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【武蔵国一宮「氷川神社」に詣る】


出張で各地にいくときの楽しみに、地神めぐりがあります。
その記念に「神札」を買い求めるのがわたしの数少ない趣味コレクション。
神社ばかりではなく仏閣の方も楽しませてもらいますが、
やはり八百万の神々とお会いできる神社が面白い。

一昨日、埼玉県さいたま市を訪問していてはじめて、
この氷川神社に参拝させていただきました。
紹介文その他を読んでいて、非常に興味をそそられた。
どうも明治天皇としては、江戸・東京に遷都されて以降、
この氷川神社に対しての尊崇の念を何度も表されてきたそうです。
武蔵国というのは、現在の埼玉県と東京都、さらに神奈川県北部を指す。
関東という地域は日本史では、後進開発地域であった。
日本人としての歴史時間で言えば、北海道と同じように
近畿地域におかれた政権中央から、開発すべき地域と考えられてきたのでしょう。
古代での関東の中心地域は「毛野国」といわれた、
上野、下野(群馬・栃木)地域だったとされている。
その地方王権はヤマト朝廷との繋がりも深かったとされているけれど、
浅間山や榛名山の噴火などで支配地域が被災し衰微したのだと思う。
そういったなかで、ヤマト朝廷側の王族が埼玉県地域に入り、
その中心的聖地として、この氷川神社を維持してきたと思われる。
京都を離れて江戸・東京に移転してきた明治帝としては、
その家系伝承を踏まえて、見知らぬ地での先祖崇拝意識から、
この氷川神社へのリスペクトを表現してきたのではと思う。

「大宮」という地名は、一般名称であり、
たとえば一の宮とか、三宮とかの名称と似ている。
これらの順番は、各地の神社の「位階競争」の結果を表現している。
この埼玉県の大宮というのは、実はこの「氷川神社」を表す地域名称。
なので、地名の故実からいえば、さいたま市という名前は腑に落ちない。
いろいろ地域の歴史のことが理解出来て、面白い。
謹んで参拝させていただいていました。

【日本リアリズム勃興 鎌倉期・運慶さんの仕事】

3日間東京、さいたまに出張していました。
きのうお昼過ぎに仕事がおわって、上野の国立博物館で「運慶」展を。
いやぁ、高校までの美術の教科書でしか見ていなかったのですが、
その実物の量感と存在感に圧倒されました。

わたしはどっちかというと、彫刻作品は苦手のほうです。
その上、宗教っぽいのは身体感覚をもてない。
そういうことで、仏像の類にはほとんど興味を持っていませんでした。
まぁ円空さんはまったく別物とは思っていたけれど。
宗教が芸術の巨大なパトロンであることはわかるけれど、
その宗教的体験のあれこれがわからなければ鑑賞の予備知識をもてない、
っていうようなことには、どうも理不尽さを感じる。
そんな思い込みが強いので、仏像などの作品鑑賞には興味がなかった。
そういうなかでは、「運慶」という個性だけには惹かれるものがあった。
そんなことで足を向けてみた次第。
行ってみたら、「入場待ち時間20分」とかいう長蛇の列(!)
会場に入ってからも、わたしが東京国立博物館の見学に来たなかでも
1−2を争うような大混雑ぶりでした。
最初のコーナーの「運慶のデビュー作・大日如来像」のあたりは混雑でギュー詰め。
こんなに日本人に人気だと言うことをはじめて体感させられた。

