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宮廷人の食事

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こういう種類の興味って、なんなんでしょうね(笑)。
歴史が好きって言うのは、たくさんの人がそうだと思うんですが、
わたしの場合、なんとかして生活ぶりの再現、というような欲求が抑えられません。
結局、人間は多くの食品を食べて生きてきたし、
生きていることを実感できるのも、食事の楽しみがあればこそだろうと思うのです。
権力に近づきたい、という欲求の根源に
人も羨むような食事を思いっきり楽しみたい、って、
こういう単純なリビドーが存在しているのも明らかだと思うんです。
まぁ、単純に、何食ってやがったんだ、貴族とか高級官僚って連中は、っていうことですね(笑)。
現代でも、最高学府をめでたく卒業され、
最高の官職を得て、そのうち勲章も勲1等、とか勲2等とか、
ただ、選んだ職業が官僚と言うことだけで、一般人よりも
はるかに優遇されるような人生を歩むのが当然と心得ているような人は
残念ながら、たっくさん存在していますね。
まぁ、権力の甘い蜜、っていうことなのでしょうか。
たぶん、先祖をさかのぼっても、そういうこととは縁がなかったに違いない
凡下の家系のものとしては、
うらみやっかみで、人生を過ごしていくしかないのでしょう。
って、どうも、食べ物のことになると、恨みは深くなる(笑)。
写真は、奈良朝の頃の貴人の食事を再現したものだそうです。
先般紹介した、胆沢の博物館で発見したものです。
酒はにごり酒ですね、右上の容器から右下の容器に入れて飲む。
手前側には左側から順に、おこわごはん、玄米酢、塩などが並んでいます。
魚は鮎の塩焼きだそうです。その右にあるのは
牛乳を煮詰めたチーズ状のものなんだとか。
心太と書いてあるのが、左端真ん中の料理で、海草を溶かして
固めたという手の込んだ料理。醤酢で食べる、となっている。
左上にあるのは、果物のデザートのようで、
胡桃、ナッツ、生クリ、カヤの実。
右下には、あわびのウニ和え、なんていう珍味もある。
まぁ、きっと毎日こんな豪華メニューと言うことはないでしょうけれど、
租・庸・調、っていう民衆からの搾取で、こういう食が成り立っていたそうです。
わたしのブログではB級グルメが精一杯ですが、
なんとも、山海の珍味のてんこ盛り状態ですな。
あぁ、やっぱりくやしいなぁ(笑)。
いっぺん、こんな料理食べてみたい衝動には駆られますね。
あ、朝ご飯、そろそろ作らなきゃ、ゆったりした休日の朝食、さてなんにしようかな、っと。

ことしも面白そう、北海道日本ハムファイターズ!

