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【築96年北海道愛別の古民家・粋人館本館】



北海道では開拓がある程度進んだ時期、各地で経済的に成功した
人士たちによって、豪邸が営まれたようです。
この愛別でも、米穀雑貨、味噌麹製造業で財を成した「上西」さんが、
現在「粋人館」として生まれ変わったお屋敷を大正11年・1922年に建てた。
ちなみに愛別町の人口は当時がおおむね6,000人で現在は3,000人弱。
北海道全域では人口250万前後から現在は550万前後。
右肩上がりに人口が増えていく時代で、札幌集中のような傾向はなく、
いわば拡散的に日本の総人口も右肩上がりだと思われていた時代。
生めや増やせや、というような「国民国家」成長の時代だったのでしょう。
上川百万石というような言葉が人口に膾炙された。
折から1918年には「米騒動」という全国的な騒擾が歴史的に確認できる。
〜肉や魚などの摂取が少なかった当時、
日本人の食生活は穀物類が主体だった。特に肉体労働者は
激務のため1日に1升(1.8リットル)もの米を消費したといい、
米価の高騰は家計を圧迫し人々の生活を困窮させていた。 〜
というような記述がWikipediaに確認できる。
北海道はとくに開拓の余地がまだまだあり、基本食料としてのコメを
主要扱い商品とした上西さんは、現代の農協のような役割を果たしながら、
経済的富を集中的に実現しただろうことが容易に推測されます。
北海道に残る「古民家」では、こういった成功者の住宅事例が多い。
北海道西海岸や函館地方では、漁業による収奪型経済成功者が
たくさんの「豪邸」を建てている事実がある。
内陸、上川盆地の愛別では、こういった成功の形があったのでしょうね。

今回のこの建築再生事例については、
まだきちんと「取材」出来ているわけではありませんが、非常に興味深く、
写真撮影などの基礎的な記録はいくつか収めてきた。
断片的な口述情報をふまえて気付いたことを何回か書き残したい。
写真は、この上西邸の旧宅部分の様子です。
玄関はやや角度が振られて造作されていた。
この「間取り」が原設計通りであるかどうかは未確認です。
今回のリノベ工事では、未確認ですが店舗の方は永田正彦さんという
京都の設計者が関わっているようにパンフに表記されています。
写真左手には木骨レンガ造とおぼしき「蔵」があって、どうも構造としては
やや分離的な建て方をしているようです。
2枚目の写真はその蔵の内部の様子。白くペイントされて
展示室的な使用を考慮した空間に仕上げられています。
きのうご紹介した2階の座敷2室を持つ開放的な和風建築空間と
階段を挟んで、この煉瓦蔵が混構造のように連結されています。
この煉瓦蔵と玄関ホール・廊下を介して対面側には
洋間がしつらえられている。出窓風の造作原型から想像してみると、
廊下を挟んだ反対側の和風建築とは対照的な洋風の意図がうかがえる。
開口部に対して壁の面積が大きく、大壁デザインが意識されている。
一方の和風空間の方は、丹精された庭に対して縁側を介して開放的。
ひとつの建築の中でこの両方のデザインを両立させている。
この時代の旧家で特徴的な和洋折衷的内装デザインだと思います。
多くの庶民が田舎では茅葺き、都市では木造賃貸の長屋住まいであった時代、
「見たこともない豪邸」として、わかりやすい「成功者の邸宅」だったのでしょう。
こうした建築が街の駅前に存在し、富でもって睥睨するかのようだった。
建築が権力とか経済とかと短距離的に結びついて存在していたことが知れる。
そうした残照がはるかに香り立つかのようで、興味を強く掻き立てられます。
〜この項、明日以降にも続きます。

【世界に羽ばたく(かもしれない) 愛別「粋人館」へ】


帰省中の息子とカミさん家族3人での遠出であります。
息子は大学の友人たちと北海道各地探訪の旅をしてきて、
その途次で、旭川から1時間くらい離れた上川郡・愛別町でキャンプした。
そのとき、町場で晩メシを食べようとして、目に付いた「そば屋」さんを
友人たちと訪れたというのです。
「メッチャ建物が立派だった」と興奮気味に話していた。
なんでも東京銀座や神楽坂にも店を持つオーナーが出店しているという。
「?、なになに」という次第であります。
北海道は広いので、いろいろな建物は建っているでしょうが、
経済合理性から考えて、失礼ながら愛別でそういう店舗があっても
なかなか維持していくのは難しいだろうと推測される。
そんな興味を夫婦とも抱いて、久しぶりの家族水入らずの遠出で
その店を探訪してみたいと、やってきた次第であります。