そういった大混雑ながら、見ているうちに徐々に
運慶さんの実作品を間近で見続けていると、やはり圧倒されてくる。
そんな気分が「国宝・八大童子立像〜1197年頃制作、金剛峯寺蔵」で爆発した。
すごい、感情移入の洪水が一気に押し寄せてくるようでした。
この展示コーナーになってくると、やや隙間もあって
この八大童子さんたちとまるで対話できるほどの距離感で見ることができる。
木像の眼には水晶が嵌入されているそうですが、
そのリアリティに満ちた人間的表情の数々に圧倒されておりました。
こういう作品を造形した運慶さんとごく親しく会話している気分に浸れる。
かれの感受性は現代人とまったく違いを感じさせない、リアリズム。
「童子」というだけあって、表情にかわいらしさがあって、
作家としての運慶さんの内面が深く感じられる。
通常はこういう仏像作品は所持する寺院などで、宝物として奥深く収蔵され
一般に見ることなどはまずムリでしょうが、
その息づかいが伝わってくるような近距離でふれあえるのは、ありがたい。
彫刻というモノ、仏像というものへのわたしの先入観念が一気に破砕された。
運慶さん、ほんとうにありがとうございました、という気持ち。
半ばほどには、平家によって灰燼に帰した奈良の再建に取り組んで頼朝を動かした
「重源」さんの国宝座像とも近距離で対面した。
日本歴史の中でも、その仕事でもっともリスペクトさせられる人物の
リアルな表情を見ることができて、まことにこころも洗われる思い。
ほかの仏像作品が運慶さん的リアリズムとはいえ宗教造形であるのに対して
この重源さんの像は、かれの息づかい、人間性まで感覚させられる。
日本仏教がながく民族に根付いてきた魂魄のようなものが伝わってくる。
武家の世がどういう意味合いを日本社会で持ったのか、
まさにまざまざとした「日本のリアリズム勃興」。
その人間的な生きた実相が体感できた気がしました。 面白かった!

【中小建設業の人手不足・事業承継の困難】

写真は外壁左官仕上げの江戸期から存続する古民家。
先日、函館まで遠出した帰り道、
ニセコの道の駅でひと休み&野菜買いだしした後、クルマを走らせたら
ちょうど前方を「左官屋」さんのトラックが走っていて、ずっと追走していた。
ニセコから札幌までは約100kmくらいはある。
結局途中何回か、見失ったりはしたけれど、渋滞などもあって、
最終的にはほぼ同じ道程を走っていたのです。
トラックに書かれた住所を確認すると、札幌市西区の左官屋さん。
要するにかなりの遠距離だけれどニセコ周辺の現場からの日帰りということ。
知人の旭川の左官屋さんもかなり広域に、たとえば札幌周辺や帯広などでも
頼まれれば日帰り日程で仕事しているのだという。
そういえば小樽の工務店さんの葬儀でかれと会って、
その日は小樽に泊まってあしたはニセコ方面で現場仕事すると言っていた。
旭川からニセコ、片道250kmくらいにはなる。
新建材による家づくりが一般化して左官業が衰退しているけれど、
それでも仕事はあり、対応する業者さんは過酷な労働環境を余儀なくされている。
そんな知人に聞いたら、こんな現実と言う。
「旭川では左官の職業訓練校がなくなって一気に人手不足が加速した。」

以下、先日の建設業界の状況ヒアリングより。
「60才過ぎてから職業訓練校に入ってくるようになっている。」
「リフォームなどで仕事があったとしても地方では行けない構造・状況になってきた。
地方では工務店すら存続できなくなってきて、街にしか工務店がなくなる。
で、地方で仕事があってもだれも仕事に行きたいとは思わない。」
「地方では公共事業でも入札不調が常態化してきている。」
北海道は人口減少速度も速く、「課題の先進地」の状況がある。
しかしこういった現実はたぶん、全国で同時進行している。
このような人手不足で建設業周辺の事業存続は危機的状況になっている。
それこそ70代の職人さんが屋根板金作業にあたっているのが現実。
頼む側、工務店経営者の方が工事事故を心配せざるをえない状況。
職人さんがいざ仕事を辞めてしまえば、即、地域製造業が立ち行かなくなる。
そもそも後継者のなり手がいないという悲鳴があちこちで聞かれる。
であるのに、事業継承にはさまざまな規制による困難がある。
地元銀行調査では北海道の8割の中小企業で後継者がいない、対策がないという。

