
中国現代は共産党が支配する独裁体制国家ではあるけれど、
しかし民の歴史は、日中ではるかな歴史年代にわたって続いてきた。
中華思想という他国にはやっかいで理不尽な思想を持ち続ける
国ではあるけれど、卑弥呼の時代から国際関係はながく続いている。
政権は今後も変動していくだろうけれど、
東アジア世界でのパートナーとして相互関係は継続するだろう。
われわれ日本人としては、国家関係と民の関係は分けて
民同士の関係は永続性を志向すべきだと思う。
きょうのニュースで上のイラスト写真が紹介されていた。
中国国内のSNSで拡散されているものだそうで、
中国人が受け止めている、世界各国の現在の関係を表現したもの。
ベッドで寝込んでいるのは中国の人々であり、
壁を隔て窓外から世界中の国々が奇異の視線を向けているなか、
ひとり日本だけが同じ病室で見守っているという構図になっている。
こういうものもまた一種のプロパガンダではある可能性が高い。
中国国家権力は日本人のメンタルの甘さを突いて利用し尽くす底意を持つ。
けれど、仮にそうであるにしても、
なにがかれらの心理をしてこういう表現に至らせているのか、
よく考えておくことはムダではないだろう。
まだよくわからない動き、あるいは「キャンペーン」だと思う。
日本の今回の対中対応が特別に「友好的」なものだったとは
日本人としてはあまり感じられない。
ある意味、生ぬるく危機管理として問題だと思う部分はあるけれど、
現在の政権としては、ごく常識的な対応をしてきていると思う。
たしかにマスクを緊急支援として送ったり、
全的な入国制限といった対応はせず、冷静な対応であるとはいえる。
即座に全的な入国管理を実行したアメリカ・ロシアなどと比べれば、
中国側メンタルとして友好的と感じられたのかも知れない。
ただ、天安門事件以降の中国の国際的孤立状況の中で、
世界に先駆けて手を差し伸べた日本に対してそれを利用しきって、
そうであるのに、直後から反日プロパガンダを盛大に仕掛けたのも
中国共産党独裁体制だったことを、決して忘れてはならない。

きのう書いたWHOの新型肺炎への「COVID-19」命名だけれど、
本日Yahooトップページにズラリと並んだコロナウィルス災害の通称名は
今朝の段階でおしなべて「新型肺炎」となっていた。
英語やアルファベッド圏ではどう表現されているのかわからないけれど、
少なくとも漢字文化圏では「COVID-19」は馴染みにくい。
世界のこうした「常識」がやがてWHOの腐敗した現状を暴き出すことを
期待していきたいと思います。
Posted on 2月 13th, 2020 by 三木 奎吾
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本日の話題は、いまや世界中がその蔓延に恐怖する新型コロナウィルス肺炎。
中国国内ですら知識人たちが「言論の自由」の声を上げ始めている。
〜中国知識人、肺炎情報統制で声明 「言論封殺による人災」
【北京共同】中国の著名学者ら少なくとも50人以上が11日までに、当局が
新型肺炎に関する情報を統制したことで感染拡大につながったとして、
言論の自由を保障するよう中国政府に求める連名の声明を出した。
新型コロナウイルスのまん延は
「言論の自由の封殺によって引き起こされた人災だ」と非難している。
声明は、肺炎の存在にいち早く警鐘を鳴らして当局に摘発された男性医師、
李文亮さんが新型肺炎で7日に死去したことを受けインターネット上に公開された。
北京大の憲法学者、張千帆教授らが署名。
「人民の知る権利が奪われた結果、数万人が肺炎に感染し、
死者は千人に上った」と指摘した。 2020.2.11 17時54分〜
初期の中国国内対応に於いて決定的な言論封殺があって
新型コロナウィルス肺炎の拡散危険性を訴えた医師・李文亮さんを迫害し、
その後、医師は自ら罹患して死に至った。
その死の情報が拡散されることで、今回の新型コロナウィルス肺炎での
「共産党独裁」体制そのものへの批判が中国国内でも勃発した。
こうした情報が公開されていること自体、希望的で奇跡的といえる。
独裁体制が進めてきたIT利用の言論統制社会そのものが批判されつつある。