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イキなはからいというか、巡り合わせというか、
北海道日本ハムファイターズの本拠地オープン戦第1戦が
木曜日に行われ、小笠原を巡って因縁の対ジャイアンツ戦でした。
いいですよね、こういうの。プロらしい因縁を含んでの戦い。
悲喜こもごも、いろいろな色合いがあり、
それを超えて、プロらしい攻守で結果が生み出され、
そこからまた、ワクワクするようなストーリーが生まれていく・・・。
そういう楽しみがこれから生まれてくるのだ、と実感できました。
ほんとうは札幌ドームに行きたかったくらいなんですけど、
平日のナイターでは、坊主を連れても行きにくいし、
そのうえ、仕事はいろいろに詰まっていてスケジュールは一杯。
やむなく、GAORAの中継を坊主に録画、頼んでおりました。
帰宅後、さっそく小笠原とダルビッシュの対戦をウォッチ。
いいですね、ダルビッシュ! 気合い満天のストレート目一杯、投げ込んでいました。
こういう、本格派の力投って、やはり野球の最高の醍醐味。
いま、日本のプロでも最高のレベルまでダルビッシュの直球は来ていると思います。
松坂がアメリカに行っちゃって、それを継いでいくような投手が
わがファイターズにいて、これから少なくともFA到達までの数年間、
札幌を主戦場として、かれに投げ続けてもらえるんですよ。
古くは、村山の直球とか、ありましたけど、
やはり本格右腕エースの力投って、胸がすく感じがいたします。
がんばれ、ダルビッシュ!
なわけですが、まぁ、やはり、小笠原。
報道によると、ダルビッシュの直球勝負に「うれしかった」とコメントしていましたね。
それと、試合前、選手発表では、敵なんだけど
「3番・サード・オガサワラ」っていうアナウンスで、万雷の拍手だったんだとか。
札幌ドームで小笠原が、敵として現れたとき、
どういうふうに迎えるのか、みんな複雑だったんだけど、
「北海道のファンはあたたかい」っていう記事の結果になったようですね。
でも、試合が進展して、八木投手が小笠原第3打席で対戦して、
みごとに三振にしとめたときには、これを上回る万雷の大拍手。
これもいい! そうなんです、わたしたちはファイターズのファンなんです!
小笠原であれなんであれ、歯向かう敵は徹底的にやっつけてやるんです(笑)!
でも、やっぱりスポーツはいいですね。
いろいろなわだかまりなんかも、お互いの全力プレーの応酬で
きれいさっぱりしていく、さわやかさがすごく魅力的です。
ということで、まぁ、小笠原君、グラウンド上で北海道のファンと、
ハッキリしたかたちで決別の儀式をしていなかったのが、
今回のことし札幌ドーム初ゲームで、シーズンが始まる前に
きっちりとスポーツマンらしいかたちであいさつができたんではないかと思います。
そういう意味で、こういうスケジュールを組んだフロントに拍手ですね。
けじめの付け方もプロらしくて、大変よかったんではないでしょうか。
さて、小笠原・新庄が抜けたんですが、
でも、それを感じさせない、というか、若い選手たちが必死のサバイバル競争を
早くも開幕前から見せてくれていて、いい傾向だなぁと思っています。
若い選手たちが明日を夢見て
無心な上昇志向をグランドにぶつける。それがチームに活力を生む。
お金はないけれど、ないなりに知恵を絞り、
汗を掻いて、がんばって、ことしも勝利を目指す、ってところでしょうか。
お金もあって。小笠原も加入して、いい選手集め放題の
一極大集中、大繁栄、首都圏フランチャイズチームに、
負けるな! 北海道日本ハムファイターズ!

根曲がり梁

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和風建築の魅力のなかで、木組みの迫力があると思います。
ごつごつとした風合い豊かな自然木が、力強く組み合わされているさまは
まさに「構造」という実感を伴って肌身に伝わってくるもの。
よく、男性の施主さんが、自分の家の構造を見ていてわくわくし、
だんだん、内装仕上げの段階になってくると、気持ちがしぼんでくる、
というようなお話を聞くことがあります。
それって、こういう男性的な、構造の迫力が感じさせる部分なのかなと思いますね。
さて、写真は会津の家の3弾です。
メインの居室のリビングダイニングの豪快な柱・梁の空間です。
ここは平屋なのですが、天井を張らず、構造をそのまま表して、
屋根なりの空間一杯に力強く表現されています。
梁は、端部が曲がっている材料を使っています。
聞いたら、地元の山から使えそうな自然木を選んできて、
その根の曲がり具合を計算しながら、こうして利用しているのだそうです。
写真ではそのウチの2本ほどが見えていますが、合計で3本くらいありました。
古民家などでは、こういう自然木の特性を活かした木組みが
よく見られる、というか、きちんと製材することのほうが難しかったのですから、
大工仕事の、現場対応力として必然的に
こういう曲がった素材を活かす技術が生まれてきたのでしょうね。
しかし、今日のようにプレカットばかりになってくると、こういう技術の延命は難しい。
やはりこの家では、現場で墨付けして木組みの仕口といわれる断面まで
臨機応変に考えて、組み上げていくのだそうです。
まさに、人間が作った、という手業が伝わってくる、
その息づかいのようなものまでが感じられてきます。
それも、自然木の持つ風合い、そのかたちを尊重して仕上げるのです。
考えてみれば、こういう手仕事こそ、もっとも贅沢なものなのかも知れません。
職人、っていうことば、司馬遼太郎さんが
なんて素敵な響きを持った日本語だろうと、書いていたことがありましたが、
こういう空間にたたずんでいると、そんな感慨が迫ってくるものがあります。
職人たちの手業が生み出す、自然木が織りなす空間デザイン。
なんとも、和のすばらしさが伝わってくる住宅でした。