種明かしは、容易に知れた。
開店が11時ということで出掛けたら、到着は30分前以上。
やや時間つぶしはしていたけれど、ちょっと早めにお店にうかがったら、
件のオーナーさんと、その親御さんと庭先・駐車場で顔を合わせた。
で、さっそく「取材」開始であります。
こういう好奇心はわが家夫婦とも積極的であります。
二言三言交わすうちに、オーナーさんは東京銀座で「サロン・ド慎太郎」という
ニューハーフのサロンを経営されている方とのこと。
で、愛別町が出身で、お父さんは愛別町長も務められた方。
そういうなかで愛別町の中心街で洋館と日本庭園の旧商家を入手され、
それを改修して「蕎麦割烹」としてオープンさせたのだということ。
オーナーは京都に遊学されてから、ニューハーフとして花柳界にデビューされ、
大阪北新地で売れっ子になり、24才で独立後大阪で「サロン・ド慎太郎」を開業。
東京銀座にも進出されたという事業魂の塊のような方。
パンフをみたら「世界に羽ばたく(かもしれない)銀座・慎太郎グループ」
と記載されユーモアのセンスはまことに秀逸。あ、タイトルはパクリです(笑)。
さすがに会話が機知に富んでいて、また文化全般、勉強されていることも
自ずと明らかな話題の豊富さ、回転の速さです。
わたしとしては建築の興味で、この旧家のリニューアルと店舗デザインに
興味を強く持った次第。
「もちろん、毎月赤字です」とキッパリサッパリと話される(笑)。
しかし北海道人としては、こういう「投資」を地方にしていただけるのは、
たいへんありがたいし、強い親近感も持たされます。
「やべ・しんたろう」といまの総理の父親と音が一字違いという話題も、
なんかどっかで聞いたことがあるような気もします。

「父にこの建物の購入話がきたとき、あんまり値切っちゃだめよ、と言いました」
というように、見学させていただいた旧屋はすばらしいたたずまい。
2階の奥座敷からはすばらしく丹精された日本庭園。
また、生け花も、金沢から来られた華道家が生けられていました。
床の間と壁側の生け花と器の取り合わせは、まことに芸術的。
とくに虫が葉を食ったフキを1本、それも剣山ナシで生けられる器で
すっくと立てさせている様には、驚かされました。
こういう自然造形を装飾的美に仕立てる力量と審美眼は目を見張らされます。
「みんな面白がって、クルクル回したりするんです(笑)」と
華道家の方から説明されましたが、
こういう「奥行き」は、これからの北海道が育てていかなければならない部分。
応援の気持ちを込めて、一番高いメニューのランチ、1,300円相当を
奮発して、いただいてきました(笑)。
天ぷらは地元のマイタケが見事な肉厚でまことにジューシーな味わい。
「粋人館」電話01658-6-5077
愛別・粋人館

【ススキノ深夜の落とし物、翌朝全部本人に戻る!】

さてお盆休暇で、東京の大学に通う坊主が帰省中。
夏休みを利用して、来道中の大学の友人たちとあちこち出掛けている。
わたしも身に覚えのある若い時代の特権的行動(笑)。
でもまぁ、若い人たちには失敗も多く発生する。