民のいのちを守るという権力正統性の最深の根拠が揺らいでいる。
そういう中国国内での「民主運動」の状況の中、
迷走し続ける「国際機関」WHOがふたたび「明快な」決定を下した。
今回の新型コロナウィルス肺炎に対しての命名は「COVID―19」。
これまで「スペイン風邪」など、わかりやすく発祥地由来の命名が
ふつうに付けられていたのに、今回はあきらかに中国の地名を避けた。
その姿勢は明快な中国忖度スタンスですと公言したように思われる。
わたしは英語ネイティブではなく「COVID」というコトバには感覚を持てない。
だいたい、なんと読み下せばいいのかもわからない。
辛うじて「コロナ」をCOから連想できるくらいだろうか。
たぶんコビット19と読み下す名が「WHO様」の命令で付けられたということ。
たしかに「武漢肺炎」などという名称が付けられれば、中国国内で
民衆からの権力への怨嗟をさらに掻き立てるということはあるのでしょう。
共産党独裁側にとって確かにそれは最大の恐怖だろう。
民主選挙制度を極端に怖れ「AKB総選挙」の情報すら必死に抑え込む権力。
しかし、人類社会全体にとって今回のWHOの驚くべき実態に象徴される
中国マネーによる国際機関汚染こそがもっと怖ろしい。
トランプ政権による中国叩きは、まさに最後のチャンスだったのかも知れない。
中国のことは中国の人々の自己決定権に属するけれど
国際機関のありようについて今回のことはきわめて重要な問題を提起した。
戦後国際システム「国連」と聞いただけで無条件で拝跪するような
日本国内での「国際常識」もまた、根底から揺らいでいると思う。
Posted on 2月 12th, 2020 by 三木 奎吾
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帳尻合わせの見事さに感嘆する思いであります(笑)。
ことしはすっかり「暖冬」で積雪がサッパリ進まず、
空を見上げても関東並みの「晴天」つづきで冬という感じがしなかった。
ところが、雪まつりの時期を迎えて忘れていたのを思い出したように
ドカッと一気に帳尻合わせが始まった。
2020年2月10日午前9時段階で積雪量は
今年度277cm、昨年度281cm、平年度390cm
同じく「積雪深」は
今年度68cm、昨年度62cm、平年度73cm
という状況に至っております。
積雪量(累計の降雪量)と比較して積雪深が大きくなっているのは、
直近で多く降っていることを表現している。
道の研究者の方から警告していただいたままに
「2月に入ってから大雪のパターンの冬」という状況が顕著。
まさに冬の「帳尻合わせ」そのものであります。
で、同じ方から、このパターンの翌年の冬は豪雪という予測も受けている。
温暖化はたしかに進行しているけれど、
それ以上に、気候のサイクル周期のようなものがあって、
その影響が大きいように思われますね。

一方、気温の方もここのところ急低下。
本日は早朝から千歳空港に来ておりますが、
札幌市内と比べても5度ほど低いマイナス14度。
ここのところ、道内各地からマイナス30度超えというアナウンスも聞く。
こっちもまさに帳尻合わせの展開であります。
ここ1週間ちょっとで1mを超える積雪なので、
本格的な「雪かき」作業が都合3〜4回という頻度。
まだ腰に来たりはしていませんが、それは坊主がちょうど帰省中で
雪かき作業を主力としてやってくれたおかげであります。
きのうもけっこうな積雪量で、合計3箇所の除雪作業をこなしました。
札幌と各地を往復する日々ではありますが、
札幌にいる間は当分除雪具を手放せない日々が続きそうです。
負けずに恰好の健康維持ダイエット機会ととらえて、頑張ります(キッパリ)。
Posted on 2月 11th, 2020 by 三木 奎吾
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松浦武四郎という人は、江戸末期から明治にかけての人物。
1818年から1888年までの命を生きた。
北海道を探検して歩き、その後明治政府がこの地を開拓する号令を発したとき、
一時期は政府の役職にも就いていたし、地名を北海道とすることにした