きのうの読売新聞朝刊で、与党の政策方針決定として、
中小零細企業の事業承継について、18年度から10年間の時限で
事業承継優遇政策を緊急避難的にはじめるというアナウンスがあった。
現状のバカげた税制などを見直し、事業承継をしやすくするとの趣旨。
制度が変化すれば、経済現場からも呼応する動きがでてくる可能性がある。
これは半歩前進ではあると思う。経済の現場は中小零細企業が支えているのだ。
政治はこういう論議をまじめにやってほしい。
経済の構造が現場で機能しなくなる前に、しっかりと現状を見つめた施策を
大いに打ち出して欲しいと思う次第です。
よく「宰相」の宰というのは民に食物を切り分ける意味と言われる。
政治の要諦は、国民が将来どうやって暮らしていけるか、
「経済をどのように運営するのか」が、まずは第1なのだと思う。
いま必要なのは古色蒼然の「保守・革新」対立イデオロギー選択ではない。

【ZEH推進派:反ZEH派 2分化の市場動向】

ZEHをめぐっての市場動向の実態をヒアリングする機会があった。
住宅市場では、いまはある分水嶺の時期なのかも知れませんね。
「あそこのZEHはここが欠点」
「光熱費ゼロにはならないですよ」
「屋根にあんなもの載っけて構造的にどうなのか?」
「電力会社はそのうち買電しなくなりますよ」
「台風も大型化してきて、大丈夫だろうか」
あるZEH推進派ビルダーさんが営業対応していくと、
それ以外のメーカーなどからのこうした反ZEH営業攻勢が大きいという。
顧客の争奪戦なので、このように現場ではなっていくのでしょう。
毎日のように「営業作戦会議」が開かれて、
あの顧客の場合、こう言ったら考えが変わったとか、こっちになびいたなど
日々リアルなオセロゲーム的やり取りが行われているようです。
これまではZEH推進派に対しては「スルー」という対応が多かったのが、
より積極的に「反ZEH化」してきているような実感を持つのだという。
「国策」的上から目線への反感というのもベースにはありそう。

総じてユーザー側から「ZEHの方がいごこちがいいから」という声は少ないとされる。
ZEHの基本的訴求ポイントが人類的視点での省CO2の側面が大きく
そういった問題テーマと、建て主さんの人生計画の反映である家づくりの間に、
意識としての乖離感が払拭しきれない。
人生の場として住宅は、生々しく具体的な「家族の幸せなくらし方」の装置。
一方でZEHは、生活設計方針レベルの話のようでもある。
たとえば高断熱高気密化には、寒冷地ユーザーであればそれは当然視できる。
いや寒冷地に限らず、寒冷地以上にお寒い室内気候に現実にさらされて、
より高断熱住宅を求める需要は温暖地でも大きく拡大している。
ヒートショックの啓蒙は政府の仕掛けもあって、かなり進んでいるようです。
一方でZEHは、そういった感覚可能な事柄とはやや違う。
ZEHにしたから、目に見えて暮らしが楽しくなるということとは違う。
お金の問題であるとか、省エネへのユーザーレベルでの対応の問題。
どうもそんな平行四辺形的なすれ違いが発生しているように思われます。

そう考えると、たしかに建築とか住宅というのは「感覚可能」な事柄が大部分。
空間という事象を扱っているので「どう感じるか」が主要なテーマ。
どちらかといえばわたしたち住宅メディアも、そういう人間の感受性をあつかう仕事。
このあたりの微妙なズレがなかなか払拭されないというのが現状か。
推進派のビルダーさんに言わせると、
多勢に無勢感をいつも感じさせられるのだそうです。
主観的には1:9くらいで反ZEH派の方が多数派ということ。
国策としての住宅政策、行く末はまだまだ見通しにくいようですね。