一昨日深夜、家内が騒がしいなと思っていたら、
ススキノでお酒を飲んで酔いつぶれた友人を伴って坊主が帰宅してきた。
どうやら飲んでいて、友人が連日の道内行脚でかなりの疲れっぷりなので、
きちんと寝かせないとと判断してわが家に連れてきたという。
まぁ判断としては賢明で、一晩わが家で寝かせてあげた。
で、翌朝、朝食を食べさせながら話を聞いていたら、
「ススキノで財布や学生証、スマホ、カード類などを全部落としてしまった」
おいおい、であります。現代生活ではほぼ貴重品・必需品全部相当。
夕方の便で飛行機を予約してあって埼玉県の実家まで帰る予定とのこと。
で、取り急ぎ身の回りを再確認させたら、失くしたと言っていた
スマホだけはベッドの脇から息子が発見できた。
話していると、理路整然と自己認識を整理整頓出来る優秀な若者で
自分がいま置かれている状況に対して、冷静に対応できている様子。
こういうとき、パニック的になってしまうのが一番ヤバい。
帰還のためのチケットを確保する方法は確認済みということで、
最低限、その点はなんとかなるということ。
落ち着かせる意味もあって、いろいろな事を聞いていたら
息子と同じ「さくらさくらんぼ」保育の創始者、斉藤公子先生の保育園卒園者。
まぁ息子は札幌でこの保育方針に賛同し導入した保育園出身で、
かれは埼玉県の斉藤公子先生の本拠保育園卒園なのですが、
この保育方針や、そこで学んだことなどで話は盛り上がっていました。
けっこうピンチな状況の中ですが、きちんとこういう話ができることに感心した。
で、落ち着いて前日の状況を再構築して整理して
「どこで落としたか」を推理しながら探索。対処行動方針を話し合って確認した。
まずは警察に届けを出してから、カードなどへの対応その他をアドバイスした。
で、わが家からクルマで十数分のススキノ中心街、ススキノ交番にわたしが送って
若い二人で事態に当たることとして、わたしは推移を見守ることにしました。
送って行った車中でイマドキの若い世代、けっこう世界のあちこちに行っていて
友だちが中東でカードを紛失して使用され数十万被害があったなどのエピソードも。
こういうのもカード会社の保険で対処され、持ち主は適切に対処すれば
最悪の事態は回避されるという経験知は、しっかり持っている様子です。
父親世代としては、若い世代の肌感覚も伝わってきて有意義。

で、数時間後、坊主とお墓参りのために合流したら、
「落とし物、全部、届いていた!」と話してくれた。
なんでも、ススキの交番で事情を説明していたら、落とし物の管理箇所に
かれの落とし物は全部一式で届いていたということ。
ただし昨日は土曜日だったので、かれの帰還飛行機時間までには
返還は間に合わないけれど、別途送付の手続きをお願いして
後日、埼玉県の自宅まで郵送していただけることになったということ。
おお、であります。まぁ確かに日本はこういった面で治安がよく、
社会としての倫理観が非常に高いということはよく聞くけれど、
しかしお酒に酔っ払って、ほとんど初めてのお店探訪中に紛失したモノが
無傷で所有者に返還されるなど、あり得ない、驚異的だと思います。
身近でこういう事態に遭遇してみて、日本はまことに素晴らしい社会だと痛感する。
さらに北海道人として、若いかれのようなひとに北海道に対して
悪い印象を持たれなかったことが無上にうれしかった。
こういう社会の持つ力が、次の世代にもしっかり引き継がれて欲しいですね。

<写真は古民家の「命の水」ですが、エピソードとは無関係(笑)>

【Wall Street JournalをWEB購読開始】

アメリカでは「地方新聞」が主体で、全国紙という存在はほぼない。
よく日本の全国紙並みに「ワシントンポスト」とか、「ニューヨークタイムス」を
記事引用することがあるけれど、それらの影響力は限定的だといえる。
そう考えると日本の「宅配」メディアというのは、世界的にはガラパゴス的存在。
発行部数的にも、人口対比で考えれば日本の新聞メディアは異様。
インターネット情報時代になってメディアはアメリカでとくに大変厳しい状況。
2000年に全国の新聞全体で5,580万部といわれていたものが、
2017年度では3,100万部にまで減少しているということ。