その地名発案者であったとされているので、北海道人にはきわめて馴染み深い。
この松浦さんというひとの来歴を見ていると面白い。
江戸時代というのは、武士が「支配階級」という建前の社会だけれど、
かれらは社会発展とはあまり関係のない階級だった。この松浦さんは
郷士・庄屋という階層の4男として生まれたのだけれど、
むしろこうした階層の方が経済的には恵まれ自由気ままな生き方を選択していた。
学問をある程度受けて、16歳のときから全国を旅して生きている。
その果てに当時の化外の地であった蝦夷地を探査する旅をしている。
それだけの「自由人」としての生き方がこの階層には可能だった。
そうした生き方が「先を見る目」を養い、蝦夷地開拓の透明な目線を育んだ。
明治維新当時はその慧眼が新政府の目に止まることになり、
政府の役職にも就くことになるけれど、しかしその腐敗した内実を知り
自ら役を辞してふたたび自由人としての生き方を選択する。
本来であれば、武士階級という存在こそが先を見通し
国家百年の大計を企図するべき存在であるのに、
かれらはただただ無為徒食するか、その地位に恋々とし自己保身していた。
今日の「国会議員」という存在の名状しがたいムダっぷりを見るにつけ、
既視感が大きく感じられるのはわたしだけでしょうか。
松浦さんは社会発展を志向した自由人として、とくに北海道地域にとって
有益な活動を成していただけたのです。
江戸期の「庄屋階級」という実質的経済社会主体者の存在が強く浮かび上がる。
間宮林蔵さんもそうだけれど、北海道の開拓にとって
このような江戸期の自由人を生んだ階層に注目させられます。
またかれらをそのような活動に向かわせた動機はなんだったのか、
というようにも考えさせられます。
写真は松浦武四郎さんが残した北海道の絵地図。
丹念に「科学的態度」で実測して、後の世のこの地の発展のための
必要欠くべからざる作業を丹念にしたその「志」の部分に強く思いを持たされます。
Posted on 2月 10th, 2020 by 三木 奎吾
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このところ東京、というか関東出張を集中させています。
やはりエリアが広域なので行動スタイルの最適解も手探りしながら。
とりあえず8日間行動して、昨日ふたたび札幌帰還。
その間で行動したのは、神奈川県・東京都・埼玉県・茨城県の4地域。
当然ながら関係先は広域点在型であります。
東京だけであれば公共交通手段活用もアリ、ではありますが、
広域になると、やはりクルマでの移動が必然化する。
昨日も大宮から同じ「埼玉県内」の県西北端まで移動した。
地点to地点で90kmちょっとの距離。当然「関越道」経由。
はじめての訪問先でもあるので念のため、2時間半前に出て
クルマ発進後、5分ほどで高速に乗った。
一端、南下して「外環道」を経由して関越道に移動する経路。
って、カーナビが基本的には「最適解」を選択してナビしてくれる。
そこから魔の行軍が始まった(泣)。
関越道は何度か走行しているし、早朝出発でもあるので
気楽に考えていたのですが、走らせはじめたらすぐにノロノロ。
主要ジャンクション周辺での自然渋滞は仕方ないとして
関越道が本格的に始まってからも、むしろ渋滞ノロノロが激しくなる。
あとでわかったのですが、4車線ある道路幅のところで
たくさんの「事故」渋滞が発生するようなのです。
スキーやスノーボード愛好者が土曜日には大集中するということも重なり
首都高よりもずっとひどい大渋滞。
でもほぼ北進というまっすぐに近い道路でなぜかくも事故が起こるのか。
まことに不思議な光景と驚きながらも、たっぷり時間を見ての出発だったので
はじめは余裕を持っていたのですが、
2回ほどはトイレ休憩も挟まなければならなかったし、
徐々に約束時間が迫ってくる状況に追い込まれていた。
最後の大渋滞が事故渋滞だったことが判明したところで、
アポ時間まで残り30分ほどで残り距離が40kmほど。
高速を下りてから6kmほどの距離であり、そこも渋滞していれば、
初訪問で即遅刻という最悪の展開になる雲行きであります(汗)。
しかしようやく、目的の「本庄児玉」手前2−3のICからは