こだわりの和空間

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ごらんの写真、きのうご紹介した会津山義さんの手がけた家。
導かれるままに足を踏み込んでみた和室の様子です。
床の間、書院といった随所に見どころもあります。
しかし、なんといっても、左側の拡大写真の建具・障子の仕事にうっとり。
紙を貼った部分は、雪見障子になっていて上下開閉もするのですが、
葦のような細かく繊細な自然素材を編んで(!)、
目透かしの軽快感を表現しています。
繊維の一本一本を束ねて、ひもで刺し貫いているんですね。
それを障子の杉の桟の枠に丹念にはめ込んである、という仕事です。
ときどき、古民家の上級のもの、たとえば大名屋敷とか、
貴族の家とかでは、こういう造作を目にすることがありますが、
まさか、こんにち一般に流通している一般民家で
こういう造作仕事に出会うということは想定していませんでした。
まず、第一印象として、その仕事ぶりにまさに脱帽。
それから、こういう仕事を、手業を、きちんと継承してきているという
地域の文化性に対して、敬意の念を抱きました。
そして、こういう仕事を組み込んで、なお、一般住宅のコスト範囲に
納めているということにも、驚愕いたしました。
こういう仕事を見れば、それでもローコスト住宅屋さんの
大量生産品の寄せ集め住宅を選択するっていうことは考えられない。
って、心底思ってしまうのは、わたしひとりでしょうか。
こういう素材と手業で形作られている住宅って、
おのずと、雰囲気が違います。
ようするに、たたずまい、っていうような凛とした空間美があるんですね。
自然と対話するような暮らしに大きな価値観を
認識してきた日本の住宅らしい、空間構成デザインなのだと思います。
こういうデザインが、いまの多くのユーザーに伝わっていくのは
けっこう、やはりたいへんであるかも知れません。
こういう空間の、癒しの力というのは、
その空間に、まどろみ、たたずんで、無に近い時間の経過という
プロセスを経て、初めて伝わってくるような部分なのだと思うのです。
残念ながら、希有な施主さんしか、こういう空間教育を
認識しているとは言えないのが現実です。
しかし、やはりこうして現実に存在しているわけですから、
こういう実物、現物での現実伝播力のようなものもまた、期待できるのかも知れません。
会津の地域文化の奥深い部分の一端を
かいま見せてもらったような気分がして、
すごく満ち足りた気分で、いっときの時間を過ごさせてもらいました。

香木がさわやかに薫るトイレ

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福島特集、こんどは会津に来ました。
会津もことしはホント、記録的な大暖冬ですね。
大体2月のこの時期だと、ほぼ北海道札幌とも変わらない
気候という印象がありましたが、なんと、
ぽかぽか陽気で、とても冬とは思えません。
みなさんに聞いてみても、これはことしは冷夏になるのでないか、
というような声が多く、季節らしさがまったく感じられない冬を過ごしていますね。
そんななか、訪問した会津山義さんの建てた家。
こちらの会社、横山義秋さんという社長さんで、名前の真ん中の2字をとって、
会社名にした、ということだそうです。
社長は根っからの職人さんで、宮大工気質を持った一本気ぶり。
家づくりにも、その気質が真っ正直に表現されていました。
家にはいると、本物の木の香りが圧倒的に迫ってきます。
聞くと家中の床材は青森ヒバを使用しているということ。
この香ばしさは、なにものにも勝る心地よさです。
というような家なんですけれど、
写真はこの家のトイレ。
開けてみてびっくりしてしまいました。
よくバリアフリータイプの家で、トイレに手すりなどを付けるというのはよくありますが、
なんと、ここでは手すり代わりに、大黒柱のようなのが一本、すっくと立っています。
それも自然木の風合いそのままの無垢材。
で、香りが床材ばかりではなく、なんとも言えない芳香が・・・。
もちろん木の種類まではわかるまでもなく、聞いたら
「白檀です」とのお答え。
「え〜、びゃ、白檀?」とぶったまげてしまいました。
白檀といえば、古代インドから日本に香木として輸入されていた木です。
仏教の伝来とセットで、蓮なんかと同様に日本の地にもたらされたもの。
そんな素材を、トイレのもたれ木として使っているワケなんですね。
目的と手段としては、たいへん明快にわかります。
香木の香りで、さわやかな瞑想の時間を楽しもうという次第なんでしょう。
トイレ、よくみたら、反対側には坪庭へのピクチャービューも開けられています。
なんとも、「五感を刺激してくれる」しつらいなんですね。
まぁ、びっくりした次第なんですが、
こういう考え方での家づくりというのが、社長さんのポリシーなんですね。
家中、まさに本物素材のオンパレードです。
取材が終わって車中に戻っても、ずっとしばらくは木の香りが残っていて
さわやかなフィトンチッドに包まれたような空気感のなかにいました。
まぁ、すごいものです。
この家の様子は、リプラン東北版次号の福島特集に掲載されます。
見どころも一杯の家なので、ぜひごらんください。
あしたも、その一部分をご覧いただこうと思っています。
この写真を整理していたら、また残り香が漂ってくる気がします。