そういうなかで、Wall Street Journalは「影響力の強さ」という意味で
WEB時代になってもさらにその「強さ」を高めている。
インターネット時代になってわたし自身、日本の新聞メディアばかりでなく、
海外のメディアに接することができるようになったことが、
一番変化したことだと思っています。
なかでもこの「Wall Street Journal」は、日刊の経済ニュースメディアながら、
その記事の分析力には舌を巻く部分がある。考えてみれば政治家のああだこうだが、
世の中の動きを正しく反映しているとはならないのは自明。
むしろ、命の次に大切なお金、経済の分析こそが真実に肉薄する。
そういう意味で世界がどの方向に向かっていくかについて
冷徹なお金の動向から見ることがやはり正鵠を穿っている。
これまで、チョコチョコとヘッドラインなどを読んでいました。
一時期はなぜか、回避方法があって無料でWEB閲覧できていた。
たぶん宣伝の意味で日本法人が行っていたのだと思いますが、
最近、日本のトップが交代したようで、さすがに無料閲覧はキャンセルされていた。
「どうしようかなぁ、う〜む」と思っていましたが、
先日ついにWEB版を購入購読することにいたしました。
当面3カ月間100円で、その後は月額3,000円弱という金額。
まぁ日本の新聞メディアと比べれば、それでも1,000円くらいは安い。
でも、買いたいと思えるメディアに久しぶりに出会ったという次第。

インターネット時代になってわたしが一番最初にやめたのが新聞購入。
特定の新聞にばかり接しているとやはり情報力として問題がある。
北海道にいると、地元新聞か朝日・読売・日経か、ということになる。
こういったメディアについてはほぼWEB版のヘッドラインで問題はない。
結局、WEBで情報摂取することになって
ユーザー側からすると多数のニュースメディアWEB閲覧で選択肢が広がった。
実際、わたしは北海道では購読できなかった産経を含めて
日経・朝日・読売などをWEBで幅広く読み続けています。
朝日新聞の最近の異常ぶりは、こういった現実のユーザー動向に対しての
「既成情報権力」としての「保守反動」的な動きに見えて仕方がない。
最近の若者意識では、保守という概念が大きく変わって
共産党がいちばんの「保守」であるという意見があるそうで、
いわゆる左右対立イデオロギー構造そのものに異議申し立てが高まっている。
政治は、基底としての経済動向への反応・対応であるという
きわめて当たり前の価値認識が大きく広がっているように思います。
「宰をふるう」という政治の原点を、メディアに先駆けてユーザーが正しく見始めている。

【WEB広告技術の詐欺悪用と社会倫理向上】


最近WEBチェックしていたら、上の写真のような画面動作がみられた。
とっさにこれは詐欺動作とは見抜けたけれど、
念のためにどういうWEB仕様でこうなるのか、調べてみました。
そうしたらこれは「WEB広告」の一種を活用した詐欺サイトのようで、
マウスをその広告画面に思いがけず一定時間置いていただけでも
画面アクションが始まるようにプログラミングされた「広告手法」だという。

下の写真はアメリカのCNNのWEBサイトをブラウジングしていたら
下の方に見掛けられた「注意書き」。
こういったWEB技術情報について専門家ではないけれど、
それらの進化速度は大変速いので、悪用するケースは後を絶たないのでしょう。
クルマ社会が最初に圧倒的に訪れたアメリカでは
そもそも「交通ルール」の人々への徹底すら追いつかず、
事故やルール違反が社会的大問題になって、それらに踏まえて
公共財的社会システムとして「交通ルール」が定まってきたとされます。
WEBについても、ここまで浸透してくれば逆戻りは不可能なので、
なんとか世界標準的な「ルール」が定まっていかなければならない。
不勉強なのでそういったルールの規定主体の現状でのあるなしや、
そもそもそういうことについての「管理主体」というものを認めていいのかどうかも
一般利用者であるわたしとしてもよくわかっていない。
そういう「規制主体」を認めれば認めたで、
中国社会のような、独裁政権・国家社会主義によるコントロールを
なかば認めてしまう方向になってしまいかねない。
すべてが検閲下にあって、WEBでの発言はすべて当局が規制しているかの社会の
異常性はいま、あきらかになってきている。
トランプ政権、いや民主党支持者も含めたアメリカ社会の総意としての
いまの中国への貿易戦争仕掛けは、こういった中国社会「発展」の異常性が
誰の目にも明らかになってきたことが背景にあるのだと思う。

写真のような広告も、ユーザー側としては、
「あ、ルール無視の暴走車だな」としての危険回避行動を取るしかない。
そうした認識を社会全体の知恵として
共有するような方向でしか、解決の道はないのかも知れませんね。
しっかし、うざい(笑)。

【本人同意なく「社長」食堂プロジェクト始動(笑)】


お盆休暇を前に各種の企画進行が全開であります。
ということで、スタッフの動きが非常に活発化してきているので、
ここで栄養補給。恒例のランチミーティングであります。