【日本的審美と高性能住宅の「花鳥風月」交歓性】


そろそろ木枯らしのようになってきた北海道の名残の紅葉。
きのうは朝早くのドタバタもありましたが、無事に函館・香雪園に遊ぶことができました。
よく「京都嵐山の紅葉にも負けない」というようにいわれるスポット。
わたしは、ごく自然で素朴な黄色や薄い紅葉でも大好きなんですが、
カミさんは「いや、違うっしょ、紅葉は真っ赤じゃなきゃ」という派。
どうもハッキリ白黒を付けたいようなのですね(笑)。
そんなモミジの真紅を求めての遠出であります。
この香雪園については何回かブログで紹介してきました。
函館の経済がはなやかだった時期の先端ファッション業・京呉服商さんが、
京都の庭師たちを招いて贅を尽くした庭園で北海道で稀有な花鳥風月文化。
京都的美意識こそが江戸〜明治期までの先端ファッションであり、
その精緻は花鳥風月的感受性にあったのでしょう。
北海道で花鳥風月的感受性は、たとえば建築については
そこに建てられた数寄屋造り建築は、そのままの繊細さでは通じにくいけれど、
その美意識について、大きくは異論はなかったのだと思います。
そういった京の美意識を「伝える」目的でこうした庭園を造営したのでしょう。
わたしたちは大好きでちょこちょこと訪れるのですが、
紅葉シーズンはなかなか来られる機会がなかったのです。
今回は香雪園のHPを確認して、ちょうどいい季節に出掛けられた次第。

で、写真のような真紅の饗宴があちこちで炸裂。
日本人として、こういう花鳥風月的心象で受け止める色彩感覚は無条件にいい。
カミさんの様子を見ていると、まさに桃源郷をさまよう旅人(笑)。
わたしは植物についてあんまり知識はありませんが、
やはり樹種の選定や、その育成の仕方、
管理や手入れによって、モミジというのもまったく違う色合いを見せるのか?
あきらかに自然状態のモミジ種とは違った輝きを感じる。
京都嵐山というような京文化では、こういった植物管理テクノロジーにおいて
人類最高レベルの進化を遂げてきたと言えるのでしょうか。
最近は日本の「盆栽」文化が海外で受容されはじめているということですが、
もうすこし勉強しなければと思い至った次第であります。
そういえば、北海道ではこうしたランドスケープデザインはまだ未発達。
庭をつくる文化に乏しく、敷地内空地は冬の物理的堆雪スペースとしてしか
認識されてこなかった部分があろうかと思います。
まぁ堆雪の結果、繊細な樹木管理ができにくくなるのはやむを得ないのですが。
日本の住宅は、こうした「庭や植栽」との「交歓性」が重要なファクターだった。
温暖地の建築家は「視界透過率」を重視し低レベルな単板ガラスを上位とする傾向。
そこに高性能な3重ガラスが介在したとしても、この民族的花鳥風月交歓性を
どう高断熱高気密的に受容していくべきなのか、
日本の住文化発展には欠かせない視点なのだろうと思います。

こちらのリンクをクリックすると、画面が風にそよぐ動画をYOU TUBEでご覧になれます。

【高速PAトイレに財布置き忘れ(汗)】

いやはや、われながら呆れた。
本日はカミさんと恒例化している週末ドライブにて、
函館方面・香雪園の紅葉見物に早朝、といっても2時半に出掛けました。
一般道でもと思いましたが、この時期峠道での雪を心配して
高速道を一路南下しました。
函館まで片道大体300kmくらいです。
夫婦交代で運転するので、まぁそうは苦にならない。
で、おおむね2時間経過でトイレ休憩と思い、室蘭を過ぎた有珠山PA停車。
ちょっと早いかなと思ったけれど、個室の方へ。
ふだんはわたし、ウェストポーチに財布を入れているのですが、
今朝は軽快な服装でお尻の方に財布を差し込んでいた。
当然、トイレでは邪魔なので取りだして「置いた」。
・・・やや、沈思黙考。きざさない。
しょがないということで、身繕いしてトイレを出てカミさんの待つクルマへ。
出なかったけれど、なぜか腰つきも軽く乗り込んで、発車。
高速道路に出て一路函館方面へ驀進。