普通の高速走行ができるようになって、目的地にはギリギリ
アポ時間の5分前に無事到着。
90km2時間25分という行程でありました。ふ〜〜〜。
そこからの帰りでは関越道を南下して、都内恵比寿周辺まで移動。
帰り道でも関越道下りの対向車線ではあちこちで「事故渋滞」が目撃された。
事故が起これば、警察による「現場検証」が必要で
それによって大渋滞が発生するメカニズムが一目瞭然だった。
それにしても、雪も降っていない晴天乾燥路面でなぜ事故るのか。
ビジネスのアポとこういう「事故渋滞」との最適解を考えるのは
ちょっと難しいなぁと実感しておりました。
なんですが、やはりクルマ移動しかありえないというのも強い実感。
都内など、驚くほどに狭い範囲に関係先が集中しているので
駐車料金問題はありますが、クルマ移動は合理性がきわめて高い。
それと路側の公営時間パーキングはたいへん有用ですね。
あのパーキングのマッピングをアタマに叩き込むと
かなりコスパのいい行動パターンが構築可能ではとも思えました。
さて、創意と工夫でチャレンジしていきたいです。
Posted on 2月 9th, 2020 by 三木 奎吾
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北関東というのは遺跡群のけっこうな宝庫。
昨日、予定の合間の時間ができたので、生来の考古の研究にと
「埼玉県立歴史と民俗の博物館」を駆け足で見学してみた。
展示の中でつい見とれてしまっていたのが、
埼玉県秩父郡皆野町大字金崎字大堺3号墳の再現「玄室」の様子。
人間は生きている間、いろいろな空間を体験する。
多くの場合は伝統に従った住空間とその生活文化にくるまれて過ごす。
そして死を迎えると、墓に葬られることになるけれど、
権力を握った人間は、その死を荘厳に飾り立てたくなるものなのでしょう。
またその権力を継承する肉親者にとっては、
その死者の死を飾ることで自分の権力の正統性を証し立てようとする。
そのような初源的で非民主的な死の装飾は現代では
「唯物論」に由来するとされる「社会主義」国でむしろ平然と行われている。
毛沢東はその遺体が永久保存され北朝鮮でも同様にされている。
こうしたことひとつをとっても「科学進歩」からもっとも遠い
異様な権力であることが明らかだがWHOのように目の不自由な連中も多い・・・。
横道にそれた。人類発展のある段階まではこうした墓制は理解出来る。
で、面白く思うのはそういう古墳を造営する建築的な立場。
その墳墓をどう建築し、どうデザインしたのか、
そういう立場で考えてみて、遺された遺跡は示唆に富んでいる。
ここでは、というか、わたしが知見した限りでは
おおむね石材でそれらが構成されている。
古代蘇我氏の途中経過古墳とされる明日香村「石舞台」を実見すると
永遠の「終の住み処」として炭素年代的な石材で構造が構成されている。
「天井・屋根」まで巨石で構成されている。
あのような巨石構造は、その動員された人力を思えば圧倒されるけれど、
こちらの埼玉秩父の古墳では、床には砂利石が敷き詰められ、
壁の1面は細かい石材がまるでレンガのように積み上げられている。
一方で正面は地元で産出される平板状の緑がかった1枚岩が嵌められている。
どうしてこのようなインテリア構成に至ったのか、
作り手、施主にヒアリングは不可能(笑)だけれど、
はるかに後世のわれわれからすると、そのモダンな感覚に圧倒される。
展示物として照明も配置されているので、
たぶん創建時、建築として作ったときの雰囲気、
感じたであろうインテリア空間性を再体験することができる。
明日香の石舞台が土盛りされなかった古墳なのだとすれば、
古墳では土は石室構造が出来上がってから被覆されたものに違いない。
なのでこの石室空間を造営建築した人物たちは明るい太陽光採光条件下で
空間体験しながら作っていたのでしょう。
建材としての石の各種取り合わせ、その水平垂直の配置など、
いろいろ思念し宗教的カタルシスを意識しながら作っていったに違いない。
やや「建築」取材に似た空間体験を感じ続けておりました。
たぶん、この空間はステキだと思う方は多いのではないだろうか?