最近の「働き方改革」というのは非常にすばらしいと思っています。
そういう考え方を実践していくのに、中小企業としてのわが社の場合、
ちょうど職住一体型の事務所に変わったことも踏まえて
スタッフのための「社食」という環境にも取り組んでみたい。
・・・というのは一応の「建て前」でして、要するに
クッキングパパならぬ、クッキング社長として売り出したい(笑)。
仕事ではあんまり戦力にはなっていない罪滅ぼしに、
下手の横好きだけれど、せめても料理をふるまって喜んでもらいたいという次第。
まぁそんなことから、定期的にこうしたランチミーティングで
手料理を食べてもらう機会を開催しているのです。
現在札幌のスタッフは総勢で20人くらいになっているので、
こういう企画をすると、当然ですがその人数分作らなければならない。
きのうのメニューは、具だくさん焼きそばメインに、
鶏肉のショウガ焼き、乱切りの一夜漬けというものでしたが、
やはり20人前というのは、なかなかなかなか、であります。
焼きそばの方は前日仕込みは出来ませんが、一夜漬けは昨日のうちに
全部作り終えておいたし、鶏肉も蒸し焼き風に焼くだけの状態にはしておいた。
そういった事前準備は済ませていたのですが、
12時開始の1時間半前から調理スタートさせても、
やはり料理の仕上がりは15分くらいは遅れてしまった。
さすがに20人前というのは、時間がかかりますね。
具だくさん焼きそばの場合、わたしはもやしを中心に、ゴボウ・ニンジン、
ピーマン、エノキダケ、シメジなどを先に炒めておいてから、
焼きそばを焼いていく。そして仕上げにエビとイカを蒸し焼きしてトッピングする。
全行程がおおまかにも3段階はあるのですね。その上、
一回に調理可能なのは5−6人前が限度なので、4回くらいの反復が必要なんです。
その間の中間貯蔵場所、容器なども確保しながら料理していくので、
事前段取りの整理整頓が非常に大事になってくる。
・・・というようなあれこれ作業が、まぁ楽しいと言える次第です(笑)。

で、ようやく出来上がって食べてもらっていましたが
気がついたら「社長食堂、9月より企画進行スタート」という運びになっていた。
なにやら嵌められた感も否めないのですが(笑)、
来月から週にいっぺんのペースで、少人数5−6人くらいずつ、
ランチを作って行くことになり、その様子もWEBで動画配信したいとまで
話が勝手に大盛り上がりしてしまっていた。
さすがに作り手としては「う〜〜む」と考え込むところですが、
まぁしょがない、前向きにとらえて頑張ろうと自分で背中を押しています(笑)。
これは料理研究、もっと探究を進めなければ・・・。

【立秋すぎのサッポロ 朝晩の気温低下】

きのうは東京、関東では台風接近の影響で、なのか、
最高気温が22度というようにアナウンスされていましたが、
ちょうど「立秋」でもあり、季節が大きく移っていくターニングポイントなのか。

ほんのちょっと、蒸暑っぽい夏があった札幌ですが、
ここ数日はまたまた涼感あふれる気候に。
わたしの日課の散歩でも、半袖では薄ら寒く、軽くジャケットを
羽織って出掛けるような気温の状況であります。
けさもいつもどおり散歩〜買い物に出たのですが、肌寒いほどの気温。
思わずクルマの外気温で確認したらごらんのように19度。
きょうは8月上旬、もう8日ですからひょっとすると、
もう暑さはあの程度で終了で、一気に冷涼な秋がやってくるのかも。
だいたい旧盆を過ぎれば例年一気に気温が下がっていくのですが、
朝の気温だけ見ると、もう「立秋」そのものの感じがします。
炎暑に見舞われ続けている東海以西のみなさんには恐縮ですが
もうちょっとは暑い日が欲しいと希望します。