愛着というもの

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さて写真は、きのう書いたおとうさんが愛着を持っていて
頑強に取り壊しに抵抗している「土蔵」です。
この周囲は道路の工事が行われて、地盤面が相当に掘削されています。
そのために、なのか、土留めの上に建てられているこの土蔵、
誰の目にも明らかなように、垂直が保たれていません。
右の写真は家の方角から見たもので右側に傾斜し、
左側の写真は道路側から見たものですが、
こちらでは、あきらかに左側に傾斜しています。
この様子では、大きめの地震が来れば一発で倒壊の危険があります。
建築業者さんは、危険でもあり、取り壊しを説得しているのですが、
おとうさんは、愛着を感じていて、抵抗しているそうです。
お話を聞くと、この土蔵に隣接して古家があるのですが、
その奥の半分以上が、道路工事の時に解体撤去されているのです。
土蔵の傾斜も、そのときの地盤面の変動が影響したのでしょうか。
ただし、それ以前からも傾斜していた、ということ。
傾斜角度に多少は影響したということなのかも知れませんね。
いずれにせよ、危険だと思うのですが、
おとうさんによると、この建物はおとうさんの父親が建てた建物だそうで、
今回、建て替えた主屋は、自分が建てたのだから自分がつぶしてもいいけれど、
どうも、自分の父親が建てたものをつぶすのは忍びない、
という心情なのだそうです。
このあたり、方言と共通語との翻訳機能の限界にさしかかる
言葉のやりとりだったので、
いまひとつ、明瞭ではない部分がありますけれど・・・。
まぁ、他人から見れば、あきらかに危険だし、
それに、どうしても保存しておくべきだ、と主張するようなものでもない気はします。
しかし、個人が、その心情において愛着を感じている部分というのは
これはやはり、尊重すべきだとも思えます。
まして、その内容が尊厳を持った肉親の思いにかかわるような場合、
他人から、どうこうは言えない部分はあります。
しかし、社会存在としては、道路にも隣接しているし、危険。
気長にお父さんを説得していくことになるのでしょうが、
そういう背景を別にすると、この土蔵、やはりユーモラスでもある。
建築的には、たぶん骨組みの構造の柱の何本かが破断していると
想定できますね。
それが、壁の土でなんとか維持されているというような状態。
なんとか踏ん張っている、という視覚的な主張が感じられて
擬人化したような存在感が伝わってきます。
やはり人間、住み暮らしてきた建築への思いというのは
ほかからはあれこれ言えないような部分、
言ってみれば、愛着の個人性のようなもの、
そういうものを呼び起こさせるようなものがあるのでしょうね。
変わってはいるけれど、伝わってくる思いは確かに強いものがありました。