ふと、あまりの腰の軽さにお尻をさすってみる。
おお、であります。
さてここでどうすべきか、まずは助手席のカミさんに非常事態を伝え、
高速道路の管理者への連絡を頼む。
なんですが、「NEXCO」が夫婦ともなかなか出てこない。
「えっと、なんだたっけ、ユニセフ、いや少し違うなぁ、そうだユネスコ・・・」
う〜〜ん、なんか違う。いいから104で聞いてみろ・・・云々。
ようやくNEXCO東日本へ連絡して事態を伝えた。
で、最短の出口・虻田洞爺湖ICでいったん高速を下りて反対方向へUターン。
有珠山PAを通り越して室蘭まで返ってから、再度Uターンして有珠山PAへ。
この間の経過時間がおおむね1時間。
祈る思いでくだんのトイレへ直行。
「おおお、あった!」
・・・こういう失敗は、ほとんど人生で記憶がない。
トイレから出てカミさんと歓喜の抱擁(笑)。
早朝時間であんまり人出が多くなかったことが幸いだった。
まさに早起きはトクだと再認識。
こういう安堵感がいかにハンパないモノか、思い切り実感させられました。
そうすると不思議と・・・盛り上がってきた。
ということで、1時間後に仇を取ることができました(笑)。
まことに悪運の強さであります。
みなさん、くれぐれも忘れ物にはご注意を。

写真は最近の札幌円山公園のオシドリたち。かれらの名誉のため
けっしてトリ頭の意味でこの写真を載っけたとは、類推されませんように(笑)。

【運も戦略でつかむ 清宮ドラフト日ハム】

全国の野球ファンのみなさん、わが北海道日本ハムファイターズ、
ことしのドラフト超目玉選手、清宮選手を引き当てることができました。
まことに感謝感激雨あられであります(泣)。
誌面論調に同意しにくい北海道新聞ですが、号外での歓喜は共感します(笑)
ことしはわたし、序盤戦の状況をわずかに一回くらい書いた程度で
ほぼ「日ハム」ネタはブログでは封印せざるを得ませんでした。
その1回だけの掲載もタイトルが、
【がんばれ、最下位・北海道日本ハムファイターズ!】という自虐系。
最終的にはなんとか、ロッテよりは上の5位で終戦。

っていうさみしいシーズンを過ごしてきたのですが、
最後の最後で、来年以降の復活を予感させてくれる大ホームラン!
くじを引いた木田さんって、え、誰? と思っていたら、
もと巨人で最後は日ハムに来てくれた木田投手がわがチームのフロントに
在籍していたということを、初めて知った。
こういうくじ引きでは当方の栗山監督はまったくの「戦力外」。
とぼけた人柄で人気の木田さんというドラフト戦力があったのですね。
う〜む、なかなかいい戦力補強をしていたものと感心。
なんでも芸人の明石家さんまの番組でのトナカイの着ぐるみ姿が名物だそうで、
そのさんまさんから「お前の右手は運がない」といわれ、
左手で引いたのだという。そういえば清宮クンは左打ちだ。
さんまさんの反応に神の声を聞こうという、とぼけた素直さは好感を持てる。
運を引き寄せるにはなかなか、いい縁が重なっていたように思います。
もちろん偶然の確率問題だけれど、運もまた、戦略的に掴みに行くしかない。
なんといってもお金のないわがチームは「ドラフトと育成」しか戦い方がない。

さて、一躍シーズンオフの話題を集めそうな展開ですが、
一方で大谷クンは来シーズンはアメリカ大リーグに挑戦しそうだし、
また、中田クンはどうやらFA移籍をめざすようであります。
投打の2枚看板が相次いでチームを離れる可能性が高い。
海の向こうではダルビッシュ君がドジャースの期待を集めて
ワールドシリーズ第3戦マウンドが予想されている。いまは1−1のタイ。
ここで勝つような展開になれば、一気に選手価値が高まる。
かれの活躍は、わがチームの価値も同時に高める広告塔効果がある。
もしダルビッシュに続いて大谷クンが大リーグで活躍してくれると
わがチームの戦略性を日米野球界により深く浸透させることができる。
これからの時代は、こういった世界の中でのポジショニング視点が欠かせない。
中田クンについては残念だけれど、どうも阪神が動きそうな気がする。
こういったわがチームの先輩たちの後ろ姿を追って、
清宮クンがしっかり育成され未曾有の大器を開花させることを期待します。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