Posted on 2月 8th, 2020 by 三木 奎吾
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やはり関東は人口も多いので情報量も圧倒的に多い・・・。
出張しての多数接触なので、情報収集型の動きになるのですが
しかし話しているウチに「縁」が膨らんでくる瞬間がある。
たまたま建材流通の企業を訪問したら、創業が明治4年で
日本の「建材ガラス流通業」の草分けだというお話しが飛び出して
ちょうどわたしのライフワーク「北海道住宅始原期」情報掘り起こしで
開拓期の北海道が日本全体でガラスの特異的最大消費地だったことと
連関することが判明してしまった(!)。
北海道内だけでは情報の掘り起こしには限界もあったのですが、
こういった新たな情報発掘でさらに研究が進みます。
いろいろと会話して情報を突き合わせると、知見が複層化して深まる。
たしかに「開拓使」も北海道と東京の二元機構だったので
その両方でいろいろな動きが同時進行したのが実際なのでしょう。
寒冷地住宅を本格的に開発しなければならなかった開拓使にすると、
その必要な建材について、外国からそれを「輸入」する必要性が生じる。
とくに伝統的日本住宅から「洋造」に建築基本方針を明確にしてからは
海外との交易関係が不可欠であり東京なり横浜なりでの情報収集が
待ったなしに発生しただろう事は自明ですね。
やがて明治末年頃にはガラス建材が国策として国産化されるのですが
それまではひたすら輸入材に頼っていたので、東京の流通事業者は
こうした情報について相当の蓄積があるに違いない。
あらたな研究の基礎的情報源が得られた思いがしております。
一方、写真はあちこち巡り歩いていた先の松井郁夫設計さんで
見せていただいた古建築の「瓦」であります。
漢字文字が5つ配列されていることはわかるけれど、
クイズのようで、どう読んでいいのかがわからなかったけれど、
「唐招提寺の瓦だよ」と教えていただいた。
真ん中の「律」はわたしもわかった。鑑真さんが唐から伝えたのは
「律」宗とそのあと名付けられたことがアタマに浮かんだのですね。
なので、その唐招提寺の寺院をあらわす一字として採用されたのでしょう。
瓦は長く使える建材とはいえ、千年も持つものではないでしょうから
いつのころに焼かれた瓦かはわかりませんが、
しかし、瓦の文字はその時代の人間が書いた文字なのでしょう。
先般来アタマを悩まされた「くずし字」ではない楷書なので
わたしたち現代人にもわかりやすい。
というか、現代書体の手本のように端正な書体。美しく読みやすい。
松井さんの説明ではさる建築の大家から譲り受けたということでしたが、
さすがに古建築の探求者、面白い学習素材を目にさせていただけた。
まわりの丸い突起はどういう意味合いがあるのかとか、
また外周縁部分に白く変色した部位が3箇所見えるけれど
それはどういったことが原因なのかとか、
素朴な疑問がたくさん湧いてくるのですが、
なんといっても「あちこち行脚」の出張の身の上なのでじっくり
疑問をぶつけられませんでした。
「今度来たら、夜じっくり教えてあげる」みたいな約束で
次の訪問先に向かっておりましたが、どうも疑問はアタマから離れない。
この「変色域」はどうも瓦運搬時に縄懸けしたときの擦過痕では?
というように推理があれこれ浮かんで止まりません(笑)。
印象的な丸瓦、ハンコのように頭にスタンプされた心境です・・・。
Posted on 2月 7th, 2020 by 三木 奎吾
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わたしきのうから東京に出張してきております。
今週は土曜日までこっちでの動きになるのですが、
2日前には本格的な降雪があって、これからひょっとすると
これまでの小雪傾向の「揺り戻し」があるのではないかと
過去の似たような年の事例を警鐘していたある専門家のご意見を
聞いておりましたが、どうやらわたしの出張を狙ってドカ雪のようです。
まだ家族から上の写真が送られてきてそれ以外の情報はないのですが
写真画像で見ても数十センチ、たぶん40cm超程度の積雪ではないかと。
前日までの「積雪深」は札幌(西区)で40cm(2.5午前9時段階)でしたが、
ハラハラしながら情報を見ていたら、地元テレビ局の「ライブカメラ」
映像での情報ですでに79cmという積雪深になっていた。(札幌市中央区)
積雪深というのは、雪の現在深さを表すもので、
昨年の暖冬ではこの同じ日で49cmで「平年値」は69cmレベル。
まだきょう6日の発表は9時にならなければ出ないのですが、
地元テレビ局の発表からすれば、平年をすでに10cm上回っている。
案の上の「ドカ雪」到来のようであります。
なんとも旅の空であることがやるせない。
たまたま息子が帰省しているので、2日前の積雪では
親子で除雪に立ち向かってくれたのですが、
きょうは遠くからエールを送るくらいしか出来ない。
きのうは午後から東京でスタッフと同行で各所訪問後、
やや時間が遅れたのでスタッフの帰着便に間に合わせるのに
借りているレンタカーで羽田まで送り届けたりして、
こっちはこっちで動き回っているのですが、
雪かき道具を手にできないことがなんとも悔やまれる次第。
気温は昨日で札幌でも零下2ケタくらいまで下がっていた。