しかしことしの夏は、まことに異常な感じがしますね。
世界的にも高温状態が頻出しているそうですが、
先日発表された衛星からの「地表温」では50度超の地域が
日本列島、都市部では異常に多くなっていた。
やはり「アスファルト路面」の日射取得・蓄熱効果が、
高温状況に著しく背乗り的な効果をもたらせていると明示されていた。
都市の温暖化対策とでもいうべき施策が講じられなければならなくなってきた。
住宅内のことは高断熱化でいろいろに解決する方向性はあるし、
いろいろな手法開発、広報活動もあるけれど、
この都市温暖化ストップ対策って、その影響の大きさに対して
対応すべき主役がなかなか見当たらないという側面がある。
ちょうどオリンピックがこの時期開催なので、
いろいろなオピニオンが出てきていますが、これまでこの問題には
声がほとんど出てこなかったことからすると大きな進歩。
路面の温度上昇を抑える技術、みたいなアナウンスもありましたが、
いろいろな技術が開発されて欲しいと思います。
住宅での断熱技術が、連動して役立っていく局面もあるかも知れませんね。

【DNA的体験と想像できる遊動型・住空間】


きのう地域性と普遍性というように現代住宅のテーマをまとめましたが、
ここのところ住宅の起源という探究を続けてきていると、
むしろ定住ではない暮らしの方が、人間の本然ではないかとも思えます。
人類が狩猟採集に適合した身体的進化、体毛がほぼなくなって、
熱中症になるまで獲物を追いかけ回して、熱中症で倒れそうになったときに
石器を利用して獲物にトドメを刺すという「肉食」主体の捕食・生業に転換してから、
それまでの疎林のなかの樹上生活から、
徐々に「移動・狩猟採集」生活に大きく変わっていったのだろうと。
その場合でもたぶん長距離にわたっての移動にいきなり推移するよりも
おおまかなテリトリー領域で数カ所・地域を巡るカタチだったのではないか。
そういう暮らしようの場合、いくつかの地点でのキャンプ生活だったと思う。
「住居」としては自然の中の洞穴などがちょうどよかっただろう。
そういう適当な自然住居が手近にない場合、
手頃な樹木を構造材にしてのテント、というのが一般的な住処になった。
現代でもアフリカで暮らしているピグミーの人々は
簡易な樹木を構造材にして、周囲の植物の葉を構造に重ねたテントに暮らすという。

そういった「住」スタイルの記憶痕跡は、たぶん人類の生活文化の中の
相当基底部分にあるのではないかと想像できる。
写真のモンゴルの遊牧民族の住まい、ゲルはそういった住文化が
現代にまで生き続けてきた形態なのでしょうね。
これは大阪で見学した国立民族学博物館展示でのものです。
骨組み構造がそのままあらわれていて、
避けたい方向の風に対してフェルトで表皮を覆って風よけとしている。
骨組みの構造は微妙な「陰影」を室内に落として
かれら民族の精神生活のなにごとかの揺りかごになっただろうとか、
想念が膨らんでくる。構造素地と表皮が住空間を規定していた。
かれらの暮らしようは、遊牧される家畜たちの生産サイクルに沿って
点々と数カ所地域を遊動していくもの。
繰り返すゲオ建築・組立・解体・運搬などの営為で、そうした作業が
肉体化されるような「建築概念・文化」が積層しているに違いない。

進化の過程で、こういったライフスタイルは必ずDNA化しているだろうと思うけれど、
やはりはるかな経過時間差が大きすぎるのか、さして郷愁感は持てなかった。
こういったゲルの暮らしでも現代では太陽光発電が装置されて
自家発電しての暮らしが普及しているとされていた。
住宅と人間、相関関係は尽きない興味をもたらしてくれますね。

【住宅デザインの志向 地域性か普遍性か】

現代という時代は、インターネットなどの普及で世界中の人間の感じ方、考え方が
同時性、均一性がかつてなく高まってきている。
そのデバイス自体、iPhoneなどの携帯端末とパソコンなどの
ほぼ均質化した情報伝達になって、情報へのアクセス方法までが
広く均質化してきていると思います。
いまのところ、言語の区別は明確に存在しているのですが、
たとえばパソコンのデスクトップ画面などを参照してみると、
言語だけが違うけれど、それ以外の認識領域ではほぼ同一の「言語的統一性」で
貫徹されていると感じられます。
ワンソースマルチユースという仕様様式になっているので、
直感的には扱うことが可能になっているし、類推は効く。
言語についても、Googleが提供している翻訳機能を使えば、
ある程度のコミュニケーションは現状でも可能になってきた。
人間活動の各分野でこうした「共通化」志向性はかつてなく高まってきた。