すし桶

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リプランの次号東北版では、「福島特集」を予定しています。
ということで、週末2日間は福島県で取材が入っていました。
郡山市近郊、三春の近くの農家住宅でのひとこま。
取材は、遮熱材を使った家づくりというポイントで進んでいましたが、
写真は、ご主人のお父さんといろいろお話しするウチに
見せていただいた「すし桶」です。
なんでも、この家は建て替えで、その工事の時に伐採した杉の木の古株が出てきたので、
それを、もったいないし、記念にもなるということで、
知人に依頼して、こういう食器にしてもらったのだそうです。
断面方向にスライスして、木目が生きてくるように工夫。
杉ということで、繊維がおおらかなので、この50cm近い大きさでも
持ってみると大変軽い。
ふた付きにしてもらって、内部にはごらんのようにみごとに漆塗り。
これがまた、なんともいい色合いですね。
ふたを取って、このなかの鮮やかな赤が目に飛び込んでくる。
まだ、出来上がってきたばかりなので、使ってはいないんだそうですが、
これにチラシ鮨でも入れたら、こたえられないだろうな、
というお話、のようなんです。
この仕事をしてもらって、悪いからと10000円、対価を支払ったということ。
いいですよね、これが一万円って、そりゃ、安いと思います。
杉の木の香りも漂ってきたりして、
ふたを開けた瞬間の驚き、楽しさが目に浮かんでくるようですね。
日本人の、食の器に対する感覚って、素晴らしいものがありますが、
この演出も、絶対いいだろうなと、うなづけますね。
家に遊びに来た来客に、由来を話しながらこの食器で
すしを振る舞えば、最高のおもてなしになること、うけあい。
って、実は、残念ながら、福島の方言訛りがきつくて、感じはよくわかるんだけれど、
内容は今ひとつつまびらかには、わからないんですね、これが(笑)。
やはり土地土地で、豊かな方言がありますが、
都市ではさすがにあまり聞くことはない。
こういう田園地帯にまで来ると、情感豊かな言葉の表現力に出会えます。
標準語とは違って、雰囲気やひとの感じ方のようなものは
圧倒的にわかりやすい、と思います。
ただ、惜しむらくは意味がよく理解できない。
まぁ、だいたい、大意は間違いないと思うんですけど・・・(笑)、
頭のなかの翻訳機能をフルに活用した取材(笑)、でした。
冬なんだけど、日射しはまったく春爛漫のなかで、
楽しい会話を楽しむことができました。

盛岡「めぐみいわて」

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先日、盛岡出張の折、疲れ切っていたので、
駅前のホテルでチェックインしたあと、簡単に夕食をすませて早々に寝たい、
ということで、駅のなかのお店を探してみて入ってみたのがこの店。
なんの予備知識もなく目にとまったのですが、
上の写真のとおり、店名も読みにくい看板だし、
「めぐみいわて」と、なんとか読めても、どういう食べ物店か、不明確。
なので、どうしようかな、パスしようかな、と考えていたら
店員さんにキャッチセールスされて、つい入ってみた次第。
店の外観やらを見ただけではわからないのですが、
要するに、できるだけ自然志向で作られた岩手の地元食材を
バイキング形式で食べさせてくれるという店なんですね。
夕食時間で、1500円なり、ということでしたので、
「そんなら、食べてみるかなぁ」となったのです。
このあたり、ディスプレイや、アピール方法について、一考の余地ありと
老婆心ながら、思った次第ではあります。
で、なかに入ってみると、岩手の地鶏料理とか、きんぴらゴボウだとか、
まぁ、おばあちゃんの手作りみたいな惣菜づくし。
それがセンターテーブルに所狭しと並べられて、満艦飾。
どれもが、確かにヘルシー志向な食べ物ばかりで、なかなかいいんですよ。
そうしたディッシュと、5〜6種類もあるごはん、写真下のような飲料など、
さまざまな食材を自由に取ってきて食べられるんですね。
はじめは勝手がわからず、どうしたらいいのか、と途方に暮れていましたが、
あとから入ってきた、ファンとおぼしき方の挙措動作を見ていて
段々理解できてきました。
ついつい、何度も往復して食べまくってしまいました。
セットメニューでどうしても栄養が偏ってしまう外食続きの身には
なんともうれしいコンセプトなんです。
「めぐみいわて」というのも、ようやく了解できるようになってくる。
まぁ、味とかはあまりにもたくさんの食材がありすぎて、
これ、という印象には乏しくなるので、頭に叩き込まれるメッセージ性は弱くなる。
その点、食べ物屋さんとしての成功はどうなのか、
ちょっとわからないな、とは思いました。しかし、コンセプトは実にいい。
なかなかいいところをついている、と思います。
聞いてみたら、岩手の地酒メーカーの「あさ開き」というところがやっている店とのこと。
そういうことで、地元食材にこだわって、ということのようですね。
ただ、バイキング形式でのメニューというのは、
単価として、食事の料金としてはちょっと高くなるので、
それなりの作戦をしていかないと、なかなか受け入れられないのではないかなぁ。
なにせ、店員さんに説明されなかったら、わたしも入ったかどうか。
十分な判断材料をわかりやすくメッセージしていない、
あるいはメッセージしにくい、というのでは、問題なのではないでしょうかね。
って、どうも、商売として考えてしまうのは大きなお世話でしょうね(笑)。
客なんだから、払ったお金と、受け取ったサービスの勘定を
ただ、書き残せばいいのですよね。申しわけありません。
わたし、この店、合格でした。
けっこうおいしくて、もりもりディナーを食べた上、おいしい地元の牛乳のアイスクリーム
まで、デザートで平らげまして、満腹満足でございました。
うるさい客で、申しわけありませんでした。(笑)
って、外へ出たら、知人とばったり。 いやいやぁ、狭いですね、ニッポン。