【北の自然・河畔に到着する北海道らしい駅】


きのうの続きであります。
時間がなかったので、きのう書き切れなかったテーマがあるのです。
よく、観光として北海道に来るひとのイメージを考えたら、
大自然のど真ん中に「到着する」駅がふさわしいのではないか、
という意見に接することがあります。
ごみごみとした喧噪を離れて、雄大な自然景観に飛び込んでいくみたいな、
そんなイメージを大切にしていくべきだ、という意見。
たぶんそれは北海道以外の地域から北海道の魅力を捉えた外的な意見。
地元北海道の人間からすれば、そうではなく、
「なにもない」ことから脱却したいという願望の方に力点があるかもしれない。

この旭川の駅舎設計において採択されたコンセプトについて、
そういった部分が相当に実現されているように思った。
もともと旭川駅の立地は忠別川の河畔に面していて、
市内に多数の川が流れている旭川らしい環境にあった。
本州地域の都市形成では、人口密集からこうした利便性土地利用は、
その極限まで追究されて、河畔敷地も徹底的に「有効利用」される。
そこに歴史時間も蓄積して、独特の都市景観が形成される。
しかし、北海道の場合、このような河畔敷地が未利用のままで
21世紀の今日まで存続されてきた。
設計にあたった、内藤廣さんはこのポイントを最大化させる設計を行った。
駅の南側の忠別川河畔を、北海道らしい大自然空間として
パノラマビューを最大の「お迎え」のごちそうに仕立てた。
いわば北海道の大自然そのものが来訪者を迎えるように設計した。
一方で北側の買い物公園に隣接するエリアは、都市性の感じられる切り口。
ちょうど駅舎がその中間を仕切るカタチにした。
価値感の二面性がそこに感じられるのですね。
建築というのは、こういう「境界性」を映し出す装置であると考えると
この駅舎はやはり、北海道でも有数の面白さを持った建築ですね。
日本の北端に近いこの駅は、日本人の感受性の現代の表現でもある。
たぶん内藤さんは、この敷地条件を見て楽しかったに違いない。
東京の設計者が東京では望んでもあり得ない条件があったのだろうと。

そのようにこの建築のポイントを考えたら、
まだまだ忠別川河畔の魅力のコントラストがイマイチではないか。
設計の意図は明瞭だけれど、その魅力を感受する装置がやや力不足。
相手は大自然なので、なかなか箱庭的にはなってくれないし、
装置化にはコストの制約もあることは明白ですが、
もう少しなにか、作戦があったのではないかと思い続けています。
う〜ん、なんかないものだろうか?

【JR旭川駅舎〜素材の温もりが伝わる北彩都】



きのう、きょうと旭川に来ております。
地域工務店グループ・アース21の旭川例会出席であります。
一昨日の降雪状況もあって、JR移動を選択することにしました。
そういう安全優先もあるのですが、より大きいのはJR駅舎の魅力。
設計 (株)内藤廣建築設計事務所&日本交通技術(株)
施工 旭川高架駅工区工事共同企業体(清水建設(株)・熊谷組JV)
構造/階数 土木高架構造、一部鉄骨造 / 地上2階
延面積 17,407㎡
工期 平成19年11月~24年3月
という建築概要の建物ですが、わたしの大好きな駅のひとつなのです。