こういった時代に、住環境というものは
どういったベクトルで進化していくようになるか、
住宅雑誌を作り続けてきて、そんなことが大きな関心領域になってきます。
こういう時代になっての「地域偏差」というものが、
今後どのように進展していくのかが気になってくる。
街並みということでいけば、このことは明瞭で、
放っていれば日本全国ほぼ同じような街、同じような店舗が展開している。
都市計画視点でみれば、大型商業施設こそが共通化のキーワードで
既存の交通体系に依存した「中心街」がシャッター街化して、
ひとの生活ぶりをまったく変えてしまっている。
では、個別住宅のデザインではどうなるのか?
やはり、この面でも生活合理主義というか、
「誰が考えてもこうなるよね」という共通化が進展していると感じられます。
その上で家族制度もまた、ほぼ共通化が進展している。
むしろ、気候対応での合理主義の方がデザインにとってもはるかに重要かも。
「その地域に似合う」ということが、文化伝統的なものではなく、
もっと根源的に合理的な、「この地域だからこうだよね」という方向が強くなっている。
北海道では日本の他の地域とはまったく違うレベルで省エネ基準適合の住宅数が多い。
高断熱高気密が地域全体の基本ベースになっている。
住宅技術での最新のものをいち早く摂取して、地域の気候条件に最適な住宅デザインを
ユーザーに提供する、やはり基本はそこだろうと思います。
しかし情報の世界の共通化が、今後どのように
影響を強めて行くか、さらに注意深く見ていく必要があると思います。

【米中貿易戦争というトランプ砲の行方】

トランプさんという大統領は、鋭く評価が分かれている。
大統領選挙中から就任当座、アメリカの既成メディアのバッシングが激しかった。
その様子を拡大して意図的に戯画化して日欧のマスコミも報じた。
既成の報道エスタブリッシュメントには、許しがたい暴君に映っていたのでしょう。
しかしここにきて、対中国封じ込め政策とも言えるかれの一手が
きわめて戦略的に貫徹してきているように思われる。
中国という存在があからさまに「強国」路線に邁進し、
資本主義の世界体制の中で反則をし放題にしながら、
世界最強国に成り上がろうとする野心を隠さなくなってきたことに、
「アメリカファースト」というわかりやすいメッセージで戦略的な対決をしてきた。

アメリカによる米中貿易戦争の仕掛けは、いま現在のところ、
アメリカ社会でのトランプへの信認の高まりと
国を挙げてのムードとしての中国叩きの加速が報じられてきている。
一方での中国側での打つ手なし状態、習近平路線への
中国共産党内での権力闘争の発生の兆候など、
総じて戦略的には、トランプ・アメリカの側が優勢な状況になってきている。
このままの流れで行けば、国家社会主義中国の経済的発展以降の
資本主義国際社会の「変容」に対する英米を起点とした反発、
イギリスのブレグジット・EU脱退、ヨーロッパでの反グローバリズムのうねり、
大量の難民の欧州への洪水現象、テロの危険姓の高まり、
トランプ現象として結果しているアメリカ社会の大変化、
安倍政権への単なるヘイト化の日本の既存メディア・野党勢力の劣化など、
どうもこれらは一本の傾向になってくるように思われます。
トランプの動きを見ていると、中国がだませるような戦後の世界体制の枠組み総体を、
アメリカファーストで改変しようと狙っているように思える。
中間選挙もあるけれど、なんといってもトランプには
少なくとも3年の在任期間という国際政治的資産がある。

当面は、習近平による「新常態」路線からの事実上離脱を決定し、
金融緩和と元安誘導へと舵を切りつつある中国の経済状況がどうなるか、
それをにらみながら、トランプアメリカがどのように対応していくのか。
アメリカが習近平路線に対しては徹底的に宣戦布告状態であるのに対して
中国側が路線の目くらまし変化のような手でしのぎ、
それでトランプ側が容認するのか、といった段階になっていく可能性が高い。
こういう世界情勢の中で、国益を日本はどう実現していくのか、
いずれにせよ、日本社会というコップの中だけの論理では
政権選択出来ないような、厳しい現実が世界的に高まっているのではないか。