五感で感じる家

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先日伺った水沢の家のトイレです。
まぁ、朝1番からこのブログ、見ている人、ごめんなさい。(笑)
でも、朝だと、このトイレのようなさわやかさ、かえっていいかもしれません。
なんで、写真をわざわざ撮る気になったかと言えば、
やっぱり、なんともいえないさわやかさに感動したからなんですね。
この家の設計施工者は、木の香の家、というブランド。
そのコンセプト通りの空気の印象がトイレに感じたんです。
写真はわたしの拙いデジカメですので全体の印象まで伝えられませんが、
要するにこのトイレ、床から壁、天井、さらには造作の手すり替わりの棚にいたるまで、
すべてが清々しい無垢板で被われているのですね。
家の中でも、いちばん清々しい空気がたっぷりの感じ。
たとえていえば、早朝の森のようなフェトンチッドを体感するんです。
換気は24時間、第1種計画換気が働いているので、
このトイレももちろん、常時換気されています。
その意味では、軽い空気流動が仕掛けられているので、
よどんだような空気感はありえない。
なので、入っても、何とも言えない木の香りだけが満ちているんですね。
こういう場所で、1日のスタートを哲学的に瞑想し、
スッキリとした気持ちではじめられる、ということ。
考えてみれば、北国住宅ではトイレの考え方が
「ご不浄」と呼ばれてきた感覚からずいぶん乖離してきて、
ある建築家の設計住宅では、なんと居間のなかに1コーナーとして
あしらわれるくらい、明るくオープンな存在となっている気もします。
そこまででなくても、スペースを節約できるという意味以上の、
いわば、積極的な3イン1の計画とかも多い。
少なくとも、暗い、くさい、という雰囲気が消えてきている。
そして、この家のようにより積極的に楽しめる空間っていうように
進化してきている感じを持ちますね。
においや手触り、といった部分まで、いわば五感を呼び覚ますような
家づくりの考えが感じられた次第です。