写真のようにやわらかな木質の空間が迎えてくれます。
建築が「多くの人が集まる空間を考える仕事」だということを見せてくれる。
外観は通りとは反対側のファサードです。
こちら側は、駅南の忠別川の河川空間と駅北の歩行者天国を結ぶ。
コンセプトは、〜「川のまち旭川」に相応し、豊かな自然との調和を目指している。
旭川駅舎は、インターフェイスとして「自然」と「まち」を繋ぎ、
木材で覆われた内部空間は「温もり」と「やさしさ」が感じられる。〜
っていうような次第であります。
北海道内のJR駅舎は主要駅の建て替えが進んでいたのですが、
わたしが目にしてきた駅舎はどれも好感を持てる建物です。
函館、岩見沢、この旭川、帯広、稚内といった駅舎たち。
仕上げのように札幌駅が新幹線を迎え入れることになり、
その基本プランとして「地下案」が最近示されてきている。
人口減少という課題の先進地域としての側面を持つ北海道ですが、
長く使えるような公共交通機関は、それこそ地域社会のプラットホーム。
やや閑散としていた忠別川の河川空間方面の植栽なども
徐々に熟成を見せ始めていて、ちょっとした回遊時間をたのしめる。
なにより、駅に着いたらちょっと句読点を持ちたくなる、
川の街、旭川の自然環境が迎えてくれるというプランは好感を持てる。

ただ、人口減少の進行は今のところいかんともしがたく、
1日平均乗車人員は2015年で4,188人という状況で、
2001年の5,370人から2割以上減ってきている。
まぁわたしなども、通常はクルマで高速道路を利用することが多いし、
経営するJR北海道はきびしいだろうと推測されますね。
ステキな旭川駅が、もっと活性化するように願っています。

【台風が連れてきた風情のない初雪 in 札幌】

今回の選挙、投開票日を挟んで駆け抜けていった台風。
台風での被害状況、各地で爪痕を残していっていますが、
東京・町田に住んでいる息子からは、
「避難準備勧告が出ている(笑)」みたいなLINEの知らせもあった。
なんでも住んでいるMS近くに川が流れていて増水・氾濫の恐れとのことでした。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
きのうは札幌でも雨に雪が混ざる寒い1日でした。
銀行の駐車場でふとみたら数台のクルマには積雪も見られていた。
わが家周辺ではそこまでの積雪はなく、強い雨にみぞれが混じる程度だったのですが
札幌市内でもまだら模様のようだったらしい。

北海道では各地で積雪の様子が伝えられてきています。
個人的に、台風と雪というのは印象が結びつかないのですが、
10月も末の時期にやってきた台風ということで、
こんな状況が現出したと言うことでしょうね。
初雪というのは本来は北国人には格別の季語であるのです。
もうちょっと、詩的な雰囲気で迎えたいというのが正直な気分(笑)。
やはり静かな雰囲気のなかでしんしんと降り続けるのが北海道の初雪らしい。
「ああ、これから内省的な気分がやってくるなぁ」みたいな心象風景がある。
「静かな」というあたりが、本当は欲しいシチュエーションなのです。
雪には騒音を吸い取るような要素があると思います。
人間社会の生活騒音源に対して緩衝材としての雪が作用して
騒音レベルを一気に下げる効果があるのではないかと思われるのです。
まぁ体感レベルのことなので証明可能かどうか不明ではありますが(笑)。
ところが、今年は台風の強風がいっしょにやってきたので、
そういう「静かさ」はまったく感じられませんでした(泣)。
なんか、損したような残念感があります。

本日は旭川へ向かって地域工務店のグループ・アース21例会ですが、
事前に来た地元の方からのメールでは
「旭川は朝から雪が降り、道路も積雪状態ですので明日車で来る方は
タイヤ交換してくることをお勧めします。」
という注意喚起がありました。
さすがにタイヤ交換まではまだ考えていなかったのですが、
まぁこの時期、いつなんどき突然の冬がやってくるかも知れません。
ということでしたが、本日は台風一過の青空と無風状態の朝。
ここのところ、例年よりも寒い状態が続いていますが、
もうちょっと夏・秋の名残を感じさせて欲しいなと思う次第であります。