれ考えさせられるように国は言ってくるけれど、
ハッキリ言って、ユーザーの幸せとは無関係だと思う」
「国が、やれ省CO2だとか、省エネだとかと誘導してくるけれど、
そういうのは、うまく利用すれば良いだけだと思う。断熱外皮重視で
ぶれずに作って行くのが正解だと思う。」
「仕事の受注状況はかんばしくはない、けれど、一方で人もいない。
事業承継では、娘がやりたいようなので、娘でもやっていける工務店
という路線で考えていきたいと思っている」
「すばらしい。今の時代、男性の草食化が激しく、活力を感じない。
一方で、女の人のバイタリティには脱帽させられる。
現場でも、大工さんたちも女子の言うことをよく聞いてくれるように思う」
「住宅づくり、注文住宅づくりはディテールでは圧倒的に女子力の世界。
顧客との関係性でも、その方向は正しいのではないかと思う。」
「住宅新築の需要は確実に減少していくだろうけれど、一方で
老健施設については、木造での需要がきわめて強い。」
「コンクリート製の老健施設では、人間性が疎外され人間関係も難しいけど、
木造だと、そういうストレスが少ないのだと思う」
「北海道内の地方では、こういった老健施設入居を首都圏などの高齢者に
アピールしていくのが面白いのではないか」
「十勝の上士幌は、若い世代の中学校までの医療費を無料にしている。
それが契機になって、人口増、若い世代が増えているのだそうだ」
「そうだ、税金はそういうようにタネ銭的に使っていくのが正しい」
「移住という契機を利用して、首都圏での人間疎外の暮らしから
地方での楽しい老健施設での逆転人生を提案するのもいいのではないか」
・・・最初は「いま、困っていること」という暗いテーマでの話し合いでしたが、
さすがに激動の昭和・平成を生きてきた60代。
最後の方ではすっかりアジテーション大会の様相を見せてきて
まさに談論風発、あいつの政策が悪い、
いや政策以前に、不倫問題などあきれてものも言えない議員だなど、
格調高く論議が活発化していき、ほぼ収拾不能の状態に突入(笑)。
やはり人間、怒りを持って社会正義を実現する目的意識が
正しい生き方を呼び起こすのだと、深く実感させられました。
60代からの本音、いかがでしょうか?
<写真は無関係。網走の北方民族資料館でのワンカット。
しかしなんとなく怒れる中高年オヤジに似合っている??(笑)>
Posted on 4月 17th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

きのうの工務店グループ・アース21総会後の
「グループ討議」の様子。
「いま、困っていること」というテーマでの話し合いでした。
テーマ設定自体がまことに直接的で、話し合うことの意味合いは深い。
話し合いは前後2回に分かれていて、
1回目は「年代別」での話し合い。
わたしは63歳なので、60代以上グループに参加。
なんですが、みんなから「ホント、60歳以上なのかい」と
見た目とのギャップを指摘されていました(笑)。
申し訳ありません、若めに見えすぎるオーバー60ということで、
奇異の目にさらされ続けておりました(笑)。
以下、さまざまな意見・発言がランダムにありました。
「人手不足もあるし、経営の意欲も低下してきた。
たまたま公共事業の指定業者資格もあり
そこに他社から経営譲渡の申し入れもあって会社を譲渡した」
「全般的に高齢化してきていることが、経営的に問題になってきている」
「仕事上で直接困っていることはあまりないけれど、
なかなか後継者を決めることができずにいる。」
「なかなか会社にお金を貯めることができず、
50で辞めたかったけれど叶わず、60で辞めたかったけれどできず、
いまは75歳でなんとか辞めたいと考えている」
「仕事を辞めたら、自分は山の中に1軒家を建ててサカナ釣って
畑を作るような暮らしを夢見ていたけれど、
カミさんからは街中の方が良いと言われて、夢が破れつつある」
「みなさんのように仕事的に順調とは言えない。仕事が途切れていて
これまでのように顧客を獲得できずに、悩み、落ち込んできている。」
「渾身の力で提案してもお客様から受け入れられず、
もう自分の家づくりの考え方は通じないのではないかと
ややうつのような心情になってきている」
「提案要素と、柔軟に受け入れる要素のバランスが大切でないか。」
「顧客からは、年齢的に自分たちとは開きがあるので、
ずっとお付き合いしますと言われてと、引かれてしまう・・・」
「そういった部分については、グループ内で協同化というような方向も必要」
「自分には趣味らしい趣味もなく、働くことしかできない。
継続して働けるようにするにはどうしたらいいか、考えている」
「工務店の資産は、経営者が作ってきた家と建て主さんとの人間関係。
そういう目に見えない資産を、見える化して継承を考える必要がある」
などなど、たくさんの発言があり、
まことに身につまされる部分ばかりで、共感を持ちました。
しかし、いろいろな悩み事について、お互いに気遣って
アドバイスとも言えないけれど、いろいろな考え方を話し合いする中で
少し開かれた考え方が見えてきたりもしていました。
たぶん、そういう部分が話し合うことの意味、いや、
高齢者の「智恵」の部分なのだろうなと感じた次第です。
あしたは、また違う意見に基づいたテーマ展開を続けていきます。
Posted on 4月 16th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