最強寒波というように言われているようですね。
雪質は写真を見る限り、パウダースノーみたいに感じられる。
なので慌てず騒がず、時間を掛けて淡々と片付ければいいと思いますが
事務所兼用なので、数カ所に「駐車場」も借り上げている。
そっちの方もどうにかしなければならない。
一応除雪も条件には入っているけれど、時間的に間に合うのかは不明。
どうも胸騒ぎしていたとおりのこの冬の積雪展開なので
遠方からヤキモキさせられております。
Posted on 2月 6th, 2020 by 三木 奎吾
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わたしは食事作りがそこそこ好きなので
「社長食堂」とか、番外編とか、家族料理とか、
なにくれとなく毎日、食事作りをするライフスタイル。
これが性に合っているというか、習い性というかであります。
で、そういう様子をブログでアップしたりすると、
いろいろな「ツッコミ」がやって参ります(笑)。
高校時代以来の友人知人であるShigeru Narabe さんからは
そういうきびしいツッコミが多数寄せられるので、
いつも戦々恐々としているのですが、無上の楽しみでもある。
ふだんはある程度は予想が付くのでこころの準備は整っているのだけれど、
つい先日のツッコミで、食後感想で「いくらでも食べられる」
という意味合いのことを書いたら、
「北海道では正しくは『なんぼでも食べらさる』が正しい」
と断定的にツッコまれてしまった。
内心深く「おお」であります。
まったくぐうの音も出ない。
その手があったじゃないか、であります(笑)。
ブログを書いたり、住宅雑誌の編集発行、WEBメディアの運営など
毎日「表現」の仕事が常在戦場の身であるのに、
ここまで的確な感覚表現をスルーしてしまっていたことを深く恥じた次第。
美味しいものの魅力、その麻薬的な習慣性表現に関して
ここまで的確な良い方はなかなかないのであります。
ただ惜しむらくは「北海道方言」なのです、通じない(泣)。
たぶんこの記事を読んでいただいている北海道以外の方には
「こいつなにを書いているんだ」と思われることでしょう。
この方言を「翻訳コンニャク」すると、
この言葉は「食べる」という言葉に「さる」という方言接尾語が加わっている。
この「さる」という接尾語の意味合いは
〜「意思に反して」「わざとではなく」「意図せずに」「不可抗力で」
「勝手に」「そのつもりではなく」「状況ゆえに自動的にそうなる」
ということを伝えたいときに使います。〜
ということなので、食べらさる、というコトバは
その食べ物の魅力にすべての抵抗バリアが崩壊してしまって
ただひたすらその魅力を無抵抗に受け入れる快楽の状態、といえる。
北海道は日本中の「地方」からの移住者が集まって
コミュニティがほんの150年程度で生成されてきた「地方」。
多くの方言がある特定の地域発ということが多いのですが、
この「さる」はやや不明なところがある。
どうしても「表現」の仕事をしていると標準語が無意識に常態化する。
そういう間隙を縫って、ゴツンとした方言表現力に出会うとたじろぐ。
便利さと表現の深みの両方で、これは標準語にしてもいいのではないかと。
ぜひ国語審議会のみなさん、よろしくお願いします。
本日のテーマはどうもすらすらと「書かさる」のであります(笑)。
Posted on 2月 5th, 2020 by 三木 奎吾
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昨日は人の往来が活発になっておりました。
さっぽろ雪まつりが先週1.31から来週の2.12までの期間開催。
で、札幌周辺の雪不足状況に断続的な積雪で、
けさは写真のようなわが家周辺の積雪状況。
さっそく本格的な除雪をしなければならない。
ある人からは、この冬はこれからが積雪と寒冷の本番という説。
なんでも過去の「似たような年」を探してみると、
よく似た状況の年もあると言うことなのですね。
さらに翌年は大雪に見舞われた記録があるというのですね。
で、冬が遅れてやってきて、立春過ぎから本格的な冬になるということ。
すこし季節がずれてしまっている。
日本海の海水温と偏西風が忘れずに働いて日本西海岸側は積雪する。
ただ偏西風の気温がその年ごとで若干上下するので、
総トータルの積雪量はそれに連れて前後することになる。
ということで、ただいま除雪完了。
たぶん体感的積雪量は約30cm程度と推定されます。
それと普通の北海道の積雪からすると雪質が重たい。
たっぷりと水分を含有した、新潟の雪のように感じられます。
ちょうどよく息子が大学生活最後の春休みで帰省中。
親子でたのしく雪かき作業であります。
やっぱり北国育ちの男子なので、雪かきには立ち向かう。
おかげさまでふだんの半分程度の時間で完了しました。
雪かきって、傍目から見ればツライ作業で、事実きびしいのですが
しかしその作業にも喜びはたくさんあると実感しております(笑)。
本日は体力消耗につき、ブログはここまで、
明日以降、またしっかり書き込みますのでよろしくお願いします。
Posted on 2月 4th, 2020 by 三木 奎吾
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