竣工式参列

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きのうはわたしの実家の食品製造業のほうで
札幌市近郊、30分ほどの距離にある恵庭工場の増築竣工式がありました。
この施設、けっこう面白い仕事をやる拠点になるもの。
北海道の地元食材を活かしたユニークなチルドタイプ商品を
いろいろに開発していこうというものです。
一時期、おせち料理で注文が殺到して配送が追いつかず
ちょっとした騒動になった事業がありましたが、
それと連携して、独自の冷凍技術を用いながら
北海道のおいしい食を新開発していこうというワケなんです。
まぁ、そういう面白い動きなので、製造業の事業革新として
国や、自治体などから大きく注目されていまして、
冷凍技術の開発元は、ものづくり日本大賞を受賞したりしています。
そんなこともあって、竣工式には経済産業省の外郭団体やら
北海道の経済部商工局とか、いろいろな金融関係、そして、
多くのバイヤー企業さんが竣工式に見えられていました。
というのが、実家のための宣伝です。
ふう、やれやれ。
まぁ、関係者としては、大丈夫なんだろうか? と心配ではあるのですが、
やる以上は、絶対に成功させたいものだと思っています。
で、わたしは朝から、竣工式に出席すべく準備。
お祝いはまぁ、簡単に包めばいいので、それはいいとして、
こういうときには、やっぱり熨斗のついた清酒2本セットというのが定番。
それを買い求めようと出かけました。
ちょうど会社事務所の向かいがセブンイレブンで、酒も扱っているので
やってくれるんじゃないかと思って、アルバイト店員さんに伝えました。
が、反応はすこぶる鈍い。
一応こちらも、こういうのは年のいった方にと思って
2名いた女性のなかからやや中年近いとおぼしき(失礼)方に話を振った
のですが(笑)、案の定、説明してもにわかに事柄が特定できていない。
お酒自体は扱っている。
しかし、包装する2本入りの紙箱という存在自体を知らない。
教えて、バックヤードで探してもらう。
ごそごそ、「これですかね?」「やった、あるじゃん!」
って、今度は酒を、と思ったら1升瓶入りの酒がなんと1本しかない。
って、おい?という状態なんですね。
これじゃ、どうにもならないな、この先、のし紙に筆書きなんて
理解されそうもなさそうなので、時間もないので早々に退散。
こういうコンビニ関係だと、こうした贈答文化は理解できないよな、
と、ひとりごちしながら、古くからやっているような酒屋さんへ行ってみました。
開店まもなくだったのか、「こんにちは」と声を掛けても
人が出てこない。「ん、ん」と思っていたら背後からくぐもったように
「いらっしゃい・・・」
と、中年手前くらいの主人とおぼしき男性が登場。
こちらも時間があまりないので、手短に用件を伝えたワケですが・・・。
これも反応が心許ない。
お酒はややほこりをかぶっているけれど、「剣菱」やらがあるので、
それでいい、と2本指名。なんですが、どうも雪かきの直後らしく、
動作が全体にゆっくり気味な上に、無表情っぽいので、
こちらは不安が募る。
手早くこちらは名刺を出して、記名はこうで、領収書はこう、と用件を言うのだけれど、
その名刺も机から落っことしちゃうんです、・・・。
それにどうも、落としたことにも気づいていない。
紙箱はすぐに引っ張り出してきたけれど、どうもやり方を理解しきっていない手の遅さ。
それからの包装の段取りの悪さ、っていうか、こういう作業平面について
この店では、こういうとき、どこを使うのか決まっていない様子。
なので、包装手順も知らないようで、おいおい、という感じです。
極めつけはのし紙への筆書き。
たぶん、書いたことがないようなんですね。(冷や汗)
筆ももちろん筆ペン。まぁそれはいいですけど、
それが筆先が、あまりにも使っていないからか、インクが出てこないらしく、
悪戦苦闘している。傍目にも、だんだんイラついてきているのが伝わってくる。
どうもご主人、こういうのやったことがないようですね。
で、家人を呼びにか、バックヤードに消えてしまいました(!)。
それもどうも不首尾のようで、渋々また出てこられました。
「そこにあるマジックでいいよ」とわたし、たまらず声を掛けました。
「そうですか」とほっとした様子ですが、
今度はその段取りも悪く、またうまくいかない様子なんですね。
「いいよ、わたしが書くから、貸してください」とマジックを受け取って書きました。
で、どうやら、出来上がりまして、受け取れましたが、
こんどは領収書の宛先記入の仕方もまた再度、説明させられました。
考えてみれば、中熨斗にするか、外熨斗にするか、なんてことも聞かれもしなかった(笑)。
という顛末だったのです。
約束の時間まで、迫ってきたので、店を出て、一路車を走らせたのですが
こういう日本的な贈答の習慣って
これからどうなっていくのか、不透明だなぁと思い知らされました。
コンビニみたいなのが、小売りの主流になっていけば、
アルバイト店員にこういう文化を仕込んでいくのは無理があるし、
古くからの酒屋などでは、そもそも客が来ないので、
そういう文化を維持していく基盤がなくなってきている。
今の時代、こういう狭間にいるんだなぁと思う次第です。いかがお考えでしょうか?