きのうは北海道の工務店グループ・アース21の
年に1度の総会に出席。
写真は、講演中のパッシブハウスジャパンの松尾さん。
主に健康と住宅性能という視点から、日本の住宅の問題点を
開示していただき、温暖地における住宅意識の啓蒙について
興味深い講演を聞くことができました。
松尾さんは、全国で講演されることが多いのですが、
わたし自身は旧知の方ですが、お話しを聞くのは初めてでしたので
ご意見をしっかり聞くことが出来てまことに有意義でした。
その後、懇親会では先日のドイツ国交省住宅政策担当官を招いての
国際セミナーで司会役を務められていた
北海道建築指導センターの山田理事長と、意見交換。
山田さんも、年に1度の総会には来賓として
あいさつされていた次第であります。
国際セミナーでは、ややもすれば誇大的に受け取られている
ドイツの住宅施策について、その実態も正直に開示されていて
いわば「等身大の交流」を先方も望んでいる実情も見えて
地域としての北海道の立ち位置についての
あたらしい想像力も垣間見えていました。
そうした流れを踏まえて、セミナーを起点とした
「北海道ードイツ」の住宅技術交流について
突っ込んだ意見交換をすることができました。
わたしどもの方でも、ようやく同時通訳の文章化のメドが立ってきたので
各方面と連携しながら、いろいろな可能性を掘り起こしていく
ひとつのきっかけにして行きたいと思っております。
その後、多くのみなさんと活発な意見交換、情報交流。
やはり、北海道でもフロントランナーといえるみなさんとの交流は
多くの気付きをもたらせてくれます。
もちろん、松尾さんとも楽しく意見交換しておりましたが、
なんと、氏はお酒がまったくダメということ。
でも、そういったことはまったく感じないほどリラックスした雰囲気で
貴重なお話しを聞くことが出来ました。
さて、本日は引き続き総会2日目の日程であります。
札幌市内での総会開催ですが、
わたしも会場のホテルに宿泊して参加しております。
札幌人なのに、札幌のホテルに泊まるというのはなんか、
お尻が落ち着かない感じではありますが、
取材、情報交換に努めていきたいと思います。
Posted on 4月 15th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

沖縄にいる娘から、久しぶりのLINEの便り。
まだサクラも咲いていない北海道の父母に
「今年最初の花火大会だよ」と知らせてきた次第。
人類が言葉をコミュニケーション手段として活用してから
紙に情報を書きしるしての手紙での交流の歴史は
郵便制度が始まって以来として考えて、日本で約150年くらい。
それ以前の飛脚による情報交換って、
たぶん、一般民衆には生活文化として存在しなかっただろうけれど
それも計算に入れて遡ってみても、しかし300年くらいでしょう。
そう考えると、コミュニケーション手段が、ITに置き換わってきた時代に
わたしたちはいま、過ごしていて、
こんなふうに情報交流できるようになったことは、
大変喜ばしく、また、もっと進化し続けていくのでしょうね。
手紙というような形式に囚われることは、たぶん、なくなっていくのでしょう。
変化は不変ということの方が確からしい、・・・しかし。
写真を見ていて、
高校の頃の友人の「現代の散華」という「現代詩」を思い出した。
学生運動華やかな時代で、わたしたちの高校で
扇動者・オルガナイザーをやっていたヤツがいて、
父母とも前衛芸術家という家庭環境でもあり、
学生運動もそのような芸術家としての素質の発露と見ていたが、
案の定、バリケード封鎖している学内の壁一面に
ある日、「現代の散華」という「現代詩」を書き殴って、出奔した。
その「壁新聞」のようなメッセージは、運動指導部からさっそく
ペンキで完璧に塗りつぶされてしまった。
でもそれはまさに、わたしたち友人たちへの「あばよ」という
「置き手紙」のようで、中身はもう憶えていないけれど、
強烈な印象は少年の日の記憶に深く残った。・・・
学生運動からの明瞭な逃亡宣言だったのだけれど、
ある種、「おお、ついにやったか」というような気分で、
そのことを受け入れたような気がしていました。
その上、かれの父母は駆け落ちして結ばれていたのだそうで、
かれもまた、高校生ながら、女子のある同級生と駆け落ち逃亡した・・・。
きっと、なにかのトラウマのように追体験してみたのか。
人はいろいろなしがらみのなかで、もがくように行動するけれど、
結局、ヤワな内面を抱えて、行き詰まってしまうこともある。
そういうことに、むしろ、強い共感にも似た心情を持っていたことに
最近になって、深く気付かされている・・・。
しょがないヤツだけれど、愛すべきヤツでもあった、みたいな。
なんか、ヘンなブログになってしまった(笑)。
単にたのしい花火の写真からの不埒な妄想であります、お許しください。
Posted on 4月 14th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: こちら発行人です | No Comments »